どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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赤ちゃんが・・・

 翌日の1-Dの教室――

 

(坂柳有栖――アイツはオレの敵なのか?)

 

 昨夜の夕方から綾小路の脳裏には坂柳有栖がいた。それこそ寮に戻っても食事も満足に出来ず一睡も出来ない…………とまではいかないまでも、大して食べる気にもなれず浅い眠りしか取れなかったためコンディションはかなり悪かった。

 

 自由と平穏を求めてやって来た学校で初日から躓いた――そんな気分で登校したため、授業初日から心此処に在らずの状態になってしまい、それぞれの授業方針も放課後の部活説明のアナウンスも右から左に聞き流してその日は終えてしまった。

 

 

 ***

 

 

 放課後の部活説明を受けるため体育館に行く俺は、あの少女がいないか兎に角、目を光らせていた『鵜の目鷹の目』が使えれば楽なんだが早々、鳥が密集している所になどありつけず数羽くらいは見つけてられるかと思ったが、昨日のただ働きで警戒されたのか遂に見つけられなかった。

 

 人が、特に新入生が集まる催しなら居るかもしれないと淡い期待を胸に先を急ぐ。

 

 体育館には既に数十人の生徒が集まっており俺は出来るだけ前の位置まで進んでいき見て回ったが既にいる中には居ないようだから、入る際に受け取ったパンフレットを見る振りをしながら『地の善導』を発動、入り口の近くまで行って杖を付く振動が無いかを探索する。

 

 所定の時間が過ぎいくつかの部活代表による入部説明がある中でも目当ての反応はない。どうやら空振りだったみたいだ。茶道部や書道部と言った文科系ならもしかしてと思ったんだが……。

 

 心の中で愚痴っている間にも説明会は続き、最後となるシャープなメガネをかけた知的な男子生徒が壇上に立つ。

 しばらくは無言のまま集まっている一年が冷やかす声を上げるが、やがてなくなり一同が静まり返って三十秒ほどして口が開いた。

 

「私は生徒会長を務めている、堀北学と言います」

 

 続く演説自体はそれほど特別なものはなく、部活との掛け持ちは禁止、安易な考えでの生徒会入りは歓迎しないと淀みなく簡潔に――それでいながら威厳を感じさせる言葉で紡いだ。

 

 どことなくだが丑の戦士に通じるものがあるなと言う心証だ。

 

 あの男も皆殺しの天才と言われながらも決して殺戮者ではなく己の力を己の信念と考えによって磨いた〝正しさ〟に用い追及していた。

 

 あの絶対を思わせる雰囲気は才能と努力による確かな実力による土台に培ってきた正しさによる裏打ちを感じさせる……と言ってもまだまだ十代の若造だ、丑と比較するなんて文字通りで十年は早いだろう。

 

 しかし、お目当ては果たせなかったが無駄足にはならずに済んだ。

 

 何よりあの生徒会長を見てたいら、あの娘に対するモヤモヤした思いに何だか形が掴めてきたのは何よりの収穫だ。

 

「あれー、嬰児くんじゃん」

 

 名を呼ばれ顔を向けるとDクラスの同級生――確か、松下千秋がいた。彼女の近くには佐藤麻耶と篠原さつきが一緒にいた。

 二人は俺との話など望んでいない顔をしており仕方ないとばかりに松下に続いた。

 

「嬰児くんも部活はいるの?」

 

 篠原が尋ねてくるに首を横に振りながら答えた。

 

「いや、俺は人探しに来ただけだ。そちらは入りたい部活が?」

 

「うん。わたしは料理部に入るの」

 

「ところで人探しって、早速彼女探してたの?」

 

 篠原が答えるのと息の合わせるように佐藤が訊いて来る。

 

「そんなんじゃないよ。知り合いに似てるのがいたから気になっただけさ」

 

「え、知り合いってやっぱ嬰児くんの好きな人とか?」

 

 どうも佐藤は恋バナに飢えているようで、どう答えても色恋の方向に行きそうだ。健全な高校生の思考と言えばそれまでだが、さて、どう答えるのがいいものか……本当のことを言う訳にもいかないし、更に発展してあの娘のことを根掘り葉掘り訊かれるのも好ましくない。

 

 かと言って適当な嘘も思いつかない、ならば――

 

「さっきの生徒会長だよ。俺の尊敬する人にどことなく似てるなって」

 

