どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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ご主人様が・・・

 試験のインターバルを迎える日、約束通り綾小路は平田と一緒に軽井沢に謝りに行くつもりだった--そして迎えた朝になって船旅初日以上の不機嫌に延期を提案され、それを無用と突っぱねていた。

 

「あのさ……やっぱりもう少し気持ちを落ち着けからの方が……はっきり言って今の綾小路くん怖いよ」

 

「オレは十分冷静だ--軽井沢には早く話を通すべきだろう」

 

 まさに取り付く島もない状態--普段は気の抜けたような目をして感情の起伏が乏しい綾小路清隆がここまで機嫌が悪くなる理由はひとつ--坂柳有栖と何か(それも悪い意味であった)しか考えられない。

 

 平田は少し離れて見ている幸村に事情説明を求めると〝昨日、電話したら何故だか、嬰児と一緒にお茶してたそうだ〟と既に撃ち込まれていた端末を見せられ--余りの用意のよさにフォローは期待できないと悟った。

 

「やっぱり帰ってからにしないかな--軽井沢さん、完全に守られてもう心配ないし、結果的には50万も手に入るんだから、そこまで急がなくても―――――」

 

「平田。機嫌が悪くないなら、尚更今の内に済ませてた方がいいに決まってるだろう」

 

 正論を返されてしまい流石に何も言えなくなってしまう--確かに学校に戻っても綾小路の機嫌がすぐに直るとは限らない。

 寧ろ軽井沢の機嫌まで悪化してしまう可能性も大いにあり、そんな状態で対面ともなったなら…………考えたくない展開が容易に頭に浮かんでしまい平田の顔も渋くなる。

 

 あの人当たりの良い櫛田とも喧嘩した綾小路--聞く限りは櫛田に非があるようだが、未だに仲直りが出来てないあたり、坂柳とのことはそれだけ弄られたくないと言うこと。

 

 時間が立てば頭も冷えるだろうが、それで解決かは話が別だ--ならばいっそ軽井沢(かたほう)の気が良い時に全て済ませた方が結果的には面倒は少なくなる。

 ならばそのまま流れに任せ、好機を見出したなら……。

 

「はぁ~………………そうだね。それじゃ、今から連絡するから少しだけ待ってて」

 

 平田は考えを纏めて消極的仕草で端末を取り出して軽井沢に連絡--すぐに通話は終わり向き直り言った。

 

「オッケーだって。待ってるそうだから、行こうか」

 

「ああ」

 

 綾小路は肯いて立ち上がり、二人は部屋を出た--部屋に残って見送った者たちは何もないことを祈るばかりだった。

 

 

 

 

 待ち合わせ場所である地下二階の休憩コーナーの自販機の前では既に軽井沢が待っており、ソファーで端末をいじっていたが平田と綾小路が来たのを見て立ち上がり手を振ってきた。

 

「ごめん、待たせちゃったかな?」

 

「ううん、全然--って言うか、もう試験も終わって暇だったし」

 

 二人の様子は待たせてしまって格好が付かない彼氏の弁明と気遣いを無駄にしない様にする彼女のたわい無いやり取り--とは何故だか綾小路には映らなかった。

 

(いつまで経っても他人行儀にしか見えない--ピュアな関係を平田が求めているのか。それとも軽井沢が遊び感覚なのか?)

 

 お互いに本気でないなら、軽井沢が嬰児の気を引こうとするのを平田が気に留めないのも肯ける--そんなお義理で付き合うことを平田洋介と言う男が了承するのか?

