どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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ウエットに○○

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

「直ぐにお湯沸かすから、適当に待っててくれ」

 

 部屋に入ってすぐに暖房をつけ人数分の飲み物を用意する綾小路を見ながら、女子三人は部屋の中を見る。

 

「今更ながらこんな時間に男子の部屋に来るって、ちょっとヤバくない?」

 

「いやいや、この間、櫛田さんと二人きりでも何もなかったんだし--第一そんな変な気なんて起こすなら相手が違うでしょ」

 

「あー、確かに……」

 

 必然的なのか、自然とベッドに目が向かう--それぞれの脳内に似通った想像がされているのか、興味津々の目で興奮が湧き上がっているようだ。

 

「あー、もう温まってるようだし、お茶はいらないか?」

 

 綾小路の全く心が籠ってない言葉に一気に興奮が冷めてしまった--振りむいてみた綾小路には一切変わった様子がないが、それが返って不気味さを醸し出していた。

 

「あはははは」

「いやー、また少し冷えちゃったから出来れば……」

「そうそう、なるはやで帰るつもりだしね」

 

 冷や汗をかきながらの返答に何も感情を出さず、粛々と紅茶を準備して差し出す--慣れた手際を見てる内に焦りは緩和されていく。

 

 気を取り直して紅茶に口を付ける女子たち--冷えていた体が温まっていき、完全に落ち着きを取り戻した。

 

 そんな様子を見ていると綾小路の方も気持ちが落ち着いて、それとなく口が開いた。

 

「こんなことになるなら菓子も用意しとくべきだったな」

 

「いやいや、こうなったのは突然だし」

「そうそう……それにそう言うのは坂柳さんだけじゃなきゃ」

 

 松下と佐藤が遠慮がちに言うが、綾小路は肩をすくめてあっさりと返す。

 

「有栖の場合は菓子持参が基本だ--美味しいのを見つけたってな」

 

「うわぁ、惚気てるし~」

 

 茶化すようで居ながら真っ先に喰い付く佐藤--軽井沢と松下もやや反応に困るような仕草だ。

 

「オレの事はまたの機会でいいだろう--それよりも」

 

「さっきの話の続きだよね」

 

 空気が一遍に変わり軽井沢に注目が集まる--そこに仕切り直しを籠めて松下が言う。

 

「軽井沢さん、まず言っとくけど今回の審議の件は私たちも微力ながら力になる--本当に助けて欲しい相手が嬰児くんだってのも何も言わない。

 ただどうしても嬰児くんじゃなきゃダメな理由はハッキリさせて置きたい--改めて訊くけど、嬰児くんの事が好きなの?」

 軽井沢は緊張した面持ちで周りの目を気にしながら途方もなく長い一瞬に苛まれる。

 

 自らの過去を話すのは論外として、嘘でも恋愛感情があると貫き通すべきか--それとも松下や櫛田同様に自分も嬰児の得体の知れない背景と実力に魅力を感じたと、多少の本音を交えたと言うべきか。

 

 普通に考えれば後者の方がいいが、それでは嬰児の中で複数いる一人になってしまい、いざと言う時が来たら切り捨てられてしまいかねない--そんな可能性が脳裏を過ぎり即座には答えられない。

 

(ああ、こんなことにならないようにって協力することにしたのに……)

 

 何度目かも分からない思いを抱きながら軽井沢は綾小路を見たが、会話に入って来る様子もまたそんな場面でもないことから援護は期待できない。

 

 こうなってしまえばと、もう一か八かの半ばやけくそ状態の心境で思いの丈をぶちまける。

 

「あたしの気持ちが恋愛感情なのかははっきりとは分からない--ただ今までに見たことがない強くて凄い人だから頼りたいし、気に入られたい」

 

 そもそも恋だの愛だのとは無縁……それどころではない生活を送って来たのだ。例え恋に落ちても余程の衝撃でも受けない限り確信など出来ない。

 

 ただ知識として最も身近な例を見ている分には、そんな感情など欠片も持っていない――強者への依存、尤も優良な寄生先でしかないだろう。

 

