どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主 作:a0o
五月に入り一週間が過ぎた。あの中途半端な呼び出しには行く気になれず、後で綾小路に話をと思ったが何故だが妙に近い時間差で堀北も戻ってきて、ただならぬ予感がして止めておいた。
授業は須藤が居眠りしている以外は皆、まじめに受けておりやっと普通に過ごせたが、それだけでは足りないのも分かり切っており中間テストに向けての勉強会が平田主導で提案されたが、集った赤点組は四人――最も行かなければならない三人は須藤に釣られる形で参加しなかったらしい。
その内の一人である池は俺に『う……嬰児の催眠でこうパッと頭良くなったりしないか?』とか聞いてきたりもしたが、生憎と俺の催眠は相手を眠らせることしかできないと伝えると〝使えないな〟と言った顔で去っていった。
この意見には俺も一部同意だ。『牡羊』のように対象になりきることの出来るほどの自己催眠なら色々と選択の幅も増えて動き易かったのに、結局地道に聞きこみするしかなく――しかし先の一件が広まったのか全く成果が上がらなかった。
***
時を同じくして綾小路清隆も自身が置かれている状況にお手上げ状態であり、頭を抱えていた。
先週の呼び出しにとりあえず行ってみると早々に指導室に押し込められて、直後に来た堀北と茶柱とのやり取りを無理やり聞かされ直ぐに引っ張り出された。
堀北はDクラス配属が不服で抗議したが茶柱は明確な回答をせずに綾小路の出した入試、小テスト全科目50点を出して煙に巻いた。偶然と言い張ったが通じていないのは明白であり、その時に坂柳有栖の顔が浮かび担任教師も自分の事情を知っているのでは?――と疑念が浮かんだ。自分がしたことへのただの興味かも知れないが、そんな楽観できない。
そもそも呼び出されるような問題行動など起こした覚えは皆無で、現状に納得できない堀北とのやり取りを聞かせ同伴させる意図からして狙いはひとつしか思い浮かばない。
茶柱の目的はAクラス浮上。堀北と暗黙に利害が一致したことも悟った――最初から注意深く、警戒心を高めてなければたどり着けない結論だ。
改めて坂柳の顔が頭に再生される。
彼女との出会いがなければ気の緩みと欲している平穏により、ここまでの深読みはしなかっただろう。
坂柳がAクラスである以上、グルである可能性は低いが彼女が情報を回した可能性も否めないと確かめようのない憶測が次々と浮かんでは消える。
こんな思いをするなら、いっそのこと坂柳と同じクラスであり堂々と接触して問い質して全てに白黒つけた方がまだマシだったが、クラス同士での戦いが明言された以上は簡単には接触できない……彼女からの接触もないのも自クラスのまとめに時間を割いていると考えるのが妥当だ。
(一縷の望みは櫛田か……)
彼女とは坂柳の情報と引き換えに堀北との間を取り持つと約束をしている。
幸いと言っていいのか、先の件から堀北は綾小路を手駒にしようと色々と仕掛けてきているが、正直クラス争いなど知ったことではない彼にはどうしても誠意を込めた対応が出来ず――それでいながら坂柳の情報はどうしても欲しいので堀北に櫛田と一緒に勉強会を開くことを提案してみたりもしたが失敗の連続だった。
赤点組に手を差し伸べること自体は消極的ながらも賛同してくれるのだが、そこに櫛田を入れるとなるとどうにも否定的になってしまう。
(『自分のことが嫌いな人間と一緒にいて不快に感じないの?』か……やっぱり入学前からの知り合いなのか、あの二人?)
ぶっちゃけ他人に手を差し伸べる精神的余裕のない綾小路からすれば櫛田抜きの勉強会など論外だ。二人の接点なり因縁なりを探るゆとりもない、思い浮かぶあの二人の共通点は目的の為に綾小路をダシにしようしていることだけ……。
堀北はAクラスに上がる為の赤点組の勉強会、櫛田は堀北との距離を詰めて何かを探りたいのか?
