どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主 作:a0o
「地面が塵になった……例えじゃないよね?」
「文字通りの意味でだ」
綾小路は拳を出し身振り手振りを以て説明する。
「こう、嬰児の拳が地面に当たった瞬間にその部分から数センチ四方が塵になって宙を舞った--あれを我が身に受けてたらと思うと今でもゾッとするな」
「それは……本当にごめん。…………私の所為だよね、改めて謝るよ」
より鮮明に想像できたのか、櫛田の顔は真っ青にして深々と頭を下げた。
「謝罪はもう要らん--今となっては嬉しい誤算だ、それよりも」
「その嬰児くんでも対応できない私の武器だよね。分かってる、ちゃんと話すよ」
頭を上げた櫛田からは顔色の青さは残っている--少し落ち着くまで待った方がと綾小路は気を遣おうとも思ったが、
(余裕を取り戻して更に先延ばしにされたら面倒だし--今の状態の方がいいか)
とより鮮度の高い情報を求めて無言で待つ。
「結論から言うと私は『真実』を使った--クラスメイト全員の秘密をぶちまけたんだよ。
誰が誰を嫌いか、心の底ではどう思ってたのか。信頼を積み重ねて得た究極の
「確かにそれも想像を超えた強力な武器だな--櫛田の自信も納得だ」
「効果も折り紙付きだよ--なにせ、私に向けられた敵意はそっくり憎い相手同士に向かった。私が今こうして普通にしてられるのが何よりの証拠でしょ」
自慢する訳でもなく淡々と語っているが、ひと言ひと言に言いようのない重みがあった--その裏にあるのはⅮクラスを崩壊させてでも生き延びて見せるという執念にも似たものを感じさせる。
「まだ半年程度なのに既にクラスを壊せるだけの『真実』を握ってるのか?」
「まさか、精々数人だよ。いざって時は目くらましにもならない--それでも私が持ってる武器はいくら嬰児くんでもどうにもできないでしょ」
本人のみの『真実』--確かにそれは何者であろうとも手を付けられない。
常識的に考えれば……。
綾小路の脳裏には嬰児の言っていた台詞と船上試験最終日に椎名と話した内容が思い出されていた。
「……え、なに?…………そんなことにまで手が出せるって言うの?
そんなのホントに神様じゃん……いくら非常識な化け物だからって…………マジ?」
綾小路の様子から絶対だと思っていた自信が揺らぎ、櫛田は恐る恐る訊く--綾小路は重苦しく口を開いて言った。
「嬰児は以前〝俺ではどんな願いでもは無理だ〟と、オレに言った。
そしてこれは又聞きしたことだが〝どんな願いでも叶うなら、嬰児は一之瀬に似てる知り合いを生き返らせたい〟そうだ」
「ってことは出来るのが居るってこと?まさか普段から神様がとか言ってるけど……ホントに居るってこと?」
「流石にそこまでは嬰児に訊くしかないな--機嫌が良ければ、あっさりと教えてくれるかも知れんぞ」
「ハハハハ…………心の準備が出来たらね。今はとてもそんな気分にはなれないよ」
櫛田は予想外を二回りは上回る結論にドン引きを通り越して唖然としてしまう。
「……私、やっぱり逃げようかな。ねぇ、綾小路くんもそうしない?坂柳さんも搔っ攫うなりしてさ--協力するから。あいつの側に居たらホントに命が無いかも知れないよ?」
冷や汗を浮かべながらの提案に綾小路も直ぐには返答できなかった。
この学校を出たところで行き場などないから論外である--と自分一人なら何も迷うことのなどなかったが、櫛田の指摘した
(……ってなんでオレは有栖の心配なんかしてるんだ?あいつは嬰児を暴く為の道具でしかないだろ)
と思考を強制的に中断する。