 平和主義者でお人好しの印象だが、基本は真面目で自分の意見もしっかりと持っている--女子の見栄を張るのに協力するのはどうにもしっくりこない。

 

(でも好き合ってるようには見えないんだよな)

 

 綾小路が冷めた目で観察してるのに構わず平田は話を続ける。

 

「軽井沢さんが優待者だって教えて、信頼を裏切ってしまった。これには誠心誠意、謝罪します」

 

「……それはもう別にいいって、あたしだって考えて納得した上でのことだし」

 

 頭を下げる平田に対して軽井沢は目を逸らしながら素っ気なく返す--これに綾小路は思ったままの感想を言った。

 

「お前ら本当に付き合ってるのか?」

 

「ああ、やっぱり本当に好きな人がいると分かっちゃうかな」

 

「ちょっと、平田くん!?」

 

 綾小路の疑問に平田はあっさりと肯定--取り乱す軽井沢に目を向けながらさらに続ける。

 

「これ以上、隠すのは無理だよ。軽井沢さんの気持ちが嬰児くんに向いてるのは見る人が見れば分かる--当然、綾小路くんにもね。偽ることはデメリットでしかない--少なくとも嬰児くんには誠意を見せないと良い結果にならないよ」

 

「な、なんでそんなこと分かるのよ!?」

 

 軽井沢は誠意を見せる部分に強く反応したのを綾小路は見逃さなかった--平田が言う誠意を見せるは包み隠さずに全てを話すことなのは間違いない。

 軽井沢も嬰児の信用を得たいなら当然の帰結である筈--にも関わらず強い忌避のような反応を見せたのは、それだけ知られたくないことだと言うのは想像が付いた。

 

(一体、何を隠してるって言うんだ?)

 

 綾小路は思案する--当初は男をアクセサリーとしか見ておらず、クラスの中で一番と言える優良株でありリーダー格である平田を強引に押し切って彼氏にしたと思っていた。

 

 だが今のやり取りからして平田もある程度でない納得した形で軽井沢に合わせている――平和主義者たる平田が時に傲慢を見せ加害者の如き振る舞う軽井沢を受け入れる訳、そして平田以上の凄さを見せた嬰児に擦り寄ろうとしている。

 

(導き出されるのはより強い存在への依存--我が身を守る後ろ盾が欲しいのか)

 

 しかし、これだけでは軽井沢だけで平田のメリットが見当たらない。

 

 疑問に対する答えが見つからず、無言のまま事の成り行きを見ていると軽井沢の相手をしながらも綾小路に気を配っていた平田は何かを悟ったように語り始めた。

 

「嬰児くんはただ凄い生徒じゃない--異常な背景を持つヤバい生徒だよ。

 強引に学校に戻されたのは、前の試験で誰もが目に留まる行動を取ったから」

 

「え……いや、だって……大げさにしない為だって先生が言ってたじゃん」

 

「そんなの建前だよ。もしそれが本当だとしたら話が早く進み過ぎてる--まず間違いなく、騒ぎが起きなくても嬰児くんは連れ戻されてた--来た時同様、いやそれ以上の船酔いを患った。この辺が無難かなってのが、()グループで初日に上がった話題だった」

 

 

 

 平田は思い出す--試験初日、竜グループ一回目の話し合い。

 

 試験開始のアナウンスの後、スムーズでないも各々の自己紹介を済ませて直ぐに龍園が切り出した。

 

「もし牛野郎が試験に参加してたなら、Ⅾは誰が他所に行ってたか」

 

 面白そうにⅮのメンバーを値踏みしていく姿に堀北が透かさずに言い返した。

 

「それは嬰児くんが居たなら、前同様に尻尾を巻いて逃げ出さなきゃいけないからかしら?」

 

 龍園の挑発を更なる挑発で返す。

 

「ほ、堀北さん―――――」

 

 平田が冷や汗を浮かべながら仲裁に入ろうとするが、

 

「う~ん、やっぱり私かな。実力的に考えると一番下だろうし」

 

 櫛田が柔らかな口調でお茶を濁して一触即発は回避された--に見えた。

 

「本当にそう思っているなら、おめでたい限りだな」

「同感だな--これじゃ宝の持ち腐れにしかならない」

 

