どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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正しさが・・・

 

 

 

 やれやれ朝っぱらから不穏な空気で気が滅入って来るな--軽井沢が坂柳に暴力を振るった。

教室、いや学校中がその噂で持ち切り状態--特に綾小路なんかはいつも通りに見えて、その実、無言の圧力を必死に抑え込んでいる様子。

 いつもなら宥めようするグループメンバーや平田も今回ばかりは近づくことが出来ない。

 

 全く、知らない所で何やってんだかな--軽井沢。

 

 大して進んで無いのにやたら長く感じる時間--当人が来て欲しいと出来れば、まだ来ないでくれって願望があちこちから滲みあっている。

 

 う~ん、カオスだな。

 

「ねぇ、嬰児くん。これって一体どういう事なんだろうね?」

 

 そんな中にも関わらず普通に--否、より積極的に俺に擦り寄って来る櫛田。

 単純に意見を求めてるだけと思いたいが、対応するなら自分を使えとのアピールに見える。

 

「悪いけどこの件は俺もノータッチなんでな。寧ろ何がどうなってるのか、俺の方が訊きたいぞ」

 

「そっかぁ。時間があれば私も調べるんだけどねぇ」

 

 そう。今のタイミングではそんな余裕はない--これを加味すれば罠にかかったと見方も出来るが、坂柳がCと組むメリットなんてどこまであるか?

 

 綾小路と戦うにしてもこんな形を望んでは無かった筈--そうなると、本人にとっても不本意な形で仕方なくだったりするかな?

 

 そうこう考えてる内に――ガラッ――とドアが開いて注目が集まったが、

 

「あ、おはよう。佐藤さん」

 

「うん、松下さん。おはよう」

 

 待ち人ではなく肩透かしを喰らう--かに思えたが、入って来た佐藤はバツの悪そうな顔を綾小路に一瞬向けた後で重苦しく口を開いた。

 

「あのさ……軽井沢さんだけど、昨日の雨で体調崩しちゃって、今日はお休みなんだ」

 

 出てきた台詞に俺も含めて教室中が面食らった--特に綾小路は珍しく分かり易く反応してやがる。

 

 ただな。目がどうしようもなく乾いてるんだよな、怖いくらいに……。

 

 そして、そのままの状態で佐藤の方に近づいて行く--流石に不穏さを感じ取ったのか三宅や幸村、平田なんかが焦って止めに入った。

 

「清隆、ちょっと落ち着こうぜ」

「そうだ。気持ちは分かるが、少し頭を冷やせ」

 

「二人の言う通りだよ、綾小路くん。早まっちゃ駄目だよ」

 

 しかし綾小路が歩みを止める気配はない--佐藤も冷や汗をかきながら固まってる。

 

 正に一触即発の展開に気の弱い奴らはビビッて、そうでない奴も平田らの加勢に出た。

 

「綾小路くん、席に戻りなさい--話をするならみんなを交えてにしましょう」

「鈴音の言う通りだぜ--っていい加減に聞き分けろよ!」

 

 って須藤よ。率先して実力行使に出てどうすんだよ……しかも簡単に躱されてるし。

 

 しかも綾小路の優しい反撃で足をずらされ簡単にバランスを崩され、あっさり空いた穴に悠々と進ませてる--転ぶのを堪えた須藤が振り返り様にヤバいって顔して、完全に火に油を注ぐ結果になった。

 

「清隆、止まれ!」

「綾小路くん、駄目だよ!」

 

 流石にもう限界だと思ったか三宅と平田も背後から抑えようと勢いよく肩に手を伸ばすが、やるなら静かにやらないと。

 

「「!?」」

 

 振り向くことなく往なされ、空ぶった二人は須藤同様にバランスを崩した--この光景に堀北も前に出て通せんぼの格好でもしそうな勢いだが、

 

「心配するな。大丈夫だ」

 

 至極落ち着いた声で堀北の横も素通りする--おいおい、言ってることとなんかズレてる気がしなくもないんだが。

 

