どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主 作:a0o
日曜日の朝、まだ薄暗い時間帯に目を覚まして窓の外を見る--実に物静かで平和を感じさせる瞬間だ。
こんなポエムみたいなのを感じながら今日も一日が終わって欲しいものだ--そう思いながらタイミングよくかかってきた電話に出ると一気に気分が下降した。
『おはようございます。お目覚めは爽やかでしょうか』
お前の声を聴かなきゃな、ドゥデキャプル--出来るならもう五分でいいから、そのままでさせて欲しかったよ。
「お陰様でバッチリだよ」
無駄だと分かっているが皮肉を込めて言うが、案の定愉快そうなのが電話越しにも伝わって来る--全く持って忌々しい限りだ。
気分がどんよりした来たら何故か天気までどんよりして来た--こりゃ雨だな、せめて外でしなきゃいけない事じゃないといいんだが。
窓を閉めて着替えと朝飯を済ませ宿舎の入り口で待機する。
この手の待ち時間はどうしても長く感じてしまい暇つぶしに何かしたいが、その手の道具も持ち込みが許可されてなく、どうしても手持無沙汰だ--そうしてるとなんとなく向うは何してるのかと思った。
あっちでも雨は降ってないのか、いや山の中だしこっち以上にドシャ降りになってて外に出られなくなってるかな。
***
林間学校四日目--日曜日であり授業は休みだが朝食と清掃は予定通り、ただ雨天により朝食は食堂、外の清掃もなくなりその分の時間を校舎の清掃に割り振られた。
「あーあ、なんで日曜日の朝っぱらから」
本当ならもっと寝ていたいと愚痴を言う生徒も出る--監督役の教師が居れば〝毎日の日課だと〟正論が来そうで周りのメンバーが気を張るが、幸いな事に見咎める者は居なかった。
「先生の見てる前で言う訳ねぇだろ」
そこまで愚かじゃないと言うニュアンスに開き直るなと無言の圧力があちこちから来るが、時間が勿体なのでそれ以上は無く掃除を進めていく。
そんな中に居る綾小路はなんとなく空を見た。
(嬰児は雨の中で待機でもしてるのか?)
雨に打たれながら無言で目を閉じて命令を待っている姿を想像し、より一層の反骨精神を高めていたら。
(オレが有利に立ち回れる可能性が高まる--なんて都合の良い展開になって欲しいものだ)
余りにも都合のいい希望的観測だと分かっているが、いつ〝あの男〟からの差し金が来ても不思議じゃない状況な為か、どうしても強力な武器を独占したいと言う気持ちが増してしまう。
そのような考え事しながらもしっかりと手を動かして掃除を進めていき終わり際になると同じエリアを担当していた池が話しかけて来た。
「つまんねぇよな。折角の山の中に来たのに外にも出られねぇなんて」
「オレは別に。それに整備されてない山道なんかに出られたら――――」
「おいおい、お嫁さんが大事なのは分かるけど惚気話は勘弁してくれよ」
「こういう話がしたいんじゃないのか?」
「それこそ俺も別にだよ」
言っている事と顔が一致していないと綾小路だけじゃなく、周りに居る全員がツッコミたかったがそれはされなかった。
話題がいきなり途切れてしまいそうになった池は、やや慌てるようにして話を変える。
「しっかし掃除が終わったらすることねぇし、大した娯楽もないし、そう意味じゃ嬰児がちょっと羨ましいよな--どっかで可愛い女の子と一緒だったりとかしてたりすんのかな?」
誰が聞いても無理矢理感満載だったが、ただでさえ制限されている中で雨が重なった事はストレスでもあり僅かながらにも共感を覚えもした。
もしもそうなら自分も行きたいと不毛な妄想も。
そんな風に思われている嬰児の方は正にそういう状況だった。
