りきざのかわり~首切り男とちんちん取られた神主~   作:小名掘 天牙

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土俵入りと敵の気配

 力左が芝居小屋に消えてから数時、そろそろと幟が立ち始め、客が集まり出したのを見て、茶々丸も小屋の中に入ることにした。

 

(へえ、本当に繁盛しているみたいだ……)

 

客足を見ると、明らかに他の女相撲の時に比べて多くの人が集まっており、この一座の見世物が相応の売れ行きであることを示していた。

 

(となると、期待出来るのかも……)

 

普段、あまりこういった見せ物に足を運ぶこともない茶々丸だったが、その人数に多少の期待感を持って適当な座布団の上に腰を下ろした。ふと聞き耳を立てると、あちらこちらで贔屓の女力士を話し合う声が聞こえる。その多くが力士の取り口の見事さと、その美貌の両方に言及しており、決してどちらにも片寄っていないことをよくよく表していた。

 

(これ、大丈夫かな?)

 

その事に感心しながら、同時に、茶々丸は首を捻った。先程は一座の男の口上に乗せられて力左を送り出したが、本当に上手い相撲を取ることが出来るのだろうか? 下手な相撲を取って、この一座の看板に傷をとは言わずとも、泥を塗ってしまった場合、相応に面倒なことになりそうな気がしてならなかった。

 

「御待たせ致しました、只今より本日の当一座の取り組みを始めさせていただきます。今日はなんと、この町で初めて土俵入りとなる力士も居ります。どうぞ、心行くまで楽しんでいって下さいませ……」

 

と、そうこうしているうちに、土俵の中央に現れた、先の吉之助と名乗った男が簡単な口上と煽り文句を告げて、するすると滑るように土俵の下へと降りる。同時に、軽快な太鼓の音が鳴り響き、舞台の奥から次々と美人の力士達が姿を現した。

 

「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」

 

「ま、そうなるよね……」

 

高まる歓声の中で、茶々丸は小さく呟いた。土俵に上がる女力士達はそれぞれ思い思いに髪を結っており、下ろした長髪やうなじで結んだ黒髪、はたまた側頭部で括ったりと各々の拘りを感じさせる個性豊かな髪型が皆に皆、はっきりと似合っていた。力士の中にもおしとやかな風貌や、やや勝ち気な風貌など個性はあったが、全員に何処か自信めいた感情と確かな闘志が見てとれた。

 

(これは、人気が出るのも分かるな……)

 

苦界に落ちた女というものは少なからずその表情に影が宿るものだが、この土俵に上がる女達の顔にはそんな影は一切なく、己の武技に対する確りとした自信が浮かんでいた。小柄な者、少しむっちりとした者、ほっそりとした如何にもな者、その全員が髪型と同じく個性豊かな形の絆創膏を貼ったおっぱいを誇らしげにぷるんと揺らしている。

 

(さて、力左は……)

 

そんな中、茶々丸は下心満載でこの土俵に立った、スケベな神主を探す。

 

「ん?」

 

と、不意に掛かった影に顔を上げると、目の前には相変わらず自信満々な笑みを浮かべ、白い肌と黒い星形の絆創膏を貼った大きなおっぱいを躍動させた力左衛門が、小さな手を力一杯打ち鳴らしていた。

 

「どうだ? 我の体は」

 

観客の声や、他の女力士の手拍子、打ち鳴らされる太鼓の音の中で、囁くように自慢してきた力左。

 

手拍子の度に左右から押し潰されてぐにゃりと歪み

 

身体を揺する度にぷるぷると震え

 

四股を踏むとばるんと弾んだ

 

「好きであろう? こういうおっぱいが!」

 

「男で嫌いな奴は居ないでしょ」

 

「確かにな!」

 

チラチラと隣の女力士のおっぱいを伺いながら、熱く語る力左衛門のある意味男らしい主張に、茶々丸はくすりと笑みを漏らした。

 

ダンッ!!

 

そうこうしている内に、土俵入りが終わり、力左衛門が力強く最後の一足を振り下ろした。一際大きく弾んだおっぱいの上で、「我の相撲、見ておれよ」と闘志をみなぎらせながら、戦意に満ちた微笑を浮かべた力左に、茶々丸は「ん。頑張れ」と手を振り返した。順繰り順繰り土俵に背を向けて控えに戻っていく力士を見送りながら、茶々丸は力左衛門の取り組みを少なからず楽しみに待つのだった。

 

 

 

 

 力士達の土俵入りが終わり、取り組みが始まると、小屋の中は一層熱を帯びた。

 

「……」

 