「ちょ、ちょっと嬰児くん。出番じゃないの?」

 

「いや、松下さん。大丈夫だって言ってるんだしさ」

 

 俺にせっついて来るのを櫛田が上手くガードして来た--ちょっと前は軽井沢が率先してやって、こいつは近づきもしなかったのに。

 

 なんて浸ってる場合じゃないか--綾小路は佐藤の真正面に立ち、分かり易い程に重苦しい雰囲気を醸し出す。

 

 これには自然と佐藤も緊張した面持ちで遠目から見ても分かるほど冷や汗が浮かんでいる--異様に重い緊張感の所為か、僅か数秒が物凄く長くゆっくりと感じる。

 

 マジで時間が狂ったとも思える感覚だ--ただ、それもまた当然だと誰もが理解しており誰も何も言わない。

 

 客観的に見ると綾小路はいつもと変わらないんだがなぁ--と言うか、綾小路自身も周りの反応にちょっと戸惑ってる風にも見えたりもする。

 

 うん、やっぱり十二分に冷静さを保ってるし大丈夫だな--比較的にゆっくりと綾小路は口を開いた。

 

「佐藤」

 

「は、はい!」

 

 もう殆ど反射だな--佐藤の緊張具合は頂点にも見え、様々な覚悟でもしたのか必死に身構えてる。

 

 これは最早気休めなんて言うだけ逆効果だな--それは綾小路も悟ったのか、ひと呼吸おいていつも通りのニュアンスで言った。

 

「未遂で終わって良かったな--そう軽井沢に伝えてくれ」

 

「わ、分かった」

 

「頼んだぞ」

 

 あっさりと踵返して席に戻って行く綾小路--時間にして数分も無い筈なのに大きな場面が終わったって安堵が教室中に広がった。

 

 当の佐藤はへたり込みそうになるも篠原や松下に支えられて苦笑して、見ていたギャラリーも何も起きなかったことに盛大に安堵してか、胸に手を当ててホッとする奴や机に突っ伏してすっかりエネルギーを使い切ったみたいな感じのも居る。

 

 おいおい、まだホームルームだって始まってないんだぞ。

 

「いや~、凄く冷や冷やしちゃったね--改めて綾小路くんには悪いことしちゃったって心が痛むよ」

 

 その件は片が付いただろ。態々自分から蒸し返しに来るとはどういうつもりだ、櫛田?

 

 無言のまま、そんな目を向けると櫛田は意味深な笑みを浮かべて来た--ぶっちゃけると欲望交じりの顔かな。

 

「この調子じゃ軽井沢さんはもうダメみたいだし、綾小路くんもやっぱり一番は揺るがないし、嬰児くんのパートナーは私しか居ないんじゃないかな」

 

 こんな時までアピールかよ--空気を読めない訳じゃないし、クラスメイトの信頼よりも俺の方を重視するってか。

 

 ここまであからさまだと誰も何も言う気も失せるみたいだし……いや存外それも計算付くなのかな。

 

 文句があるなら俺に否と言わせて見せろって演出に皆は不愉快そうに顔を逸らすばかり--全く強かさを褒めてやるべきか、それとも仲裁でもすれば美しいのかな。

 

「ねぇ、きよぽん。坂柳さんのとこ行くなら私も一緒にいいかな?」

「あ、私も」

 

「構わないぞ」

 

 そんな中で長谷部と佐倉の申し出を綾小路が受けたことで、余計重苦しくなりそうなのは回避された--そして程なくチャイムが鳴りホームルームに。

 

 ただならぬ気配を察したのか茶柱先生も一瞬怪訝そうにしたが、そこには触れず軽井沢の体調不良の為に審議が延期になった事を伝えた。

 

 ま、自然な流れだよな--ただ、この猶予期間がⅮクラスにプラスに働くとは到底思えない。

 

 何より内部から軽井沢を庇おうって奴は表立って減ってしまってる状態だ--さて、どうしたものか。

 

 

 

