どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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嫌々○○

 小グループが決まった後に決めなければならないのは責任者を誰にするかだが、当然名乗り出る者は居らず、無難にじゃんけんで決める流れになりそうになる。

 

「嬰児は途中で居なくなるかもしれないなら外すってことで」

 

 三宅の意見に他も同意する--もしもそうなったら、また責任者を決め直さなければならず二度手間になる。

 

「あー、だったら俺がなってやる--その代わり道連れは牛井だ」

 

 龍園の言葉に息を飲む一同--当の本人は面白そうであり、嬰児も全く気にした様子もない。

 

「お前がそうしたいならどうこう言う気は無い--精々、そうならないように頑張るよ」

 

「降ろされりゃ頑張るもクソもねぇだろ--その場合はどうなるんだ?」

 

「俺に分かる訳ないだろ--確かめたいからって態と手は抜くなよ」

 

 話があらぬ方向に膨らみそうになり、今度は冷や汗が出始める者も居たが橋本がくだけた顔で二人の間に入っていく。

 

「そんな事にならないように俺たちもしっかりやるとしようか--俺も引き受けてくれるなら龍園でいい。これで決まりってことでいいよな?」

 

 やや強引だが話を締めに来て、僅かに間が開いたが元より他のCのメンバーに異論はなく、三宅や森重も同様のようで残ったBのメンバーも渋々に近い形だが賛成した。

 

 他のグループも主体となるクラスから責任者を選出し、綾小路のいるグループ以外は報告を終え自由解散の流れになって行きそうだったが、南雲が前に出て全員に聴こえるように言った。

 

「意外に早く纏まったみたいだし、このまま大グループも決めないか?」

 

 南雲はまず堀北学を見たが彼も三年達も肯定的のようだ。

 

「一年はどうだ?」

 

「僕らも問題ありません--やり方も先輩方にお任せします」

 

 的場が一年を代表するように言った。

 

「よし。じゃ、ドラフト制みたいに決めるのが面白そうだし、一年の代表達がじゃんけんして勝った順から指名していくって言うのはどうですか?」

 

「一年がいいなら俺からは何も言う事は無い」

 

「だそうだが?」

 

「はい。それでいいです」

 

 南雲が完全に仕切る形で話がとんとん拍子に進んでいき、一年の責任者達が集まってじゃんけんを開始する。

 

 一番目はAを中心としたグループ、二番目はⅮ、三番目はC、四番目は綾小路が居る複合グループで幸村が代表に出て、五番目はB、最後に嬰児の居るもうひとつの複合グループとなった。

 

「俺らは余り物か」

 

「あ、なんか文句あんのか?」

 

「いいや、何も」

 

 メンバーのぼやきに龍園が反応したが特に怒ってる訳でも無く双方はあっさりと流して推移を見る。

 

 目玉である堀北学のグループは的場が、南雲は綾小路のグループが取り、各グループの思惑が交差する中で嬰児たちは名前も知らない二年と三年達との大グループを結成した。

 

「堀北先輩--別グループになったことだし、ひとつ勝負しませんか?」

 

「またか、南雲」

 

 堀北学だけでなく他の三年達も辟易した様子にこれが幾度となく行われてきたものだと伺わせる--そんな中で堀北学は嬰児を見て思いも寄らない提案を口にした。

 

「立会人として牛井嬰児を立てるなら受ける--そして俺が提示する条件は他を巻き込まないことだ」

 

「…………へぇ、珍しく乗り気っすね。

 ただ牛井は途中でまた居なくなるかもしれないっすよ--立会人としちゃ適切じゃないんじゃ?」

 

「その場合は勝負そのものが無効だ--ちなみに条件を破った場合には、牛井の持っている特別資金を三倍の値段で買い取って貰うことにする」

 

 嬰児にもしっかりとメリットを提示し、罰金と言う尤もシンプルなペナルティを出したことで周囲全体にプレッシャーをばらまいた。

 

 堀北学は嬰児にも話を振る。

 

「詳しくは知らないがまだ600万前後は残ってるだろう--罰金とは別に俺と南雲からも100万ずつ支払う」

 

