どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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誓って○○

 

 

 

「予想通りに混んでるな」

 

 仕出し弁当を取りに向かうも混みあっていて、どの列にするか少し迷うな。

 

「なに、そこまで掛からんだろう。早く並ぼうぜ」

 

 付いてきた橋本が適当に列に入った--ま、確かに回転も早いみたいだし俺も橋本と一緒に並ぶ。

 

「今日だけの高級品--どんな豪華なのか今から楽しみだな。牛井」

 

「あー、悪いけど…………」

 

「お、すまんすまん。名字は嫌なんだったな、嬰児」

 

 見掛け通りにチャラく、フレンドリーで砕けた話し方--だが絶妙にこっちと距離を詰めて来た。

 

 伊達にAクラスじゃないってことか--それとも坂柳の目に適った奴と言うべきか。

 

「向うは今頃、夫婦でイチャイチャしてるのかな--仕掛け人としてはどう思う?」

 

「やってるだろうな--橋本は見れないのが残念じゃないのか?」

 

「一緒につるんでる時はしょっちゅうだからな--それでもあのお祭り騒ぎ(イベント)には驚いたがな」

 

 なんだ、新しいプロデュースでもあるのか。しかしそれは必然的に特例にあやかることに繋がる……この前のは坂柳も了承済みの筈だが。

 

「Aクラスはもう頼み事はしないと言うことだった筈だが?」

 

「勿論、そのつもりはない--ただ葛城の奴、引っ張ろうとして失敗したみたいだしな」

 

 つまりは俺を再度Aクラスに引き抜くとかか、そのまま無言で相手の出方を待つとニヤリとしながら言って来た。

 

「クラス移動出来ないのもお前の事情か?」

 

「言う必要はない--と言えば満足するか」

 

「いいや全く、ぶっちゃけ詮索するつもりなんて最初からないしな」

 

「懸命だな」

 

「けど他はそうだとは限らないよな。やったところでお前が困るとは思えんが、余計な面倒は望むところじゃないんじゃないか?」

 

 本題はそれか。俺の役に立てることがあるってアピール--それでしっかりと見返りも求めてる顔だ。

 

 こういう奴って分かり易くて返って信用出来たりもするよな--お友達にはなりたくないけど。

 

 しかし綾小路より安上がりになりそうでもあるよな。

 

 こいつはそこまで高望みをするタイプにも見えない--あくまでも自分の安全と利益を第一に考えてる。こうして堂々と他クラスに自分を売り込んでくる辺り、坂柳が負けた時の予防線を張ってるとこか。

 

 つまりは彼女に付いてるのも勝ち馬に乗ってるだけ……綾小路が訊いたら絶対に良い顔しないな。

 

 当初は唾つける相手が違うんじゃと思ったが、誰がⅮクラスの舵を握るかはまだ分からないからあながち間違ってるとも言えないな。

 

「ひとまず話は分かった--ただ困ったこともあったら頼るかは気分次第だぞ」

 

「十分だ--役に立ったなら、そのことを他にも伝えてくれ」

 

 ちょうどよく順番が回って来たので人数分の弁当を注文する--殆どの奴らがここでの昼食を希望してるが、そうでないのも居る。

 

 そいつらは何処で何してるかな?

 

 

 

 ***

 

 

 渡り廊下の一角を歩く櫛田、反対側から足取り軽くやって来る龍園。二人はすれ違うことなく、同じ方向に足を向け並びながら渡り廊下を歩く。

 

「いや~、悪い悪い。鈴音の奴があまりにも雑魚だったんで計画が狂っちまってな--桔梗」

 

「別にそれはいいよ--結果的にはあいつの面子は丸つぶれなんだから」

 

「ほう、意外だな。約束が違うとか、もっとねちっこくやれとか文句が来るかと思ってたんだが」

 

「あんたとは、もうこれっきりにするつもりだからね--これから先、何があったって私は一切関わらないし、知らぬ存ぜぬだから」

 

「なんだ、今更になってビビりやがったか--だとしたら期待外れだな」

 

 心底愉快そうにそれでいて下品に笑う姿は大抵の者は嫌悪を抱くだろうが、櫛田は全く意に介すことなく話を続ける。

 

「どうとでも……あんたのことだから私が裏切った時の保険ぐらい掛けてるんでしょうけど、何の役にも立たないから」

 

