どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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新しい風の吹き始め。

「え、えっと……つまりどういうこと?」

 

これから(・・・・)を戦っていくには途轍もなくデカい覚悟が必要になって来る--オレにその覚悟があるかって嬰児はそう言いたかったんだ。あいつは何ひとつ自棄を起こしちゃいないし、この学校(・・・・)に対して含むところなんてない」

 

 今ひとつ解り辛い説明だが、それも仕方がないと櫛田は心を無理矢理に落ち着かせて思案を展開しようとした。

 

「あー、お前らすまねぇが話はまたあとでいいか?」

 

 しかし須藤が遠慮がちに入ってきた--手には足を結ぶ紐があり準備に入りたいようだ。

 

(ああ、もう--考える時間もないか。こんなことなら代役なんて引き受けるんじゃなかった)

 

「いや、こちらこそ悪かった--櫛田、また後で」

 

 綾小路は涼しい顔で応じて行ってしまう--それを見て櫛田の内心はまた穏やかではなくなってしまう。

 

「なぁ、余計なことかも知れねぇがよ……オメェらまだ喧嘩したままなのか?」

 

 須藤が心配そうに訊いてくる--悪意など全くないと分かってはいても苛立ちが増してしまうが、どうにか抑え込んだ。

 

「……ごめん。今は競技に集中しよう」

 

「お、おう」

 

 冷静に応じて見せたが、いつものような爽やかな笑顔を出すことは出来なかった。

 

 

 

 ***

 

 

 うん、須藤と櫛田ペアの二人三脚は二位か--即席にしてはよくやったと言うべきだな。

 

 櫛田も心が荒れててもメンタルコントロールは慣れてるようだし、須藤も相手に合わせる事が出来ない訳じゃない--と言うのもあるが、Bもまた土壇場で選手が交代した即席ペアってのも大きかったな。

 

 柴田と組んだ一之瀬--運動神経は悪くないが良いとも言い切れない。明らかに慣れてない感じだった--本来出る筈だった奴だったらどうなっていたか。

 

 そして、いよいよ最後の競技--三学年合同1200mリレーだが、最早消化試合のような有様だ。

 

 本当なら最高に盛り上げての締めくくりになる筈が午後一番の競技で全て持って行かれて……これで夫婦が一緒に走るとかなら、まだ良かったが無理だしな。

 

 その件の夫婦の方を見て見ると旦那の方が居ない--ただ探す必要は無いか、さっきは櫛田の所に言ってたのに忙しない奴だ。

 

「ここでもやっぱりCが一番の敵になるのか?」

 

 完全に確信してるってニュアンスだな--それこそ覚悟はとっくに済ませているみたいな。

 

 まぁ、どこまで本心かは定かじゃないが--少なくともここでは誠意をもって答えるか。

 

「さて、どうだろうな--限界が来ててもおかしくは無いな、個人差はあるだろうけど」

 

「そうか」

 

 俺は答えたから今度はこっちからかな--綾小路がどういう心積もりなのかもハッキリさせたいと切り出した。

 

「櫛田の不安は結局取り除けなかったか?」

 

「生憎と時間が足りなくてな--本来の目的とは正反対のことさせた分、ストレスを少しは軽くしてやりたがったが」

 

「堀北に活入れて背中を押すなんてやりたくなかっただろうにな」

 

「それだけ櫛田の心が切羽詰まってるってことだろ--全ては命あっての物種だ。ましてや死んでもこき使われるなんてことになったらと思えば、どんなに不本意でも目的を捨てざるえないだろう」

 

 些か責めるようなのが気に入らないな--もっとスマートなやり方は無かったのかとでも言いたいのか?