「櫛田。懸念は尤もだが、それは出来ない相談だ--オレにはどうしても叶えたい願いがある。命を懸けることになるのは嫌と言うほど分からされたし、その覚悟もとっくに出来てる」
「大好きな娘よりも大事なの?滅茶苦茶な葛藤に無理してない?」
櫛田は見たまま指摘し、綾小路の心を揺さぶろうと言う意図
「普通なら見損なうとかだけど--なんとなく、そんなのとも違う気もするんだよね。
叶えたい願いってのに坂柳さんも入ってるの?いつも言ってるのは、ただのカムフラージュだって思ってたけど、マジで彼女の―――――!?」
好奇心に刺激されて踏み込んで来たが、言い終わる前に腕を掴まれ引き寄せられた--そして櫛田の眼前には自分以上に暗い輝きを宿した目の綾小路の顔があった。
「それ以上の詮索は本気で怒るぞ」
そこから三秒もない沈黙があったが、その経過は時間の流れが狂ったと思うほどに長かった。
「ごめん」
櫛田が素直にそう言うと、あっさりと解放される--そこからの間は普通に短く過ぎ、気を取り直した櫛田が口を開く。
「なんだか喧嘩したってのが、ホントになっちゃったね」
それも坂柳有栖のことを弄って……この思いもよらない展開は綾小路も同様であり無言のままだ。
ただ櫛田の中では何かがストンと落ちた。
「綾小路くん、改めてごめん--そして約束する、もう坂柳さんのことは一切何も言わない。これで名目上の事は決着ってことで駄目かな?」
「構わない--ただ本題の方はどうするつもりだ?」
「堀北に関してはちょっと保留かな--嬰児くんとの問題を先に片付けなきゃでしょ」
「あいつ自身は問題だとも思ってないと思うがな--仮にあいつが命を保証するって言っても上から圧力でも掛かれば、どうなるかも分からんぞ」
「そんなことは分かってるよ--寧ろ今はその上について興味が出てきちゃった」
「命が大事じゃなかったのか?」
「そうだけど--それを掛けるに値するのは、他ならぬ綾小路くんが教えてくれたじゃん」
どうやら櫛田にも綾小路と似たような欲が芽生えたようだ--怯えていた態度が完全に一変した。
「私は私が一番じゃなきゃ気が済まない。都合の悪いことは許せない。
その考えは変わらない--中でも一番目障りだったのが嬰児くんだったけど、凄さは認めてた、異常さも含めてね。
あんなに凄くてももっと上があるなんて、気になるに決まってるじゃん--増してや本当に何でも願いが叶うなら」
「ついさっき、そんな気分じゃないと言わなかったか?」
「繰り返すけど、綾小路くんが心を決めさせてくれたんだよ--これに関してはありがとうって言うよ」
満面の笑みでの台詞は可愛らしいのひと言であり、普通の男子なら顔を赤くして見惚れること間違いなしだろう--勿論、例外はある。
そのことは櫛田も十二分に分かっている--変わらない態度のままの綾小路に益々笑みを深める。
その仕草の不可解さに綾小路は訊く。
「なんだ?」
「別に--まれに出会えるパターンに酔ってるだけ」
優しい自分を演じる為にどんな相手でも悩みを共有して来た櫛田――大半は聞きたくもなく、時には反吐の出るようなものまで打ち明けられてストレスにさらされる日々だったが、良い結果が全くなかった訳ではない。
中には恋心を成就させるなど報われたと思えることも少なからずあった。
綾小路と坂柳は更に輪を掛けて甘い結果になりそうだと、思春期の女子高生らしく愉快な心地だった。
「酔ったついでさ、嬰児くんも混じって話さない?勿論、綾小路くんが壁になって貰うのが前提で」
「少し分かって来たからって調子に乗ってないか--気がおかしくなってるようにも見えるぞ」
「だから、今は酔っぱらっちゃってんだよ--そして私だって幸せになりたいの。その欲が更に深くなっちゃったんだよ--綾小路くんの所為でね、責任取ってよね」
