どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主 作:a0o
三日目の早朝、まだ薄暗い中での周囲の見回り--何も起こる気配はなく、鳥の声が響き今日も平和だと、ポエムでも口ずさみたくなる。
土曜の授業は午前中だけで午後は自由時間とのことだったが、俺は直ぐ様に別の仕事場に行き、日曜日もそこでと指示を受けた。
学外だからある程度は想定してたが、殆ど休日返上で働けとは人使いが荒いことだ--ま、俺は人とは呼べないけど。
そうこう思いながら巡回ルートは問題なく、ここからは学生としての時間だ。
校舎の方からも眠そうな目を擦って、うじゃうじゃと一年達が出て来て合流する。
「おはよう。お湯は今沸かしてるから早速始めよう」
朝食のメニューを確認して作業に入ろうとするが、毎度のことながら乗りが悪いのが大半--てきぱき動いてくれる少数に仕事を振る。
「あいよ」
「OK」
橋本とアルベルトが卵焼きと野菜のカットを始め、俺は味噌汁を作り始める--他は食器の用意などの簡単な作業を任せ、スムーズに割と短時間で準備は完了した。
後は上級生が来たら炊き立てのご飯をよそって食べるだけ--こういう時の待ち時間って長いんだよな。
暇なんで他がどうしてるのか見てみると、慣れない作業に手間取ってるのが殆どで味噌汁を作り直すようなのも居た……勿体ない。
「ああ、ジッとしてると寒いな--嬰児、ちょっとだけでも味噌汁飲んでもいいか?」
「温かいのなら、お茶もあるぞ」
自前の魔法瓶を取り出すと橋本が有難いと言った顔になるが、目には好奇心が見える。
「それって見回りの際のやつか--今日も昼からどっか行くんだろ。なんなら休日の他のグループの情報も取っておくが」
「お茶一杯では吊り合わんから別にいい」
「そっか。他に手駒があるか、それともそもそも必要ないのか」
疑問形でなく堂々と詮索してくるか--つまりは期待してるのは答えじゃなくて、俺がどう反応するか。
「どう言えば満足する?」
「はは、やっぱお見通しか」
「お前が分かり易すぎるんだよ--てか、そこまで坂柳は俺を敵視してるのか?」
「分からねぇよ。寧ろこっちが教えて欲しいぐらいだよ」
本題はそれか。
「残念だが、俺にもどうなるのかは分からん--ただ確実に言えるのは外部からの干渉はある。それも彼女の望まない形でな」
「お前らの関係はそれが来てから、いやその都度に変わってくってことか--難儀なもんだな」
「全くだ」
「けどよ、それだと綾小路とも対立するってこともあり得んのか?」
話の流れが若干変わった、いや戻したと言うべきか--全く持ってブレない奴だ。
「さぁね、先の事は神様でもなきゃ分からんだろ」
「まぁ、そういう風になるわな--嬰児らしいぜ」
引き時を察したか--もうこれもアピールだと穿ちたくなるぞ。
暫らく待ち上級生たちもやってきて滞りなく朝飯の時間も過ぎた。
そして土曜日の授業も同じく滞りなく行われ、現在は最後の三時間目--道徳の授業での自己紹介からのスピーチに関する説明を受けている。
一年はこの林間学校を通じて何を学んだか、これから何を学んでいきたいかを課題とされた--正直言って俺は合宿自体より仕事で手伝いやらされてた方が遥かに印象に残ってるんだがな。
そんなことを思いながら授業も終了し、その足で即座にグラウンドまで移動する--さて、今日は何処に行かされるのか?
