りきざのかわり~首切り男とちんちん取られた神主~   作:小名掘 天牙

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首切り代行

「……んご」

 

 茶々丸はその日、普段の襤褸屋に漏れ入る陽光ではなく、顔への強い圧迫感で目を覚ました。

 

(ん……なんだろ?)

 

柔らかく、暖かく、そして、少ししっとりとした感触に、まだはっきりとしない意識の中で茶々丸は「はて?」と首をかしげた。

 

「んう……」

 

寝ぼけ眼のまま、何とか顔の上のむにむにを退けると、

 

「……」

 

「うぇひひ……」

 

それは真っ裸で、幸せそうに涎を垂らす力左だった。

 

(……やっちゃった?)

 

一瞬、その白い肌と、「均整? 何それ?」と言わんばかりの、小柄な体に似合わないおっぱいの存在感に、あほな疑問を浮かべた茶々丸だったが、流石にそれはないなと首を振る。見れば、白い褌一丁ではなく、辛うじてだが、左の足に昨日の質の良い衣服が引っ掛かっていた。恐らく、昨日の夜に寝苦しくて自分で脱ぎ捨てたのであろうそれに、茶々丸は大きく溜め息を吐くと、手に持っていた力左をぽいっとその場に投げ捨てたのだった。

 

「ぶぇ?」

 

「おはよ」

 

板間に墜落して目を覚ました力左衛門に声を掛けると、少女にしか見えない彼は間抜けな声と共に顔を上げた。

 

「んお……」

 

ごしごしと口元を拭いながら、きょろきょろと辺りを見回すと、状況を理解したのか大きくあくびをして「うむ、おはようだ」と頷いた。

 

「悪いけど、此れから直ぐに出るから、支度して」

 

そんな力左衛門に、茶々丸は水瓶の冷水で濡らした手拭いを放り渡す。

 

「ん? 出かける? 何処にだ?」

 

べちゃりと手拭いを頭に乗せたまま首をかしげた力左衛門に、茶々丸は軽く肩を竦める。

 

「仕事だよ」

 

「仕事……」

 

「そ」

 

茶々丸が頷くと、「んー……」と分かっているのかいないのか、力左衛門は頷いてくしくしと手拭いで全身を拭き始めたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 軽い朝飯を食べ終えた茶々丸は手早く身繕いをすると、力左衛門を引っ張って、仕事場のある中涙の町を訪れていた。

 

「ふむ! ふむふむ!!」

 

茶々丸にとっては見慣れた光景だったが、この小さな神主の目には何れも此も、至極新鮮に写っているらしい。頻りに辺りを見回しては、興奮した様子でキラキラと目を輝かせている。

 

「茶々! あれは何だ!?」

 

「ビードロ屋、硝子の楽器屋だね」

 

「では、あれは?」

 

「寿司屋。握り飯に魚乗せたのを売ってる」

 

「ふむ、では「ん。着いたよ」んむ?」

 

そんな、力左衛門の興味が、都合十何件目かに向かいかけたところで、茶々丸は今日の仕事場(・・・)へと到着したのだった。

 

「ここは……」

 

茶々丸が指差したその場所。それが予想外だったのか、力左衛門は丸い目を大きく見開いていた。

 

「見ての通り、この町の役所」

 

「お主、役人だったのか?」

 

まさか(・・・)

 

流石に、あんな町外れの襤褸屋に住んでいた茶々丸がこんな所に用があるとは思わなかったのか、力左衛門はそう問うてきた。だが、そんな、力左衛門に、茶々丸はあっさりと首を横に振った。

 

「もしそうなら、僕は最低でも裏店に住んでるよ」

 

「それは……そうであろうな」

 

茶々丸の言葉に納得したように頷いた力左衛門だったが、直ぐに「あれ?」と首をかしげた。

 

「お主、役人ではないのだな?」

 

「そうだね」

 

茶々丸が頷くと、力左衛門はコテンと首を横に倒して「んー?」と唸った。

 

「お主、下男でもないよな?」

 

「それも、そうだね」

 

頷くと、もう一度力左衛門は首をかしげる。艶のある長髪がさらりと流れて白い(かんばせ)を撫で付けた。

 

「んん?」

 

「まあ、そうなるよね」

 

言いながら、茶々丸は腰元の力左衛門の刀を鞘がらみで抜くと、「はい」と投げ渡した。

 

「っとと」

 

「此処から先は、無関係の人間は立ち入れないから、表に回ってね」

 

「お、おい」

 

繰り返し、疑問符を浮かべる力左衛門に背を向けて、役所の中に向かった茶々丸は、後ろから声を上げる力左にひらひらと手を振って、奉行所の中へと消えたのだった。

 

 

 

 

「お早う御座います、田中様」

 

 茶々丸が奥の座敷で着替えると、丁度、役所の上役がやって来たところだった。

 

「おう、月下か」

 

スッと頭を下げた茶々丸に、にこやかに頷いた役人がひらりと一枚の和紙を差し出してきた。

 

「ああ、ありがとうございます」

 

見慣れたその紙を受け取り、中に記された人名を改めていく。

 

「多いですね」

 

そこに記された五人の名前に、茶々丸は少し首をかしげた。「僕としては。素直に有難いは有難いんですけど」と呟くと、壮年の役人は「まあな」と肩を竦めた。

 

「? 何かあったんですか?」

 