(でもそんなことバカ正直に言える訳ない--あたしはもうあんな思いはしなくない)

 

 自身の中にあった気持ちを再認識して、最悪手を差し伸べて来ている友人たちを失うことになっても構わないと言葉を続ける。

 

「あたしはAクラスになりたいだとか、もっと高みに行きたいとか、そんな高い志なんてない--でも叶えたい願い、欲しいものはある。あたしは負けたくないの--だから絶対的な強さを持った人に必要にされる存在になりたい」

 

 可能な限り嘘はつかず、本心を小出しにありふれた言葉で表した--これで通じないなら、これ以上踏み込んでくるなと突っぱねるしかない。

 

(お願いだから、余計なことしてこないで)

 

 余裕を装いながら切実に願う--それは通じた。

 

 軽井沢をしっかりと見ていた綾小路と松下は、決して表に出そうとしない軽井沢の悲鳴を上げたいような怯えを感じ取り、もう少し時間を掛けるのが最善であると--ただ同じく向かい合っていた佐藤はそうはならなかった。

 

「軽井沢さん--今嘘ついてるよね」

 

「嘘なんてついてないわよ!あたしは嬰児く……強い人に取り入っていい思いがしたいだけの女なの。変な幻想とかはやめてよね!」

 

「嬰児くんじゃなくてもいいのはどうでもいいよ--でもそれで本当に幸せ?」

 

「なに--嬰児くんの真似?」

 

「うん、そう。どんな感じだった?」

 

「どんなって…………」

 

 佐藤は軽井沢に只管に向き合い粘って来る--この展開は綾小路も、そして松下にも予想外だったようで割って入ることもせず無言で成り行きを見定めている。

 

 軽井沢当人はどうしてここまでして来るのか、訳が分からいまでも無意識に奇妙な危機感を感じて必死に続く言葉を模索する。

 

「…………嬰児くんに比べたら何も感じないし、全く響かないよ」

 

 たどたどしくも拒絶を表す--それでグループが壊れても構わないとも思い始めてもおり兎に角早くこの場を終わらせたった。

 

「そっかぁ、そうだよね--でも、それでも私は軽井沢さんの味方だよ」

 

 佐藤の言葉に迫力や凄みは一切ない--それでも不思議と重さを感じさせた。

 

「な、なんで?」

 

「この学校で初めてできた友達だもん--力になりたいのは当然じゃん」

 

「さ、佐藤さんってそんなキャラだっけ?」

 

 この軽井沢の台詞に同席していた松下と綾小路も同意だと言う様な目で見て来る--それは本人も自覚してるのか、遠くを見るような顔でゆっくりと綾小路に目を向ける。

 

「ははは、自分でもそう思うよ--五月になるまでは普通に高校生活すると思ってたし、一学期の中間が終わった時までは、まだそれが諦めきれなくて恋に青春が欲しくて、よっぽど追い詰められなきゃ、今も自分の事で手一杯だったろうね」

 

 一学期の中間テストの終わり--言わずと知れた超ド級のアクシデントがあった時だ。そして佐藤もその場面に立ち会っていたのを改めて思い出す。

 

「なんだ、オレの所為でそうじゃなくなったと?」

 

「誤解しないで、良い意味でだよ--恋愛ドラマなんて比じゃないラブストーリーの始まりを見て、あれからずっと気になって見ててさ。

 ああ、この学校に来て良かったって思えたんだよね--だから私も私の物語が欲しいって思ったんだぁ」

 

 正に夢見る少女--この面子の中で唯一の普通の女子高生だと言える。

 

 その甘く儚い仕草と〝余程追い詰められなきゃ〟の(くだり)から軽井沢の心に小さな波が立った。

 

「佐藤さん--あたし馴れ合いの友情ごっこがしたい訳じゃないから」

 

「私もそんな生半可な気持ちで言った訳じゃないよ」

 

 軽井沢の冷たい突き放すようなニュアンスに即答で返した--これには軽井沢の反応が遅れて言葉に詰まった。

 