***
いやはや、これって何かのご褒美なのかな。
「みなさ~ん。本日はありがとうございます!」
元気いっぱいのとびっきりの笑顔で挨拶してる少女たちをスマホで撮りながら、小ステージでのリハーサルに柄にもなく胸が躍ってる。
今日指示されたのはショッピングモールでの雑用と大雑把なもので、来て直ぐにイベントの手伝いの為に機材の搬入やネット配信するための動画を撮影せよと新しいスマホを渡された時には流石に驚いた。
広場自体はそこまで広い訳ではなく、それとなく聞いた話では地元のご当地アイドルと東京のグループのコラボとのこと。
ただ生憎の天気で客足がどの位になるのかが気になるが、そこは俺が気にしても仕方ない。
興味を持って貰えるかは彼女たち次第だ。
リハーサルも終わり、本番の段取りに入ったことで俺はライブ中の立ち位置などの説明を受けて別の仕事に取り掛かる--かと思ってたんだが、特に何の指示もされず待機を言い渡された。
今日限りの分際で勝手なことする訳にもいかず、仕方ないから暇つぶしにスマホでもと思ったが、ㇷと目にしたものに思わず眉をひそめた。
今日のコラボを宣伝する看板には両方のグループがあるが、東京からのグループ『暁の五星』のメンバーは文字からも五人なのに、さっき見たのは四人しか居ない。
どういう事かと思っていると、マネージャーらしき女性が声を掛けて来た。
「ああ、体調不良で今日はお休みしてるんですよ」
「へぇ、そうなんですか」
何気ない遣り取りだが、このまま乗っていいものか?
「ふふ、緊張してます?見た所、地元の子じゃなさそうだけど派遣か何かで?」
「まぁ、そんな所です--すみません、この手のイベントとかには疎くて」
「あら、それは残念ね--結成したばかりだけど、それなりに力を入れてるのに」
「いえ、これは私自身が囚われの身に近いのが原因でして」
「なんだか突然物騒な話になったわね」
不良更生の為の社会奉仕活動とでも思われればと思ったが、まるで本気にして無さそうだ。
変わらないノリで話を続けて来る。
「芸能とかそう言うのは全く興味がないの?」
本当に申し訳ないが十二戦士たちにその手の記憶はない--普通の高校生活を送ってた『子』にしても、って言うかあいつの好みはアイドルよりもその後ろの娘だったしな。
当然、あの閉鎖高校ではそこまで話題に上がるようなものでもない--いや、そうでもないか。
「『雫』って言うグラビアアイドルなら知ってますね」
これにマネージャーさんはちょっと驚いた様子だ--と言うか目を輝かせても見えるな。
「いや~、こんな所でその話題に出くわすなんてね。これも神様の思し召しかしら」
「神は時に思いも寄らぬものをもたらしますからね」
便宜上だと分かっていても出て来た言葉に俺も思わず調子を合わせてしまった--そして出来ることならばこの話題で盛り上がりたいが、そうはいかんだろうな。
「そうなのよね。彼女がここに居ないのも一体何の因果なんだか……」
「お知り合いで?」
「グループを立ち上げる際にスカウトしようとしたことがあってね……進学を優先したいって振られちゃったけど」
思いっ切り関係あるようだ--昨日といい今日といい、全くどういうつもりなんだか。
そんな感傷に浸って無言で居ると何を感じ取ったのか、少し真面目な顔して続けて来た。
「プライバシーや守秘義務があるから詳しくは言えないから、その手の事は聞かないでね」
いやクラスメイトですし、今どうしてるのかも思いっ切り知ってるんで。
そう返したかったが、迂闊な事を言ったら俺の方が守秘義務違反になってしまう--もしかして、そんなしょうもない嫌がらせだったりとかはないよな。