 さっきの心象を交えた答えを言うと、思った通り佐藤も後ろにいる篠原も松下も驚いた顔をしており、口を開く前に、

 

「言っとくがそう言う意味じゃないから妙な邪推はやめてくれよな」

 

「わ……わたしたちまだ何も――」

 

「顔に書いてあるぞ」

 

 語気を強めて言うと黙り込み沈黙が生まれる。

 

「それはそうとさっきの生徒会長さん凄かったよね」

 

 松下がそれをいち早く破り方向転換を図り、あとの二人もそれに乗ったようで、

 

「うん。全員を黙らせるなんて普通じゃできないよね」

 

「彼氏とかにはちょっと無理だけど、あんな人が一緒だったら頼りになるよね」

 

「ああ、俺の知り合いも味方にすると頼もしいと思わせる人だった」

 

「だった?」

 

 松下が俺の単語に引っ掛かりを覚えたのか気まずそうな目を向けてくると、二人も察したのか顔色を悪くした。

 

「……今のは気にしないでくれ。それじゃあ」

 

「あ、うん、引き留めてごめん」

 

 流石にこの空気で声をかける度胸もないようで、あっさりと解放された。

 

 しかし、さっきの会話からしてあいつ等の主導権を握っているのは松下千秋か。しかもあとの二人には気づかせないようにしながら――とか思ってそうだな。

 

 体育館を出る際にDクラスの男子が三人ほど目に入ったが、やっぱり興味がわかないし何も感じないので今日はそのまま寮に戻ろう。

 

 あーあ、明日にはあの娘に会えるといいな。

 

 

 ***

 

 

 翌朝――廊下で『地の善導』を張り巡らせて彼女のクラスはすんなりとAクラスだと分かった……昨日もこうしておけば良かった。

 

 しかし、声をかける切っ掛けはなくプランもなしにAクラスの近くまで来てしまったが、ここからどうしようか?と考えていたら廊下にあの娘が歩いてきた。すぐ後ろにサイドテールの女子を引き連れる形で、どう見てもお友達って感じじゃないなぁ。

 

 それにしても気の所為かこの前よりも足取り(テンポ)が明るいような――何か良いことでもあったのか?

 

「坂柳さ~ん、あたしたちグループチャット作ったんだけど一緒にどう?」

 

 教室のドアを開け、中から呼ばれあの娘が答えた……苗字は坂柳か。

 

「ええ、いいですよ。真澄さんもどうです?」

 

「アンタがそうしろってんなら」

 

 後ろに控えていた女子に機嫌よく話を振るが、真澄と呼ばれた女子は不機嫌な顔でぶっきら棒に答えた。

 

「ふふ、私のことは有栖でいいですよ?」

 

「ハッ!遠慮しとくわ」

 

 悪態付きながらも端末を取り出し教室に入って行く二人を見ながら、俺は早々に退散し自分の教室に向かった。

 

 初めて見た時とは違い気持ちを落ち着けたのもそうだが、昨日の生徒会長をお目にかかったのがやはり大きかった。

 

 あの娘――坂柳有栖への思いに確信が持てた。

 

 生徒会長同様に似てるんだ、十二戦士の一人に。それでいながら会長と違い明らかに彼女とは違う戦士の気質を感じ取ったから興味をそそられた……これが戦士としての共感から来るものか戦犯のふざけた思い入れから来たものなのかは定かに出来ないのが、ちょっともどかしいな。

 

 はぁ、それにしても短い恋の予感だったなぁ……気持ちがハッキリするまでは坂柳のことをもしかしてとか、あの娘との赤ちゃんが―――とか言う想いなのかとも思っていたのに。

 

 やはり俺は殺しあう(たたかう)者の気質でしか人を判断できないのか?

 

 こんな俺が高校生活だけの人生でどんな意味を見出せるのか…………見いだせないなら、いっそ派手にぶち壊すのも手かもしれないな。

 

 

 ***

 

 

 そのまま四日ほどが経ったが特に語ることのない、と言うか語りたくない日常が続いた。

 授業を遅刻するわ私語をするわで煩いわ、それを教師連中が全く見咎めないのもムカつくわ。

 

 ハッキリ言って赤ん坊の相手しているほうがまだマシだ!…………やっぱり牡牛の影響が一番濃いのかなぁ、赤ちゃん(こども)は宝物で手厚く(たいせつ)に育てなければならないと言う感情が一の曇りもなくある。

 それを思えば、こいつ等は指導者もさることながら親にも恵まれなかったのか?平和国家に生まれ育ったからって、それだけで良しとして終わりには出来ないってことか。大戦の一番の実力者ともいえる『申』はそれでも平和の価値を信じるだろうことも同時に確信してしまう。

 

 やはり俺の心は俺のものでない継ぎ接ぎだらけの紛い物か?