茶々丸の自身も他の観衆と同じく、好勝負の予感に少なからず、力士の呼び出しを楽しみにしていた。と、そうこうしている内に、土俵に立った行司が軍配を殊更大袈裟に振って女力士の名を呼んだ。

 

「ひが〜し〜、美清風〜、美清風〜」

 

芝居小屋の看板に掛けられた力士の看板に書かれた名前が一様にそうだったが、呼ばれた力士も如何にもな女性らしい字面の四股名だった。

 行司の呼び出しが終わると、不意に太鼓、そして、琴や三味線が鳴り響き、此れから戦場に立つ力士の血を高揚させるような、それでいて不思議と繊細な戦慄が奏でられた。

 

「「「「「おお〜」」」」」

 

奥から出てきたのは、女性にしては長身な細身の力士だった。柔らかく癖のある長い髪が、おっとりとした優しげな風貌には良く似合っている。おっぱいに貼られた絆創膏と、きゅっと締められたまわしは髪の色と同じ薄い茶色で、長い手足が伸びるのに合わせて、少し小振りなおっぱいと共にゆらゆらと揺れていた。

 

「……」

 

土俵入りした女力士が、その中央で品の良い一礼をすると、観客の拍手は最高潮に達したのだった。

 

「に〜し〜、伴藤力〜、伴藤力〜」

 

会場の興奮が、土俵の上に立つ美女から、この美女力士と戦う相手力士に移った頃を見計らって、行司が再び軍配を振るう。

 

「ん?」

 

その四股名、この一座の事を知り尽くしている谷町ではないが、きらびやかさや美麗さを感じさせないそれに茶々丸は首を捻る。

 

(というか、伴藤力って)

 

女らしくないごつごつとした四股名に他の観客も違和感を覚えたのか、ざわざわと辺りがざわつく中、

 

「我!! 見! 参!」

 

(やっぱりか)

 

奥の間から現れた小柄な影、腰に手を当て、傲然と大きなおっぱいを反らす姿、そして何よりやけに耳に残る、女性らしからぬ一人称。新人力士、伴藤力左衛門がそこには居た。

 

(伴藤力って、まんまじゃん……)

 

最早、正体を隠す気もないその一人称に、若干頭痛を覚えながら、茶々丸は溜め息を吐いた。だが、その無駄に自信に満ち溢れた表情と雰囲気が合っているのか、観客からの声援は意外にも悪くはなかった。本人も気が乗っているのか、花道で品を作り、力瘤を見せびらかし、おっぱいをゆっさゆっさとしながら時間をたっぷり掛けて土俵へと上がった。

 

「我が勝利、その目に焼き付けるが良い!!」

 

対戦する力士と同じく、土俵の中心に立った力左が両腕で力瘤を作り、高らかに宣言する。

 

「「「「「おおーっ!!!」」」」」

 

その大胆不敵な勝利宣言に、観客も期待半分面白半分にやいのやいのと歓声を向ける。

 

(……中々、そう上手くもいかないかもね)

 

茶々丸も義理半分で拍手を送るが、ちらと見た美清風の落ち着いた表情に、そんな感想を抱いたのだった。

 徳俵の前に立ち、四股を踏む二人の力士。ゆったりと、しかし闘志の昂る様が見てとれるその儀式に、二人の色気に黄色い声を上げていた客達も、次第に口をつぐみ始めた。

 

「「……」」

 

だが、静まり始める周囲とは裏腹に二人の力士は闘気と共に帯びた熱に、少しずつ胸を昂らせながら、次第に熱い息を吐き始めた。むわっと二人の女力士から香る色気が次第に芝居小屋を満たす中、遂に両雌は仕切り線の前へと立った。

 

(これは、かなり厳しい戦いになるかも)

 

そんな、二人の力士の姿を、一人だけ男(力左衛門)の後ろから眺めながら、茶々丸はそんな感想を抱いた。

 完全に素人の見立てだが、力左衛門の腕は中々のものに見えた。小柄ゆえ低い重心に、黒いまわしが食い込む意外とむっちりしたお尻、たっふんと揺れるおっぱいは身長とは裏腹にかなりの重量感を醸し出している。一方の相手は良く言えば清楚な女性的、悪く言えば力士らしさの感じられない身体をしている。にも拘わらず(・・・・・・)その動作にはあまりにも、ブレ(・・)淀み(・・)といった不純物が見られなかった。すらりと長い流線型の両足を折り畳んでの蹲踞は爪先からピタリと土俵に吸い付き、重心の高さを感じさせない腰の座りの良さが見てとれた。うっすらと浮かんだ微笑には緊張の色は一切なく、明らかにこの戦いに対する慣れがあった。

 

(考えてみれば当然か……)

 

あの男は番付は人気で決まると言ったが、だからと言って取り組みが常に下の番付の力士同士のものから始まるとは限らない。むしろ、興業としては下手な力士同士で闘わせて、取り組みそのものがまともに成立しない等ということはあってはならないだろう。如何に自称大関であっても、初めて会った女に大切な第一試合の全てを任せるわけにはいかないという、あの男の本心が透けて見えた気がした。

 

(冷静だなあ……)

 

自分で勧誘しておきながら、一見華々しい舞台に立たせても、確りと危機管理をするあの男に、茶々丸は密かに感心する。同時に、そう考えると、あの女力士は初土俵入りの力士と闘わせても試合の出来る(・・・・・・)力士だということが読み取れる。

 

(勝ち目はあるかな?)

