どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主 作:a0o
体育祭も終わり、十月の中旬--寒くなってきて本格的な季節の変わり目を感じさせる中で学校内でも新しい時代の移り変わりを向かえた。
と言ってもまだ一年である俺たちにはどうでもいい事であり、退屈な気分のまま体育館の壇上に立つ生徒を見ていた。
「約二年間、生徒会を率いて来られたことを誇りに思うと同時に感謝します--ありがとうございました」
これで堀北『前』会長殿か。そして新しい生徒会長の登場--引き継がれる次の生徒会メンバーには一之瀬の姿も。
「二年Aクラスの南雲です--堀北生徒会長、歴代屈指とも言えるリーダーシップを発揮した最高の生徒会長と共に出来たこと、また温かくも厳しい指導に敬意を表します--誠にありがとうございました」
うん、これは社交辞令などでなく本心っぽいな--深々と頭を下げた後、再び全校生徒に向き直る。
「改めまして、高度教育高等学校の生徒会長に就任いたしました、南雲です--よろしくお願いいたします」
礼儀正しい挨拶だ--こっちが社交辞令だな、さて何を言い出して来るかな。
「早速ではありますが、私は生徒会任期と任命、総選挙のあり方を変更することを公約します」
そこからの独演はさっきの言葉とは打って変わり、前生徒会の功績を否定するかのようなものだった。
生徒会在任期間及び人数制限の撤廃--メンバーが不適切な場合による多数決での除名制度を作る。
実力のある生徒を引き上げ、実力の無い生徒はとことん落ちる--真の実力主義の制度だと謳っているが、その判断を生徒会ひいては生徒会長がするなら、南雲の独裁を際限なくやるとも取れる。
「本来なら今すぐにでも私の考える新体制で動き出したいですが、新米会長にはしがらみも多く残念ながらそうもいきません。ですが約束します--近い内に大革命を起こすと」
この宣言に全二年生たちは歓喜、三年生たちは浮かない顔だ--俺たち一年が知らない戦いでもあったのか?
そんな感想を抱いてたら、最後に南雲は俺に視線を送って宣言した。
「これから先、前代未聞に特例が多発するでしょう--そのような事態に対応していくためにも我々は力を付けなければなりません。
何故ならこの学校の理念は、この国の未来を担う者を育てること--その為の転換期がやって来たのだと私は思っています。
このような時に巡り合えたこと、私は心から歓喜しています--この学校だけじゃない、この国、いや世界の歴史に名を刻める。
そんな予感に私は打ち震えています--皆さんと切磋琢磨し偉大な一歩を歩めるよう、改めてよろしくお願いします」
なにこれ、宣戦布告か?
単純に俺をダシにして盛り上げたかっただけ?
それとも俺を取り込んで、本当に歴史に名を残そうとか?
意図が今ひとつ分からないが、お陰で余計な注目が集まった--どうしろと言うんだ?
壇上にでも登って行って何か言うべきか、もうとっくに奇異な奴と認知されてるんだし……駄目だ、教員の中にドゥデキャプルが。
いつの間に交じりやがったんだ?