「少し前に、青龍郡で小競り合いがあってな。その煽りで流れてきた流民が、困窮して押し込みを働いたのよ」

 

「へえ……」

 

「幸い、怪我人は無かったが、全員で三十両近く盗んでいたのでな、まあ、頭割りにも出来んとあって、結局漏れなく死罪となった」

 

「成る程……」

 

役人の言葉に頷いた茶々丸は、「じゃあ、手早く済ませますね」と笑い、その場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 茶々丸が刑場に姿を現すと、既にそこには縄をうたれた罪人と、竹の柵の外に人だかりがあった。

 

「あ……」

 

ふと見ると、柵の外の最前列に、刀を抱えた力左衛門の姿があった。矢張、あの人だかりの中にあっても、その美貌と言って良い風貌は酷く目立った。

 

(そして、色気は皆無と)

 

同時に、あんぐりと口を開いた様は女性らしさは欠片も見当たらないのだった。

 

(まあ、この格好だと驚かれるよね)

 

今の茶々丸は借りものだが紋付袴に襷掛けで鉢巻と、襤褸屋敷に居た時のずぼらな着流し姿とは正反対の折り目正しい恰好をしている。とてもではないが、第一印象と今の自分が一致しないのだろうと力左の胸中を推測しながら、茶々丸は小さく喉を鳴らした。

 

「おい、侍!」

 

「ん?」

 

「そんな、なよっとした有り様で、本当に俺の首が落とせるのかね!?」

 

「無理無理! こんな、痩せ侍に出来るわけがねえだろ!」

 

「ちげえねえ!」

 

どっと吹き出す五人組の罪人達。どうやら、強の罪人は何か誤解しているらしい。やはり、先の上役の言葉通り、流れ者なのだろう。

 

(ふむ……予定変更かな)

 

男達の嘲笑を聞きながら、茶々丸は内心で独りごちる。既に頭の中で手早く済ませるという選択肢は消え失せていた。

 

「……」

 

特に反論もなく立ち上がった茶々丸に、男達は調子づいた様子で、やいのやいのと罵声を向けた。その言葉を涼しい顔で受け流しながら、茶々丸は役人が男達の罪状を読み上げ終わるのをじっと待った。やがて、全員に死罪が申し渡されると、茶々丸はいよいよ一人目の斬首に取り掛かった。

 

「……」

 

白い紙で顔を覆われた男が、何かしらを喚きながら暴れるなか、茶々丸は一切の躊躇なく、一刀を振り下ろした。昼前の陽の光を弾いた白刃が、衆目の前できらりと一瞬の光を得た。人々の目に閃光としか写らなかったそれが消え、茶々丸が残心を解く頃には、切り落とされた生首から血が流れ終えていた。断面は綺麗な平面で、まるで初めからその上に何も付いていなかったかのような滑らかさだった。

 

「ふぅ……次お願いします」

 

茶々丸が伝えると、頷いた役人が次の男を引っ立ててくる。先の茶々丸への罵倒の際に、いの一番に口を開いた男だった。

 

「中々良い腕してんじゃねえか、痩せ侍」

 

他の四人の兄貴分らしき男は、不適な笑みを浮かべて、茶々丸を挑発するように口角を持ち上げた。

 

「だが、俺の時にもきっちり上手く出来るかね? 俺の首を綺麗に落としそびれたら、切腹もの……いや、そうでなくても、町中の笑い物だぜ?」

 

「貴様、それ以上無駄口を叩くな!」

 

「っ!? いってーな」

 

くっくっくと喉を鳴らす男の言葉に、茶々丸よりも先に激昂した侍が、力任せに男を茶々丸の前に座らせた。

 

「……」

 

役人の方を振り返り、ぎゃーぎゃーと何事か喚いている男の隣で、茶々丸は再び刀を構えた。気配で其れを察したのか男は「さ。すぱっと一思いにやってくれ!!」と、からりとした口調で声を上げた。だが、

 

「お断り」

 

当の茶々丸には、男の言葉に答える気は更々ないのだった。

 

「な、がっ!?」

 

にべもない茶々丸の言葉に男が思わず顔を上げかけた瞬間、振り下ろされ茶々丸の力任せの一太刀が、男の筋肉を切り裂きながらも、太い首の骨にぶち当たり、がつん!と音を立てて止まったたのだった。

 丁度、脛椎と頸動脈の間に振り下ろされた一撃に、激痛が走ったのだろうか。男はぶるぶると震えた後、浅く小さな呼吸を繰り返していた。

 

「……」

 

茶々丸がしゃがみこんで、顔に掛けた和紙を持ち上げると、男は一瞬絶句した後、「て、てめぇ……」と弱々しい声を上げた。

 

「失礼、仕損じたね」

 

そんな男の前でくはっと笑みを漏らすと、茶々丸は立ち上がり、更に無造作な一撃を加えた。

 

「ごげっ!?」

 

再びがつんと音が鳴る。今度は茶々丸の手首が鞭のようにしなり、男の喉に一撃を見舞っていた。

 

「また失敗だね」

 

しゃがみこみ、男の耳元で囁くと、男は物凄い形相で茶々丸を睨み返してきた。

 

「ん。元気そうで何より」

 

立ち上がると、もう一度刀を振り下ろす。今度は男の頭皮が宙を舞った。紙の外で異常を感じたのだろう。順番待ちをしている男達がにわかに騒ぎだした。だが、この場には男達を止める観衆はおろか、役人一人(・・・・)すら存在しないのだった。

