石穿高校生存記〜足掻け、人間〜   作:ハチミツりんご

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変化、脈々と

 

 

羽咲と多摩川がこの地獄に巻き込まれている時。各所で同様の事態が巻き起こっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______【武道場】

 

 

 

 

 

 

「イヤァァァァァァァァァ!!!!」

 

「グゲゴッゴッ、ギャギィヤ!!」

 

 

 

空手道部、薙刀部の練習時間。唐突に沸いて出てきたそれらの化け物は、汚らしい笑い声を上げながら獲物の背を追う。そのうちの1匹の手には、沸いて出た時もっとも近くにおり、状況を飲み込めなかった薙刀部の顧問の生首が引き摺られていた。

 

 

 

「あっ…イヤ、先生…先生……」

 

 

 

溢れる血と、ぶちまけられた臓物の匂い。一介の学生が生涯において経験することは稀であろうその雰囲気と、現代日本で……いや、地球においてまず見ることは叶わないであろう本物の化け物。そして先程まで指導していた教師の死を目の当たりにした女子生徒は腰が抜け、その場にへたり込んでしまう。

 

 

当然、自ら逃走することを放置した獲物を逃がしてくれるほどヤツらは甘くない。至極楽しそうに手に持つ凶器を振り回しながら、緑色の肌をした化け物が二匹、その少女に襲いかかろうとし______

 

 

 

 

「………せぇやぁぁ!!!!」

 

「ブギっ!?」

「ごぐっ!?」

 

 

 

______少女の後ろから薙がれた一刀を受け、体勢を崩す。振り返れば、そこには見覚えのある人物が立っていた。

 

 

濡れたような黒髪を後ろで一つにまとめた、切れ長の凛とした目付きをした美人。普段は前髪で左目を隠しているが、先程まで部活に勤しんでいた彼女はヘアピンで髪を上げていた。フゥーっ、と息を吐く彼女はこの薙刀部主将であり、全国大会で結果を残している実力者。

 

 

そんな彼女は、受けた衝撃で少し後ろに飛ばされて顔面から武道場の床に落ちた化け物達には目もくれず、少女の腕を掴んで立ち上がらせる。

 

 

 

「………美香ちゃん、逃げよう!」

 

「あっ、ま、待って朱里……こし、腰が抜けて………」

 

 

 

朱里、と呼ばれた少女が逃げるよう呼び掛けるが、腰が抜けて立てないらしく逃げようが無い。肩を貸して逃げるにも、この狭い武道場から校舎まで逃げるにはそれなりに距離がある。今の化け物共の動きから鑑みて、彼女に肩を貸して逃げるのは容易ではない。

 

 

どうすればいいのか。迷っている暇はない。瞬時に彼女は腹を括り、背後にいた他の部員に声を掛けた。

 

 

 

「………みんな。美香ちゃん連れて先に逃げて」

 

「で、でも、部長……!」

 

「私なら、大丈夫」

 

 

 

 

後ろを振り返らず、柔らかい声音でそう言うと、彼女は手に持つ競技用なぎなたを構える。

 

刃先を上向きの状態で低い位置に置き、左手を顔の横まで持ってきて上から掴む。右手は中ほどを下から掴み、全身から余分な力を抜き、深呼吸。そして、油断無く化け物達を見据える。

 

 

下段の構え。その名の通り、下段______脛の辺りの攻撃、防御に適した構え方。防御に関しては中段の構えの方がやりやすいが、相手は体長1mほどの小柄。ならば低い位置の防御を固め、迎撃に重きを置いた方がいいはずだ。

 

 

 

「………早く行って」

 

 

 

にしてもこちらは殺せず、相手は問答無用で殺しにかかってくるとはやりにくいったらありゃしない。

相手は前方に錆びた剣を持ったのと棍棒を持ったのがそれぞれ1匹、後方に粗末な棒を持っているのが2匹の計4匹。一撃でも貰えば生き残る確率はガタ落ち、剣を食らおうものなら一発で死亡確定。ハンデなんてもんじゃない、完全にこちらの不利だ。

 

だけど四の五の言ってられない。みんな完全に萎縮している。今、これを食い止められるのは、自分だけ。

 

 

 

 

「………後でまた、会おうね」

 

 

 

 

____________覚悟は、決まった。

 

 

 

 

 

全日本なぎなた選手権大会 個人同率三位

 

石穿高等学校二年C組所属、出席番号1番

 

薙刀部主将______【蒼原(あおはら) 朱里(あかり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______本校舎3階

 

 

 

 

 

「あっ………ひっ……!」

 

 

 

本校舎3階。主に3年生の教室に使われており、放課後は文化部が使用していることの多いその階の、廊下。一人の少女が、目じりに大粒の涙を溜めた状態で腰を抜かしていた。

 

 

ふわりとした茶髪を腰まで伸ばした長髪で、身長は小柄。クリクリとした大きな瞳に小さくふっくらとした唇。手足や腰は細く華奢で、シミひとつない白磁の肌も相まって、大切に飼われている小動物の様な印象を受ける。しかしそんな小柄で『少女』的な印象の強い彼女だが体付きは起伏が大きく、『女性』的。本人のホヤホヤとした穏やかな性格も相まって、校内でも有名、かつ人気のある女子生徒の一人だ。