周りも気付いている様子ねぇし……ともあれ選択肢は無言のまま、やり過ごすしかないか……。
そのまま沈黙が三十秒--やたら長く感じるのに痺れを切らして南雲も諦めたように残念な溜息を付いた。
「長々とした話にご清聴ありがとうございました」
短く締めて壇上から下がる。
その後もセオリー通りに校長が当たり障りのない文言で絞めて解散となった--その時にはドゥデキャプルは消えていた、目を放してはいても意識は向けていたのに、ホントに不可解な奴だ。
翌日からは俺が生徒会に入るのかどうか--そんな探りを入れてくる連中が後を絶たなかった。
ⅮだけでなくAやBからも……ただ上の学年からは全く来ない、Cに関してもな。
体育祭が終わった直後から授業には出てるが、ただそれだけで済まし直帰--部活に関しても休みがちが多いと最近噂が絶えない。
体育祭での大躍進で注目が集まっただけに色が付きやすい--悪い意味でな。尤もこれは奴らの日頃の行いもあるがな。
まぁ、そんなことを気にしないで学生生活を楽しもうとしてる輩も居るが。
「ねぇ、嬰児くん。一緒にお昼行かない?」
佐藤が軽い感じで誘って来るみたいにな--体育祭での昼飯の時からよく俺の所に来るようになった。
最初は軽井沢の差し金かとも思ったが、それとなく話してると本人の意志であるのは間違いない--ただ、その意思が何処から発生したかについては未だに疑問が残る。
見た目通りにチャラそうだし、誰かに乗せられてる--そうだとしても悪意が無いのは間違いないから無碍にするのも気が引けるな。
「構わないぞ」
「そう。じゃあ、軽井沢さんたちも呼んでくるね」
そこには当然平田も付いて……となる時とならない時があるから、ちょっと不思議でもあるんだよな。
傍から見ればクラスの可愛い娘をはべらせてる様だが、上手いこと防波堤になってくれてて余計なのを遮断できる--しかも佐藤には裏が無いから隙も生じにくい、本当に誰の差し金なのかね。
学食で手ごろな定食を取りながら談笑する--学生青春的な風景だが、気を緩める訳にもいかんから素直に楽しめない。
本当に難儀なものだ。
「なんかさ、最近Cクラスの人たち全然見かけないね?」
それは計算か、松下よ?
「いいじゃん、平和で」
「そうそう。あんな連中が居たってご飯が不味くなるだけだよ」
当人たちが居ないのをいいことに言いたい放題だな--ただそれでも話は上手く流れそうにもないけど。
「そうだけど--嬰児くんは気にならないの?」
やはり計算か--俺のことを暴きたい好奇心もそうだが、先の堀北の演説に松下も来るものがあったのか、闘争心が揺らめいてるのが隠れ見える。
つられたのか、何処かで気になってたのか--佐藤と篠原も好奇の目で見て来る。軽井沢も同様に流れに逆らえないか。
ちゃんと答えなきゃって状況に持って行った--が、この程度の事は想定内、出し抜こうなんて甘いよ。
「全くないな--遅かれ早かれ、また騒がしくするんじゃないか」
あの時は全員が限界以上を出し尽くしたからな。
その時はより疑念は深まるだろうがな。だから、
「今の内に静かな時間を満喫してた方がいいぞ--本格的に遣り合うことになったら、飯どころじゃないからな」
少し脅すように言うと女子たちが緊張で息を呑む--それでも終わりそうにないか、松下が緊張した顔のままで口を開いた。
「やっぱり嬰児くんも本気で戦いたい?」
それが一番訊きたかった事か--Cのことは単なるダシ、上を目指したいって気持ちが芽生えて来たなら良いことだよな。
「松下さん、その辺にしようよ--重苦しくなってきて、あたし息が詰まっちゃうよ」
口調は軽いが絶妙なフォローだ--軽井沢がそう言ったから他の二人も続く。
「そうだよ」
「どうせするならもっと楽しい話しようよ」
「そうだね、お昼時にする話じゃなかったね--嬰児くんも忘れて」
輪を乱すことなく引き下がるか--陰のリーダーでも気取ってるかと思ったが、そう言う訳でもないのか。