(堀北の言うことを信じるならばだけどな……)
そうなるとより深くどちらかに歩み寄り踏み込んでいかないと埒が明かない。それは綾小路のことも詮索されるリスクも同時に発生してしまう。
疑心暗鬼が募りすぎて誰も信じることが出来なくなってしまい――信じることは現時点では放棄した。信じることが出来なくても利用できる頼りになる〝誰か〟を探すことに切り替えたいが中間テストまで二週間を切って、どこもかしこもピリピリしているのでは現実的に不可能だ。
(現時点で使えるのは櫛田だ……手ぶらで行っても得るものは恐らくない。だったら――)
綾小路は櫛田の端末に赤点組を勉強会に参加させる助力とその場に堀北も同席させるメールを送る。
暫くして快諾の返信が来て、直ぐに堀北に勉強会ただしそこに櫛田がいることを伏せた内容のメールを送ると〝よくやったわ〟と返信が来た。
櫛田の要求を汲めば長い目で見たらマイナスだが、少なくとも勉強会が済んだ後に綾小路の要求がどうなっているかを聞く体裁は出来た。
(試験が終われば坂柳の方から接触してくる可能性は大いにある。最低限、心の準備が出来る情報が手に入ればいいんだが……)
リスクとメリットが吊り合っているとは言えない行動だが――誰が敵かも分からない、使える駒もカードもない、そんな中で自分ひとりの力で何もかもどうにかできると思うほど綾小路は自惚れてはいない。
使える武器が手に入る可能性が低くてもあるなら、リスクを背負うことを承知でやるしかない……何も手に入らなかったなら今度こそ開き直るまで。
そう思い綾小路は腹を括った。
勉強会当日、綾小路の隣には不機嫌な堀北、その向かいには笑顔の櫛田、櫛田のそばには赤点組の須藤、池、山内と沖屋という男子がいた。
「どういうこと綾小路くん?」
「堀北の希望に100%添えなかったのは済まなかったが、これがオレの精一杯だ」
「はぁ、意外に使えないわね。
悪いけど櫛田さんアナタは成績も悪くないし外れてくれないかしら?」
「え~、櫛田ちゃんと勉強できるっていうから来たのにだったら俺も抜けるけど」
「それじゃあ、俺も」
池と山内が席を立とうとし須藤も無言でカバンを手にしようとする。
「今回は彼女も一緒にやりましょう」
「うん、頑張ろうね。堀北さん」
仕方なしに前言を撤回し櫛田も笑顔で応じたことで勉強会が始まったが……始まりから散々なものだった。
そもそも少々の危機感はあっても櫛田の色気に釣られて渋々やっているのだ。身が入るわけもなく、その櫛田が丁寧に教えてもダメで始まって早々に事が進まなくなった。
「あなたたち、よくこれで合格できたわね。牛井くんに頼んで性根を矯正してもらった方がいいんじゃないかしら」
現実的に希望が見いだせず半ば本気かもしれない言葉が堀北から出たが一同は困惑し、
「堀北、嬰児の催眠は眠る以外は出来ないって言ってたぞ」
直接聞いた池が、
「ってか、みんな知ってるよな」
直接、催眠に掛かりそれをネタに言い広めた山内が、
「あ、うん……あの後、割とすぐに皆に広まったと思ってたんだけど」
より多くの交友関係を築いている櫛田が、
「はん、まさか俺以上にクラスに興味ない奴がいるとはな」
自分でさえ知っていると須藤も鼻を鳴らして、堀北に憐みの目を向けた。
「~~~~~」
思わぬところで恥をかき堀北は顔を赤くする。