「私たちが一緒に居た時間が長いのか短いのか--私には分からない。でも私は軽井沢さんとはずっと友達でいたいし、増してや嫌いになんてなりたくない。

 平田くんに嬰児くんと、ただ遊んでるだけだったとしても格好良い男の子と仲良くしたいってのって別に責められるようなことじゃないでしょ」

 

 一気に捲し上げた佐藤は一旦言葉を切って改めて綾小路を見る。

 

「さっき言った坂柳さんが居なきゃ告白してたってのは割とマジだよ--もしもそうなってたら真っ先に軽井沢さんに相談してたと思う」

 

 あったかも知れない可能性--その内容に一同は反応に困る。

 

 綾小路は佐藤の気持ちに応えることはあるとは思えず、軽井沢にしても平田とは疑似的な関係なのでキチンと対応できたか分からず、松下としても上手く行った結末がどうしても想像できず……失恋の末にどうなったかと。

 

 そもそも何故こんな話になったのか?

 

 審議に向けて軽井沢から不安を払拭させる為だった筈--佐藤麻耶の軽井沢恵への友情度合いが、ここまでのものとは全く予想以上だった。

 

(これが嬰児だったらサラッと見抜いたりしたのか?)

 

 綾小路が淡泊に思いながら、思いがけない展開から若干逃避しようと意識が働くも直ぐに持ち直して冷静になるように努める。

 

(佐藤は嘘や駆け引きが得意なタイプじゃない……もしこれが演技だったら大したものだが…………ってそうじゃないな。重要なのは佐藤もまた腹を括ったってことだ)

 

 それは普通に見れば良い影響であり、更なるクラスの成長の兆しである--ただ問題なのは相手である軽井沢が同じ域になっていないこと。

 

 軽井沢の心中がどうなっているのか--綾小路には分からない。ただ友達として向かい合ってきた佐藤の事を信じ切れていないのは間違いなく、必死で顔には出さないようにしているが余裕がないのは透けて見える。

 

(予想以上に深いトラウマってことか--信じた結果、裏切られたってこともあるのか?)

 

 自分の身を守りたい--その手段として強い存在に寄生する。

 

 軽井沢恵の処世術であり、それしかないと諦めきっている--心が打ち砕かれた要因が何なのか?

 

 酷いいじめを受けて来ただけでは、どうしても納得しきれなくなってきた。

 

(それにこの様子は何処となく少し前の櫛田に通じるものがあるな--まさか、こいつもそうなのか?)

 

 綾小路は心を決める前の櫛田--嬰児に殺されかけて命の危険に怯えていた姿と今の軽井沢が妙に重なって見えた。

 

(だとしら、洒落にならないな--佐藤がどれだけ向き合い誠意を見せようが、塗り替えられるとは思えない。と言うか、これなら嬰児の圧倒的な力にのめり込みたくなるのも合点がいくな)

 

 現状はどうしようが軽井沢恵の心を動かすことが出来ない--結論を得た綾小路は事態の悪化を防ぐために強引にでもこの場を終わらせることを決めた。

 

「佐藤。そう言って貰えるのは素直に嬉しいし光栄だが〝たられば〟だろうとオレは有栖を裏切るような真似は出来ない--今の話を聞いてこの状況を容認するのは出来ないから、悪いけど帰って貰っていいか」

 

「あー、いや……私は別に、そう言うつもりじゃ…………」

 

「分かってる。ただ、それでもだ--接触して来るなとは言わないが、二人きりで会うのは金輪際止してくれ」

 

 静かにそれでいながら威圧感を込めたニュアンスで、半ば脅迫とも見える様相で〝帰れ〟と促して来る--場の空気も主導権も一気に変わり、佐藤のみならず松下や軽井沢にも冷や汗が出て来た。

 

「二人とも今日はここでお開きにしよう--時間も時間だし、続きはまた明日ってことで」

 

「そ、そうだね……」

「う、うん。それじゃ」

 

 女子たち三人はいそいそと立ち上がり部屋から出ていく--完全に行った事を確認した綾小路はひとつ息を付いて思案する。

 