 ギスギスしたとまでではないものの、妙なしこりを残したまま一日が過ぎていく--綾小路の周りではグループの奴らが色々と機嫌を宥めるなりして、一方で佐藤や篠原と言った軽井沢に近しい奴らはなんとか出来る事は無いかと心配ごとに一杯一杯の様子だ。

 

 そんな軽井沢に近しい一人である松下は昼休みになるなり俺に近づいて来た。

 

「ねぇ、嬰児くん。お昼一緒にどう?」

 

 最早誰が見ても助けて欲しいってのが透けて見える誘い--良い顔するのは居ないが、事態の好転を期待するような視線は少なからず感じる。

 

「ねぇ、それ私も一緒でもいい?」

 

 そこに堂々と櫛田も混ざって来る--全く欲望に正直なことだ。そして心なしか、そっちの方が活き活きとして見えるぞ。

 

「邪魔しないで大人しくしてるならいいぞ。それで学食でも行くのか?」

 

「え、あ……そうだね。行こうか」

 

「あ、私たちも」

 

 あっさりと受けたか為か、気後れしてる様子の松下だが時間も惜しいし、とっとと行くように促すと佐藤と篠原も早足で付いてきた--傍から見ればある種のハーレムだな。

 

 しかし羨ましがるような視線は感じない。寧ろ早く行ってくれって感じだ--やれやれ、どうしてこうなったんだかな。

 

 

 学食に着くころには、そう言ったのも無くなり佐藤たちはお盆に頼んだご飯を載せて少しは息が出来るとばかりに落ち着いたようだ--されどもう少し待った方がいいか?

 

 俺も注文した飯を食いながら待つことにするかと思ったが。

 

「嬰児くん。この後で軽井沢さんのお見舞い行くの?」

 

 櫛田が遠慮なく訊いて来た為に再び緊張感がぶり返す……いや余計に高まっちまった。

 

「空気が読めない訳でもあるまいにえらく大胆だな」

 

「いつまでも引きずったままみたいで居たって仕方ないでしょ--拗れたら私の所為にしてもいいから、さっさと話を進めようよ」

 

 全く持って計算高い--そんな余裕を持って受け止められるのは、この場では俺とあと一人ぐらいか。

 

 急かされつつも発言しにくい空気の中で気にした風でもなく、寧ろチャンスだと言わんばかりに松下が言う。

 

「じゃ、お言葉に甘えて--このまま何もしないでいるの?軽井沢さんを気に掛けてなかった訳じゃないでしょ」

 

 思った以上にグイグイ来るな--俺が指示した直後に起こった出来事だ、何かあるんじゃないかと疑問を持つのも当然か。ただなぁ、俺もどうしてこうなったのか……だいたい想像は付くけど、だからこそ落としどころを決めかねてる。

 

「手が居るなら、いつでも言ってくれれば」

 

「私も出来ることがあるなら……なんでも言って」

 

 櫛田は打算で佐藤は友達を思っての言葉に一瞬、それじゃと思ったが、

 

「悪いがちょっとでいい。時間をくれ」

 

「いや猶予が出来たって、そんな悠長な事は―――――」

 

「今日の授業が終わるまでには決める--力を貸して貰いたいならその時言うから」

 

 兎に角待て--とそう促してこの場での事は終わった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 同じ頃、Cの教室。

 

「全く、坂柳の奴(あのおんな)は--何を考えてやがる?」

 

 事の顛末を精査していた龍園は拭えぬ疑問に顔をしかめていた--同じく龍園の周りに居る取り巻きたちも皆、訳が分からないと言った様相だ。

 

「単純に考えて……坂柳は全面的にこっちの味方ってことでは?」

 

 石崎が沈黙に耐えかねるように発言するが龍園の機嫌は余計に悪くなり、

 

「つまんねぇことしか言えねぇなら引っ込んでろ」

 

「す、すみません」

 

 いそいそと引っ込み、引きずられて雰囲気も悪くなる--ただ取っ掛かりを得た為に話しやすくはなった。

 

