胡蝶しのぶは、事前に作戦を聞いて不安しかなかった。
その作戦とは、呼び出しに応じた馬鹿な鬼がノコノコとやってくる。そこで、裏金銀治郎が無惨ロールを行い、ひれ伏せと命令し……そこを、胡蝶しのぶが日輪刀を使い麻痺させる。
その一瞬のスキで、金の呼吸で絞めるという作戦である。
「あの~、正直、私達二人掛かりなら正面切っても十分やり合えると思いますよ。今からでも、作戦を変更しませんか?」
「胡蝶さんは、少し思い違いをしております。現役柱達は過去最高戦力であると、お館様も絶賛するほどだ。元柱ではありましたが、私は貴方達より数段劣るんです」
金の呼吸という新しい呼吸法と下弦の鬼を食い殺した功績で柱になったに過ぎない裏金銀治郎。勿論、平均的な柱の実力は有している。
「はぁ~、そうは思えませんけど。で、裏金さんは先ほどから何をしているんですか?」
数時間後戦場となる倉庫。その壁に、血文字を書いていた。鬼滅隊には、色々な地方出身者がおり、地方固有の祈願とか色々ある。その一種ではないかと推察していた。
「完封するための準備ですよ。下弦の鬼ともなれば、血鬼術を保有している。逃げ特化や索敵特化の場合、面倒だと思いませんか。ですが、血鬼術が使えない……もしくは、著しく発動を阻害する事ができれば、戦いが楽になる。違いませんか?」
「えっ!? そんな事が可能なんですか!!」
胡蝶しのぶは、驚きを隠せなかった。
もし、裏金銀治郎が言う事が事実であるなら、本当に下弦や上弦に留まらず鬼舞辻無惨を倒す力になると思っていたからだ。そして、姉の敵である鬼を倒すにも、有効である事は間違いなかった。
だが、そのような話は、鬼滅隊の最高戦力である柱の彼女でも知らなかった。
「勿論できますよ。だから、隔離施設は鬼舞辻無惨の襲撃を逃れている。鬼舞辻無惨は、鬼の居場所を把握できるし、鬼が視覚範囲にいれば思考が読めます。他には、鬼に呪いを掛けており自らの情報を喋ろうとしたら、どこに居ても殺す事もできる」
「鬼がそんな情報を!? それとも、鬼舞辻無惨に遭遇した事でもあるんですか?」
胡蝶しのぶは、混乱していた。まるで、明日の天気を話すように誰も知らないとされるラスボスの能力が公開されたのだ。
「私が生き残る為に胡蝶さんだけには、色々と教えてあげます。私は、貴方だけには正直ですよ。安心してください、私は人間側です。例え、勧誘好きな鬼が来ても逃げ切ります」
「裏金さん、このタイミングで色々と暴露するとか、性格が悪いと言われたことありませんか? それに、少し前ならいざ知らず、今の貴方は鬼滅隊で代えが居ない立場です。一緒に仕事をして理解しましたが、組織はきれい事だけでは成り立たない」
鬼を滅する為なら、今すぐにでも裏金銀治郎が持つ情報を残らず絞るのが正しい判断であった。だが、腐っても元柱であり、その実力は高い。まもなく、下弦の鬼がくるにも関わらず、金柱である裏金銀治郎を無力化できる自信は彼女にはなかった。
裏金銀治郎もその事が分かっているからこそ、このタイミングで話したのだ。
「聖人のような性格だと自負しております。大丈夫です……鬼を駆逐して楽して安全に暮らしたいのが目標です。これでも、柱として貴方より長く在籍していたので、機を見て色々情報開示いたしますよ。勿論、知っている事ならば、聞かれればお答えします」
「はぁ~、食えない性格ですね。分かりました。一応、裏金さんの事は全面的に信用します。信頼はしていませんけどね。で、血鬼術を妨げると言っていたソレはなんですか?」
胡蝶しのぶは、お館様からの依頼があったとはいえ、裏金銀治郎の手を取ったのだ。その時より、姉の敵を討てるならと清濁併せ飲むと決めた心を思い出した。
既に、後戻りなんてできない。
「血鬼術――
「得心がいきました、裏金さんが討伐したという下弦の鬼を食べましたね」
胡蝶しのぶも、そこまで説明されれば理解できた。隊の規約として、鬼を食べてはいけないなんて項目はない。前例こそあれど、倫理的に書く必要はないとされている内容であった。
