どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

14 / 82
 時が来るまでは。


知る必要のないこと。

 七月に入り、どうにかポイントは支給された。

 

 その額は86と微々たるもの。茶柱先生曰くこれは中間テストを乗り切ったご褒美のようなもので全クラスに最低100が支給されるとのこと。

 

 これに堀北はどうにも不満かと思いきやマイナスが無かったことが分かったと実に前向きだったな。

 

 そのまま何事も起こらずに期末テストも乗り切り夏休みに入った。

 

 そして今現在、学校が手配した豪華客船に乗っての優雅な船旅が始まった。

 予定では最初の一週間は無人島のペンションで後の一週間を船旅でとのことだが……個人的に無人島に良い思い入れのない俺は、通知が来たその日に職員室に行ってどうにか旅行を辞退できないかと申し出たが却下されてしまった。

 

 ただその際に茶柱先生だけじゃなく、室内全員から奇異な目で見られたのは、色んな意味で嫌な感じだったなぁ。

 

 確かにこの客船の設備や全てが無料であるサービスの謳い文句から始まる旅の内容は素晴らしく一介の学生が断りに来るなんて、普通はありえないことなんだろう--そうであって欲しかった。

 

 狭くて殺風景な機関室の中で、ただ時間だけが過ぎていくのを待ちながら顔を上げると扉が開きーー軽食を乗せたお盆を持ったドゥデキャプルの姿に辟易する。

 

「ご夕食の時間です--ご機嫌は良くないようですな」

 

 何を当たり前なことを。

 

 表向きには酷い船酔いの療養の為の自粛措置、教師側には余計な情報を『大多数』の生徒に広めないためとのことだが、実際は逃亡の可能性を0にするため--いくら劣化コピーの分際とはいえ、俺が外に出て何かすれば火消しが超絶に面倒くさいからな。

 

「そんなことはないぞ。待つのが苦になるような軟な構造はしてないからな」

 

 

「それは重畳--ちなみに目的地には明後日の朝になりますので、それまではどうぞお休みください」

 

 いつ事が起きても万全だ--みたいな皮肉を込めて言ってみたが相変わらずに不敵な笑みをしてお盆を差し出して去っていく。

 

 明後日の朝か--裏が読めない奴らにとっては、さぞかし至福の時だろうからしっかりと噛みしめておけよ。

 

 

 ***

 

 

 同じ頃、船内の劇場で『イカロスの翼』が上演されており、客席で舞台を観ている茶柱の横に綾小路清隆がやって来てひとつ間の開いた席に座った。

 

「こんな時間に呼び出して、何の用ですか?」

 

 綾小路の問われても茶柱は舞台を観ており、いつも通りの口調で用件を言う。

 

「先日、ある男が学校に接触してきた。綾小路清隆を退学にさせろ、とな」

 

 綾小路は端末が入ったポケットに手を当てて無言のまま話を聞く。

 

「無論、この学校の生徒であるならお前はルールに守られる--ルールを破れば話は別だがな」

 

「そうですか--それで?」

 

 綾小路の態度はルール違反など侵さないと取れ、ここまでは茶柱も想定内であった。

 

「だがお前の意思に関係なく、私がそうだと判断すれば--それは現実になる」

 

 明らかな脅迫……だが綾小路は何も言わない一切動じない。

 

 この態度を測りかねながらも茶柱は本題(ようきゅう)を口にする。

 

「これは取引だ。私の為に本腰を入れてAクラスを目指せ、そうすればお前を守るために全面的にフォローしてやる」

 

 不遜な態度で如何にも良い話を持って来てやった--見栄なのか意地なのか分からないながらも綾小路は小さく息をついた。

 

「先生、嘘は良くない」

 

 問答の余地なく一蹴--出た言葉のニュアンスには絶対的な確信があった。

 

 だがブラフの可能性も大いにあり、この程度で動じるほど茶柱の顔の面は薄くない。

 