 

 なんであれ俺はこいつ等の親でもなければ指導する立ち位置にいる訳でもない。

 

 で、その立ち位置の居る者たちは――

 

「見学者は十六人か。随分と多いようだが、まぁいいだろう」

 

 明らかにサボっている生徒にも一切咎めない。

 

 ちなみに今は水泳の授業であり、健全な男子高生はスク水の女子高生にはしゃぎ引かれる面白くもない光景がさっきまで繰り広げられていた。

 

「俺が担当するからには必ず泳げるようにしてやる。それは後で必ず役に立つ。必ず、な」

 

 それは、それは是非とも『子』に聞かせてあげたい言葉だ――それと今更言うまでもないだろうが俺はカナヅチではない。繰り返すが『子』から受け継いだのはチーズが好きと言う食の好みだけ……どうせなら才も受け継ぎたかったし才能がダメならそれだけにして欲しかった。なんでこんな知りたくもない、しょうもない情報なんて受け継いでいるのだろう。

 

「早速だがこれから競争をする一位には俺から五千ポイントの特別ボーナスを一番遅かった奴は補習を受けさせるから覚悟しとけよ」

 

 思わぬ報酬でクラスは盛り上がり、更に男子には女子の特に櫛田桔梗やそれに劣るが堀北鈴音がスタートラインにつくと歓声を上げた。

 

 俺を含めそんな目を向けなかったのは平田と綾小路の二人。平田はまだしも綾小路は若干やつれた顔をしていた。体つきからして運動が苦になるタイプじゃないのは明白なのに、入学してまだ日が浅いのに一体、何があったのか?

 

 女子が泳いでいる間は平田が、男子が一段落して次に進んでいる間は櫛田がそれとなく声をかけていたが芳しくない結果になったようだ。

 

 その間に競争は決着し、女子の一位を取ったのは水泳部の小野寺かや乃で男子の一位は高円寺であった。

 

 

 ***

 

 

「綾小路くん、少しいいかな?」

 

 面白くもないわりに騒がしい授業を終えて帰ろうとしたところに平田が声を掛けた。

 

「手短に頼む」

 

「じゃあ単刀直入に、悩みがあるなら話してくれないかな?はたから見て思い詰めてるのは分かる。クラスメイトとして力になりたいんだ」

 

 ストレートに気持ちを伝える平田に綾小路は一瞬考えてストレートに聞き返すことにした。

 

「じゃあ、その前に聞いておきたいんだが平田は軽井沢と付き合ってるのか?」

 

「え、どこでそれを?……もしかして綾小路くん――――」

 

 綾小路の質問もだが平田の反応にクラス中の視線が集まる。その中には話題にあった女子、軽井沢恵もおり冷や汗が浮かんでいた。

 第三者から見れば彼女を奪い合う三角関係勃発を予感させ、当事者――特に取り合われるかも知れない軽井沢からすれば、洒落じゃすまない修羅場に身を置くことになるという焦りに映っただろう。

 ある者は固唾を飲み、ある者は興味津々にまたある者は不安からくる緊張で身を固めるも共通する好奇心が一同の目に宿っており、ある意味で期待とも言える感情を持って事の発端である綾小路の次の言葉を待つ。

 

「安心しろ、他人の彼女に手を出すような真似はしない。

 ただ、質問を噛み砕くと入学前からなのか、そうでないのかが気になってな」

 

「噛み砕くという割にはよく判らないけど、軽井沢さんと会ったのはこの学校に入ってからだよ」

 

「そうか」

 

 綾小路が一呼吸置き次の言葉を出す前に、

 

「ちょっと、人の恋愛事情に勝手に踏み込んでこないでよ!」

 

 軽井沢が平田の前に立ち猛烈に抗議する。見ていた者にとって、それは見世物や酒の肴にされては堪らないと言う普遍的な行動と移り〝まぁ、そうだろうな〟と言う小さな共感を与え、それでいながら重い緊張感の中で大胆に行動できる胆力への称賛の念を抱く者も少なからず居た。