 

「別にこんな事にならくても結果は変わらなかったんじゃないか--いや、Ⅾクラスを基準に置けばもっと悪くなってたと思うぞ」

 

「だろうな--獅子身中の虫なんて放っておいたら害悪にしかならない。オレやお前が踏ん張ったのもそうだが、どんなに異常でもフェアな大会進行が行われなきゃ確実に最下位になってただろう」

 

 所詮は学生の大会だ--普段から練習を積んで精神を鍛えてるのとは違い、この時だけの即席だからな。士気やメンタルが崩れ去れば一気に持って行かれる--それを統率する奴がやられたら今頃はとっくに終わってても不思議じゃない。

 

「異常さを抜いて想定すれば堀北には強敵をぶつけつつ、確実に勝てるようにCは調整されてた--須藤にしても龍園の手法を考えればお前以上にイラつかせる方法で潰されたのは想像に難くない」

 

「なんとも饒舌だな--そうなってもお前が(ケツ)を持ったんじゃないのか?」

 

 堀北の尻拭いをとか言ってたし--第一に素直に警告してもあの時の堀北が聴く耳を持ったとは思えん。

 裏切者が居るのを逆に利用して最後(・・)には勝つ--その為なら今は負けてもいい、そんな意図を昼間のやり取りからは感じたぞ。

 

「堀北が退学になるのはどう考えても損失だからな……ついでに言えば何故そこまでするのかも聞き出せればと思ってたよ」

 

 後半は兎も角、前半は何処まで本心何だか……。

 

 いや動機についての俺の考察を聴きたいのか--今後の戦略を立てる上で重要なのもそうだが、単純に個人的な好奇心も透けて見える。

 

 こいつもこいつで欲望に正直な奴だ--と言うことで少し考えてみようかね。

 

「そうだな--あの時の姿見られて我が身を使い脅してきた。それだけ知られたくないってことは間違いない--つまりあれ(・・)を堀北も知ってるんじゃないか?」

 

「………………」

 

 固まってしまったよ--そんなこと考えてもみなかったか。少し待ってやり漸くと口を開いた。

 

あの姿(・・・)は衝撃的だった--あれだけのインパクトを受けたら一回見たら忘れないんじゃないのか?」

 

「妥当だな。ただ堀北(あいつ)の興味は凄まじく狭いし、関係ないことなんてスルーして記憶に留めようともしないだろう」

 

「そんなレベルだったか--いくら何でもあり得ないだろう」

 

「お前の方こそ衝撃が強かったみたいだな--色々と。珍しく頭が固いじゃないか--別に直接見なくても知ることはある、本人の意思とは無関係にな」

 

「そうか、噂とかか」

 

 理解が早くて助かる--あとは勝手に進んでいってくれ、一々説明するのも手間だしな。

 

「確かにそれなら堀北が聞き流したとしてもおかしくない--しかしそんな事になるようなヘマをするような奴か?」

 

 それでも俺との話を止めないか。もっと他に知りたいことが……あるんだろうな。ただそれに答えるかはこっちの任意だよ。

 

「現状ある情報じゃ、ここまでが限界なの--って言うかもうある程度は分かってんじゃないのか?」

 

「話の順番が違う--そのヘマを犯したから、より慎重になって用心深くなったか。だからこそ堀北を邪魔に思い潰すのも一切の容赦はしない」

 

 そのくらいのトラウマだったって事だな--今回はそれを塗り潰すだけの恐怖を持って、その決意を捨てさせたが、心配がなくなるか又は開き直ったならどうするかな?

 

 俺としてはそんな風に綾小路の興味が逸れてくれると助かるな--しかし希望通りの展開にはなる様子は無いな。

 

「ここまで来ると内容にも興味が湧いて来たな--だから嬰児にも協力を頼みたいんだが。

 勿論、全てはオレの我儘だから責任を負う必要はないし、今後(・・)とも問題が起きれば全力を尽くすのを約束する」

 

「内容なんて別にどうでもいいとか言うと思ってたが--と言うか、俺じゃなくて堀北に頼んだ方が手っ取り早いんじゃ」

 

「お前への恐怖を無くさなきゃ、あいつは間違いなく進んで退学するだろう--実際にさっきは一緒に逃げて欲しいみたいな感じだったしな」

 

 話を盛ってないか--それに自主退学するっていうなら、それはそれで全然構わないと思うんだが。

 

 そんなことを思っていると綾小路の奴、また面倒な所を突いてきやがった。

 