 ならばと内心で思いながら、ブラフにはブラフで返そうと不敵な笑みを造りながら言った。

 

「そうか、残念だ。綾小路、お前は退学--Aクラスへの道は他をあたることとするか」

 

 茶柱の態度は毅然としたものだが、そこに余裕は全くなく本気であることを窺わせる。

 

 Aクラスを目指すか退学か。

 

 実際問題、今動かなければ逆転など夢のまた夢である状況なのは事実。

 その欲の深さから見えるのは昨日今日でない長い年月が積み重なったもの--茶柱紗枝にとってAクラスは夢を遥かに超えた悲願なのだろう。

 

 だが茶柱の悲願など綾小路清隆には一切関わりのないし興味の無いこと--心の中で目の前の女を教師とすること呼ぶことを否定する気持ちが湧き上がる。

 

「あんたもあんたで随分と貪欲だ。そんなにAクラスを欲する姿はコンプレックスを通り越してある種の病だ」

 

 この皮肉めいた返しに侮蔑を含んだ呼称、だが茶柱は手応えを感じていた。

 

「理由を聞いてやる気が出るなら、聞かせてやるが?」

 

「結構。全く聞きたくありません」

 

 そこに至るまでの過去など更にもまして興味はなく、会話の主導権は綾小路に移った。

 

「前にも言ったがオレにも欲しいものがある--だからオレはオレの欲するものの為にしか動く気はありません。

 あんたが提示したのはオレを動かす対価にならない--何故ならあの男がこの学校に接触したらオレはそれを知ることが出来る手筈になっているからな」

 

 綾小路の動じない強気な態度の根拠を提示されて、茶柱は漸くと顔を向けた。

 

「信じられませんか?それでもオレを退学にさせようとするなら理事長に直訴するまでです。あの人はオレの話を聞いてくれる--そして誰かさんと違って公正さもある。

 どちらの主張が正しいか、キチンと調べてくれる。正当性のないどころか捏造で生徒を陥れる教師の風上にも置けない輩なんて、解雇されるのが関の山だ」

 

 勿論、茶柱が証言だけでなく証拠も捏造する可能性もあるが、その時は嬰児を使うまで――その為に屋上で問い質すのを止めたのだから。

 

「何よりあんたはあの男を舐めすぎだ。圧力をかけるにしても一介の教師を使うほど落ちぶてちゃいない。

 これまで通りオレはオレの為に動く、それが結果としてクラスの利になることもあるだろうから、それで満足しろ」

 

 しかし切り札を早々に使うのは不本意--だから茶柱にも逃げ道を与え、今回の話は無かったことで手打ちにする。

 

 この綾小路なりの譲歩は、理事長の権威を借りた傲慢に映るも茶柱の知っている事情と照らし合わせておかしなところはなく、この賭けは負けだと悟った。

 

 しかし背水の陣で臨んでいた彼女は今の会話で見出した可能性に最後の悪足掻きを敢行する。

 

「オレの為に、か--それはつまりメリットを提示すればお前は要求を呑むと言うことか?」

 

 茶柱は深く座り直しながら腕を組むと僅かにその豊満な胸が持ち上がり、同じく大人の色気を体現したような黒ストッキングの足を組み替える。

 

「体をとか言う品の無いのはいりませんよ。有栖を怒らせるようなことするなって、こないだ釘刺されましたし」

 

 再び出てきた坂柳の名前に恰好を解く。

 心情としては残念な溜息を付きたかったが、同じ坂柳でも今度の方は流していいものでなく疑うような攻撃的な目を向ける。

 

幼馴染(さかやなぎ)か。守られてばかりだな--確かに私は相手を間違えたようだ」

 

 この切り返し、返答を誤れば茶柱紗枝は綾小路清隆を明確な敵と見なすだろう。

 

 そうなれば退学とはいかないだろうが、少なくともクラス内での綾小路の居場所を潰すように動きかねない。

 

