どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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特例の安売り。

 試験六日目--前の晩に雨が降ったようで地面にぬかるみや水溜まりが出来ていた。

 

 空模様もどんよりと灰色の雲一色であり、大雨や強風が来ても不思議じゃない。

 

 だが、本当に気にしなければならないことはそれではなかった。

 

「スポットを誤使用した!?」

 

 大型テントの中で一之瀬が目を丸くして困惑する。

 

「……ごめんなさい」

 

 目の前にはボーイフィッシュな女子--白波千尋が俯いていた。

 

 Bクラスでリーダーを務めている彼女の横には同じく浮かない顔の神崎が居た。

 

「いや、これは俺の判断ミスだ--慎重を期したつもりだったがAとⅮが結んでいるのをもっと意識しておくべきだった」

 

 現場指揮官(かんざき)最高司令官(いちのせ)に経緯を報告する。

 

 Bクラスが抑えているスポットを回っているⅮクラスの妨害要員。

 更新するのを見られるようなヘマはしなかったが、否が応でも目が行ってしまい自陣から遠いものは更新を遅らせることもあった。

 

 無論、見張りを立て神崎も定期的に回って隙を作らない様に徹底させていた。

 

 しかし一人を四六時中居させるわけにもいかず交代や点呼の時には空白が生じる--その場合には更新時間に余裕を持たせるか、最悪スポットを放棄することも盛り込まれてはいた。

 

 しかし昨日は生憎の天気でⅮもそれを察知したのか早々に切り上げたという報告もあって空白の時間が増えた。

 

 その空白をA--葛城派に突かれスポットを奪取され、連日の緊張感にⅮに警戒心が割かれていた分の解放により、それまでと同じように通りに見張りが立ってしまった。

 

 神崎がスポットに行った時にはクラスを示す表示を白く曇らせたカモフラージュが施されており、まんまと一杯食わされた。

 

「近くに潜んでた奴に気付いて直ぐに追っ払ったが、付けてた腕章はAのものだった。

 大方、俺じゃなくて白波が更新に来るのを待ってたんだな……その際の反応を見てリーダーを探るつもりだったんだろう」

 

「ごめんなさい……私がちゃんとしてれば」

 

 一之瀬がこの試験に懸けていることを最も応援している彼女は任された大役を全力に取り組んでいた。

 

 だが知られてはいけない--そのことを意識しすぎてクラスにマイナスをもたらしてしまった。

 

 もっとクラスを信じて積極的に取りに行っていれば--そんな後悔が彼女を苛む。

 

「いや俺がもっとみんなの状態を気に掛けていれば」

 

 直接の失態を犯した男子はショックで死ぬほど謝っていたが、最も遠い所を任せ続けた疲労のピークも相俟って倒れてしまった--そして全員顔には出さないようにしているが疲れている。

 

「…………私にはみんなを責める資格はないね。

 方針を打ち出したときにこうなることも想定すべきだった--責任は私にある」

 

 一之瀬は責任の所在を明確にして目を瞑る--そして直ぐに目を開いて切り替えた。

 

「神崎くん、他に取られたスポットは?」

 

「さきを含めて3ヵ所、他は対応済みだ」

 

「次の更新時間には直ぐに取り戻せるようにして、マイナス50は痛いけど致命傷(・・・)じゃない--ここからが本番だよ」

 

 一之瀬の目はまだ戦っている--この力強い姿勢は失態により低下した士気をそれまで以上に上げた。

 

 そう、まだ試験は終わっていない--勝てるだけの準備を整え臨んで来た。

 

 この試験でAクラスになる--目標を再認識したBクラスは不安も疲労も吹き飛び、これ以上はヤバいと思わせるほどに力がみなぎっていた。

 

 

 

 

「やっぱり運は俺たちの味方ですね。葛城さん」

 

 戸塚の興奮は果てしなく普段なら抑えようとする葛城も今回は違った。

 

「ああ--ごく自然なカモフラージュが可能な状況になったのは本当に運がいい。

 その上、これでBのリーダーを大幅に絞り込むことが出来た--なんとも怖いくらいだ」

 