 しゃがみこみ、血で染まった白紙を持ち上げると、血化粧に染まった男が、先の威勢をすっかり失い、怯えた表情を浮かべていた。

 

「て、てめえ、こんなことしてただで済むと思っているのか?」

 

「何? 君の親分が黙っていない?」

 

「さ、侍が仕損じたら、切腹だろーが!!」

 

「ああ……」

 

男の言葉に納得すると同時に、茶々丸はその誤解(・・)に思わず笑みを漏らした。

 

「な、何がおか「勘違いしてるようだけど、僕は二本差しじゃない。だから、斬首に命を賭けることもない」あ?」

 

茶々丸の言葉が余程意外だったのか、男は斬首の最中だというのに、きょとんとした表情を浮かべた。

 

「当然、打ち首の仕損じくらいで、腹を切る必要もない」

 

そして、男を蹴倒すと、その頭を足で固定すると、ぎこぎこと刀を鋸のように使い、その首を切り離しに掛かる。刑場に、ぶちぶちと肉が引きちぎれる音と男の断末魔が響いた。

 やがて、男の声が止み、びくびくと震える肉袋と成り果てた頃、茶々丸はその手を止めて、先程と同じくすぱっと男の首を切り落としたのだった。辺りには鮮血とは別の、男の漏らした糞尿の臭いが漂っていた。

 

「さてと」

 

振り替えると、さして大きくもない茶々丸の声に、罪人達がビクッと肩を跳ねさせた。一歩、また一歩と茶々丸が近付くと、男達は目に見えて身を縮み込まらせた。

 

「君達はどうする?」

 

身を捩って逃げようにも、拘束一つない茶々丸から逃げ切れるわけもなく、無様に絡み合った男達を見下ろしながら、茶々丸は小首をかしげた。

 

「すぱっと楽に死ぬか、寸刻みで苦しみながら死ぬか」

 

「あ、ああ……」

 

だが、男達はカタカタと震えるばかりで、一向に答える様子はない。

 

「答えないなら、全員寸刻みにするけど?」

 

「「「!!」」」

 

まるで、夕飯に何を食べるかを聞く様な平坦な口調で尋ねる茶々丸。その口調の抑揚のなさに、自分達の命に対する葛藤が欠片も茶々丸の中に存在しないことを、無理矢理理解させられた男達はがたがたと震えながら、必死に殺された仲間の方を指さした。

 

「……すぱっとの方ね」

 

振り返った茶々丸は、断面の奇麗な死体の方を確かめると一つ頷いて、刀に手を掛ける。

 

「じゃ、これで仕事終わりかな」

 

呟いた時には既に刀は腰に収まり、後には一刀のもとに首を斬り落とされた三つの死体だけが残ったのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 報酬を受け取り、茶々丸が役所から出てくると、じっと待っていたらしい力左が奉行所の門の前で立っていた。

 

「お待たせ」

 

「うむ」

 

頷いた力左衛門が差し出してきた刀に茶々丸は少しだけ驚いた。

 

「? どうしたのだ?」

 

「いや」

 

その反応に、首を傾げてくる力左衛門に、茶々丸はひらひらと手を振った。

 

「てっきり、質に入れてるかと思った」

 

「なんと!?」

 

「いや、だって、やっぱりこの刀、一晩の宿には釣り合わないし」

 

「我は余った分でお主を護衛として雇ったつもりなのだがのう?」

 

「うん、知ってる。だから、お金に目が眩んで、質に入れてくれてたら護衛はしないで済むかなって思っていたんだけど……当てが外れた」

 

「ははは、此奴め」

 

「痛い、脛を蹴らないで」

 

げしげしと蹴りを放ってくる力左に、茶々丸は軽く肩を竦めると奉行所を後にする。その後をとてとてと付いてきて、やがて隣を歩き始めた力左衛門に茶々丸は「でも、本当に僕で良いの?」と護衛が自分で良いのかを改めて問い掛けた。

 

「うむ。むしろ、今はお主以外あり得ぬと考えておる」

 

茶々丸の確認に、しかし、小さな神主は自信たっぷりに頷いてきた。

 

「そう?」

 

「先の斬首で、お主が相当に剣の腕が立つことをまざまざと見せつけられたからのう。我の居た辺りでも時折斬首はあったが、あそこまで見事な斬り口は他に見たことがなかった」

 

「さよか」

 

「うむ。逆に、我としてはお主が本気で逃げたら追えぬとも思っておったのだが?」

 

「あー……」

 

何処か悪戯っぽいその口調に、茶々丸が少し頭を掻き、「まあ、報酬先に貰っちゃったしね」と呟くと、力左は「ほっほう!」と、満面の笑みを浮かべた。

 

「……何?」

 

「いやー……」

 

にまーっと、その笑顔をいやらしく染めた力左は深く深く頷くと、「やはり、我の目に狂いはなかったのう!」とぱんぱんの胸を張ってびしっと天を指さした。

 

「流石は我! 天に愛された至高の存在! 慧眼を持つばかりか、最高の当たりを引く運すら持つとは正に完璧な存在よのう!」

 

「……」

 

「……」

 

「……それ、自分でやってて恥ずかしくない?」

 

「正直、一寸後悔しておる」

 