「やっほー、嬰児くん。今からご出勤かにゃ?」
ジャージ姿の一之瀬が来た--いつも通りの笑顔で。
「まぁな。明後日の朝に戻る」
「にゃははは。大変だね、この学校じゃ、こう言うのは無縁なはずなのにね」
「俺には当て嵌まらない--もういい加減にその括りが確定したってことだろ」
「場合によっちゃ普通の試験でも離れなきゃとか?」
「そう命令されたら、そうするしかないな」
「ふぅ--嬰児くん自身はそれでいいの?」
なんとも真面目なニュアンスになり笑顔も消えた。
「嫌だと言えば、一之瀬が何とかしてくれるのか?ポイントだの、この学校の仕組みでどうこう出来る話じゃないぞ」
ましてや学生の身分だ。どんなに優秀でも--いや優秀だからこそ、俺如きに構うなんてするだけ損だろ。
「嬰児くんだって、ここの生徒でしょ--堂々と出来ないなんておかしいでしょ」
「おかしくない。俺はそういう立ち位置にある」
「じゃ、言い方を変える。私は嬰児くんの友達だから助け――――!?」
言い終わる前に壁に押し付けて黙らせた……俗に言う壁ドンに一之瀬もびっくりだな。
「そう言う台詞はもっと強くなってから言え--例え本当にピンチになっても俺はお前
「…………私に似てるって聖人さんはそんなに強かったの?」
ほう、脈絡なく話が変わった--そして、より真剣に訊いて来るか。
「世界最強と言っても過言じゃないな--だからこそ彼女の言葉には力があった」
そう〝力なき正義は無力、正義なき力は暴力〟を体現した戦士、それが『申』--平和裏に殺す--って名乗りは伊達じゃなかった。
「あー、なんだか嬉しそう--ホントに大好きなんだねぇ」
若干、呆れ気味の指摘に思わず我に返る--俺、そんな顔してたのか?
「いつか、その人の事話してくれるって約束だけど、そろそろ聞かせて貰ってもいいかな?」
「時間がある時にな--悪いがもう行かなきゃいけないから、今日明日は無理だ」
「分かってる。でも絶対だかね--約束があるんだから、その前に居なくなるなんて駄目だからね」
「しっかり覚えておくよ。じゃ」
「うん。いってらっしゃい」
少しスッキリした顔になった一之瀬が手を振って見送ってくれだが、いつの間にか出来ていたギャラリーからは無言の言い知れぬものを感じさせられ、物凄く複雑な気分だ。
ああ、早く行こう。
***
嬰児が見えなくなり、施設の窓から見送った綾小路と直ぐ隣に居る坂柳--ぴったりと寄り添っている光景には余人が入り辛い雰囲気が、これでもかと言うほどにあって必然的に二人きりになる。
「試験の最中でも仕事か。大変だな、とでも言えばいいのか」
「気になりますか、あの方に会っているのではないかと?」
「いいや」
綾小路のあっさりした答えに坂柳は眉をひそめる。
「分かっているとは思いますが、彼が自分の意志で誰かの味方になるなんてありえませんよ」
「自分の意志よりも命令を優先させなきゃならない、だろ--それでも意思が無い訳じゃないのは明らかだ」
「……ええ、そうですね――――!?」
少し不満が湧いてきたのを見越してか、綾小路は寄り添っていた坂柳をやや強引に抱き寄せた。
「とばっちりで相当ストレスがあるなら、いくらでも気晴らしに付き合うが?」
「そ、それは有り難いですけど……ここまで近づかなくても」
「この方が喜ぶんじゃないのか」
この綾小路の台詞と行動は体育祭の時のことでの影響か--と普段の坂柳なら分析して冷静に返しただろう。
しかし、あの時以上に力を籠められてしっかりと抱き寄せられて、ある種の恐怖にも近い感覚が纏わりつき冷静さを保てなかった。
「あ、あの……ちょっと痛いです」
その所為か珍しく弱々しい声になってしまい、綾小路も坂柳と目を合わすとその目には怯えの様なものが見えた--ただそれでも力を弱めることも放そうともしない。
「有栖。身体が弱いのをもう少し自覚しろ--何が起こるか、先の事なんて分からないんだから」
