「わしには、わかるぞ。そなたらがわしらを救ってくれたのだな?感謝するぞ、『勇者』ユルールとその一行の者たちよ。
後でガートラント城に来てくれ。しかるべき礼をさせてもらおう」
「だってさレイク。俺ちゃん達、いよいよエンブレム貰えちゃう感じなんじゃね?」
「別にいらない。邪魔。すぐ無くしそう」
「分かってないなーレイク坊ちゃん。キーエンブレムがあれば俺ちゃん達、あれが貰えるんだぜ?」
「あれは……たしかに欲しい」
さて、呪術師マリーンが倒されて数分後の古代オルセコ闘技場。レイクやユルール達は、かの魔物の放った攻撃に傷ついた人々の救助と介抱をしている。ボス戦を制したばっかりだというのに人使いが荒い……そう愚痴ろうとしたエレットに、意識を取り戻した現ガートラント国王であるグロスナーが掛けた言葉が先程のである。
「ユルールよ。この度のはたらき、見事であった。
呪術師マリーンを倒し、皆を解放してくれたユルールに、ガートラントの英雄の証、赤のキーエンブレムを贈ろう!」
「っちよぉぉっと待ったぁぁぁあ!!!」
しかし。
それから半日ほど経った後のガートラント城、王座の間にてグロスナー王が放ったその言葉に、やはりエレットは大声で割り込まずにはいられなかった。
「む……そなたは何者だ?」
「何者だじゃねーよ! なんで俺ちゃん達はスルーされてんの!?
ユルールにあげるんなら俺ちゃん達にもキーエンブレム寄越せぇ!!」
「王様、このウェディ男失礼だから、捕まえていいよ」
「こーらレイクぅぅ!?」
厳かな雰囲気もレイクとエレットに掛かればぶち壊しである。これにはユルールパーティーのみんなも苦笑いをしている。
「むぅ……? そなた達は一体何をしたというのだ……?」
「マジで覚えてねーのじーさん!? 俺ちゃん達仲間を攫われたユルールについてって、ピンチの時に劣勢を立て直したファインプレーヤーよ!?」
「何を言っておるのだ? わしが意識を取り戻した時、そこのユルールがマリーンにとどめの一太刀を浴びせていたはずだが……」
「そこしか見てないのねん!? 俺ちゃん泣いちゃう!!」
「あれだよエレット、ラストアタックボーナスってやつ」
「んなルールドラクエ10にねーよ!! てゆーか公平性的にMMOじゃ滅多にありえねーよ!!」
「おやめなさい、あんまり続けると運営から裁きが下りますよ。
それはそうとエレット様、どうしてそれほどまでにキーエンブレムに拘るのですか? 名誉のために集める方は多いですが、あなた様からはそれ以上の必死さが…」
ユルールの横に並ぶ僧侶シアが居た堪れなくなり、横からそうエレットに尋ねた。それを聞くや否や、エレットは鼻をすすりながらその場に座り込んだ。
「……ないんすよ、大陸間鉄道パス」
「は?」
その場に居合わせた、レイクを除いた兵士や冒険者、王様までも全員が固まった。
「いやー、そもそも俺ちゃん達、一人前の証も持ってないんスよねー。元々いた村から家出同然みたいな感じで抜け出してきたもんでー」
一同、口ポカーンとしている。そんな中無理やり口をこじ開け疑問を投げかける、トラ柄バンダナの女武闘家ドワーフ、ヨナ。
「え、じゃあ今までどうやってここまで旅してきたんだ?」
「まああれっすね、パス持ってる人に頼み込んで一緒に乗せてもらったり、酷い時は荷物袋に紛れたりして……」
「王様、このウェディ男鉄道規則違反してるから、捕まえていいよ」
「オメーもだろうがアホレイクめっ!!」
あー。二人を見ながら、冒険者達は察した。だから彼らは宿屋も使えなかったのね。一人前の証がない以上、彼らは正確には冒険者ですらないのだ。そりゃエンブレムの一つでも貰って、少しでも冒険者らしくならないと困るわな。
「と言うわけでだ王様!! これ以上俺ちゃん達にひもじい思いをさせない為にも、今すぐにキーエンブレムをくれぃ!!