 

「!」

 

首を捻る茶々丸だったが、ほんの一瞬、ちらと振り返った力左と目があった気がした。

 

―我を誰だと思っておる? 我こそは伴藤力左衛門なるぞ!!―

 

うっすらと横顔に浮かんだ微笑。その何処か獰猛な笑みに茶々丸はふっと表情を浮かべた緩めた。

 

―じゃあ、負けたら、次から四股名を"玉無しへちょ太郎"に改名ね?―

 

―……え?―

 

土俵の上の、小さな大関の顔がはっきりと硬直した。

 

―え? 我への罰重すぎん?―

 

―勝てば良いじゃん―

 

―いや、理屈の上ではそうかもしれんが―

 

―頑張れ、玉無しへちょ太郎―

 

―改名すんな! 勝手に我の四股名を改名すんな!! まだ、負けとらんわ! ちゃんとちんちんもたまたまも付いておるわ!!―

 

―いや、玉と竿は付いてないでしょ―

 

―いいや、まだ我の心の中には、確かにぎんぎんの愚息がいきり立っておるわ!!―

 

―え? 本気でその程度?―

 

―我は短小包茎ではないわああああああああああああ!!!!!!!!―

 

ぜーぜーと、肩で息をする力左衛門にひらひらと手を振りながら、茶々丸は少し姿勢を糺した。決して相撲に詳しいわけでもなければ、別段思い入れがあるわけでもないが、不思議と戦いの前のピンと張り詰めた空気に、心が引き締まる思いだった。

 

―我のちんぽ弄っておったくせに何を言っておるか―

 

何処かからそんな声が聞こえた気がしたが、やっぱり気にせず土俵の上に目をやる。仕切り線の上に拳を付けた女達。

 漆黒の真新しい立てまわしが食い込んだ、力左衛門の白いお尻が天に向かってむっちりと光を弾いた。

 

「みあってみあって〜……」

 

「……」

 

「……」

 

「はっけよ〜い……のこった!!」

 

軍配が振るわれ、二人の力士がかち合った。

 

「どっせいっ!!」

 

先に仕掛けたのは力左衛門の方だった。気合い一発、小柄な体格を生かして、素早い立ち上がりを見せると、出足一息で一気に相手との距離を詰めに掛かる。だが、

 

「はいっ!」

 

すぱんっ! という軽快な音が響き、力左の顎が真上へとかち上げられたのだった。

 

(上手いな……)

 

その張り手の冴え(・・)に、茶々丸は目を丸くする。

 二人の女力士がぶつかり合うほんの一呼吸前に、美清風の振るった細身の右腕が、土俵すれすれを走り、顎を低く低くして頭突きにいった力左衛門の懐に潜り込んだのだった。柔らかさと射程距離を生かした、見事な一撃だった。

 

「はいっ! はいっ!」

 

「ぐっ、このっ!」

 

余りにも綺麗に初手が決まったせいか、何があったのか理解できない様子の力左衛門が見せた大きな隙。その隙を逃さず、美清風の追撃が二発三発と黒い星を乗せた、力左のおっぱいに振るわれる。みちっとして、見るからに重そうな力左衛門のおっぱいは、美清風の白い掌の衝撃にむにっと歪み、かち上げでふわりと一瞬浮きながらも直ぐに大地に引かれてたふんっと力左の丹田に重量を落とす。そして、

 

「っ!!」

 

「!?」

 

そのおっぱいのどたぷんが力左衛門を窮地から救った。

 おっぱいがだぷんと落ちた瞬間、普段よりほんの少しだけ重心が下がった力左衛門は、その一瞬の機を見逃さず、一息で美清風の懐へと飛び込んだのだった。咄嗟にしなる張り手で迎撃に掛かる美清風だったが、おっぱいの重りでほんの少し下に落ちた力左衛門の体重が、僅かに、その目算を狂わせた。頬をかすった鋭い張り手を掻い潜り、美清風の茶色いまわしへと組み付いた力左衛門は、「最早逃がさぬ!」とばかりにむちむちと太い腕でがっちりとそれを掴み取り、一気に美清風の体重を自分の腹の上に持ってくる。