 葛城が偉そうに言い、神崎も続いてぶり返した--双方ともに前回、嬰児に痛い目にあわされた者同士であるからか息が合い、まただからこそ実力が十分に発揮できない環境を惜しく思ってもいた。

 

「ハッ、テメェら如きに使いこなせるタマとも思えねぇがな--なんなら俺が買ってやろうか?」

 

 龍園がより傲慢に言い放ち、火に油が注がれる状態になった。

 

「初っ端から言いたい放題ね--でも残念だけど嬰児くんがあなたに従うなんて思えないわね。

 犯罪紛いなことをするのも黙認するのも彼の親御さんの言葉に反するわ--寧ろ、その腐った根性を矯正しようと叩きのめされるのがオチじゃないかしら」

 

「……堀北さん、嬰児くんの親知ってるの?」

 

 櫛田が興味津々に訊いてくる--それは集まっている全員でもあり注目が集まる。

 

「ちょっと小耳に挟んだだけよ……典型的な強者の理屈だったけど、嬰児くんには丁度いいとも思ったわ」

 

 実際はただ立ち聞きした話であるが、嘘はついておらず己の見解を交えることで話を切った。

 

「そっかぁ。でも嬰児くんだって追い詰められたらタガが外れちゃうかもしれない--そっとしといて上げるのが一番じゃないかなぁ」

 

「櫛田さん、それはちょっと……本人が望んでるならまだしも」

 

「平田の言う通りだな--牛井は望んで大人しくしたい訳じゃない。何かしらの圧力で我慢しなければならないだけだろう」

 

「無人島では病欠になったクラスメイトの為って言い訳が出来た。だから積極的な行動も出来た--それでも調子に乗ったと判断されたから連れ戻されたと考えるのが自然だ」

 

 再び葛城と神崎が息を合わせるように嬰児に対する考察を披露した。

 

 それは嬰児の無人島での振る舞いからして正しく、披露した実力は学生レベルではない。

 そして、間もなくして強制連行と特例的処置……もはや能力的だけでなく背景的事情も普通の学生などでは断じてない。

 

「要するに嬰児くんには責任を取ってくれる者が必要ってことでしょう--なら結構な事、訳の分からないのに好き勝手振り回される心配がなく、本人も実力を発揮するのに誰かに従ったってお題目が必要なら正に理想的な関係だわ」

 

 堀北の既に自分の物を自慢するような物言いに平田と櫛田は不安顔--他クラスは疑念をそして唯一、龍園が笑いながら言った。

 

「野郎を活かせればだがな--立てるべき主役が単なるお飾りで満足するタマじゃねぇだろ。逆に見る目がねぇって責められるだけじゃねぇのか--牛野郎の飼い主に」

 

「そう考えるとあれ程の実力を以てⅮクラスなのも〝余計なことをせずに大人しくしていろ〟っと言うことなのかも知れんな」

 

 龍園の言葉を切っ掛けに葛城が嬰児の背景に付いて考察し始め話し合いに熱が入っていく。試験とは全く関係は無いが……。

 

「だからこそ主役を立てる脇役に徹するか--(うちの)クラスにこそ欲しい逸材だ」

 

「なんだ、一之瀬に色仕掛けでもさせるのか--まぁ、あいつじゃその辺がお似合いだがな」

 

 神崎が睨むがそれ以上は言えない--前回では攻勢に出るも成果はまんまと水泡に帰し、リーダー格が集まるこのグループに参加していない。

 責任を取らされたと見られるのが妥当であり、詳細は神崎も知らず反論しても無意味どころか逆に恥の上塗りになりかねない。

 

 龍園はその姿を見ながら愉しそうに今度は葛城に言った。

 

「おめぇの場合は正攻法で雇おうってところだろうが、役不足もいいところ--坂柳は牛野郎にくっついてる金魚の糞の機嫌を損ねたくないだろうから、やっぱりこの俺が使ってやるのが牛野郎の為だと思うがどうよ?」