「元より気にちゃいない」
そう短く答えて程なく食べ終わった--そのまま何事もなく教室まで行ければ良かったが、葛城と戸塚に出くわした。
まったく次から次へと……。
「済まないが話をしてもいいか?」
「ちょっと何を急に」
「そっちこそ何だ!普通に声かけただけだろう」
軽井沢が前に出て威嚇すると戸塚が負けじと噛みついてい来る--驚くほどに忠実な子分振りだな。
葛城が完全に落ち目になったにも関わらず、それでもこの忠誠心の高さ--それを持ってAクラスにってとこか……と言うか、それ以外で見所が見えてこない。
もし葛城がリーダーの座を勝ち取ってたら、さぞや良き片腕になったかも知れないが現実は無常--仕える主を間違えたとは言わんが、最早完全に困らせるだけの奴だぞ。
事実、葛城も微妙な顔してる--そして俺としてもこんな無駄な諍いは望ましくない。
「葛城、話があるなら少し場所を変えないか」
「そうだな、その方がよさそうだ。弥彦、済まないが先に行っててくれ」
戸塚も軽井沢も不服そうな顔だが、当人たちの意向だからか黙って見送った。
特に目的地もなく廊下を歩きながら葛城が切り出して来た。
「噂では一之瀬にとのことだったが、それはデマか?」
「少し意地悪なね--俺も余り人のことは言えないけど」
「外側だけでなく内部からも好奇な目がある訳か、大変だな」
本心からの気遣いを感じさせるニュアンスだ--ここは素直にありがたいと思っておこう。
ここまではな。
「大変と言えばCクラスもそうだな--体育祭以来、どうにも静かだが……そうしているのもやっと、そんな顔をしているのが見て取れた」
そうだな、気付く奴は気付く--異能のことを知らなくても、いや知らないからこそ俺に訊きたいのも道理だ。
「龍園のことだから何か物騒なことに手を出したのかと当初は考えたが、ハッキリ言ってそれを差し引いても異様な光景だった。何が起きてるんだろうな?」
「絶好調に超が三つは付く活躍してたからな--限界を越えれば反動もでかいさ、キチンと休めば何も問題ない。心配しなくても大丈夫だよ」
「言い切るところは流石だな--実に頼もしいと感じる、反面に恐ろしくもな」
「その気持ちは大切だよ。特に穏やかに過ごしたいならな」
「……本当に恐ろしいな。どうすればそんな洞察が得られるんだ?」
「相当にぶっ飛んだ比較対象を知っててな--この学校の連中もそこそこぶっ飛んでる奴らが多いから考察はかなり楽だな。
そんな中で足掻こうとするまともな思考形態の持ち主も居たが--お前も結構無理してんじゃないのか?」
訊かれてばっかりも癪だから、訊き返してみると葛城も肩をすくめた--図星か、漸く本音を話せるか、俺の好みかは分からないけど。
「正直に言えば、この理解に苦しむ不可思議な学校の仕組み--特にクラスポイントの構造を未だに把握できないのはキツイな。その中でも特に異質だと実感するのはお前だがな。今の会話で改めてそう感じた」
「正常な感覚だな。大事にした方がいい」
「……もとより隠すつもりもないか。かと言って深く知ろうとすれば、取り返しのつかないことになるのか?」
「好きなように取ればいい--ただその結果どうなったって責任は取れない」
「それがギリギリできる忠告か--敵対しあう仕組みがなくとも上手くやっていける気はしないな」
その割には言ってることと表情が合致してないが。
「仕組みもそうだが、この学校の設備や待遇には入学当初から戸惑っていた。とても学生が受けられるような代物じゃなかったからな--ただお前の特例などを目にすると普通に当てはめようすることが間違いだと嫌でも分からせられる。
それを思えばCクラスのこともそうだが、俺が躓いたことも些細なことだ--坂柳にしても突き進んでいけるかどうか」
まだ再起は諦めてないってか--まだ一年の半分くらいだしな、坂柳が負けることだってあり得る。
それとも俺に坂柳を潰せとでも言いたいのか?