(得るものはあったが、実りがあったとは言えなかったな)

 

 クルーズ船で初めて話を聞いた時は対して気にも留めてなかったが、予想を遥かに超える域で軽井沢恵の心の傷は深刻なようだ--これは一朝一夕でどうにか出来る代物ではないが審議は明日で時間は無く、悪影響を及ぼす要因になる気がしてならない。

 

 短期間でどうにかするとなると、どうしても強引な手段にでなければならない--しかし一人で戦っている状態ならまだしも現状のクラスは纏まりを見せており、綾小路清隆がどうしても手に入れたい駒は牛井嬰児である。

 

(もともとは嬰児の篭絡に使えればと思ってたが、櫛田がしゃしゃり出て来た所為で大幅に狂ったしな……さて、どうしたものか)

 

 じっくりと考えたい所だが、つい先日に〝あの男〟との接触と理事長との会話などで、こちらに気を割いている余力がなかった為に上手く考えが纏まらない--今の調子ではいくら考えても無駄だとそう結論付けて寝ることにした。

 

(ま、どうせ組み直さなきゃいけなかったんだ。軽井沢がどうなったところでいくらでも取り返せる)

 

 綾小路は目を瞑り冷徹な思考を研ぎ澄ましながら静かに寝息を立てていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ああ、待ってると大して時間も経ってないのに妙に長く感じる。

 

 そして漸くと終わりが来たか、端末が震え画面には『松下』の文字--軽井沢と近く、こいつも何かと俺に絡んでくるんでちょっと動いて貰おうと向かわせたんだが、果たしてどの程度の結果になったのやら。

 

「もしもし」

 

『あ、嬰児くん。良かった、寝てた訳じゃないみたいだね』

 

 眠そうな声出したら明日の朝にしようとかになったか--ただの気配りか、それとなくのアピールか。

 

「前置きはいらない--どんな感じだった?」

 

『ハハハ、せっかちだね--ごめん。心を開かせるどころか、余計に意固地になっちゃった』

 

「そうか」

 

『……予想範囲内ってこと。なんかちょっと面白くないなぁ』

 

「気に障ったんなら済まなかった--ただそれなりに時間が要ると思ってたからな」

 

 こう言うと察するものがあったのか、僅かな沈黙があり電話の向こう側で思案してる顔が思い浮かぶ--もっともより深い内実までは計れないが。

 

『そっか--けど今はその肝心な時間が無いよ、どうすんの?ちょっと強引な手を使うってなら余り賛成は出来ないよ』

 

「別にお前に何かさせる気は無いから心配せんでいい」

 

『お前に?』

 

「言葉狩りの趣味にでも目覚めたか?」

 

『いやだなぁ、そんなセコイ趣味なんて持ち合わせてないよ--兎に角、何か手がいるならまたいつでも言って。それじゃ』

 

 軽口に否定してとっとと通話が切れた--引き際もしっかりと心得てるか。

 

 さて、松下にはああ言ったし俺自身も今はまだ何かするつもりはない--と言うか、俺が何かしなくてもな。

 

 

 

 ***

 

 

 

(あーあ、どうしてこうなるんだろ……)

 

 綾小路の部屋から出た軽井沢は自室には戻らず人気のない道のベンチに座り、もの思いに耽っていた。

 

 季節は冬、夜風も冷たく少々肌も痛い--それは彼女の脇腹に刻まれた古傷にも響き、嫌な思い出がぶり返した。

 

(…………そう言えばチョコ味だとか言って泥まみれの雪を食べさせられたな)

 

 もう二年も経つが、それでも昨日の事のように思い出せる--再びあの日々が始まるかも知れないと言う恐怖に心が悲鳴をあげたくなる。

 

 こんな思いをしない為に平田洋介の彼女と言うポジションを得たのに、当初はそれで上手く行った--和を重んじる彼は助けられるならと嘘の恋人関係を喜んで引き受けてくれた。

 

 しかし今はそれが仇になってしまった--和を重んじるが故に平和的な解決しか認めず、敵意を持ち危害を加えてくる相手には手ぬるいと言わざるえない対応しかしない。

 