さもなくば城門で裸踊りをする!! こいつが!!」
「なっ……なんと破廉恥な……!!」
「あんまり意味ないと思う。オーガの衣装は裸同然。つまりみんな裸で街を歩いてる。オレが裸になってもそう目立たない」
「はだっ……!?」
グロスナー王は頭を抱えていた。前にユルールも思った通り、確かにこの二人は国家に危害を加えんとする悪人であるはずもなく、むしろ今回の事件に尽力してくれたのなら冒険者となる資格は十分だと思うのだが。
なんだろう。本能が、コイツらはやめとけと叫んでいる。
「むぅ…しかしのぉ、キーエンブレムはそう易々と多くの旅人に贈られるべきものではなくてのぉ……そうでないと誰かの活躍に寄生をする者が現れかねないのだよ……」
だが、そんなガートラント国王に、ユルールが助け舟を出した。
「陛下、この二人の申し上げた事は事実です、僕が保証します。
呪術師マリーンの討伐に誰よりも貢献したその功績を称え、出来ればキーエンブレムを……それがダメなら、せめて大陸間鉄道パスを授けて頂くわけには参りませんか?」
「ユルールぅ……あとで一杯奢るゼェ……!!」
「エレット無理しないで。お金ないでしょ」
レイクの冷静な指摘にんぐ、と詰まるエレットだったが、果たしてこの提案はグロスナー王の腑に良く落ちたようで。
「……よかろう! それではエレット、レイクよ!
ユルールをよく助け、ガートラントの平和に貢献した功を称え、ここに大陸間鉄道パスを授けよう!」
晴れて二人は、このアストルティアをちゃんと旅する事が出来るようになりました。
「えーそれでは! 俺ちゃん達の大陸間鉄道パス取得と!
ガートラントの平和を祝って!!」
「「「乾杯!!!!」」」
ガートラントよりも先に自分達の事を言ってしまうあたり流石エレットだ。レイクも気づかれぬようにさささーっとそのウェディ男から離れていった。
ここはガートラント城下町の酒場である。なんとか行方不明になった全員が生還したという事で、ガートラントの兵士や酒場の冒険者達が入り混じって無礼講で祝賀パーティーを開いていると言うわけなのだ。
「エレットは相変わらずだねぇ〜」
「ユルールは相変わらずゆるいねぇ〜」
仲間の奪還という使命を全うし肩の荷が下りたのか、すっかりゆるーくなってしまったユルールが、酒場の端っこまで退散したレイクに話しかける。
「レイクもこのガートラントを救った英雄の一人なんだから、みんなと楽しんでくればいいのに」
「ドラクエのメインコンテンツはストーリー。馴れ合いはサブコンテンツ」
「色々問題発言だからやめよっか?」
どんな時も自らを失わないレイクにユルールも思わずツッコミに回ってしまう。玉座での一件の後すぐにこちらに来たというのに冒険者達は活きがいいものだ。もっともまともにマリーンと戦ったのはユルールとその仲間達と、レイクとエレットだけなのだが。
「……そうそう、その事で一つ聞きたかったんだけど」
「なに?」
突然のユルールの言葉に、レイクは微かに眉を上げた。
「マリーンと戦っている時、見たことのない技を使ってたよね? 何だっけ、一の針……?」
「……まあ、合ってる。どくばりスキル、一の針。『ホタル突き』」
「ほ、ほたるづき……? どくばりスキル……!?」
基本的に一人で旅ができる年齢になった若者が冒険者になる時、彼等は自らの戦いのスタイルを決める選択を迫られる。要は自らの「職業」を決めるという話なのだが、そのように特定の職業についた旅人……つまり冒険者は、その職業に適性のある武器の技術(武器スキル)、そして職業固有の技術(職業スキル)を身につけて成長してゆく手筈になっている。
だが冒険者の身に付けることのできる武器スキルの中に当然『どくばりスキル』などというものは存在しない。そもそもどくばりという武器は一般的に短剣の一種とされているのだ。それはつまり、通常の冒険者ならどくばりを装備した所で「短剣スキル」としての剣技しか習得しえないという事だ。
「その、レイクはその技をどこで身につけたんだい……?」
「ホント妙な体験だったよなぁレイク君〜? あんな経験多分二度とあるもんじゃないぜー?」
「げ、エレット」
大分酒をあおったのだろうウェディの癖に顔を真っ赤に染め上げたエレットが、ユルールの話し相手の首に背後から組みこうと……する前にすっと拘束から逃れるレイク。
「俺ちゃんもあれにはびっくりしたぜ……いいかユルール君。
レイク坊ちゃんはな、何と幽霊にどくばりの使い方を習ったのさ」
「え……ゆうれい……?」
「…まあ、間違ってはいない」
レイク本人も否定しないのだから嘘ではないのだろうが、いささか現実離れしたその内容にユルールは困惑した。
