どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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夢が・・・

 

 

 さて男子騎馬戦の開始だ。

 俺を騎手に前方に牧田、右を本堂、左を南で大将騎を務めることになった。

 前に出て攻める役目は平田を騎手とした、須藤、三宅、綾小路たちが務めるとのこと。

 

「っしゃ行くぞお前ら!」

 

 気合十分な須藤だが、これまでを見たからかクラス全体の士気は今ひとつだ。

 

 だから俺も特に反応せずに黙ってやり過ごそうかと思ってったが、

 

「いいか嬰児!絶対にやられんじゃねぇぞ、やられたらお前は戦犯―――――!!?」

 

 一瞬でカチンと来て須藤(やつ)が言い終わる前に口の中に指を付き入れて黙らせた、しっかりと殺意を込めて--敵味方問わず見てた奴らも絶句だ。

 

「今度、俺に向かってその言葉を吐いたら一切の容赦はできん--よく覚えとけ」

 

 口を塞がれ固まっている須藤から少しどころじゃない冷や汗が出ており、俺はさっと手を引いた。

 

「すぅ、はぁ」

 

 ひと呼吸ついて殺意を静めて牧田たちの元に行くとオドオドして何も言わない--流石にビビったか、だけどずっとそうしてもいられないから準備に入る様に促して騎馬を組む。

 

 他の連中も騎馬を組んでいき、あとはスタートの合図を待つだけだ。

 

 俺は予定通りに後方に下がり、以降はなるべく動かないでハチマキを取られないことに徹する。

 俺じゃなくて騎馬を狙ってきても逃げ切れる足がある奴らだし--まぁ、大丈夫だろう。

 

 攻撃陣は集まって何か話してる--大方、練習でやってた体当たり戦法のことだろうが、どうなるかな。

 

 さて、スタート合図だ。俺は動かず残りのⅮの騎馬はAと合流してBとC(しろ)に突撃して行く。

 

「うらぁ!狙うは龍園の首ひとつ!!」

 

 相変わらず先頭に立って雄叫びを上がる須藤--これがただの気合いと馬力だけなら放っておくのが、体格で劣るBの二騎を早々に潰した。

 

 ただCはそう上手く行かずに止められた--これは平田の見せ場かなとおもったが競り合って来る相手を無駄なくいなして、バランスが乱れた一瞬を狙い押して崩して見せた。

 

 ほう。綾小路は柔道技で須藤はバスケで鍛えたテクニックを使ってか--確かスクリーンアウトって相手を抑えたりするプレーの応用だよな。

 ひとつ間違うと騎馬が崩れちまうが、綾小路も上手く合わせつつ辛うじて付いていってる三宅をフォローしてる。

 

 平田も崩れた瞬間を見逃さずにハチマキを奪う--これは中々いい勝負になるかも知れないな。

 

 と思ったのも一瞬--葛城率いるAは三騎失いながらも柴田・神崎率いるBを討ち取るものの直後に龍園に背後を付けれAは全滅、残ったⅮの二騎もCにあっさりとハチマキを取られて実質三対一か。

 

 わぁ、さっきの女子とは正反対の構図だな。

 

「え、嬰児……俺たちも加勢に言った方が?」

 

「待機するって取り決めだろ--攻勢に行くなら指示をやり直して貰わないと」

 

 余計なお節介なんてするもんじゃない--須藤が助けを求めるなら少しは考えるが、ありえないだろうな。

 

 それにセオリーなら三機が囲み確実に息の根を止めに行くが、どうやら面白い方向に転がりそうだな。

 龍園は須藤たちの正面に立ち、手招きしながら不敵な笑みを浮かべてやがる。

 ベタな挑発だが、須藤には効果的で案の定突っ込んで行きやがった。

 

 ただ龍園の騎馬の中心は黒人ハーフのアルベルト--しかも武道の心得もあるから、さっき崩した素人のようにはいかない、寧ろ押されてる。

 

 平田も龍園のハチマキを取ろうと仕掛けるも龍園は余裕で躱し、全く戦いになってない。

 

 俺同様に残っているCの二騎も手を出しに行く様子はなく、完全に遊ばれてるな--これには流石に平田もムキになるもフェイントを織り交ぜるなどして腕を伸ばすが、向うの方が一枚も二枚も上手のようで全く効果がないばかりか、逆に致命的な隙を見せてしまった。