「…………」
誰かが聴いていたら間違いなく誤解される台詞--綾小路は今ほど二人きりの状況で良かったと噛みしめる。
そして結果的には自分の考えていた方向に流れて行ったが、何処か釈然としない気持ちが心に引っ掛かりを覚えてもいた。
「……さっきの教室の様子からして今直ぐは無理だろうから、嬰児にはそれとなく時間が作れないか訊いてみる」
「うん。それでいいよ--勉強会に関してはどうするか、もう少し考えさせて。結果は自分で言うから」
この場での話はここまでと、櫛田はスッキリした顔をして帰っていく--それを見送りながら、綾小路は何か分からない奇妙な予感を感じるのだった。
***
ペーパーシャッフルに向けて
今日も今日とて敵情視察として一之瀬と話すのもその一環だ--断じて下心などない、断じてな。
「やっほー、ゆっくり話すのも久しぶりだね」
「俺が言うのもなんだが、そこまでフレンドリーでいいのか?一応、敵同士だろ今回は」
「安心しなよ。取引とか引き抜きとかの話はするつもりはないから」
「じゃ、何しに来たんだ--態々待ち構えて偶然鉢合わせたなんて面白くもない冗談は言わないよな」
「もう連れないなぁ--ただ友達と話したいのに理由なんて居る?」
「少なくとも今この時は」
ついさっきお前が口にしたスパイやスカウトだと勘繰られるだろうが……ただでさえ、可笑しな噂がたってたんだ。またぶり返したら…………まぁ、俺が困る事は無いか。
「それとも急がなきゃいけない予定があるの?」
そんな心情を目敏く見切ったのか、突っ込んだことを訊いてきた--それが正解だったりするから、また性質が悪い。
誰にも知られる訳にはいかないからな。
言い淀んでると一之瀬は怪訝と言うか意外だとでも言うような顔を向けて来た。
「え、なに--本当に予定があるの?聴いてたのとは違うな」
「聞いてた?」
「そう。クラスの勉強会にも出ないで授業が終わったら、さっさと帰っちゃうって」
一体どこから聞きつけたんだか、いやそれは重要じゃない。問題はそれがどう一之瀬が会いに来た理由と繋がるかだ。
まさか、一之瀬にも見えない力が働いたか?
いや、こいつの性格からすれば寧ろ突っぱねて真っ先に俺に言いに来そうなもの--とそんな甘い期待が持てるような輩でもない。
やはり色々と出しゃばり過ぎたか--こいつを警戒対象に入れなきゃいけなくなるのは個人的には嫌なんだがなぁ。
「もしかしてだけど、また何かしら我慢しなきゃいけないのが増えたの?」
どうやら杞憂だったようだ敵情視察だと思い気を引き締めたのがバカいみたいだ--本当にお人好しだな、『申』には及ばないけど。
「ちょっと、折角心配してるのに何か失礼なこと考えてない?」
目敏いな--しかし質問攻めばっかりは、ちょっと困るからここは誠実に。
「それは素直に感謝するけど、なんとも大変そうな生き方だなと思ってな」
「友達が困ってるなら助けるのは当たり前だよ--私に出来ることなら全部やるつもり」
即答するか--立派だとは思うが、同時に危うさも感じるな。
「一之瀬、話を戻すが今は試験前で俺たちは戦う者同士だ。敵に対して情けなど掛けてる余裕なんてあるのか?」
「それとこれとは話が別だよ--試験においては正々堂々と勝つつもりだよ、Ⅾクラスには勿論のこと、Aクラスにもね」
「それは失礼した。そこまで綺麗事を貫けるとは正直思ってなかった--称賛に値する姿勢だ」
「にゃははは……それはちょっと言い過ぎだよ。私はそんな大それた人間じゃないし」
ここに来て初めて一之瀬が揺らいだ--当然、俺はもっと凄い奴を知っていると続けるつもりだったのに。
いや寧ろそれを先に言うべきだったか?
