どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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もう予兆は過ぎている。

 

 

 

「おいおい、牛井の名前が出て来るって…………それがどう坂柳と結びつくって言うんだ?」

 

 南雲が否定的なニュアンスで話を進めるように言うと、軽井沢は用紙を仕舞いながら深く思いつめたような顔で話を続ける。

 

「ご存知かも知れませんが坂柳さんはこの学校の理事長の娘さんです。えい……牛井くんの新しい特例に関してはこの学校の予備費から当てられ、それには当然理事長の承認が必要になります」

 

「ああ、それは聞いてる--本来なら何か問題が無いか生徒会にも審査する必要とするのが筋だが、今回のはそれもすっ飛ばした--言うなれば異例の事態だ」

 

「最初、あたしはこの審議の件でどうしたらいいかアドバイスが貰いたくて牛井くんを頼りました--でも期待したものは得られず、その事で文句を言うと〝それ所じゃない〟と突っ返されてしまいました」

 

 堀北と平田は嬰児に擦り寄っていた軽井沢が、ある時を境に不機嫌になり素っ気なくなっていたことを思い出す--もっともその後も結局擦り寄りを見せていたので、いつものことだと気にも留めていなかった。

 

「それでも何かないかと粘ったら……牛井くんから驚くような話を聞かされ、その事で坂柳さんに接触を頼まれた。これが先日の事件の発端です」

 

「タイミングが重なったせいであらぬ誤解があったってことか--で、具体的に何があったんだ?」

 

「それは--牛井くんの特例で割かれる予備費に不審点が見つかった事です」

 

「有り体に言うところの横領や不正があったと?」

 

「勿論、あたしにはそんなことを断定することは出来ませんし、可能性……疑惑の段階なので定かではありません」

 

 軽井沢が一旦言葉を切り、別の用紙二枚を更に出した。

 

「これは公式に政府の省庁が出してる予算表と牛井くんの特例に対して割かれてる予定の費用概要を記したものです--この二つをすり合わせていくと金額にズレが生じることが分かったんです」

 

「態々、こんなことまで調べたのか?」

 

「牛井くんがです--可笑しな不備が生じてしまってないか、慎重を期さなきゃいけないとかで」

 

 軽井沢のらしくない淡々とした説明口調は台本演出である認識が共有されて、軽井沢の背後の牛井嬰児の姿が見えるような錯覚が一瞬起きる--そして嬰児が不敵な顔をしながら南雲生徒会に抑圧を掛けていくように言う。

 

「この事は然るべき所に持って行くのが筋ですが、クラスメイトの幼馴染の家族の事ですので少し躊躇しました--だからこそ先に伝えるべきかと思いましたが、直接行くことは憚られたのであたしが代理を頼まれました」

 

 事態の全貌が見え始めて来たが、その余りの重さに緊張感が際限なく高まっていく--その中で唯一平気な顔をしている軽井沢は気にした素振りもなく話を続ける。

 

「あの夜に……あたしがこの事を告げると…………坂柳さんはそんなことはあるはずない、何かの間違いか、捏造だと取り合いませんでした。

 それを見て坂柳さんも人の子なんだと思いました--親御さんが犯罪に手を染めてるなんて信じられる訳が無いんだと」

 

「お、おい…………」

 

 犯罪と言う余りにも物騒な単語に、南雲は言葉を選べと言わんばかりに注意を促す--それでも構わずに軽井沢は続けていく。

 

「今のは後になって思い直したことです。あの時はとんでもない事の渦中に自分が居るんじゃないか--その事で頭が一杯になってて、とても坂柳さんを気に掛ける余裕はありませんでした。

 だから……あたしも牛井くんの指示通りの事を伝えて終わりにしたかった……そしたら余裕ぶった顔で彼に騙されてるのはあたしの方なんじゃないかって返されちゃって」

 

「それが切っ掛けになってヒートアップして頭に血が上っちまったってことか」

 

「はい--そしてこれも後になって思ったんですが、あの時の坂柳さんはお父さんのことで意地になってたんじゃないかと…………本当にお父さんが大好きなんだって……我ながら全く配慮の足りなかったって」

 

 軽井沢の態度やニュアンスは本当に悔やみ反省している様で、糾弾することも慰めるようなことも出来る雰囲気ではなかった。

 

 そんな流れのままに軽井沢は目を閉じて更に罪悪感を噛み知れるような様子を示す。

 