 当初では隙をついて奪取するスポットはひとつに留め、砂ぼこりや落ち葉で可能な限り表示を隠すつもりだった--直ぐに見破られるだろうが危機感を煽るには十分であり、より慎重にリーダーを隠そうとしてくるだろう。

 

 スポットの更新時間からの逆算とⅮの妨害を考慮してBのリーダーが向かうだろう先に潜伏する要因も選定しており、そこから絞り込みを行い詰めていく算段だった。

 

 だが雨に見舞われ表示を自然に隠すことが可能となり奪取するスポットが三つ、更には嵌めることの出来た事実により交代要員を含めた見張り役にリーダーがいる可能性はなくなった。

 

 自分たちもそうだが相手も疲労しており、リーダーのプレッシャーも加えればとっくに倒れていても不思議ではない--司令官の一之瀬の性格から考えて、この人選はありえない。

 当然、一之瀬と神崎の二人もこの上なく目立つ上に盲点を突くと言った博打を打つタイプじゃないことから除外できる。

 

 偵察で司令部に一之瀬と詰めているのは二人--残りの十二人は見やり役への補給やパトロールを二班に分けて行動していることは突き止めている。

 

 Ⅾの妨害ルートから逆を辿り挟むように回った結果、二つの内ひとつ--六人まで一気に絞り込むことが出来たのだった。

 

「この情報をⅮにリークする--ここまで条件が揃えば牛井が動くだろう」

 

「けどそれだとポイントが余計に……」

 

 戸塚の顔は歪み反対しようとしたが言えなかった。

 

 そもそもの案は十人はいるだろう中から消去法(ひきざん)で導き出す不確実で葛城らしくない方法。

 そんな案を使わざる得ない失態を犯したのだ--例えそれが失態の原因となった牛井嬰児(おとこ)に頼るものだとしても止められる訳がない。

 

 情けなさと申し訳なさに俯くしか出来なかった。

 

「弥彦。ポイントは確かに更に50開く--だがⅮクラスがそれを得てもAクラス(われわれ)には到底及ばない。

 寧ろ坂柳派の糾弾はより一層厳しくなる--俺たちはまだ戦える。俯かずに顔を上げろ」

 

「――――はい!」

 

 感動で目に涙を浮かべながら戸塚は全力で応えた--この場面は葛城派全員の士気を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 AとBがそれぞれの士気を高めて臨もうとしている時、Ⅾは一部の例外(かるいざわ)を除いてのほほんとしており、雨が降る前に食料集めや荷物の片づけを行っている--ここまで来れば、嬰児が居れば大丈夫という気の緩んでいるのが大多数であった。

 

 そんな中で一人何もしないで座っている嬰児は一枚の用紙に目を通していた。

 

「嬰児、俺らそろそろ行くけど昨日までと同じでいいよな?」

 

 池たちBのスポット巡回に行くメンバーが尋ねると意外な返事が返ってきた。

 

「いや、今回は俺が行く。お前たちはここで待機」

 

 状況が動いた--そんな期待感と緊張感が走った。

 

「葛城からBのリーダー絞り込んだから確かめてくれだと」

 

 嬰児は用紙を仕舞いながら立ち上がる。

 

「ってことは更にプラス50か--頑張った甲斐があったぜ!」

 

 自分たちのやって来た嫌がらせによりBに隙を作る--作戦が上手く運んでいる手応えにガッツポーズする。

 

 出来るならこのまま自分たちが手柄を上げたいが、龍園の件で嬰児の方が上手くいきそうであり、足手纏いにしかならないのは分かり切っており反論はない--はずだった。

 

「本当に行くのか?」

 

 いつの間にか来ていた綾小路が疑問を投げてきた。

 

 この行動の結果、Aクラスにもポイントが入るのを危惧してではない--嬰児ならそんな必要性はないと思っていたからだ。

 

(ただのポーズである可能性もあるが--何かしっくりこない)

 

「なんだよ。俺だって他にポイント行くのは嬉しくないけど、十分リードしてんだからいいじゃねぇか」

「そうそう、つうか行かなきゃ俺たちの苦労に合わねぇし」

「こんなセコイ役……我慢してやったんだぞ」

 

 誤解した池、山内、須藤が文句を言う。

 

 綾小路が居たから上手く事が運んだ部分があったとは言え、実質何もしていない身としては強く言えず黙るしかない。

 

「邪魔しないなら、付いてきても構わんぞ」

 

 そこに嬰児からの許可--しかし初日に追いつけなかったのを思えば遠回しに来るなとも取れた。

 

 しかし考える暇もなく嬰児は行ってしまい違和感を抱えたまま綾小路も後を追った。

 

(初日と違って歩いてか--オレに合わせてくれている訳ないし、何をするつもりなんだ?)

