どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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罰が・・・

 綾小路たち兎グループから約二時間後、新たなグループが二階フロアに集まっていた。

 

 その内の一人である堀北鈴音。

 

 彼女は綾小路から報告されたメールである程度の試験内容は把握しており、前回の不覚を取り戻すチャンスが早々に来たことにやる気を漲らせていた。

 

「こんばんは。堀北さんも20時40分組?」

 

 平田もやって来て気さくに話しかけてきた。

 

「ええ、平田くんもそうみたいね」

 

 簡素に答えて再び集中する姿は傍から見て並々ならぬ気合いであり、僅かに気後れしてしまう。

 

「ああ……なんだか、やっぱり変わった試験が始まるみたいだね」

 

 その所為か言葉がたどたどしく表情も困惑気味だ。

 

(綾小路くん--いえ、彼なら他からも相談を受けているでしょうね)

 

 感情が先走っている所為か同級生に対しても分析してしまい--話しかけた平田もただならぬ感覚に益々困惑してしまう。

 

 しかし、そうなってしまうのも無理からぬことだとフロアを見て思ってもしまう。

 

 現在のフロアにいるメンバーは顔の広い平田には知っている面々が殆どであり、Aクラスの森宮、Cクラスの時任あたりだけなら、こうはならなかっただろうが--両クラスのリーダー各である葛城と龍園に加えてBクラスからもナンバー2である神崎が居り、自分たちも含めてクラスの主力級が集まっていた。

 

 その全員からフロアに足を踏み入れたと同時に強烈な視線を浴びせられた--前の試験の結果に警戒しているのとは少し違うのは想像がつく。

 

 堀北がどれ程前から居るのかは知らないが、この空気の中にいて気を尖らせるなと言うのは無理があった。

 

「あ、平田くん、堀北さん………………なんだか大変な事になってる感じ?」

 

 櫛田もフロアに入っての洗礼に流石に笑顔が固まってしまう。

それから程なくして指定時間になりメンバーはそれぞれに部屋に向かう--その中で葛城が呟いた。

 

「牛井は戻ってこないか」

 

 それに呼応するように龍園も口を開く。

 

「そうみてぇだな--面白くねぇ」

 

「「「……………………」」」

 

 Ⅾのメンバーは何も答えずに部屋に入っていく。それは単に牛井嬰児不在で侮られている--からだけでない、今試験だけでない先の戦いにおける難題を悟ったからでもあった。

 

 

 

 ***

 

 

 朝になり久しぶりに自分のベッドで寝れたからか、どうにも起きたくないと脳が喚いている。

 

 時間はまだ8時前か--あいつらの方はどうなってるかな?

 

 特に期待もせずに端末を見てみるがメールも着信履歴もない--気付く奴は気付いたのか、俺を頼ることが出来ないって。

 

 さて、今日は何をしようかな。

 

 

 ***

 

 

 早朝の船内カフェで綾小路は堀北から渡されたメンバー表を見ていた。

 

 グループ名は『辰』つまりは竜。

 

 Aクラス;葛城康平 西川亮子 的場信二 矢野小春

 Bクラス:安藤紗代 神崎隆二 津辺仁美

 Cクラス:小田拓海 鈴木英俊 園田正志 龍園翔

 Dクラス:櫛田桔梗 平田洋介 堀北鈴音

 

 明らかに偶然ではない組み合わせである。

 

(嬰児が居たら組み込まれていたか?オレが兎なのは茶柱と仲違いしたから--それは別にいいとして、一之瀬も兎なのは先の負けの責任を取らされたからか?)

 

 やる気なく考察をする綾小路に対し、堀北のモチベーションは高潮で端末を手に優待者の通知時間を待つ。

 

「この試験、優待者になれるかどうかはとても重要よ。やりようによっては全ての選択肢が可能」

 

 少しでも有利な条件を得たい--その気持ちは分かるが、意志や情熱で得られる類ではない。

 

(嬰児なら神にでも祈れとか言うかな?)

