「ねえ、そこの君たち!!」
それは黄昏時のガートラント城下町。上下層に分かれた独特の造りのこの街の北西……下層に存在する教会の裏での事。
「突然で申し訳ないんだけど、僕と一緒に古代オルセコ闘技場まで向かってほしいんだ!」
焦った表情でそういったのは白髪のいささか小柄なオーガの男だった。白髪と言っても決して歳をとっている訳ではなく、むしろまだ顔に純粋さの残る少年だ。
彼は名前をユルールといった。ここ一年ほどで七つものキーエンブレムを獲得した、十七歳新進気鋭の冒険者である。
「……んご? それは俺ちゃん達に向けて言っているのかい少年?」
対して返答したのは、ユルールの目の前でムシロを敷いて野宿している、これまた男二人……のうちの片方。ヒョロっと背の高いウェディだった。身に纏う衣服から察するに一応旅をする身の上の様だが、冒険者にとって当然とも言える宿屋の利用をしていない辺りどうもきな臭い。
「そう、あなた達二人に言っているんです! このままだと……」
だが当のユルールはそんなことを気にする余裕すらなかったようで、両手をぶんぶん振り回しながら続けた。
「ガートラントの冒険者たちが……僕の仲間たちが、危ない……!!」
ここ最近ガートラント王国では、自国の屈強な兵士、及び一部の冒険者が突如として失踪する事件が多発していた。
国を救うほどの功績を成した冒険者に与えられるというキーエンブレムを求めてこの地を踏んだユルールとその仲間たちは王命によりその調査をしていたのだが、実はその黒幕が王の腹心ともいえた賢者マリーンだった。
このマリーンという者、過去には多くのガートラントの民の病や怪我を治癒していたこともあり周囲からは絶大の信頼を寄せられていて、この賢者、いやモンスターは皮肉にもそれを最大限に利用したという訳である。
彼女は事もあろうにガートラント城の玉座にて魔族としての正体を現し、その場でグロスナー王、将軍のスピンドル、さらにはその場に居合わせたユルールの仲間までもを魔力でボールにして持ち去ってしまったというのだ。
「それだけじゃないんだ、さっき酒場で応援を募ろうとしたんだけど、みんな怖がっちゃって……」
「あーなるほどな。通りで今日は立ち退き勧告がないんだわー。ここに居座ってもう三日だからいい加減諦めてくれたのかと思ったぜ」
ユルールから事情を聞いてもこのウェディ男、全く動じていない。一国の危機だというのにのんきなものである。
だがこの場にはそんな彼よりも更に能天気な男がいた。
「んー……まあきょうりょくしてもいいんじゃない? ……ふぁああ」
「やっと起きたかー。お前が踊んなきゃ俺ちゃん達食いっぱぐれるんだけどなー。裏方の俺ちゃんだけ頑張ったってなー」
ウェディ男の横であくびをしながら上体を起こしたのは、つい今まで眠っていたからか寝ぐせで髪型が酷いことになっている、黒髪の人間の少年だった。一応朦朧とした意識の中で先程の話を聞いていたらしく、横で愚痴を零すウェディ男にそう言った。
「踊んなきゃって、人来ないじゃん。あのぴゅーぴゅーが上の橋でパフォーマンスしちゃったらみーんなあっち行っちゃうし」
「ピュージュな。まあ確かにあの旅芸人がいるうちはここにいても仕方ないかね……よし!」
二人の男はゆっくりと立ち上がった。広げていた荷物をまとめ敷いていたムシロを手早くたたみ上げると、それぞれ目の前の少年オーガに右手を差し出して。
「……えっと、どっちの手を握ればいいかな?」
ユルールはようやく、苦笑いという形で頬を緩めた。
踊り子の人間、レイク。
レンジャーのウェディ、エレット。
お互いに自己紹介をして二人の名前と職業を聞きながら、ユルールは彼らに先駆けてガートラント西部、オルセコ高地を駆けていた。因みにユルールは戦士である。
「ふんふん、つまりエレットたちは二人で大道芸をしながら旅をしているんだ!」
「ま、そういうことになるかね。俺ちゃんことエレットちゃんが前口上やって楽器鳴らして、んでレイクが踊り子として踊るってわけ。ただでさえチビの踊りなんて誰も見ねえってのに……俺ちゃんの涙ぐましい努力よ……」
なるほどねー、とユルールは頭の中で思った。このエレットというウェディ男、普通のウェディ男よりウェディ男してる。変わったことといえば通常のウェディより少しだけ身長が高いことくらいだ。
「チビじゃない。エレットがノッポなだけ」
一方でレイクと呼ばれた人間は、ユルールよりほんの少しだけ幼い、子供の様な雰囲気をまとった少年だった。というより、オーガの中ではかなり小柄な方であり、どちらかといえば人間の平均身長と大差ないユルールよりも背が低いのでそう思えるのかもしれないが、残念ながらエレットが「チビ」と呼ぶのもあながち誇張表現とは言えないのだろう。
いずれにしても、面白い人たちだな、とユルールが思った時だった。
「ユルール、3時の方向にライノソルジャー!」
レイクの内容の割に落ち着いた声によって、ユルールは唐突な奇襲に落ち着いて対応する事が出来た。大上段から振り下ろされた斧を身体を開いて避けると、お返しとばかりに愛剣のバスタードソードでかえん斬りをお見舞いする。これが見事なカウンターとして決まり、ライノソルジャーは前方の岩山の側壁まで吹っ飛んでいった。
「うぉう、ユルールって結構馬鹿力なのな……流石にこれはやったか?」
「エレット、それ言ったらダメなやつ」
レイクのテンポの良い切り返しを裏付けるかの様に、三人の前で倒れていたライノソルジャーが起き上がった。どうやら手持ちの斧の柄がぎりぎりまでしなったお陰で見た目程ダメージを負っていない様だった。
「よし……まずは僕がアイツの斧を捌くから、そしたら二人は自分の武器で……」
はじめは魔物を見据えながら、「そしたら」辺りで背後の暫定パーティメンバーに振り返ってそう指示を飛ばしたユルールだったが。
「……ちょっと待って」
そう、気付いてしまったのだ。
勿論、エレットもレイクもそれぞれ自分愛用の武器を既に構えている。エレットはすっかり手に馴染んだブーメラン、ツインスワローを右手に握り、左手にはライトバックラーを引っさげている。そしてレイクも、踊り子としての特性を十二分に活かした短剣二刀流の使い手らしく、左右の手を背中の短剣二本に回している。ここまでは何も問題はなかった。
「ん? どうしたユルール……って、あーそうだったな」
エレットが呆気に取られているユルールに気付いて尋ねるが、その言葉が終わらない内にその理由を悟った様で、ため息をつく。
「悪いけど、レイクはあー言う感じだから。攻撃面では期待しないほうが良いと思うよん?」
「エレット、それは違う」
げんなりしながら自分を見やってくる相棒に向かって、レイクはやんわりと否定する。身にまとうフェンサーマントを翻して短剣を抜き放つと、彼は言い放った。
「どくばりは最強。異論は認めない」
DOKUBARI QUEST Ⅹ