「下弦の鬼を倒した際、私も瀕死の重傷を負いました。生きるためだったと言い訳だけはさせてください。それに、鬼滅隊の歴史の中では、鬼を食べた隊士は、さして珍しくはありません」
「はい、ストップ!! これ以上、鬼滅隊の黒い情報を教えないでください。一人で抱えてくださいね」
既に、黒い情報でお腹がいっぱいの胡蝶しのぶであった。
裏金銀治郎は、折角の機会だったのにと悲しみに暮れていた。鬼舞辻無惨が産屋敷一族出身である事、産屋敷耀哉が珠代という知古の鬼がいる事、上弦の壱が元鬼滅隊の柱である事など胃痛がする話題は盛りだくさんであった。
「仕方がありません。では、そろそろ配置に、狩りの時間です」
無惨ロールをする為、刀を隠した。少しでもパワハラ上司に近づけるように不機嫌なオーラ……濃厚な殺気がばらまかれる。無作為に飛ばされる殺気を身に感じた胡蝶しのぶは、十分現役の柱に通じると評価する。
◆◆◆
京都海運17番倉庫。元より海際にある倉庫で、日中でも人が少ないが夜になれば地域全体が無人となる。
コツンコツンと下駄の音が響く。漆で加工され花柄が描かれた品であり、赤色の着物とよく合う。そんな、京都のデパートで一番高級な和服に身を包んだ女性……そこはかとなく気品があった。
場違い感が漂うが、着物に身を包んだ女性――下弦の肆である零余子は、お持ち帰りにも対応できる準備をしてくるほど気合いバッチリであった。
鬼舞辻無惨から名指しでの呼び出しがされてから、今までポジティブな考えが進行し頭が花畑となってしまった。これも全て、部下に過剰なストレスを掛けていた上司のせいである。
正しい思考ができないまでに追い込んでいたのが原因であった。
「あぁ~、無惨様。早くお会いしとうございます」
常日頃、パワハラにしか遭わない残念な子が、名前を呼ばれただけでこの惨状。彼女自身がメンヘラであった事と鬼舞辻無惨の洗脳に近いパワハラが混ざり酷い事になっていた。
零余子は、呼び出された倉庫前に到着し、中から伝わってくる殺気に下半身が疼いていた。
………
……
…
倉庫の扉が開き、一人の女性が入ってくる。
その様子に胡蝶しのぶは、色々な意味で絶句した。呼び出されてくる馬鹿がいるとは思わなかったという意味と何故に着飾っているかという点である。しかも、裏金銀治郎が持ってきた似顔絵より美人であったのが、いけ好かなかった。
だが、「私の方が美人ですね」と客観的視点からの評価を下し、満足する胡蝶しのぶ。
この時、裏金銀治郎は鬼に背を向けている。自殺行為にも等しい行為だ。背丈が近い事と洋服を着ている事、それから放たれる殺気で下半身がキュンキュンしている事で零余子も正常な判断ができていなかった。
『いつまで頭を上げている。
裏金銀治郎は、鬼の血の力を最大限に利用した。声帯を弄り声色を変え、一点に集中した殺気を放つ。
………
……
…
瞬間的に本物に近い精度を誇った。
だが、一向に頭を垂れて許しを請う声が聞こえない事に裏金銀治郎は、不安に思った。
「無惨様じゃない!! 無惨様は、そんな理不尽なことは言わない!! 貴様は、だれだ」
恋する乙女の中では、いつの間にか無惨の像が聖人化されていた。
「蟲の呼吸 蝶ノ舞」
死角より、胡蝶しのぶが技を放つ。
当初の計画通りではなかったにせよ、スキが生じたのは事実であった。それを見逃さないのは、流石柱である。
しかし、下弦の鬼とて、伊達に長く生きているわけではない。胡蝶しのぶが死角から現れた瞬間を知覚している。だが、動くことはなかった。
「血鬼術――転換」
彼女が持つ血鬼術、それは視界に入った者と自らの位置を入れ替える術である。そうすることで、同士討ちも誘えるし、遠くの者と位置を交換する事で逃げることもできる。彼女の性格がそのまま反映されたような術であった。
そして、今回彼女の血鬼術の対象になったのが、目の前で無惨ロールを行っている裏金銀治郎だ。
