どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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のっぴきならない状況に持って行けば。

 

 

 

 さて、最終日の朝になった。

 

 とは言っても俺の朝の日課は変わらない--これまで通り山道を見回るが、今日はより念入りに警戒して行かなきゃな。

 

 ここまで来て予期せぬトラブルなんてあっちゃ堪らない。

 

 用いる異能『未』や『酉』も併用して徹底的に調べたが異常はない--個人的には『辰』や『乙女』も使ってより上空からより広範囲に探索も出来たら良かったが、それを目撃されでもしたら……いやされなくてもペナルティになるかな?

 

 何よりそれで疲れ果てて試験に支障をきたしなら本末転倒だしな。

 

 なんて尤もらしい理由を並べてみたが、それでも心に来るワクワク……じゃない、ザワザワが収まらない。

 

 さて今日はどんな結末を迎えるのか--今から楽しみでしょうがない。

 

 こんな気持ちを抱えながら朝飯の場に着いたから周囲からは‶気合が十分だな〟とか妙な誤解を受けてしまった--面倒なのもあるが釣られてモチベーションアップしてるのに水を差すのもなんなんで、

 

「最善を尽くそう」

 

 とだけ答えて今試験会場である教室で開始を待っている。

 

 俺たち一年はまずは『座禅』から。それから『筆記試験』『駅伝』『スピーチ』の順で、二年は駅伝、三年はスピーチから。

 『酉』や『卯』の異能を使って様子見も考えたが、バレて誤解を受けたら流石に言い訳が立たんから止めておく。

 

「豪く集中してる面だな--この程度の事、テメェなら楽勝だろうに」

 

 龍園がここに来ても探る様に訊いて来た--ようするに俺が何に対して気を張ってるか?……ってことだな。

 

「手を抜いていい理由は無いだろ」

 

「だが全力を出すのも困難、だろ?」

 

 無難に答えて流そうとしても、それを許さないってか--こんな時に、いやこんな時だからこそか。

 

 集まっている全一年男子からは俺がどうするのか注目が集まってる--余り羽目を外すようなことしたら試験中だろうと、また退場するのかと好奇の目もあれば、単純にどの程度の力を出すまでがOKされているのかと言った警戒を持ってくるのも居る。

 

 ぶっちゃけ駅伝以外は全力も何も無いと思うが、それでも独走状態になるのは面白くないのもその通り、僅かでも勝率を上げる要因が欲しいのも当たり前か。

 

 まったくこんな時には堂々と手を抜くぞと表明してる高円寺が羨ましくも思えて来るな。

 

 俺としてもセオリーの範囲内で気遣いなんてする義理は無いが、命令もとい建前上は学校に迷惑を掛けないようする義務はある。

 

「学生の本分に則って、ただ真面目にやるだけだよ」

 

 だから当たり障りのないこと言って誤魔化すしないかな--そう答えるしかないってニュアンスも込めて、やや棒読みで言ったが龍園は何ひとつ満足してない。

 

 ただこれ以上の追及は無理だよな--時間も然ることならがら『地の善導』も使い、担当の先生がやって来た。

 

「ちっ」

 

 如何にもワザとらしく舌打ちしながら龍園も引き下がった--なんとなく来るのが分かってたのかって顔に書いてあるように見えたが、これは俺がそう見たいだけなのかな?

 

「これより試験説明を始める。座禅の試験での採点基準は道場に入ってからの動作、作法と座禅中の乱れの有無だ--終了後や各自教室で待機。では名前を呼ばれた生徒から整列し順次、試験開始とする--Aクラス、葛城康平。Ⅾクラス、石崎大地――――」

 

 これまでとは違う順番--いきなり揺さぶりを掛けて来たか、戸惑いとざわめきが広がる。

 昨日までは小グループで固まり両隣は気の合う奴らだったが、本番は学校側のランダムな組み合わせ--精神集中するのにこの手の些細な違いは割と大きい。特に一週間なんて付け焼刃の鍛錬しかしてないんじゃ、さぞかしびっくりだろうな。

 

 そして俺の名前は一番最後に呼ばれた--しかもひとつ前より若干呼ばれるのも長かったから、道場に残ってるのは予想よりも少なく、おまけに隅の方には嫌な顔があった。

 

 ドゥデキャプルのいつもの紳士的お辞儀を見せられ、俺の精神も相当やられた--全く手が込んでるとでも言えばいいのか。

 