「ほう、退学してもいいってか--じゃ、体育祭が終わったら早速試してみるか。最低でもクラスで居場所を失ったお前が、どんなことするのか--ああ、考えると結構面白そうだな」

 

 一見すれば龍園が櫛田を脅迫している--それも龍園が途轍もなく有利な状況で。しかし櫛田は一切動じない。丸で龍園など全く問題にもならないと言うように。

 

「ご自由にどうぞ--て言うか、そんな悠長なことやってる余裕あるといいけどね」

 

「……解せねぇな。何があった?」

 

「そんなのこっちが訊きたいわよ。あいつが自棄を起こすなんて当面は無いと思ってたのに……一体どこのバカが」

 

 訳が分からない--櫛田の様子からして分からせるつもりない。その様子に只事じゃないことが起こったことを龍園は悟った。それを見透かしたように櫛田は言う。

 

「…………何か面白そうなことが起こりそうだとか期待してるなら、それかなり見当外れだよ」

 

「もう既に起きてるってか、手切れするって割には親切だな」

 

「そっちは手遅れみたいだからね--目を付けられたこと、流石に哀れに思うよ」

 

「なぁ、さっきからオメェは何の話をしてんだよ?」

 

「生憎と私にも分からない--それをこれから味わうのはあんた達だよ。それこそ嫌って程ね」

 

「これ以上は時間の無駄だな」

 

 最後まで理解させるつもりはないようで龍園は足を止める--そして構わずに歩いて行く櫛田の後姿を見ながら思案する。

 

(そんな直ぐに退学にさせるのも面白くねぇ。俺を裏切る気が有るようにも見えなかった……と言うか一体何に脅えてやがったんだ?)

 

 どうしても果たしたい目的の為に接触して来た。意地汚い本性を晒して来た時は色々と胸が躍り、ひとつ楽しみが増えたと思ったものだが、ここに来て一転して逃げ腰になった。

 

 言動からすると龍園自身も既に巻き込まれている--心当たりはひとつしか思いつかない。

 

「面白れぇ。何が来ようが受けて立ってやるよ」

 

 今まで感じたことのない大きな期待感に絶好調を越えたテンションは更に燃え上がるのだった。

 

 

 

 所変わり校内の保健室--堀北は診断を受けていた。

 騎馬戦時に伊吹に受けた攻撃と落馬により背中に鈍痛が残っていたからだ。

 普通にしている分には問題なかったが競技には深刻な支障をきたしており、それでも棄権を回避できないかと一縷の望みを懸けた。

 

「処置が早かったからかしらね--背中を叩きつけられて、よくこの程度で済んだわね」

 

「それじゃ!」

 

「いいえ、駄目ね。自分でも分かってるでしょ--これ以上は続けるのは望ましくないわ」

 

 完全な戦力外通知--先の無人島も含めての二度目のドクターストップを受けて、言いようのない喪失感と悔しさが滲み出てしまう。

 

(ホント、何やってるのかしらね。私は)

 

 最後の推薦競技で兄と並んで走る夢が断たれたこともそうだが、嬰児や綾小路に打ちのめされたことが再び脳内に駆け巡り、自嘲を通り越して自らの失望に苛まれる。

 

「あなた、推薦競技にも出る予定があるの?」

 

「はい。でも見送ろうと思います」

 

 堀北の回答に胸を撫で下ろす保険医--説得する手間が省けたからかと少々捻くれた感想を抱きつつ、思考を無理矢理に切り替える。

 

 船上試験で得た大量のポイントがある為、取り返しは付く。

 

(代役を誰にするか…………考えると頭が痛いわね)

 

 最有力候補が嬰児なのは言うまでもない--怪我したクラスメイトの代役なら尤もな理由であり、全力かそれに近い形で参加してくれるかも知れない。

 

 クラス全体のことを考えるとそれがベストな選択であり、堀北が参加しないことがプラスに働いていく状況に歯痒さを感じずにはいられない。

 

 しかしそれを悟られない冷静さを装う堀北。

 

「ありがとうございました」

 

 礼を言って保健室を後にしてグランドに戻る為に玄関に向かう。

 