「全力で真剣勝負に臨む--あんたや堀北、誰よりも先にオレは有栖と約束しました」

 

 求めているものに対する聞こえの良い言葉も嘘が混じっているとされれば終わり、ゆえに取れる選択肢は腹を見せることしかなかった。

 

「何より有栖にとってオレがⅮクラスであるのは嬉しいことだそうですよ。

 これ以上ない明確な敵であると同時に勝負できるようになるまで、それなりの時間が要するからから長く一緒に居られる。

 だから有栖が求めているその時を目指すし、その時が来たら本気で戦います--そうじゃなきゃ色々と報えないし、有栖に率先して嫌われて喜ぶような性癖は持ってませんから」

 

 少し変わっているが高校生のベタな青春--その1ページを見せつけられて拍子抜けしたような気分になりつつも目指すべき先は一致しなくもない。

 純粋にAクラスを欲する身としては、動機が他クラスの幼馴染の為なのが些か気に入らないが、別に否定しなければならない程には掛け離れてはいない。

 

 何より綾小路を動かすのが空振りに終わった今、信じるに値する解答に納得するしかない。

 

「分かった。今はその言葉を信じよう--信じたことを後悔させるなよ」

 

 綾小路は何も答えることなく席を立つ。否定も肯定もしない姿に藁にも縋りたい気分がこみ上げ、思わず言葉が漏れた。

 

「そんな日が来ないよう祈ることにするか」

 

「おや、神を信じてるんですか。それはそれは初めて好感が持てましたよ--先生」

 

 綾小路は少しだけ意外な顔をしながら呼称を戻す。

 

 茶柱としては単なる言葉の綾だったが、一々訂正するのも面倒なので何も答えないで再び舞台に目を向ける。

 

 綾小路も話は終わったと去って行った。

 

 

 ***

 

 

 朝日が差し込み目を開けるが何が変わる訳でもないので、また目を閉じる。

 

 飯が来るのはまだ早い。

 その間に何かしら余計な動きをしたり外に出ようとしたりする素振りを見せたら、逃亡の可能性を無くす名目で、良くて手錠か悪ければ鎖付きの首輪で更に行動を制限されかねない。

 

 ああ、退屈だ。

 

 鼠でも出てくればまた『死体作り』に、窓があって海鳥でも見えたら『鵜の目鷹の目』が使えて外の様子が見れるのに――――。

 

 明日の朝か……外に出たら何をするだろうかな?

 

 出来るなら単独行動が出来ると有難いんだがな。綾小路とは屋上での不吉さが尾を引いて話しかけ辛いし、堀北が張り切って俺を使おうとしてくるのは……やはりまだ嫌だなぁ。

 

 別に誰かに使われるのは構わないが、それでも相手は選ばせて貰う。

 

 ただ綾小路は学生生活に留まらないことまで求めてきそうだし、堀北はまだ俺を使うようには程遠い。せめてAクラス(もくてき)に対して最も必要なものかが分からなければ力を貸す気にはなれない。

 

 折角その資質を持っていそうなのに、一体何を履き違えて同じ場所で足踏みしてるんだかな。

 

 考えてる内に目が覚めてきた。

 

 寝袋を開いて起き上がり大きく背を伸ばす。

 

 端末で時間を確認してみると平日なら遅刻だな。

 

 持ち込まれていた簡易トイレで用を足して少し待つ。

 

 あまり見たくない顔、ドゥデキャプルが朝飯を持って来た。

 

 しかも、今回はお盆を置いて立ち去らず大きいタライも一緒だ。

 

「お水と石鹸は後のお食事と一緒に持ってまいります」と言って……。

 

 それだけかよ。

 

 

 ***

 

 

 澄み切った快晴の空の下、しかし綾小路の心は正反対であった。

 

 絶景の海を見ながらもその心情は顔に出ており、やや近寄りがたい雰囲気が周囲に広がっていた。

 

 