「まだ雫の事、諦めてはいないんですか?」
ただなんとなくだが話を合わせた方がいい--それとも俺は俺で実は気になってたのか、自然とそんな疑問を口にしていた。
「ええ、勿論よ--あの娘には光るものがある。それを私はプロデュースしたい」
即答した。ただ今のアイツは友達も出来て学生生活をエンジョイしてるから、肯定は出来ない。
「見事な心意気ですが無理強いは良くないですよ」
「そんなこと分かってるわよ--子供のくせに生意気よ」
「それは失礼しました」
「分かればよろしい」
とその時、スタッフからマネージャーを呼ぶ声が。
「はーい。今行きます!」
「あ、それじゃ」
「ええ、それじゃあ」
再び一人になり、雨が降る山の中に居るクラスメイトたちを思い出す--戻ったら色々聞かれるだろうし、さて何処まで話してもいいものか。
今の会話を聞かなかったとして『暁の五星』の事を話したら佐倉はどんな反応して何を思うのか
いや佐倉以上に山内当たりなら更に喰い付いてグイグイと来そうかな。
そうこう考えてる内に開店時間になり、ようやくと次の指示が来た--指示役の人は自分から動けよとか言う様な目で見られたが、そういう文句は俺の直接の上に言ってくれ。
と内心で愚痴りながら開演時間まで雑用をこなす。
雨の方は思っていたよりも振らないみたいで客足の方も然程気にする必要は無さそうだ。
徐々に賑わっていき、学校では決して見れない親子連れや年配なんかを見ると平和を感じる。
と言うか、ここまでリラックスして外の景色を見るのは初めてな気もするな--お陰で時間の経つのも早い。
あっという間に昼になり開演となった。
モールの小さなステージだけに客のキャパは大したものじゃない--実際に集まってるのは数得られる程、それでも前の方には集まって今かと待っているファンたちが居る。
俺は後ろに引いて見ている客に交じる形でスマホを起動してステージを映す--あくまで仕事だと分かってるが何分ライブを見るのは始めたな為、ほのかな期待感もあったりもする。
願わくば彼女たちのパフォーマンスが呼び水となりますように。
そう思いながら舞台挨拶から一曲目が始まる--おっかけと思われるファンたちの歓声に今日偶々来ていただけの客の何人かも足を止めていく。
正直、俺にはアイドルの曲の善し悪しなんて分からないが聴いていている分には素直に上手だし元気の出て来るとも思う。
そして、この舞台に佐倉が立っているのを想像しようとしたけど、普段のアイツからしてしっくりこない--いや、グラビアの写真や自撮りしてた時の表情からするとステージに立てば変わるとかってタイプだったりするのか?
もし、そうだったらなら見てみたい気もするな。
二曲目、三曲目と続きあっと言う間に交代の時間となった--次の地元の娘たちのステージがセットしている間、録画を止める。
「ここでの事も戻ったら自慢したいですか」
警戒を怠ってなかったのに、いつ背後に立ったんだ--ドゥデキャプル。
「今、仕事中なんだけど」
「お邪魔するつもりはありません--少しお喋りしたら直ぐに行きます」
「なら早くしてくれ」
「では、どうにもお堅くなり過ぎていると見受けられましたので、少々--私共も貴方の事は買っておりますので、話してもいいラインだと判断したなら外での事も制限は付けません」
つまりは佐倉に今日の事を話してもいいってことか?
それとも昨日や年末年始であったことも綾小路に伝えろとでも言っているのかな--俺の事とは別に外からの介入があるのはやっぱり面白くない。もしくは俺の所為で容認しなくちゃいけなくなったから責任を取れとでも言ってるのか?