「うぅ~、心配してくれるのは嬉しいですが……私は守られて満足できるような――――」
「これは気構えじゃなくて物理的なことだ--オレはお前に怪我したりして欲しくない」
山内の件がまだ尾を引いている--尤もそれは坂柳本人も同様だが、明らかに気持ちの入れ具合が違った。
「その事は生まれた時から重々心得てます--無理した結果、どれだけ迷惑をかけてしまうのかも」
何かを思い出したのか、坂柳のニュアンスには切なさがあった。
「そうか。ならいい--複雑な立場にあって大変なのは分かるが、直ぐに言え。最善を尽くす」
「むぅ~。そこはいつでも駆けつけるとか、お前の味方だからとか言うものではないですか?」
「オレは普通の人間なんだよ--そんな神の様なことなど出来ないし、言えない」
「………………」
明らかに嬰児を意識しての台詞に坂柳の不満が増した--そしてこれは明らかにワザとだ。
綾小路は普段では決して見ることの出来ない表情を間近でまじまじと観察しており、不満だけでなく妙な複雑さも増して心の整理が付かなくなりそうであった。
(乙女心って奴と対抗心がせめぎ合ってるのか?ただなんにせよ、もう少し見ていたいな)
坂柳の心情を分析しようする一方で、別の何かが心に湧いてきており綾小路自身も複雑な心持ちになりそうになる。
時間にして一分にもなってないが二人には熱烈に長く感じる時間--いや感じそうになった時にやっと理性が働き綾小路は抱き寄せた力を緩めた。
解放された坂柳は胸を押さえて呼吸と気持ちを整える。
「もう--そんな風に遊んでると流石に怒りますよ」
「別に遊んでるつもりは無いが」
「それならば女心を知る為ですか?学習意欲が旺盛ですが、方向がぶっ飛んでますよ」
「有栖の方こそ忠告のつもりか?」
「あら、私が言えば聞き入れて貰えますか?」
そんな訳がないでしょう--と、そんな含みが籠った返しに綾小路はうっすらと笑う。
「オレの事を理解しようしてくれるのは感謝するが、どうにか上手くやるさ」
「残念ですが全くそんな気がしません--また苦労が増えそうです」
言っていることとは裏腹に坂柳の表情には嫌な感じはなかった--それを見ていた綾小路は素直に言った。
「すまないな--そして、ありがとう」
***
お天道様が真上に来た時間、一人静かにコンビニ弁当で昼を済ませ正装に着替えた俺は合宿場所からほど近い町まで連れて来られた。
さて、今日明日は一体何をするのか?
中々に賑わってる町中を見るが、何のイベントがあるのやら気になる--ただ指示があるまでは待機しろとのことで詳細は分からない。
こういう時こそ『鵜の目鷹の目』だが、視界の中に入る鳥の姿はない--これは偶然か?
何はともあれ思案する時間も無いか。
「時間です。参りましょう」
「本当に直ぐに会うことになるとはな」
皮肉を込めたがドゥデキャプルは涼しい顔だ--正月の件からすると、やっぱり政治関連のことか?
立ち上がり後を付いていくが、選挙などが行われてる様には見えない--目的地かと見えて来た大きなホールには賑わってるから講演会でもあるのか?
ただ近づくと客たちの様相は遥かに程遠いものだ--真面目な感じは一切なく、素直に娯楽関係のイベントなのは一目瞭然だ。
「アイドルのライブでもあるのか?」
「いいえ、有名な音楽家の演奏会です--この町の市議たちもいらっしゃいますので貴方にはそちらの警護を」
「承った」
スタッフ証を受け取り裏口から施設内に入る。
舞台裏から見たホールは、まぁ予想した通りの広さで席もそれなりだが凄く新しいって感じが適切だ--開場前だから誰も居ないのを見ると春の入学日の事を思い出す。
意図した訳じゃないが、一番乗りになってクラスメイト全員と顔を合わせた--もしかして今回も観客全員を覚えてなきゃいけないってことにでもなるのか?