「ねぇ、清隆くん……不機嫌なのは分かるけど楽しもうよ、折角の旅行なんだし」

 

「そうそう。あ、そうだ私たちお昼にプール行こうと思うんだけど、きよぽんも行こうよ」

 

 綾小路グループの女子二人の誘い--双方とも高レベルの美人の水着姿は普通の男子なら二つ返事だろうが、

 

「悪いがそんな気分じゃないんだ。誘ってくれたのに済まない」

 

 完全に心が別のことに固定されていて成果は上がらない。

 

「やれやれ、ここまで分かり易いと嫉妬する気も起きないな」

 

「仕方がないなんて一々言わなくても解ってる--解ってるからこそ歯痒いんだろうな」

 

 ワザとらしく言って来る三宅と幸村だが綾小路の耳には入っていかないようだった。

 

 それをすぐ横で見ていた他のクラスメイト達は興味と呆れの半々で見ていた。

 

「あー……この景色に最高だーって叫びたかったぁ」

 

 池が湿気た声で愚痴るのを皮切りに話が広がっていく。

 

「ホント、超感動的なんだけどねぇ~」

 

 軽井沢の言葉に同意するかのよう率いている女子グループが肯いていく。その中で櫛田は困った顔でフォローを入れる。

 

「ハハハハ……仕方ないよ、一番一緒に楽しみたい娘が居ないんだから」

 

 その言葉通り、傍から見て綾小路の不機嫌の理由は凄まじい程に分かり易い。

 坂柳有栖の不参加--先天的に体にハンディキャップを持つ彼女は旅そのものが危険であり、参加するには複数の介助人が必要とのことで一人、学校に残った。

 二人の関係性を知らない者はもはや存在せず、本来なら最もこの旅行を楽しみ青春の思い出を綴っていた筈が……全て泡沫の夢となってしまったのだ。

 

「だからって……こっちにまで飛び火させなくても」

 

「そうだぜ。普段リア充してんだから、ちょっと会えないくらい我慢しろってん――――――な、なんだよ?」

 

 山内の文句に綾小路は振り向き、奇妙な緊張感が走る。

 ある者は唾を飲みこみ、ある者は喧嘩になるのではとハラハラし、またある者は何も起きないことを切実に願う。

 

「飯時だし、レストランでも行こう」

 

 いつも通りの口調でそう言うとグループのメンバーは肯いて歩き出し、デッキから去って行った。

 

 緊張感が解けてホッとひと息ついたが、景色を楽しむ気分になれる筈もなく程なくして人はいなくなった--ただレストランには行かないか時間を置くようしようと共通認識を持った。

 

 幸いのことにこの船には、他の食事処も娯楽施設も充実しており先の会話から殆どは綾小路が来ないだろうプールに行った。

 

 種類豊富な水着レンタルからプールの広さなどサービス満点であり、女子たち--特に櫛田には男子たちの視線は持っていかれた。

 

 その中の一人、池寛治は意を決したように立ち上がり須藤、山内の両雄に宣言する。

 

「決めた。俺、櫛田ちゃんに告白する!」

 

「ま、まじかよ。振られても綾小路みたいに俺に当たるなよ」

 

 さっきの一件がぶり返したのだろうが、受けた被害が拡大している。

 

「そう、それだよ。綾小路みたいな幼馴染ってアドバンテージがあるとは言え、あいつ以外でリア充なのは平田ぐらいだ--やっぱり俺もそっち側になりたいんだ」

 

 池の覚悟を決めた目に触発され、

 

「そうだよな。幼馴染ってアドバンテージがあれば俺だって今頃は……よし、俺も決めた。俺も佐倉に告白する!」

 

 山内も宣言した。友達二人の覚悟を見せられ、

 

「お……お前ら、そうだよな…………ないもの僻んだって仕方ねぇ。俺も…………」

 

 須藤も何かしらの決意を固めたようだ。

 