 

 行くと見せかけて適当に歩き既に(・・)調べてあるのを誤魔化す--単純に考えればそうだが、それだけではないと何の根拠もない強いて言えば直感が綾小路の胸に居座っていた。

 

(折角だし、昨日のことの文句でも言ってやろうか)

 

 昨日の嬰児による綾小路清隆の考察--最後の挑戦的の件で思わず言葉が詰まってしまい確定的になってしまった。

 

 邪魔が入らなければ、小テストは坂柳との再会で中間は嬰児の敗北が尾を引いて成果を振るえず--期末に関しては嬰児から得た情報の精査によってとして、これからはクラス全体で嬰児を担ぐよう仕向けるつもりだった。

 

 異能が知られないように知恵を貸し、また乗り気でない依頼を肩代わりするなり、かわす算段を提示することで牛井嬰児という存在を暴いていく--気付いたのかどうかは不明だが侮れない奴だと再認識させられた。

 

 嬰児は無言のまま歩いていく。

 

 若干ペースを上げて隣に並び話しかける。

 

「昨日のだが--堀北から何か聞いたのか?」

 

 入試と小テストで全て50点に狙って揃える--堀北にははぐらかしたが嬰児にはどの程度に思ったのか、大して期待しない問いだった。

 

「何も--訊きたいことがあるなら今の内がいいぞ」

 

 返ってきた意味深な台詞に目を細めたが、ならばと遠慮なく質問する。

 

「今度の試験、どうしてここまで積極的に動いた?堀北やオレが理由だとはどうにもしっくり来ないんだが?」

 

 嬰児はポケットから紙とペンを取り出して何かを書き、綾小路に渡す--そこに書かれた内容は脈絡が無い訳ではないが、全く納得がいくものではなかった。

 

「堀北にも渡しといてくれ」

 

 嬰児はその言葉を最後に口に指をあてて静かにするように促す。

 

 視線の先には複数人が居たが遠すぎてはっきりと見えない--気付かないうちに嬰児も居なくなってしまった。

 

 綾小路は慎重に集団に近づいていき自分以外にも様子を窺っている者に気付くが嬰児でない。

 

(見るべきはBクラス(あっち)か……)

 

 スポットを見張る男子に食料を渡し、神崎が警戒ながら集団に紛れて更新の瞬間を見えなくする。

 

 遠目には分からず近づけば見つかる--普通ならば、

 

「警戒しすぎると目について逆効果だぞ」

 

「なあっ!?」

 

 スポットを更新した白波千尋の肩に嬰児の手が乗り誰もが驚く--カードを取られまいと抱え込もうとして足がもつれ近くに茂みの中に転んでしまった。

 

「牛井!?」

 

「俺を見てていいのか?」

 

 神崎は指摘にハッとしながら白波に目を向ける--Aクラスの腕章を付けた男子が茂みの中に居る白波の手を取りカードの名前を確認、一気に駆け出して行った。

 

「言っとくけどグルじゃなくて、向うが便乗しただけだぞ」

 

 嬰児の気の抜けた弁明に再び頭に血が上り判断を下すのが遅れた--更には雨も降りだして視界も地面も一気に悪くなってしまった。

 

「Aもこうやったんだな。この無人島(フィールド)では俺たちがどうやったって勝ち目がない……なるほど、龍園が撤退を決め込むわけだ」

 

 神崎の敵意丸出しの問いに嬰児は答えない--その視線は他を見ていた。

 

「い、一之瀬さ…………ごめんなさい……ごめんな………………ガッ!…………ああ……!!!」

 

 茂みの中で真っ青になりながら謝り続ける白波--次の瞬間には胸を押さえ目を見開き口からは涎が垂れだし藻掻き苦しむ。

 