試験の真っただ中に流血沙汰とかは勘弁してくれよ。
警戒を強めながら準備してるスタッフたちにも目を配る--催しはピアノか。渡されたパンフレットを見ながらスケジュールを確認して二階席まで移動する。
待つこと数分して護衛対象だろう年配の男がやって来た--連れも二人ほどいるが命を狙われるほどの重要人物には見えない。
こうなるとただのポーズってのも考えられる--まったく、どういう意図なのかぐらいは説明して欲しいものだ。
色々と考えてる間にも客は入って来る--注意深く見ているが警戒を感じさせるようなのは居ない、と思ってたんだがな。
新たな市議の連れと思われる男性が高校生程の女子を連れて来た--『魚』で見るまでもなく精神的に病んでるな。
ただその割には身体や足取りには訓練を受けた形跡が見られる--さながら過酷な訓練に耐えきれずに脱落した兵学生って感じだ。
「雪、今日はお前の好きな曲が多く演奏される予定なんだ。楽しみだな」
市議の連れ、父親の言葉にも娘は無反応--って言うか全く虚ろで興味がない、ただ連れて来られただけ。
そしてこんなのは初めてじゃないのは同席してる者たちの様子からして明らかだ。
もしかして、この娘の為に今日のイベントをとさえ思ってしまう--そうしてピアニストが挨拶を終えて演奏が始まった。
曲目は『ベートーベン』の『エリーゼの為に』--こういう場で聴くと『天秤』の記憶が想起されるな。
最高裁判長だった数年の間には付き合いでプロの演奏を聴くこともあった--もっとも傍らにはキナ臭い話が付いてまわり、いや寧ろ彼女自身が積極的にして回った方が多かった。
このような美しい音色を聴かせ『許しの人』としての姿勢を貫いた…………貫き続けた。
時には暗殺を以てまでの所業は、法の番人たる身を省みないと言われるほどに--って流されてはいかん。
罪を罪とも思わない姿勢はもっとも許容してはいけないものだ--演奏中に考えるようなことではない。
やがてプログラムは順調に進み演奏会も終わった--開場中からは惜しみない拍手があったが、雪と呼ばれた娘だけは虚ろなままだった。
予想通りの目的だとすると成果なしだな--何となく気になって視線を向けた時、ぽつりと口が動いた。
「清隆の方がもっと上手かった」
え、偶然か?
なんでアイツの名前が出て来るんだ。
あまりにも意外な事だったが表情には出さずに済んだ--ただそれでも虚ろな目がゆっくりと俺の方を捉えた。
なるほど、この娘の中でハッキリと残されてるのは『清隆』だけって訳か……それ以外は何も見えないと。
これが今回、俺がここに来た理由か?
それとなく父親の方を見るが目を合わせようとせず、今ひとつ要領を得ない。
そんなこともお構いなしに雪とやらは俺に近づいて覚束ない、それでいて切実なニュアンスで訊いて来た。
「ねぇ、清隆、何処に居るの?連れて行って……会いたいよ」
「申し訳ありませんが」
一応は丁寧にお断りしたつもりだが……この娘には通じないだろうな。
「会いたいの……お話ししたいの…………清隆、きよたかぁ………………」
だんだん呂律もおかしくなって来た--それでいながら『清隆』の事だけは変わらずにハッキリとしている。
それだけ無くしたくない、壊したくない思い入れがあるのは分かったが……で、どうすればいいんだ?
この場のお膳立てからして俺とこの娘の知る『清隆』は同一人物だろうが、それなら尚更何も話せない。
「繰り返しますが、そう言った許可を得てませんので何も言えません」
あくまで事務的に言う以外に選択肢がない--これ以上を求められても俺が困る。そんな意図を込めて大人たちに目を向けるが、誰も何も言わない。
つまりはここに居る人たちでは責任を取り切れないってことか--となると言うべき相手は、
「日も傾いて来ましたし、場所を移しましょう」
背後から現れたドゥデキャプルの提案に乗り流れる形になったが、それはこの場限りみたいだな。
「清隆に会いたい」
俺の服の裾を掴み、話すまでは逃がさないと執念さえ感じる--父親が出てなんとか落ち着かせてくれたが、予想以上に面倒が回って来たな。
会場から移動してレストランにでも行くかと思ったが、付いた場所は心療内科のクリニック--この娘の状態からして不思議じゃないが、初対面の俺をいきなり連れてってことは入院でもしてるのか?