「あたしもこの学校に来て親から離れて、親の事を考えることも少なくなってました--だから坂柳さんのことで改めて思い出して……本当に悪いことをしてしまったと謝りたいです」

 

 軽井沢はゆっくりと目を開けて今度はCの方にと向き直る--流れに呑まれていた者たちは息を飲み身構えた。

 

「諸藤さんにも親御さんに対しても酷いことしてしまった--あたしも人の子として、それがどれ程のことだったのかと思い至りました。

 ご友人やクラスメイトの方々を含め迷惑をかけてしまったこと……この事を忘れず、二度と起こさないように誓います。

 そして遅くなりましたが、諸藤リカさん--あなたを傷つけてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした」

 

 深々と頭を下げて非を認めた軽井沢--この学校のセオリーならばここで攻めて自クラスに有利になるように持って行くものだが、彼女のもたらした流れから脱することなど出来ずに全員がドン引きしたまま長い沈黙の数秒が過ぎた。

 

「…………思わぬ形で脱線しそうになったが、謝罪を受けいるか?」

 

 南雲が確認を取るが、Cは担任である坂上を含め最早審議の内容など完全に無くなっていた。

 

「は、はい--私としてはこれで十分です」

「リカの言う通り……ちょっと大げさに騒ぎ過ぎたって思いますし」

 

 諸藤と真鍋は一刻も早くこの場から去りたいと顔に書いており、

 

「当人たちがそれでいいなら私としても言う事はありません」

 

 坂上も彼女らの意見を尊重するようだが、受けた衝撃が抜けきっていないようで当初の堂々とした態度から若干たどたどしさが見えた。

 

「Ⅾクラスは?」

 

「あたしもこれ以上、戦う意思はありません--ね、堀北さん、平田くん」

「え、ええ。そうですね」

「は、はい……僕もこれで異存ありません」

 

「双方の合意を受けたことで審議は終了する--ただ、ここで話された内容は真偽が定かじゃない分、口外は避けたい。よって、表向きには時間が経ち過ぎていて双方の主張は立証不可能--それによる話し合いの末の和解であるとだけで通して欲しい」

 

「分かりました」

 

 南雲の提案に軽井沢が即答し、堀北と平田も肯く--そこに少し遅れて坂上も言う。

 

「受け入れます」

 

「では完全に合意したとして審議は閉会します」

 

 皆が無言のまま、早々に退室していく--全く予想だにしていない展開による詰まらない幕引きとなったが、既にそんなことはどうでもよく誰一人振り返ることなく粛々と解散していった。

 

 それから程なくして審議の結果は南雲の提案通りにCの主張が立証不可能であることと軽井沢の謝罪を諸藤が受け入れたことによる和解で締めくくったとなった。

 

 このあまりにもあっけなさすぎる結末に事情を知らない者たちは肩透かし……もしくは新たな段階に入ったのではないかと思う者も居たが、結局この件において何かが起きることは一切なかった。

 

 

 

 事の顛末を聴き終えた龍園も既に結果には興味はなく、審議中に話された理事長の不正疑惑について思案していた。

 

 ただ一向に考えが纏まる気がせず、取り巻きたちも学生の身では手に負えない話にどうすればいいのか分からず途方に暮れていた。

 

 無言の状態が続き、その中で伊吹が我慢できなくなったのか口を開く。

 

「これってさ……結局は〝あいつ〟の思い通りの事が運んだってことなの?」

 

「いえ、それはないでしょう--坂柳さんの介入は間違いなく彼女の独断、身内の不正疑惑を公の場で晒すなど一切メリットがありませんから」

 

「僕も同意です。彼女はCクラス(われわれ)の勝利で審議が終わり、これ以上無用な騒動を起こして欲しくなかったのでしょう」

 

 Cの頭脳である椎名と金田による否定的見解にリーダーである龍園はどうなのかと視線が集まる。

 

「あ、なんだ?」

 

「いや、龍園さん的にはどうなのかと……」

 

 龍園はその視線を鬱陶しそうにし、それを受けて石崎が遠慮がちに言う。

 

「そもそも今回の件って、牛井(あいつ)が遠慮なく戦うってのが当初の目的だったんでしょ…………それがなんだってこんなことになる訳?」

 

 伊吹もずっと溜め込んでいたのか勢いよく言葉が出る--その問いに龍園は椎名に目を向け無言のまま説明しろと促す。

 