「仮にもクラスメイトを後ろから刺すようなことは言わないさ--お前もそうだが綾小路もフェアに挑んでくる男だと信じている」
「その信用がハズレだとしてお前に損はないもんな」
「それはお前の好きに取ればいい--ただやるなら龍園が静かなうちがベストだ。綾小路や堀北にもそう伝えといてくれ」
「ま、それくらいならな」
取り敢えず了承すると葛城は行った--しかしよ、伝えたからってお前の望む通りになるとは限らないぞ、なんてことも言う必要はないか。
その程度、葛城だって十二分に分かってるはず、それでも僅かでも再起の可能性を上げる為に--変わっていくのは何処も同じか。
そのまま放課後になり約束通りに昼休みのことを伝えたが、
「吞めるわけないでしょ、そんな話」
「オレも堀北に同意見だ--今はまだ有栖と戦いたくはない」
見事に一蹴された--ま、予想通りの展開だけど。
「まずはCクラスへの雪辱が優先か--なら不気味な沈黙をしてる今、何か変だと言って学校に訴えるのもありなんじゃないか?」
検査を受けさせれば一発でアウトだ--場合によってはクラスがひとつ丸々消える。下手を打てばそれ以上の結果も……。
「それはしないわ」
それも一蹴か……堀北は俺を見据えて続けた。
「確かにあの異常な奮闘と結果は気になるけど、それでもどうにも龍園くんらしくない……今の状況で益々そう思えて来るわ」
「ああ、あいつならもっと上手く切り抜けられるようにしただろう--全体的に見ると明らかにリスクが釣り合っていない」
綾小路め、もう解かってるくせに白々しい--そのまま尤もらしいこと言って堀北を焚き付けて来た。
「下手に事を荒立てれば、学生の諍いでは済まない--寧ろ、Cクラスに仕掛けるなら今が絶好のタイミングだ。借りを返すなら正式な場でやるべきだ」
「私も同意見よ--訴え出るのが正しいことかも知れないけど、望まない方向に行く気がしてならない。それに個人的なことにもなるけど正式な勝負で決着を付けたいのよ」
立派なことだ--そして俺にも訴えるなと言って来るか。
いや綾小路に関しては訴える気は無いってアピールか--ちょっとは怖気づくじゃないかとも思ったんだがな。
そんな素振りもなく、より覚悟を決めたか--どこまでのものかは分からいけど。
と言うか返って好奇心が刺激されちまったかな。
一種目の100m走の際にCの選手二人に『戌』の『
異常なハイペースを難なくこなせたことの興奮もあって二人の息はいい感じに上がっていた--それを『申』の仙術による気体操作で他に行かないようにテントに戻ったCのみに感染させるのは本当に手間がかかった。
そしてこのドーピングによってCは大躍進だったが当然副作用もある。
劇薬でもある為に終わり際--1200mリレーの時には全身の筋肉が歪み、骨が歪むような激痛が襲う。
これは一朝一夕で収まるような代物じゃないが、
尤もそれをすれば自分から不正をしたと告白するようなもの--失格どころの騒ぎじゃ済まないだろう。
だから龍園は日常生活を送らせるように強制している--ま、それでも多少長引くだけで何も問題も心配もないけどな。
繰り返すが『ワンマンアーミー』は『殺さない毒』--基礎疾患などのヤバそうなのには『魚』モードで常時観察して上手く調整した、そもそも死ぬことなどない。
それでも杓子定規な対応すれば、この学校の信用が根幹から揺らぐ騒動にも発展する--そうなれば元も子もないから龍園も予想外の攻撃を受けたなんて口が裂けても言わないだろう。
ともあれ俺の学校生活もまだ続くか--騒動が大きくなって、俺にしがらみを課して来るあいつらにこの程度じゃない、もっと劇的な反撃が出来るかもとかも思ってたんだがな。
そこまでいかなくとも俺と一緒にってことは学校のバックに居る政府やもっと大きな物と戦うことになりかねないと--綾小路がビビッて干渉してくるのも無くなるぐらいはなる可能性も想定してたりもな……どうであれ今更だが。