通された個室は和を基調とした普通の部屋のようだが、妙な違和感がどうにも部屋とマッチしてないものがある。
「すまないね--本来なら最初からここに来て貰いたかったんだが」
「構いません。建前を成立させなきゃならないのは分かってますので」
ここに来たのはあくまで仕事の後のついで--余程、公にしたくない事情があるか。
「ハハハ。流石はかの大戦の関係者だ--しっかりと弁えてる」
「ご配慮、感謝します」
本心から頭を下げた--十中八九、言うように指示された台詞だろうが、お陰で格段に気が楽になった。
そしてそれは相手も同じようだ。
「よかった--
〝また〟ね。相手は想像するまでも無いな--こんな可愛い娘に何やってんだか。
ただこうなると、女関係での話はしない方がいいか。
「それで私はどうすれば--ご存知かと思いますが〝彼〟に関しても話せることは限られます」
「分かっているよ。守秘義務を破らせるようなつもりはない--君がそれを徹底して弁えていると判断されたから、この場での事も許可されたんだ」
つまり他言無用なのは俺も同じか--これからは気だけじゃなく口まで固めなきゃならないとは。
「置かれている状況は把握しました--ご期待に沿えるように努めます」
取り敢えず社交辞令はこの辺でいいか--改めて
俺の方を見ながら何かしら期待しているようだが、その反面怯えている--『魚』モードで改めて診てみても身体的には健康そのもの、寧ろバランスよく鍛え
総合的に見て指導者に恵まれなかったかね。
そうなると『丑』の理論は逆効果、あまり気が乗らないが『天秤』を意識して臨んだ方がベターか。
ふぅ、とひと息吐いてなるべく静かさを意識する。
「まずは名乗ります。俺は牛井嬰児--綾小路清隆くんの同級生です」
「私は……昔、清隆と一緒だった…………私の方が清隆のこと―――――」
「落ち着いてください。ゆっくりでいいんです--聞かせてください、彼のこと、そして貴女のことを」
とは言ってみたものの、話すことには途方もない抵抗感を見せ始めた--余程、思い出したくないのか、話すことを禁じられてるのか。
多分、両方だろうな。
「雪、彼なら大丈夫だ--どんな話をしても何も問題ない」
父親からのフォローに若干の揺らぎが見せるが、大した効果は無さそうだ--こうなると取れる選択肢はこれしかないか。
「どんな願いでもひとつだけ叶うなら綾小路清隆くんに会いたいですか?」
「会いたい!」
完全に反射だな--目の色も一変に変わった。
「では彼は何を願うと思いますか?」
「清隆が……」
「ええ、私もずっと知りたいと思ってまして--ただ彼は本心を語ってくれないで未だに分からないんですよね」
もし今の綾小路に訊いたら、俺以上の異能とでも言いそうだが、その前なら何と答えるか--ちょっと好奇心も混じったが、この娘が話してくれそうな話題はこれしかない。
「…………清隆は……清隆は」
思い出を手繰りよせて考えていく内に小刻み震えていく--想定内だが止める訳にはいかない。
「………………分からない……清隆、何が欲しいの?私がずっと一緒だったら―――――」
震えは増していき、目の焦点が完全に定まってない--この娘たちの過去に何があったのか?
普段なら踏み込もうかと思案するだろうが、今の俺は『天秤』をトレースしている--『許しの人』の理論からするとこの娘をこんな状態にした〝何か〟さえも何も聞かずに許しを与えてしまいそうになる。
いかんな、少しのめり込み過ぎている--冷静さを保たねば。
そう『天秤』が珍しく死刑を決断した第十二回大会--その罪科によって俺が居る。そのお陰で救われたものがあるなんて胸糞が悪いだけだ。
ただ、そんなことはこの娘には関係ない--個人的な感情で判断を曇らせちゃいけない。
「ふぅ。お互いになんだか整理が付きませんね」と歩み寄りを見せようとした--しかし雪の様子が急変し「あ……あ、ああ」と過呼吸を引き起こし始めた。
「雪!落ち着きなさい。ゆっくり呼吸するんだ」
父親が慌てて近づいて来たが、どんどん悪化していく--このままじゃ不味いか、と俺は
久し振りに『牡羊座』を発動させた。
時間にして数秒だが、当事者たちにはどれだけ長かったか--どうにか眠り、支えながら触れた状態で『水瓶』に切り替えて興奮状態も抑え、ようやくと症状が安定した。
「すみません。失態でした」
こっちから質問するのはまだ早い段階だった--あくまで聞き役に徹するべきだった。
「いいや、もとはと言えば私が蒔いた種だ--手を貸してくれただけでも有難く思うよ」
「恐縮です」
真っ当な大人の対応なんて初めてな気がする--外に出るのも存外悪いものばかりでもないかな。
「君の様な子供にこれ以上を強いるのも何なんだが……彼は綾小路先生に逆らい学校に通っていると聞いた」
「その通りですね--そして、かの先生は諦めずに連れ戻そうとしてます」
「先生とも接触済みか。なら話は早い--さっきの君と被るが彼は、綾小路清隆くんは父親に逆らってまで何を求めているんだ?」
今は俺の異能力だろうが、この問いの意図はそれ以前のもの--さて、なんだろうね?