 

 考えている間に8時を迎え端末が一斉になった。

 

 

『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。

 グループの一人として自覚を持って行動し試験に挑んで下さい。

 本日午後1時より試験を開始いたします。本試験は本日より三日間行われます。

 竜グループの方は二階竜部屋に集合して下さい』

 

 ほぼ同じ文面を互いに見せ合い、大した差異が無いことを確認すると端末を仕舞う。

 

「厳選なる調整--優待者には何かしらの意図があるってことかしら?」

 

 優待者になれなかったことに文句も言わず、冷静に状況を分析しようとする堀北--しかしその程度のこと、他も気付いているだろう。

 綾小路はやる気が空回りしないかと柄にもなく心配になる。

 

「リーダー格の奴らはもう戦略を練ってるだろうな--こっちも早くどうするか決めないと勝てないぞ」

 

「言われるまでもないわ--嬰児くんがいたなら、どうしてたと思う?」

 

 ただ気になるだけなのか、それとも参考にしたいのか--昨夜の嬰児との会話を思い出しながら綾小路は思案する。

 

 先の一言からして堀北に丸投げして何もしないか、それとも大量のprポイントを欲して別行動にて試験に挑もうとするのか?

 

「人の心が読めるとか、ハッタリかますんじゃないか」

 

 異能を知らない者たちには、読心術の類かと揺さぶりを掛け疑心暗鬼を植え付ける。

 そうしてクラス内の連携の阻害と情報の秘匿に慎重を期させ、優待者にもプレッシャーを与える。

 

 嬰児は出来ないと言っていたし、嘘をつく必要性も思いつかないから本当ではあるだろうが、前の試験での攻撃的行動からして可能性は高そうだ。

 

「……出来ることの多さは頼もしいわね」

 

「実際に使うことが出来るならな」

 

 この綾小路の返しを皮肉と取るかと堀北の反応を窺う。

 

「元々Aクラスは私主導で目指すつもりよ。それが彼の為にもなるなら結構なことじゃない」

 

 この答えは綾小路の意図を汲んでおり、ひとまずは安心した。

 

「……嬰児の為になるかは分からないだろう」

 

「そう?Aクラスを目指すなら私ほど相応しい担い手は居ない。坂柳さんしか見てないあなたじゃ足りない(・・・・)んじゃないかしら」

 

「その分を補うメリットは用意するさ」

 

 試し返してきた堀北に即答で返す。

 

 負けるつもりはない--と受け取れ堀北の心中は絶対に負けられないとモチベーションは更に上がった。

 

「結果を楽しみにしておくわ」

 

「オレもな。どんな結果を導き出すのか期待しておく」

 

 情報確認の話し合いは終わり、デッキに他の生徒も見え始めたので互いの部屋に戻ることにする--その際にデッキに居る生徒をそれとなく見回すが龍園や葛城の姿はなくⅮクラスの動きなど気にもしていないようで懸念がひとつ減った。

 

(嬰児が居たら、こうはいかなかった--あるいは別の理由で居ないんだったら、面倒になってただろうな)

 

 ABC全ての主要メンバーに嬰児は実力を示し見事に圧勝して見せた--試験の特性上、優待者の端末を見られるリスクは真っ先に浮かび、協力体制による四六時中の監視状態を仕掛けて来てもおかしくない。

 

 また指示を受けた代理(だれか)による参戦も考えられ、探りを入れに来るぐらいはするだろう。

 

 それもないと言うことは、その必要性が無いと判断したと推測するのが妥当だ。

 

(あれこれ考えたところで推測の域を出ない--時間が来るまではゆっくり休むか)

 

 綾小路は部屋に着いたと同時に思考を一旦止めて寝ることにした。

 

 

 ***

 

 

 折角の夏休みだし、天気も良いので外に出る。

 

 一年が殆どいないと言っても二、三年や他の教師に職員たちもいるから劇的に閑散としてる風でもなく、普段とあまり変わりはしない。

 

 試験で稼いだポイントはまだ手元にはないし昨夜の話からして減る可能性もあるから、どうにか負けないか……損害は小さくなって欲しいものだ。

 

 ともあれ今、金が乏しいのはどうにもならない--嗜好に充てられる分は無いし散歩ぐらいしか--やっぱり見飽きた敷地内じゃなくて外に繰り出したいものだ。

 