「つまり南雲会長が約束を破れば一気に2000万ですか--確かにおいしい話ですけど上が許してくれるか」

 

「そもそも生徒会を通さない資金と言うのも問題なんだ--そこを調整する為とするのも生徒会長の仕事の内だと思うが、どう思う?」

 

 自分ならそうすると言わんばかりの態度は現生徒会長へのこれ以上は無い挑発だった--当然、勝負を望む以上は南雲としては受けざるえないと言った雰囲気だ。

 

「それともやはり止めるか--俺としては全然構わないぞ」

 

 その一方で前生徒会長はその方がいいと言ったニュアンスで言い、勝負を取り下げても構わない逃げ道を用意した--これより先は南雲雅個人の器量が試される場面となり、一同が見守る中で結論を口にする。

 

「まったく、やっぱり恐ろしい人ですね堀北先輩は--いいでしょう、その条件呑みましょう」

 

 全く臆せずに言い切ったことで場の空気は格段に盛り上がりを感じさせるものになった--その中でいつの間にか立会人にされてしまった嬰児は二人の間に立った。

 

「それで具体的に何を持って勝ち負けを決めると?」

 

「シンプルにどちらのグループが高い点を取れるかでどうです?」

 

「構わない」

 

 南雲雅と堀北学の両者の合意を確認して嬰児は宣言する。

 

「では条件が成立したので勝負の開始とします--双方のご健闘をお祈りします」

 

 慇懃無礼に頭を下げた演出は何とも臭く、誰かの真似なのかと勘繰る者も居たが敢えて言及するものは居らず、これをもって漸くと解散となった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 やれやれ、丸で何も言わせて貰えないまま立会人にされてしまった--しかも特例でのポイントを全て懸けてとか。

 

 元会長殿はどうしても特例的措置を排除したいようだ。

 

 俺としてはどっちでもいいけど--南雲会長が約束をたがえなきゃ何事もなく終わるだけだしな。

 

 ただ2000万って金額をポンと渡されるかも知れないってのはインパクトが強かったようだ--グループはおろか男子全員から何かしら話せないかと伺われてるのは気分の良いものじゃない。

 

 小グループごとに泊まる部屋に案内されてる間もその機会はないかとあちこちが牽制しあって結果、何もなく部屋に着いたが寧ろ大変なのはここからだろうな。

 

「へぇ、予想よりも古い感じだな」

 

 木製の二段ベッドが人数分用意されてるだけで他には何も見当たらない--念の為に監視用の仕掛けも探りたいな。

 

「龍園さん、俺ぇ奥のベッドの上がいいんですけど?」

 

「好きにしな。他も早い者勝ちでいいだろ」

 

 その言葉に石崎が真っ先に動いた--俺はドアに一番近いベッドの下を使うことにし、その上と直ぐ側の下にそれ以外が殺到した。

 

 早速のピリピリした感じだが、無理もない展開だけに何も言えず様子を見るつもりだったが、程なくしたノックに俺を含めた全員がドアに注目した。

 

「牛井嬰児。お話があるのでご同行を」

 

 ドアを開けることなく丁寧な口調が響いたが、姿を見せないなら声も変えたらどうだ--ドゥデキャプル。

 

 俺は無言のままに指示に従い部屋を出るが、見送るグループメンバー達の視線はかなり重かった。

 

 施設内を歩きながら誰一人(・・・)すれ違うこともなく二人だけでの会話はいつもながら正直ストレスが溜まる。

 

 こんな凝ったことを態々見せつけるか。

 

「到着早々に随分な事になってしまいましたね」

 

「お陰様でな」

 

「フフフ--どうやらご機嫌がよろしく無いようですので、早速こちらでの職務についてのお話としましょう」

 

「外に出てる以上、仕事は付いてまわるって訳か」

 

「はい。報酬分の働きはして貰わなければなりません」

 

「結構なことだ--しかし試験中だし、あんまり突っ込んだ内容は学校側も困るんじゃないか?」

 

「ご心配なく。今回はあくまで施設での業務のみですので」

 

 今回は、ね。

 

 場合によっては試験に介入することもあり得るってことか--感じていた嫌な感じの正体はこれか?