「白波!?」

 

 神崎が駆け寄り茂みから出すと左膝辺りが不自然に破けて血が滲んでいた--白波の容体はどんどん悪くなり発作も起こり始めた。

 

 この緊急事態に誰もが非常ボタンの存在も忘れてパニックが起きそうになった。

 

「!!?」

 

 その寸前、嬰児が神崎を押しのけて白波のズボンを破き、傷口に噛みついて血を吸いだしては吐き出すのを数度繰り返す。

 

 続いて辺りを見回して目を付けた草をむしり取り口に含むと租借し始め、Bの補給品の中から水を取り口に入れると白波をそっと抱き起して口移しで飲ませていく。

 

「カハッ……ハァァァ…………ハァ、ハァ――――」

 

 口を離すと白波の呼吸は安定し全員に安堵が広がっていく。

 

「なぁ、白波は大丈夫なのか?」

 

 神崎の問いに嬰児は振り向き人差し指を立て、

 

「い--てぃ――――もぉ――――」

 

 呂律の回らない言葉と手振りで何かを伝えようとするが要領が得ない。

 

「多分、一之瀬に連絡しろって言ってるぞ」

 

 背後からの綾小路の声に嬰児は肯き--白波を抱えて指で方向を示し走り出して行った。

 

「あの方向は船の止まっている砂浜だな」

 

 綾小路は律義に解説し、呆けていた神崎は無線を取り出して一之瀬に現状を伝える。

 

『分かった。直ぐに向かうから--神崎くん、あとのことは』

 

「気にするな。早く行け」

 

 無線を切り綾小路に目を向けるがそこには感謝の念はなかった。

 

「言っておくが礼は言わないぞ」

 

「ああ--どう見てもこれは嬰児が引き起こしたことのようだしな」

 

 綾小路の非を認める態度にもっと言ってやりたい気持ちを抑えて神崎は撤収を指示、恨みの視線を向けられ去って行く。

 

 綾小路は白波が突っ込んだ茂みを慎重に調べた。

 

(どこにも発作を誘発しそうなのがない。危険生物が居たとも考えられない)

 

 そもそも生徒の安全のために管理は徹底しているはず--強いて思いつくのは白波個人の問題だが、それなら最初の噛みついて吸い出す行動が説明つかない。

 薬草を含んで落ち着かせたのも出来過ぎている--百歩譲って薬用のあるものが生えていてそれを見分ける知識と経験を嬰児が持っていたとしても都合よくその場に生えているのか。

 

(緊急のボタンを押さないで背負っていったのも妙だ。そこまで急を要するなら――――)

 

 そこまで考えたとき轟音と共に強風が起こり、ヘリが飛び立っていったのが目に入った。

 

(……穿ち過ぎだったか?)

 

 綾小路とて医療の知識はあるが医者でも救命士でもなく、ましてや経験は皆無--嬰児にしてもすべてが正しいとは限らない。

 

(今は情報が少ない--気に掛けるのは別にある)

 

 頭を切り替えて綾小路は行くべき方向に足を動かした。

 

 

 

 

 

 雨風が本格化し浜辺に設置されたテントは飛ばされないように折り畳まれていた。

 代わりに桟橋にタラップが掛かっており、一之瀬と星乃宮は駆け足で渡り船内に入り待機していた教員に止められる。

 

「千尋ちゃんは?!」

「さっきヘリが飛びましたけど容体は?」

 

 一之瀬と星乃宮の焦った顔に教員は務めて冷静に対応する。

 

「心配いりません。もう安定してますし、処置も早かったので直ぐに元気になります」

 

「よかった~」

 

 一之瀬はその説明に安堵するも直ぐに疑問が湧き改めて訊いた。

 

「じゃあ、さっきのヘリは?」

 

 

 

 

 

「嬰児がリタイアした!?」

 

 池の叫びはⅮクラス全員の驚愕であった。

 

「そうじゃない--試験から除外されたんだ」

 

「どう違うんですか?一体、何が起こってるんですか?」

 

 平田も訳が分からず言葉には焦りしかなかった。

 

「あー、学校としても想定外の事態でな」

 

 茶柱は複雑な顔をして経緯を説明する。

 