 

 そして彼女の行動はこれ以上の問答はするなと無言でいっているも同然であり、場の空気は一気に変わった。

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて――――」

 

「いや、デリカシーを欠いた問いをしたのはオレだ。悪かった」

 

 噛みついてきた軽井沢と宥めようとする平田に素直に頭を下げる綾小路。

 

 そのまま目線を床に固定しながら思う。

 

(もし会話が続いたら、初対面の女をどう口説いたんだとか、オレのこの気持ちが恋愛感情なのか教えて欲しいとか、もっとがっついたことも訊いてたな)

 

 綾小路は恋を知らない。男女の付き合いを知らない。故に知りたいという探求心を危うく抑えられなかったろうと。本来は坂柳に対する気持ちの整理の切っ掛けにでもなればと思っていたのに、まだ見ぬものに対することを学習するのに流れてしまった。

 

(これじゃホワイトルームと大差ないな……そんなのから抜け出したくて此処に来たのに)

 

「あ……えっと、つまり綾小路くんの悩みって?」

 

 頭を下げたままの綾小路に遠慮がちに平田が訊くと、

 

「オレにも分からん」

 

 頭を上げて短く答えた。その目は平田を見ておらず、こちらもまた軽い気持ちで踏み込んではいけないと言わんばかりの空気が流れ気まずくなる。

 

「……っ、もう行こ!平田くん!」

 

 軽井沢が強引に腕を引き平田を連れて行こうとする。

 

「あ、うん。ごめん、僕の方こそ配慮が足りなかったみたいで」

 

 去り際にも相手を建てようと発したのか本心か、そのまま教室を去っていくカップルに続き、綾小路も含め残っていたクラスメイトも帰路に就いた。

 

 

 

 

(今日も何も起きないか……)

 

 入学初日に名乗られて以来、坂柳からの接触はない。

 

 あの男の息がかかったとまでは思わないが、今日の今日まで不気味なほどの沈黙――ひょっとして知っているのは名前だけで、詳細は知らないのかと希望的観測も浮かびはしたが、どうしても楽観視することが出来ず答えの出ない問いが頭の中でグルグルと回り、疑心暗鬼に近い精神状態だった。

 

(なんで、こんなことになるんだ?)

 

 答えが出ないと分かっていても思わずにはいられない。先ほどのクラスでのやり取りも平穏な学生生活を求めた当初の目的からすればマイナスであるが、ほんの僅かでもガス抜きしなければ……何より誰が敵かも分からないのでは精神的にも成り立たないと、なんでもいいから今の状況を抜け出す取っ掛かりが欲しかった。

 

「あ、やっと来た。待ってたんだよ、綾小路くん」

 

 校舎を出てすぐに声を掛けられ顔を向けると笑顔の櫛田が近づいて来た。

 

 見るものが見れば惚れ込みそうだが、今の綾小路には坂柳からのと言う疑念がついて回り素直に歓迎できなかった。

 

「あははは――ひどい顔してるね。恋に悩むのは青春の醍醐味だけど、それも過ぎると毒になるよ」

 

 教室での一幕があったばかりなのに踏み込んでくる櫛田に対して綾小路は返事に迷った。

 

 そんな綾小路の素振りを見て取ったのか櫛田は絶妙な距離で足を止める。向かい風に乗って華の香りがやって来たがリラックスするにはとても足りなかった。

 

「あのさ、もしかして綾小路くんが気にしてるのって堀北さんだったりする?」

 

「違う。どうして堀北が出てくる?」

 

 質問に即答し問い返す。可能ならそのまま全然関係のない方向に会話の流れを持っていきたいと気持ちを込めて。

 

「いやぁ、隣の席だし、あの通りの美少女だから好きになっても可笑しくないなぁって。……それにちょっと言い方が悪いけど堀北さん近寄りがたい空気出してるから、それで声を掛けられなくてなやんでるのかなぁって」

 

 一見、櫛田の言っていること自体には不自然はない無難な推測とも思えるが、はっきり言って櫛田に指摘された今の今まで堀北のことなど頭の隅にも入っておらず、気に掛ける素振りはおろか目の端にいれたこともなく推測には穴だらけどころか脈絡もないと言えた。

 

(そういえば――『ここにいる全員と仲良くなりたいです』とか初日に言ってたな)

 

 ともすれば櫛田の目当ては堀北であり、自分の目的の為に綾小路をダシにするつもりなんだろうと考えを巡らせた。

 