 背を伸ばして歩こうとするも痛みが居座っており足取りは重い--そこに櫛田が駆け寄って来た。

 しかしその表情はいつもの櫛田ではなくよく言えば真剣、悪く言えば切羽詰まったものだった。

 ただならぬ様子に一瞬息を呑むが、お構いなしに櫛田は話しかけた。

 

「堀北さん、大事な話があるんだけど」

 

「その様ね--顔に書いてあるわ。出来れば手短にお願いしたいのだけれど」

 

「須藤くん探してるんでしょ。寮のロビーにいるよ、何なら話が終わったら呼んできてあげてもいいけど?」

 

「……いいえ、それには及ばないわ」

 

 話を先回りして、欲しかった情報を最初に提示--絶対に逃がさないと執念にも近いものを感じて僅かに冷や汗が出て来た。

 

「それで話って何かしかしら?」

 

「単刀直入に言うよ--堀北さん、今悔しいとか思ってる?」

 

「当たり前でしょ!」

 

 何が来るのかと身構えていただけに出てきた問いに語気を荒げてしまう。

 

「それってさ、何に対してなの--やっぱり結果が思うように振るわないⅮクラスに?それとも異常な程に結果を出してるCクラスに対して?」

 

「……どちらでもないわ。あくまで不甲斐ない私自身によ」

 

「じゃあ、もう少し突っ込むけど--それも何に対してなの、須藤くんを頼らなきゃいけないから、それとも……」

 

 櫛田はひと呼吸おいて、意を決したかのように堀北を見据えて言った。

 

「優秀なお兄さんに顔向けできないってことから?」

 

「誰に聞いたのよ?」

 

 堀北にとってあまりにも聞き捨てならないことに目を見開いて聞き返す--その姿に櫛田は確信を抱き、

 

「ハァ」

 

 とひと息ついて呆れ交じりの……それでいながらこれ以上ない真剣な眼差しを向けて来た。

 

「い、一体何なの?」

 

 堀北が見たことのない櫛田の姿の連続に再度聞き返す--そして出てきた言葉の意外性に度肝を抜かれた。

 

「変わらないね--中学の時も優秀な兄の妹ってレッテル貼られて、それが嬉しそうだったもんね」

 

「え、櫛田さん……あなた……」

 

「話したことなんて一度もないよ--でもお兄さん有名だから、引っ張られて堀北さんのことも耳に入ることだって珍しくなかった」

 

 淡々とした口調は堀北の精神を落ち着かせていく。

 そして改めて考えれば意外ではあっても何も不思議な事ではない。

 中学、高校と同じになるなどよくある話--知り合いとも言えないなら態々言うようなことでもない。

 

(なのにどうして今頃になって?)

 

 意図が全く解らないまま櫛田の話は続いていく。

 

「正直、私からしたら全く理解不能だね--普通は比べられるのが嫌で遠ざけたり、噛みついたりしそうなのに。

 堀北さんって、もしかしてお兄さんのお嫁さんになりたいって思ってる口なの?」

 

「そんな訳ないでしょ。私はただ……」

 

「お兄さんに認めて欲しい、褒めて欲しい?それともお兄さんみたいに立派になって活躍したいの?なんであれ全然できて無いじゃん」

 

 遠慮なく心を踏み込んで踏み躙って来られ、流石に堀北も苛立ちが湧いてくる。

 

「っ、さっきから一体何が言いたいのから?」

 

「最初に言ったでしょ、悔しくないのかって。だったらさ、何とかして見せてよ--この最悪な状況を。出来ないって言うなら、私…………明日にでも逃げ出すよ」

 

「に、逃げ出すって……櫛田さん、あなた」

 

 余りの話の跳びように心境が苛立ちから困惑に切り替わる--発破を掛ける為の脅しかとも一瞬考えたが、櫛田の顔も目も一切の冗談を含まない本気であることを物語っている。

 

「私は本気だよって言うまでもないみたいだね--じゃ、確かに言ったから、後はよろしくね」

 

 櫛田は堀北を置いて、そのまま行ってしまう--その後ろ姿を見ながら先の必死さ真剣さを思い浮かべる堀北。

 

(あんなに必死になる程、Aクラスに上がりたいんだ--見習わなきゃいけないわね)

 

 そして己を省みる--何故Aクラスに上がりたいのか。

 

 兄に認めて貰う為だ。

 