 

 

 

ホームソーイング作品コンクール

高校生の部・衣服作品部門優秀賞受賞

 

石穿高等学校二年A組所属、出席番号8番

 

裁縫部______【香村(かむら) (ゆき)

 

 

 

 

 

そんな香村は、その顔を恐怖に歪ませながら立たぬ足を必死に動かし、目の前の存在から少しでも遠ざかろうともがく。

 

 

「ゲギヒッヒッヒィギギ………!!」

 

 

彼女の目の前で下世話な笑い声を上げるのは、今この校舎内で突如として現れた化け物。1階や2階、4階にも沸いているのか、ありとあらゆる場所から助けを求める叫び声、死にたくない、嫌だ、助けてという懇願の声が響き渡る阿鼻叫喚の地獄と化してた。

 

 

そんな化け物が彼女の前に1匹……では無く。

 

 

 

「グギャッ!!ゲギギッ!!」

 

「ゲギギャゲギィ!!」

 

「ゲヒャッ!!ゲヒャヒャァ!」

 

 

 

目の前の化け物と同じ、緑色の肌をした化け物がすぐ後ろに3匹。目の前の化け物は錆びてはいるが、曲線を描いた片刃の剣______シミターと呼ばれる物を手に持ち、他の3匹はそれぞれが棍棒、長い棒、石を棒に括りつけただけの石斧を持って、こちらを見つめている。

 

 

 

「グギ……グググ……」

 

「ゲギャッ、ゴギヤッ?」

 

「……………」

 

 

 

そして、その4匹の後ろに3匹……いや、正しくは2匹が1匹を守るようにして前に立っていた。

 

 

前に立つ2匹は、別の場所で羽咲が遭遇したものと同じ赤い模様が身体に走っている個体。片方が粗末ながら鉄製の刃が付いた斧を、もう片方が棒の先端に刃物を括りつけた槍のようなもので武装していた。

 

 

そして、その奥。一匹だけ、一言も発さない不気味な個体がいた。

 

 

その個体の身体には、緑色の肌の上から『青色』の模様が走っていた。それだけ見れば目の前の赤色の模様の個体との大きな差は無いのだが、問題は武装と、その模様の『量』だ。

 

 

その個体の武装は弓………遠距離武器。さらに、明らかに守っている2匹よりも模様の量が多い。赤い模様の個体は()()()()()()()()()()のみ模様があるが、弓持ちの青い個体は《胸部と腹部に加えて両腕部にもビッシリ模様が描かれていた》。

 

 

 

 

「ゲギッ!!ギギギィ?」

 

 

 

コイツらはなんなのか、どういった差があるのか。怯えながらも、不思議とそれが目に入ってしまい、生き残る為に頭を働かせていた香村の耳に唐突に入り込んできた歪な声。目の前にいる錆びたシミターを持った化け物が、後ろを振り返って何かを叫んだ。そして弓持ちの個体が僅かに顎に手を当て、すこしため息をついた______ように見える______後に、小さく頷いた。

 

 

 

「ギッギィ!!」

 

 

 

嬉しそうに小躍りするシミター持ち。それを見て同じ緑色のみの3匹が羨ましそうにそいつを見つめていた。

 

 

 

 

「……!!い、や……やだぁ……!!」

 

 

 

その様子を見た香村の脳裏に最悪な想像がよぎる。許可を得た化け物は舌なめずりをしながら、武器を振るって威嚇。そのままジリジリと近づいてくる。

 

 

食べられる。死ぬ。殺される。

 

 

 

動物として、生き物としての第六感。今、自分は『餌』として見られているという感覚。この化け物が『捕食者(強者)』であり、自分が『被捕食者(弱者)』であるという直感。

 

 

そしてすぐそこまで迫ってきた化け物は口の端からヨダレを落としながら、手に持ったシミターを大きく振りかぶる。すぐに訪れるだろう痛みへの恐怖から反射的に頭に手をやり、目を瞑る。そして、空を切る音が聞こえ______

 

 

 

 

 

 

 

「ゲギャゴッ!?」

 

「………へ?」

 

 

 

 

化け物が自分の後ろから突き出されたなにかにぶつかり、空中で体勢を崩して地面に落ちた。

 

瞬間、制服の首元を強く引っ張られる。ぐぇ、と首を絞められたことによる妙な声を上げながら香村の身体は大きく後ろへと下がっていき、突如としてその力が無くなった。

 

当然大きく身体が揺らぎ、地面にぶつかる!と思い………そして唐突に、『抱きしめられた』。

 

 

 

 

「………良かった………!!助けられた……!!」

 

 

 

 

ぎゅうっ、と強く、強く抱き締められる。それと共に、香村の後頭部の辺りにむにゅん、となにか柔らかいものが押し潰れるような感覚が伝わった。それが何かは、混乱した香村の頭でも察せられた。なお香村もそこそこ大きいが、明らかに香村の双球よりも豊かに実っている。