 発作を起こし倒れた白波千尋--その原因はパニック障害から来たものであり肉体と精神の著しい疲弊が引き起こしたものだった。

 しかし、傷を見た嬰児は別の病気だと誤認し動悸を沈める薬草を投与--それがいけなかった。

 

 効能は問題ないがこの判断は本来免許を持つ医師にしか許されず医師法違反が適応され、誤診であり適切でない処置でもあったことも重なり事情聴取の為にヘリで出頭することとなった。

 

「待ってください、嬰児くんのしたことは間違ってた訳じゃないんでしょう。

 何より学生ですよ--緊急事態に正常な判断が下せなくても仕方ないじゃないですか」

 

 平田の直訴に茶柱は落ち着くのを促して説明を続ける。

 

「平田の言う通り牛井のしたことは適切でないが間違ってはいない--学校としても緊急、それも人助けしたものを処分する訳にもいかない」

 

「なら――――」

 

「寧ろ罰しないために必要な手続きだ--事情を考慮し特例(・・)として牛井は試験から除籍とし、リタイアと点呼不在のマイナスポイントは適応されない。

 ヘリで早急に連れていかれたのも天候悪化で飛行が出来なくなる可能性があったからだ。船内で事情聴取する訳にはいかないからな--調書が取り終われば学校に戻る」

 

 説明を聞き終わり安堵の空気が広がる。

 

「ただ薬草を口に含んだ影響で舌が回らないらしいから少し時間を要する--こちらからの連絡は控えるように」

 

 茶柱は自分のテントに戻っていく。

 

「まったく--人騒がせな奴だ」

「でも嬰児でも間違えるんだな--いや本当に間違えてたら過失でもヤバいか」

「ああ、今回は情状酌量だの恩赦が当て嵌まるんだろうが、そうでなかったら」

 

 クラスメイトが逮捕される--そんな事態が過ぎり平田が勢いよく立ち上がる。

 

「みんな、嬰児くんは人を助けたんだ--正しいとは言い切れないのがもどかしいけど、だからこそ帰る場所が必要だ。

 そして嬰児くんのお陰でこの試験は乗り切れる--だったら最高の結果を持って帰ろう。

 それが今僕たちにできるクラスメイトへの一番の励ましになる筈だ」

 

 平田の言葉に乗ってクラスは盛り上がりを見せる。

 

「ここまで来たんだ。1位を持って帰ってやるか!」

「よっしゃ!戻ったら何か奢ってでもやるか」

「じゃあ、あたしは手料理でも振る舞ってあげようかな」

 

 淀んだ空気が払拭され明るい方向になったが例外もいた。

 

 

 盛り上がる中で綾小路は空を--嬰児が去った方向を見ていた。

 

「ねぇ、綾小路くん」

 

 そこに櫛田が近づいて来るが顔が曇っていた。

 

「今回の件、ちょっと変じゃない?」

 

「大分変だ--強引な展開ながらスムーズに行き過ぎてる」

 

 茶柱の言っていることは一見筋は通っている。

 

 しかし、それでも迷いなく処置したことからヘリが飛び立つまで余りにも早すぎる--嬰児は口が利けない状態でどれだけ早く事態を説明したのか?

 その事態を全く検討することなく生徒を出頭させるなど事態を想定していなければ………………。

 

(…………一体どこから?)

 

 綾小路の中にある情報では結論が導きだせない--櫛田も得体の知れない怖気に身を寄せて囁いた。

 

「なんなんだろうね、牛井嬰児って?」

 

 綾小路は嬰児に渡されたメモを入れたポケットに手を入れながら無言で同意する。

 

「綾小路……お前ぇ~、坂柳ちゃんが居ながら―――」

 

「清隆くん!この前言ったの忘れたの!」

 

 池と佐倉が興奮して近づいてきて--誤解を解くのに随分と苦労した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 時は巻き戻る--とでも言えばいいのかな?