 その為に勉強も運動も努力して高めて来た……兄のように。

 どんな困難も毅然と堂々としながら立ち向かい、打ち勝って来た兄--正に見本や目標と言える姿に憧れた。

 そんな偉大な兄にふさわしい妹になる様にといつも思っていた。

 

 それが間違っていたとは思わない--しかし、かつて嬰児に言われたことが脳裏を過ぎる。

 

『それはお前の正しさじゃない。誰か別の奴の正しさ--その真似事だ』

 

 真の意味で強くなれない--それを今、嫌と言うほどに思い知らされている。

 このままでは駄目だ--何も成すことが出来ない。

 これから何をすべきかは綾小路に言われた通りだ--ただもう一歩、踏ん切りがつかなかった。

 

 しかし櫛田の必死さを目にして心が決まった。

 

(もう私には取り繕わなきゃいけないプライドなんてない。また一から出直さないといけないわね)

 

 その為に今できること、唯一残されたことをやろうと寮に向かう--その道中に二人の生徒を見かける。

 兄である生徒会長の堀北学と生徒会書記の橘茜だ。

 橘は堀北に気付くも堀北の兄は見向きもしない--彼女にとってはいつも通りに過ぎ去ってしまうと思っていた。

 

「この体育祭の異常だ--しかし何も起きずに過ぎていくのは理解してるか?」

 

 誰に向かい言った言葉なのか--少なくとも堀北には自分に向けての言葉に聞こえた。

 

「理解してます--これら全てに置いて私の不徳と致すところです」

 

 素直にそう言った妹に兄は目を細めて言った。

 

「……何か吹っ切れたか?」

 

「はい。どうやっても私は兄さんみたいにはなれないと思い知らされましたから」

 

 そうなる様に全てを費やして努力して来た--しかし結局届かなかった。何者にもなることが出来なかった。

 何より先の櫛田のような必死さがこれまでの堀北鈴音にあったかどうか--これでは兄が認めてくれないのも当然か。

 そんな自嘲を思いながら兄に向かい宣言した。

 

「だからこれからは、私は私の道を模索しようと思います--勿論、兄さんには迷惑は掛けません。それは安心して下さい--失礼します」

 

 頭を下げて寮に向かって行く妹に向かい、誰にも聞こえないような小さな呟きが堀北学の口から洩れた。

 

「もっと早くにその結論に辿り着いて欲しかったぞ」

 

「えっと……会長、何か?」

 

「何でもない」

 

 訳が分からないと顔に書いてある橘を連れて堀北学は歩き出した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 弁当も食い終わり、漫然と時間が過ぎていく--普通の学校の体育祭ならワイワイとお喋りでもしながら時間があっという間に過ぎていくものだろうが、午後の競技への心配からか心底そうしてる奴はいない。

 

 少なくとも俺の周りでは……イチャイチャしてた夫婦たちも流石に野次馬が鬱陶しいのか片づけたら即解散となり、今はグラウンドで一人となると思ってたんだがな。

 

「堀北の奴--ちゃんと食ってると思うか、嬰児?」

 

 綾小路、何を心にもないことを--と思ったが。

 

「俺が知る訳ないだろう。知りたきゃ直接聞けばいいだろう」

 

 こっちに来る堀北に目を向けるとあっちも気付いたようだ--全く回りくどい奴だ。

 

「オレには結構キツそうに見えるが大丈夫か?」

 

「あいつを止めるなって言うなら、話を聞いてからだな」

 

「そうか」

 

 如何にもな雰囲気を出しおって--大事な話が始まるって空気に連んでる奴らも気後れしてるじゃねぇか。

 

「あー、私たち席を外そうか?」

「それとも平田でも呼んでこようか?」

 

 長谷部と幸村も気を使ってるんだろうが、実際には乗せられてる……いや、ひょっとしてこれは綾小路なりの配慮だったりとか?

 

「頼めるか--出来れば軽井沢も一緒にお願いしたいんだが」

 

「うん。任せて」

「ってか、すぐそこに居るしな」

 

 行っちまったな--入れ替わる様に堀北も来た。ある意味で見事な連携だ。

 

「須藤だったら見かけてないぞ」

 

「居る所は分かってるわ--ただ間に合うかどうかは分からないから、ちょっとお願いがあるのよ」

 

 俺に一瞬目を向けながら堀北は端末を取り出した--どうやら無理する気は無いみたいだから、この場では俺の出番はないか。

 

「ポイントを預けておくから私と、間に合わなかったら須藤くんの代理を用意して」

 

「かなりに出費になるが、全部自腹でやるつもりか?」

 

「ええ、欠場による失格だけは何としても避けないと」

 

 事務的な淡々とした遣り取りだが--心なしか、さっきまでとは随分と違って見えるな。どういう心境の変化だ?