「フフフ、深読みのし過ぎはよろしくはないですよ--偶には素直に聞き入れるのも大切な事です」
「有難い言葉と受け取っておくよ」
「はい。それでは」
意味深な笑みと共に去って行くのを見るが、ちょうどセットも終わりライブが再会され、録画ボタンを押す--全く何しに来たんだか。
***
特に何事もなくあっと言う間に夜になり、林間学校の宿舎の窓から晴れ渡った夜空が見える。
朝から夕方までずっと雨だった為に食事作りは無くなったが、大した息抜きも出来ず何も出来ずにいたのが殆どだった。
ただ明日からの予定を鑑みればそれが正解だったと思えなくもなく、就寝に付こうとしている面々は十分な休養によりリラックスしていた。
そんな中で綾小路は部屋を出て薄暗い廊下を歩く--向かった先には堀北学が待っており周囲を警戒する素振りを見せながら口を開く。
「時間通りだな」
「ああ、それで何の用だ?」
「単刀直入に訊く--南雲が何を画策してるのか掴んでいるか?」
「大グループには真面目にさせてるしか動きはない--オレが見てる限りはだが」
「もう少し具体的に訊こう--最終日の試験で何を仕掛けて来るか、お前なりに見当が付いているんじゃないのか?」
「約束を反故にするんじゃないのか--総合力でそっちの大グループに劣るなら、他を狙うのが理に適ってる」
「ありえん。奴は口にした事を破ったことは一度もない--ましてや大衆の前でした約束を破るのはこれまでの信用を無に帰す行為だ」
「それをしてでもアンタに黒星を付けたいと思ってる可能性は本当にないのか?」
「繰り返すがそれは無い--約二年、生徒会で一緒だった、断言できる」
「二年かけて仕込んだフェイクだとは」
綾小路は見解を曲げずに食い下がった。
「奴にはまだ一年以上の時間があるんだぞ。俺一人の為に積み上げたものを捨てるなど非合理だ」
「理屈はそうだし不利益なのも認めるが、それでも南雲個人の心情を優先して来たら」
「……お前ならやると言うのか?」
「有栖に危害を加えようとしたら、どんな大損しようと報いを受けさせる」
迷いなく言い切った綾小路に一瞬絶句してしまうが、綾小路なら何も不思議じゃないと冷静に心を静める。
そして自分が買っている男が出した具体例に流石に考えさせられた。
二年生の現状においてAクラスは安泰と言える位置にある。クラス単位で上を狙えるのはBクラスでも殆どないと言わざるえない--南雲個人に対抗できる人材にしても心当たりはあるが、これまでを鑑みると動くとは思えない。
一見すれば盤石な支配体制と言えるが、裏返せば逆らう者、立ち向かって来る者が居らず戦えない退屈な状態とも言える。
堀北学なら安心して日々を過ごすが、南雲ならどうか…………と言うよりもその南雲がずっと突っかかって来たから伝統を重んじる生徒会長として安心が出来なかった。
南雲は退屈により飢えている--だからこそ自分と戦いたい。
そして堀北学が卒業するまではあと僅か。
導き出される見解に自分の甘さを漸くと実感したか眉間に皺がよる。
「…………お前は坂柳を狙えば敵意を隠さんが、それを俺に当て嵌めるなら南雲が狙うのは」
「十中八九、橘先輩だろうな」
「既に試験期間は半分以上過ぎた--巻き返すのはほぼ不可能か」
「三年Aクラス以外が全て結託してるなら、しかも態と退学になる様に手を抜いてるなら個人で頑張ったって意味はないな」
「残された手段は2000万ポイントによる救済か」
「或いは別のグループを生贄にするかだな」