 

 ヘリの中でドゥデキャプルが向かいに--窓の外を見ながら思い出すのに集中する。

 

 あれは試験二日目にCクラスを見送って直ぐだった。

 

 ベースキャンプに戻ろうとしたら当然のようにドゥデキャプルが帽子を取ってお辞儀――今思い出しても不快だ。

 

「随分とご活躍ですね」

 

「試験中だぞ--用があるなら手短にしろ」

 

「では単刀直入に。昨晩、船上にいる生徒に彗星が直撃するという珍しい事態が起こりまして」

 

 なんとも仕事が早い。

 

「それは不運だとしか言いようもないな」

 

「いえそれが、衛星等の観測の結果、彗星が落ちた形跡も兆候も存在しないと出まして」

 

 小さすぎて見落としたんじゃないとか言わせたいのか?

 

「それで」

 

「無関係かも知れませんが可能性のひとつとして我々も調査しない訳にもいかず、是非お話をと」

 

 任意ならお断り--と言ったら遠回しに認めたも同然とされかないか。

 

「リタイアするのはちょっとな……啖呵切った手前、格好つかないし」

 

「ご心配なく--理由はこちらで用意します。

 勿論、この学校の試験には極力(・・)迷惑は掛けません」

 

 つまり少しは掛けると--それとも俺が応じないとちょっとではなくなるか。

 

 最初から選択肢は無しか。

 

 そして六日目--葛城からの言伝(・・)とは別に一枚の用紙が俺の手元に来た。

 内容はBのリーダーが倒れるから指示通りの処置をしろ--俺は最終日にするはずだったことをメモにして綾小路に託すこと決め、指示された時間と場所に向かい白波に接触--他もそうだが、輪をかけて疲弊状態だったな。

 

 食い物かスポットの機械に何か仕込んだのかは知らないが、過度の負担に陥った状態に俺がとどめを刺す形でパニック発作を誘発した。

 

 『戌』モードで歯に麻酔を込めて噛みつき、誤魔化すために無害な雑草を含んで飲ませ、仕上げに急患を運ぶ振りして船に戻ると白波は連れていかれ、人が来る前に俺はヘリに乗り込んだ。

 

「もう喋っても大丈夫ですよ」

 

 飛び立った直後に言われ、うがいはしたが話すことなどないのでずっと無言だ。

 

 それにしても白波はどうなったのか--あの後で綾小路はどうしたのか?

 

 最終の結果を見れないのは残念だ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 試験最終日--無人島生活は終わりを迎え正午の終了のアナウンスで生徒たちは設けられた休憩所に集まっていた。

 

「最初はどうなるかと思ったけど終わってみれば結構楽しかったなぁ」

 

 Ⅾクラスは全員元気であり、各々がこれから出される試験結果に胸を躍らせていた。

 

 そこに葛城がやって来る--辺りを見渡して訊いた。

 

「牛井は本当に居ないのか?」

 

「ちょっとした行き違いだよ……先に学校に戻っただけさ」

 

 平田が答えると続くように、

 

「言っとくけど、リタイアしたんじゃないからな」

「Ⅾクラスが1位は変わらないぞ」

「嬰児が居ないからって負け惜しみはやめてくれよな」

 

 ドヤ顔でいきり立つ姿に葛城はひと言だけ返した。

 

「……やはりⅮクラスだな」

 

「あん、どういう意味だ?」

 

 須藤の問いに葛城は答えることなく戻っていく。

 

「なんだってんだ」

「気にすんな」

「やっぱ負け惜しみだろ」

 

 キィンとスイッチ音が響き、スピーカーから真嶋の声が発せられる。

 

「試験結果の集計が終わった--これより発表なので整列するように」

 

 指示に従い各クラスが担任の前に整列した。

 

「ではこれより試験結果を発表する--なお結果への質問は受け付けないので、自分たちで分析し次に活かして貰いたい」

 

 ひと呼吸置いて皆が緊張しながら次の言葉を待つ。

 

「最下位はCクラス--0ポイント」

 

 ここまでは見た通りの周知の結果であり、本番に緊張が高まる。

 

「3位はAクラス--96ポイント。2位はBクラス--170ポイント」

 

 この結果に各クラスに動揺が走った--真嶋は淡々と続ける。

 

「そして1位はⅮクラス--304ポイント、以上だ」

 

 Ⅾクラスも結果に驚いていた--内実は正反対であったが。

 

 結果発表を終え、二時間後に出発--それまでは自由時間であることを告げて解散となった。

 