 

「嬰児くん--四方綱引きでは全力でお願いできる?」

 

「別に構わないが……代理の方はパスさせて貰う」

 

「そう、なら綾小路くん--私の代理をお願いできる?」

 

 喰らい付いて来るかと思ったが、あっさりとした切り替えだ。

 

「分かった。戻るまではオレが持たせる--その代わり最後の1200までには須藤を連れ戻せ」

 

「約束するわ。絶対に連れ戻す」

 

 即答した--それもかなりの気迫が籠ったニュアンスで。

 そこに平田と軽井沢もやって来た--なんともタイミングがいいな、狙ってたか?

 

「お願いするよ、堀北さん」

「絶対だよ。あたしもポイント出すから」

 

 平田と軽井沢も堀北の前向きな姿勢に影響受けたか--ま、いい傾向だな。連んでる奴らもいい顔してるし。

 

「ええ、それじゃ」

 

 堀北はそのまま行っちまった。

 

「嬰児、悪いが推薦競技を再検討しよう--平田と軽井沢もいいか」

 

「勿論だよ」

「あたしもいいよ」

 

 やれやれ、皆ノリノリだな--こう言うのを反撃の狼煙が上がった、または時代の移り目とか言うのか、何はともあれ新しい鳩まめを買わなきゃかな。

 

 

 

 ***

 

 

 

 痛みが響いてか、寮までの道のりがやたら長く感じながらも漸く辿り着いた堀北は、ロビーで寛いでいる須藤を見つけた。

 

「須藤くん」

 

「……堀北」

 

 穏やかに声を掛けられ振り向いた須藤は驚いていた--同時に二人にはかつて似たような場面があったことを思い出した。

 

「なんだよ、前みたいにまた説教でもするのか?」

 

「一応は助けてあげたのだけど……いざ、こうなって見ると全く変わってないわね」

 

 変わってない--この台詞に須藤は不快な反応を示した。

 

「悪かったな……どうせ俺は嬰児の言ってた通りのチンピラだよ」

 

「嬰児くんか--あの時のこともある意味で彼のお陰でもあるのよ。少しは聞く耳ぐらい持ったら」

 

「どういうことだ?」

 

「当時私たちが漫然と授業や部活をしていた際も彼は他クラスの情報を集めていた--それを回してくれなかったら、あの時に退学させられてたかも知れないわね」

 

 堀北が語った事実に須藤は益々持って不快な顔をする。

 曲がりなりにも自分を気に掛け助けてくれた女--そして惚れ込んだ思い出(できごと)が気に入らない奴のお膳立てによるもの。

 結局は自分が格下でしかないと言われている気分だった。

 

「ケッ、気に入らねぇな--だったらあの時の〝情熱を正しい方に〟とかも嬰児が言えって言ったからか?」

 

「言葉を少し拝借させて貰いはしたけど--あれは間違いなく私の言葉よ」

 

 毅然と言う堀北に一瞬、須藤も目を奪われそうになるも慌てて目を反らす--そんな様子にお構いなしに堀北は再度言った。

 

「それは今も変わらないわ--この体育祭、あなたが真剣に取り組んでいたのは間違いなく正しいことよ。それをこんな形で放り投げていいと思ってるの?」

 

「やっぱ説教かよ--マジで勘弁してくんねぇか、今スゲェムカついてんだよ」

 

 無意識的だろうが激しい貧乏ゆすりを始める須藤--自分でも悪いとは思っているのか表情も苛立ちだけでなく苦々しさが混じっている。

 

「自分でも衝動が抑えられねぇんだよ。仕方ねぇだろ」

 

 そんな顔を堀北に向ける--大抵の相手は威圧され黙り込むだろう。しかし堀北は動じることもなく目を反らすことなく無言のままだ。

 

「チッ……何なんだよ?」

 

 須藤が根負けして再び視線を逸らす--それを見て堀北は思ったことをそのまま口にする。

 