「詳しい経緯は与り知らないが、堀北は櫛田に相当以上--いや絶大な信頼を置いたようだ。みすみす櫛田が去ってしまえば折角の団結も水の泡--いやそれ以上にⅮクラスは再起不能になるぞ、それはお前の望むところじゃあるまい」

 

 おのれ小癪な--流石に少しムッと来たので言い返してやろう思ったが、生憎と時間切れだ。

 

「続きは体育祭が終わってから話そう--櫛田も交えてな」

 

 

 立ち上がり言っちまった--こんな事ならオレも参加するって言えばよかった。

 

 

 

 ***

 

 

 須藤を先頭に平田、綾小路、前園、小野寺に堀北の代行として櫛田がグラウンドの中央に集まっていく。

 

「綾小路くん、腕は大丈夫?」

 

 歩きながら平田が気に掛けて来る。

 

「問題ない訳じゃないが、大分良くなってる--競技には支障はない」

 

 自信満々に断言する姿にそれ以上は言わずに話を切り替える。

 

「その、櫛田さんとは……」

 

「あまり気負い過ぎるなとは言っておいた--気休めにはなるだろう。ただ、重要な位置は酷だろうから四番手辺りがいいと思う」

 

「元々の綾小路くんの位置だね--じゃ、アンカーは?」

 

「オレが務めよう--戦力が削られてるのは如何せん痛い。

 須藤から平田、小野寺の順で逃げ切るのが勝算は高い--オレも多少の無理はするが、最初の位置取りまではキツイ」

 

 全学年による十二人のリレー。人数分のレーンを用意することは出来ない為、横一線でスタートして抜け出した者からインコースを取っていく方式--最初の位置取りこそが重要になる。

 

「だからこそ須藤くんに任せたいと--と言うことだけど頼めるかな、須藤くん?」

 

「……どうもこうも、それしかねぇじゃなねぇか。全くいい性格してるぜ、オメェら」

 

 最早、割り込む余地のない議論を聴かされ須藤は肯き--女子たちも綾小路の提案した順番に異存はないと肯いた。

 

 方針が決まり集まった待機場所から須藤がコースに入って行く--そして最も内側の有利な位置に配置された。

 他の一年生も近い位置であり、一番外側を三年のAクラスが配置される。

 更に三年のスタートは全員女子であり更に優位性が上がった。

 

 スタートまでもう少しの時、綾小路に声が掛かった。

 

「よう。熱々夫婦、話すのも久しぶりだな」

 

「そうですね。南雲先輩」

 

「全く、本当なら今が一番の盛り上がりなのに--やってくれるよな」

 

 気さくにしてるも直ぐにワザとらしい白けた声でからかって来る。

 

「別に意図した訳じゃないですよ」

 

 流石に鬱陶しいのか綾小路の対応も投げやりだ--しかしそれは返って逆効果で南雲は益々面白がる。

 

「普通にやっててアレか--なら感謝だな。この学校に入ってあそこまで面白いは見たことなかった--来年からの改革にも身が入るってもんだ」

 

「南雲、繰り返しになるが本気なのか?」

 

 その時、堀北学が唐突に入って来た--綾小路は少し驚いたが、南雲はより面白そうだった。

 

(つまりは最初から堀北兄に聴かせる--いや、割り込ませるつもりだったか)

 

 ダシに使われたことには思うところはないが、そうまでしても絡みたいのは何かしらの執念を感じさせる。

 

「別に伝統を守ることが悪いとは言わないですよ--ただ俺は作りたいんですよ、究極の実力主義の学校をネ。その為にもここで一発、勝たせて貰いますよ、堀北会長--でも出来れば接戦で戦いですから一応、会長のクラスも応援しますよ」

 

 そう言って歩いて行く南雲--同時にスタート合図が鳴り、堀北兄と綾小路も無言のまま歩く。

 

(紛れもなく本心だったな--堀北兄(こいつ)に勝つことが今の一番の証明だからってところだろうが)

 

 綾小路はさり気なく横目で堀北学を見る--三年生である彼は生徒会も引退して来春に卒業する。

 それは南雲にとっての楽しみがひとつ無くなること--新しい楽しみを求めていても不思議じゃない。

 

(しかし、なんでオレなんだ?)