「なら猶更ここで頑張るしかないでしょ!退学になりたくなければ、しっかり勉強するのみよ!」
誰がどう見ても苦し紛れの虚勢だが、意外にかわいいところが見れて場の空気が一気に軽くなり、仕方ないなとより素直に堀北の言葉に耳を傾けた。
しかし、だからと言って特効薬のような効果はあるはずもなく目ぼしい成果もなく、その日は解散となった。
(予想外に上手くいったな……とっとと決裂するかと思ってたんだが)
綾小路は海の近くにある堀に向かいながら今日の成果に気を良くしていた。
当初の予想では堀北も須藤たちもお互いに話が合わず譲る気もないために互いに言いたいことを言い合って勉強会は散々な結果でお流れになり、それでも形だけでも間を取り持ったとして櫛田に坂柳のことを聞くつもりだったが、予期せぬ要因でどうにか最悪の結果は避けられ、良好とはいえぬまでも悪くもない終わりにこぎ着けられた。
(これなら櫛田も文句なく話に応じてくれるな)
そして肝心の櫛田は勉強会が終わっても寮には戻らず夜の道を通って海に向かっていた。どうにか追いついて要件を済ませたいのだが、待ち合わせの可能性もあり折角の悪くない状態にヒビを入れる事態は避けたいと中々距離を縮めることが出来なかった。
当の櫛田は海沿いのフェンスの前で立ち止まっており、やはり待ち合わせかと暫く待つことした。
(こんな時間に人気のない場所……深夜デートかな?)
--若干の好奇心もあって物陰からこっそりのぞき込む姿は変質者そのものである。
そして――――。
「あーーーー、ウザい」
普段の櫛田からは考えられない声色であった。そのままフェンスを蹴りながらもそれは続く。
「マジでウザい。死ねばいいのに……お高く留まったと思いきや可愛い子ぶって――あのアバズレ。あーホント最悪、堀北ウザい、ほんっとうにウザい」
暴言がエスカレートしフェンスを蹴る力も増していった。
(今日は出直すか……)
櫛田の裏の顔を見てここに留まるのは不味いと本能と理性、両方が訴えていた。
吐き出した内容から堀北を嫌っているのは疑う余地がなく、堀北から聞いた心象が正しかったと裏付けが取れ、そんな堀北に近づくために綾小路に近づいた理由は間違いなく穏やかなものじゃないのは想像に難くない。
(しかし今の所は坂柳に対する唯一の情報源でもあるし、後日話をして……それで櫛田とのことは終わりにしよう)
早々に結論づけて去ろうとした時、
「誰!?」
櫛田の声に心臓が跳ねるが、その視線は背後にいる綾小路でなくフェンスの向こう側の海に向けられていた。
堀の下から片手をかけて牛井嬰児が姿を現す……反対側の手にはなぜかぐったりとしたネズミが握られていた。
***
全く、久しぶりに十二戦士たちを偲びながら黄昏てたのに下品な声で台無しだ。
柵に手をかけて登ろうとしたらネズミが目に入り捕まえ少し力を籠めたら意識を失った。
さて、声の主は誰かと思ってたら、なんとクラスのアイドル的存在、櫛田ではないか――さっきの内容からして相当ため込んでたんだな……同情はしないけど。
「……ここで、なにしてるの?」
「少し昔を懐かしんでてな。それにしても凄い迫力だったな、クラスのアイドルの裏の顔」
とぼけるのも無理だろうから思ってた通りのことを言うと櫛田は顔を顰めた――その顔も普段の明るくて優しい印象からほど遠い暗く陰のある陰惨な印象……ホントに同一人物か?