 ただそれでもマイナスな仕草は表に出す訳にはいかない--俺は心の中で深呼吸して平常心を整え、いつも通りに座禅を組んだ。

 

 

 

 続く筆記試験、これに関しては特質することも無い--出された問題は林間学校でやってたこと、そのままの内容で満点を取るのも多く出るだろう。

 案の定、試験が終わった後のグループが集まっての自己採点は予想通りで、苦戦した奴もいたがそれでも問題になる様な点数ではない。

 

 さて次は試験の山場と言える駅伝だ。

 

 単純に考えれば一位を取れば満点だが、そこまで安易なのかは微妙だ。一人一人のタイムも加点対象なのも妥当と言える--その辺りの説明もされるのか?そう思いながら外に出ると生徒たちを送るバンが何台もあった。

 

 ただ乗った際にされたのは基本説明だけで――

 生徒一人につき最低1.2キロ以上は走ること。

 バトンの交代は1.2キロ毎でしか認めれられない。

 アクシデントで完走出来ない又は最低距離を走れなかった場合は失格。

 

 ――の三つを念入りにされただけだった。

 

 問題はここからグループ内での受け持ちだ--正直、他が最低距離で残りを俺が受け持っても良かったが、橋本と三宅と石崎がもう1.2キロ走り、俺はラストの3.6キロって配分に収まった。

 

 最低限、俺だけじゃなって体裁って配慮かな--ここは素直に有難いと思っておこう。

 

 そうしてやって来たゴール前の3.6キロ地点--何故かまた俺が最初に到着して他のグループたちを待つことになった。

 少し待つと平田に外村、そこから少し遅れて綾小路とⅮクラスのメンバーがやたら揃ってきた…………こればっかりは偶然だよな?

 

「嬰児もここか--ひょっとしてアンカーか?」

 

「まぁな。そっちは違うみたいだな」

 

「ああ。オレの後に高円寺が控えてる」

 

「なるほど」

 

 雑談のタイミングで残りの二人も合流して来た--とは言っても見ず知らずに近いからどのクラスの誰なんだか?

 

「Bクラスの渡辺くんとAクラスの竹本くん--二人とも自クラス寄りのグループだよ」

 

 平田が教えてくれたが当の二人は話す気は無いみたいだから少々無駄だったかな。ともあれこれで全メンバーが揃った--後はどいつから先に行くかだな。面子がⅮに寄ってるからそこまで緊迫したものでは無いが、今か今かと待ち時間がやたら長い。

 

「あー、嬰児くんはここから一位を取るつもりなのかな?」

 

 外村が今までとは違う普通の口調で訊いて来た--俺も含め綾小路や平田もちょっと驚いた。

 

「あ~、キャラ付けするのはもう終わりにしたんだ--座禅の時に注意されてさ、いい機会だし直そうかなって」

 

 いつかは直さなきゃいけないとは思ってた訳か--これはこれで合宿にも意味があったのかなね。

 

「そうか。さっきのだが、手を抜く気は無い--ただ何処まで力を出すかは後の連中次第だな」

 

 普通に考えれば高円寺や須藤は強敵だ、Bに関しては恐らく柴田が控えてる--もっともそれよりも警戒しなきゃは直ぐそこに居るけど。

 

「だったらオレたちも全力で行かなきゃ失礼か」

 

「アハハ……なんだか余計なこと言っちゃったかな」

 

 綾小路の気合十分な返答に外村はよそよそしく引き下がって行った--他の面子も再度気合を入れ直した顔して雑談を止めて前の奴らが来るのを待つ。

 

 それから数十分が過ぎて先頭を走る生徒が見えて来た--Bクラスを主にしたグループだ。すぐ後に続々とやって来て三位四位は混戦の模様--奇しくも混合グループで石崎と鬼頭だ。

 

 そして軍配は石崎に上がった--叫びながら俺にバトンを差し出す。

 

「牛井、一位取れよ!!」

 

「分かった」

 

 受け取りながら短く答えて走り出す--直後には鬼頭から無言でバトンを貰った綾小路……ああ、なんだか目がぎらついてるような気がした。

 

 適当なペースでも良かったんだが、方々にここまでされては仕方ないよな--あきまで常識的な範囲を意識して少しずつギアを上げていくと程なくして前の二人は抜いたが、綾小路はしっかりと喰らいついている。

 

 表情にも余裕がある。

 

 これはなんとなくだが出来れば最後まで戦りたいと顔に書いてある、様に見えるな。

 

 ただ決まり事は守らなきゃな、俺はペースを維持してラスト1.2キロ地点を抜けて行き、綾小路は無表情で高円寺にバトンを渡す--その目も冷めてたが奥には何を思ってたのか?