姿勢を戻し、おほんと一つ咳ばらいをする力左衛門。なんてことは無いように見せているが、うっすらとその頬に朱が差している。

 

「野郎に頬染められても困るんだけど?」

 

「仕方なかろう! 我とて別に恥をかきたくてかいたのではないわ!」

 

「見得は自分から切ったんだけどね」

 

「ぐふぅ……」

 

「……」

 

豊満な胸を抑えて蹲る力左衛門に、茶々丸もしゃがみ込んでその小さな肩をぽんと叩いた。

 

「話が進まないよ。さっさと続きを言って?」

 

「腰を折ったのは茶々であろうが……」

 

容赦なく反撃に追い打ちを繰り返す茶々丸に、力左衛門は恨めし気に呻くとよろよろと立ち上がった。

 

「取り合えず、お昼を何にするか決めようか?」

 

「お主、話をころころ変えすぎではないか?」

 

「蕎麦で良い?」

 

「聞かぬか!」

 

「痛い、脛を蹴らないで」

 

二人してげらげらとくだらないやり取りを笑いながら、一軒の屋台の暖簾を潜った。

 

「もり二つ」

 

「あいよ!」

 

茶々丸が蕎麦を頼むと、店主が威勢よく蕎麦を茹で始める。

 

「まずは一献」

 

「蕎麦汁だよね? これ」

 

「遠慮するな、飲むと良いぞ!」

 

「……」

 

「いふぁいいふぁい」

 

茶々丸が離した頬を撫でる力左がふと、何かを思い出したように首を捻った。

 

「そういえば、茶々よ」

 

「んー?」

 

「一つ分からぬのだが、結局お主の仕事とは一体何だったのだ?」

 

「ああ」

 

謎かけの様に問うて、そのまま仕事に行ったため、答え合わせがまだだった。

 

「お主が首を斬るのは慣れていると言った理由は先の斬首で良く分かった。確かに、斬首刑の執行をして居れば慣れもするであろう。ただ、お主は侍ではないのであろう?」

 

「うん、まあね」

 

「浪人という訳でもあるまい?」

 

「それも、その通りだね」

 

「では、お主は何者で、お主の役目とは何だったのだ?」

 

コテンと首を傾げる力左衛門に、茶々丸は少し言葉を探したが、途中で面倒臭くなったのか軽く肩を竦めて、実に平坦な言葉を出した。

 

「僕は帳外れだよ。そして、仕事は斬首の代役だ」

 

「なんと!」

 

帳外れ、そして斬首の代役という二つの意外な言葉に、力左衛門が目を丸くした。

 

「意外……というか想定外の答えだのう」

 

「どっちが?」

 

「両方だ」

 

茶々丸が問い掛けると、力左はぷくっと頬を膨らませた。

 

「気色悪い」

 

野郎がする仕草じゃない。

 

「お? こんな美少女の不満顔が嫌いとな?」

 

「中身男じゃん。逆に聞くけど僕がそれしたらどうする?」

 

「今すぐその汚い面斬り落として二度と我の前に現れるなと叫んでやるわ」

 

「……」

 

茶々丸はぷくっと頬を膨らませた。

 

「報酬分働いてもらうまで逃がす気はないぞ?」

 

「ちっ……」

 

茶々丸は舌打ちをした。

 

「話を戻すけど、まあ、昔色々あって、実家を逐電した身でね」

 

「ふむ……」

 

「その時に、出て行くことしか考えてなかったから、帳外れになっちゃった」

 

「お主……」

 

流石に茶々丸の言葉に、ぐりぐりと米神を抑える力左。そんな力左に「自分でも考え無しだったのは分かってるよ」と、茶々丸も肩を竦めた。

 

「で、この町に流れ着いた時、丁度斬首があったんだけど、その日の当番が剣にかなり自信がない役人でね」

 

「なんと」

 

茶々丸の言葉に、力左衛門が目を丸くした。

 

「そんな事があるのか?」

 

「街道町だからね。商業的な揉め事の取り締まりの方が実入りが良いのもあって、斬首みたいな血生臭い仕事は一部の役人に回されがち」

 

「へい、お待ち!」

 

差し出された蕎麦を受け取り、箸を取ると茶々丸は一口笊の上から蕎麦を取る。

 

「とはいえ、役人である以上、斬首も仕事の内だからね。そう何度も一部の役人に依頼するわけにはいかないでしょ? 結局、持ち回りで全員がやる事になるわけで、腕に覚えがあろうがなかろうが、斬首を経験しない訳にはいかない」

 

啜った蕎麦の出来栄えに、茶々丸は「ほぅ……」と満足感と共に溜息を吐いた。

 

「で、丁度通りかかった僕が斬首の代行を申し出ると、その役人はかなり迷った末に、僕に斬首の代行を依頼してきた。それが役所内で広まって、今では僕に斬首の代行が来るのが通例になった」

 

「成程のう……」

 

茶々丸の説明に、感心半分で頷きながら、力左衛門も蕎麦を啜った。

 

「一口幾らなのだ?」

 

「三両。今日は五人斬ったから十五両だね」

 

「それはまた……」

 

茶々丸が口にした意外な高額報酬に、力左衛門は少し驚いたように目を見開いた。

 

「驚いた?」

 

「うむ」

 

「けど、ちゃんと絡繰りがあるんだよね」

 