「はい、その通りです--前の試験(ペーパーシャッフル)では私たちは試験を受ける以前の状態にされてしまい、勝ち負けどころか生き残る事さえ危うい状況でした」

 

 ペーパーシャッフルの全容を協議して直ぐ、龍園は嬰児に接触を試み自分たちを襲っている絶不調を取り除き試験に望める様にすること--その見返りとして学校の試験ではないクラスでの戦いを試験後に挑むことを提案した。

 

 嬰児が表立って力を振るうことが出来ず、試験でも不用意に目立つことをすれば、試験中だろうがまた引っ込められる可能性は高い。

 それを回避する為に試験外によるクラス間の戦いを--またこの事に関しても外側から介入があるのか、あったとしてどの程度のものなのかを測ることも出来ると話を持って行き、思いのほかにあっさりと了承を得たのだった。

 

「ただ、予想外に早い段階で介入があったのは驚きましね」

 

 金田が眼鏡をいじりながら思い出す--Cクラス一人一人に回復を促進させる療法を施し、試験開始前にはどうにか普通の状態に全員が回復したものの一夜漬けレベルの勉強しか出来ないのは、かなりのリスクであり退学者が出ることも考えられた。

 

 しかし蓋を開けてみればAクラスから出題された問題は絶妙なラインに設定されていて勉強な苦手な者でも赤点を回避できるように組まれていた。

 

 坂柳がCを狙っていたことは既に知れており、彼女の性格から考えても有り得ない--あるとすれば彼女以外の思惑が絡み、Cクラスから退学者を出さないように働きかけがあったぐらいだろう。

 

 そして直ぐ後に齎された牛井嬰児の新たな特例--学校のポイント以外による資金の使用は龍園たちの予測を裏付けるものであり、今後おかしなことが起きた際には嬰児に疑いが掛かると言う圧力に思えた。

 

 それでも個人的な争いに近い今回の審議にまで介入してくるかは未知数だったので、当初は予定通りにⅮクラスに不和を生ませるように先制を仕掛けるなどし、審議の場では龍園自身が乗り込み嬰児と徹底的に遣りやうつもりだった。

 

 ただそれも坂柳が軽井沢に接触し、それを伊吹に態と目撃させたことで目論見は大いに狂った。

 

「嬰児くんに関わることは金輪際終わりにしたいですか--坂柳さんの独断なのかは分かりませんが、彼の取り巻いているものは私たちの想像の外の更に外……なんてレベルじゃないようでうね」

 

 語り終え感想を言う椎名--それを聞いていた面々は改めて空恐ろしさを感じる。

 

 それを横目で見ながらずっと無言で聴いていた龍園は漸くと口を開いた。

 

「ただそれでも牛野郎は引くつもりは無いようだがな--掛けられた圧力も坂柳の介入も逆手に取って、逆に学校全体に得体の知れない危機感をバラまきやがった。

これから先は何か大きなアクションが起きて、予想だにしない形でこの学校は荒れるだろうな」

 

 龍園のニュアンスからは確信がある訳ではないようだが、いつも通りに手放しで喜んでいる風にもなかった。

 

 それだけ大きな力が自分たちの直ぐ近くあり動いている--その事実に益々どうするのかと言う注目が集まる。

 

 龍園はいつも通りの不敵な笑みも苛立ちもなく無表情に近い神妙な面持ちで立ち上がる。

 

「坂柳をメインデッシュに他を潰してAクラスと思ってたが……少し方針を見直さなきゃいけねぇかも知れねえなぁ」

 

 龍園自身、まだ考えが纏まってはいないようで取り巻きたちも何を言うべきかが分からず同じく神妙な面持ちになった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「待ってたわよ」

 

 おやおや、何とも懐かしいシチュエーションだな--エレベーターから降りて直ぐの寮のロビーで堀北が不機嫌な顔しながら俺に近づいて来た。

 

 ま、予想範囲内だけどな。

 

 俺たちは寒空の下で目的地も決めずに並木林を歩く--傍から見れば、また新しい女とでも思われるか、それとも特例に対する虫よけか?