落ち着くどころか、どんどん不安定になって来てる一之瀬を見るにその思いが強くなる--全く変な所で後悔してしまう、痛恨の不覚だ。
「一之瀬、予定を開けてあるなら少しだけ待って貰えないか?俺の方は都合をつけるから話をしよう。と言うかお前も聞きたいって言ってたのをすっかり忘れてたし、俺としても――――」
「ああ、そんな風な気遣いは大丈夫だよ。それに私もこの後で千尋ちゃんたちと勉強会の予定だから--話は試験が終わったあとにしよう、じゃあね」
言い終わる前に逃げるように行ってしまった--想像以上に深い心の傷に障っちまったかな、こりゃ。
う~ん、『申』の話以外にも埋め合わせを考えておかなきゃだな。
***
日にちは過ぎていき、それぞれが試験日に向けて勤しんでいる--そのひとつ、綾小路グループと軽井沢グループの合同勉強会も回数を重ね、ケヤキモールのカフェの一角に集まっていた。
男女の比率が合っておらず、必然的に多い方の要望がくみ取られた結果だった。
「なぁ、やっぱりもっと静かな所にしないか?」
幸村が落ち着かない様子で提案して来た--ただこれは更に自身の首を絞めることになった。
「えー、賑やかな方が楽しくやれるじゃん」
軽井沢が軽薄に否定すると長谷部も同感だと言わんばかりに肯いた。
「そうそう、こっちの方がやり易いって--みやっちもそう思うでしょ」
「そうだな--静かで張り詰めた空気は弓道だけで十分だ」
「オレも特に異存は無いが、どうしても嫌か?」
同グループにして同じ男子からもの意見にやむなく折れるしかない幸村--佐倉だけが唯一同情の目を向けてこられ、益々みじめな思いを重ねていく。
「なら今日から追い込みに入るから、しっかりやれよ」
意地なのか、用意したノートにはびっしりと気合の入った課題が並んでいた。
「うわ~、ゆきむー、厳し~」
「マジで容赦ねぇなぁ、啓誠」
「いつも言ってるだろ、まず出来ると思ってやってみろ」
長谷部の完全に棒読みな感想に三宅も苦々しい顔だ--しかし幸村も慣れたものなのか、淡々と返す。
伊達にグループを作っていない--テスト勉強などは集まってやるし、その際に苦手科目などは把握している。
中でも長谷部と三宅は揃って文系が苦手であり、同じような傾向でもある為に改善に対する熱が違う。
一方で軽井沢グループの勉強を見てる綾小路は、より淡々としたものだった。
「いや~、綾小路くんって思ってた以上に指導役が板についてるね」
「そうだね。どう問いていいのかがさっと入って来るって言うか」
松下と篠原が賞賛を送る。
「そこはオレじゃなくて啓誠のお陰だな--あいつが作ってくれたチェック問題のお陰で何が苦手なのかが把握できた」
幸村を功労者として建て、踏み込んでくるのをかわす--すると今度は別の角度からの踏み込みが来た。
「でもさ、今回もAクラスとは戦わないんだから一緒に勉強したかったなぁ。綾小路くんもそう思わない?」
訊いてきた佐藤の目は明らかに別のことを期待しており、その見え見えの好奇心には辟易してしまう。
「有栖は一人で問題作りするから忙しいそうだ--すまんが期待には応えられない」
ただこの手のも何度となくあったので、間髪入れずにばっさりと切ってしまう--恋バナをまだ発展させたかったと不満を募らせようが構わない。
他人の肴になどされて喜ぶ趣味は持ち合わせていない--この点に関しては嬰児への恨みが晴れることがない。
そんな不穏な空気を醸し出しそうなのを宥めるのも決まっていたりもした。
「でも試験が終わったら、いつも通りだよね--冬休みに向けて新しい衣装合わせとかもしたいって話してたもんね」
佐倉が目をキラキラさせながら言うと当然のように喰い付く女子高生たち。
「へぇ~、そうなんだ--私も一緒に行っちゃ駄目かな?」
「て言うかさ、綾小路くんの方もね」