 

 最後にⅮクラスの面々に顔を向けると反論が来る。

 

「嬰児くんの為なのかは甚だ疑問だよ。目に余るやり方をして、それがバレたら彼は何をされるのか分からない--そのリスクを考えられないような男じゃない」

 

「平田くんの言う通りね--それとも過激な方法に見合うメリットでも用意できるのかしら?」

 

 堀北の更なる挑発に龍園はせせら笑いながら言った。

 

「分かってねぇのはお前らだよ。少し前の話になるが、俺の手下が罠にかかったらどうするって問答したら--牛野郎は殺人も厭わないって答えたんだと」

 

 これには堀北と平田も流石に絶句したが、櫛田だけは神妙な顔で手を胸に当て何かを考えていた。

 

「くくく--どうやら心当たりがあるみてぇだな。櫛田」

 

「ありえないわ--言ったとしても単なる脅しでしょう」

 

 堀北が透かさず否定するが櫛田は重い雰囲気を醸し出して口を開く。

 

「堀北さん、これで二度目だけど嬰児くんも追い詰められたら何するかは分からない。

 龍園くんも嬰児くんが踊りたいと思う手拍子じゃなきゃ、返り討ちだよ――その覚悟あるの?」

 

 言い切った櫛田に巻き込まれるように部屋全体が重い空気に包まれた。

 

 そんな中で櫛田は思案する。

 

(でも逆に言えば追い詰めなきゃ、そんな手段はとらない。バレないようにするにしてもリスクは半端ないし--何よりさっきの親の言葉が嬰児(アイツ)には心地いい手拍子なら)

 

 犯罪--それも殺人を実行する可能性は皆無と言えるかも知れない。

 春先での向けられた渇いた殺意と恐怖は本物だった。

 だがそれは嬰児にとって面白く無い手拍子で追い詰めようとしたから--つまりは嬰児に課せられた制約、それを破った際の罰則は犯罪を実行させてしまうほどのもの。

 

(具体的に思いつく条件は退学すること--つまりそれに結びつくことが無ければ……)

 

「来る時も船酔いって名目でどっかに行っちゃったけど素直に従ってたみたいだし、帰りも多分、それっぽいことで戻されちゃう予定だったんじゃ……やっぱり、そっとしておいた方が一番良いと思うな」

 

 無難な結論を口にして見たが、納得する者など居なかった。

 

「余計酷い船酔いになったから、もう外には出さねぇって持ってかれるってか。

 だとしたら尚更、反骨精神満々になるんじゃねぇか--益々、Ⅾクラス(おめぇら)には勿体ねぇぜ」

 

 龍園が下品な笑いと共に言うと櫛田は溜息をひとつ付いた。

 

「そっか--でも嬰児くんの威力、侮ると火傷じゃすまないから気を付けてね」

 

 この忠告は龍園一人に向けた物のようには感じず、奇妙な説得力がありありと伝わって来た。

 しかし櫛田はそれ以上を話すつもりはないと口を閉ざし、決定的な情報が得られない議論に実りはないと牛井嬰児の話は終わった。

 

 

 

 

 

 話を終えて平田は呆けている軽井沢と、いつも通りの冷めた目でありながらもしっかりと聴いている綾小路の反応を窺う。

 

「平田--その嬰児と話したって言うCの生徒って誰だか分かるか?」

 

「ごめん。そこまでは聞き出せなかった--龍園くんも隠す気は無いと思うから、次にそれとなく聞いてみるよ」

 

 綾小路と平田が話を進めていき、軽井沢もハッとしながら口を挟んでくる。

 

「ちょ、ちょっとみんなして嬰児くんを盗っちゃう相談してんでしょ?なのにそんな呑気でいいの、大ピンチじゃん!」

 

「軽井沢--決めるのは嬰児だ。

 もしも他クラスに行くにしても本人の承諾が必要なんだ--嬰児が他に魅力を感じてしまったら引き留める術なんて無いんだよ」

 