(推測を口に出して話を終わらせるのもいいが――)

 

 櫛田の言動や可愛さからして交友範囲がクラス外に広がっていても不思議ではない。坂柳の回し者の可能性もあるにはあるが、それなら猶更ここで話を終わらせるのは惜しい。

 

 どこまで話していいものかと……不自然じゃなく、もしバラされても申し開きができる内容を組み立てる。

 

「残念ながら全然違う。ただ……ここだけの話にしてくれるなら聞いてもらいたいんだが?」

 

「うん。いいよ」

 

 遠慮がちに言う綾小路に嫌な顔ひとつせずに応じる姿は宛ら天使のようだ。

 

 少なくとも外面が良いのは間違いないので話してすぐにバラされ噂になる可能性は低く、本心からそう言ってくれるなら尚のこと問題ない。

 

 そう判断して綾小路は切り出した。

 

「櫛田は坂柳有栖を知ってるか?」

 

「Aクラスの生徒でしょ。確か病気で運動が出来なくて杖を付いてる……綾小路くんの目当てって彼女なの、それとも知り合い?」

 

「後者だ。この学校で八年ぶりに再会したんだ」

 

「わぁ!幼馴染ってやつだぁ!しかも高校に入ってからの再会ってまるで恋愛漫画みたい」

 

 いかにも興味津々と言った表情を見せて目を輝かせる。

 

「ああ……だが向こうはしっかりと憶えてるようだがオレの方は情けない話、どうにも記憶が朧気でな…………どんな奴だったか、さっぱり思い出せないんだ」

 

「そうだよね。まぁ、漫画や小説じゃないんだからそれが普通だよね」

 

 相槌を打ちながらも残念そうな表情を作る。

 

 可愛い娘にこんな表情をされれば、普通なら大なり小なり自責の念を打つが、実際は坂柳の口から出た言葉を基にした作り話であり、少々の後ろめたさはあるがそれ以外の感情はない。

 

「それでなくても八年も経ってて、今の坂柳がどんな感じなのかも分かんなくてな」

 

 その後ろめたさを敢えて噛んで、それでいながら含めるように視線を逸らす。

 

「それで話しかけられなくて、それでいながら恥ずかしくて相談もできなかったんだ。なんとも純情だねぇ~、綾小路くん」

 

 得意げに笑みを浮かべる櫛田は笑顔のままに言った。

 

「うん、分かった。私、Aクラスの子にも知り合い居るからそれとなく聞いてみるよ」

 

「それは有難いが……もう他クラスに友達作ったのか?」

 

「私はクラスだけじゃなくて皆とお友達になりたいんだぁ」

 

 笑顔で惚気るように言う姿は本当に天使のような姿だ。

 

「でも、その前にまずはクラスのみんなとお友達になりたい。

 だからさ、綾小路くんも私と堀北さんがお友達になれるように協力してくれないかな?」

 

「お安い御用とは言えないが、微力は尽くす……すまんなぁ、これくらいしか言えなくて」

 

「構わないよ。無理して欲しいわけじゃないから」

 

 相手への配慮も忘れない姿に綾小路は少しだけ図々しくなることにした。

 

「そう言ってくれると助かる。ただ、どちらにしても明日からにしないか?今日は色々と気持ちの整理も付けたいし……それと堀北のことに関しても気長に取り組みたいんだが、櫛田の方もゆっくりでいいから……」

 

「さっきも言ったけど綾小路くんのペースで全然かまわないよ……『急いては事を仕損じる』とも言うしね」

 

 快諾をした櫛田は手を差し出し、綾小路も応じるように手を差し出して握手する。

 

「それじゃ、これからよろしくね」

 

「ああ、こっちも頼む」

 

 その日はそれで解散となり綾小路は寮に櫛田は他に用があるとのことで別れた。

 

 部屋に戻る途中、戻った後も櫛田との会話を再生する。

 

 応酬話法を仕掛けた綾小路に櫛田は見事に対応し、こっちの要求を受ける代わりに自分の要求を通してきた。それでいながら腹の内を全く見せないこちらに対しても向こうも手ごたえを感じさせる肝心な情報を一切与えなかった――どうにも一筋縄ではいかない人物のようで、寧ろそれぐらいの方が信じるに値すると評価をつける。

 

(それにしても堀北か……あいつらの方こそ知り合いなのか?)