 

「おおっ!!」

 

その一瞬の所作の鋭さは、茶々丸に語った神社の大関という自称が決して伊達ではないことをありありと物語っていた。

 流れが変わったのを察して、客達の拳にも力が入る。

 

「ふんぬっ!!!」

 

その熱気を背に、力左衛門は一気に下っ腹を突き上げた。

 

「くっ!?」

 

ぐわりと一瞬土俵から浮く美清風。その表情に、この日初めての焦燥が浮かんだ。いくら技巧で下に落としているとはいえ、すらりと長い両足はやはり重心を落とすのには不向きだった。当然、腰の座りは小柄な力左には及ばず、上手くその体重を持ち上げた力左衛門は、敵を土俵の際まで一直線に押し込んだ。むちっとした白いお尻に力が入り、みちっみちっと踏み込むごとに大臀筋が歪んだ。

 

「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」

 

細身とはいえ長身の相手に、がっぷりと四つに組んで押しまくる力左衛門とその尻に、小屋の中の男達と少数の女達が色めき立った。

 

「ふんっ! ふぬんっ! ふんぬんっ!!」

 

「「「「「おおっ!」」」」」

 

重心の低い肉体と下半身の馬力に任せて、最後の望みを断ち切り、一気に美清風を寄りきらんと股間を突き上げる力左。二人のおっぱいがぶつかり合い、押し潰され、そして圧力に負けて力士と力士の間で弾ける姿に、男達は一瞬で鼻の下を伸ばした。

 

「くうっ!?」

 

「ぬっ!?」

 

「「「「「おおおっ!?」」」」」

 

かくかくと振るわれる力左衛門の腰と、みちむちっとしたおっぱいのばいーんに、今にも土俵の外へと弾き出されそうになる美清風。だが、細身の身体を生かして、力左衛門の攻撃の真芯を外すと、一瞬で力左衛門のむちっとした腕を巻き取ったのだった。

 

「甘いっ!!」

 

だが、力左衛門の技量も相当のものだった。一瞬流れ掛けた身体を素早く引き戻すと、美清風の淑やかな肌にべったりとへばりついたのだった。

 

「くっ!?」

 

「ふふん!」

 

投げようにも投げきれない。そんな美清風の苦悩を他所に、得意気などや顔を決めた力左衛門は再び美清風の形の良いおっぱいの谷間に顔を埋めると、「むほほほほ♪」と気持ち悪い笑い声を上げながら、またも馬力に任せて真円の土俵の上を一息で縦断しに掛かるのだった。

 

(汚い笑い声だなあ……)

 

女の身体だから、まだ辛うじて許される下品な笑いに、茶々丸は思わず頭を押さえた。

 

(うん、まあ、気持ちは分かるけどさ……)

 

あんな美人の、あんな良いおっぱいに埋もれられるなら、ああいう声も出るのは仕方ないと言えば仕方ない。何とか踏み留まって、反撃しようとする相手力士の苦し気な声も、正直、艶があって嗜虐心がそそられる。

 そんな、男のどーしよーもないスケベ心に溜め息を吐きながら、幾分弛緩した気持ちで茶々丸は肩を竦め、

 

「!?」

 

ほんの少しだけ肌を刺した、ピリッとした感覚に目を見開いたのだった。

 

(……殺気?)

 

ちりっとざわつくうなじの感覚、うっすらと立った鳥肌。そのどれもが茶々丸には馴染み深く、そして女と女の相撲に熱狂する観衆の中には相応しくないものだった。

 

(……いる)

 

一瞬、気のせいかとも思った茶々丸だったが、視線を巡らせずに辺りの気配を探ると、熱狂する客の中でぽつりと、全く熱を帯びていない小さな小さな点が一つあった。

 

「……」

 

周りに気付かれないように、足の指を組みなおし、すっと力左の刀を引き付ける。

 

(仕掛けてくるか?)

 

この大衆の中でとも思ったが、これはこれでいい目くらましにもなる以上、仕掛けられる奴は仕掛けてくるだろう。

 

「……」

 

ゆっくりと臍下に引き付ける様に呼吸を整えながら、茶々丸は静かに神経を研ぎ澄ませた。

 

夢想するのは暗い影となった自分

 

その丹田を中心に、胸へ、頭へ、そして四肢へと意識が充足していく

 

一つ、二つ、三つ息を吐き切る頃には、五体全てがはっきりと自分のものになる

 

「……」

 

ぱっと目を見開いた瞬間、鮮明にありながら、一枚薄紙を隔てた様に他界の話と感じる歓声の中で茶々丸はもぞりと身動ぎした。喧騒を外に、静寂を内に捉えながら張り詰めた意識は、ぴんと一筋の円となり、やがて茶々丸を覆いつくして一つの世界となる。

 

一撃

 

もし円の中にそれが現れれば、今の茶々丸は忽ちそれを斬捨てるだろう。自負と共にゆったりと敵を待つ茶々丸。だが、

 

「……」

 

(来ない?)