 

「不味い、逃げろ平田!」

 

 牧田が叫んでいるが間に合う訳なかろう--普通ならな。

 龍園の奴、攻撃しないで平田が体勢を直すのを待ってやってる。

 いつでも倒すことなんて出来るってか--此処まで来ると自信を通り越して驕りだな。

 

 ただ今の(・・)奴らには、それが不遜じゃない状態--かなりのハイテンションになってる。

 

 傍観してたCの二騎がこっちに来た--挟み撃ちにでもするつもりかと思ったが、並走して真正面から来る。

 

「おい、嬰児どうする……やるのか?」

 

 その重圧をまともに受けてる牧田は冷や汗もの--正直、たった二つ程度、どうにでもなる。

 

 俺はな--それが分からない様子でもないし、

 

「周り右して逃げた方が賢明だな。狙いはお前らだ」

 

 突っ込んできて騎馬を潰す気だな。

 騎手の奴らはハチマキをガードして、戦う気は見られない。

 返り討ちにするのもひと手間掛かる--その間に馬が潰されるのが関の山だ。

 

 ターゲットだと分かると一目散に逃げる騎馬たちだが、もう追いつかれそうだ--このままじゃジリ貧だし、仕方ないか。

 

「俺が合図したら、ばらけて逃げろ」

 

「ど、どうすんだよ?」

 

「説明してる時間がない--怪我したくないなら言う通りにしろ」

 

 などと悠長な会話をしてたら目前まで迫って来てる--そして減速することなく、左右の二人に向かい体当たりするつもりだ。

 

 迫力(プレッシャー)で顔を引きつらせる本堂と南、もう限界みたいだがもう少し我慢しろ。

 

「行け!」

 

 接触するギリギリで言うと騎馬が解かれ、本堂は右に南は左に方向転換して全力ダッシュ--完全に意表を突かれて騎手の奴らにも隙が出来た。

 

 悪く思うなよ。

 

 そのまま前に行こうとする牧田の背を蹴って、ちょっとしたバック飛行を披露--地面に落ちる前に通り過ぎた騎手のハチマキを頂く。

 

 そして着地度同時に終了の合図--タイミング的にはギリギリって感じだが、どうなるかな。

 

 判定を待つと--結果は駄目だったか。

 

 俺は失格で減点、Cの二騎もだが残っているのは龍園だけ--平田もハチマキを奪われ騎馬の連中、特に須藤が著しく疲弊しているのが見える。

 

 こっちの全滅で騎馬戦は負けだ。

 

 そしてそれ以上にヤバい状態に持って行かれてる--奪い取った三つのハチマキを揚々と振り回し勝利をアピールする龍園。

 

 なんとも分かり易い挑発だ--誰かさんにはぴったりだ。

 

「くそっ!」

 

 須藤の声の荒さは今まで比じゃない--完全に我慢も限界ってとこか。

 

 龍園の奴が全く目もくれずに俺の方に来てるのも拍車をかけている--さて何をする気なんだか?

 

「特等席で見せて貰ったが、中々に面白かったぜ」

 

「そりゃ良かったな。で?」

 

「おいおい、折角褒めてんに連れねぇな」

 

 陽気な態度で肩に腕を回してきて、それでいながら堂々と通りのいい声--明らかに計算付くで文句言う気も失せてくる。

 

「こんな雑魚の中に居て、オメェもストレス溜まってんじゃなぇか?乗り換えるなら早い方がいいぜ」

 

 龍園は言うだけ言って堂々とⅮ連中の横を素通りして行きやがった--これには当然、須藤だけでなく殆どが不快な顔を浮かべてる。

 

 俺からは龍園の顔は見えないが、さぞ愉快な表情してるんだろうな。

 

 須藤なんか今にも殴りかかりそうな雰囲気だ--やったら、退場だけじゃ済まないこともありえる。

 それを察してか平田が兎に角テントに戻る様にと促してる。

 

 俺も戻るとするか。

 

 で、そのまま何事無くと行きたかったが、早足で追いついてきた須藤が荒い声で言って来やがった--せめて戻ってからにしてくれよ。

 

「嬰児、なんでわざと負けやがった?!」

 

「ハチマキは取られなかったぞ」

 