 こんな所簡単に抜け出せるんだ--規約違反だの脱走だのお題目で消されかねないが『死体作り』でゾンビを一体残しておけば交渉か延長処置ぐらいは‥‥‥。

 

 いや大戦の為なら大都市すら滅ぼすぐらいはやってのけるんだ。この程度ではひと捻りもされる前にやられるだけ。

 となると『蟹』や『獅子』『天秤』から受け継いだ記憶による情報を対価にでも--俺が『申』並みの実績でもあれば別だが、外に行くことの危険性に見合う対価にはならんだろうな。

 

 やり込められ、値切られて、大人しくしていろ--とされるのが関の山か。

 

 正攻法でいくなら何処か外に出る用事のある部活に入るかだが、外出時には常時ドゥデキャプルの監視が常に付くなんてこともありえる--そんなことになるなら今の方が絶対にマシだ。

 

 なんだかどんどん気分が悪くなりそうだから部屋に戻ろう--と歩き出した端末に連絡が来た。

 綾小路か軽井沢かと思って見てみると生徒会からの呼び出し--はて、なんだろうか?

 

 

 ***

 

 

『ではこれより一回目のグループディスカッションを開始します』

 

 指定時刻13時丁度に流れる簡潔で短いアナウンス。

 

 部屋には兎グループ全員が座っているものの--昨日まで敵として戦っていながら、一転して結べと言われた即席の協力関係。

 状況も周りのメンバーもよく分からない重苦しく静かな空気の中で、軽井沢恵は立ち上がり強気に言った。

 

「初対面が殆どだし取り敢えずは自己紹介しよ。あたしは軽井沢恵、Ⅾクラス」

 

「自己紹介なんてする必要があるのか?」

 

「一応、学校の指示でしょ--勝手にやってろ、って言うなら名無しくんでもいい?」

 

 Aクラスの男子が異を唱えるが軽井沢は譲らず、いきなりの火花が散る展開に緊張が高まる。

 

「それとも指示に逆らってグループをぶち壊すのがAのやり方なの?」

 

 更に軽井沢は疑念を叩きつける--他クラスだけでなく同じAもキツイ目を向け、形勢を有利に持っていった--そのまま軽井沢は目配せしてⅮのメンバーに続けと促していき全員が名乗っていった。

 

 流れ的に軽井沢が司会役になっており、次にどう進めるのか皆が注目する。

 

「…………で、どうしようか。これから?」

 

「何も考えてなかったのかよ」

 

 幸村が呆れながら額に手を当てた。

 

 勿論、肩透かしを食らったのはメンバー全員で何とも言えない空気に再び主導権が宙に浮く。

 

「あー、だったら俺から提案がある」

 

 さっきのAの男子--町田が発言し皆が注目する。

 

「折角だからこのまま話し合いを放棄しないか」

 

「なかなかユニークな提案ですね。つまり優待者の勝ち逃げを許すと?

 それではAに優待者が居ると疑われますよ--情報を自分たちのみが独占しているとも」

 

 Bクラスの男子--浜口が言った当然の疑問にA以外のメンバー全員が同じ思いを抱く。

 

「優待者が誰かはどうでもいい。重要なのは裏切者が出たらこの試験は敗北だってことだ。

 だけどそれ以外の結果にはデメリットはない--リスクを負うことなく全員の懐が潤うんだ」

 

「承諾しかねる」

 

 尤もらしく語る町田に対して綾小路が真っ先に拒絶した。

 

「お前の方法じゃクラスの利益にならない。この試験が公平であるなら各クラスには三人の優待者がいて、他クラスを全て当てれば450ポイントのプラスにして150のマイナスを与えることが出来る--オレたちⅮクラスならCを飛び越えて一気にBに昇格だな」

 

「バカか!そんなこと出来る訳ないだろ!」

 

「だが理屈では可能だ--やるのがBやCなら今度こそクラスは逆転する。だからその可能性を潰したいんだろ。葛城は」

 

 綾小路の確信めいたニュアンスにAのメンバー全員が冷や汗を浮かべた。

 