 

昨晩の事もあり、真っ先に狙われるとしたら自分か土俵の上の力左衛門かとも思った茶々丸だったが、当の殺気の方が動きを見せない。余りにもか細いその気配に、茶々丸は既に消えたのかと内心で首を傾げる。

 

(いや……まだ居る(・・)ね)

 

だが、より意識を強く向ければ、その黒点は確かにまだ存在していた。だが、動く気配はない。今回は様子見か?

 

(どちらにせよ、気は抜けないか……)

 

仮に様子見だったとしても、隙があれば躊躇なく殺しに来るだろう。恐らく、茶々丸が殺気に気付いている事には気付かれていない。その辺の"気"を消すことに掛けては茶々丸は多少なりとも心得があった。

 

(だとすると……)

 

一旦引き付けた刀を音もなく下ろす。但し、その鯉口は切っておき、一分の隙もなく意識を埋め尽くす。最低限防御に徹した構えを取り、茶々丸は漸く腰を落ち着けなおした。

 

 

 

「ふははははははははは!!!!!!」

 

 

 

茶々丸と姿の見えない誰かの、接敵しない攻防の間を、土俵の上の誰かさんの無駄に響く交渉が引き裂いた。

 いつの間にか、力左衛門と美清風との戦いも大詰めの気配を迎えていた。

 

「ふんぬらばっ!!!!!」

 

色気の欠片もないような気合と共に股間を擦り付けて、むぎゅっと二人分のおっぱいを押し潰す力左の押し相撲。

 

「んんっ!!!」

 

そんな小兵の突き上げる様な吶喊を受けながら、長い両足を引きずらせて何とか踏みとどまろうとする美清風。そんな二人の攻防は土俵の際まで残り四分の一というところまで迫っていた。だが、

 

「ふっ!」

 

あと一呼吸。押し込めば力左の寄り切りと誰もが思ったその瞬間、小屋の中にしっとりとした女性の、鋭い気合いが響き渡ったのだった。

 

「なっ!?」

 

「お……」

 

反応出来たのは土俵の上の力左衛門と、土俵の下の茶々丸のただ二人だけだった。

 柔らかな気合いと同時に、美清風は大きく後ろへと歩を送った。力左衛門と比べて足の長い彼女は一歩の鋭さで劣る反面、その距離には利があった。目の前で押しに押しまくる力左衛門の速い出足と、絶え間無い継ぎ足。そのほんの僅かな間隙を縫って退却を選んだ美清風に、勢いを殺せなかった力左衛門は大きく前へとつんのめった。しかし、元々の重心の低さに加え、美清風の軸外しを防ぐために普通よりも大きく両足を開いてがに股になっていたのが功を奏した。辛うじてむちむちとした両足の力で全身を支えると、女性にしてはがっしりとした背筋で何とか身体を引き戻した。

 

「はいっ!!」

 

その一瞬の攻防の瞬間、力左衛門の両肩を突き飛ばした二つの掌打ちも幸いした。美清風の放った軽い諸手刺しが力左衛門のつんのめりを僅かに打ち消し、体勢を建て直す猶予を与えた。

 

―しめた!!―

 

実際、力左衛門はそう思ったのだろう。にぃっと口角を持ち上げると、再び美清風を捕らえんとぐいっと顎を引き、胸を倒した。ゆっさゆっさゆっさと落ちたおっぱいが揺れ、ぴんっと勃った乳首を隠す黒い星がぷるぷると瞬いた。

 

「駄目だ!!」

 

だが、その光景を目の当たりにした瞬間、茶々丸はありありと映った力左の隙に、思わず声を張り上げていた。

 

「ぬ!?」

 

勝利を確信していたからだろうか? それとも、単なる偶然だろうか? 普段は届かないはずの茶々丸の声に土俵に居た力左衛門は、ほんの一瞬だけだが、その動きを僅かに止めた。だが、美清風の撒き散らした罠は既に詰みの段階へと入っていた。力左衛門がおっぱいを揺らして、再び突貫の体勢になった瞬間、美清風は真正面に向けていた白い掌をさっと下に向けると、再びそれを力左の肩に宛がう。

 

(最後の諸手刺しは囮か……)

 