「何、脅迫でもしようっての?」
しかも思考もかなり後ろ向きで声も攻撃的ときたもんだ。優しくあしらって、お茶を濁すのもいいが、今日ここに来たのは俺だけでは目的達成が困難でどうしようか思案するためでもあり、櫛田の表の顔は俺の目的にはとても好都合。
「まぁね。お前の表の顔を持って頼みたいことが有ってな」
「……普通、そういうことストレートに言う?大体、アンタが何言ったって私が言いがかりだって言えば誰も信じてくれないわよ」
櫛田の声は確信めいている。
まぁそうだろうな。普段の行いが違う――誰にでも優しく好かれ慕われている櫛田と滅多に爆発しないとはいえ荒い気象を持ち怪しげな特技でクラスメイトをモルモット扱いした俺--どちらを信じるかは自明の理だ。
「アンタの特技で今見たことを忘れますって言ってくれた方がまだ、話をする気も慣れたんだけどな」
残念だと言わんばかり櫛田は近づいてきて両手で俺の空いている手を取って自分の胸に押し当てた。
おいおいおい、色仕掛けで口止めか?
…………なんて温い展開な訳もないよな。この暗い表情からして俺――じゃなくても誰に対しても引くつもりない暗い根性が目に浮かぶようだ。
「明日の朝に退学して――それとも警察に突き出される方がいい?」
「交渉の余地は無しか」
「堂々と脅迫するなんていう奴とどんな交渉しろっていうのよ?」
正に正論。一度屈すれば際限なくたかってくる――そんな危険人物を放置するなど論外である。実に理にかなっているが、言うとおりした日には俺の命はなくなる――そして、こんな女の為に投げ出すほど俺は命を安売りするつもりはない。
「で、返答は?」
櫛田は手を胸に押し当てたまま渇いた瞳で問う。
さしずめ高校最後の夜ぐらいは、いい思いをさせてあげようと言う気遣いのつもりもあるかも知れないがそれは櫛田自身の首を絞めることになる。『水瓶』モードを発動、櫛田の体内の血流を操作し重要臓器に血が回らないようした。
「----がぁー………‥」
櫛田は掴んでいた手を放してもがき苦しんで倒れていく。
その姿を見ながら、しゃがみ込み櫛田の頭に手を乗せる。
「悪いけどさ。俺、お前如きの手拍子に乗ってやるほど、お人好しじゃないんだよね」
「…………た、たす……け―――――」
たった今、脅迫して俺に助けを求める……ま、それだけ苦しいってことか――折角だからなんで苦しいかくらいは教えてやるか。
「冥途の土産に教えてやろうか。
今、お前の体内の血流を操作して疑似的に多臓器不全に近い症状を出してる。このままだと朝には廃人になる」
淡々と絶望的宣告をする姿に櫛田も戦慄する。
「そうなりたくないなら、俺と話をしよう。イエスなら瞬きを―――」
言い切る前に櫛田は苦悶の表情で目を閉じ、また開けようと藻掻く。
頭から手を離すと櫛田の呼吸は落ち着き、
「ガハッ、ガハッ……」
咳込みながら俺を化け物のような目で空恐ろしく見る。
「あんた……なんなのよ?」
「お前からの質問を許した覚えはないが」
再び手を見せると櫛田は声もなく怯え、離れようとする。恐怖の鮮度は最高潮、今ならどんな要求でも通りそうだな。
「わ……私が死んだら、アンタ……殺人犯よ…………退学どころじゃ―――――」
後ずさりながらも負けじと反撃して来た――思いのほか根性あるなぁ。いやぁ正直見くびってたよ。
ならば俺もそれにこたえて、いずれ実行するかもしれないプランを披露しよう……ただ語りたいわけじゃないぞ。
「そうだな。その時は、」
片手で持っていたネズミの首を軽く折り地面に捨てる。
一見すれば次は自分だという警告に思えるだろうが、落ちたネズミは首をおかしな方向に向けたまま走り出し櫛田の前に……『
無理もない――俺だって本来の持ち主である『卯』と戦場で対峙するのは一番避けたいんだ。一介の女子高生が見てこの程度で済んでいるだけ大したものだろう。
「俺さ。殺した相手と〝お友達〟になることができる特技があるんだ」
「------------」
理解の追い付かない展開に櫛田の思考は恐怖やパニックを通り越してしまい、もう声も出ない。