 

「基本的には朝と夜の周囲への見回りと男女共同の場である食堂の準備とお片付けだけです」

 

「何か不測の事態でも起こったら、その限りじゃないか」

 

「何が起こるか分からないのが世の常ですので」

 

「御尤も。それで俺はどこまでの事が許されるんだ?」

 

「生徒は勿論、教師陣や職員等の人命に係わることに関しての裁量はお任せします」

 

「おいおい、不吉な事だな--なんか、そんな兆候でもあるのか?」

 

「あくまで便宜上です--何かあるかはこの学校が対応することですので、我々には」

 

 関わるのは俺に関することだけで他は干渉しないか--節度があって、つくづく結構だな。

 

「この先に食堂がありますので、本日の業務についての説明は中に居るスタッフに--それではまた」

 

 これもいつも通りに振り向く間もなく煙のように消えた--またか、出来る限り先であって欲しいもんだ。

 

 食堂に入るとスタッフ達は物珍しそうな目で見て来るも何も言うこともなく用意された服に着替えて昼飯の準備と片付けの手順などの説明を受けた。

 

 早速と割り当てられたのは皿を用意するだが、五百人近くもが一辺に来るとなると、ひとつの準備だけでも時間を喰う--人手はあってもあっても余ることは無さそうで言葉にはされないが助けにはなってる様だ。

 

 そして昼飯の時間となり、予定通りに全学年の生徒が押し寄せて来た--男女共同の貴重な時間ともあってそれこそ一斉だ。

 

 入って来た奴らは一瞬だけ俺を見たが、特に何も言うことなく普通に飯を食っていき各々で会話していく--その中でひと際賑やかなのは一之瀬の周りで男女問わず次から次へとやって来ては笑顔で対応している。

 

「はあふぅぅぅぅぅ」

 

 やっとひと段落ついてテーブルに突っ伏してた姿は文字通りに疲れてる--まだ試験は始まってさえいないのに大変だな。

 

「お疲れ」

 

 ちょっと同情もあって暖かいお茶を差し出すと顔を上げ、疲れた笑顔を向けられた。

 

「ありがと--嬰児くんの方も大変そうだね」

 

「贔屓されてる分、働かなきゃな」

 

「にゃはは。相変わらず如才ないね」

 

「別に無理して笑わなくてもいいぞ」

 

「ふ~ん、そっかぁ--じゃ、ちょっとばかし愚痴も聴いてくれる?」

 

「時間は取れないから手短にな」

 

「ぶー、ちょっと連れないなぁ…………ってこんな風にさっと話が進んでけたら楽だったんだけどなぁ」

 

「結局、女子の方は昼過ぎまで掛かったんだってな」

 

「耳聡いね--でもだからこそ話も早くて助かるよ」

 

 一之瀬の顔から完全に笑みが消えた--おいおい、再び緊張感持ってどうすんだよ。

 

「男子の方でも中々に面白い事になったって神崎くんから聞いたよ--もしポイントが貰ったらBクラスに来ない?」

 

「なんだ。南雲会長を誘惑でもして他にちょっかい出させるのか?」

 

「もしもの話だよ。って言うか私がそんな真似したら返って意固地になっちゃうんじゃないかな?」

 

「或いは一之瀬のクラスだけには行くなって条件で更に取引が持ち掛けられるか」

 

 いつの間にか俺らの周りは静かになって会話の行く末を見定められてる--俺が何と答えてくるか、一之瀬が何を引き出すか。

 

 それ次第で試験はどうなるか--そんな暗黙のプレッシャーが生じ始めた。

 

「にゃははは--流石に洒落にならないし、今の話はやっぱり忘れて」

 

 が、一之瀬は早々に会話を切り上げた--流れからして性に合わないってのもあるが、本当に疲れてるんだな。

 

「無理はしないよにな」

 

 気休めにもならんだろうがそう言うと、苦笑して手を振ってくれた--俺もこれ以上居てはまずい気もするのでさっさと退散して仕事に戻った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 朝の六時に軽快なBGMを目覚ましにほぼ(・・)全ての生徒が起床する--既に起きていた生徒は音楽を聴きながら施設へと戻っている。