 だからこそ、危害を加えて来る敵には暴力を行使することも厭わない嬰児に魅力を感じた。

ただ嬰児はこの奇異な学校の生徒の中に居ても普通じゃなかった--嬰児自身も取り巻く環境も得体の知れないと言う表現がここまで似合う存在を現実に見ることになるとは。

 

(綾小路くんや櫛田さんも早くに知ってたみたいだし、完全に出遅れちゃったな)

 

 そんなありえない事への愚痴が心にこぼれる。

 

 入学当初に出会った嬰児は目立たない訳ではなかったが、それは決して良い意味ではなく名字で呼ばれることを嫌がる若干変わった男でしかなかった。

 その後も不機嫌さを隠しくれず机を破壊するなど心証は悪い方向に行き、5月に入ってのひと幕--初めて異常性を見せつけた催眠を駆使した時は寧ろ全力で関わりたくないとすら思ってしまった。

 

 その直後にあった中間テストまでも目を引くようなこともあったが〝神を信じる〟と言う自分には最も縁遠い事柄の話題であり、積極的に関わり合う事など無いとその時は悟った。

 

(でも思い返せば、櫛田さんやそれに綾小路くんが嬰児くんに絡み始めたのって、あの時からだよね)

 

 何があったかまでは想像が付かない--ただ嬰児の凄さを実感することが起こったことは分かる。

 

 もしもその場面に自分も立ち会っていたなら…………

 

(…………ああ、駄目だ。どうしても平穏で快適な高校生活が思い浮かばない)

 

 寧ろ波乱万丈な事態を探して四苦八苦しているような、平穏とは正反対の生活を送っていたかも知れない--もしかしたら今回の審議ももっと早くに行われ、今頃は退学していたか、少なくとも今とは全然違う状況にはなっていただろう。

 

 ただ、それもそれで悪くないんじゃないか--心の何処かでそう思ってしまう。

 

(世界を牛耳る組織の手先の手先か。ホント、漫画見たい……)

 

 ならば今の自分はもう直ぐやられてしまう……切り捨てられる雑魚キャラか。

 ある意味なんだか自分にはお似合いだなとも感じてしまい--哀しさや怒りも通り過ぎて乾いた虚無が広がっていく。

 

 軽井沢の目の光も消えて肌寒さすら感じなくなってきており、それでもまだ働いている意識は、このままいれば風邪ひいて審議が延期--いやいっそのこと、

 

「こんな寒空の下にいつまで居ては凍死してしまいますよ」

 

「!!?」

 

 心の中で思ったことを代弁され急速に意識を取り戻し振り向くとそこには不敵な顔の坂柳が居た。

 

(なんなのよ、次から次へと)

 

 予想外の展開ももう何度目か--驚くことも面倒になってしまい、おなざりな対応をしてしまう。

 

「なに、旦那さんを連れてっちゃったのに文句でも言いに来たの?」

 

「はい。私の至福の時間を割いたのに--どうやらいい結果には至らなかったみたいですね。清隆くんにはもっと乙女心を大事にするよう言わなければなりませんか」

 

 いきなり、さも当然の如く惚気て来る姿は乾いていた心に潤いを与える……物凄く不快な感じのものを。

 

「仲が良くて結構な事ね--そんなに好き合ってるのになんで戦いたいなんて思うのか、あたしにはさっぱり分からないわね」

 

 その為か、言葉が刺々しいものになるも坂柳は気にした風でもなく満面の笑みを見せた。

 

「ええ、それが普通ですね--ただ私はどうしても覆したいことがあるので、その為には清隆くんに勝つことがどうしても必要なんです」

 

「訳分かんない--あんた()って、自分が強いのを見せつけなきゃ気が済まないの?」

 

「そうしなければ伝えられないこともあります。何も示すことなく言うだけでは右から左にスルーされてしまうのは目に見えてる--同等以上の者だと証明してこそ、初めて聞く耳を持ってくれる、これもまた珍しくない話ではありませんか?」

 

「えーーーー…………」

 