「私も綾小路くんに賛成だよ。あと何回あるか分からない特別試験でチャンスを棒に振るなんて、そっちの方が愚行だよ--Aクラスの逃げ切りこそ最終的(・・・)なデメリットだよ」

 

 一之瀬も拒否を示しBのメンバーも従う姿勢だ。

 

「何よりここでAの二連敗なら葛城の息の根は確実に止まる--その方が有栖も喜ぶ」

 

「そう言うことなら俺も清隆に同意だ。

 Aに塩を送るようになるのは癪だが、坂柳とは知らない仲じゃないし--何より葛城の策に乗るのはどうにも気に入らない」

 

 先日のレストランでの一件がぶり返したのか幸村の声も目も鋭い。

 

 この連続した反対意見に加え出てきたAのもう一人のリーダー(さかやなぎありす)の名前もあって並々ならぬプレッシャーがAに襲い掛かった。

 

「そうか--だがAの方針は今話した方向で固まって―――――」

 

「あー、ちなみに俺は優待者じゃない。これが証拠だ」

 

 町田を遮って同Aクラスの森重が端末を差し出すと、優待者ではない内容のメールが表示されていた。

 これ以上ない証拠の提示にAだけでなくグループ全員が驚いた。

 

「ど、どういうつもりだ……クラスを裏切る気か?」

 

「最初は俺も納得してたが気が変わった。葛城の首をつなぐ--ましてや息を吹き返す手伝いなんて真っ平だよ」

 

 どうやら森重は坂柳派のようだ--ここに来てもクラスが割れているのが尾を引く形になり、更なる不和が生まれた。

 町田が顔を歪め今にも飛び掛かりそうな様子に一之瀬が止めに入ろうと立ち上がるが、最後のAである竹本も端末出して優待じゃない内容のメールを見せる。

 

「悪いな。俺もとばっちりなんてゴメンだ」

 

 最早、孤立無援の状態に更に顔を引きつかせるも何も言えない町田の姿はAの内情--坂柳と葛城の形勢を表していた。

 

(展開を読み切っての芝居の可能性は--流石に無いか)

 

 綾小路は観察し裏を読もうとしたが、協力したぞとアピールしている目を向けてくる様子や端末を交換するなどの工作を葛城が思いつくとは思えない。

 更に裏をかいて坂柳が指示してきた可能性もあるが、彼女の性格から考えて今求めているのはクラスでの主導権--女王の地位を盤石にすることだろう。

 

「にゃははは--相変わらず攻撃的だね。何はともあれ無理に話し合いに参加しなくてもいいから」

 

 一之瀬がやんわりと仲裁して話を終わらせる。

 

 綾小路が居る限りAは除外しても構わないと判断したこともあるだろうが、町田を不憫に思ったのかも知れない。

 そんな一之瀬の姿にBのメンバーは信頼を寄せているのは今も変わらないようだ。一度の失敗では揺らがない彼女の人望の深さが窺える。

 

 そうして仕切り直しになるが、何を話すべきか--先の綾小路の不可能な仮説からか全員が牽制しあって切っ掛けが掴めない。

 

「ねぇ、軽井沢さんだっけ。ちょっと聞きたいんだけど?」

 

 その中でCクラスの女子、真鍋が口を開いた。

 

「なに?」

 

「私の勘違いじゃなかったらなんだけど......もしかして夏休み前にリカと揉めた?」

 

「リカって誰?」

 

「私たちと同じクラスの子でメガネかけてるんだけど、お団子頭の。覚えない?」

 

「一応聞くけど、その子がどうしたの?」

 

 堂々と強気に聞き返す軽井沢に一瞬怯むも真鍋は続ける。

 

「私たち聞いたんだけど--Dクラスの軽井沢って子に意地悪されたって。

 カフェで順番待ちしてたら突き飛ばされた割り込まれたって言ってたんだけど。

 本当なら謝ってほしいの。リカって全部一人で抱えちゃうタイプだからなんとかしてあげたいから」

 

「悪いけど覚えてない--ってか、それって今する話なの?」

 