 

 綾小路が覚えている限り会ったのは結婚式ごっこの一回だけ--面白いだろうが目を付けられるには弱い。自分の与り知らない要因があるのか、訊いてみたくもあった。

 

 ただ今は最後の競技に集中すべき時だ--余計なことを考えて結果が振るわなければ、いくらどうでもいいことでも格好が付かない。

 

 無理矢理に思考を打ち切って状況を見る。

 

 須藤は今体育祭でベストなダッシュで他の十一人を出し抜く勢いを見せた。正に圧倒的な展開であり、混戦により位置取りに苦労する他の全て(・・)の選手の隙を付いて15m以上のリードを得て次に繋いだ。

 

「平田!任せたぞ!!」

 

 優勢に湧くⅮクラスを更に推し上げるような激励--平田のテンションも自然と上がった。

 

(これは負ける訳にはいかないね!)

 

 普段でも全てを卒なくこなす平田--この場でも華麗にこなしてリードを維持する、と予測していた。

 

「「きゃ~!!!格好いい!!平田くん!」」

 

 高まったテンションに比例して平田の能力を引き出し、更なるリードを以て三番手の小野寺にバトンを渡した。

 

「頼んだよ、小野寺さん!」

 

 その思いは確実に伝染して、小野寺もまたベストの走りを見せた--ただ他クラスとて黙っている訳ではない。

 特に追って来る三番手たちは殆どが男子--リードは確実に詰まっていく。

 それでも四番手の櫛田にバトンが渡った時にはまだアドバンテージがあった--それを必死で死守しようと懸命に走るが、二年Aクラスの男子に逆転される。更に五番手の前園に回る時には三年Aクラスに抜かれ、二年と三年のAクラスによる一騎打ちの様相を呈して来た。

 これは周囲の予想通りの展開であったが、ひとつ不可解な展開も起こっていた。

 

(トップと競り合うのはCクラスだと思ってたんだが--如何せん苦しそうだな)

 

 文字通りの意味で必死の形相で走っているものの、これまでの様な圧倒的な姿は見えない--寧ろ、もう限界のようでさえあった。

 

 代わりに追い上げて来ているのはBクラスであり、とうとう抜き去られてⅮクラスは四番手になってしまった。

 

「前園さん、まだ終わってないわよ!」

「綾小路くんに繋ぐまで頑張って!!」

 

 前園の気持ちが折れて失速しかけたのを見て櫛田が叫んだ--堀北もその通りだと同調して続いた。

 

 これを声援と取るか叱責と取ったか--前園の表情も変わり、ペースは崩さずに済んだ。

 

 ただあくまでも失速を免れただけで、Bを抜き返すなりの接戦などはなく、差が広がるのを小さくするだけ--他の選手とて必死なのは同じで後半戦に主力を置いたクラスは追い上げを見せておりアンカー到達までは五番手になってもおかしくない。

 

 しかし何が起こるのか分からないもの--トップを競っていた三年Aクラスが躓いて転び 直ぐに立て直したが、一気に二年Aクラスが単独トップに躍り出た。

 一方で生まれたタイムラグは大きく三番手の一年Bクラスとの差は縮まり、まだ四番手であったⅮクラス前園も息を吹き返したか最高に近いラストスパートを見せた。

 

「ありゃー、二人はこうなると一緒に走りそうですね、羨ましい--折角一位が確実になったのに素直に喜べないですね」

 

 南雲の言葉に嘘はなく、本当に複雑な顔でバトンを受け取りに助走に入っていった--程なくして二位に躍り出た一年Bクラスもアンカーの柴田にバトンを渡す。

 

「っしゃ!後は任せてちょ!」

 

 目を輝かせて南雲を追いかける柴田--続いて堀北学と綾小路もコースに入っていく。

 

「アンカーがお前とはな」

 