 

「やれやれ、こんなに素晴らしい朝だと言うのに勿体ない限りだ--そうは思わないかい、嬰児ボーイ?」

 

「お前の方から話しかけて来るとは珍しいな。高円寺」

 

 嬰児はうっすらと汗をかいている高円寺をよく観ながら何事無いニュアンスで言いう。

 

「どうやらよく眠れたみたいだな。慣れない土地だってのに絶好調だ」

 

「フフフ。ノープロブレムだよ--体調管理なんて基礎中の基礎を怠って迷惑は掛けないさ」

 

「どの口が言うんだ。しょっちゅう優れないから休むくせに」

 

「それはあくまで精神的な物さ--どなたかの言う通りに臆病な性分でね。だからこそこうして鍛えていざと言う時に万全に備えなければ安心できないのだよ」

 

「そうか。その通りだな--いざと言う時は突然やってくるものだからな」

 

 高円寺の皮肉にも嬰児の態度は変わらず淡々と返す。

 

 ただ高円寺の目にはそうは映らなかったようで目を細めて言う。

 

「君がこうして見回りをやらされているのもその為だろうが、学生同士のバカ騒ぎだけで時が流れていって欲しいものだね」

 

「全く持って、その通りだ」

 

 あっさりと同意するのに釈然としないものを感じるも二人の会話は終わり、それぞれの部屋に戻って行った。

 

 

 

 それから程なくして全学年の生徒がひとつの教室に集まった--各グループ四十人前後に分けられ、今合宿だけのクラスが形成されているようだった。

 

 一年が上級生に挨拶を済ませ、しばらく待つと教室に教師がやって来た。

 

「三年Bクラス担任の小野寺だ--点呼の後、大グループ毎に振り分けられた区間の清掃を行って貰う、これが朝の日課だ。

 そして今日からの授業は学校の教師だけでなく、様々な課題を担当する方々も来られるので失礼の無いよう心掛けるように」

 

 簡単な説明を受け、それぞれの大グループは担当区間に向かった。

 

 

 

 担当教師のチェックを終え、次に道場を思わせる部屋に案内される。

 

「今日から、ここで朝夕に座禅を行って貰う」

 

 配られたカリキュラムにないことに戸惑いを隠せない面々--その中でも嬰児と高円寺は平然としており、余裕で結跏趺坐と呼ばれる胡坐をかいた後に太ももの上に置く仏像の取っている体勢を組んだ。

 

 勿論、綾小路やCの時任など最初から出来る面々も居たが、そうでない者たちは片足をのせるだけの半跏趺坐を組んだ。

 

「なお試験ではこの結跏趺坐も影響するので極力出来るようになるように」

 

 

 座禅の時間も終え午前七時の朝食の時間になると昨日の食堂でなく外に案内された。そこには広いスペースと調理器具があり、既に複数のグループが先に来ていた。

 

「今日の所は学校が提供するが、明日からは雨天時を除き朝食はグループで作って貰う」

 

 この説明に顔をしかめる者も少なくなかったが、朝の献立や調理方法のマニュアルは用意されているので、そこまで重くもならなかった。

 唯一決めるのは分担をどうするかだが、これも無難に学年ごとに二回のローテーションで決まるのが殆どだった。

 

 ただひとつ通常とは違う話し合いをしているグループもあった。

 

「なぁ、牛井。お前の学外ポイントで新しく食糧とか弁当仕入れるって出来ないか?」

「そうそう。こんなんじゃ足りねぇよ」

 

 嬰児と大グループを組んだ上級生がせっついて来る--もっと食べたい、楽がしたいと言う思いがあるのか他の面々もほぼ追従してるが、

 

「何言ってる、みんなこれで我慢してるんだ。変な我がままで掻き回すな!」

 

 三年Aクラスのメンバーが正論を持って異を唱える。

 

「でも折角特例の生徒と組んだんすよ--俺たちだってちょっとぐらい恩恵を受けたいじゃないですか」

 

「そうやって牛井のポイントを吐き出させて損失を小さくする気か--南雲、約束を破棄する気か?」

 