 ついでに相手の分も取った--が須藤(こいつ)がそんなんで納得する奴じゃない。

 

「ふざけんな!攻めてりゃ苦戦しねぇで倒せただろうが!むざむざやられやがって!!」

 

「ああ、分かったからもう少し声を落とせ」

 

 どうにかテントまで戻り落ち着かせようとしてみたが全く効果なし。

 

「分かっただぁ?だったら本気出しやがれ!てめぇがそんなんだから俺がこんな苦労してんだろうが!!」

 

「ほう、本当はリーダーなんてやりたくなかったか」

 

「ったりめぇだ!そんな面倒なのはお前がやって、俺は競技にだけ集中するほうが良かったんだ!」

 

 なんとも取って付けたような文句だ--ただその意見には同感だと言う目があっちこっちから向けられる。

 

「須藤くん、落ち着いて。仲間割れしても良いことないよ」

「大体リーダーだってノリノリでやってたじゃん」

「嬰児くん、気にしなくていいから--あっちで休もう」

 

 これは不味いと思ったのか、平田と軽井沢--それに櫛田がフォローしようとしてくれたが、今回は余計なお世話だ。

 

 背中を押して来る櫛田を透かして須藤を見据える--場面的には一触即発で固唾を飲むのも出て来る。

 

「軽井沢の言う通り、リーダーを引き受けたのはお前だろ」

 

 ただ静かにそう告げると、なにやら別の興奮が湧き上がったように須藤の息が上がる。

 

「だったら俺の言うことに従え!分かってんのか、もう後が無ぇんだぞ!」

 

「それをどうにかするのはリーダーの仕事--俺の仕事じゃない」

 

 淡々と事実を告げてやる--周りはもうダメだみたいな顔した奴や須藤に失望したみたいな目を向ける奴、そしてごく少数だが俺の言動が意外だと言うような奴もいた。

 

「俺はクラスを勝たせるために必死になってんだろうがっ……」

 

「俺にはそうは見えない--クラスじゃなくて自分が目立ちたいって風にしか見えない」

 

 おや、幸村が入って来るとは意外……でもないかな。

 あいつも頑張ってるが結果は振るわない--ある意味で須藤とシンパシーを感じてるのかも知れない。

 恐れながらもどうにか軌道修正を試みてるってとこか。

 

「リーダーだって言うなら感情任せに煽るだけじゃなくて、冷静な判断のもとで的確に指揮するのが正しいんじゃないか--少なくとも今はそう言う場面だ」

 

「ゆきむーの言う通り。嬰児くんに責任を擦り付けるなんてカッコ悪いでしょ」

 

「啓誠……幸村の言う通り頭を冷やせよ」

 

 長谷部と三宅が同調して窘めてるが、

 

「っるせぇ……」

 

 完全に逆効果だな--須藤の目が血走ってきた。

 このまま正論を説いてもどんどん悪くなりそうだ--ってか、拳を造ってるし既に殴り掛かって来る寸前だ。

 

 止めるのも造作もないが、何の解にもなる気がしない--ならば、いっそのこと。

 

「須藤よ。お前、バスケのプロ目指してるんだよな?」

 

「それがどうした、今関係ねぇだろ……」

 

 よし、まず殺意はこっちに向いたな--同時に望んでもない注目も集まっちまったが。

 

「気に入らないことがあるからって、当たり散らすなんぞスポーツマンシップには程遠い姿だ--バスケの世界ってのはチンピラがやっていけるもんなのか?」

 

「てめぇ……言うに事を欠いて俺の夢までバカにすんのか!!」

 

「え、嬰児くん!いくらなんでも言い過ぎだよ」

 

 須藤が完全にブギ切れて胸ぐらを掴んでくる--今回は俺も無抵抗で居ると平田が慌てながら止めようとしてきた。

 

 その気持ちはありがたいんだが、引っ込んでて貰えんかね。

 

「須藤、俺には夢なんてない--だからお前の気持ちなんて全く理解できない」

 

「ハッ、夢なんて下らねぇってか--んな面白くねぇ人生、何の価値があんだよ?」

 

 反撃の糸口を掴んで語気が多少は和らいだようだが、俺は須藤(こいつ)の頭を冷やす為にこんな話をしてるんじゃない。

 