 

 

ふと香村が顔を上げると、そこに見えた顔にはとても見覚えがあった。

 

 

青みがかった黒髪は背まで伸びており、手入れされているのか艶やかな輝きを放ち。涙を溜めていた双眸は研磨されたサファイアを思わせる青色。凛とした雰囲気を纏わせる女性だが、抱き締める相手を……香村を見つめる瞳は酷く穏やかで、優しかった。

 

 

 

「………生徒、会長……?」

 

 

 

そう。助けられてよかったと、生きていて嬉しいのだと自分を慈しむその人は、校内でも随一の有名人。この石穿高等学校の生徒会長だ。

 

 

 

 

昨年度全国高等学校弓道選抜大会・女子個人準優勝

 

石穿高等学校三年A組所属、出席番号2番

 

元弓道部主将______【天ノ川(あまのがわ) しいな】

 

 

 

 

 

 

「はい、生徒会長の天ノ川です。貴方は、確か………」

 

 

穏やかに尋ねられた香村は、先程まで化け物に殺されそうになっていたとは思えない、一種の安心感を覚えていた。そんな香村は目の前の先輩に答えようとしたが、それよりも早く別のところから声がかかった。

 

 

 

 

「______香村二年生。二年D組、番号8番。裁縫部所属で、コンクールでも結果を残すなど優秀な生徒です」

 

 

 

名前、学年、クラス、番号、部活での功績までピタリと当てて見せた相手に驚きと若干の気持ち悪さを覚えて振り向くと、前方に2人の男子生徒が立っていた。

 

 

その内の一人。嫋やかな黒髪を両サイドにポニーテール状に伸ばし、それを紅い髪紐で結った生徒。その顔は白磁の肌に加え、切れ長の芸術めいた美しい瞳に麿眉という、一見すれば時代劇の貴族の様だと思える程の美人。しかしその中性的な美しい顔とは裏腹に身体は鍛えられており、2メートルに届くのでは、という超高身長も相まって酷く男性的。ピクリとも動かない表情も相まって、氷のような冷たさを覚える美丈夫であった。

 

 

 

 

「少なくともアレらとの戦闘に耐えうる生徒ではないと判断致します。香村二年生を連れての逃走が最善だと進言しますが、如何なさいますか、会長」

 

 

 

 

 

一昨年度全日本柔道大会優勝、重ねて昨年度全国高等学校剣道大会県予選・男子個人『途中棄権』

 

石穿高等学校三年E組所属、出席番号20番

 

元銃剣道部主将______【射干玉宮(ぬばたまのみや) 武徳(ぶとく)

 

 

 

 

素手の何も持っていない状態で、化け物を前にしているというのにまるで『関係ない』と言わんばかりにそう言ってくる射干玉宮。見るものが見れば彼の身体には一切力が入っておらず、この極限状態でも自然体で過ごせていることに気がつくだろう。

 

 

 

そして香村は気がつく。射干玉宮は何も持っていない。自分を救ったのは人間の手のようには思えず、なにか武器を使用した攻撃だったと認識していた。つまり先程の攻撃は射干玉宮では無い。

 

 

 

 

「俺も、副会長の言う通り逃げた方がいいと思います!工藤さんも、早く………!」

 

「馬鹿言え!!全員を逃がしてくれそうな雰囲気してっか!?他にも生徒いんだろうがよ!!」

 

 

 

 

天ノ川の後ろにいた細身の男子生徒が同意して逃げるように促すが、それを制したのは前方、射干玉宮の隣に立っていた男子生徒。その手にはモップが握られており、どうやら香村を救ったのは彼のようだ。

 

 

 

吸い込まれるような射干玉宮の黒髪とは対比するように、輝かしい金髪。それをウルフカットにした髪型で、額にタオルを巻き付けている。身長自体は隣の射干玉宮よりも小柄だが、男子全体で見れば充分大柄。さらに鍛えているのか、分厚い筋肉は彼の力強さを示すかのように躍動しており、パワーに関しては射干玉宮よりも上であろうことが伺える。

 

 

 

「天ノ川と山内はその女子連れて逃げろ!!タマァ!!!お前は三人の護衛しろ!!!」

 

 

 

 

 

昨年度高専ロボコン全国大会出場、重ねて宝蔵院流黒川派槍術免許皆伝

 

石穿高等学校三年E組所属、出席番号9番

 

元電気工作部長______【工藤(くどう) 電助(でんすけ)

 

 

 

 

 

「馬鹿か君は。未知数の化け物7匹を一人で押されられると?しかもこの狭い廊下、モップを振り回して?」

 

「はァァん!?俺の槍にケチつけんのかくそタマ!!天才だかなんだか知らねぇが、素手のてめぇに言われたかねぇ!!」

 

「素手でも私は君より強い」

 

「〜〜〜んなぁろぉ………!!!!」

 

 

 

ビキビキと額に青筋を浮かべながら射干玉宮をなんとも言えない怒り顔で見つめる工藤だった、当の射干玉宮は知らん顔。と言うよりも実際に素手の自分の方が槍持ちの工藤より強いと思っているのだろう。