「南雲が計画している策をそのままやり返すと言う事か--だがどちらにしても2000万は消えることになる」
何よりも堀北学個人としても気が進まないようで、他の方法はないかと考えている様子だ。
尤も確実なのは退学者が出る結果を防ぐこと。
ただ、いくら考えようとも女子との接触が最低限である以上は直接対応することも助言することも難しい--既に話が付いていて、しかも実行している事を翻意させることなど、そんな僅かな要素で出来る訳がない。
かといって代理を頼もうにもそうした事が出居る者が浮かばない--何より南雲は既に前金などの報酬や安全の保障を渡しているだろう。
覆せるだけの物を今から用意することなど現実的に不可能だ。
堀北学の額に冷や汗がひとつ流れたのを冷ややかな目で見ていた綾小路は言った。
「明日の朝には嬰児が帰って来るが外で何してたのかの話は聞けるかな?」
「知る訳ないだろう。前例どころかこの後にだって起こる訳もない特例なんだぞ」
唐突な話題にも関わらずそれでも冷静に返して来たのを見定めながら綾小路は思案した。
(嬰児の特例ポイントを使い切りたいって思惑もあっただろうが絶対じゃない--寧ろ、南雲が他を巻き込まないことを優先した約束だった筈だ。だったら)
「確認だが、生徒会は特別試験での発言力があるんだよな?」
「そうだ。生徒目線での意見を取り入れる方式を採用している--ただ好き勝手に弄れるものじゃない」
「今回の試験は最初から南雲の狙いの為にあったと言ってもいい--介入するのは試験が終わった後じゃなきゃ不可能だ」
「結局は橘を2000万で救え、諦めろと?」
そのニュアンスには不満がありありと伝わって来る--ポイントを吐き出すことでも南雲に負けることでもない。
窮地に陥っている同級生を救うことがクラスを窮地に立たせる思惑を飲むしかないと言う、皆に苦い思いをさせなければならないリーダーとしての不甲斐なさを突きつけられたと感じているから。
「通常であれば打てる手はないだろうな。おそらく三年生はBだけじゃなくてCとⅮも南雲の策に乗ってる、正に多勢に無勢状態だ--仮にAに全一年が付いたって向うが有利なのは変わらない」
綾小路が現状を整理している様で言葉の端々に潜ませた裏を堀北学は正確に読み取った。
「その通りだな。ただ今年は色々と普通とは言えない年だった--耳を疑う様な特例が次々と出される生徒を始めな」
「オレが言うのもなんだが、嬰児だけって訳じゃないだろう」
「確かにそれはそうだが……この状況で〝アレ〟が何の役に立つ?」
「個人的な楽しみだろうとも使いようだ--何より試験ではもう詰みなら、外側から仕掛けを打つしかない」
「訳が分からないのは俺の理解力が足りない所為か?」
「いや、態と解り辛く言ってる--ただの雑談でそこまで懇切丁寧にやるのもオレ的には本意とは言えないからな」
綾小路にとって堀北学はクラスメイトの兄--ただの知り合いでしかない、相談こそ受けたが無条件で助けを出すような間柄ではない。
より冷静さを取り戻した堀北学は綾小路が何を求めているかを思案する--自分に頭を下げさせること、もっと実利のある報酬の提示、普通に考えればそうだが何かがしっくりとこない。
そもそも、ただの知り合いの事情にここまで関わりを持つことを良しとするようには見えない、にも拘らず考えの甘さを指摘し対応策があることまで匂わせて来た--そしてそれを自分で気付けと言って来ている。
(俺を試すようなことして何になる?何か、こいつの気に障る事でもしたか?)