茶々丸は、その光景を何処か他人事のように見ていた。ものの見事に引っ掛かった力左の顔が歪んだのが、土俵の下からでもはっきりと目に映る。

伸びきった体幅、落ち切った重心、それを引き締めて突貫に全力を傾ければ、体勢を整え直す余裕など残っている筈がなかった。本来ならば、まだ半歩身体が残るはずのそれが、直前に掛けられた押っ付けに反射的に抗った結果、後退の螺子が既に壊れてしまっている。直後、ぱんっと軽い音が小屋の中に響く。

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

一様に瞠目する観衆。そんな大衆と、そして、力左衛門の()で、美清風関はぱかっと形の良い両足を真横に開き、まわしの前袋に包まれた股間を露にする。

 

高い高い、そして軽やかな跳躍。普通の剛力自慢の力士では決してあり得ない、軽やかで少しいやらしいその切り札が炸裂し、押しに押しまくっていた挑戦者(力左衛門)が「おう゛ぉおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?」と色気の欠片もない絶叫と共に土俵の下へと転げ落ちる。

 

「ん♥」

 

後に土俵の中心に着地した美清風は勝ち誇る様に蹲踞をすると、そのお股を見せびらかす様に蟹股になったままへこへこと腰を揺らしたのだった。

 

「どぅぶっふぉお!?!?!?」

 

清楚な女力士の淫靡に誘う様に空気に「「「「「おおーっ♥」」」」」と色めき立つ観衆の中で、大きく宙を舞い下弦の三日月の形となる力左衛門の小柄な身体。

 

(まあ、仕方ないよね)

 

その光景を見ながら、茶々丸は内心でそう独り言ちた。いくら大関とはいえ、村の祭事程度の力左衛門に対し、茶々丸の見立て込みではあるが、相手はそれなりの手練れだ。むしろ、馬力任せの押し相撲だけであんな切り札と分かる技を使わせただけでも金星だろうと思った。そんな賞賛とも酷評とも言えない感想を抱く茶々丸の前で力左衛門が、黒いまわしの食い込んだむちむちのおしりを天に向けて土俵の外へと墜落する。そして、

 

(まあ、今日の夕飯くらいは少し奮発しようか……!?)

 

「ぐっ!?!?!?」

 

その瞬間、まるで岩か何かで殴りつけられたような衝撃が、茶々丸の後頭部を襲ったのだった。

 

「!?!?!?!?」

 

咄嗟に頭を押さえて辺りを窺う茶々丸。だが、皆土俵の上の美清風に熱狂しており、其れらしい気配は欠片も見当たらない。先の殺気もいつの間にか掻き消えていた。

 

「!?」

 

だが、周囲を探っていると、この小屋の中で一人だけ、茶々丸と同じ様に後頭部を抑えている姿があった。

 

「??????」

 

それは他でもない、土俵の下でぺたりと座り込んだまま、何かに腑に落ちないと言った様子で首を傾げている力左衛門だった。

 

「……」

 

じきに引いた痛みに、茶々丸は手を離すと、もう一度辺りを伺い、周囲に変わった気配がない事を確かめると、そっと席を立ったのだった。

 

「……」

 

納刀した刀を少しきつく握りしめる中、ある嫌な予感が湧いていたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「いや~、負けた負けた」

 

「……」

 

 芝居小屋の裏手から出てきた力左衛門は第一声、実に満足気にそう言い放った。

 

「美清風殿の技巧も見事という他ない。本当に我にとっても充実した戦いであったわ」

 

そう言って、からからと笑う力左衛門を、茶々丸は軽く顎をしゃくって裏道に誘った。機嫌よく鼻歌を歌いながら隣を歩く力左衛門は、女相撲一座から借りたらしい着流しと雪駄といういかにもな格好だ。特にくつろげた胸元は昨晩の着物と比べて心もとなく、歩くたびに薄布の中でおっぱいが生地に擦れる音と共にゆっさゆっさと弾んでいるのだった。

 

「何か、一瞬で染まったね」

 

そんな力左衛門の姿に、茶々丸は何となくそんな感想を持った。手に下げた風呂敷―恐らく、元々着ていた女物の着物を入れているのだろう―を揺らしながら呑気に微笑を浮かべる力左衛門のその仕草に、昨晩、そして今日の昼時までは欠片も感じなかった、色気の様なものがうっすらと漂っているようにも見えた。

 

「ん~?」

 

そんな茶々丸の言葉の何かに反応したのか、のっそりと顔を上げた力左衛門が、暫し目を瞬かせた後、にま~っと下品な笑みを浮かべて、ちょいちょいと茶々丸の袖を引っ張ったのだった。

 

「何?」

 

「手、突っ込むか?」

 

「何でそうなるのさ」

 