「ああ、ちゃんとしたタキシードとか」
「その手の提案とかもやっぱり沢山あるよね」
「こら、そこまでにしとけ--凄く目立ってるぞ」
幸村の指摘通りに店中の客や店員までもがニヤニヤしながら聞き耳を立てており、必然的に話題の中心である綾小路に注目が集まってしまう。
「……勉強の邪魔になりそうだし、啓誠の言う通り場所を移すか」
「う~ん、どこ行っても同じだと思うけどね」
長谷部の言う通りだと皆が思うが、綾小路が席を離れたいと言うのも分からない訳ではなく、そこに軽井沢が提案した。
「じゃあさ、カラオケに行かない--あそこだったら騒いだって問題ないし」
「お、ナイスアイディア」
「私も賛成」
賛同の声に皆も同意し、席を立って行く--その様子を残念そうに見る目もあったが、自分たちもまた試験前と言うことを解っており、それ以上のものは無かった。
あくまで周りからは……。
「ねぇ、今度さ気分転換に買い物でも行かない?本格的に冬物だって要るし」
佐藤の全員へのように見えて、しっかりと綾小路を狙う仕草は--中々に好意的に受け取られた。
「リフレッシュ目的なら悪くないな--と言っても俺はお洒落とか分からないから役に立てそうもないが」
さっきの意趣返しなのか幸村も不敵な顔で賛同しており、
「買い物か--なんだかちょっと懐かしいね。清隆くん」
一方で佐倉は裏表なく懐かしみ、屈託のない笑みを浮かべて来る。
「あー、確かに。あれからもう随分と経つよね~」
「まだ半年も経ってないだろ」
長谷部の含みがありまくる発言に三宅が調子よく突っ込んでくる--更にそのまま話が広がっていく。
「なになに、興味あるな」
「うん、私も」
「出来れば聞かせて貰いたいなぁ」
「坂柳さんのことだよね、この際だから話しちゃいなよ」
取り巻きの女子たちが目を輝かせており、軽井沢が上から目線で言った。
「……大した話じゃない。有栖にプレゼント買うのにアドバイスが欲しかったから佐倉に頼んだだけだ」
「へぇ、坂柳さんってもう誕生日過ぎたんだ--少し残念な気もするね」
「ううん。そうじゃないよ、松下さん--坂柳さんの誕生日は三月だよ。
あの時のは再会を祝して……当時はまだ会いに行くのもギコちなくてさ」
佐倉のウキウキと語る姿は余程いい思い出だと物語っており、長谷部を始めグループメンバーも笑顔だ。綾小路を除いて……そのことがより女子たちを刺激する。
「確かに思い返せば、あの時は純情って感じだったよね」
「池くんじゃないけど、リアルでこんなの観れるなんてラッキーだよね」
「篠原さん--もしかして池くんのことを?」
「何言いだすのよ!そういう松下さんはどうな訳?!」
より自然かついい感じで話題が綾小路から逸れた--そして追及を受けた松下は意味深な顔を今度は軽井沢に向ける。
「私はもっと頼りがいのある大人ななのがいいかな--そういう意味じゃ、やっぱり嬰児くんだけど。
平田くんみたいな頼れる爽やかなのも捨てがたいよね--瞬く間にゲットした軽井沢さんにはホント畏れ入るよ」
「あー、確かに」
「クラスで一番最初に誕生したカップルだもんね」
「いや~、それほどでもあるかな~」
軽井沢は照れるような仕草ながらも自慢気であり、そのまま調子に乗る様に言う。
「やっぱ、こういうのは積極的に行かないとね--もたもたしてたら他に持って行かれちゃうし」
「そうだよね。気になる人が居るならガンガン行かなきゃだよね」
佐藤はあっさりとそれに感化されてしまう。
「確かにそれは見習わなきゃいけないかな。ね、愛里」
「うぅ……」
綾小路グループの女子たちにも広がっていった--なし崩しに蚊帳の外に置かれてしまった男子たち、その一人である綾小路は内心で安堵していた。
(上手いこと注目が軽井沢に移ってくれたな--しかしこれは狙ってやったのか?)