入学時からあの海辺での接触前までの記憶を辿る--綾小路を注視していた訳じゃないが、当時の俺は内通者が居ないかクラス中を疑ってかかっていた。
そのフィルターを抜いて客観的に見てみる。
入学日のクラスでの挨拶はどもってて戸惑っている様子は演技には見えなかった--そして次の日からは何かに脅えてビクビクとしていた。
今にして思えば、坂柳と会って父親からの追手か、過去を知る者がいることへのものだろう--そこから先はどうにか坂柳の情報を得たいので頭が一杯でクラスでもやや目立っていた状態だった。
こうして振り返るとアイツずっと坂柳のことだけを考えて学校生活を送って来たんだな。
もうこの際、坂柳有栖と結婚することと答えたいぐらいだ--ごっこ遊びも満更ではなさそうだったし。
坂柳抜きでの事は短すぎて推察することも不可能--素直に分かりませんと答えるのが誠実なんだろうが、
「これは全くの私の想像--勘なんですが、それでも構いませんか?」
「勿論だ」
「普通の学校で普通の学生と言うのをやってみたかったのでは」
なんでか、このフレーズが頭にㇷと浮かんだ。
「そうか」
偉く納得したニュアンスでの言葉に俺も思わず同調しそうになる--が、そのまま冷静さを失ったりはしない。
無言のまま、待機の姿勢を取る--暫らくしてひと息つき、また口を開いた。
「もしも伝えられるなら、清隆くんに〝あの時〟は済まなかったと伝えてくれないか」
それは贖罪か、それとも娘と同じ境遇からの同情か?
どちらにしてもあいつに届くかどうかは疑問だ--ただ、俺の個人的な感情を挟んでいいようなことでもない。
「ご要望とあらば」
あくまで事務的に答えるまで--何かしら気に入らなくても仕方ない。
そう思いながら答えたが、やはり大人なんだな。
「お願いするよ--それと今日はありがとう」
社交辞令だろうがこちらを立てる態度で接してくれた--そしてどうやら今日の仕事はこれで終わりのようだ。
「それでは」
出来る限り丁寧さを意識して言い部屋を出る--直ぐに見知った顔が目に入って一変に気分が下がったが、これも向うは計算付くだろうな。
張り付いた笑みが実に不快だ。
「やあやあ、お久しぶりです。牛井嬰児くん」
大晦日に会った中年男が馴れ馴れしく寄って来た。
「そう言えば名乗ってなかったですね。私は月城常成と言います」
「〝あの方々〟の使者って訳じゃなさそうですね」
「はい。私如きには荷が重い役目で--精々、一学校の理事長ぐらいがやっとの身の上です」
少し嫌味を含んだのにも笑顔で答えるが、さっきの男性とは完全に正反対の印象だ。
それを向うも感じ取ったのか、張り付いた笑顔のままに様子が変わった。
そうそう。変な化かし合いなんて時間の無駄だよ。
「浅からぬ付き合いになる訳ですし、少し腹を割りましょう。
ご存知の通り坂柳理事長に嫌疑が掛かってまして、近い内に謹慎処分が下ることが決まりました--その間の理事長代行を拝命予定ですので、どうぞよろしくお願い致します」
「出来る限り短い付き合いになることを願いますよ」
「ええ、その方が健全です--全ては収まるべき所に収まるのが良いに決まってます」
「全く持って同意しますよ--世紀の大戦が〝あんな形〟で終わってしまうなんて、いやな夢だと思った日はありません」
「ははは……申し訳ありません。流石にお話が大き過ぎて私では何とも言えません」
「その謙虚さ、生徒たちにも見習わせたいですね--特に綾小路先生のご子息には」
「それならば力になれると思いますよ--貴方にとっても纏わりつく虫など追い払ってしまうのが、
要約すると手を組んで綾小路を退学させよってか--アイツに肩入れする理由はないが、それは誰に対しても同じ。
「ならば
おやおや、冷や汗が滲み出て来たが大丈夫か?