ズブリと喉元を貫く音がする。そう、貫かれたのは、血鬼術で同士討ちを誘おうとした鬼の方であった。
「裏金さん、全然計画通りになってないじゃないですか。しっかり、してくださいよ」
「ごふっ、貴様一体何をした!!」
藤の毒をふんだんに使った麻痺毒をもらい動けるのは、下弦の鬼だからだ。並の鬼なら即座に昏倒する量であった。
下弦の鬼は、毒を中和するため少しでも時間を稼ぎたかった。だが、絶対に逃がさない意気込みの裏金銀治郎は、刀を手にし、殺しに掛かる。
「話は、こいつを絞めてからだ。金の呼吸 伍ノ型 精神剥奪」
裏金銀治郎の刀の先は、釣り針のように返しが付いている。そこに、神経を引っかけて引きずり出すという繊細な技である。生きたまま、神経を抜かれる鬼としては、手足を切断されるとは比較にならない激痛を感じる。
「ギャア゛ァァァァァァ――」
鬼といえども痛覚はある。無駄に再生能力がある為、痛みに鈍感になる者が多い。だから、忘れていた痛覚を思い出させるのが伍ノ型である。
激痛で気絶し、ピクピクと痙攣している。口からは、泡と吐瀉物で綺麗な服が台無しになっている。その様は無様で有り、鬼舞辻無惨が見たら、即刻解体されるほどでだ。
「うわぁぁ~、痛そう。金の呼吸って、そんな技ばかりですよね」
「攻撃に優れた呼吸ではありませんから、搦め手が多いんですよ。それに、今の技を決められたのは、胡蝶さんの毒で動きが遅かったからです」
裏金銀治郎の日輪刀に白い繊維のような物が掛かっている。下弦の肆から抜き取られた鬼の神経である。そして、神経を綺麗にたたみ清潔な布で覆いポケットにしまい込む裏金銀治郎。
もし、下弦の肆の血鬼術が発動できる条件下であれば、二人では苦戦を強いられていただろう。切る直前に入れ替わりが起こった場合、同士討ちになる。初見殺しの術であったが、発動しなければ只のカモであった。
「うわー、見てください裏金さん。壁の血文字が消えかかってますよ」
「恐らく、何度も発動していたんでしょうね。さて、首だけにしたら、頭と胴は毒で処理してください」
裏金銀治郎は、鉄製の小さな箱を取り出した。本当に首だけを持ち帰るためだけに用意された特注品だ。鬼舞辻無惨からの位置特定を防ぐ為、血鬼術も使用している。
拍子抜けするほど簡単に下弦の鬼を倒すことに成功した二人であった。
だが、それは下準備がされた状況に追い込めば下弦の鬼なんぞまな板の上の鯉にすぎない証明でもあった。事実、一部の柱にとっては、下弦など若干体力を消耗する程度の労力で倒せるほどである。
何事もなかったの如く首を箱に詰める裏金銀治郎。その様子をみて、胡蝶しのぶは問いを投げかけた。
「裏金さんは、胡蝶カナエ――私の姉をご存じですよね?」
「知っている。一時期は、同じ柱として仕事もしたことがある。胡蝶さんが、姉の敵を取るために鬼滅隊に所属している事も把握している。最初に言ったはずです、復讐のためならば、私の手を取るのが最善ですよと」
「ですよね~。今回の一件で、貴方が自信をもってその発言をした理由を理解しました。貴方の血鬼術――上弦の鬼が相手でも効果がありますよね?」
「当然だ――と言いたいですが、下弦と違い長持ちはしないと思います。協力は、惜しみませんので短期決戦にしてくださいね」
胡蝶しのぶは、裏金銀治郎が希望の光に思えた。彼女にとって、彼ほど頼りになる男は、現れないだろう。
「ありがとうございます。
胡蝶しのぶは、顔を隠し涙を流した。復讐に協力してくれるという心強い味方ができ、緊張の糸が切れたのだ。
「どう致しまして、
できる男である裏金銀治郎は、上着をそっと胡蝶しのぶに掛けた。
この頃、主人公一同は、元下弦鬼さんのところで奮闘中。
そろそろ、那谷蜘蛛山です^-^
銀治郎も、欲しい子がいるからお出かけです。
隊服の新素材を集めに狩猟の時間だ。
銀治郎「よく考えて選べ。今死ぬか、後で死ぬかだ」
PS:
月曜日は、リアル都合で投稿がありませんので
本日二話投稿で許してクレメンス。