 それでも食い下がって来るのに間髪入れずに疑念が投げかけられた。

 

「ちょっと、ちょっと、いくら何でも穿ち過ぎですよ--分かりました。我がまま言って悪かった。今言ったのは取り下げます」

 

 あっさりと引き下がったことによって、この件は立ち消えとなり状況を見ていた者たちにも安堵が訪れた。

 

「では順当に一年からローテーションを組むってことで」

 

 嬰児の言うことに最早反論はなく、早く終わらせて朝飯が食べたいと皆が肯いた。

 

 

 

 ***

 

 

 全く朝っぱらから面倒な事になりかけてくれるな。

 

 飯も食い終わり、午前中は座学、午後は体育の授業が行われているが、如何せんいつもと違うのはメンバーぐらいで、授業内容も初日と言うこともあるのか特質すべきものはない。

 

 冬に持久走し、最終日には駅伝をすると説明を受けたが、試験としてクラスの成績に影響することを除けば、この時期にマラソンするのはやっぱり珍しくない。

 

 このまま何も起こらずに過ぎてって欲しい--もう何度目かに湧く思いが自分でも不思議でしょうがない。

 

 そうこう考えてると綾小路が近づいて来た--なんだか、こんなのも久し振りに感じてしまうな。

 

「賭けを持ち出された時から予想してたが、必要以上に絡んできてるな。南雲は」

 

「排除したいなら手を貸すってことか?」

 

「そんな出しゃばる様なことはしない--ただ、南雲が約束守る気があるのかは疑問だ」

 

 同感だな--結構信頼を積み重ねてる様だが、あまり知らないこっちからしたら何処まで当てになるのから。

 

「もしもだが、外ポイントを2000万で買い取る事態になった、嬰児はどうするんだ?」

 

「どうもしないよ」

 

「それも上から許可がなきゃか?」

 

「それはないかな--クラス移動したって結局は同じだし」

 

 忘れそうになるが既に目的は果たされてる--正直、今消されたとしても不思議じゃない。

 

 ただそうなるにしても正当性を示さなきゃ面倒になる--後で騒ぐ奴がいるとか、そんなんじゃなくて、主に俺がな。

 

「…………自棄を起こしても仕方ないなんて状況をワザと作ったりするなよ」

 

 話からは脈絡なく俺の考えを読むとは……そう言えば、綾小路と絡むきっかけも命懸けの場面だったな。

 

 本能か直感か、何か危険を察知したのかも知れないな。

 

 結構、好都合だ。

 

「俺がそうでも、どうにもならないかも知れないぞ」

 

「何かあるのか?」

 

「何となくだ--嫌な感じがするだけ」

 

「お前が言うと杞憂に感じないな」

 

「生憎だが未来視だとか、経験から来る予感だとかじゃないぞ」

 

「そうか。じゃ、心の隅でも留めておく」

 

 ああ、その位にしてくれ。

 

 ちょうどよく持久走も終わらせて、ひと息つく--その後の授業は説明的なのが多く、滞りなく済み、そして今、最後の授業と言える座禅も終わった。

 

 この後は夕食だが後片づけせにゃならん身としては、とっとと済ませて欲しい--足が痺れて動けない、疲れたと足取りが重い奴らを見ながら活でも入れてやろうかと思ったが、まだ続くことを思えばと止めといた。

 

 ここは社交性を身に付ける場だと言ってたし、どうにか逞しくなってくれ。

 

 

 

 

 と思ってたのにな……。

 

「きゃっ!」

 

 小さな悲鳴を聞きつけ廊下に行くと坂柳を抱き止めている綾小路--なんと大胆な。最早ありふれてると言ってもいい構図だが不思議と飽きないな。

 

「有栖、ケガは無いか?」

 

「はい。大丈夫です」

 

 とほんわかした空気に見物客も絆されそうだが、直後の鋭い視線に一気に気温が下がった。

 

 特に向けられた先である山内は冷や汗だらだらだ--あいつの不注意か、との共通認識が広まったことで汗の量もおかしくなってる。

 

「ああああ…………ごごごご、ごめんなさい!でも誓ってワザとじゃないんだ!許してください!!」

 