 理路整然と語る綾小路の姿は無性に腹が立ち、軽井沢の顔に不満が現れる--それを見て平田は優しく言った。

 

「軽井沢さん。僕たちはそうならない為にはクラスが向上していくしかないと結論になったんだ。

 これは僕たちの関係を正常にする意味でもそうだし、お互いに願うものにも利になると判断した--だから改めて協力してくれないかな」

 

「……ごめん。もうちょっと分かるように言ってくれない」

 

 軽井沢としては例え嬰児がⅮの主役になれなくても他に盗られるなど論外だ。

 繋ぎ止める為ならなんでもする覚悟もある--しかしそれが平田との〝本当の〟関係を暴露することと今ひとつ繋がらない。

 無論、誠意を見せるのに自身の本心を伝えるのは常道であるが、それを差し引いてもおいそれと話したくないのは平田も知っているはず。

 それを踏まえれば秘密は秘密のままにして、嬰児に近しい関係を持つようにするのが上策--普段の平田らしくない態度に困惑してしまう。

 

 一方で綾小路は平田の狙いを見透かしていた。

 

(軽井沢の隠し事を共有させることで重荷を減らす--それを利用して平田(じぶん)の目的の為にオレと嬰児を利用するつもりか)

 

 軽井沢恵、牛井嬰児、綾小路清隆の問題を一遍にまとめ、更に同じ方向に向かせることで、クラスに要を造り、皆を巻き込みながらの結束をとなれば櫛田も賛同が見込める。

 堀北にしてもAクラスを目指しているのなら、納得はしきれないまでも妥協を引き出せる可能性もある。

 

 旅行初めに持ちかけられた相談、無人島での演説からして平田とて只の平和主義者でなく確固たる欲を持っている。

 

 全てはクラスの為に--更にそれをより良くしていくことが平田洋介の叶えたい願いなのだろう。

 

(この通常ならありえない執着に起因する何かが、Ⅾクラスである理由か)

 

 綾小路は平田の動機を導き出すもどうにもまだしっくりこず、逆説的な考察を以て推測を展開する。

 

 平和主義者でクラスの為に尽力する姿は好青年であるが、それこそが本来ならAクラスであろう生徒が最底辺のⅮクラスに配属された理由なのだとしたら…………。

 

(中学でクラスが学級崩壊でも起こしたのか?それに平田が深く関わっているのだとしたら--櫛田と同様に猫を被っているだけで、昔は不良生徒だったとかか……ダメだ、これもしっくりこない)

 

 しかし現状ある情報ではここまでが限界であり、納得が出来る結論が出ない--かと言って直接聞くようなことすれば自分の過去を話す流れに持っていかれかねない。

 

 完全に主導権を握られ平田の出方を見るしか選択肢がなかった。

 

「軽井沢さんには前にも話したよね--僕は中学二年までは目立たない何処にでもいる普通の生徒だった」

 

 綾小路が知っている平田からいきなり掛け離れたイメージが語られ驚き、軽井沢は意図を測りかねて何も言えない。

 

「そんな僕には仲の良かった幼馴染の男の子がいた--だけど中学でクラスが分かれ付き合いが減っていってしまった。

 だからこそ何年も別れて再会して、別のクラスになっても互いを大事にしている綾小路くんと坂柳さんが僕にはとても眩しくて--羨ましかった」

 

 別段、珍しくもない身の上話だが、綾小路と坂柳を眩しいと表現する部分に引っ掛かりを感じさせた。

 

「僕は幼馴染--杉村くんを見殺しにしてしまった。陰で虐められて……助けを求められたのに、都合のいい言い訳を並べて…………」

 

 平田が拳を強く握りしめ--軽井沢はそれを冷めた目で見ており、綾小路は二人の関係の核心に迫っていると感じ取った。

 