茶々丸が首を傾げると、自分の懐をグイっと引っ張ってむっちりとおっぱいの肉が詰まった谷間をうりうりと押し付ける様にして見せつけてくる。

 

「……」

 

どうも、茶々丸が力左衛門の方を窺っていたことに気が付いたらしい。

 

(面倒臭い……)

 

そして、茶々丸には皮が女になったとはいえ、()の胸に手を突っ込んで喜ぶ趣味は無かった。

 正直、単純にうざくなってきた気もするが、茶々丸のそんな内心はつゆしらずとばかりに、力左衛門はむふーっと何故か得意げに鼻を鳴らした。

 

「だって、我の方をちらちらと見ておったであろう?」

 

(その理由が大外れなんだけどな)

 

「まあ、我としては、この伴藤力左衛門を女扱いする人間など上手でこうがばーっとぶん投げても飽き足らぬが、しかし、お主には恩もあるからのう」

 

「礼も兼ねて、多少腕を突っ込んで軽く出し入れするくらいなら目を瞑ってやっても良い」と、実に男らしく余裕たっぷりに笑う力左に、茶々丸は深く深く溜息を吐いたのだった。

 

「見てたのは事実だけど、正直釈然としない……って、だらしないよ?」

 

「んむ? ああ、相撲を取ったばかりで、熱が籠ってしまってな、許せ」

 

茶々丸がちらりと振り向くと、隣の力左衛門はいつの間にか茶々丸に見せつけようとしていた時よりも大きく胸元を開き、ぱたぱたとその熱を逃がそうとしていた。

 

「何せ、こうも肉が多いと、中々風が通らぬのでな。乳肉同士がくっつきあって熱も中々逃げてはくれぬ。正直、我が身に降りかかると、気軽におっぱいの大きな女が良いと思っていたのが申し訳なくなってくるのう」

 

「……」

 

そうやってぼやく力左衛門に、茶々丸はもう一度溜息を吐くと、「ほどほどにね?」と肩を竦めた。

 

「力左の方を見ていたのは、まあその通り」

 

「んむ?」

 

「一寸気になる事があってね」

 

「何か、あったのか?」

 

「うん」

 

茶々丸が平坦な口調で首肯すると、その音の抑揚に力左衛門の方も俄かに真剣な表情となった。

 

「何があったのだ?」

 

「力左が相撲を取っている時、うっすらとだけど殺気を感じた」

 

「なんと!?」

 

茶々丸がそれを口にすると、矢張り驚いたのか力左衛門はくりっとした目を見開いた。

 

「念のため聞くが、気のせいの可能性は?」

 

「僕もその可能性を考えたんだけど、力左の取り組み中、しばらく殺気が残ってたからね。気のせいっていうのは一寸考えにくいと思う」

 

「ふむ……」

 

茶々丸が告げると、力左衛門は身長の割にすらっとした白い指を顎にあて少し考え込むように唸った。

 

「美清風殿の方に向けられていた可能性は?」

 

「それは考えないでもなかったけど、やっぱり可能性は低いんじゃない?」

 

あの一座は、良くも悪くもあの手の商売にしては身奇麗な女が多かった。それは逆に言えば、稼げる金が身売りより少なくても折り合いがつくという事でもあり、逆説、その程度でどうにかなるなら抜き差しならない状況にはなりにくいという事でもあった。

 

「そうだのう……」

 

言外に茶々丸が告げた意図に同意したのか、力左もまたこくりと頷いた。もしかしたら、既に新手が力左衛門を捕捉しているかもしれない、その事実に深々と溜息を吐く力左衛門の仕草に、茶々丸の中ではもう一つの懸念が大きくなった。

 

「あのさ、力左」

 

「? どうした、茶々?」

 

こてんと首を傾げたその動作に、茶々丸の中で疑念が更に大きくなった。

 

「さっきから思っていたんだけど」

 

「うむ」

 

「何か……昨日より女っぽくなってない?」

 

「うむ……うむ!?」

 

力左がびしっと硬直したのを感じた茶々丸が振り返ると、力左衛門がずさっ! と後退りをするところだった。

 

「ちゃ、ちゃちゃちゃちゃ、茶々丸よ!!」

 

「何?」

 

「お、お主、あれだけ我のおっぱいに気のないふりをしておいて、実はこっそり我のおっぱいに興味津々だったのか? ちんちんぶち込みたくなっておったのか!?」

 

「殺すよ?」

 

茶々丸は躊躇なく抜刀した。

 

「す、すまぬ」

 

「心を込めて?」

 

「す、すまぬ!!」

 

「一寸、きざったらしく言って?」

 

「ふっ、すまないね☆……っておい」

 

「よし」

 