「どういうことだ!?……まさかⅮクラス(おまえら)契約を反故にして――――」

 

「落ち着け、Aクラスはリーダーを当てられていない」

 

 戸塚が詰め寄ってきたが葛城が抑える。

 

 しかし興奮が収まる訳もない--葛城派の計算では得るポイントは196であり、桁がひとつ足りないほどのマイナスはⅮが裏切ったと真っ先に思うのは無理からぬこと。

 

「当てられたなら俺たちのポイントはもっと低い……導き出されるのは俺たちがBのリーダーを外した」

 

 それ以外は考えられないとBクラスに目を向けるが、Bも状況把握が追い付かず困惑していた。

 

「け、けど…………ぼくは確かに、キーカードに書いてあるの……この目で―――」

 

「んなんも分からねぇのか」

 

 船から龍園が降りてきた--口振りからして全てを把握しているようで揚々と解説する。

 

「Bのリーダーは変わったんだよ--そうだよな、一之瀬」

 

 話を振られ一之瀬は困惑が抜けきらないままで肯いた。

 

「そうだよ--千尋ちゃんが担ぎ込まれて続行が無理になって、私が代わりにリーダーになった」

 

 一之瀬はキーカードを出すとそこには〝イチノセホナミ〟とあった。

 

「そんなの反則じゃないか!」

 

「正当な理由なくリーダー変更は不可--体調不良によるリタイアは正当な理由だ」

 

 ここで綾小路が入って来た--A・B・C・Ⅾのそれぞれを代表する形で話は進む。

 

「……気付いてたんだ、綾小路くん」

 

「嬰児とAにやった一手をかわす手段を話してたからな」

 

「けど私じゃなくて、他の人を立てる可能性もあったんじゃ?」

 

 一之瀬の指摘に綾小路は嬰児が白波に仕掛けた瞬間を思い出す。

 

「居なくなったとは言え、嬰児の離れ業を見せられてリーダーに名乗り出る勇気は、少なくともオレにはない--それは神崎も同様だろうし、ナンバー2が無理ならやれるのは一人」

 

 それでも推測の段階--あの後で浜辺に向かい降りてくる姿で確信を得た。

 

「しかも幾ら雨だからって夏にジャージをしっかり着込んでポケットに手を入れてくる姿を見ればな」

 

「……ピンチがチャンスにと思って油断したね。もっと慎重になるべきだったよ」

 

 一之瀬は負けを悟り、龍園は面白そうに葛城も計算が合ったことで一定の納得は見せたが、まだ解せないことがあった。

 

「Bのリーダーを当てたのは分かったが、それでもⅮのポイントには届かない--他にもスポットを――――――」

 

「とことん頭がかてぇな--単純にCクラス(おれら)のリーダー当てしただけだろ」

 

「だがCクラスは……」

 

「全員リタイアならリーダーもなんて書いちゃいない--しかし、やっぱり調べは付いてたか」

 

 龍園が顔を向けると綾小路は一枚の紙を取り出す。

 

「嬰児の指示でな。BとCのリーダーが書いてあった--この場で代わって説明しろとも」

 

「ほう。直に聞きたかったがまぁいい--それより一之瀬、約束のものさっさと払って貰うぜ」

 

「…………仕方ないね」

 

 龍園が不敵な笑みで迫り、一之瀬は苦い顔をしながら返却された端末を操作した。

 

「確かに200万ポイント--じゃ、残り200も来月中にな」

 

 船に戻っていく龍園にBクラス全員悔し顔で見送るしかなかった。

 

「え、どういうこと?」

 

「なるほど、あれだけの装備を整えて170も残るなどおかしいと思ったが--Cのポイントを買い取る契約をしたのか」

 

 葛城は最後の合点がいったとばかりに船に戻っていく。

 

「そうなの、一之瀬さん?」

 

 櫛田が訊くと一之瀬は小さく肯く--それを見ながら綾小路は思案する。

 

(やっぱりか。Aクラスにとか言ってたのは龍園との取引したから)

 

 試験初日に龍園がAに持ちかけようとしたプランは嬰児に先を越され、取引の対象をBに切り替えた。

 先の会話と試験で見た装備からして200近いポイントを400万prで売却--嬰児と直に対峙してⅮのリーダー当ては困難でありCのリーダーも知られている可能性も大きいと判断して龍園は撤退を決めた。