 

 根拠と呼べるもののない直感であるが少し気に留めておこうと綾小路はそのままベッドに横になる。

 

(ああ、坂柳と会うのがもっと後だったら…………ホント、どうしてこうなるのか?)

 

 夢見た平穏な高校生活は一日も持たなかった。せめて一週間、欲を言えば一か月、贅沢を望めるなら半年以上は先にして欲しかった――目を閉じながらそんなことを思った。

 

 ただその日は割とすぐに眠れ、入学して今日までではよく眠れた。

 

 

 

 ***

 

 

 入学してから三週間――日に日にDクラスの授業態度は悪化しており、それに伴い俺のストレスも溜まっていった。

 

 戦士と戦犯、立場は違えど共に戦場を知る者たちの記憶は全てではないが、それなりにある。一応言っておくとあくまで彼等の記憶の断片を感情移入した映画のような感覚で得ているだけだから、これはあくまで俺の意見………………のはずだ。

 

 家を追われ故郷を追われ高等教育を受けられない者たちが沢山いる現実を知識としてしか知らず自ら放棄するようなのを目にするのは本当に不愉快だ。

 

 こんな奴らの生活のために命を懸けて戦っている戦士にも心底同情する――なんて言ったら『申』だったら誰かのためにその手を血に染めている戦士への侮辱だと窘められ、『丑』だったら〝正しいことをしなくていい理由探しかね?〟とか言われそうな気がする。

 

 そして戦争と犯罪を憎む『戦犯』たちなら、戦争が無くても犯罪者になってたかもとかふざけた開き直りでも言うか……。

 

 ああ、何度も思ったが、なんで俺はここにいるんだ?!

 

『いかなる形であれ物事には結末が必要ですので』

 

 ドゥデキャプルの丁寧な口調でありながらの偉そうな答えが頭に浮かんで、思わず俺は――ドカッ!!!――と拳を叩きつけて机を半分(・・)破壊(・・)してしまった。

 

 当然、教室中の注目を浴びてしまったが静かにはなった。

 

「あー、牛井。連絡入れるから今すぐ新しい机を取りに行け。次の授業には絶対にサボっては駄目だから」

 

 これでも注意しないのかとも思ったが、なんとも分かり易い台詞があり、ほぼ真っ二つになった机を持ち上げて教室を出る。

 

 二時限目担当の数学教師が端末を取り出して話すのを見ながら出ていく俺を呆然としながら無言で見ているクラスメイト達――インパクトの強さは分かるが本当に気にすべきところが違うだろう。

 

 クラス端末に指示された場所に向かうと本当に新しい机が用意されていた。

 

 しかしこれって『器物破損』だよな。じゃあ、どのみち退学だし……櫛田にならって〝お友達作り〟でもして派手な終わりをとか考えもしたが――。

 

「壊した机は君のポイントから引いておくから」

 

 と持ってきた職員から小型決済機を差し出され結構な金額が減った。

 

 ただこれで弁償により示談と言う形になったかも知れないので大人しく教室に戻った。

 

 

 俺が戻った後の教室は流石にしんとしており、三時間目の社会、茶柱先生の授業は静かに入った。

 

「これより月末の小テストを取り行う」

 

 先の先生から話を聞いているのか今の状況にも何も言わず淡々と問題用紙を配る。

 

 絶対にサボっちゃいけない理由はこれか……別段、特別な何かを期待した訳じゃなかったが少し拍子抜けだ。

 

 テスト内容は全教科合わせて二十問だが、腐っても医師であり大戦に最後まで残った『魚』の知能も『牡牛』と同じくらい受けついでいる俺には試験とすらいえないレベルの物だ。

 最後の三問だけは見比べると難度が違うようだが……そもそもテストを受けること自体が初めての俺にはこれが普通なのかそうでないのかが判断付かない。

 

 現役高校生だった『子』――ああ、新たに受け継ぎたかったものが追加された。なぜこんなにもしょうもなくて要らないものばかり受け継いでしまったのだろうか?

 

 と心の中で愚痴りながら、俺は数学の難度の高い三問にあと一問と他の教科を二問ずつの十二問だけ解いてテストを終えた。

 

 そして、その日の昼休みと放課後、更には四月の残りも俺の周りは人が寄り付かなくなった………………ああ、やっぱり終わったかな俺の学校生活――――――。 

 




 次からやっと本当の意味でのスタートラインに立てます。
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