納刀の間際、「よしではないのだが……」とぶーたれる力左にもう一度刀を向けると、今度こそ黙ったのだった。

 

「まあ、さっきのおっぱい揉む云々は置いておいてさ」

 

「うむ」

 

「何か、昨日に比べて、少しずつ女になってない? 何となく相撲の入場の時に南蛮魔法に侵食されているように見えるんだけど。大概媚びた動作が出る様になってるし」

 

「何と!? 真か!?」

 

驚愕と共に力左がぎゅっと拳を握った両手でおっぱいを挟む。うん。

 

「ほら、それ」

 

「……」

 

「このままだと、本当に玉なしへちょ太郎になっちゃうんじゃない?」

 

「」

 

茶々丸が指摘すると、自分の体勢を見た力左衛門は絶句した。ぎゅっと握った両拳を胸に寄せ、両側から大きなおっぱいを押し潰す仕草が自然に出た自分に対する絶望がありありと浮かんでいた。

 

「力左?」

 

「……」

 

「大丈夫?」

 

「……」

 

「おーい」

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?!?」

 

金縛りから復活した途端、道端の商家の柱にがんがんと頭を打ち付け始めた力左に、茶々丸は至極冷静に「ま、そうなるよね」と肩を竦めた。

 

「我は男、我は男、我は男ぉ!!」

 

「今のところはね」

 

「のおおおおおおお!?!?!?!?」

 

がんがんが、がががががががががに進化した。

 

「お、男らしさを、何とかして男らしさを手に入れねば!? 我はこのままでは女になってしまう!?」

 

「……」

 

「男らしさとはなんだ!? 答えろ! 茶々丸!!」

 

「僕に言われても困るよ。男が男らしさなんて気にしてるわけないじゃん。何もしないでも最低限持ってるんだから」

 

「むぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」

 

「歯軋り五月蠅いんだけど」

 

「はっ!? そうだ!!」

 

「何?」

 

「語尾に"(おとこ)"と毎回付けるか!?」

 

「女の身体でそれやったら、欲求不満でちんこに飢えてるだけに見えるんじゃない?」

 

「ぬふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?」

 

「……」

 

八方塞がりとばかりに地面に手をついて懊悩する力左に、茶々丸も流石に気の毒になって少し考えた。が、

 

「あ、そうだ」

 

「んぬ?」

 

「武勇を示せば、一応男扱いされると思うよ」

 

剣客の回答というのはこういう時は全く当てにならないのが常だった。

 

「なら、安心せい。我は相撲最強であるからな!」

 

そして、聞く方も聞く方で悪乗りしかしない性質だった。

 

「の、割りに見事なお尻天井だったけどね?」

 

「がふっ!?」

 

茶々丸は力左衛門の梯子をあっさりと外した。

 

「ああ、そうだ、最後に一つ」

 

 胸を抑えて蹲る力左衛門の姿にけらけらと笑いを向けた茶々丸だったが、ふと、最後に起きた事を思い出し、ぴっと人差し指を立てる。

 

「ぬ?」

 

「ん」

 

力左が顔を上げたのを確かめると、茶々丸は腰の物に手を伸ばした。

 

「なっ」

 

「……」

 

一瞬、反応が遅れた力左に向け抜き撃ちの一刀を振るう。恐らく、斬られたと思ったであろう力左衛門。実際に浅くではあるが茶々丸の振るった一撃は確かにその左の頬を切り裂いていたはずだった。だが、

 

「……は?」

 

「……」

 

目を見開く力左を前に、茶々丸は浅い切り傷から血が噴き出す自分の左頬(・・・・・)を撫でたのだった。

 

「……」

 

「……」

 

一体何が起きたのか理解できない。そんな表情の力左の前で、茶々丸は懐紙で手早く切っ先を拭うと、無言で刀を鞘へと納めたのだった。

 

「え? え?」

 

「帰るよ」

 

未だ混乱する力左衛門にそれだけ言って、茶々丸は一先ずこの場を後にすることにした。

 だらだらと流れる左頬の鮮血と、先の小屋での出来事、そして、切っ先に確かに感じた肉を切る感触。そこから導き出される答えは……

 

(これは、思ったよりも面倒な事になりそうだね)

 

先の小屋での殺気の事もある。突如目の前に積み上がった問題に、茶々丸は誰にも気付かれないよう、そっと溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 




こんにちはこんばんはデポジットカンチョーでございます。
此度も読んでくださりどうもありがとうございます。
それと、お気に入り登録してくださった方もどうもありがとうございます。
大体おっぱいと相撲。尚、男な模様と趣味全開で書かせていただきました。
次はもう少し話を進めたいなと思っております。
ご感想や評価など頂けますと幸いです。
ではではノシ

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