蕎麦を啜りながら肩を竦める茶々丸の言葉に、力左衛門が「ほう?」と首を傾げる。

 

「まず、この町で首を斬られた罪人は、そのまま焼き印を押された後、塩漬けにされて直ぐに江戸に出荷される」

 

「ほう?」

 

「江戸に着いた罪人の死体は、一部はそのまま薬屋に卸されて、解体された後、結核の薬として販売される」

 

「なんと!?」

 

流石に驚いたのか、力左は声を上げた。

 

「それと、一部は大名や旗本に売られて、そのまま刀の試し切りに使われる」

 

「ふむぅ……」

 

解体された薬と、試し切り用の死体。その何方も莫大な富となる。はっきり言って、三両は決して小金ではないが、死体一つが産み出す富に比べれば、大した事も無いのも事実だった。

 

「中涙町の役所はこの死体販売を奉行所ぐるみで行っているからね。その中から僕に報酬を出すのはそれ程難しくはない」

 

「何と言うか」

 

「けど、その死体調達はしても、製造はやりたくないって人が多い。そこに、僕を売り込む商機がある訳」

 

「身も蓋もないのう……」

 

「神も仏もないものか」と力左はけらけらと笑うのだった。

 

「後は、折紙の代行なんてのもたまにやってるかな」

 

「折紙?」

 

「うん」

 

耳慣れない単語に力左が首を傾げる。

 

「刀の試し切りだけでなく、刀に箔をつけたい、或いは信用できる鑑定が欲しいって場合は、首斬り役人に刀を預けて、その切れ味を鑑定してもらうって方法があるんだ」

 

「ほう」

 

「ただ、此れは基本的には江戸の山田家の家業で、本来は中涙で出来る事じゃない」

 

「ふむ」

 

「けど、結構向こうでも死体が足りなくなることがあってね。向こうで死体が足りなくなった場合に、一部をこっちで代行することがあるんだ」

 

「その場合、報酬は基本的には役所の物かな」と茶々丸は肩を竦める。

 

「お主は何も受け取らぬのか?」

 

「まあね」

 

「むー?」

 

実際に刀を振るうのが茶々丸なのに、報酬がないという事に違和感を覚えたのか、力左衛門が再び首を傾げた。

 

「細く長く続けるためのコツだよ」

 

「うん?」

 

「儲けすぎない。欲張りすぎない」

 

「どういうことだ?」

 

意味が分からないと首を振る力左衛門に、茶々丸はくすりと笑みを漏らす。

 

「確かに、普段の斬首に加えて、刀剣鑑定の代行依頼は余剰なお金が発生しているけれど、そのお金は必ずしも斬首が必要ではないってのが一つ」

 

「うむ」

 

「そして、普段が三両なのに、刀剣鑑定ありだと四両とかになると、実際の儲けは増えていても何となく不満に思っちゃうからね」

 

「ああ、確かにそれはあるかもな」

 

「そ。元々僕の首切り代行だって、限りなく灰色の商売なわけで、欲を張ったら当然排斥されちゃう訳で」

 

「ふむ……」

 

「だからまあ、そっちは余分。僕から役所へのおまけみたいなものかな」

 

「成程のう……」

 

「ご馳走様!」と茶々丸が笊を返すと、先に食べ終えていた力左も立ち上がる。

 

「取り合えず、時折数両手に入るだけで、十分儲けが出ている立場だから、これ以上は余分だね」

 

そう言って、茶々丸が笑うと、力左もこくこくと頷いたのだった。

 

 

 

 

 小腹を満たし終えた茶々丸は蕎麦屋を立つと、「さて、これからどうしようか?」と首を傾げた。

 

「今日はもう、仕事も終わったし……」

 

「普段はお主は何をしておるのだ?」

 

後ろから暖簾を潜らずに出てきた力左衛門の問いに、茶々丸は少し考える。

 

「大体剣術の稽古かな」

 

「意外に真面目だのう……」

 

出てきたのはそんな答えだった。

 

「まあ、単純に暇なだけなんだけどね」

 

「他に仕事はしておらぬのか?」

 

「ないね」

 

力左の質問に、茶々丸は肩を竦めた。

 

「この通り、帳外れの身だからね。口入屋を利用できない。そうなると、どうしても、そういった人足仕事は手が付けられないってのがあるけどね」

 

「ふむ……」

 

頷いた力左だったが、ふと何かを思いついたのかぽんと手を打った。

 

「? どうしたの?」

 

「うむ、思い出してみれば、これがあった訳だ」

 

「ん?」

 

茶々丸が首を傾げる前で、力左は胸の谷間から一冊の書を取り出した。

 

「それって」

 

「うむ、我が朱丸神社の宗門人別改帳よ!」

 

高々と掲げられたそれに、茶々丸は「えー……」と声を上げる。

 

「それを出したって事は……もしかして?」

 

「うむ!」

 

何となく、何をしようとしているのかを察し、思わず声を上げると、当の神主は満面の笑みで頷いた。

 

「ここにお主の名を書き込む!」

 

「戸籍の偽装じゃねーか」

 

思わず突っ込んだ。

 

「それ、神主がやっちゃダメな奴でしょ」

 

信用に関わる話だし。

 

「ま、普通ならの!」

 

だが、そんなものはどこ吹く風で力左はにんまりといやらしい笑みを浮かべる。

 