 三人の思いがひとつになり、まずは言い出しっぺである池が櫛田に近づいていき、ぎこちないやり取りの末に、

 

「よっしゃー!!桔梗ちゃーーーん!!!」

 

 まずは名前で呼ぶことを了承して貰い雄叫びを上げた。

 

 櫛田はクスクスと笑い--その光景に須藤と山内は勇気を貰った。

 

「下の名前か……堀北の…………なんつったけな」

 

「よ~し、俺だって負けてられねぇ」

 

 

 

 そんな陽気な場面とは裏腹に陰惨な空気が流れる場面があった。

 

 綾小路グループが入ったレストラン。その洋装も一流であるのは疑う余地がなく、席に座ってもやや落ち着かない。

 

「綾小路と一緒ってことは、お前らⅮクラスだな?」

 

 隣のテーブルからの声に顔を向けると葛城と戸塚が悠々と食事をしている。

 綾小路以外は初対面だが、葛城の特徴から以前に突っかかってきたと話に出たAクラスの生徒であることを直感しメンバー全員が不快を覚える。

 

「そうだけど、何か用か?」

 

 その所為か、戸塚の威圧的な声に答えた幸村の声も攻撃的だった。

 

「いや、マナーを知らないみたいだから手解きしてやろうかと思ってな」

 

 この言葉を額面通りに受け取るほど能天気なメンバーはおらず、たちまち不快と共に嫌悪感が全員に湧き上がった。

 

「へぇ~、同じAクラスでも坂柳さんたちとは随分と違うんだね~」

 

 長谷部の不快感を抱いた素直な感想に逆上し、戸塚が立ち上がりそうになるのを葛城が目で制する。

 

「安い挑発は止めろ弥彦。生活態度で減点される可能性もあるんだぞ」

 

 しかし級友を止めるだけで無礼に対しての言及はない。

 

 それを冷ややかな目で見ていた綾小路は言った。

 

「お前たち有栖が居ないからって、はしゃぎ過ぎだぞ。

 特に葛城、冷静を装って見せてるが興奮が抑えきれないのが丸わかりだ。

 少し…………かなり頭を冷やした方がいいんじゃないか?」

 

 葛城の目が綾小路を向き、双方の間で火花が散りかない。

 

「ハハハ--言うねぇ綾小路」

 

 そこに第三者の登場で一気に空気が軽くなる。

 

「橋本……」

 

 会話を邪魔された葛城が睨むが、一切意に介さずに綾小路の肩に腕を回す。

 

「正直、こんな辛気臭い奴に仕切られて辟易してたんだ。俺も一緒にいいか?」

 

 

「オッケーだよ」

 

 長谷部が認め皆も肯く。

 

 他クラスの生徒と堂々と食事をするのを戸塚は文句を言おうとするが、葛城の手が肩に置かれて断念する。

 

「お邪魔のようだな。丁度、食事も終わったし退散するとしよう」

 

 内心は測れないが外面は堂々としながら席を立つ葛城に不本意を隠そうともしない戸塚が続いた。

 

「何あれ?」

 

「何処のクラスにも無礼なのは居るもんだな」

 

 長谷部のシンプルな言葉に三宅が調子を合わせる。

 

「今の内だけさ--今の内」

 

 橋本の含むような言葉に疑問が生じるもこれ以上は食事が不味くなりそうなので追及は無しにした。

 

 

 

 一方、船内の高級エステサロンでは一之瀬がBクラスの担任、星之宮知恵が質問していた。

 

「それで嬰児……牛井くん、どんな感じなんですか?船に乗ってから一切見ないし大丈夫なんですか?」

 

 星乃宮はこの返答に難儀する。

 

 嬰児の職員室の一件には当然、星乃宮も居り表向きの理由である船酔いが方便であることもそうしなければならない事情も承知しているため、自クラスの生徒とはいえ本当のことは言えない。