 

 

 

「2人とも!!!これは遊びじゃありません!!あの化け物は冗談でもなんでもない、本物なんですよ!!」

 

「んなこた分かってらァ!!だから足止めが必要なんだろ!!」

 

「お言葉ですが会長、コレらを放置するのも問題かと。特にあの青の個体、明らかにこの緑や外にいる化け物達とは雰囲気が違います……山内と共に安全なところへ。私と工藤はこれらを排除した後、ほかの生徒達の救出に向かいます」

 

 

 

緊張感のない2人を天ノ川が叱責するが、工藤と射干玉宮はその場から動くつもりは無い模様。実際ここで5人揃って逃げたところで追いかけられるのは目に見えており、戦闘可能な2人が対応しているうちにほかが逃げるのが最善だろう。香村は当然として、元弓道部の天ノ川も2人に比べれば近接戦闘能力は大きく劣る。山内にいたっては英会話同好会、戦力にはならない。

 

 

 

「会長、ここは香村さんのことを考えて逃げた方が……」

 

「______そう、ですね。2人とも!無茶は絶対にしないように!!………信じてますからね!!」

 

「はいよぉ!!!」

 

「仰せのままに、会長」

 

 

 

そう言って天ノ川は香村に肩を貸し、山内が先行して一旦撤退していく。彼らがこの騒動に巻き込まれた時にいた《生徒会室》は化け物が沸いておらず、一旦はそこに身を隠すつもりの様だ。

 

 

 

 

「……………ギヒッ」

 

 

 

しかし。唐突に聞こえたその声に、射干玉宮と工藤の警戒が最大に高まる。

 

 

弓を持った青い模様の個体。威嚇するように唸り声を上げていたほかの化け物と違い、今の今まで静寂を保っていたそいつが、口を開いた。

 

 

 

「ギヒッギヒッギヒヒヒヒヒヒヒハヒフハフフフフハァ!!!!」

 

 

 

大口を開けて、狂ったように笑う弓持ち。突然のことに残った2人と、逃走する3人が困惑していると、その化け物は流れるように無駄の無い動作で腰の矢筒から矢を引き抜き、弓につがえた。

 

 

 

「っ!!来るぞ!!」

 

 

 

瞬間、大きく引かれた弓から、矢が射ち放たれる。空気中を駆け抜けるその矢の向かう先は……射干玉宮。しかし構えからそれを予測出来ていた射干玉宮は体を半身ずらしてその矢を躱す。肩の辺りを狙っていたのか、斜め上に向けて登っていくような軌道だった。

 

 

 

「タマ!!」

 

「当たっていない!……にしても動きが速い、それに狙いも中々______」

 

 

 

そこまで射干玉宮が紡いだ時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガァん!!という音が聞こえ、続いてくぐもった様な、息が漏れるような小さな声が聞こえる。

 

 

 

 

「山内君!!!」

 

 

 

 

次いで聞こえたのは、天ノ川の悲鳴に似た叫び。咄嗟に2人が振り向けば、天ノ川と香村を先導していた山内の頭部を綺麗に矢が貫き、ぐらりと揺れて倒れていった。

 

 

まさか、と思い天井を見る。そこに刺さっていると思った矢は刺さっておらず、少しえぐれた様な傷がついていた。

 

 

 

「………跳弾……?矢を天井に当てて軌道を変えたのか……?」

 

 

 

自分で言いながら馬鹿げている、と思った。フィクションの世界において、《跳弾》というものを操り不可能な位置から攻撃を仕掛けるキャラクターは大なり小なり存在する。しかしそれはあくまでフィクションだからだ。現実世界の実弾で、狙って跳弾を当てるなんぞ不可能である。

 

 

ましてや弓矢。そんなことは有り得ない。有り得ないハズだが………現実にこうして、山内が射抜かれた。

 

 

 

 

「会長!!!お急ぎ下さい!!!」

 

 

 

香村の視界を手で遮りながら山内の身を気遣う天ノ川。しかしもう山内は死んだ。気にかけるだけ時間の無駄であり、天ノ川達だけでも逃がさなければならない。

 

 

「っ!……ごめん、なさい……!」

 

 

 

射干玉宮の叱責を受けた天ノ川は、ギュッと目を瞑り、山内への謝罪の言葉を述べてから生徒会室へと姿を消した。

 

 

 

 

「………さて」

 

 

 

 

これでこの場にいるのは7匹の化け物と、工藤、そして自分だけ。死ぬ気はサラサラないし自信はあるが、如何せん跳弾は厄介だ。軌道が読みにくいし他の奴と連携されれば傷を負う可能性がある。

 

そんなことを思っていると、工藤が小声で語りかけてくる。

 

 

 

 

「おい、タマ」

 

「なんだ、無駄話してる暇は______」

 

「あの弓持った奴、射る時に光らなかったか?」

 

「………なんだと?」

 

 

 

 

工藤から発せられたその言葉により、謎が増えた。光る、とは何か。奴らの習性なのか、それとも何かしらの意味が存在するのか。もしかして先程の跳弾と何かしらの関係があるのではないか、そうならば別の使い道は存在するのか。