「お前がそのつもりなら俺が言うことは何もない--ただ俺のしがらみはこの先ももっと増えるだろうから、それもしっかりと覚えといてくれ」
「……ええ、分かったわ」
一応は肯いたが堀北はまだ納得できない顔で俺に言った。
「何か、私たちに出来ることはないの?寧ろ訴えるなら――――――」
「その気持ちは有り難いが、それ以上踏み込んでくるなら--命じゃ済まないぞ」
最低限の忠告を持って黙らせる--もうこれ以上は話すことないから、俺もそろそろおいとまするとしようか。
「じゃ、またな」
***
嬰児が帰って二人きりになった堀北と綾小路--それぞれの思惑が脳内を巡り、同時に口を開こうとして綾小路が堀北に譲った。
「綾小路くん--あなた、櫛田さんとのわだかまりはまだ残ってるのよね?」
「
「……どうしてそれを?」
「お前が言ってたんじゃないか〝自分のことを嫌いな奴を好きになれるのか〟って。その少し前から櫛田からお前との取り持ちを頼まれてな--後から考えて何かしら探る為のアプローチだったと思ってな、少なくとも顔見知りなんじゃないかと」
「私の知らない所で、そんな事が……」
「対してお前は櫛田のことを気にも留めてる様子もなかった--思い過ごしかとも考えたが、櫛田の性格からしてそのことがあいつのプライドを傷つけたのかとも……ただそれでもどうにも弱い気がしてしっくりこなかった」
綾小路の推論を聴いて感心したような顔になる堀北--ここまで素直に顔に出すなど少し前までの彼女では考えられず、綾小路の方も感心するが求めているのはそんな事ではない。
「嬰児くんもそうだけど、あなたもやっぱり侮れないわね」
「おい」
欲しいのは賞賛の言葉ではない--と話を先に進めるように促す。
「あなたの言う通り、私も櫛田さんのことは完全に忘れていたわ--今にして思えば思い出す切っ掛けなんていくつもあったのに掻き回されて、それどころじゃなかったのよね」
「なんかオレにも責任があるって言い方だな?」
「そう聴こえたってことは、心当たりでもあるのかしら」
批判をサラッとかわされるが、話が逸れるのは好ましくないので黙って続きを待つ。
「櫛田さんの方から同じ中学だって言われた時には私も驚いたわ」
「櫛田の方から?」
余りにも意外--とも言えない話に驚きは直ぐに消えた。それだけ櫛田が切羽詰まっていたと言うこと--そしてそれは今も続いている。過去の因縁を持ち出してまで殺されるのを回避しようと……。
「ええ--今まで見たこともない顔で叱責されたわ。比喩でもなく命懸けの気迫っていうのを始めて見せられた--お陰で本当に目が覚めたわ」
(実際に命が懸かってると思ってるんだからな)
何より本当に殺されかけたのだ--あれからまだ半年も経ってないのに消える訳がない。
「そして思い出した--確かに私の中学に彼女が居たって」
「中学の時の櫛田はどんな感じだったんだ?」
「人気者だったのは確かね--様々な行事の中心に居て求心力は相当高かったはずよ」
「一々過去形なのは、そうでない何かが起こったってことでいいのか?」
「せっかちね--ただその通りではあるわ。でもこれは噂で聞いただけで本当のところは私も知らない」
前置きが漸く終わり、堀北は改めて粛々と語る。
「中学も終わりかけの二月にあるクラスが集団で欠席する事態が起こったの。それこそ卒業するまでね--ある女子が引き金でクラスが崩壊する事件が起きた、と。それ以上の情報はないわ--でも生徒間では様々な憶測が混じった噂が広がった、私の耳にも届くほどにね」
「その噂とやら--今のお前はどう考えてる?」
「憶測を話すのは好きじゃないけど--何か櫛田さんが我慢できないことが起こったんじゃないかって」
「あくまで櫛田が被害者だと?」
「綾小路くんは逆だと?ある種、仕方ないけど……ちょっと根に持ち過ぎじゃない」