 頭を床に擦りつけての即行の土下座--それでも綾小路からの圧が増すばかりで、理性ある者は止めようかと迷うのも出てきそうだな。

 

「気を付けろよ--出来ないなら、有栖の半径五メートル以内に近づくな」

 

「わわわわ、分かりました!」

 

 頭を床に付けたまま大声で返す--必死なのもそうだが、絶対に綾小路と目を合わせたくないのもありありと伝わって来る。

 

 もっともそれは山内だけじゃないがな--見物人たちも恐ろしくある様で二人から距離を取って道を開けた。

 

「行こう」

 

 坂柳は自力で歩こうとしたが、綾小路は頑として離さずに一緒に歩いて行った。

 

 二人が見えなくなった瞬間に緊張の糸が一気に切れ、一斉に息を吐いた。

 

「ぷふぁあ……苦しかったぁ」

「ホント」

「全くどんだけラブラブなんだよ」

 

「……けどちょっと羨ましいよね」

「うん。ちょっと過保護な気もするけど、あんな風に大事されて」

「ああ、私もあんな風に想ってくれる人が欲しいよ」

 

 早速、肴になってる--例外は居るがな。

 

 まだ土下座してる山内は肝が冷えたままか--いつもなら顔を上げて悪態でも付きそうなのに、よっぽど怖かったんだな。

 

「おい、いつまでそうしてんだ。部屋に戻りたくないにしても他で休め」

 

 あえて冷たく言ってみたが、最早そんな事を感じる余裕もなしか、張り付いた冷や汗が引きつった顔を際立たせてる--後悔、反省を通り越してて誰も何も言わない中でフラフラと近くのソファーに座る山内。

 

 俺が戻るまでには気持ちが落ち着いてるといいな。

 

 そう思いながら俺は片付けに戻った……ひょっとして嫌な予感ってこれか?

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 食事の時間を終え、また男女別々になる--必然的に綾小路と坂柳も別れねばならず名残惜しいのか、手を離す際も僅かに躊躇した様子だ。

 

「綾小路くん。坂柳さんはしっかりと私がつれてくから安心して」

 

 廊下の一件から付かず離れず付いてきていた佐倉が申し出た--側にはいつも通り長谷部がいた。

 

「神室は居ないのか?」

 

「なに、きよぽん。私たちじゃ不満?」

 

「そう言う訳じゃない。気に障ったんなら―――」

 

「謝んなくていいって。神室さんの方が安心なのも分かるし」

 

 佐倉の気遣いに本当に感心してしまい、同時に綾小路は感謝する。

 

「そっか。じゃ、お願いする」

 

「はい。お手間をお掛けします」

 

 坂柳も嬉しそうであり、もうすっかりさっきの出来事は忘れているようだ。

 

 二人に連れられ宿舎に戻って行くのを見届け、綾小路も自分の部屋に戻って行く。

 

 そうして消灯の十時まで雑談やゲームを楽しむのが林間学校のセオリーだが、先の騒動はそれを遥かに上回る娯楽であり、男女問わず噂や憶測で持ちきりであった。

 

 特に当事者である綾小路、坂柳はそれが顕著だったが、綾小路の方は到底愉快とは程遠い心境であるのが明白であり、ルームメイトたちは何も言うこともなく静かな夜を過ごす。

 一方で坂柳のいる女子側は全く持って正反対の様相で恋バナに花咲かせていた。

 

「ねぇ、坂柳さん。どっか痛い所とか無い?」

「そうだよ。無理とかしなくていいから、遠慮なく言って」

 

「あの、お気遣いは嬉しいんですが、そんなに大げさにしなくても--ホントに大丈夫ですから」

 

 坂柳は笑顔で肩を摩り、何かに浸る様により嬉しそうにする--その姿は思春期の女子の心を大いに刺激するには十分過ぎた。

 

 何故ならそこはさっきまで綾小路が抱き寄せていた時に手を当てていたから--坂柳の中でまだその感触が残ってると連想させる。

 

「うん、そっか。そうだね、顔色もメチャクチャ良いしね~」

 

「これ以上は野暮だよね」

 