 

いくつかパターンを考えるが、情報が足りなすぎる。

 

 

 

 

「……調べなければな」

 

「だぁな。………だけど、それよりも…」

 

 

 

 

工藤がモップの先端部を剥ぎ取り、鉄製の軸部分のみを露出。それを油断なく構える。その目からは涙が流れ落ちており、歯は噛み砕かれんばかりに噛み締められていた。同様に、モップを持つ手にもギリギリと力が込められる。

 

 

 

 

「______山内の、敵討ちだ……!!!」

 

 

 

そう吠える工藤の隣で、射干玉宮も拳を構える。

 

2人の前に、各々の武器を構える6匹の化け物と、以前笑い声を止めぬ仇敵の姿。戦いの火蓋が、切って落とされるまで、あと______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______B棟1階

 

 

 

「渚!!まだ走れるか!!」

 

「だい、大丈夫です!!いけます!!」

 

「よし!!はやく本校舎に……ッ!!」

 

 

 

石穿高等学校は、大きく分けて5つのブロックに分かれている。

 

 

敷地内北部に存在する、『本校舎』。

 

南東部に位置する『体育館』、及び東部全体に広がる『部室棟』。

 

南西部に存在する『武道館』。そして、北西部に存在する『別校舎』。この5つが、主な場所だろう。

 

 

そして今現在、別校舎B棟1階の廊下を走る人影が二つ。各々が空手の道着に身を包んでおり、大柄な男子生徒の方が小柄な女子生徒の事を気にかけつつ必死に走っている。

 

 

 

大柄な坊主頭の男子生徒は、この石穿高校の三年生にして元主将。今年の夏の全国大会を最後に引退し、大学受験に向けて勉強していたのだが、運悪くこの日は後輩達の指導のために学校に残っていたのだ。

 

 

 

全国高等学校空手道選手権大会 個人組手ベスト16

 

石穿高等学校三年A組所属、出席番号22番

 

元空手道部主将______【成瀬(なるせ) 祥吾(しょうご)

 

 

 

 

そしてその後ろをついて走るのは、肩にかからない程度に茶髪を伸ばした女子。身長はやや小柄だろうか、しかしその健脚から垣間見るに身体を鍛え上げているのが想像出来る。額には玉のような汗が浮き上がらせて走る彼女は、空手道部期待の1年生。今年のインターハイの団体の次鋒に選ばれ全国まで駒を進めた猛者である。

 

 

 

全国高等学校空手道選手権大会 団体女子全国大会出場

 

石穿高等学校一年D組所属、出席番号19番

 

空手部一年______【(なぎさ) 彩花《あやか》】

 

 

 

 

「______ッ!!止まれ!!」

 

「うぇっ!?わぷっ!」

 

 

 

そんな中で突如として成瀬が片手を広げて急停止。いきなりのことに止まりきれなかった渚は勢い余って成瀬の背中に激突。と言っても小柄な渚がぶつかったくらいでは、空手道部の中でも大柄な成瀬は揺らがないのだが。

 

 

「な、ナル先輩どうし______ッ!」

 

 

戸惑いながら目の前の親しい先輩に問う渚。しかし、身体をずらして成瀬の前方を見れば、彼が立ち止まった理由が容易に察せられた。

 

 

 

 

「グッギ!!グギャゲッ!!」

 

「ゲゲッ!ゲッゲッゲ!!」

 

「ヒッ……あっ…み、三角先輩……!」

 

「片桐、佐川まで………!」

 

 

 

獲物を仕留めた笑い声を上げて、手に持った棍棒を掛け声に合わせて振り下ろす二匹の化け物の姿。そして緑色の肌をしたそれらの作業を、至極面白げに見つめる緑色の肌に赤い模様の浮かんだ他よりも体格のいい個体。計3匹の化け物達。

 

それらの餌食となっていたのは、成瀬と渚のふたりと同じく空手道着に身を包んだ男子生徒が一人と、この学校の制服を着ている男子生徒二人。確かあの二人はバスケ部だったろうか。3人とも四肢を潰され、関節の辺りから砕け折れた骨が肉を突き破って外へと出ている。

 

 

 

 

「………!グギゴ!グゴゴゴ!」

 

 

そんな中で、首を落とされている空手道部員の三角という男子生徒の亡骸の上に座っていた化け物がこちらに気がついた。他の2匹に向かって叫び散らすと、成瀬と渚を確認した緑色の肌のみの二匹が汚らしい犬歯を剥き出しにして笑いながら一歩前へ出る。

 

 

 

「あの赤いのが、リーダーか……?」

 

 

今まで見かけた化け物にはなかった赤い模様。色無しの個体に指示を出すような行為をし、それに従う様子。手に持っているのも、棍棒や錆びた剣などではなく、三角の首を落としたと思われる粗末な斧。それらを総合すれば、あの赤色の個体が色無しよりも上位の立場であることが想像出来た。

 

 

 

「な、ナル先輩!!後ろ追い付かれます!!」

 

「っ!!マジかよ……挟み撃ち……!!」

 

 