「内緒話を漏らされただけならな」
「私の知らないことがまだある訳ね--兎に角、私が櫛田さんについて知っているのはこれで全部よ。
この過去を自分から暴露したってことは、より全力でAクラスを目指さないと同じ事を起こすと彼女なりの覚悟を見せた--ならば私も報いなきゃならないわ、例えどんな困難であっても」
恐ろしい程に前向きな捉え方--それだけ堀北鈴音がその時の櫛田桔梗に好意的な印象を抱き影響を受けたと言う何よりの証明だ。
しかし綾小路は真逆の印象を強く受けた上--櫛田が今、死の恐怖を抱えていることを知っているので、この齟齬をどうすべきか答えの出ない問題に頭を抱えたかった。
「……仮にだ。櫛田の望む展開にならず同じことを起こすとして、どんな手を使うと思う?」
「それは皆目見当が付かないわね--そもそもクラスひとつが崩壊したって聴いた時も耳を疑ったくらいだったもの」
「嬰児なら暴力や権力を行使して可能だろうが、櫛田に同じことが出来たとは考え辛い--消去法で言えば嘘を駆使したぐらいだが…………」
「その辺りにしときましょう--ここで仮説を並べたって分かるものじゃないわ。何よりそんなことに私は興味もないし」
「……ハッキリさせておかなきゃ、いつ何時牙を向いて来るかもしれんのにか?」
「それでもよ--私は、櫛田さんと一緒にAクラスになって卒業したい」
ここまで櫛田に惚れ込んでいるのは綾小路も想定外であり半ば感心し、もう半分には困惑が生まれた。
「だからこそ、その邪魔はしないで貰いたいわね」
それを見越してか、堀北からやや辛辣な言葉が投げられた。
「別にそんな気は更々無いんだが」
「どうかしら、あなたと私
流れるように至極当然の如く言われ、綾小路の目にも動揺が浮かぶ--それも一瞬で直ぐに冷静に返そうとするが、その前に堀北がより強いニュアンスで言い切った。
「それが例え坂柳さんが望んで無かったとしても」
正に挑みかかるように……飾らずに言えば喧嘩を吹っ掛けるように。
それは綾小路清隆の未だ理解できぬ感情に諸に突き刺さり、無意識に想像してしまう。
(もしも有栖が窮地に陥ってしまったら…………)
彼女ならそこまでの実力だったと潔く認めるだろう--その上で足掻くのか、諦めるのか、どちらになろうと自分は尊重することが出来るだろうか。
この学校に入る前--否、入学した日の夕方までなら躊躇うことなく切り捨てた。
しかし出逢ってしまった--そして予期せぬ形とは言え一緒に過ごした。
それは心地良い時だった--想像できなかった分、より深く。
「……………………」
何も言えなくなった綾小路に小さく息をつき、堀北は口調を和らげて言った。
「別にそれが悪いとは言わないわ--それと誤解しないで貰いたいけど、私も二人の仲を否定するつもりはないし、寧ろ末永く幸せになって欲しいとも思ってるわ」
これもまた流れるように出て来た--紛れもなく堀北鈴音の本心からの言葉と思わされる。
実際に綾小路と坂柳が一緒に居るのはよくあり、堀北も当然見掛けることはある--中でも堀北にとって決定的だったのは体育祭での借り物競争のひと幕だった。
本当に幸せそうに、それでいて二人にとっては当たり前のような姿は恋愛を知識としてしか知らなかった彼女をして衝撃的だった--果てしなく良い意味で。
「だからそんな時が来ないことが一番だけど、それに依存して考えない訳にはいかない--もしも敵対したとしても責める気もなれないでしょうし」
「……何が言いたい?」
「ひとつだけ約束して欲しいの--もしもその時が来ても騙し討ちはしないで欲しい」
「この場で約束しても破るかも知れんぞ?」
「ええ、そうね。口約束でどうにか出来るほど軽い訳がない--それでもその時が来ないなら……少なくとも今現在はⅮクラスの一員であり、味方であることを信じさせてくれないかしら、綾小路くん」