「そう言うのが無ければ、ここには私だけでなくもっと大勢が居たでしょうね--それこそ櫛田さん当たりなら、クラスの殆どの人が戻って欲しいと説得に来てたわね」

 

 須藤は引き合いに出された相手が相手だけに何も言えない--そこには、もう投げ出して諦めてしまった故の後ろめたさもあるかも知れない。

 

 最悪な状況の中で全てを懸けて踏ん張ろうとした櫛田と対照的だ。

 否、自分にもあれ程の気迫があったかと言えば肯定など出来る筈もない--大きな目で見たなら結局は須藤と同じでしかない。

 

 堀北は紡ぎだされた結論に自嘲してしまう。

 

「……なんだよ。そんなに可笑しいのかよ?」

 

 言われて口元を当てると笑みを作っていたようだ--しかし慌てることなくじっくりと言葉を返す。

 

「いえ、似てるなと思って--私とあなた」

 

「はぁ、どこがだよ?」

 

「いつも一人、それでもやれると信じていた……でも誰にも認められなくてもいいなんてことを求めてはいない」

 

「何言ってやがる--俺は別に他人の事なんて―――――」

 

「今ここに居ることが何よりの証拠じゃないの。本当に他人の評価なんて気にしないなら、リーダーだとかそんなことは関係ない筈よ」

 

 本人も意識していなかった図星を付かれてか、須藤は怯み--やや間をおいて言う。

 

「……注目や尊敬を集めたいって気持ちはあったかもな。今まで俺を見下してた奴らも見返したかったし……ダセェな」

 

「その通りね。自分で欲していながら、叶わないと思ったら投げ出す--無様で格好悪いわね。櫛田さんの目にも私はそういう風に映ったのかしらね」

 

「さっきらから櫛田、櫛田となんなんだ?」

 

「ここに来る前に言われたのよ--この状況を何とかしてくれなきゃ、明日には逃げ出すって」

 

「…………はぁ?」

 

 余りの内容に反応に時間が掛かった--否、まだ意味を吞み込めていない様子だった。

 

 堀北は話を急かさずに須藤が持ち直すのを待った。

 

「冗談だろ、逃げ出すって--退学するってのか、体育祭で負けたぐらいで」

 

「私がそんな冗談をいうタイプに見える?間違いなく、あれは本気だったわ」

 

 流石に反論の余地がないのか、唖然としてしまう須藤--堀北もさっきは自分も同じ顔をしていたのかと心中で自嘲しながら本題に入る。

 

「体育祭だけど、あなたが戻ってもⅮクラスもう勝つことは出来ない--でも戻ってくれれば負けないことは可能だわ」

 

「だろうな--嬰児も綾小路も基本的にはやる気ねぇし、俺が居なきゃ最悪……最下位になるかもな」

 

「その結果、櫛田さんが去ったらⅮクラスは完全に終わり……Aクラスへの望みは完全に断たれるわね。私としてはそうなられちゃ困るのよ」

 

「……説得じゃなくて脅迫かよ。それもオメェの為に櫛田を人質に使うなんて、やり口が汚ねぇぞ」

 

「どうとでも……そうでもしなくちゃ、もう巻き返しは出来ない。Aクラスには上がれずにこんな所で負けていいと思える程、私のプライドは安くないのよ」

 

 とことん自分本位な言い分だが、込められた気持ちにはこれ以上ない本気を感じさせた--同時に負けたくないと言う内容には須藤にも深く共感できてしまい、否応なく耳を傾けさせられた。

 

 堀北は更に畳みかけるように言う。

 

「須藤健くん--あなたは悔しくないの、このまま負けてもいいの?」

 

「いい訳ねぇだろ……勝ちてぇに決まってるだろ!」

 

「なら選択肢はひとつよ--下らない意地は今すぐに捨ててちょうだい」

 

「下らねぇだと……」

 

「自分でもそう思ってるんでしょ--でも捨てられない、それがあなたの苛立ちの原因じゃないの?」

 

 容赦なく心を刺して来る--須藤が最も見たくない部分を暴いて来る。

 しかし苛立ちは湧いてこなかった--堀北はAクラスを目指す為にそれまでの自分を捨てた。

 そのことを感じたからかも知れない--櫛田のようになりふり構わずに自分の全てを懸けて。

 