渚の悲鳴にも似た叫び声と共に、2人の後方から駆けてくる小柄な影。

 

もちろん味方などではない。前方の化け物と同じ、緑色の肌をした個体が2匹。それぞれ粗末な棒を装備していた奴らだ。奴らから逃げる為、本校舎に繋がる別校舎A棟への最短ルートを駆け抜けるはずが、計5体の化け物に囲まれてしまった。窓から逃げようにも、外のグラウンド方面にも化け物の姿は見えており、それなら逃げ惑う生徒の姿も見える。コイツらを連れていけば、より多くの犠牲が出るかもしれない。

 

 

 

 

「やるしか……ないのか!!」

 

 

 

腰を落とし、拳を構える。空手道部の中でも数少ない個人の全国出場者であり、腕には自信がある。他者を殴り殺した経験などある訳ないし、そんなことするつもりも毛頭なかった。

 

だがやるしかない。自身の身を守る為、家族を守る為に始めた空手。今こそ師の教えに背き、戦うしかない。

 

 

 

「わ、わたし……わたし、も……」

 

 

ふと背後から震えた声が聞こえる。そして成瀬は、自身と同じように拳を構えて後ろの2匹と対峙する後輩に気がついた。

 

 

全身が小刻みに震えている。必死に恐怖を押し殺してはいるが、肩に力が入り過ぎているし重心が完全に浮いてしまっている。構えも自分が教えたのとは微妙に異なって、渚本来の実力が出せる状態ではない。

 

 

死ぬ。このまま戦わせたら、間違いなく自分の後輩は死んでしまう。心優しいこの子に、命の奪い合いは酷過ぎる。

 

 

 

「______こっち来い渚!!」

 

「へっ!?」

 

 

 

成瀬は咄嗟に後方、一番近くの教室のドアを開け、渚の首根っこを引っ掴んで飛び込む。棒持ちの二匹が迫ってくるが、即座に迎撃する。

 

左の足を軸に、身体を捻る。足、腰、重心、腕、全てを使って威力を底上げする。全身を研ぎ澄まし、一気に足を振り上げ1匹のあごを蹴り上げ、その勢いを殺さぬようカカト落としをもう一方の脳天に叩きつける。

 

直で足に伝わる肉を叩き、骨に響く感触。走っていたから些か甘く入ったが、大丈夫。戦える。本気で蹴り砕ける。俺はコイツらを殺す覚悟が、ある。

 

 

 

引き戸の扉を閉め、鍵をかける。そして教室内を見渡し、目をつけたのは……掃除用具入れの、ロッカーだ。

 

 

 

「渚、お前ここ入ってろ」

 

「そんな!!先輩、無茶です!!」

 

 

 

渚が叫ぶ。成瀬の言わんとすることはこの極限状態で上手く回らない彼女の頭でも理解出来た。

 

 

即ち、隠れろということだ。成瀬一人で、化け物を5匹相手取る。その間、渚は安全なロッカー内に身を潜めることで惨状を見ること無く、殺し合いが終わった後に成瀬と逃げることが出来______仮に成瀬が死んでも、渚は見逃される可能性が残る。

 

 

 

とどのつまり成瀬の身の安全は保証されない。

 

それどころか渚がいない分5匹全てが成瀬一人に襲い掛かる。これは練習などではなく、本当の殺し合い。一撃受けてたり、致命的な攻撃を受けても審判から止められることはなく。攻撃を凌げなかったり、あの赤い模様の個体の斧をまともに受ければその時点でほぼ確実に『死』だ。

 

 

 

「いいから、入ってろ!!その状態で居られても足でまといにしかなんねぇよ!!」

 

「っ…で、でも……!!」

 

 

 

そう言って成瀬はロッカー内の掃除用具を外へ投げやり、中にスペースを作る。大柄な成瀬は無理だが、女子としてもやや低めの身長である渚ならば問題無く隠れられるだろう。

 

 

そして成瀬が中に入るよう促した時、背後の扉からゴォン!!と大きな音が響く。奴らが迫っている。あの斧による攻撃を複数回受けられるほどの耐久力は教室の扉にはない。

 

 

 

「っ!ひっ……!」

 

 

 

その音に、思わず足がすくむ。目の前の先輩一人に任せるなんて出来ない。が、足が動かない。必死に動かそうと、懸命に脳からその両足へと信号を送るものの、まるで拒否するかのようにピクリともしなかった。

 

 

何でだろう。なんで動かないんだ。今こそ、お世話になった先輩の背中を護って一緒に戦うんだ。高校に入った自分に目をかけてくれて、構えの矯正や技のコツなどを細かに教えてくれて、凹んだ時には優しく励ましてくれたこの人に。尊敬する恩人に、これ以上負担をかける訳には____________

 

 

 

「おい、渚」

 

 

 

 

ふと、声が掛かる。この状況に見合わない優しい声音を発するその人から、不意に頭をポンッ……と、軽く叩くように撫でられた。

 

 

見上げる。そこにいたのは、自分を気にかけてくれた恩人で。個人で全国大会を勝ち抜いていって、空手道部でも、頭一つ抜けた実力を持った、憧れで______その人が、『笑っていた』。