誠意を込めた--例えポーズだとしても正々堂々と来た申し出に驚きを隠せない。
「そんな強い意志を込めた目で見られたら応えない訳にはいかない--須藤もそうやって口説いた訳だ」
「はぐらかさないでくれる」
いつぞやと逆の展開に綾小路も改めて向き直る--そして同じく腹を見せることで堀北の誠意に呑まれないように対する。
「オレと有栖は敵同士だ。これは有栖が望んでることだし、オレも有栖が望む最高の時に応えたい--それに沿って行動してる、今もこの先もな」
この前置きに堀北は二人の想いの強さを再認識させられ、決めた覚悟を揺さぶられたと同時に若干の気恥ずかしさを感じさせられた--冷や汗と同時に僅かに頬に赤みがさす。
「堀北の言ってること、目指す先も同じところにある--利害が一致してる以上は敵対する理由はない」
つまりは堀北の求めていることには応じるし力も貸す--ただ、どうにも回りくどい言い回しに堀北は頬を赤くしたまま返す。
「そう……ただ前半の惚気話は必要だったのかしら?」
「そっちが誠意を尽くしたんだから、オレもそれなりに応じなきゃと思ったんだが」
シレっと返されてしまい今度は堀北が何も言えなくなってしまう--それに何よりまだ話は終わっておらず、綾小路は揺らいでる彼女に更に続ける。
「それとこの際だから言うが、オレはお前たちのことを仲間だと思ったことはない--オレはオレの欲しい物、叶えたい願いの為に動いてるだけだ。
「…………ええ、そこに関しては私が言うことは何もないわ」
やっとのことで出て来た言葉--少し前に同じことを言ったのもそうだが、綾小路の一番大事なものを思えば致し方ない。
だからこそ、これ以上の惚気話は勘弁して欲しいく--もうこれで終わりにして早く帰りたかった。
「言葉通りならありがたいが--本当に終わりになるとは思えないから、もうひとつだけ言わせてくれ」
しかし全く帰してくれる気配はなく、自分で話を振っただけに無理に終わらせることも出来ず……堀北はどうしようもない状況にこれまでの人生で一番強く助けが欲しかった。
(嬰児くんや綾小路くんじゃないけど……今ばっかりは本当に何かに祈りたいわね)
「オレと有栖の目指す先、着地点は一致している--互いに意思の確認は取ったからな」
やはり惚気話が続くのか--どうしてこうなったのか、誰でもいいから教えて欲しい、と堀北の脳内で果てしない愚痴が湧く。
「だけどお前と櫛田もそうだとはどうにも思えない--櫛田の意志を都合よく解釈しすぎてないか?」
「自慢話でマウントでも取りたいのかしら?」
「そんな訳ないだろう--ただ肝心な所をハッキリさせておかなきゃ、取り返しのつかないことになりかねんぞ」
辟易しそうだった気分が一転して不愉快が込み上がって来る--綾小路も決して的外れなことを言っている訳ではないのが余計に面白くない。
そんな不機嫌は言葉にも表れる。
「今後のことも含めて櫛田さんとはじっくりと話をしたいと思っているわ。でも何だか最近の彼女、妙にビクビクしてて……とても話なんて出来る状況じゃないのよ。何か心当たりはないかしら?」
「そこはオレに任せろ--その後でお前と話をする場も設けるのも約束する。ただその際にはお前が理想としている展開になるかは保証しない」
やはり上から目線で気に入らない--ただ、もうこの場ではお開きにしたい気持ちが上回っているので反論したいのは飲み込んだ。
「そう。出来ればなるべく早くにして欲しいから、色々とせっつくと思うけど--クラスメイトとして信じることにするわ」
それでも言われっぱなしは気に入らないので堀北なりの発破(要求)を伝える--今ひとつ分かり合える気がしない。
お互いにそんな認識を持ちながらも叶えたい願いの為、それでも今は手を取り合わなければならない。
されど願いが完全に分かれてしまったなら--その先の戦いも過ぎり、堀北は不安を綾小路は妙な期待感を感じたのだった。