 

 一方、一之瀬は0か少量のポイント消費で試験を乗り切り、スポットを積極的に取り行くことで500以上のポイントを得るつもりだったのだろう。

 

(おそらく龍園は嬰児がBのリーダーも掴んでいると踏んだ……もしくはそれが出来る奴なのかを測ってもいた………………場合によっては警戒しなきゃいけないかもな)

 

 綾小路も船に戻るとそこには堀北が待っていた。

 

「すっかり元気になったみたいだな」

 

「お陰様で……その…………悪かったわね……肝心な時に」

 

 迷惑をかけたことへの負い目か、しおらしくなるが綾小路は構わず嬰児から託された紙を差し出した。

 

「なにこれ?」

 

 堀北が受け取り読み上げると〝俺を使いたいなら、これぐらいはやって見せろ〟と書いてあり、途端に不機嫌になる。

 

「あ、堀北さん」

「良かった。よくなったんだ」

「す、鈴音、もう大丈夫なのか」

 

「勝手に私を名前で呼ばないでくれる」

 

 どさくさ紛れに名前を呼んだ須藤に堀北は怒りの目を向ける。

 

「わ、分かった」

 

 込められた怒りの念に逆らうことが出来ず、戻ってきたⅮクラスの面々はドン引きする。

 

「そ、それより高円寺はどこだ?ひと言、文句言ってやりたいんだが」

 

 幸村が話題を逸らそうとしつつ本音の質問をすると、堀北は怒りから困惑顔になった。

 

「えーっと、どう説明すれば……」

 

「な、なんだよ?」

 

 突然の態度の豹変に今度は皆が困惑する。

 

「まぁ、結論から言うと彼は医務室で寝てるわ」

 

「はぁ?」

「ホントに体調不良だってか?」

「仮病を続けてるんじゃ」

 

 意外な展開に困惑が深まりどよめきが広がる。

 

「私も未だに信じられないんだけど…………」

 

 堀北が歯切れが悪くなるも説明を続ける。

 

「彼がリタイアしたその夜に……彗星が頭に直撃したらしいの…………」

 

「「「「……………………」」」」

 

 一同の顔には訳が分からない--何の冗談だ、と書いてあった。

 

「私も直接見たわけじゃないわ--ただ、見回りの人が空から何かが落ちてきて……直ぐ後に甲板に氷の破片が散乱してるのと…………頭から血を流してる高円寺くんが倒れていたって」

 

 嘘をついているようにも聞こえず--堀北はそんな嘘をつくタイプではないのは分かり切っているため、本当に起こったことなのだと認めざるをえなかった。

 

 それでも受け止め切れないようではあるものの--流石に文句を言う気はなくなったようだが、

 

「こんなことってあるの?」

「因果応報とか?」

「事実は小説より奇なり、じゃない。この場合」

 

 見舞いに行こうという者は居らず、各々ざわめきながら船内に戻っていった。

 

 その中で綾小路はある確信を得た。

 

(彗星--氷の破片。あれはやっぱり嬰児の)

 

 平穏な学生生活をぶち壊し、なし崩し的に受け入れるしかない冷やかし状態の元凶--ほぼ予想は付いていたが最早疑う余地はなくなった。

 

(しかし、それよりも気になるのは連れて行かれたことだ)

 

 胡散臭い流れに学校側の取って付けたような理由でなく、こっちが本当の原因だと考えると色々と説明が付く。

 

 その時、

 

「櫛田さーん!行こうよ」

 

「あ、ごめん」

 

 同じく考え事をしていた櫛田が呼ばれ、去って行こうとする際に目が合った。

 

「じゃ、またね。綾小路くん」

 

 笑顔で言ってこられたが、綾小路は悟った。

 

(お前も同じことを考えてたんだな--だが最後に勝つのはオレだ)

 

 学校生活だけではない--更にその先においても。

 その為の最強の武器(うしいえいじ)--信じる必要などない。

 重要なのは綾小路清隆にとって使えるかどうか--どんな犠牲を払おうとも。

 

(オレの願いが叶いさえすれば、それでいい)

 

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