さり気なく松下にも目を向けるが、恋バナで盛り上がる女子たちと自然に接している姿からは、どうにも判断が付かない。
そんな疑念を持ちながらも目的地に着き--試験勉強もそこそこに折角だから歌おうとカラオケを満喫していったのだった。
***
今日は久々に予定が無いから何をしようか--長々と続いた依頼もひと区切りついた。
まだ少し根気が居るし休める時は休むべきだ……いや念の為にひと言、伝えた方がいい奴が居たな。
空を見上げると数羽のカラスが飛んでいた--雑食だし、丁度いいか。『鵜の目鷹の目』を使うのも久しぶりだ。
手分けさせれば結構すんなりと見つかると思ったが、中々に手こずる--寮の方にでもいるのか?
視覚共有を切ろうと思ったが見つけた--しかし何だってあんな所に一人で?
連れが居るなら先回りして待ってようかとも思ったが、一人ならこっちから行くか。歩くこと十数分--普通なら別の所に行っているだろうが、相手が相手だからのんびり行っても行き違いになることもない。
「あら珍しいところで会いますね」
相変わらずの上品な笑みなことだな--坂柳よ。
「それを言うなら、そっちこそ一人で来るような所か?」
俺たちが今いるのは紳士服店の前--女子である坂柳が一人でいる方が変であろうに。
「最近は直帰して誰にも会わないようにしていたようですし……用事はもう済んだのですか?」
情報は筒抜けか--それともブラフか?どっちにしてもあまり機嫌がいいとは言えないようだ。
やっぱ迷惑かけたかな?
「ちょうどその話がしたくてな--もし杞憂なら独り言とでも思ってくれ」
「なるべく手短にお願いします」
「じゃ、結論から。次の試験にCを狙ったようだが、簡単に潰せると高を括ったんなら改めた方がいい」
「…………ご忠告どうも。それでは」
若干目を細めて、そのまま行ってしまう--何だか、らしくないことしてたみたいだし、少し気になったんだが、無駄な会話なく切り上げる辺り確率は上がったか。
もっともそう思わせるだけってのも考えられるが、そこは重要じゃない--ペーパーシャッフルにおいて坂柳がどういうつもりなのかは定かじゃないが、Cを潰すのかそれ以外のがあるにしても現状を正確に認識させる必要性がある。
普通に考えれば前者だが……そうでない場合は可笑しなことになりかねんからな。
ともあれ伝えるべきは伝えた--あとは内側だな。
ずっと来ていた綾小路からの話し合いの誘い--端末を取り出して〝時間の都合が付いたから、いつでもOKだ〟と綴り送信する。
直ぐに返事が来るかと思ったが、生憎とそうはならない。仕方ない部屋に戻るとするか。
しかしそれからいくら待っても返信は無い。勉強会が長引いたのかと思ったが、いくら何でも遅すぎる--他に用事でもあるのか?
思いつく心当たりと言えば、さっきの坂柳がまず浮かぶ--紳士服店に一人でいるなんて普通に考えてプレゼントでも見繕ったか。
端末を取り出してチャットアプリから綾小路の欄を見ると誕生日が10月20日とあった--つまり今日か。じゃ、今頃は二人きりでケーキを食べてるとかかな?
それは邪魔しちゃ悪いな。なら今日もう寝るとするか。