「じゃあ、話し合いが終わったら付き合ってくれない。リカに確認取れば、はっきりするし」

 

「嫌よ。なんであたしがそんな子のために」

 

 この言葉に真鍋も苛立ちを覚える。

 

「私はリカの友達なの--あなたの所為でリカがどんな思いしてるのか分かってるの!?」

 

 双方、まったく引く気配を見せず緊迫した空気の中で第三者が割って入る。

 

「そんなに深刻なのか--それなら学校に正式に訴えて白黒つければいいんじゃないか」

 

 第三者である綾小路の提案に緊迫度が更に増した。

 ただの学生同士の喧嘩をより大事にしようと言うのだから、当然と言えば当然である。

 

 話が思わぬ方向に向き真鍋の怒りは鳴りを潜めて慄きが湧く。

 

「訴えるって……私はただ、謝って欲しいだけで――――」

 

「Ⅾ対Cの一騎打ちなら嬰児も出てくる--そうなれば龍園も喜ぶと思うぞ。前回も今回もまともに戦えなかったんだからな」

 

 綾小路が出した名前に当事者の二人は息を呑む--そして周りの緊張度も上がり成り行きを見守る。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ……この程度のことで、そんな」

 

 真鍋は冷や汗を浮かべる。

 

 元々において日常の中の些細な出来事の認識であり、問題のリカにしても気に病んではいてもそこまで騒ぎ立てるほど深刻な訳ではない。

 しかし指摘されたように自分たちの知る龍園なら有利に戦える機会に喜び、より有利に運ぶために深刻な被害者に仕立てようと自分も含めて何をされるのか分からない--そんな恐怖が心に広がっていく。

 

「あたしは全然いいよ。この程度のことでいつまでも煩わされちゃ嫌だし--嬰児くんが負けるなんてある訳ないし」

 

 対して軽井沢は嬰児を信じ深い関係を匂わすニュアンス--昨夜に掛けられた言葉通りに欲しいものを妥協する気はなく嬰児に更に取り入りより高い地位を手に入れるつもりだった。

 

 平田と言う彼氏が居ながら、より凄い男と見るとあっさりと乗り換えようとする尻軽女--そんな心証を抱きながら綾小路は冷静に思考を展開する。

 

 この提案が通れば嬰児を引っ張り出すのに軽井沢は一層の擦り寄りを見せるだろう。

 綾小路の見立てでは真鍋の主張は事実であり、嬰児の言う〝正しいこと〟からすれば非があるなら謝るべき--などと言う決着を主張するとは思えない。

 

 真鍋の行動は一見すれば友達を思ってだが、権威や大きな後ろ盾を見せられた途端に態度が一変した。

 根は小心者なのだろう--しかも自クラスのリーダーに頼ることが出来ないことから然して重宝されていない。この機に自分を売り込んで見せようという気概も見えない--贔屓目に見てただの一生徒でしかない。

 加えてさっきまでの横暴な態度からして弱みを見せれば、際限なくたかってくるタイプでもありそうだ。

 

 謝れば済むこと--そんな安易な結論を嬰児が良しとするとは思えない。

 

(オレとしては見えないところで異能を使おうって展開が理想だな)

 

 遺恨を無くして完全に蹴りを付けるには真鍋たちの納得ではなく--この一件に拘ること、関わることが不利益にしかならないと悟らせるのが妥当だ。

 単純に本人たちに脅しでも掛けるか、追及するには割に合わない費用(ポイント)が掛かると龍園に思わせるなりして終わらせるように仕向けるか--それともまだ見ぬ異能によって事態を収拾させるのか。

 

 同時に軽井沢にも反省を促し行動を改めさせる。

 

(兎に角、チャンスはどれだけあるのか分からないんだ--使えそうなものがあるなら何でも使わないとな)

 

 完全に試験から外れた方向だが綾小路にとってはこっちのほうが重要であり、クラスが勝とうが負けようが二の次でしかない。

 

「う~ん。それとも関係ない話で煙に巻いて、優待者から目を逸らそうとか?」

 

 そこに一之瀬がやんわりとした口調で話に入り真鍋に疑いの目を向ける。

 