そんな櫛田に構わず説明を続ける。
「だから捕まる前に――そうだな、まずはDクラスのみんなを〝お友達〟にしてそこから学校全体に輪を広げていこう。ああ、櫛田はさっきの状態のままで一番最後に〝お友達〟してそれを特等席で見せてあげよう」
学校全体を人質に取っていると洒落にならない宣言である……しかも自身が引き金になってそれが起こるなど、精神が粉々になってしまうどころじゃすまない。なんだかんだでちゃんと良心があるんだ。
それでも、もうすでに櫛田の心は限界ギリギリでいつ決壊してもおかしくなさそうだから、いい加減に本題に入ろう。
「そう言う訳で櫛田――俺の頼み、聞いてくれるか?」
櫛田はブンブンと首を縦に振った……ま、それ以外の選択肢もないか。
「じゃあ、質問。生徒、特に一年でこの学校の関係者の身内がいたりはしないか?」
「……そ、それなら…………Aクラスの坂柳…………が理事長の……………‥娘だって」
なんと、あの娘の名前がここで出るとは、これはまた因果なものだ。しかも理事長の娘と来たものだ――存外、俺のことも知ってるかもしれないなぁ。
改めてお近づきになる必然性が出来た――がこの時の俺の心に浮かんできたのは大戦前夜に友誼を交わしていた二人の女戦士……やはり恋心ではないと実感してしまい複雑な気持ちだ。
「坂柳ね……彼女についてはどこまで知ってる?主に交友関係--もちろんさっきの質問に沿った意味で?」
「お、同じクラスの……あ、綾小路…………がお、おさな……なじみ……って…………」
「何、綾小路が?意外に近くに居るもんだな」
近くの物陰の気配は最初から気づいていたので説明の最中、遠回りにネズミを走らせて誰なのかを確かめたら綾小路その人――多分、櫛田に用があったんだろうけど、あっさりと売られて堪ったものじゃないと顔に書いてあり冷や汗が浮かんでいた――――かと言って追い詰められている櫛田を責めるような目を向けていない。
そんな綾小路に構わず時は進んでいく。
「じゃあ、あとは綾小路に聞くとするか。もう行っていいよ」
言った瞬間に櫛田は一目散に駆け出した。
おお、火事場の馬鹿力か――猛烈な速さだ。
あっという間に櫛田の姿は小さくなっていき、さっきまでいた場所には櫛田の物と思われる学生端末があった。
「やれやれ、世話の焼ける女だ」
学生証を拾い上げ少し見て手を当てている――ちなみにネズミの目から見える綾小路はもう冷や汗が引いており立ち去ろうとしたのか振り返ったら目が合ってしまった。
ま、バレたならそれはそれでいい。
「こんばんは。覗きが趣味とは感心しないな綾小路」
振り向きもしないまま声を発すと観念したのか物陰から出てくる綾小路。
立ち上って櫛田の端末をポケットに入れ振り返る。覚悟を決めた顔をしてるかと思いきやいつもと変わらぬぼんやりとした目のままで、ちょっと拍子抜けだな……それともポーカーフェイスかな?そうだったらいいなぁ。
「こんな風にちゃんと話すのは初めてだな」
「そうだな」
まずは世間話のように切り出し、平然と答えたため混乱はなさそうだ。なら単刀直入に言っても問題はないだろう。
「話は聞いてよな?なら俺の聞きたいことも言わなくてもいいよな?」
「ああ、最初から聞いてた――で済まないが櫛田が言ったのは出鱈目だ。オレは坂柳とは幼馴染じゃない……彼女のことが知りたくて櫛田に嘘をついたんだ」
櫛田に矛先を向けないようフォローを入れたのか、嘘をつける状態じゃなく発した情報に間違いと言ったなら心象が悪くなると判断したのか出た言葉に嘘はなさそうだった。
でも内容は気になるな。
「ほう、お前もか?で、なんで彼女のことを一目惚れでもしたのか?簡潔に答えて欲しいんだが」
「オレたちは幼馴染って関係じゃないが、向こうはオレのことを知ってるみたいでな」
綾小路の返答は淀みなく俺に対しても
「オレの平穏な学生生活をどうにかする相手なのかがずっと気になってたんだ」
この答えには謎かけのような挑戦が垣間見える。俺に考えて答えを出せってか?