「だが、誰を宗門帳に載せるかは我が決める事。即ち、天下の宗門帳に名を載せるのは我のこの胸の内次第よ」

 

「うひひひひ」と気持ち悪い笑い声を上げながら、力左はわざとらしく、自分の胸をぐにぐにと揉みしだいた。

 

「それに、お主としては宗門帳に名が無いのは不便であろう?」

 

「それは、そうだけど……」

 

実際、斬首以外の収入のあてが中々ないのもまた事実だった。そんな茶々丸の立場を知ってか知らずか、力左は「ならばよいではないか」と哄笑した。

 

「何、事を知るのはお主と我の二人ばかり。お主が黙っておれば問題ないわ」

 

「……」

 

「それに、お主を我の権力のひも付きにしておくのは、それだけで気分が良いからの」

 

「おいこら」

 

本音を漏らした力左に、茶々丸は蹴りを放った。軽々と避けた力左は茶々丸の射程圏内から逃れると「うけけけけ」と笑った。

 

「分かった。宜しくお願いするよ」

 

「うむ。任せておくがよい!」

 

足を降ろし、茶々丸が肩を竦めると、見た目とはまったく一致しない下品な少女()は自信たっぷりに頷いた。

 

「ちゅー訳で、茶々は慈悲深い我に感謝してむせび泣きながら称賛の声を上げるがよいぞ」

 

「きゃー! 力左衛門様すてきー!」

 

「すまん、取り消すぞ。野郎に叫ばれても嬉しくないわ」

 

「失礼な」

 

げんなりとした様子の力左に、茶々丸はしてやったりと喉を鳴らした。

 

「まあでも、素直にありがとう。やっぱり宗門帳に名前があるのと無いのじゃ、生活のしやすさが違うからね」

 

「うむうむ。任されたぞ。そして、一杯稼いで、我に楽な逃亡生活をさせるのだ!」

 

「それは僕の胸先次第」

 

肩を竦めた茶々丸だったが、ふと見ると、隣に居た筈の力左衛門がいつの間にか消えていた。後ろを振り返ると、立ち止まった神主が何かの見世物小屋の前で目を爛々と輝かせていた。

 

「? どうし「おっほぉ!!!♥」本当にどうし……ああ」

 

力左の視線の先を追い、そこにでかでかと掲げられた看板を見て、茶々丸は得心がいった。

 

 

 

―女相撲―

 

 

 

看板の周りに置かれた春画の数々に、見た目だけ美少女な力左が鼻息を荒くして、今にもむしゃぶりつきそうになっていた。

 

「茶々丸!」

 

「何となく予想つくけど、何?」

 

「これ見るぞ!」

 

「やっぱり」

 

びしぃ! と看板を指さした力左に、茶々丸は「はぁ……」と溜息を吐いた。

 

「奥さん二筋じゃなかったの?」

 

奥さんだけじゃなくて愛人も居るから二筋。

 

「ふっふっふ……」

 

「? どうしたの?」

 

「昔から言うであろう? おかずは別腹とな!!」

 

「往来のど真ん中で何叫んでんだ」

 

茶々丸の手刀。力左は頭を押さえて蹲った。

 

「まあ、一応忠告しておくけど、見ると後悔すると思うよ?」

 

「なぬ?」

 

茶々丸の言葉に、直ぐに立ち上がった力左が首を傾げた。

 

「何故だ?」

 

「基本的に醜女ばっかりだから」

 

茶々丸が端的に答えると、力左衛門は「そうなのか?」と首を傾げた。

 

「まあね」

 

力左衛門に肩を竦めて返すと、茶々丸は思い返す様に顎を撫でた。

 

「この手の興行って、おっぱい見せて相撲を取らせるってのが売り(・・)なんだけど、当然そういう

毛色の興行だから、身体を売るのも商売の一つに入る訳」

 

「ふむ」

 

「でも、普通に考えれば、そこそこ人気が出る程度に美人なら、態々こんなことしなくても客を取れるでしょ?」

 

「確かに……」

 

茶々丸が謎かけをすると、力左は納得したように頷いた。

 

「要するに、物珍しい興行で釣って、普通では客の取れない醜女に客を付けるのが目的と」

 

「そういう事」

 

「おっと、そいつは聞き捨てなりませんぜ、旦那?」

 

「「ん?」」

 

茶々丸が頷いた瞬間、不意に会話に割って入る声があった。

 茶々丸と力左が顔を上げると、そこには帽子をかぶった如何にもな風体の男が居た。

 

「何だ、お主?」

 

力左が首を傾げると、「あっしはこの一座を預かる吉之助ってもんでさあ」と男は片目を瞑った。

 

「それより旦那、うちの力士達は皆美女揃いですぜ。醜女なんて一人も居りはしませんよ」

 

「あー……、失礼しました」

 

流石に、小屋の真ん前でする会話じゃなかったかと茶々丸は一礼して退散しようとする。だが、

 

「いやいや、これは本当の事なんでさあ」

 

「?」

 

前に回った男が茶々丸の両肩に手を置いた。そして、神妙な顔になると、「何、一寸絡繰りがあるんでさあ」と声を潜めた。

 

「絡繰り?」

 

「ええ」

 

茶々丸が首を傾げると、男は一つ頷いた。

 

「うちの一座は力士に身体を売らせやせん。そして、取り組みの間、乳を完全に見せることも致しやせん。代わりに女に入る金は醜女の乳出し相撲よりゃ下ですが、女中奉公や小料理屋開くよりゃいい給金を出しまさあ」