 

 

 

 

「……俺を、信じろ」

 

 

 

あぁそうだ。この表情、見たことがある。全国大会の時、団体戦で、先輩以外が上手く動けずに相手の得意な形にハメられて、諦めムードが漂っていた時に。それ以外にも、誰かを励ます時に、絶対に無理だって言うような時に、この人は決まってこう言っていたんだ。

 

 

 

「……ナル、先輩……」

 

 

 

 

こんな状況下でそんな事言われても、誰も安心することは出来ない。でも、この人は別だ。この人が、成瀬が言う時は、不思議と安心出来る。やってくれるって、信じてもいいんだって、思わせてくれる。

 

 

 

 

______だったら、信じよう。

 

 

 

 

 

「…………ナル先輩。また、空手教えて下さいね」

 

「あったりまえだろ。おら、入っとけよ」

 

 

 

約束を交し、不敵に笑いながら成瀬がロッカーの扉を閉じる。申し訳程度にロッカーの入口を箒で塞いだ瞬間、背後の扉が大きな音を立てて破壊。5匹の化け物達が、教室内でなだれ込んでくる。

 

 

 

 

 

「…………フゥー………ッシ!!」

 

 

 

 

深く、深く、深く呼吸。全身の筋肉を最高の状態へと持っていく。

 

 

目の前に立つのは、赤い模様に粗末な斧を持ったリーダー個体。そいつを中心に、成瀬を半円状に取り囲むようにして棍棒持ち、棒持ちがそれぞれ左右に展開している。全員が追い詰めた獲物に向かってニヤニヤと笑い、口の端からヨダレが垂れて地面を汚していく。

 

 

 

「………右2、左2、正面1………棒持ちは先端に警戒、棍棒持ちはリーチで勝ってるから懐に入れない、斧持ちは……真っ先に、殺す」

 

 

 

小さな声で、自分に言い聞かせるように確認する。

 

自分は今から殺しをする。生き残る為、背後の後輩を守る為、家族の元に帰るために。

 

 

 

 

 

 

 

『祥吾。空手は傷つけるためにあるんじゃない。守る為にあるんだ』

 

 

 

死んだ師の……父の教えを思い返す。刑事だった父は、とある事件に巻き込まれた際。激情して隠し持っていたナイフを抜いて襲いかかって来た男から、同僚の友人を守るために殉職した。親父らしい最後だって、家族の誇りだって、おふくろも妹も泣いていた。

 

 

あぁそうだな。ずっと、ずっと俺に教えてくれてたもんな。でもさ親父、親父が死んだから、おふくろも華も悲しんで、傷付いたんだぜ?ほんっと馬鹿だよなぁ、親父も。

 

 

 

 

「______来いよ、化け物」

 

 

 

 

親父が死んで、しばらくおふくろは寝床から動けなかったんだぞ。起きるようになってからは俺と華の学費稼ぐ為に必死で働いてたし、華も家の手伝いの為にやりたかったピアノ我慢してる。そういうの見てるとさ、すっげぇ立派なことした親父に愚痴りたくなんだよ。『なんで死んだんだこのハゲ野郎』って。

 

 

 

 

「______殺させねぇぞ」

 

 

 

 

 

だからさ。俺は死なない。死にたくない。渚も死なせないし、これ以上誰も死なせたくない。だから俺は、貴方の教えを破ります。

 

 

 

 

 

 

 

「______俺も、渚も………!!!」

 

 

 

 

 

俺は、『護る』為に、『殺す』よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蹲って、待つ。

 

 

 

どれだけの時間が経ったろうか。まだ幾ばくも経っていない気もするし、気の遠くなる時間が経過したような気もする。

 

先程までは、地面を叩くような音と、化け物たちの怒号が響き渡っていた。しかし、いつの間にかそれは全く聞こえなくなった。

 

聞こえてくるのは、ピチャ…ピチャ…という水音のみ。

 

 

 

 

「………先輩?」

 

 

 

 

おかしい。音から戦闘が終わっているのだと仮定すれば、先輩から何かしらの行動があるはず。それが無い、とはどういう事なのだろうか。

 

 

「……ま、さか……先輩、死………!!」

 

 

 

最悪の想定を口に出す。いや、そんなわけはない。そんなことは絶対に無い。だって先輩は凄く強くて、凄く優しくて、それに絶対に約束は守る人だ。先輩が信じろと言ったなら、信じなくちゃ。

 

 

じゃあ何故、先輩の声も聞こえないのだろうか。だからと言ってあの化け物達の声も聞こえない。その理由は分からなかった。

 

 

 

「……まさか…怪我してる?」

 

 

 

もしかして怪我しているのではないだろうか。

 

幾ら先輩が強くても、武器を持った化け物5匹相手に怪我をせずに勝てるほど甘くないだろう。もしかしたら、声もあげられないほどの傷を負っているのではないか。化け物を打ち倒しても、先輩自身も手傷を負っているのではないか。

 

 

 

そっと、少しだけロッカーの扉を開く。

 

 

 