 だが嘘を付こうにも保険医も兼ねている自分をしょっちゅう船内で見かけられて、あまつさえ共にのんびりとエステに耽っているのだ--出歩けないほどの重症の生徒を放って置いていると答えるのは体面が悪い。

 

「彼なら明日の朝には元気になってるから心配はしなくても大丈夫」

 

 故にギリギリのラインで本当のことを答えた。

 

「それよりも彼以外でも注意しなけないのが居るんじゃない?」

 

「先生……今、強引に話を逸らそうとしましたよね」

 

「あ~、いい気持ちね~」

 

 一之瀬がジト目で抗議するが星乃宮は惚けて何も答えなかった。

 

 

 一之瀬の他にも嬰児を気に掛けている生徒はいた。尤も動機は純粋に心配している一之瀬と違い打算的なものであったが。

 

 食事を終えて自室のベッドの上で綾小路は思案する。

 

(出来る限り船内を練り歩き、教師や船内クルーに訊いても何も得られない。オレの行動が阻害されている……………………いや逆だな、嬰児のセキュリティが硬すぎるんだ)

 

 旅行の話が出た当初から嬰児が乗り気でなく、上手いこと漬け込んでまた何かを引き出せないかと色々と考えていたのだが、乗船と同時に姿を消し見舞いに行っても門前払い。

 

 絶対に何かある--そう思ったが綾小路は嬰児のような異能はなく立場的には学生でしかない。

 

 出来ることは限界があり、グループに協力を頼もうかとも考えたが異能の情報が広がるのは本意でなく、折角の旅行気分に水を刺すのも気が引け何も言えなかった。

 

 結果的には分からないままの問題に対して打つ手がない不機嫌を坂柳の不在が原因だと誤解されて色々と迷惑をかけてしまったが……。

 

 待つしかない--既に出た結論に歯痒さを感じているとチャイムが鳴りドアを開ける。

 

「ごめん、寝てた?」

 

 そこにはⅮクラスのリーダー格である平田が居た。

 

「いや別に」

 

「よかった--これから軽井沢さんたちと一緒に遊ぶ予定なんだけど、綾小路くんもどうかな?グループのメンバーも一緒に人数が多い方が楽しいし」

 

 綾小路の機嫌が悪い話は平田の耳に入っていても不思議じゃない。もしくはグループのメンバーが気晴らしの相談でもしたのかもしれない……何故かそれだけとは思えなかった。

 

「軽井沢、か。お前たちはまだ苗字なんだな」

 

「僕たちには僕たちのペースがあるかね。出来るなら彼氏の心得とかも教えてくれると嬉しいなぁ」

 

「なんだ、それが訊きたかったのか?」

 

「あ、いや……ごめん、そうじゃないんだ」

 

 間髪入れない切り返しに平田は逡巡した後に切り出した。

 

「綾小路くん、僕は君や嬰児くんと違ってどうしても神を信じることが出来ない。

 でも信じるものが違っても目的が一緒なら団結できると思うんだ」

 

「道理だな。オレの居るグループも別に神を信じての集まりじゃない」

 

「そうなんだ。だったら尚更頼み易い、綾小路くんは坂柳さんと戦うためにAクラスを目指すって言ってたよね--それをⅮクラス全体の方針にさせて欲しんだ。僕も全力でサポートするよう働きかけるのを約束する」

 

 ストレートにAクラスを目指すでは大半は付いてこない。故にもっと身近でAクラスに届かなくても達成できる目標を据える。

 

 すでに広まっている幼馴染の関係、クラスでした堂々とした宣言からして既に晒し物にされると言った段階は過ぎている。

 何より誰かの色恋の行く末を見られるのは、真っ当な青春を過ごし辛いこの学校では男女関係なく興味を引くだろう。

 手段としては合理的だがクラスメイトの個人的事情をダシに使うのは平和主義の平田にしては大胆な提案だ。

 

「オレはクラスの中心だの先頭だのガラじゃないだが」

 