「しかし龍園氏--先の特別試験の低難度の問題と言い、今回のフォローと言い、彼女自身の意志によるものかは疑問ですが、それを差し引いても味方と捉えても問題ないのでは?」

 

 そう判断した金田が言う--龍園は同じことを言わせるなと目に苛立ちを籠めるが、その前に結論を一気にまくし立てる。

 

「これでこの件に決着が付けば--今度こそ何の遠慮もなくこの学校のセオリー通りを迎えられるのでは?」

 

「それで牛野郎が大人しくなれば、それまでだってか--ふん、結局は坂柳も権力の犬ってことか」

 

 金田の言いたいことを即座に噛み砕き出た結論に面白くないまでの一応の納得を示す。

 

 それを察した椎名が引き継ぐ形で話を進める。

 

「その様な宮仕えを良しとするタイプには見えませんでしたが、それだけ私たちの見えない所で問題になっていると言う事でしょうか?」

 

「あり得ると言うか、それしか考えられないな--新しい特例の件と言い、何がなんでも牛野郎を抑えつけて置きたいようだな」

 

 紡がれた結論に龍園の頭は完全に冷えて、昨夜の当事者である伊吹に目を向ける。

 

「実際に坂柳はどんな感じだった?オメェの心証でいい、話せ」

 

「私も気になって訊いてみたけど、個人で動いてるのかどうかはハッキリしない--ただ牛井の事は良く思ってないのは間違いないと思う」

 

「そうか」

 

 龍園はそれ以上なにか言う事もなく思案する--その内容は知ることは出来ないが、あまり愉快とは言えないもののようだ。

 

 そんな様子に焦ったのか石崎が冷や汗を浮かべながら声を張る。

 

「まぁ、これで今回のは俺たちの完全勝利も確実っすよね!」

 

「……あんたにはプライドがないの?」

 

「いいじゃねぇかよ、伊吹--そもそもこっちだって本意で仕掛けた戦いじゃねぇんだから」

 

「石崎--あんまり不用意な事は言うんじゃねぇ」

 

「す、すみません」

 

 龍園のドスの利いた声に反射的に委縮してしまう。

 

 そして静かになったことで再び思案を始める龍園--石崎の言う通り今回の件は本意で仕掛けて訳じゃない。

 ただやるからには勝つつもりだった--何よりも試験外での戦い(じょうがいらんとう)はもっと前に行うつもりだったので、乗り気でなかった訳でも無かった。

 これは完全に個人的私闘に近いだけに横槍も気にせずに徹底的に遣りやえると闘争心も燃えてもいた。

 

(にも関わらず、これは一体どういうことだ?桔梗の豹変ぶりと言い、予想も及ばない域に居る奴なのは分かり切ってたが…………俺も少し方針を考え直さなきゃいけねぇか)

 

 牛井嬰児の背後にいる者達--この一国の政府肝いりの学校にもここまで干渉することが出来る存在。

 

 考えが纏まっていくに連れて龍園の心にも新たな高揚が湧き上がって来た。

 

「ククク、面白れぇな。世界の頂点か--野郎を牛耳れば拝めるか?」

 

「龍園くん--あなたまで毒されましたか?」

 

「なんだ、ひより--オメェは興味が湧かねぇのか?」

 

「私は平穏を愛するタイプなので……」

 

「おいおい、台詞と表情が微妙に一致してねぇぞ」

 

 龍園の言う通り、椎名の顔には彼女にしては珍しく誤魔化しとも思える様相が浮かんでいた。

 

 ただ、それが得体の知れないものへの興味なのか--牛井嬰児と言う男の反抗心が行き着く先への興味なのかが判然としない。

 

「フッ、今は止しとくが考えは纏めとけ--今はそれよりも目先の事をどうするかだな」

 

 龍園が話題を切り出したことで、金田が真っ先に言った。

 

「延長された時間は僅かと言え何かして来ますかね?」

 

「あるとするなら、こっちの訴えを取り下げるようにとか」

 

「そんな詰まんねぇことしに来るなら、見込み違いもいいとこだな--ただここまで圧倒的優位で下手に動けば逆効果になりかねねぇ。念の為に諸藤に釘刺すぐらいが妥当か」

 

 審議さえ始まってしまえば、坂柳の件での心証も相俟ってⅮクラスに勝つことは造作もない。

 

 その結果として牛井嬰児がどうなっていくのか?