「その杉村って奴は……もしかしてお前の前で?」

 

「それに近いかな--あの日の朝、最後に会って、でも関わりたくないってよぎったのを見透かされて…………何も言わないまま、訴えかけるように授業中に飛び降りた」

 

「飛び降りた……死んだのか?」

 

「脳死状態--御両親は今でも快復するのを信じてる。そしてこの時初めて気が付いた--我が身可愛さで友達を死に追いやってしまったって」

 

 平田の献身の根幹--決して話したくは無いだろう過去を聞かされ、この閉鎖的な学校に来た理由と軽井沢の強者に対する依存の理由も見えてきた。

 

「だから目に留まる全員を救いたいか--それでいながら軽井沢を贔屓してるのは、その幼馴染と同じだからってことでいいのか?」

 

「ちょ、ちょっと!なんでそうなるのよ!?」

 

 軽井沢が否定的ニュアンスで声を上げるが……寧ろ逆効果であり、綾小路は確信を得た。

 

「論理的帰結だ。嬰児の強さに擦り寄ろうとするのと今の平田の話とを合わせれば--猫被ってるだけの虐められっ子しか考えられない」

 

「ち、違う!そんなんじゃない!あたしはただ嬰児くんが、凄くてカッコいいから――――」

 

「好きになったとでも?それなら残念な知らせがある--嬰児は夏休みに一之瀬とデートする予定だ」

 

「な、なんで……そのままBに行っちゃったらどうするのよ!?」

 

(呆れるほど予想通りの反応だな--これなら堀北の方も期待を裏切らない、いい刺激になるか)

 

 綾小路は内心を悟らせないまま冷たく言う。

 

「堀北は嬰児だけを従わせればいいと思ってるからな--その考えを改めさせるためだ」

 

(まぁ、それだけでも足りないだろうがな)

 

 綾小路の中では更なる荒療治が必要だと思っているが、現状で具体案はない--その為に嬰児に固執している軽井沢は手元に置いておきたい駒だ。

 

「嬰児が居なくなるかもしれない、見限られるかも知れない--そうなったら」

 

 危機感を煽ってくるニュアンスに軽井沢だけでなく、平田まで冷や汗が出て息を呑む。

 

「嬰児だけじゃ駄目なんだ--まずはそれを分からせなきゃ始まらない。

 これは嬰児も考えていることだ。お前もその為に何か言われてる--そうだろう?」

 

 しかし嬰児を引き合いに出されて瞬く間に霧散し、試験の助言を求めた電話で何度も言われた指示を思い出す。

 

「堀北さんをクラスのリーダーにってこと?……なんか上手くいくイメージ湧かないんだけど」

 

 堀北に協力しろと何度も指示された--堀北が自分よりも贔屓されるのに忌避したのもあるが……軽井沢の知る堀北は個人としては優秀だが見下し精神満載で人を上手に使えるようには思えないのも指示に従えなかった理由のひとつでもあった。

 

 この疑念に平田が軽井沢だけでなく綾小路も巻き込み、考えを述べた。

 

「今の堀北さんのままなら、そうだろうね。でも僕や君じゃAクラスには積極的になれないし、それは綾小路くんも同様--クラスで最もAクラスになることを望んで、その才覚もある堀北さんが立つのが嬰児くんにとって最も都合がいい(・・・・・)体制なんだよ」

 

 牛井嬰児自らが先頭に立つことは不利益しかなく、誰か個人の願いに肩入れするのも学校側に良くない印象を持たれやはり何をされるか分からない--あくまで誰かの率いる下で学校の方針に従っているポーズがあれば言い訳が立ち、少なくとも罰せられることはなくなる。

 

「だからこの方針に沿って動くようにして貰えないかな--そうすれば無理に強気を張るのも少なくなる。誰にとってもいい話なんだ」

 