「言い方はどうかと思うけど、まずは飾りでも構わないんだ。みんながひとつの目標に向かって行けば、それは自然と絆を――――――」

 

 平田の説得に熱が入りそうなタイミングで端末が鳴り言葉が切れる。画面には彼女である軽井沢恵の表示があった。

 

「出なくていいのか?」

 

 平田は困った顔のまま優先すべきことを決断する。

 

「ごめん、そろそろ行かないと……さっきの話、ちょっとでもいいから考えてみてくれないかな?」

 

 そう言って早足で行く平田--聞こえてくる軽井沢への弱弱しい返答からに何か引っかかりを感じさせた。

 

 

 

 

 時間は過ぎ日が暮れていく、デッキにあるバーのカウンターには一人座って本を読んで居る堀北が居た。

 

 周りがはしゃいでいる中で静かに本を閉じて端末を操作、嬰児に送ったメールは未読とあった。

 

(この大事な時に何をやっているのよ、一体?)

 

 堀北には確信があった--この旅行で何も無い訳がないと。

 

 先の一件ではCクラスの企みを未遂に終わらせたが、それで綾小路に先を越された分を取り返せたと思うほど堀北のプライドは安くない。

 

 船の目的地とされる学校所有の無人島にあるペンション--そこで行われるだろう事に結果を出すためには嬰児が持っている情報は全て欲しいところだ。

 

 あわよくば今度こそ協力関係を取り付けて自分主導で行きたいという思いもあった。

 

 クラス全体として綾小路個人にも出遅れた分を一気に取り戻したい--それとは別にあるもうひとつの要因に堀北は焦りがあった。無論それを表に出すような真似はしていないが、不利な条件を抱えているのは事実であり軽減できる要因は確保しておきたかった。

 

「お、こんな所に居たのか」

 

 この方向に目を向けるとハーフであろう黒人の大男を従えた長髪の男子が近づいて堀北の隣に座った。

 

「この前は随分と言いたい放題だったらしいじゃねぇか。この俺を雑魚だの幼稚だのと」

 

 回りくどいのか分かり易いのか判断の迷う自己紹介に男子の素性を理解する。

 

「事実を言ったまでよ--あんな程度の作戦でどうこうなるなんて思ってる時点で戦う価値もないわ。龍園君」

 

「ククク--お前みたいな強気な女は嫌いじゃないぜ。鈴音」

 

 こちらの素性もお見通し、やはり油断は出来なそうもない--と思った矢先、端末で写真を撮られた。

 

「ちょっと勝手に―――――」

 

「俺はお前のファンなんだ。だから今度は俺が相手をしてやる」

 

 話も聞かないままに立ち去ろうとした時、緑色の短髪をしたボーイフィッシュな女子が近づいて来た。

 

「龍園!話がある!」

 

「なんだ伊吹か。話なら俺の部屋で二人っきりで聞いてやるよ」

 

 安くて下劣な挑発に伊吹は簡単に切れた。

 

「!!……もうあんたのやり方は我慢ならない!」

 

 龍園に向かって手を上げるが黒人の大男に止められる。

 

「アルベルト、あんたそれでいいの?!」

 

 アルベルトと呼ばれた男子は何も答えずに突き飛ばし龍園に続いて去って行く。

 

 堀北が駆け寄ろうとしたが伊吹がキッと睨みつけ足を止めると立ち上がり行ってしまった。

 

 ここに嬰児か綾小路が居るか、もうひとつの要因が無ければあまりのタイミングよさに胡散臭さを感じただろうが余裕がない堀北は、Cクラスの崩壊が近いと短絡的答えでまとめるだけだった。

 

 

 

 日は完全に暮れ吹き抜けのあるテラスでは綾小路グループが夕食を食べていた。

 

「うわ~、星がきれいだねぇ~」

 

 佐倉が感動の籠った言葉にグループの空気は和やかであり、綾小路もかなり気分が落ち着いたのか普段と変わらない様子で星空を見上げる。

 