心の中で深呼吸し綾小路との会話を思い返す--南雲の狙いを気付かせるのに坂柳を引き合いに出したのは自分を例えとして適切だが、その後に脈絡もなく牛井嬰児の話を混ぜて来たのは―――――
(そう言う事か)
堀北学の中で納得のいく解答が出たことにより、綾小路が求めているメリットが導き出せた。
「この俺に信念を曲げろとは、なんとも怖いもの知らずだな」
「危機に陥ってる学友よりも大事だと言うなら別にいいが」
「俺はそこまで欲深くないつもりだ--と、無駄な時間は好ましくないから話を進めたい。俺は何をすればいい?」
「まずはアンタの任意で出せるポイントの上限を教えてくれ」
***
ふぁ~、まだ眠いな。
薄暗い早朝、軽自動車の助手席で欠伸しながら外を見る--空いている町の景色は新鮮さを感じたが、山岳地帯に入ってからはどうにも張り合いがない。
しかも戻った直ぐに朝飯作りに授業だから、気分が上がる材料もない--願わくば、それ以上の面倒が起こって欲しくないんだがな。
そんなことを考えながら合宿先に到着、先生方への報告を済ませると学生生活の再開だ。
グランドに向かうともう料理してる橋本たちが居た。
「よ、お帰り。もうすぐ出来るから嬰児は座って待っててくれ」
「ああ、すまないな」
皿の準備ももう終わらせてる--段取りはいいことは感心すべきだが、なんだろうなぁ、この妙な胸騒ぎは……。
「おお、嬰児。帰ったか」
綾小路が声を掛けて来た--別段いつも通りなんだが、胸騒ぎが増した気がした。
「こっちは生憎の天気で何事もなく過ぎてったんだが、嬰児の方はどんな感じだったんだ?」
この問いにグループだけじゃない近くに居たのも、それとなく注目して来た--ドゥデキャプル曰く話していい線引きは俺の裁量でいいとのことだが、さてどうしたものか。
「勿論、無理に答えてくれないならいいぞ」
「そう言う訳じゃない--やってたのはショッピングモールで『暁の五星』ってアイドルのミニライブの撮影だよ」
「なんだ、聞いたことないグループだな」
いい感じに橋本も話に入って来た--これなら土曜日の方は話さなくてもいいよな。
「最近結成されて現在売り出し中なんだと」
「へぇ、ちなみにどんな娘たちがいたんだ?」
「撮影って言ってたけど、持って帰って来たりしてんのか?」
余程、退屈だったのか女に飢えてたのか、どんどんと話に入って来た--そのまま朝飯も盛り上がって、この時間は流れた。
出来ればこのまま平和に残りも過ぎていって欲しいな。
そして午前の授業に入った--課題内容は最終日の駅伝コースの確認で往復18キロを午後までに戻ってくること。
折り返しまでの上り坂を俺が先導して走る--後ろにも気を配ってペースを調整し脱落や怪我をさせないようするのは流石に手間だな。
「帰って来て早々に災難だな」
「この程度、苦でもないさ」
「ひゃ~、やっぱ大したもんだよ」
称賛には素直に応じたいところだが、問答する体力も勿体ない--グループの面々はそんな感じだ。
そんな中で龍園が俺に並んで来た--しっかりんと汗ばんでるが表情は涼しいものだ。
「何か用か?」
「おいおい、そりゃねぇだろ--外に行ったなら何してたのか教えてくれるんじゃねぇのか?」
そう言えば、そんなことも言ったな。
「と言ってもな。特段話すことなんてねぇしな--モールでバイトしてただけだし」
「その裏で何かやってたんじゃねぇのか?」
「今回はそんなことはなかったぞ」
とでも言わせたいのかな--有り余る好奇心を隠さないシタリ顔からはそんなことを感じさせる。
「裏方の仕事なのは間違いないが、アイドルたちと話した訳じゃないからな」
「けっ。じゃ、聴き直すぜ--合宿中か終わった先にこの学校に何がある?それなら聞く権利はあるんじゃねぇか」
「確定じゃないが大きな人事が起こるんじゃないか」
「坂柳の親父の件か--オメェの飼い主の息のかかったのが乗り込んでくるって事か?」
もう度々来てるけどな--形式上にしても既に。
「正確にはそれに便乗しようとして来る輩だな--迷惑な限りだ」
「ほう。事と次第によっちゃ、潰すのに手を貸してやるぜ」
「お前の部下になれってなら不可能だぞ。例えこの学校限定でもな」
「ハッ。んなこたぁとっくに分かってんだよ--まず第一には俺の邪魔されんのが我慢ならねぇ。が、Aクラスに上がるに関しちゃ、今は目的としちゃ見直してる最中でな--その判断材料になる情報があったら寄こせ」
「大したことは回せないかも知れんぞ」
「お前ほどの男が情報の価値、それもこっちが求めてるかどうかを分かってねぇってか--もしも、そうだったらその程度の男だと思うことにするさ」
俺のプライドでもくすぐってるつもりか?