 

(それを見極めてから決めても遅くは無いか)

 

 龍園は消極的な結論になってしまった事への不満--とは別のもうひとつ、何がどうとは言えない心のモヤモヤが居座っており釈然としない心境になる。

 

 しかし上手く言い表せない事柄にどうしょうもなく、解散を指示したのだった。

 

 

 

 

 

 審議当日--体調が回復した軽井沢と一緒に堀北、平田、担任である茶柱の四人が生徒会室に向かって行く。

 

 彼らは終始無言であり表情は硬い--結局は有効的な手段を用意できなかったことを物語っていた。

 

(こうなってしまったからにはペナルティを出来る限り小さくするように持って行くぐらいしか……)

 

 堀北はどうにか軽井沢が退学になる事態は避けようと考えつつ、碌な打ち合わせも出来なかった現状に不満をぶちまけたかった。

 

 体調が回復し朝から普通に授業も受けれた為、ホームルームなどに話し合いを持ちたかったが、坂柳の一件が尾を引いてか綾小路が乗り気でなく--二人を近づけさせないようにとそれぞれのグループが不干渉を敷いており、とても皆で話し合っての状況ではなかった。

 

 ならばと昼休みに彼氏である平田も交えて直接の話をしようと試みたが、

 

(何なんのかしら、あの目の奥にあった暗い輝きは?)

 

 既に諦めきっているのか、堀北の知る彼女らしくない粛々とした様子で佐藤たちの言う事にも簡素な応答しかしておらず、どうにもタイミングが掴めなかった。

 

 平田も力になると元気づけようとしていたが、彼氏からの言葉にも素っ気なく--傍から見て既に三行半を突きつけられた有様に益々打つ手がなかった。

 

 そして、そんな考えを続ける時間もなく生徒会室に着いてしまう--茶柱先生がノックして中に入り他も続いていく。

 室内には長方形の長机が置かれており、Cクラスからは担任の坂上と当事者である諸藤リカと真鍋志保、藪奈々美が揃って席に着いていた。

 

 更に部屋の奥には生徒会長である南雲雅が机の上にある資料に目を通していた。

 

(もしこれが一学期とかなら、あそこには兄さんが…………)

 

 堀北はこの状況が不幸中の幸いとも言っていいのかと半ば現実逃避したい心持ちになりつつも持ち直して、Cの面々と対面する形で席に座る。

 

「それではこれより、Cクラスの訴えによる暴行事件--それによる精神的被害に関する審議を執り行いたいと思います。進行は生徒会副会長、桐山が務めます」

 

 桐山は淡々とCからの訴えを読み上げるも余りにも時間がたち過ぎている件を今になって蒸し返すことに疑念を持っているのか、チラチラとCの様子を見ていた。

 

 当事者の一人、諸藤はビクビクと委縮しており、もう一人の当事者である軽井沢は無反応--ただそれは余裕とは違うように見え、一種の不気味さを感じさせた。

 

「諸藤氏はきちんと順番待ちをしていた所を突然割り込んで来た軽井沢氏に突き飛ばされた--この主張は間違いありませんか?」

 

「そうよ!こいつの所為でリカがどれだけ傷ついたか--きっちりと謝りなさいよ!!」

 

 それでも進行を続ける--これに真鍋が乗り主張する。

 

「今はⅮクラスに訊いています--不用意な発言は慎んでください」

 

 形式ばった注意に真鍋は不満を表すが一旦は引き下がる--そして桐山は再びⅮクラスに訊く。

 

「改めて訊きます--これは間違いないことですか?」

 

「事実です」

 

 軽井沢は短く肯定し、Cの面々は勝ち誇ったような表情になるが、そこに堀北が手を上げる。

 

「発言を許可します」

 