「お前なんかにそんなこと言われる筋合いはない」

 

 と普通なら言うだろうな--ただ俺はあらゆる意味で普通じゃない、平和な日本の学生と比べたら特にな。

 

「俺の生きる価値を決める権利は俺にはない--ただ決められた事に従うだけだ」

 

「けっ、誰かのいいなりだってか?立派だな--自分の意志もねぇ、お利口さんは」

 

 血走ってた目も声も完全に冷めて手を放した--そして完全にバカにしたニュアンスで調子に乗ってやがる。

 

 もう話を聞く気も失せてるようだが、そうはさせない。

 

「意思はあるさ--従うべき相手は選ぶ。

 それから言うと今のお前は従うに値しない、その気が無いならとっとと失せろ。

 代わりのリーダーと競技交代のポイントをどうするか、何か案のある奴はいるか?」

 

「ふざけんな!なに勝手に仕切ってやがる、リーダーは俺だぞ!!」

 

 再び怒りがぶり返したようだが、これまでの流れで須藤をリーダーだと認めてる奴なんてどれだけ居るんだろうか--殆どの奴らが距離を取って須藤の声を聞いてるのなんか僅かだ。

 

「待ってよ、嬰児くん。それは余りにも乱暴だし質が悪いよ」

 

 その僅かである平田が俺に抗議して来た--しかしどうにも物足りない所からすると当人も全否定する気がないと感じさせるぞ、おそらく俺以外にもな。

 何より本当に気にしてるのは、そこまで俺の事情を言っても大丈夫なのかって顔に書いてある。

 

「須藤くんの夢をダシにして乏しめるなんてやり方……許されるものじゃないよ」

 

 平田なりに必死に捻りだした擁護--ここで俺が折れてやれば、Ⅾクラスの空中分解は防げるだろう。

 

 だが甘いよ。

 

「平田、夢や希望なんて無くても人は生きて行ける--いや生きて行かなきゃならない」

 

 ただ静かにそう言うと全員が息を呑んだ--そして続ける。

 

「そして今俺たちが生きてる居る場所は高度教育高等学校だ--この学校でそんな甘い主張がどれ程の役に立つんだ?

 龍園の根性は腐ってるが、あいつはしっかりと目を見開いて欲しいものを見てる。

 お前らはいつまで寝ぼけた目で寝言を抜かしてるつもりだ?」

 

「随分と買ってらっしゃるのですね。龍園くんのこと」

 

 坂柳よ。意味深な笑みを浮かべて……何の真似だ?

 

「おい、嬰児……まさか本気で龍園の誘いに乗るつもりじゃないだろうな?」

 

 と今度は幸村が焦った声を出してきた--上手に乗せられてるな、色んなのが。

 

「ねぇ、綾小路くん--あたしもポイント出すから、選手替えた方がいいなら直ぐに言って」

 

「軽井沢!てめぇ!?」

 

「あたし、このまま終わりたくない--嬰児くんも結果出してる人の指示なら文句ないでしょ」

 

 須藤が怒鳴るが軽井沢はガン無視して、綾小路に判断を仰ぎ俺を繋ぎ止めに来る--半ば本気、いや本当に本音なのか必死さがありありと伝わって来る。

 

 これも計算の内か?殆どの奴らの期待は綾小路に向かった。

 

 もう須藤の事なんて誰も気に留めてない--ここで更に我儘な言い分を喚き散らすかと思いきや、

 

「ああ、そうかいそうかい……そんなに俺が要らねぇって言うなら勝手にやってろ。体育祭なんてクソ食らえだ」

 

 自分自身、もう完全に諦めちまったニュアンスでテントから去って行ってしまった……つまりはこんな扱いを受けるのは初めてじゃないってことか。

 

 恐らくだが他人だけじゃなくて肉親からも……。

 

「何事だ、一体?」

 

 と今頃になって茶柱先生の登場--まさか狙ってたりしてねぇよな?

 

「須藤がもうやりたくないと以降の競技を放棄するそうです」

 

「ち、違います。少し調子が悪いみたいで……下がって休みたいとのことです」

 

 俺が簡潔かつストレートに答えたのに--平田よ、その言い訳はちょっと苦しいんじゃないか。

 

 茶柱先生も少し考え込んだが、すぐに判断を下す。

 

「そうか--だが何かしらのトラブルは見て取れる故、上には報告する。二度と同じことを起こすなよ」

 

 形式的な対処で見逃してくれるようだが、本心ではどんな感じなんだろうかね?