 

 どちらにせよ全く持って楽しくもない時間だ--堀北の方は特にそんな顔で色気もくそもない。

 

「今回の件、最初から貴方が仕組んだのかしら?」

 

 おお、声もまた刺々しく、それでいていきなりだな。

 

 とは言うものも、ある意味その通りではあるんだよな--ペーパーシャッフルの時に龍園に話を持ちかけれた時は折角巡ってきた貴重な機会だからと引き受けた。

 

 ただ坂柳がここまで積極的に絡んでくるのは予想外--しかし彼女の動機について考えてみるとなんとなく察しは付いた。

 

 だから対応策も直ぐに練ることが出来た。

 

 そして軽井沢が寝込んだ日にあいつの部屋を訪ねたのを思い出す。

 

 

 

 

「陣中見舞いに来たぞ--体調崩したんだろ。医者には診て貰ったのか、何なら俺が診てやろうか?」

 

 チャイムを押し扉越しに声を掛けるが中からは何のリアクションもない--このまま粘るのもひとつの選択肢だが、時間が惜しいからここは強引に行くか。

 

「それとも寒くなって腹の傷が疼いて動けないのか?」

 

 あっという間に起き上がったな。『地の善導』を使うまでもなくドタバタと起き上がり扉に近い付いて来るのが分かる。

 

 勢いよく扉が開き、少々顔色が悪い軽井沢が姿を見せ言った。

 

「なんなのよ、一体?」

 

「立ち話も辛いだろうから、中で話さないか」

 

「あのさ……解ってるんだったら帰ってくれない…………マジでキツイんだけど」

 

「そうしてやりたくもあるが時間がない--兎に角、話は聞いて貰う」

 

「ああ、もう--さっさと済ましてよね!」

 

 有無を言わさぬような形になったが、これで落ち着いて話が出来るな--入れて貰った軽井沢の部屋は思いの外に整頓されてたが、テーブルの上に風邪薬の箱が空いてるし慌てたからか、ベッドも乱れてる。

 

 ここで誰かが突然やってきたら絶対にあらぬ誤解されそうなシチュエーションだな。

 

 俺的にもとっとと済ませた方が良さそうだな。

 

「明日には完全に回復しそうだが、心持ちの方はどんな感じだ?」

 

 既に虚勢を張ってどうこうなる段階は過ぎている--有り体に言えばメッキが剥がれてる状態だ。

 

 今のままなら(・・)100%で軽井沢恵は悪者にされるだろう--それが理解できな程の愚鈍ではあるまい。

 

「なに……冷やかしに来た訳?」

 

「もう諦めたか?」

 

「こんなんで一体どうしろって言うのよ--あの女がしゃしゃり出て来た所為でもう負けたも同然じゃない」

 

 よし、まだなんとか冷静さは残ってる様だな。

 

「その事ならなんとかなるかも知れんぞ」

 

「え?」

 

「坂柳に関してのことは、感情的な諍いじゃなくてもっと根深い理由があってのこと--そう言う風に持って行ける」

 

「どういうこと……仕掛けて来たのはあっちなのに?」

 

 俺は二枚の用紙--省庁が公開してる『高度教育高等学校の予算表』と新たな特例に添えられた『追加予備』に関する書類を出した。

 

「これを照らし合わせていくと不審な点が出て来てな--お前と坂柳が会ったのも争うことになったのも俺がこれをお前に回したことが発端であり原因だ」

 

「そ、それって…………」

 

「坂柳の父親--この学校の理事長は近い内に責任を問われることになる」

 

「マジで?」

 

「勿論、これは捏造だ。きちんと捜査すれば身の潔白は証明される--ただそれでも相応の時間は掛かるだろうがな」

 

 軽井沢は全容に関してはピンと来てないようだが、途方もなく大きな問題があるのは認識してるようで、完全に絶句してる。

 

 そこに更にもう一枚用紙『高度教育高等学校予備費使用による申請書』を取り出す。

 

「あとはお前がどれだけ腹を括れて望めるかだ」

 

 軽井沢は無言のまま息を飲んだが圧倒された状態からは少し抜け出た--いや活力ってやつを取り戻して来たか、若干顔色がよくなった感じだ。

 

 

「俺の威光を借りてデカい顔したい--それが望みだと言ったな」

 

 これに軽井沢はなんとも言えない顔して戸惑ったようだが、それで引くならそれまで--俺は構わずに続ける。

 

「前にも言ったな。俺と関わるってことはこんなんじゃ済まないデカいことの渦中に身を置くってことだ--綾小路と櫛田はそれぞれの思惑を持って肯いた」

 

 正直、それはそれで困った話だがな--あいつらに比べれば軽井沢の方が、まだ使い勝手がいい気もするが果たしてどうなるか。

 