「軽井沢さんが諸藤さんを傷つけたことは認めます--しかし今のお話は春先に起こったものであり、今回問題となる重度の精神的不調との因果関係があるかは定かではありません」

 

「つまり原因は別にあると?」

 

「はい。失礼ながらCクラスの--それを取り仕切っているリーダーと呼べる人物の評判は悪く、私たちも実際に接してみて非常に不快でストレスの溜まるものでした。

 あれを日常的に、それも抑圧的に受けていれば精神的に参ったとしても不思議ではありません」

 

「つまり問題の本質はCクラスにあり、Ⅾクラスは無関係だと」

 

「全てに非が無いとは言いません--ですが問題の本質を突き詰めていくと避けて通れない可能性であると主張します」

 

 堀北もまた客観的事実を持ってCの勝利に対抗する--この場に龍園が居れば、さぞや高笑いしながら灼熱とした論争を展開しただろう。

 

 ただ現実に龍園は居ない。

 

 自らが出る必要もないと判断……否、興味が失せて白けてしまったのは想像に難くない。

 

 それは担任を含めたCの面々の余裕が物語っている。

 

「問題の本質ですか--その理論からすると軽井沢さん個人に関しても踏み込んでいかなければなりませんね」

 

「坂上先生--今は生徒同士の――――」

 

 

「私も担任として受け持った生徒が苦しまされたんです--見て見ぬふりは出来ませんよ」

 

 茶柱が止めようと声を上げるが、正論を前に出されては引っ込まざるえない--何よりもこの坂上の台詞には煮え滾るような怒りを含みが感じさせる。

 

「……生徒にそこまで肩入れするなど、何ともらしくない」

 

「私にも最低限の教師としての矜持くらいはありますよ」

 

「…………」

 

 意外な台詞なのか、珍しく茶柱が目を丸くする--つまりはそれだけ酷い状況になったと言う事か、問題になっている女子生徒に注目が集まるが、見ている限りは委縮しているだけですこぶる健康そうに見えて、どうにも坂上の台詞とは合わない印象を受ける。

 

 それでも嘘やハッタリで発言したニュアンスには聞こえなかった為に同じCの面々以外は不可解な顔だった。

 

「それでは改めて審議を続けさせて頂きます」

 

 ただいつまでもそうして訳にもいかないので南雲が先に進めようと促し、桐山も肯き言う。

 

「では軽井沢さん--揉め事があった事は認めましたが、何故そんなことを?」

 

「すみません。何分、相当前の事なんで、ちょっと思い出せません」

 

「ふざけないでよ!そっちが並ぶのが嫌だからって一方的に割り込んで来たんでしょうが!」

 

 とぼけてると思ったのか真鍋が怒りを込めて声を上げた。

 

「落ち着いてください。ちゃんと双方の話は聞きますので、途中で口を挟むのは慎んでください」

 

「……すみませんでした」

 

 真鍋が引き、一瞬の静寂の後で南雲が言う。

 

「時間があまりにも経ち過ぎているのはその通りだ--訴えの原因であるかの因果関係を立証するのは至難と言わざるえない」

 

「待ってください。リカは気が小さくてずっと苦しんでたんです--それをずっとかけて苦しんでた」

 

「そこは信じてもいい--時間が経って癒える傷もあれば、悪化することもあるからな」

 

 南雲はひと呼吸おいてCを見る。

 

「ただ、そうかと鵜呑みには出来ない。Cの評判や実際に俺も何度か見ての龍園の素行の悪さ--Ⅾクラスの主張も無視できるものじゃないからな」

 

 生徒会長らしく公正中立な意見に皆の注目が集まる--そんな中で軽井沢に目を移し言う。

 

「しかし先に起こした騒動も含めると軽井沢の素行にも問題がないって訳でも無さそうだ--忌憚なく言わせて貰えば、心証的にはCの主張を信じてやりたい」

 

 やはりと言うか、坂柳の暴行未遂が尾を引いて来た--これにCは優越な笑みを浮かべ、Ⅾは焦りで冷や汗が出る。

 