「俺ちゃんとレイクはなぁ、ウェナ諸島レーンの村ってとこの孤児院で一緒に育ったんだけどよ。
ある日、村の大人に黙ってレーナム緑野っていう村から半日ほど歩いた所まで探検しに行ったんだよ。そしたら帰れなくなっちまってさ、気が付いたら辺り一帯でも立ち入り禁止されている強敵の出没するエリアにいて、きりさきピエロ達に囲まれちまったんだよな……」
だがその時。突然現れた人影が、ものの数秒でその強敵達を瞬殺していった。結果として少年時代の二人はその人に命を救われた訳なのだが、レイクはその時の鮮やかな魔物の倒し方にすっかり憧れてしまい。事もあろうか、命の恩人に、その人が持つ得物……つまりどくばりの扱い方を教えてくれと頼み込んだのである。
「全くあの時のレイクにゃ流石の俺ちゃんも呆れたぜ。
結局丸々一ヶ月はそのままレーナム緑野にある宿屋、祈りの宿でその命の恩人……ユキサラとか言う婆ちゃんなんだけどさ……とどくばりの修行してたんだからな」
だがそんな不思議な時間は唐突に終わりを告げた。
ある日の晩に、突然ユキサラはレイク達に別れを告げたのである。当然戸惑う二人に、彼女は驚きの事実を告白し始めた。
「なんとぉ、その婆ちゃんは幾千年も前に死んだ人間の幽霊だったって言うんだよ。で、どくばりの技はほぼ全てレイクに託したから、自分はもう死後の世界に帰るって。
だけどただ一つ、どくばりスキルを極めた先に存在する秘伝の技だけはまだ教えていない、知りたければ世界を旅しろって……妙に意味深なことを言ってその場でスーッと消えちまったんだよ」
「秘伝の技……それがどんな技かはレイク達は知ってるの?」
「どんな敵も、必ず一撃で仕留める最終奥義って、言ってた」
いつのまにかその奇妙な話に、周りの冒険者も集まってエレットの語りに聞き入っている。その中の一人……マリーン戦では機転を利かせて仲間もろとも彼女の洗脳から救った魔法使い、燕尾服のエルフ男、アマセが口を挟む。
「じゃあお二人さんはその幽霊の婆さんを探すために旅に出たのか?」
「あー、いや俺ちゃんはちょうど冒険者になってひとヤマ当てるにゃ丁度いい機会かと思ってこいつと旅に出たって算段さ。いやー、だけど冒険者になるには、一人前の証なんて物が必要だったなんてあの時はつゆにも思わなかったぜー」
「エレットは、いつも考えが甘い。村を出る時点でそこまで考えて、オレに教えるべき」
「そもそも俺ちゃんから教わろうとしてるオメーが何言ってる。
お仕置きが必要だな、みんな! レイクにメにモノを見せてやろーぜ!」
全く持って理解不能な理屈だが、なまじその場の雰囲気的にエレットが暫定酒場のリーダーの様になっていた為に、意外と彼に乗っかる冒険者がいたりして。
「野郎ども、レイクをザクーーーッ!メコメコーーッ! とやっちまえ!!」
もはや只の酔っ払いのだる絡みである。レイクはげんなりした顔をすると、エレットの号令に乗っかった少なくない冒険者達の手をスイスイと避ける。
「あ、くそっ! すばしっこいヤローだぜ!ヒラリヒラリ俺達を躱しやがる!」
「ど、どこ行きやがった!? 二階に逃げやがったか……いや、ここ二階なんてなかったよな」
「あ、あいつ棚の上にいやがるぜ!!」
こうなるともう一種のクエストである。クエストNo.??「レイクを捕まえろ」みたいな。そして依頼された冒険者というのはそのクエストに対して全力で取り組むもので。
何が言いたいかというと、今や酒場にいる冒険者のほぼ全員がレイクを捕まえるべく奮戦しているのだ。その騒ぎから離れているのはユルール達と言い出しっぺのエレットだけである。
「人気者なんだねぇ〜レイクは〜」
「あれ見てそういうとはユルールの旦那、さては結構ワルだなぁ?
あー、でもこりゃ結構荒れそうだな、俺ちゃんはとっとと宿屋に引き返すことにしようかね」
なんて無責任な、そんな呆れた表情でコソコソと出口へと向かおうとするエレットを見送るユルール。そして今もフェンサーマントを翻して追っ手を避けるレイクを見やり。
「……なんかあの銀色のマント、メタルスライムみたいだと思わない?」
「ん? レイクのことか? あー……なるほどね」
逃げ出す直前のエレットに何気なく声をかけたユルールに、しかしお調子者のウェディ男は、いい笑顔でサムズアップをした。
「メタル狩りに使えるどくばりを持つレイクが、メタルスライムってか、笑えるぜ」
「えっとですね、あなたの持っているのは大陸間鉄道パスであって、一人前の証ではないので、宿屋を利用する権限をお持ちになられていません……」
「…………こん畜生がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
「エレット、うるさい」