「っ!?ゔぇ……ッ!!」

 

 

 

空いた隙間から一気に流れ込んできたのは、鉄臭い匂いと、なんとも形容しがたい悪臭。それに伴った、身体の奥底から湧き上がってくる嘔吐感。血と、臓物。そういった匂いだろうと、何となく予想着いた。

 

 

 

それでも、更に扉を開く。試合に見えたのは、黒板に叩きつけられたように血のシミを作り、動かなくなっている赤い模様の個体。

 

 

「倒してる……強いやつ……!!」

 

 

 

赤い模様の個体はリーダー格。つまりはいちばん強いはずだ。勝ってる。先輩が倒してるんだ。そしてなんだか、水音が大きくなった。やっぱり、怪我しているんじゃないだろうか。焦りと心配が大きくなる。

 

 

 

 

扉を開く。1匹の個体が倒れ伏していた。人間の足先がちらりと見えた。水音が明確に聞こえるようになった。

 

 

 

 

扉を開く。二匹が重なるように死んでいた。血に濡れた道着を着た先輩の身体が見えた。水音に混じって、咀嚼音が聞こえ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______扉を、開いた。

 

 

 

 

 

「…………あ」

 

 

 

 

真っ赤に濡れた道着。先輩が一年の頃から使っていたからボロボロになっているその道着は、首元から腹部にかけてその白さが垣間見えないほどに染まっていた。仰向けに、まるで眠っているように倒れ伏している先輩の首から先は…………『何も無かった』。

 

 

 

 

「……………あぁ」

 

 

 

 

グチュ、ギチュという肉を食いちぎるような咀嚼音。その道着を着た亡骸の上に、どっかりと座り込んだそいつは一心不乱に何かを喰らっていた。

 

 

「………グギッ?」

 

 

 

 

緩慢な動きで、その化け物が振り返る。両の手で抱えるようにして持っていた『ソレ』を、理解した。理解してしまった。

 

 

顔の皮膚という皮膚が食い破られ、赤黒い肉が見えてしまっているけれど。もうその表情も読み取れないけれど。ギョロりとした目だけが、絶望感を漂わせながら虚空を覗いているのだけれど。

 

 

化け物の喰らっているソレが………言葉を発さぬ肉塊が、大好きな先輩の______【成瀬祥吾】の成れの果てだと気がついて、しまった。

 

 

 

 

 

 

「______ゔぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 

 

 

ゴトリ、とあの人の首が転がる。それを合図にしたかのように、ロッカー内から飛び出した。

 

それを視認したのか、ゆっくりとした所作であの化け物が立ち上がり、あのリーダー格の個体が使っていた斧を振り上げた。向かってくる2匹目の餌を仕留めて、空腹を満たす為。

 

 

 

斧が、脳天をかち割るために迫る。しかし恐怖は無い。心を満たすは怒り。怒りは判断を鈍らせる毒ともなり得るが、同時に瞬間的な爆発力を産む起爆剤ともなり得る。

 

怒りによって研ぎ澄まされた渚の第六感は瞬時に危険を察知。身体を半身にし、僅かにずらすことによって紙一重で躱す。真横、数ミリ隣を凶器が通り過ぎ、その衝撃風が全身を撫でるが気にしない。

 

怒りのまま、渚は身体を捻る。右足を軸とし、全身の力を一点に集中。下段から一気に上段へ、膝を抱えるように、大きな円を描く様に、教えられた通りに、迷い無く。

 

 

 

『後ろ回し蹴り』。渚の左足は、的確に亡骸の上に立つ化け物の頭を捉え、撃ち抜いた。

 

 

肉が潰れ、骨の折れる感触。命を奪っていく感触。自身の足にも痛みが走るが、そんなの関係ない。そのまま、一気に、脳みそをグシャグシャにぶちまける勢いで振り抜く。

 

 

 

撃ち抜かれた化け物。当然、渚に化け物の東部を破壊できるほどの力がある訳では無いので、頭部は形を保ったままだが。それでもぐらりと揺れた化け物はそのまま倒れ込んでいき、あの人の亡骸から転げ落ちて仰向けに崩れた。

 

 

 

 

「____________死ん、だ?」

 

 

 

 

死んだのだろうか。実際のところ、成瀬の攻撃を受けていた化け物の全身は満身創痍であった。全身打撲に内出血、果ては内蔵にも損傷を受けていた化け物は渚の一撃がトドメとなって、死亡した。

 

 

 

死んだ。殺した。自分の手で。生きていたものを。

 

 

当然ながら、化け物が死ぬのは仕方の無い事である。相手はこちらを殺そうとした、だから殺されても文句はない。正当防衛だろう。

 

 

 

しかしそんなこと、今の渚には関係ない。

 

 

『殺した』。自分の手で『命を奪った』。その結果のみが、彼女の頭の中でぐるぐるぐるぐると回り続けていた。

 

 

 

 

「…………先輩」

 

 

 

 

先輩。先輩。私、どうしたらいいですか。どうすればいいんですか。教えてください。また、まえみたいに、わらいながら、やさしく______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

答えは、かえってこなかった。

 


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