もう少し話しても良かったが言いたいことを言った龍園は離れて行く--まだ様子見を続ける構えってことか。
そうこうしてる内に折り返し地点に着くと茶柱先生が待っていた。
「中々のペースだ--この分ならお前たちは余裕そうだな」
ボードを取り出し点呼とのことで皆が名乗る--そしてここから先は各々のペースで走っていくことになってるので半ば必然的に競争の形になった。
全力で行ってとっとと終わらせるのも良かったが、少し気掛かりもあって割とゆっくり目のペースで下っていくと他のグループとすれ違っていく。
その最後に綾小路たちのグループがあった--なんともゆっくりと歩いてるが、既につらそうなのが一人、ついでに足りないメンバーも一人。
「高円寺はどうした?」
「ああ、イノシシ見掛けたらそっちに行っちまって……」
立ち止まって聴くとバツの悪そうな顔して幸村が答えた。
「すまんな。追いかけて戻る様には言ったんだが」
聞き入れないかったか--まぁ、それはいい。それよりも問題は、
「幸村」
少し責めるようなニュアンス込めて前に立つと顔色はますます悪くなっていく--さながら責任を問い質せられる形に綾小路以外は皆、先に行ってしまう。
「嬰児。高円寺は誰にも制御出来ない--啓成を余り責めるのは――――」
「何を言っとる--座れ、足がかなりきてるだろ」
庇おうとする綾小路の勘違いを解く--と言ってもそうさせたのは俺だから、驚くより責める目で見られた。
ちょっと強引だが幸村を地面に座らせて靴を脱がせ、足首を診る。
この様子からして休まず、不適切なペースでここまで来たな--そんな責任感、返って逆効果だろうに。
「痛たたた――――」
「テーピングすんのがいいだろうが、持ち合わせてない--少し荒っぽくなるが我慢しろよ」
ちょいと力を込めたマッサージをしながら『水瓶』で血行を整えていく--あんまりやり過ぎると不自然だから匙加減には注意しないとな。
「よし、これで帰るまでは持つだろ」
「流石だな」
綾小路が褒めるが、つぶさに観察してるのが丸わかりだったから喜ぶ気になれないな--そんな俺たちに対して幸村は俯いて愚痴る。
「ったく、なんで俺はこんなことも――――」
「そう言うのは戻ってからにしろ。このままじゃ、昼休みが無くなるぞ」
流石に付き合ってられないから、もう行こうとしたが、
「嬰児。戻ったらちょっと話せないか?有栖ことで聞いて欲しいことがある」
「……坂柳の?」
「詳しくは戻ってからだ。啓成、行こう」
「あ、ああ……」
妙なのを最後にやってくれる--幸村もさっきまでの自己嫌悪がすっかり吹き飛んだ様子だ。
やれやれ、なんでこうなるのか?