「笑い話よね。私もある意味あなたと同類--そんなのがクラスを率いて上を目指そうなんて」

 

 Ⅾクラスで最もAクラスになることを望んでいるのは自分だと思っていた--でもそうじゃなかった。丸で命を懸けた如き気迫を目にして堀北鈴音がどれ程、ちっぽけな人間だったかを思い知らされた。

 

「なんでそこまでAクラスに拘るんだ?お前、勉強もスポーツも出来るし、別に特権なんて無くったってどうにかなるだろ?」

 

「兄さん--この学校の生徒会長に認めて欲しかった。

 でも駄目ね--ある程度は優秀なつもりだったけど、この学校に来てから一歩も二歩も先を行っている人達に何度劣等感を感じたか……」

 

「基本的には綾小路と同じかよ……色ボケかブラコンの違いだな」

 

「その通りね--けどあっちはお互いに認め合ってて、私の方は歯牙にもかけて貰えない。本当に情けない限りだわ」

 

「俺から見ればお前は十分優秀だし頑張ってると思うが、それでも認めて貰えないのか?」

 

「兄さんは本当に一人でAクラスを背負って立っているような人よ--だから私もと、周りに目もくれずに走ってきたつもりだったけど届かなかった。いえ、それどころか--その気持ちすら大したものじゃなかった」

 

「……そこまで言わせるほど、凄かったのか--あの櫛田が?」

 

「ええ、命懸けの気合いなんて初めて見たわ--そして私たちのような、ちっぽけなのが何かを成すにはあんな思いが必要だって」

 

 堀北のひと言ひと言の重み--その源泉を聴かされ、須藤の心は感じたことのない感情が広がっていった。

 クズのような親のようになりたくないと思っていた--でも同じようになっていく自分が嫌だった。自分はあの親の子だと、どうあっても同じになると突きつけられている様な現実に苛立っていた。

 だが、穏やかな櫛田の自分が知らない熱い姿を聴かされ--孤高を気取っていた堀北が多くを曝け出して自分と向き合ってくれた姿を見て、自分も変われるかも知れないと初めて実感できた気がした。

 

 今の堀北の姿は須藤のなりたかった、憧れていた自分--これまでにも増して魅力的に映った。

 

 そんな須藤の心中に気付くことなく--堀北は決意を胸に言った。

 

「改めて言うわ--戻ってきて一緒に戦ってちょうだい。

 そしてこの先、もしあなたが道を踏み外しそうになったら、何度でも連れ戻すわ--だから、あなたの力を私に貸して」

 

 真っ直ぐに見つめて来る堀北--その姿に須藤は思った。

 

(惚れ直した……いや二度も惚れさせるんじゃねぇよ)

 

 そして惚れた女にここまでされて受けなければ男じゃない--と負けを悟らされた。

 

「……ったく我儘な女だな--お前の都合ばっか押し付けやがって」

 

 しかし素直にそんなことを言える訳もなく拳を握り、自分の頭に叩き付けて了承しようとした。

 

「そう。だったら、時々あなた--私を名前で呼ぶわね。少し不本意だけど、それを認めてもいいわ」

 

「え、あ、いや……」

 

「但し、それ以上を求めて来るなら--この場で張り倒して、根性を矯正させるわよ」

 

「…………そこまで落ちぶれちゃいねぇよ。ったく、俺を何だと思ってんだよ」

 

 思わぬ流れになって気後れしてしまうも気を取り直して堀北に一歩近づく。

 

「協力するぜ、堀北(・・)--求められんのは悪い気はしねぇし、何よりお前のその気持ちに応えたい。

 午後の競技はどんなことになろうと全力を尽くす--名前に関してはその結果で改めて聞かせてくれ」

 

「なにそれ、格好付けてるつもり?」

 

「いいだろう--このぐれぇの意地くらい通させろよ」

 

 須藤が照れ臭そうにした時、昼休み終了のチャイムが鳴った--推薦競技開始には間に合わなかった。

 

「急ぎましょう--借り物競争は駄目でも四方綱引きには間に合うわ」

 

 問答している暇はなく、言うと同時に堀北と須藤は走り出した--その二人の様子をずっと見ていた鳩が一羽、二人の姿が見えなくなると飛び去って行った。

 

 

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