「オレじゃ不満か?本当ならあんたの妹が入る予定だったが」

 

「はぐらかすな--分かっているだろう、俺が誰のことを言っているのかぐらい」

 

「そっちこそ、嬰児に自由が無いことぐらい分かってるだろ--力不足は承知してるが、我慢してくれ」

 

 綾小路の言い回しに堀北学は目を細めて瞬時に理解した。

 

「ほう、既に敗れたのか--それがお前のその気の源と言う訳か」

 

「有栖との約束の為だ。変な勘繰りはよせ--ただ嬰児に負けたのは事実だ。それこそ手も足も出ない程の実力差を持ってな。世界の広さってのを初めて実感した瞬間だったよ」

 

「やはり残念だな--俺が戦う機会は恐らくない、一体どれほどの強さなのか」

 

 その目に灯される闘争心に綾小路は奇妙な共感--同時に心の底からの嫌悪感を抱いた。

 

「だったらまずオレと戦ってみるか?さっきも言ったが嬰児はオレよりもずっと強い--オレに勝てないようじゃ、話にならないぞ」

 

「……意外だな。そんな挑発をしてくるタイプには見えなかったが--それがお前の本性か?」

 

「何がオレの本性かはオレにもまだ分からない--ただ予感はある、嬰児がオレに更なる高みを見せてくれると」

 

「ほう、そこまで言うか--ならば余計に興味が湧いて来るな、牛井嬰児と言う男に」

 

 面白い--堀北学の顔にそんな笑みが浮かんだ。

 

 対して綾小路は闘争心を隠すのを止めて、勝負を受けたことを確信した。

 間もなく三年Aクラスが来る--どうにか食らい付いてる前園も程なく来る。

 おあつらえ向きに舞台は整っている--この二人じゃなくても熱くなる展開だ。

 

「俺は過程の未来になど興味はないが、今この時だけは乗せられてやろう--だから全力を出せ、綾小路」

 

「言われるまでもない、最初からそのつもりだ」

 

 最早これ以上の問答は無用--時間もなく、堀北学の手にバトンが渡った。

 

「え、あ……」

 

「ご苦労だった」

 

 立ち止まったままの同級生に驚きながら何も言わずに引き上げていく--前代未聞の事態に殆どの観客が注目する。

 

「綾小路くん!」

 

 前園からバトンを受け取ったと同時に走り出す二人--宣言通りに全力で最速の走りを見せる。

 

(体育祭なんて関係ない、この男と勝負することが全てだ)

 

 その思いで走りに綾小路は歓声も他のランナーの姿も消えて加速していく。

 

 

 

 ***

 

 

 ほう、これはまた珍しい光景だな--正に風を切るような走りだ。

 

 綾小路の奴、全力を出せる相手に闘志を抑えきれなかったな--なんだかんだと言いながらもまだまだ青いな。

 

「マジかよ」

「うそだろ……」

 

 今までも好成績を出してたから早いのは分かっていた--それでも信じられないって顔だ。

 

 ただそれでも例外は要る--それは嬉しそうにしながらも肯いている娘が。

 

「当然です--やっと清隆くんの本当の実力を見れました」

 

 最早、何も言うまい--そんな雰囲気で堀北会長との一騎打ちに注目が集まる。

 前を走っている柴田と南雲も余裕のない--必死を通り越して決死の走りになってるが、やっぱり物足りないな、後の二人に比べると。

 

 とか思ってたら柴田を抜いた--先頭の南雲との差もぐいぐいと縮んでる。

 

 この劇的な展開に怒号のような歓声が響き、沈んでた興奮が盛り返して来た--それを南雲も肌で感じてるのか、焦りが溢れて明らかにオーバーペースに入った。

 

 おいおい、大丈夫か?