 笑顔のまま語る坂柳に軽井沢は辟易した顔でドン引きした様子だ。

 

「…………そんな漫画みたいなこと実際にやる奴って居るなんてね」

 

「御尤もな反応ですね--ですが、事実は小説より奇なりですよ。特にあなたが熱を上げている牛井嬰児くんは、そんな世界の住人です」

 

「!!?」

 

 いきなりの思いも寄らない発言--しかし坂柳には話の途中から意識していたのは丸わかりだった為の自然に行き着く先だったので気負うことなく話を続ける。

 

「彼の背景については私もそこまで詳しくは知りません--知っていたとしても話すことは出来ない身の上です。現状で困っていることの渦中にあること、その中心にあなたが居ることは存じています--彼の力に縋ろうとする気持ちも理解は出来ます。ただ関わり合いにはある程度は慎重に見極めないと文字通りに命に関わりますよ」

 

「脅しのつもり?」

 

「警告です--清隆くんだけならまだしも、堂々と深入り宣言してくれたお陰で余計な注目まで集まってしまいましたからね」

 

 櫛田の一件は当然坂柳の耳にも入っている--そして彼女は理事長の娘、つまりは運営側に属する人間だ。無用な厄介事が起きるのは歓迎できないのだろう--と軽井沢は推察する。

 

 要するにこれ以上は関わり合いになるなと釘を刺しに来たのか--行き着いた結論にただでさえ不快だったのが益々深くなっていく。

 

 それは抑えることも出来ない程に溢れて表情、そして態度にも表れる。

 

「いいわよね。そんな風に権力を笠に着て余裕ぶれて……あたしみたいな一般庶民の苦労なんて全く縁が無いんでしょうね」

 

 なによりも力に屈するしかない無力な者の悔しさとも無縁に見える姿は嫉妬どころではない暗い闇をいきり立たせる……それは容易く殺意に変貌してしまう危険なものだった。

 

 そんな気配を感じ取っているにもかかわらず坂柳有栖は笑顔のまま--それは益々、軽井沢恵の殺意(こころ)に油を注ぐ。

 

「あんたさぁ。頭いいなら、あたしが今何考えてるか分かる?」

 

「う~ん。そうですね、どの辺りが気に障ったのか詳細は計りかねますが、私に今直ぐに消えて欲しい--いえ、滅茶滅茶に叩きのめしたいと言ったところでしょうか」

 

「うん、正解。だからさ、さっさとどっか行ってくんない--じゃなきゃ、あたしなにするかホントに分かんないよ」

 

 軽井沢なりの最後の理性で警告するも坂柳は一切立ち上がる気配はなく笑みも消えない--寧ろ、やれるものならやってみろと言った風な態度を透けて見せた。

 

「今そんなことをすれば困るのはあなた自身ですよ--なんて理屈は通じない域になってますね」

 

「冷静に分析するなら他でやって……って言うか、もういい加減にどっか行ってよ!!」

 

 本当に精神的にギリギリの状態になり、声が荒げり目にも疑いようのない殺意が込められている--ここで漸くと坂柳は笑顔を消して真剣なニュアンスで言う。

 

「やっと本心を曝け出してくれそうですね--と言えるかと思いましたが、どうにも虚勢にしか見えません。そうして威嚇しなければ心を保てませんか?」

 

「そうやって分かってるぞって態度みせなきゃいけないキャラしてて楽しい訳?」

 

 最早、我慢も限界ギリギリな状態で呂律もおかしくなってきている軽井沢--そんな彼女から目を逸らすことなく坂柳は真剣さを見せながら続ける。

 

「我慢は身体に良くないですからね--今のあなた自身がいい実例では。

 相当なんて言葉じゃ足りないくらいに溜め込んでいたようですが、そちらの方こそ、そんな状態のままで楽しいですか?」

 

「いい加減にしなさいよ!!」

 

 そしてとうとう我慢は限界を突破した--軽井沢は勢いよく立ち上がり坂柳に向かって手を上げる。

 