「ちょ、ちょっと……私は優待者じゃないわよ!」

 

「本当ですか?ならば証拠の提示をお願いしたいのですが」

 

 浜口が一之瀬に続くように畳みかける。

 

 Aに続きCが尋問される形になり、必然的にCの他の女子たちも疑いの目を向けられる。

 

 真鍋は勿論だが他の二人の女子たちもオロオロし始めたが、残る一人である伊吹は違った。

 

「バカらしい--そっちこそ疑うふりして誤魔化そうとしてんじゃないの?」

 

「あ~、確かにそれも考えられるよね。そうなると軽井沢さんや綾小路くんも怪しいよね?」

 

 伊吹の反撃に対してⅮを巻き込む形で矛先を分散し、且つ話を元に戻す一之瀬。

 

 一之瀬の手腕によって再び誰が優待者か分からない牽制状態に戻ったが、軽井沢と真鍋のクラスを巻き込みかねない喧嘩はうやむやになった。

 

 

 

 そのまま纏まりもなく一時間が経過、自由にしてよいというアナウンスに解散可能となりクラスはそれぞれに戻っていった。

 

 

 ***

 

 

 適当に昼飯を済ませて呼び出しの時間も近づいたので俺は進路指導室まで来た。

 

 さて何が起こるのやら--そう思いながらノックする。

 

「失礼します」

 

 扉を開けて中に入ると生徒会長殿とお団子ヘアの小柄な女子がおり、注意深く部屋の気配を探るが他に人は見当たらない。

 

 役職があるとは言え一生徒。俺のことはもとい十二大戦を知っているとは思えないし、どこからの差し金による呼び出しかね。

 

「そう警戒するな--別に取って食いはしない」

 

 態度や口調は妹と似てるが明らかにこっちの方が様になってるな。

 俺は警戒を解くことなく話せる距離まで近づく--横に控えているお団子女子からはジッと怪訝な目を向けられてるが、何が始まるんだかな。

 取り敢えず初対面ではあるし名乗っておくか。

 

「一年Ⅾクラス、牛井嬰児--出頭しました」

 

「三年Aクラス--生徒会長の堀北学だ」

 

「同じく生徒会書記の橘茜です」

 

 名乗りを終え無言の直立不動で用件を待つ姿勢を取る。

 

「本当なら生徒会室で話したかったが今は改装中でな--この場所には特に意味などない」

 

 会長殿は溜息を付いて切り出してきた--少しでも警戒を解こうとしてくれてるんだろうがとっとと用件に入って欲しいですけど。

 

「今日呼んだのは連絡事項があっただけだ」

 

 そう続けて一枚の用紙を差し出してきた。

 内容は今期の夏を含めた長期休みに学外での社会奉仕活動を命じるとあった--はて、これは何かの罰則ってことか?

 

「今回の件はお咎めなしだが、お前が本来得る筈だった貴重な外出の機会が削られた--これはその穴埋めとのことだ。

 無論、学校のルールとしては学外への接触は原則禁止だ。故に社会奉仕の一環と言う特例(・・)を持って対応することになった。

 実際、この時期には納入業者は忙しくその手伝いもして貰うが二時間の休憩時間はある。更には生徒会(われわれ)と教師三名、お前(・・)のチェックを済ませれば何処かに物品を送ることも許可される」

 

 すました顔での淡々と事務的な説明だ……隣の橘書記が目だけでなく顔にまで不可解であると言っている--会長殿も内心は同じだろうな。

 

 外に出られるのは嬉しいが額面通りじゃないだろうな。特に最後の物品の送付は広まれば間違いなく群がってくる連中が出てくる--衆人環視による行動の制限、並びに情報が漏れた際の責任もついて来るか……面倒な。

 

「学校の定めたルールの逸脱--そちらは文句を言わなかったんですか?」

 

「―――――!!」

 

 挑発的なニュアンスで言うと橘書記は怒りで顔が赤くなるが、その前に会長殿が威厳ある声で言った。

 