 平田の具体的な提案は綾小路と軽井沢に嬰児の力(メリット)を強調しながら、彼自身が最も欲しがっている理想のクラスを売り込んでいる--そして、返答を待つことで手放した場の主導権をどう握るかを試している。

 

(出来ることには自信があると言い切っただけのことはあるな)

 

 綾小路は評価をひとつ上げながら主導権(バトン)を引き継ぐことにした。

 

「オレは有栖が喜んでくれるならそれでいい--そのついでにお前を虐めから守るよう嬰児に口添えしてやる」

 

「だから、あたしはそんなんじゃないっての!」

 

「深く詮索する気は無い--お前が腹に何を抱えてようがどうでもいいことだからな。

 ただ嬰児の力を発揮させる意味において、お前のスタンスは決して悪くない。

 アプローチの仕方は変えるべきだが、上手く嵌れば有栖と戦うのもずっと前倒せる」

 

「…………やっぱり分かんないよ。どうして好きな娘と戦うのが楽しいの?」

 

「全力を出そうとする時のあいつが一番可愛いからだ」

 

「「………………」」

 

 綾小路の答えに言葉が出ない平田と軽井沢--それに構わず言葉(のろけ)は続く。

 

「全て出し切れば、今まで見たことない笑顔が見れる--そんな期待もあるな」

 

 どこまでも坂柳有栖--言いようのない羨ましさが軽井沢の胸を締める。

 

(あたしにもこんな風に想ってくれる人が居たら)

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 明後日の朝にはクラスの奴らも戻って来る--いやクラスだけじゃなく、一年全てにも外出特例はすぐに知れ渡ると見た方がいいか。

 担任たちにはもう知られて…………っと言ってもこっちは今更か、奇異な事情がひとつ増えたところで雇われの身で何かして来るなら、俺じゃなくて運営(・・)が始末する。

 

 しょうもないことを考えても仕方ない。それよりも今日はどうしようか?

 

 下手に外に出たら、何処で誰に捕まるか分からん--匿って貰う所もないし、居留守でやり過ごすべきか。

 

 でも腹も減って来たし、昼飯は買い置きでかな。

 

 あ、綾小路からメールだ--軽井沢と平田に協力を取り付けて、堀北をリーダーに立てることを了承させたね。

 

 坂柳との対話が空振りになったから、早くも巻き返しを図ってきたか。

 

 堀北をリーダーに平田と軽井沢が脇を固めて、取りこぼしや手の届き辛いのを俺と綾小路で埋めるのが理想的な在り方だ--綾小路にとってな。

 

 Aクラスを目指す学校のセオリーからすると立つべきは堀北が最適--と表向きの理屈はそうだが、最終的な責任の行き先を定めつつ、俺と近しいポジションを確保するか。

 

 軽井沢に関してもやたら俺にアピールしてきてるし、今度の一之瀬とのデートの様子をあいつ好みに吹き込めば、吉にも凶にも出来る--軽井沢恵を俺の首輪にするつもりか?

 

 おや、まだ続きがあるな。今やってる試験で上手くいけば、新学期からCクラスに上がれるね--また堀北にリードする形になるが矛盾してるとは言えないのがもどかしいな。

 

 一之瀬や軽井沢にしてもそうだが、綾小路の奴--堀北を叩きのめして、這い上がって来させることで、成長を促そうとしている。

 俺の意を汲んだと見せながら冷酷に合理的に外堀を埋める--中々どうして流石だと言ってやればいいのか。

 

 ただなぁ--全くの勘なんだが、綾小路の思惑通りにならないんじゃないか。

 根拠がある訳ではない--でも何か、見落としてるんじゃないか?

 そう心の底で小さなくすぶりがある。

 

 綾小路はオープンになった俺の制約を早くも利用してきた……他にも気付いた連中が様々な形で利用してくるはずだ。

 

 俺を利用するなり、逆に封じ込めるの前提にして…………もしこの前提を崩すなり、思いもよらない方向から仕掛けてくるようなのが居たら?

 

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