 

 

 ***

 

 

 そんなⅮクラスの揉め事など関係なく、二年と三年の騎馬戦は滞りなく進み--全参加最後の種目200m走が始まろうとしていた。

 

 この種目でも一番手は嬰児であり、待機していると龍園が近づいて来る。

 

「よう、牛井。須藤はどうした?便所か?」

 

 龍園のニュアンスは全てを把握しているようだ--遠目から見て推理してみせたのか、他に確実な手段でも要しているかは定かではないが。

 

「あのままじゃ戦力になりそうもないからな。

要らん奴は切るだけ、俺はそれでいい--結果、どうなるかは流石に分からないけどな」

 

「クク、良い答えだ。やっぱりあんな連中には勿体ないぜ」

 

 これには嬰児は無言であり、一組目が呼ばれコースに向かう--龍園は二組目のようで待機に入る。

 

 最早慣れた展開に他クラスも動じることなく集中しておりスタートする--結果は嬰児が一位を取ったものの、Cの選手である時任が二位となり三位もCの選手が獲得し、素直に喜べない雰囲気であった。

 

 続く二組目では龍園が問題なく一位、少し遅れて二位もCと止まらない快進撃に赤組のテントでは諦めムードが漂っていた。

 

 戻ってきた嬰児は無言で座っており何も言わない。

 

 軽井沢が何とか話しかけようとしてもいたが、

 

「次は平田の出番だな」

 

 彼女として応援しなければと持って行かれてしまい取り付く島もない。

 

 その調子のまま200m走も消化されていき、出番になっても須藤が戻って来ることは無かった。

 

 この後の女子と上級生たちの200m走、五十分の昼休み--それが終わり午後からは推薦競技が始まる。

 須藤抜きでは大幅な戦力低下は明白--綾小路はダメージが抜けきっていない左腕を摩りながら嬰児に話しかける。

 

「このままじゃ詰むな--これはお前の本意なのか、嬰児?」

 

「須藤を連れ戻せって言うなら相手を間違えてるぞ」

 

「分かってる--さっきの質問は言葉通りの意味だ、裏は無い」

 

 そう言って静かに返答を待つ綾小路--先の一件から自然と耳と注目が集まる中、嬰児は淡々と事務的に答えた。

 

「終わっちまうのは残念だ。でも俺は何も出来ないよ」

 

「そうか、分かった」

 

 綾小路は会話を切り上げて待機に入り以後は何も言わない。

 これには不吉を感じる者も少なくなく、何か考えがあるのかと希望的観測を持とうとする者も居たが拭いきれるものではなかった。

 

 軽井沢が意を決して綾小路に話しかける。

 

「ねぇ、大丈夫なの?」

 

「何がだ?」

 

「何って……さっき自分で言ってたじゃん。このままじゃ勝てないって」

 

「ああ、言ったぞ--このままじゃな」

 

「…………あ~、もう。勿体ぶってないでさ――――」

 

「悪いが話は後にしてくれ」

 

 綾小路は立ち上がり、競技から戻ってきた堀北の所に向かって行く--途中、嬰児にも目を配るが無言のままであり、特に気にすることなく話しかけた。

 

「今度もまた随分な結果だな。堀北」

 

「不躾ね--今度こそ笑いに来たの、それともアドバイスでもくれるのかしら?リーダーさん」

 

 皮肉を込めながらも何かしら期待感を滲ませるニュアンス--今回も入賞順位に入れなかった自身に対して綾小路は二位を取った。それで主戦力たちのモチベーションを何とか保ち、ギリギリでⅮは喰らい付いている状況--その中で結果を出せてない体たらくに焦りを感じているのかも知れない。

 

 そんな推察を浮かべながら、綾小路は冷たく言い放った。

 

「生憎とオレはリーダーになるつもりなんて無い--Aクラスになりたいのはお前なんじゃないのか?だったらいい加減に腹を括れ」

 

「訳が分からないわ--須藤くんを連れ戻して来いとでも?」

 

「十二分に分かってるなら聞き返すな」

 