 

「へえ……」

 

(確かに、僕が知っている女相撲と一寸毛色が違うね)

 

男の説明を聞きながら、茶々丸は確かに物珍しさを感じた。

 

「でも、それで売れるの?」

 

「ええ、こんだけは皆出しまさあ」

 

男が立てた人差し指に、茶々丸は目を剥く。

 

「一分?」

 

「へえ」

 

「確かに、それなら相当稼げるね」

 

と言うか、見世物としては相当な暴利だ。

 

「だからこそ、乳の一つも見せて、身体も売らにゃ稼げねえ醜女は及びじゃねえ。そして、奇麗な身体のまま帰りてえって美女を割の良い給金で扱う。それがうちの一座の肝なんでさあ」

 

「なるほどね」

 

確かに、よくよく考えられている。いくら美女とはいえ、皆が皆苦界に身を落としたいと思う訳もない。そういった女には、多少懐に入る給金が減ろうが、奇麗な身体のまま足を洗えるのは魅力的に映るはずだ。が、

 

「あれ? でも客にそんだけ出させて、女に渡す金がそれって……」

 

「そいつぁ言わぬが華でござんしょ」

 

だが、ふと気が付いて茶々丸が首を傾げると、男はその視線から逃れる様に、さっと視線を外した。

 

「……」

 

「……」

 

(こいつ、相当ぼったくってるね……)

 

「おほん!」

 

茶々丸の冷めた視線を誤魔化す様に、男は一つ咳ばらいをした。

 

「それともう一つ、うちの番付は、相撲の勝ち負けではなく贔屓さんの懸賞の数で決まりまさあ」

 

「んん?」

 

男の言葉に、今度は茶々丸も首を捻った。

 

「どういう事?」

 

「旦那、一つ聞きますが、旦那は男みてーな体の醜女の、見るからに固そうなしょぼい乳見たいと思いやすか?」

 

「お金貰っても嫌だよ」

 

「時間の無駄じゃん」という茶々丸の言葉に、男も「あっしも同意見でさあ」と頷いた。

 

「男は良い女の大きくて、やわらかーくて、ぷりっぷりな乳を見たいのであって、強い女ごつい女の腕力を見たいわけではありやせん」

 

「まあ、だろうね」

 

「世の中にゃ、特殊な趣味を持った方も居りますが、まあ、そんな客相手にしていても稼げやせんし」

 

男はそう言って肩を竦める。

 

「そんな醜女の、触れもしねー乳を見に来て、最後の最後に腕力だけが自慢の不細工を見せられる。……そりゃ金払った客は切れまさあ」

 

「確かに」

 

「自分でもキレるな」と茶々丸は納得する。

 

「この辺は、頭の固い連中が女相撲と男の普通の相撲を一緒くたにしちまったのが原因でしょうな。或いはその辺の手を抜いたのか、どっちにしろ、大一番に一番客が見たいものを持ってくる。これは当然のやり方でさあ」

 

「そういう事か」

 

「ええ」

 

茶々丸も、男が言わんとすることを理解した。

 

「懸賞が多いって事はそれだけ人気があって贔屓がある。つまり美人になりやすいと」

 

「ご名答」

 

男は満面の笑みでパンッと手を打った。

 

「勿論、それだけではありません。そういった付加価値は相撲という取り組みそのものが魅力的じゃなけりゃ生きてきやせん。単に美人出すだけじゃ、今度は女郎屋に客取られて終わりですからね」

 

「ま、そうだろうね」

 

「体形の事もありやすから、力強さにゃかけるかもしれやせんが、皆、技量は決して負けてないことを保証いたしますぜ」

 

「ふむ……」

 

基本の相撲をきっちり取らせ、かつ美人を揃えるからこそ需要が産まれると……。

 

(凄いな)

 

男の言葉に、茶々丸は素直に感心した。男のしゃべり方、物の考え方には、相応の意地や誇りが感じられた。

 

「でも、そんな細かいところまで教えて良かったの?」

 

茶々丸が首を傾げると、男は「へへっ」と笑って鼻を擦った。

 

「あっしらは暫くこの町で興行を致しやすから、必然的に宣伝も大事でして」

 

「……」

 

「この町では“首斬り月下”の名は決して小さくありやせん」

 

「……知ってたんだ?」

 

「へへっ」

 

また笑った男は、もう一度パンッと手を打った。

 

「論より証拠。今は稽古の最中ですが、一寸だけお見せ致しやすぜ」

 

そう言って、男が少しだけ引き戸を開いて見せる。どうやら、中を覗けという事らしい。

 

「……」

 

茶々丸が少し首を傾げて引き戸の間を見ようとすると、先にぴゅっと張り付いた力左が「むほおおおおおおお!!!!」と下品な歓声を上げた。

 

「へえ……」

 

(確かに美人揃いだ)

 

後に続いた茶々丸も中を覗き込むと、少し遠い土俵の上でやや大柄な女性二人が相撲を取っていた。その周りを囲む女力士達もおっとりしたり勝気だったりと風貌に差はあれど十人並み以上の美人が揃っている。そして、男が言った様に、全員がまわしをして胸に大きめの絆創膏を貼っていた。

 

「確かに、これは僕の認識が間違っていました」

 