「Aクラスに上がるだのは些細な事に見えるだけのものを示して、Cクラス……いや龍園はまだ挑んでくる気はあるのか--審議の場で示して訊いてみてくれ、それが俺の最初のお前個人(・・・・)への頼み事だ」

 

 慄きが僅かにまだ抜けきってない様子に目を合わせながら言う。

 

「軽井沢、お前は自分の願いに対してどれだけの代償を支払う覚悟がある?」

 

 軽井沢は差し出した三枚の用紙に目を落とし、ゆっくりと手を伸ばして受け取った--答えは決まったか。

 

 

 

 

 回想を終えた俺は心の中で笑みを浮かべる--そんな俺に堀北は更に言葉を続けて来る。

 

「綾小路くんに櫛田さん、それに軽井沢さんと貴方個人の事情に巻き込んで--いずれ私も含めてクラスを…………いえ学校全部を束ねて戦争でもする気?」

 

「そんな気は更々ないさ--それに勘違いするな、あいつらは己の欲の為に俺を使いたいだけ。お前も遠慮は要らんぞ」

 

「最早、完全に開き直っちゃったわね--その心境の変化はいつからかしら?」

 

 心が決まったのはついこないだだな--俺は再び綾小路の父親のことを思い出す。

 

 僅かな会話しかしなかったが中々のやり手なのは間違いなかった--そして綾小路を連れ戻すことを諦めるようなつもりのも無いもの明白だ。

 そんなのがごたついている今の状況をただ見過ごすなど考え辛い、と思ってた矢先に理事長の不正疑惑--有力者たちへの受けも悪く無さそうみたいだし、直ぐにまた何か仕掛けて来ると確信した。

 

 それは綾小路とて気付いているのは間違いない--だから軽井沢の前に綾小路にも連絡しといたが〝そうか〟のひと言だった。

 綾小路がそうなら坂柳も同じ--今回持ち出した疑惑もひょっとしたら俺よりも早く耳に入ってる可能性だってある。

 そして彼女なら誰が仕掛けたか予想も付いているだろう。

 

 俺も含めて色々な思惑が流れ込み、ただでさえ普通とは言えないこの学校の生活は益々もって複雑になっていくのは想像に難くない--だからこそ余計な揉め事は止せと、そんな意図もあったのかも知れんな。

 

 どうであれこの流れは止められない--ならば受けて立とうじゃないか。

 

「Aクラスに上がりたいって言うお前の願いにも適ってるんだから結構じゃないか--気にするなってのは無理だろうが、俺の事情に踏み込みたいならそれ以上の覚悟が必要だぞ」

 

「櫛田さん同様に貴方の雇い主になれと?」

 

「なりたいなら止めんぞ--お前の兄貴にもなって見たらどうだって言ったし、将来一緒に働けるかも知れんぞ」

 

「?!」

 

 一瞬で絶句してしまった--ただよくよく考えるとこれって堀北学の意に反することだったかな?

 自分の真似じゃなくて、堀北鈴音自身の道をってのを願ってたし……余計なひと言だったかな。

 

 …………いや、これはひょっとしたら俺自身の無意識の願望なのかも知れないな。

 

 有力者(やつら)の席を狙う者たちを揃えば、それはそれでかなり面白い事になる。あの綾小路父は息子を次の席に就けたいみたいだし、ライバルが一杯でいい競争環境にもなると思うが、果たして綾小路清隆本人はどう思ってるかな--特に今現在は?

 

 

 

 ***

 

 

 

 所変わり学生寮の綾小路の部屋では、綾小路清隆と訪ねて来た坂柳有栖が深刻な顔をしていた。

 

「…………理事長の不正疑惑か。これは十中八九〝あの男〟の仕業と見ていいな」

 

「ええ。牛井嬰児(かれ)のバックがやるには道理に合いません」

 

「お前個人にも迷惑をかけたようですまない」

 

「全くです--こんなことになるのは出来る限り先に延びて欲しかったのですが」

 

 いつもの坂柳ならやんわりとしたフォローが混ざった返しが来るが、不満が溜まっていたのは間違いないようで勢いよく非難の言葉が出る。

 

 それは表情にも表れており、いつもの余裕の混じった感じは全くない--見方を変えれば無邪気な子供の様だった。

 