 

 この見立ては直ぐ様に的中した--二人が迫り抜き去ろうとした瞬間、南雲の足取りが乱れ躓いた。どうにか転ぶのは避けたが、綾小路の進路を妨害する形になり軍配は堀北会長に上がった--ちょっと締まらない結末だが、運悪く負けてしまった綾小路の方が、不満だろうし、こっちが何か言うのは止しておこう。

 

 それでも二位には入った--Ⅾクラスとしては入賞できればだから、寧ろ上出来だ。

 

 戻って来る綾小路だが、流石に息が上がってる--それと腕の痛みがぶり返したようで強めに抑えている。

 

 これは少し放って置く訳にはいかんな--観戦の合間に用意した冷却スプレーを持って近づいて行き、少し強引に腕を取った。

 

「全く無茶……じゃないようだが、もうちょっと身体を労われよな」

 

 右手でスプレーを掛ける--それと綾小路の腕を掴む左手では『申』と『水瓶』を併用して血行を良くしながら炎症抑えて回復を促進させる。本当は自然回復がいいが、俺にも責任は無い訳でもないしな。

 

「よし、念の為に湿布も貼っとけ--少し(・・)の間は余り動かすなよ」

 

「……それはそれは不便なことだ」

 

 うん、言いたいことは伝わったようだ。

 

「清隆くん、お疲れ様です」

 

 いつもながら、いいタイミングで出て来る。ホント、よく見てる娘だな……恐ろしいぐらいに。

 その顔は明らかに何かを求めている--それは周囲の奴らも同じで、神妙かつ分かり易い期待感がありありと溢れている。

 

「ああ、少し疲れたな」

 

 綾小路もその空気に絆され……いや逆らえずにか、坂柳に近づいてギュッと抱きしめた。

 

 この場に端末を持ってないのが惜しい--そんなのがあちこちからある。

 

「飽きないよな、こいつら」

「いいじゃん、この為に頑張ってたんだし」

「そうそう、こっちも入賞出来てウィンウィンだし」

 

 代わりに聞こえてくる面白おかしい感想の数々--これには面子を傷つけられた南雲も呆れ顔だ。

 

 ただいつまでもそうしてる訳にもいかない--もう結果発表と閉会式だしな。名残惜しそうに離れたほやほや夫婦と一緒に皆が整列に向かう。

 

「それでは本年度体育祭における勝敗の結果を伝える--」

 

 全生徒が電光掲示板に注目--まずは組による結果は、予想通り『赤組勝利』だ。

 

 ただ重要なのはここから、クラス別の得点だ--決して手は抜かなかったし、皆も健闘したし、思わぬ事態も綾小路が埋めたし、何より形式的には最後までフェアに進行した。

 

 それでも一位以外は接戦--さてⅮクラスはどうなるか?

 

「続いて、クラス別総合得点を発表する」

 

 表示された結果は――

 

 1位 一年Cクラス

 2位 一年Ⅾクラス

 3位 一年Bクラス

 4位 一年Aクラス

 

「よっしゃ!勝ったぞ!!」

「負けなかっただけだ--けど、悪くはないな」

 

 総合的にⅮクラスはマイナスを回避した--Cクラスも一位を取ったが白組(ぜんたい)の敗北により50のマイナス、Bは150のマイナスで僅差だったAとの差が広がり、そのAも100のマイナスだ。

 

 こう見るとⅮだけが得をしたにも見えるが、それでもCとの差は200以上でABに関しては300以上--まだまだ先は長い、しかし決して届かなくもない。

 

 これからが楽しみだ。

 

「最後に学年別最優秀選手を発表する」

 

 須藤が固唾を飲んで期待してる--綾小路や俺も候補ではあるが、この中に居るとは思えない。

 

 出た競技全てに一位を取り続けた須藤も欠場があり、綾小路も推薦競技には半分、俺はひとつしか出ていない--いや綾小路は高得点の最後のリレーで二位、もしかしたら可能性はあるか。

 

 そして表示されたのは『一年最優秀賞--B組・柴田颯』だった。

 

「ま、順当だな」

 