「私に出来る訳ないでしょ--誰かを気遣う余裕なんて無いのよ、あなたと同じでね」

 

 堀北は綾小路の左腕を見ながら強く言い返す。

 

「そこまで分かって何故少ない戦力でいいなんて結論が出る。そっちの方が全く持って訳が分からん」

 

「不愉快ね……。誰よりも私情に固執してる人が偉そうに説教なんて。そもそも大勢はもう決してるわ。

 後は負けを小さくするかの喰い合いになるだけ、あなたが熱を上げている幼馴染さんのクラスだって敵として認識していかなきゃいけない。そっちこそ分かってるの?」

 

 堀北の不穏な発言に聞き耳を立てていた者たちは背筋が寒くなるのを感じた--引き合いに出された坂柳有栖の満面の笑みによって。

 

「それは有栖が大好物な展開で結構なことだ--それで、お前はもう試験を投げるのか?」

 

 問題のすり替えなどは許さない--動じることのない綾小路から、そんな含みを感じさせる。

 

「…………そんな訳ないでしょう。私たちは駄目でも……赤組としての勝利は得られそう、二位に入れば総合的には負けにはならない」

 

 言いながらも俯いていく堀北--自分の力による結果ではないことに不甲斐なさを感じているのが伝わって来る。

 

(もっとも誰に対してなのか、私情で動いてるのはお互い様だから何も言えないが)

 

 上の学年--特に兄である堀北学の参加する競技全てに目を奪われていた様子を思い出す。

 

「その為にするのが、余裕が無いと愚痴って貴重な戦力を見殺しにすることか?

 それじゃ最低限しか嬰児は動かせない--折角の超強力な戦力を活かすことが出来ないんじゃ、お前は何の為にクラスに居るんだ?」

 

「私は、私自身の果たしたい目的が、叶えたい願いがあるのよ--クラスの為にそれを諦めろとでも言うなら冗談じゃないわ」

 

「その願いを今、お前自身で潰そうとしてるんだぞ--クラスの為にお前が居るんだなんて言わないが、願いを……見返りが欲しいなら、今お前が何をすべきかを自覚しろ」

 

 それは堀北鈴音にしか出来ないこと--それこそが反撃の一手となりうる。

 

「後半戦、須藤抜きで戦い抜ける楽な展開になるなんてありえない--あいつが戻って来なきゃゲームオーバーだ」

 

「――――――」

 

 ハッキリと言い切った綾小路に堀北は言葉が出てこない。

 

「どうするかはお前が考えて決めろ--但しそんなに時間はない、それは念頭に置いておけ」

 

 綾小路は去って行き、その先には笑顔のままの坂柳--そのまま一緒に歩いて行き、二人のグループメンバーも集まって来る。

 

「お昼休憩は何処でしますか?」

 

 坂柳が言うのを皮切りに会話が始まり広がっていく。

 

「別にどこだって一緒だし、もうこの辺でいいんじゃない」

 

 長谷部が軽い調子で提案すると幸村が周りを見ながら肯いた。

 

「確かにな」

 

 彼ら九人が集まるのはいつもの事なので珍しくもないが、中心である綾小路と坂柳は夏休みの結婚式(イベント)の熱が収まっておらず、寧ろクラス共同と言うお膳立てもあって余計に注目の的であった。

 

 人目の無い場所に行こうとしても野次馬が付いてくるのは分かり切っており、テントから然して離れていないグラウンドの一角を陣取ることにした--結果、その周りは込み合い気軽に話せる直ぐ隣や正面などの取り合いが起こった。

 

 そして右隣りをいち早く取ったグループが話しかけて来る。

 

「あたしたちもご一緒させて貰うから、平田くんもいいでしょ」

 

「ええ、構いませんよ。軽井沢さん、それに牛井嬰児くん」

 

 坂柳が笑顔で許すと軽井沢グループとそれに連れられた平田と嬰児も集まった、男女十五人のグループが出来上がった。

 手早くブルーシートを敷き、主賓である綾小路と坂柳を座らせると学校が用意した仕出し弁当を誰が取りに行くかの話に移る。

 

「ここはやっぱり男子でしょ、流石にこの人数のをまとめては女の子じゃキツイし」

 