そうして手柄に酔ったのに付け入って自分のペースに持っていこうって算段か?
「俺は簡潔にと言ったが」
と言ってやっても良かったが、ここはあえて乗ることにする。
この状況下になってまで出た『平穏が学生生活』からして綾小路の平穏はこの学校限定であり、それがないと平穏とは無縁になってしまう日常……実は戦士だったりとか?
そして坂柳の方は知っていると櫛田から聞き出した彼女が理事長の娘であると言う情報--国家運営による学校の理事長の娘が知っているというなら、綾小路も近い立場にいることは突飛な話ではない……合わせてみると、有力者側だったりするのか?
実は俺の監視役……いや、今日までクラス全体に目を光らせていたがそんな素振りは欠片もなかった。消去法で考えられるのは俺同様に訳あり、それも国家レベルの事情が絡んでいる生徒であること。
つまりは自分を売りこんでいるのか――同時に俺が組むに値するかも値踏みしている。
「俺はあの娘をどうこうする気はないぞ」
「だが用はあるんだろう。当面の利害は一致してると思うが?」
「俺は少し話がしたいだけ――お前が求めるほどの労力を割くには全然足りないと思うが?」
「ならば今度はオレを試してみたらどうだ――嬰児」
綾小路がそう言ったと同時に『寅』の酔拳に倣って踏み込んで蹴りを放つ。
「!!?」
ほう。やっとのこととは言え防御したか――だが体勢が崩れて隙だらけだぞ。無防備な顔面目掛けて拳を振り下ろすが届く前に綾小路の拳が腹に入る……カウンターだ。
だが想定内--『寅』から『午』に切り替え防御術『鐙』は発動済み。よって入った拳の方を痛め綾小路が苦悶の表情を造る。
それでも俺の拳を回避しようと首を逸らそうとするが、そもそも俺は当てるつもりはなく綾小路が倒れると拳は同時に地面につき――ここで『申』の『仙術』により地面の一部が窪んで塵状にまで砕かれる。そのまま肘を曲げて首を抑え込もうと見せたら、
「参った。降参だ」
あっさりと負けを認め両手を上げようとしたので解放する。
上体を起こした綾小路に構わず俺は大気に散った塵を集めて再び地面に手を付くと窪んだ箇所が元通りになった。
「この目で見ても信じられないな――お前、一体何者なんだ?」
ニュアンスからして答えを期待してなさそうだが、
「お前の知らない外の世界の猛者たち――それを半端に受ついだ出来損ないさ」
皮肉を込めて言ってやる――どっちが強いかはもう分ってるはず無策で危険に飛び込む狂気は持ってはないだろう。
だが興味は益々、増したようでこれまでにない光が綾小路の目に宿っていた。
「訳が分からないがそれはいい――ので改めて交渉したい。お前の望みを聞き代わりにオレの要望も叶えて欲しい。勿論、一蓮托生じゃないし条件が合わなければ無理強いはしない」
……なにが食指を動かしたのか知らないが、意外にしつこいな。ってか目的と手段が入れ替わっているように感じるのは気のせいか?
なんにしてももう夜も遅いし、
「ま、考えておく……そうだな、次の中間が終わるまでには返答しよう」
「分かった」
先送りにして今夜はお開き、別れてすぐ俺は「ふぁあ~」と欠伸をしながら部屋に帰った。