 滅多に見れない貴重な場面に綾小路の目は自然と釘付けになってしまう--それを更に面白くない感情の混じった坂柳が訊く。

 

「…………なんですか?」

 

「いや、有栖もそんな顔するんだなと思ってな」

 

「……………………もう、人の気も知らないで」

 

 綾小路のストレートな返しに坂柳は僅かに頬を染めて目を逸らす--先程からの珍しいものの連続に綾小路の視線は益々言いようのない感情が籠っていく。

 

 これにとうとう耐えかねて坂柳は慌て気味に口を開く。

 

「兎に角、分からない先の事を考えても仕方ありません」

 

「そうか、あの男だけじゃなく便乗して他の思惑がやってくる可能性だってあるぞ?」

 

 綾小路が被せるように言い、もう少し今の話題を継続しようとする--それは建設的な理由もあるが、その所為で坂柳に掛かる負担はどうなるかと言う心配な面と何よりも今の坂柳有栖をもう少し見ていたいと言う極めて個人的(・・・・・・)無意識(・・・)の欲求があるのかも知れない。

 

 と、そんな考察が頭に浮かんでしまった坂柳有栖は僅かだった頬の朱色が濃くなっていってしまう--それをじっくりと見ていた綾小路清隆はやや残念そうなニュアンスで折れることにした。

 

「ま、有栖の言う事もその通りだ--理事長だって冤罪に潰されるようなヤワじゃないだろうし」

 

「当たり前です--私のお父様を舐めないで下さい」

 

 これでこの話は終わりだと暗黙の了解を得た双方は、次の話に切り替えるべく時間を確認する。

 

「ドラマなんかだとこういうタイミングで来たりするんだがな」

 

「そんな都合よくは行きませんね--時間はもう直ぐですし、来られるまで待ちましょう」

 

 そして再び沈黙が流れるが、流石に気恥ずかしさが抜けきらないのか坂柳は落ち着きがない。

 

 また同じ流れになりそうだなと不思議な気持ちになった綾小路だが、部屋のチャイムが鳴り一気に場は冷めてしまった。

 

 双方、複雑な面持ちになりながら来客を迎え入れる--そこにはトートバッグを下げた軽井沢恵が遠慮がちに来た。

 

「お邪魔しま~す」

 

「ビビんなくても取って食いはせんぞ」

「ええ、貴女ともこれで仲直りをしたとするんですから」

 

 綾小路と坂柳はもう過ぎたことだと気にしてない様だが、軽井沢としてはそう簡単に割り切れる訳もなく、

 

「あ、そう。じゃ、手早くしちゃおう」

 

 若干焦りながらバックからファイルを取り出して開き坂柳に見せる--そこにはオーダーメイドで頼む『ウエディングドレス』の一覧が載っていた。

 

「うわぁ、一杯あって流石に悩みますね--清隆くんはどんなのが良いと思いますか?」

 

「そうだな……有栖にはやっぱり清楚なのが色もデザイン的にも―――――」

 

「ちょっと、ちょっと。言ってることが普通過ぎるでしょ--もっと乙女心を考えなさいよ、あたしのセンスまで疑われるでしょうが」

 

「…………お前が着る訳でもないのに何とも真剣だな」

 

 開き直った訳でもない軽井沢の様子は、綾小路には理解不能な領域に思えニュアンスには弱々しさがあった。

 

「当然でしょ--嬰児くんの特例をあたしが頼み込んでってなってるんだから、手なんて抜けないわよ」

 

 落としどころを綺麗に示す為と言う超が付くほどの打算的な動機に冷めた目を向ける綾小路と先日の件(と言っても坂柳的には微々たるもの)もあって、より複雑な気分になる坂柳。

 

 ただ冬休みが始まりと同時なるイベントが楽しみで心躍らない訳がなく、どんな形であれ真剣に取り組んでくれる姿は非常に嬉しかった。

 

「そうですね--今回はサプライズじゃなくて余裕を持って取り組めるんですから、より楽しみたいです」

 

 そんな坂柳有栖の笑顔な台詞を見た綾小路は、

 

(ま、いいか)

 

 と心の中であっさりと状況を受け入れ、軽井沢と二人で盛り上がっているのを見て先程まで抱いていた状況をこの一時だけ忘れるのだった。

 

 

 

 

 




 時系列、1年生編7巻分はこれにて終了となります。

 連続投稿は一旦終わりますが、年内にはまだ更新するつもりなので良ければ御贔屓に。

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