 満足に動くことの出来ない彼女には簡単に倒れる--軽井沢の手によってではなく自分でベンチからズレ落ちるようにして地面に。

 

「ッ!」

 

 とは言え全く衝撃がなかった訳ではなく、僅かに顔を歪ませる。

 

「ウゥ!!」

 

 回避する術はなく当たると思っていた手が空振り、軽井沢の中で殺意が増してしまう。

 

 何故、こんなにも思い通りにならないのか。

 

 見るからに脆い身体をしてる小さな奴にまでコケにされねばならないのか。

 もう目に映る全てが憎く、何もかもを壊したいと気が狂い自棄を起こしてしまう。

 

「ああ!嫌いだ!嫌いだ!!みんなみんな、大っ嫌いだぁ!!」

 

 倒れ込んで満足に動けない坂柳に対して、半狂乱になっている軽井沢は剝き出しの殺意を持って攻撃を加えようとする--それでも余裕を崩さない坂柳だが、僅かだが表情にこわばる。

 

「ああ!!あああ――――………………」

 

 ただそれは届く事は無く、背後からの一撃によって叫びながら上がっていった興奮状態は一気に差し止まる。

 

「?!!カハッ、カハッ――――」

 

 不意の一撃に崩れ落ち、せき込む軽井沢の背後からは掌底の構えを取った伊吹澪が表れた。

 

 坂柳は驚くことなく寧ろ当然のように安堵しながらいつも通りの態度で感想を言う。

 

「漫画みたいに気絶とまでは行きませんか」

 

「そこまで強く入れたら流石にヤバいだろうが--そもそも何考えてんだよ?」

 

 夜も遅い時間に突然連絡を寄こし、Cの利益になるものを提供するから来いと一方的に協力させられた。

 訳が分からなかったまでも、今回を含め坂柳は一連(・・)の出来事でCの味方の様な可能性の示唆もあって無視は出来ず、仕方なく来たが予想の斜め上をいく展開に益々訳が分からなかった。

 

 そもそも一目瞭然で身体が不自由なのだから、危険を孕んでいるなら最初から一緒に居るか、まだ理性が働いている段階で自分の存在を知らせるなどすれば良かった話だ--無防備を晒してまで、ひとつ間違えば大怪我じゃ済まない状況に自分を置いてなんのメリットがあるのか?

 

「僅かでも彼女が不利な可能性があれば、直ぐに逃げてしまいますからね--あくまで彼女が優勢だと思わせなければ何もしてはくれません」

 

 杖を突いてゆっくりと立ち上がった坂柳は服を払いながら、地面に四つん這いになっている軽井沢を見る--呼吸は整ったようだが、俯いて無言のまま。頭も完全に冷えたようだが、絶望的な状況に何を思っているのか。

 

「今起きたことを子細隠さず報告すれば彼女の心証はガタ落ちになり、Cの主張が正しいと印象付けることも出来ますね」

 

「……あんたがあたしを嵌めたんでしょうが」

 

 訊きながら軽井沢は顔を上げることなく反撃の言葉を必死に絞り出した--ただそれは空しくも届く事は無かった。

 

 坂柳は上を向いてあるものを指しながら言った。

 

「残念ながら防犯カメラに一部始終が映ってます--音声まで拾えませんので立証は不可能です」

 

 軽井沢はぎこちない仕草で指した方を見て決定的な絶望に叩き落された--もう終わりだと、結局自分は惨めに落ちていくしかないとあらゆる気概が砕かれた。

 

 もうどうにでもなれ--そんな事しか心に浮かばず目の中の光が完全に消えた。

 

 そんな軽井沢を視界に入れた伊吹は哀れに思ったのか、それとも陥れた坂柳に嫌悪を抱いたのか、不快な態度で口を開いた。

 

「あんたさ、綾小路の女房なんだよね--なんで亭主の損になるようなことなんかに手を貸した訳?」

 

「清隆くんは私にとって特別な存在ですが基本的には戦うべき相手、つまりは敵です。時には手を組むこともありますが、どんな時でも味方と言う訳ではありません」

 

「ダウト--やり合いたいなんてのは、みんな知ってるけど場外乱闘なんて形じゃないでしょ。この前も妙な所でフォローしてくれたみたいだし、こっちの知らない所で妙なしがらみがあるんじゃないの……あの男(・・・)みたいに?」

 

 伊吹が目を鋭くしながら強調した男が誰を指しているか--話の流れが変わり、軽井沢も坂柳を見る。

 

 坂柳有栖が動いた動機--それが牛井嬰児に起因するものなら、何が起きているのか?