「訊きはしたさ--だが学校が設立された当初は荷物の配送は認められていた。この特例はその時のことを適応させているに過ぎず、当時のような問題が起きた場合の責任もちゃんと対応する手筈は整えているとのことだ」

 

 淀みなく答えるか、ここまで説明することは予定の内ってことか。

 

 実際に会長殿の目は〝お前は一体何者なんだ〟と言いたげだ--まぁ、口止めされる訳じゃないし知ったところでどうなるものでもないから、

 

「俺のことを知りたければ、もっと偉く--国を所有出来るぐらいになれば分かりますよ」

 

「皮肉のつもりか」

 

「いいえ、期待の表れですよ。あなたなら本当に国を二つ三つは所有できる有力者になれると思いますよ」

 

 本当のことをあえて分からない様にと言ったニュアンスで言う。

 

「…………あなた、会長に向かって」

 

 ずっと黙っていた橘書記がバカにされたと思ったか怒りに声を震えさせている。

 

 一年それもⅮクラスの俺が言ったんじゃ、さぞかし気に入らないか。

 

 それで肝心の会長殿の方は険しくさせていた眼を瞑り、ひとつ息をつく。

 

「今年の一年は本当に面白い奴が多いな--牛井嬰児、特質的な背景が無ければ俺の後を継いで貰いたいぐらいだ」

 

「会長!?」

 

 単なる冗談だろう--真面目に反応しすぎだ。だがこれで場の空気は格段に軽くなったな。

 俺もただのメッセンジャーだと確信したし警戒を続ける必要もこれ以上の用も無さそうなのでとっととお暇しようか。

 

「今回の用件はこれで終わりだ--それでここからは個人的な話になるが急ぐ用がないならまだ少し付き合って欲しい」

 

「出来れば手短にお願いします」

 

 先手を打たれた感はあるが、何を聞いて来るのかはちょっと興味もある--さてどうなるか。

 

「無人島試験が始まる直前に鈴音--病気の妹を止めてくれたそうだな。不出来でしょうがない奴だがそれでも身内だ--兄として礼を言う。ありがとう」

 

 なんだよ。そんなことか--しかしそう言うことなら、こっちもひとつ言っておくか。

 

「そう思うなら言ってやればどうだ。あんたの--兄の真似はよせと」

 

 おっと悪くない雰囲気が一転してしまったな--また目が険しくなってしまった。橘書記はただならぬ展開に付いていけずに狼狽している。

 

「あれは誰かになろうと躍起になり過ぎてて周りはおろか自分のことも見えなくなっている--今はまだ問題ないがこのままでいけば遅かれ早かれすり切れちまうぞ」

 

「よく見ているのだな--鈴音のことを」

 

「似たようなの知ってるだけさ」

 

 そう。戦士『寅』--現実に打ちのめされ一度は戦士としての道を見失い酒に溺れるも『丑』と出会い彼の信条に触れ心の師と仰ぎ、彼と戦う為に十二大戦に臨んだ戦士。

 しかし『寅』あくまでも戦士としての自分(・・)を認めさせようと己を鍛え磨き上げた--決してそれまでを否定することも捨てることもしなかった、そこが堀北とは決定的に違う。

 

「兄妹であろうとあんたとあいつは違う--自分に合わせようと(アレンジ)するならまだしも己を殺そうとするんじゃ無理が生じるだけだ。止めさせた方がいい」

 

「…………言って分かるなら苦労はしない」

 

 おやおや、余計なお世話だったか。しかし言葉での段階が過ぎてるならもしかして--それとなく会長殿の手に目をやる。

 

「他所の家の事情に深入りするのは感心しないな」

 

 ドスの利いた声に目を逸らす--でも俺の知ってる堀北からして、それでも効果はないみたいだな。

 

 それだけ兄への思いが歪な方向に行ってるのか。

 

 ああ、やだやだ。益々持って期待できないな--これからの学校生活、窮屈な思いをし続けるくらいなら、いっそ………………。

 

「失礼しました」

 

 短く断りを入れて俺は部屋を後にする。最終手段の行使--本格的に考えた方がいいかも知れん。

 

 

 

 




 よう実の最新刊--読んでると少し自惚れを抱きたくなりました。

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