「分かってもらえりゃ良いんですよ」

 

茶々丸が頭を下げると、男は鷹揚に笑った。

 

「で、物は相談なんですが旦那」

 

「ん?」

 

「実は旦那に声を掛けた理由はもう一つあるんでさあ」

 

「……」

 

「そのお嬢さんなんですがね」

 

「我か?」

 

急に声を潜めた男に、茶々丸はすっと目を細める。軽く警戒をしたのを察しているのか居ないのか、男は力左の方を指さした。

 

「お嬢さん、あっしの一座で相撲取る気はありやせんか?」

 

「ん?」

 

なんか、不穏な事を口にした男に、茶々丸はすぐさま鯉口を切る。

 

「待った待った! 刀に手を掛けんでくださいよ!!」

 

そんな茶々丸を見て、男が慌てて手を振る。

 

「まさか、初手でこれを売れと言われるとは思わなかったな」

 

だが、茶々丸は男の胸倉を掴むと、その首筋に躊躇なく刃を突きつけた。

 

「さて、すっぱりがお好み? 寸刻みがお好き? 好きな方を選んでいいよ? 嫌な方をしてあげるから」

 

「ひっ」

 

悲鳴を上げる男に、茶々丸はぐりぐりと刃を擦り付ける。だが、男の方も肝が据わっていた。

 

「違います! その娘を売ってくれって話じゃなくて、あっしらがこの町に居る間、臨時で土俵に立たないかって誘いなんです!」

 

「んん?」

 

男の言葉に、茶々丸は一旦手を離した。そして、ゴホッゴホッと咳き込む男に、改めて刀の切っ先を突きつける。

 

「どういう事?」

 

「刀下げてはくれないんすね……」

 

平然と首を傾げる茶々丸に、男は顔を青くしながら乾いた笑いを漏らした。

 

「言葉のままですよ。時々、訪れた街に美人が居る時は小遣い稼ぎに誘うんでさあ」

 

そう言って、男はしゃがみ込み、力左の顔をまじまじと見詰めた。

 

「ぬ?」

 

「お嬢さんくらいの美人なら絶対に売れやす。これまで多くの女を引き込んできたあっしが言うんですから間違いありやせん。勿論、当一座に正式に入ってくれるならそれに越したことはありませんが、うちの一座がこの町に居る間だけでも興行に参加しちゃあくれませんかね?」

 

「ふむ……」

 

「そういうの、受ける人って居るの?」

 

考え込む力左の横で、茶々丸が首を傾げた。

 

「これが、女色の気があるお嬢さんは結構受けてくれるんでさあ。特にそういった人は美人も多いですし、何より組技に積極的なのがありがてえ」

 

「成程……」

 

「先程、小屋の中覗き込んだ時の、お嬢さんの反応。間違いありやせん、ありゃ女の身体で興奮する性質の女の声だ」

 

(そりゃ、中身男だからな)

 

「どうでしょう、一晩で一両。出ない日はまあ特に何もなしで、代わりに気が向いた日だけ小屋に顔を出してもらえりゃ構いません」

 

「ふむ……」

 

少し考えた茶々丸だったが、結局それを決めるのは自分ではない。隣に立つ力左衛門を見下ろすと、丁度そっちも顔を上げたところだった。

 

「どうする?」

 

「そうだな……」

 

茶々丸が問うと、少し考え込んだが、直ぐに力左は顔を上げた。

 

「義を見てせざるは勇無きなり! ここまで話されたのだ、我も何か応えずにはいられまい。先の覗きの礼もあからの!」

 

「本音は?」

 

「唯で、あんな良い女達と組んず解れつ出来るのだぞ! 逃す手はあるまい!!」

 

「だろうと思ったよ」

 

くわっと目を見開く少女()に嘆息しながら、茶々丸は鞘に刀を納めた。

 

「それで、相撲は出来るの? 一応、相撲の中身にも相当力入れてるみたいなんだけど」

 

「此れでも神社の祭事の相撲では大関であったのだ! 全く問題ないぞ!!」

 

「そ」

 

鼻の下を伸ばして、自信満々に握り拳を作る力左衛門に肩を竦め、茶々丸も男の方を振り返る。

 

「やるそうなので、好きに取り組み決めてやってください」

 

茶々丸の答えに直ぐに復活した男は「そうこなくっちゃ!」とお得意の動作で手を打った。

 

「ささ、奥へどうぞ。早速四股名と、後まわし合わせをしちゃいやしょう。大丈夫。あっしに任せておくんなさい。とびっきりの良い女と初戦を組ませていただきやすからねえ」

 

「ほほう! そうであるか! そうであるか!」

 

「大丈夫かなあ……」

 

「むほほほほ」と、機嫌よく笑いながら見世物小屋に消えて行った力左と男の後を追いながら、茶々丸は若干の不安と共に首を傾げたのだった。

 

 

 

 

 




こんにちはこんばんはデポジットカンチョーでございます。
前話では、初投稿の拙作を読んでくださりどうもありがとうございました。
また、お気に入り登録をしてくださった方や評価を付けてくださった方も本当にありがとうございます。とても嬉しかったです。

二話目で早速迷走を始めた感がありますが、茶々丸と力左衛門の絡みを増やしながら頑張っていきたいなと考えておりますので、ご感想やTSヒロインあるあるなやり取りとか頂けましたら幸いですノシ
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