 

 今回の騒動も単なるクラス間の争うじゃない何かに巻き込まれたからなのか--知ったところで何かが変わるかは分からないが、訳が分からないままでは居たくない。

 

 そんな二人の視線を受けながら坂柳はどうしたものかと言う顔になり、僅かに間を置いて口を開く。

 

「何か大きな陰謀でも起きていると期待してるようですが、そんなものはありませんよ--起こってたとしても私如きが知る立場にはありません、残念ながら」

 

「結局は何も答える気は無いって--それとも口止めされてて答えられないの?」

 

 予想通りとは言えはぐらかされ、無駄だと思ったが言わずにはいられない--伊吹のそんなニュアンスに坂柳も不愉快な顔を浮かべる。

 

「外側から余計な干渉を受けるのは私にとっても本意ではありません--それでもこの学校の生徒なのだからと言うのもあの方(・・・)には通じません。

 だからこそ、いつまでも尾を引くような結果にならないよう完全に決着を付けて貰うしか早く終わらせる方法は無いんです。

 勿論、穏やかに済ませられる方がいいですよ--ただ残念ながら、どうあっても私はあちらの味方になることは出来ませんから」

 

 一気にまくし立てる様は余程早くに片を付けたいと物語っており、牛井嬰児のことで振り回されるのは御免だと不満をぶちまけている様であった。

 

 嬰児に入れ込んでいる軽井沢に容赦がなかった動機の一端でもあるかも知れない。

 

「……なんだかんだアンタも大変なんだな」

 

「お気遣い痛み入ります。龍園くんにもそれとなく伝えて置いてくれると有難いです」

 

 すました顔で淡々と語った坂柳はそのままに軽井沢を見て言う。

 

「そちらも面倒な立場は理解しますが、もう少し配慮をと言伝をお願いします」

 

「……恨むなら嬰児くんを恨めって?」

 

「誰を恨むかは貴女の自由です--ただ、思うだけでは何も変わりませんよ」

 

 月並みな台詞を吐き行ってしまう坂柳--その後ろ姿を見ながら伊吹は軽井沢に言う。

 

「なぁ、あんたの事情なんて全く知らないし訊く気もないないが…………いや、やめとく。

 ただそんな所にいつまでも居ると風邪ひくか--最悪凍死する。自分を憐れむなら部屋に帰ってからにしな」

 

「…………」

 

 伊吹の言葉に軽井沢は一切の反応を示さない。

 

本当に放って置こうかとも思いもしたが、しとしと雨が降り始めて流石にそうも言ってられない--そんな言い訳を胸に強引に腕を取って立ち上がらせる。

 

 軽井沢もフラフラと立ち上がりながら無抵抗のまま、引っ張られていく。

 

 そんな彼女を連れて寮まで辿り着いた時はスッカリずぶ濡れになってしまい、伊吹自身も早急に風呂に入りたかった。

 

 このまま自分の部屋に連れて行こうか、誰かを呼ぼうかと迷ったが、

 

「軽井沢さん、どうしたの!?」

 

 何故か寮のロビーに佐藤麻耶が待っており、慌てて近づいて来る--余りの出来過ぎた展開に少し唖然となってしまう伊吹だが、後の事を任せることが出来そうで安堵した。

 

「悪いけど、後よろしく。じゃ」

 

「ちょ、ちょっと待って。一体何が?」

 

「本人に聞けば」

 

 これ以上の相手は面倒だと取り合わずにさっさと行ってしまう--全く持って訳が分からないが、兎に角今は軽井沢の事が先決と手を取って連れて行った。

 

 

 

 

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