 ……当人である軽井沢恵を除いて。

 

 この様子に違和感を覚え、南雲は改めて問う。

 

「軽井沢、何か言いたいことはあるか?」

 

「はい。この前、坂柳さんと揉めたのと今問題になっていることは全然違います」

 

「話が別なのはそうだが、問題になってるのはお前が感情のままに人を傷つける奴だってことだ」

 

「だから、それが違うんです--坂柳さんとのことは感情が原因なんかじゃありません」

 

 軽井沢はいつになく丁寧な口調で落ち着いて話す様子に彼女を知る面々は驚きを隠せない。

 

 何より意味深なニュアンスには奇妙な重みを感じさせた。

 

「ほう。ただの喧嘩じゃないってことか?」

 

 軽井沢恵を深く知らない南雲は見掛けとのギャップに興味を抱き積極的に訊いて来る--対しての軽井沢も、らしくない程に毅然としたものだ。

 

「その通りです--坂柳さんと揉めたのは、あたしの中でどうしても抱えきれなくなった〝ある事〟に対して……愚かにも暴走してしまった事に起因します」

 

「ある事?」

 

 この台詞に平田は動揺し、それが表情に出る--直ぐに取り繕ったが、彼氏とされる男の失態は余程の事があると見て取った全員に思わせた。

 

「……正直、話すべきかどうか迷ってます。この審議とは完全に無関係ですから」

 

「軽井沢さん、それなら尚更話すべきよ」

 

「無関係だと言うなら無理に話す必要もないのでは--単純にこの件と切り離して進めていけばいいだけです」

 

 堀北が突然の発言に驚きつつも不利を覆せる可能性を見出し言う--それに対して坂上が即座に反論した。

 

「この一件は審議の結果に大きく関わることです--正しい判断を下すには彼女が決して感情のままに動く人間なのかハッキリさせる必要性はあります」

 

「今重要なのは彼女の人格云々出なく、問題にしている事が起きた時にどうだったかです」

 

「問題にしているのは諸藤さんが塞ぎ込まなければならない程に追い詰められた事であり、その原因がなんなのか--そもそもこのタイミングで坂柳さんが接触し事を起こすなど、そちらと結託してる可能性すら考えられます」

 

「憶測でものを言うものではありませんよ」

 

「なればこそ、重要事項は曖昧にせずにしっかりと検証すべきです--それで無関係だと判断するなら、こちらとしても一切異存はありません」

 

 二人の対立は熱を帯びていき、互いの有利不利を引き出すために更に加速していく流れを見せる--ただ、個人的にも役職的にもその流れを誰よりも容認できない南雲生徒会長が割って入る。

 

「双方、そこまでにして下さい--伯仲した議論は見物ですが、こちらにも皆にもいつまでも付き合う訳にもいきません。ただでさえ猶予を取ったのですから、当事者同士でもない方々の主張にこれ以上時間を割くことは好ましくない」

 

「生徒会長の言う通りだ。本筋と関係ないかどうかを判断するかも含めて最終的には彼が決めること。これ以上は時間の無駄だ--さっさと話してしまえ」

 

 茶柱も南雲の意見を組むような発言だったが、議論を断ち切り軽井沢の背中を押す援護に落ち着いた。

 

 これには坂上も目をきつくするが、茶柱は涼しい顔のまま無言であり、それ以上の事が起こる気配はない--それはもう話すしかない、その準備は終わったという暗黙の合図に感じられた。

 

 これに軽井沢も意を決し、制服のポケットから一枚の用紙を取り出す--そこには『高度教育高等学校予備費使用による申請書』と記されており、あまりにも場違いな物に皆が目を丸くした。

 

「先日、クラスメイトの牛井嬰児くんの新しい特例により、通常とは違う手段で物品の購入が出来ることはご存知と思います--その際には運営に直接申請が必要で、これはその際に提出した物です」

 

 予想を遥かに超えた大きな話が飛び出したことに誰もが唖然とした。

 

 

 

 

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