 軽井沢が仕切りながら言う--態度や口調からして反発も生みそうでもあるが、一番のご馳走と言える新婚夫婦に興味が行っているのが見え見えであり、それを同じくする女子たちを早々に味方に付けた。

 

「だよね~」

「ここは男の甲斐性を見せて貰う場面だし」

「あ、でも綾小路くんはいいよ。このままの方が一杯元気になるみたいだし」

 

「よ、いいこと言うね~。松下さん」

「わ、私も賛成かな」

 

「ま、私もその方が楽だし」

 

 これがこの場限りの集まりなら男子から顰蹙を買いそうであるが、

 

「人が増えてもいつも通りだな」

「全くだ--じゃ、とっとと行ってくるか」

 

 と何とも気の抜けた遣り取りに平田は乾いた笑いを出してしまう。

 

「ハハハハ、僕も付き合うよ」

 

「俺が行くから、お前らはそこに居ろ」

「いや、俺も一緒に行く。ほら早く行こうぜ、牛井」

 

 橋本が嬰児を押して行ってしまい、残った面々は雑談に入った。

 

「なんとも忙しない奴だな」

「フフ、気を利かせてくれたのですから、ここは素直に感謝しましょう。清隆くん」

 

 坂柳にそう言われて無言で肯定する綾小路--特になんでもない遣り取りだが、それこそが恋バナに飢えている者たちの壺にはまり、揚々と喰い付いて来させる。

 

「そうだよ。折角の体育祭の醍醐味なんだし、しっかりと楽しもうよ」

 

 軽井沢の至極もっともな発言を皮切りに話は進んでいく。

 

「特に綾小路くんが一番頑張ってるみたいだし、ここらで一息つかなきゃ」

「松下さんの言う通り、私たちに遠慮とかしなくていいから」

「そうそう、しっかりと元気になって貰わないと」

 

 明らかに何かを期待している軽井沢グループの面々--それは綾小路グループの女子二人も同じく目をキラキラとさせており、それ以外も満更でない視線を送っていた。

 

「あらあら何だか面映ゆいですね」

 

 それに応えてか、それとも自身が期待してからなのか坂柳は綾小路に寄りかかって優しく左腕を撫でる。

 

「有栖」

 

「いいじゃないですか、こう言う時ぐらい」

 

 若干照れる綾小路に笑顔のままの坂柳--既にこれだけで胸がいっぱいな展開であった。

 

「そうだよ、綾小路くん--ちゃんと休まないと」

 

 何かと休めと言ってくる松下。ここで漸くと平田も会話に参加してくる。

 

「少しでも体力を取り戻さないとね--後半戦は向う側はまだまだ余裕みたいだし」

 

 辺りを見渡しながら絶好調ではしゃいでいるCの様子を見ており、一気に真面目な雰囲気に切り替わった。

 

「あんだけぶっ飛ばしたてたのに……何処にあんな力があんのよ?」

 

 軽井沢の不満げな台詞に同感だと無言のまま肯く一同--この体育祭の結果はもう決まっていると言った堀北の言葉が思い出される。

 

「堀北さん、見当たらないけど大丈夫かな?」

 

 平田はさり気なく話を切り出して、綾小路の反応を窺う--言外に一人にして大丈夫なのかと。

 

「オレはあいつがすべきこと--あいつにしか出来ないことをやれと言っただけだ。

 それをあいつ自身がどう受け止めるかは分からん--出来ればいい方向に行って欲しいがな」

 

Aクラス(うちら)としては何もない方がいい気もするんだけどね」

 

 神室が会話に入って来る--これにはⅮの面々は不服顔だ。

 言葉そのものもあるが、須藤が頼りだと言うの状況もあるのだろう。

 更にそれが堀北次第だと言うのにも……。

 

「今こそが堀北の正念場なんだ--どうなるかは神のぞ知る、だな」

 

 綾小路は顔を上げて空を仰ぐようにしながら、目線は嬰児が行った方を見て言った。

 

 普段を知っていればいつものことだが、些か以上に事情を知っている坂柳にとっては面白くないことであり、撫でるの止めて手に力を込めて握りしめた。

 

(……ちょっと痛いぞ。有栖)

 

 と今度は坂柳に目を向けると嬉しそうにして撫でるのを再開する--この光景に集まりだけでなく周辺にも和やかさが戻るのだった。

 

 

 


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