「やっぱり坂柳さんにも見せてあげたかった、きよぽん?」

 

 長谷部に問いに飲み物を含んでいた三宅と食べていた幸村も注目する。

 

「ああ、そうだな」

 

 ただそれだけ言って星を見続ける--何を思い考えているのか想像力を掻き立て、それぞれの食が進んでいった。

 

「ごちそうさま」

 

 食事が終わり解散となる前に佐倉が意を決したように言った。

 

「清隆くん、やっぱり楽しもうよ。で、その思い出を坂柳さんにも分けてあげよう……自分の所為で折角旅行が台無しになっちゃ私だったら嫌だよ」

 

 こと坂柳の(恋の)ためとなると佐倉の引っ込み思案はなくなる。

 

 これが普段にも適応されればと思いつつも……。

 

(……それが出来たら良いんだが)

 

 論点の違う回答を浮かべつつも現時点では推測でしかなく、本来の悩みに触れらたくないのも重なって、

 

「じゃあ、愛里たちも協力してくれるか?」

 

「勿論」

「いいよ」

「いいぜ」

「ま、吝かじゃないな」

 

 気持ちよく了承され、やはりこのグループは悪くないと改めて心に染み渡った。

 

 そんな気持ちで揚々と部屋に戻る途中、櫛田と鉢合わせてしまった。

 

「すまない啓誠、先に戻って貰えるか」

 

「あ、ああ」

 

 同室である幸村を先にやり、櫛田と再び外に出る。

 

「ごめん、迷惑だった?」

 

「前置きはいい。聞きたいのは嬰児のことだろう」

 

 綾小路の突き放した言い回しに櫛田は戸惑いながらも肯いた。

 

 思い返せば櫛田が裏の顔を晒し、嬰児を脅迫しようとして返り討ちにあったのもこんな夜の海を見ている時、恐怖がぶり返したのか名前を出したら若干の震えが見えた。

 

「結論を言うとあいつが今どこで何をしてるか、どんな状態になってるかは分からない」

 

「綾小路くんは、あの化け物のこと何処まで知ってるの?なんでそんなに平然と接することが出来るの?」

 

 ずっと聞きたかったのだろう、言葉が勢いよく出る。

 

「少なくともお前よりかは知っているが全部じゃない--いつかは全部暴き出して見せるつもりだがな」

 

「それであの化け物を倒すなら………………私、何でもするよ」

 

 櫛田からすれば妥当な結論だが、綾小路には違う。

 

「悪いがその話には乗れないな」

 

 背を向ける綾小路に櫛田が飛び込んで来た。

 

「利用するつもりなの、牛井嬰児を?」

 

 綾小路は何も答えない。

 

「そのつもりなら--それならそれで、なんでもするけど」

 

「じゃ、尚更だな」

 

「そっか。独り占めしたいんだ--私、分かるんだ。そういうの」

 

 この時、綾小路には見えないが櫛田は笑みを浮かべていた。

 

「じゃあ、応援するよ。頑張ってね、綾小路くん」

 

 そして何かを期待するような視線を向ける。

 

「おやすみ、櫛田」

 

「うん。また明日」

 

 綾小路は振り返ることなく歩いていき、櫛田は暫らくしてから部屋に戻って行った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 おお、やっと朝が来たか。

 

 しかしこのご時世にタライで行水することになるとはな。

 

 着替えの代わりに置いてあったジャージを着こんで俺は久しぶりに外に出た。

 

『おはようございます。間もなく島が見えて参ります。暫らくの間、非常に意義ある景色をご覧いただけるでしょう』

 

 まるでタイミングを見計らったような意味深なアナウンス--バカンスは終わり、だから出されたか。

 

 それは良いとして問題は俺の希望通りになるかどうか--正に神のみぞ知るだな。

 

 

 

 

 

 




 試験開始まではアニメ基準でした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。