 ただ当のB達は喜んでる風に見えない--Cの異常ぶりに赤組(こっち)以上にペース乱されっぱなしだったからなぁ。

 神崎や柴田なんかは健闘したが、他は異常さに引っ張られて、さっきの南雲以上のオーバーペースの連続--完全に空回りと悪循環で中盤からの結果は散々なものだった。

 もっと冷静に戦えていればクラス二位どころか、一位を取れてても不思議じゃなかった--もしそうなってたらマイナスが100減ってAクラスになれた。

 そう思うと寧ろ無念が勝るだろうな--神崎なんか特にそんな顔してるし……。

 

 一方の大大健闘したCの奴らも喜んでる様子はない。

 総合的には勝ったとは言えないから、こちらも無理もない--それだけじゃ無いんだよな。

 全員が顔に出さないようにしてるが、我慢を通り越して必死に耐えている--閉会式が終わった瞬間にどこよりも早く戻って行ったし、さぞや早く休みたいだろう。

 

 終わったなら戻りたいのは俺たちも一緒だが、まだ少しここに居なきゃ駄目みたいだな。

 

「有栖、分かってると思うが」

 

「はい、この結果は真摯(・・)に受け止めます--相まみえるのはまだ先になりそうですが、その時の楽しみがちょっぴり上がったのは嬉しい限りです」

 

 これでAクラスとの話は付いた--そんなポーズか。

 そしてBも問題ないだろう。団体競技で得た500はあくまで組としてだし、知らぬ存ぜぬが無難--実際にそうだしな。後は……

 

「須藤くん、約束は覚えてるわよね?」

 

「ああ、俺は一位を取れなかった--これから堀北って呼ぶ」

 

 悔しそうにしてるな--対して堀北は意地悪そうな顔だ。

 

「いい心掛けだわ--でもその約束は途中で変更した、私が」

 

 そう言って振り返りCが居た場所を見ながら続けていく。

 

「ここから先、半分以上は独り言よ。今回の結果は異常だわ--でもケチを付けたり騒ぎ立てることをしたら、私たちが手に負えない事態に発展する可能性は大いにある」

 

 Cの当人たちだって訳が分からないから、そうなったら学校存続の危機--そうなっても面白くなりそうだが。

 

「そうなったら雪辱の機会も無くなる--それは望めない、今回の借りは絶対に返さないと収まりが付かないのは私だけじゃないでしょ」

 

「当たり前だ!」

 

「ならその時の為にモチベーションを上げるのは必須--その助けになるなら名前で呼ぶのも許すわ」

 

「え、お、おい?」

 

 おやおや早速須藤の操縦法を覚えたか--そして須藤をダシにしてクラスメイト全員に話を聞かせてるし、(したた)かがここに来て際立って来たな。

 

「嬰児くんもこういう展開になって欲しかったんでしょ」

 

 ここで振り返って俺を巻き込んできた--ここまで小細工抜きで正面から来るとは流石に想定外だな。

 

 俺の方にゆっくり近づいて毅然とした態度で続けて来る。

 

「貴方が全力を出せる舞台を整えるのに私も全力を尽くす--私が取れる責任なら全て取ることを約束するわ。だからクラスを強くするのに--上に行く為に貴方の力を貸して貰えないかしら」

 

 なんとも格好いい事だ--更にそれを見せつけることで期待感のある雰囲気を演出した。

 

 ここで俺が肯けば堀北はポイント以上の成果を出したとなる--なんて程度の考えじゃ、まだまだ及第点にもならないぞ。

 

「お前が取れる程度の責任じゃな……」

 

「てめぇ、鈴音がここまでしてるってのに!」

 

 須藤の怒りも今度ばかりは尤もだな--周りの目も〝それはどうなんだ〟と言ってるし、これなら襟首掴まれても文句ないな。

 

 ただやるだけ無駄だと分かってるのか、少しは自制心を身に付けたのか、須藤も言う以上はしない。

 

「だったら足りない分はオレが補ってやる」

 

 ここで綾小路も入って来た--そう、そうでなきゃな。

 

「嬰児、お前がどんなものに縛られてるのかは知らん--でもお前の意に沿ってる訳じゃないのは分かる。だからオレも一緒に戦う--せめてその分だけでいい、その力(・・・)見せてくれないか?」

 

 含みを持たせおってからに……お前の願望も上手に隠して。

 