 そう察した長谷部と佐倉に他も同調し、あわよくばこのまま二人の昔話をと打算的なのも混じりだしたが、

 

「しっかし、あの山内ってのもデリカシー無いよね」

 

 ぶっきらぼうに……やや不機嫌な声でBクラスの姫野が流れを切って来た。

 

「女の子をケガさせそうになったのに、謝ってたの彼氏くんにだけじゃん」

 

「確かに旦那さんがいなきゃ、自分の不注意だって自覚もなかったんじゃない」

 

「あいつって、いつもあんな感じなの?」

 

 責める意見が続き、同クラスの女子たちは少々肩身の狭い思いだ--特に佐倉はそれが顕著であり、坂柳に対して申し訳なさそうな顔を向けて口を開こうとした。

 

「佐倉さん。謝罪とかなら結構です、あなたの所為じゃないんですから」

 

 坂柳の気遣いのようでいて、責めるようなニュアンスに佐倉は黙る--これには少しきつかったかと坂柳は声を柔らかくするのを意識して続ける。

 

「非があるのは山内くん個人です--それにワザとでないのも分かってます」

 

(まぁ、反省の色がなかったのは腹立たしいですが)

 

 謝っていたのは綾小路にのみ--それには全面的に同意するし、然るべき報復も受けさせるべきなのが坂柳のスタンスだが、自分以上に綾小路が怒ってくれた。

 

 それも見ているこっちが恐ろしくなる程に。

 

 この事実が坂柳の心に屈辱以上……否、比にならない高揚感を齎し、あんな小物の事などどうでもいいに等しいと思わせた。

 

 もしもこんな心情にする為、より大きな事態にさせない為による計算だったとしてもそれだけ綾小路清隆にとって坂柳有栖の存在が大きくなっている証明でもある。

 

 そんな考えがどんどんと湧き上がり、途方もなく幸せな気分でいっぱいになっていく。

 

「…………今のアンタの頭ン中、手に取るように分かるわ」

 

 ぶっきらぼうだった姫野が呆れたように言う。

 

「そうですか?」

 

 対して坂柳は笑顔いっぱいであり、他の面々もその余りの嬉しさ満載の仕草に比喩でもなく胸やけがして来た。

 

(ま、あそこまで情熱的に愛してくれるならね)

 

 先の一件を見ていた者には綾小路の怒りは疑う余地のない本物だった--その熱量は話を聞いてただけでも当てられる程だ。

 

 ただ、ひと息ついてみると熱烈な惚気がやってきて複雑になる女子も居る。

 

 そんな空気を当の坂柳は見逃さず、無為に拗れていく前に言う。

 

「ふふ、ちょっと聞いてみたいですが、流石にちょっと疲れが出ましたので、先にお休みさせて貰います。それではまた明日」

 

 神室に連れられベッドに入って行く坂柳に気を使われたと更に複雑な気持ちになってしまう姫野ユキ--Aクラスが九人で坂柳が主導するグループで、坂柳が指名した唯一のBの女子。

 

 その態度は善人の鏡の様で人気者の一之瀬のクラスメイトにしては、やや棘がある。

 

 ただ、そんな姿は至極自然体に見え、それが坂柳の目に留まったのだと他のグループメンバーは理解した。

 

「……なに、私の顔に何か付いてる?」

 

 故に視線が集まって再び不機嫌になる姫野--流石に失礼だと見るのを止めるのが大半の中、長谷部が話しかける。

 

「ごめんね。なんだか姫野さんも疲れてるみたいだなっと思って」

 

「そう思うなら、私も寝ていい--別に話すことも無いでしょ」

 

 この突き放す態度もやはりBの生徒らしくない--もしかしなくとも我慢して合わせてると共通認識が広がった。

 

「愚痴とかなら付き合うけど--この合宿じゃないやつでも」

 

「他クラスに情報を流せって?冗談でしょ」

 

 姫野は完全に機嫌を損ねてベッドに行く--引き留める者は居ないが、一之瀬の統率力に僅かな疑問を生じさせるには十分だった。

 

 程なく皆も話を切り上げて就寝に付き、林間学校の初日は終わった。

 

 

 

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