***
五日目の授業も終わった夕食--合宿中唯一の男女の交流がある時間、綾小路と直ぐ隣にはニコニコとした坂柳が座り談笑している。
ここに普段ならそれぞれのグループが周りに居るのだが、今日は少し離れた所に居り二人の様子を見ている。
「大事な話があるから二人にしてくれなんて、きよぽんもよっぽど溜まってだね」
「は、波瑠香ちゃん……その言い方はちょっと…………」
「愛里の言う通り少しは節度を持て」
「むぅ。なによ~、みやっちまで」
「なんとも楽しそうだな」
そこに嬰児が割烹着姿で現れ、皆の思考が一瞬止まる。
「嬰児は大変そうだな--全然休めないなんて」
「そうだよ。ゆきむーの言う通りだよ」
「気遣いは有り難いが、余り揉め事は起こして欲しくないぞ」
言外に余計なことをするなと発しており、不満さが湧き出て来る--嬰児も流石に好ましくないからか、ひと息ついて話題を振る。
「それに悪い事ばかりじゃない。昨日なんてアイドルの生ライブを拝めたしな」
「え!?マジでか!」
これには近くに居た他の学生たちも喰い付いて一斉に注目を浴びた。
「ああ。『暁の五星』ってデビューしたてのグループで中々に良かった」
この学校では丸で縁のない話題だけに大半が羨ましそうにしていたが、その中で佐倉はひと際大きく目を見開いて驚いていた。
「マネージャーさんとも話したが、参加出来なかった娘もいたが最高のプロデュースをしたいって言ってたな」
驚いていた佐倉はやや複雑そうな顔をしてしまう--ただそれに気付いたのは僅かであり、多数は話の続きを求めて来る。
「実際にステージのパフォーマンスもよくよく見ると不自然さもあってな--体調不良じゃ仕方ないとは言え、やっぱりメンバー勢ぞろいで見たかったな」
「えっ、体調不良、大丈夫なの?」
佐倉が心配そうに尋ねて来た。
「ちょっと大事を取ったってだけだって。次のイベントには問題ないってさ」
「そっか、良かった」
「なに、ひょっとして愛里の知り合いの娘でも居るの?」
心底安心した様子に長谷部が訊くと、周りからも好奇の視線が集まった--これにどうしようかとオロオロしそうになるが、
「おいおい、話を振っておいてなんだが、その手のは部屋に戻ってからにしてくれ」
嬰児が早く食べてくれと言外に示し、強引に流れを切りに来た。
「あら、なにやら楽しそうなお話なのに、もうお終いですか?」
そこに坂柳と綾小路も来た。
「そっちこそ、話は終わったのか?」
「ええ。ですのでもう少し、お外での事を聴きたいですね。土日はずっとその方々のお手伝いを?」
この質問に周り、特に佐倉も期待感を持って注目して来た--嬰児は少し困ったような仕草をしながら仕方なしと言った感じで口を開く。
「いいや、クラシックコンサートの方にも顔を出したな」
「へぇ、そうなんですか--それなら今度外に行く時は『麗華歌劇団』に行ったりする予定ですか?」
「歌劇団って、舞台が好きなのか?」
「嗜む程度には--特に今の星組のトップスター様は好きですね」
坂柳のうっとりした顔に男女関係なく見惚れるが、横に居る綾小路は少々面白くない顔だ。
無論、綾小路とて某劇団が女性だけで構成されるもだと知識としては知っている--ただこればかりは理屈じゃない、と心の中で言い訳して感情を押し殺すことをしないまでには思春期の高校生らしくなった。
(と、こんな心情でしょうか)
そんな風に綾小路の気持ちを想像しながら、益々嬉しそうに笑みを深めて坂柳有栖は提案する。
「清隆くんも卒業したら、お祝いに観に行きませんか?」
「すまないが、その手の話題には素人で―――」
「戻ったら色々と教えますから」
やたら積極的な姿に押され気味になる夫婦のやり取り--これだけでも結構なものだが、それ以上にのめり込みたいと参加したい多くの女子
「ねぇ、だったらこの後で話さない?私も興味あるんだぁ」
「わたしも」
「って言うか、男役も良いけど娘役のお姫様なんかも良いよねぇ」
「あたしはちなみに宙組の―――――」
どんどんと盛り上がっていく気配に綾小路だけでない他の男子たちも気後れしていくが、
「はいはい。女子会は部屋に戻ってから、心行くまでゆっくりとしてくれ」
嬰児が手を叩いて再度〝早く食べて、片付けろ〟と促し、男子達は即即と、女子達は不承不承といった感じで、この場は解散となった。