 ただ予想通りの発言でもあるな--俺と戦うってことは、この学校を飛び越えた大きな力(ゆうりょくしゃ)たちを敵に回すことに繋がる。

 その覚悟があるのか--この問いを込めて、と言うかこっちがメインでもあった。それを見抜けない程度じゃ、関わることなど出来ない--その意図を見抜いた上でそれでもと言って来るなら、期待してもいいかも知れないな。

 

「僕も微力ながら力を尽くすよ--嬰児くんにばかり負担は掛けない」

 

 平田もいつも通りの爽やかに決めると、その彼女だって出張って来る--しかし、ただ合わせるって感じじゃない、切実さを見せて来た。

 

「あたしもやっぱり悔しいし--Aクラスじゃくても、もっと気持ちよく卒業したい」

 

「……結果を出さなきゃ認めないとか言ってたのに--いいのか、軽井沢?」

 

「勝てなかったけど、負けて無いじゃん--リベンジしたいのは堀北さんだけじゃないよ」

 

 うん、言ってることは尤もだ。予めみたいな作為は感じない--それでも出来過ぎてて不可解ではあるな。

 

 ただ軽井沢が堀北支持に回ったことで女子たちの意見は自然と決まったようだ--男子の方も愚図ついてるのも居るが、共感したのも多い。

 

「そうだよな、まだ負けてない」

「まだ二年以上あるんだ--終わりには早すぎる」

「よく分かんないけど……嬰児がまたやる気出してくれるってなら」

 

 とか言ってるが、ただ流されてるだけ……流れが変わればどうなるか--だからこそ、ここはキッチリ締めないとな。

 

 軽井沢から堀北に顔を向けて見据え言う。

 

「堀北、その言葉忘れるなよ--みたいな事を言って欲しいんだろうが、俺はお前の欲しい言葉をやることは出来ない」

 

「てめぇ!」

 

 須藤が憤るのを堀北が止めた--だから気にしないで続ける。

 

「お前が本当に……いや一番に信頼したい相手は別だろう。そいつを口説いて、お前の欲しい言葉を引き出せたなら--クラスメイトのよしみで少しは贔屓してやる」

 

 今、俺が言えるのはこれが限界だ--それは堀北にも分かったようで、いい顔で肯定してる。

 

「そう、分かったわ--その時に改めて申し出ることにするわ」

 

「楽しみにしてるよ--じゃ、戻ろうか」

 

「ええ」

 

 長かった体育祭も漸く終わる--ロッカーで着替えて教室に戻り、閉会式と同時に各自解散となっているので各々帰路についた。

 

 俺も寮の自室に戻ろうとしたが廊下に待ち人が一人。

 

「なんとも切羽詰まった顔だな。櫛田」

 

「単刀直入に言うよ。さっきの話、嘘はないわよね?」

 

 戻った後でゾンビパニックが起こるのが拭えないか--自棄なんて起こす気は無いって言ったのに……ま、信じられないのも仕方ないか。

 

「なんだ、堀北に代わってお前が取って代わるつもりか?それはそれで面白そうだが」

 

「…………?!……い、いや……別に……」

 

「不安を拭い切れないなら、綾小路に訊きな--それが一番だ、話す機会を作るようにも言っといてやる」

 

「……目当ては堀北じゃなかった?綾小路くんが発端なの?」

 

「それで合ってるかな--お前が原因じゃないのは確かだ。そこは断言する--神に誓ってな」

 

 それじゃ--と話を切り上げて帰る。

 

 顔は見えないが櫛田の精神はまだまだ不安定なのは分かるが、食い下がって来ることはなかった。

 

 一応の納得はしたか--ただ漠然とした予感があった。次の主役になるのは間違いなく櫛田、お前だってな。

 

 その結果次第でその次、更にその次がどうなるか?

 

 ああ、想像しただけでゾクゾクしてくる--勿論、思った通りにならないかも知れない--それでも期待せずにはいられない、そんな相反する気持ちのせめぎ合いが今ばかりは心地いい。

 

 

 

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