「はい、勿論ですよ--私だって命は惜しいですから」
「命で済みますかね?」
「…………なんとも有難い忠告ですね。お優しい限りで」
なんだ、最後の取って付けたようなのは?
「そんなお優しい貴方から見て、先程の娘はどう見えますか?」
怪訝を込めた目を向けると冷や汗が収まってないまま続けて来る--会話のペースを何が何でも取りたいみたいだが、この宮仕えはプロとしてのプライドから来てるのかな。
ならば義理を立てて、なんてはごめんだ。
「俺があの程度の事に易々と同情する身の上じゃないことぐらい知ってるでしょう--腹の探り合いは抜きにしてくれませんか」
「そうですか--いや中々のタマですな。流石は〝あの方々〟の直々なだけありますな」
嫌味か、なんでもいいけど結局何が言いたいんだ?
と、無言で待つと少しは落ち着いたか、冷や汗も引いた。
「では改めて腹を割りましょう--綾小路清隆を退学させることへの邪魔をしないと約束して頂きたい」
「手を貸せではなく?」
「そちらこそ冗談は無しにお願いしますよ--どんな形であれ、貴方と関わり持って自由を奪われたくはありませんよ」
やはり嫌味か。
ただそこまで理解してるなら、こんな依頼を受けないのが正しいと思うが?
断ったとしても次が立てられるだけだし、月城にしてもデメリットがあるとは思えん--さて今ここで聞いてみるべきか。
「申し訳ありませんが、俺は何ひとつ約束なんて出来る身じゃありません--あの学校と関わるなら代理人と接触することもあるでしょうから、そちらで話を通して下さい」
「ハハハハ、ご尤もですな」
さっきとは一転、至極愉快そうにして来た。
「それでも私の意志と意図は伝えました--可笑しな邪推を持っての行動は反逆の意志と見なす場合もあるので、ゆめゆめ忘れないように」
なるほど、それが本当に言いたかったことで、この場を設けた目的か。
「ご心配なく。あの学校のルールに従わなきゃいれなのは入学した日にしっかりと念押しされてますので」
手応えを掴んだと思ったのか、月城の余裕が増した--でも話はまだ終わってないぞ。
「ですから高度教育高等学校の
「……あくまでもあの方々を通せと」
「少し勘違いしてるようですが、俺は長生きしたい訳じゃない--すっきりと終わりを迎えたいんです。もっと噛み砕いて言うなら未練を残したくないんですよ」
最初から卒業までには終わるのは決まってる--と言うか目的は既に果たされてるんだ。
生かして置く理由なんて無い以上は何事もなく平穏にと本当に最初の頃は思ったが、どうもそんなのとは無縁であり、更には外から妙な介入まで来たもんだ--受け手に回るのは性分にあわない、明日をも知れない身でこれ以上振り回されるのはごめんだ。
「失うことが決まってるから恐れない--ようは捨て身の覚悟ですか」
俺の事が少しは分かった--そんな風に聞こえるニュアンスは何とも複雑な気分にさせる。
ただ月城はある程度は満足したようだ--なら、もうこの場は終わりでもいいだろう。
「そう言う訳ですのであとの事は上の方で話を付けて下さい--それでは、また」
「ええ、また」
最後まで笑顔のまま--ただ込められてるものを思えば何ひとつ愉快じゃない。
クリニックを出て宿泊施設まで歩きながらも周囲を探るが妙な気配はない--どうやら本当に今日は終わりでいいみたいだ。
さて、明日は何をするのやら。