 

 それを察してるのか、してないのか高円寺からは軽口が聴こえた。

 

「さて。ひと汗流してこようじゃないか」

 

 余裕を醸し出しながら俺の後を追って来た--なるほど、結構速いペースなのに大したものだ。

 

 ペースを落として少し話でもしようか、それとも上げて付いて来るのかどうか試してみようか--さて、どうしたものか?

 

「嬰児ボーイ。私は君と張り合う気は無いよ--気にしないで好きなようにすることをお勧めするよ」

 

「おやおや、気取られないように直接視線は向けてなかったんだがな」

 

「凡人たちと一緒にされるのは些か不愉快だね」

 

 そこからは口を噤んで無言の構え、あくまで戦う気は無いか--それとも戦うとしたら勝てると見据えた時、それは今じゃないってことか?

 

 そんな思いを込めて、今度は直接振り返ってみるが表情も走りも全く変わらない--これ以上は時間の無駄か。

 

 結局俺はペースを維持したままゴールして一位、高円寺は直ぐ後で二位を獲得した。

 

 結果的にはグループに貢献したが褒められることはないだろうな--尤もそれは俺も同じ、何より試験はまだ終わってない。

 

 駅伝が山場だと思ってた分、疲れてる状態で声を上げるのはそれなりにキツイ--とか思ってたんだが、あっさりと無難に終えた。いや杞憂で済んでよかった、よかった。

 

 なんであれこれ試験も終了--全学年の大半が疲れたって感じになってるが、結果発表までは気を抜くなよ。

 

 何よりもこの合宿の本当の山場はそこから先だぞ。

 

 

 ***

 

 

 すっかりと暗くなった夕方の五時前。結果発表の為、全校生徒が体育館に集められた--林間学校を取り仕切っていたと思われる初老の男性が前に出て報告を始める。

 

「八日間の林間学校、お疲れさまでした。数年に一度開催される特別試験、内容は違えども前回よりも全体的に高い評価の年になりました。ひとえに皆さんのチームワークが良かったからでしょう」

 

 前置き(あいさつ)を終えて、間を置く--いよいよ結果発表だと生徒に緊張が走る。

 

「男子生徒の全グループはボーダーを超え退学者は無しとなりました」

 

 これに男子からは安堵が広がった--ただ一部では険しい顔のままの者も居る。

 

「総合一位のグループですが三年生の責任者の名前だけ読み上げます。三年Cクラス、二宮倉之助の所属するグループです--同大グループの生徒たちには後日報酬としてポイントが配布されます」

 

 これには三年の一部で歓声が上がった。

 

「やったな。堀北」

 

「ああ」

 

 どうやら南雲の持ちかけた勝負は堀北学が制したようだ--そこから先も二位以下の順位が発表されていくが最早蛇足でしかない。

 

「やったな幸村。俺たち二位だってよ」

 

「ああ、本当に良かった」

 

 高順位を称え合う者、単純に退学にならずに安堵する者--どちらにせよ全体的に穏やかな空気ではあったが、この合宿で最も振り回された堀北学はそのどちらでもなく険しい目を維持しており周囲は不可解に思う。

 

「どうした?」

 

 堀北学はそれに答えず向かって来る南雲をジッと見ている--その南雲は笑みを浮かべており、賭けの敗者には見えない。

 

「おめでとうございます。流石です堀北先輩」

 

 南雲は賞賛を送るが堀北学は無言のままであり、側にいたクラスメイトの藤巻が揚々と言う。

 

「お前の負けだな。南雲」

 

「ええ、でも結果発表はまだ終わってませんよ」

 

「何を訳の分からないことを?」

 

 藤巻の言うことは周りに居る殆どが同じだった--ただ堀北学はその限りではなさそうで重い口調で言う。

 

「藤巻、少し静かにしててくれ」

 

「どういうことだ?」

 

 置いてきぼりにされてしまう面々に構わず、続いて女子の結果発表が行われる。

 

「女子の総合一位は三年Cクラス、綾瀬夏さんの所属するグループです」

 

 男子の時と同様に女子からは歓声が上がる--同大グループに所属していた堀北や櫛田も結果には満足したようで静かに笑みを浮かべている。

 

 ただそれも一瞬だけであり、直ぐにまた真剣な表情となり続きを待つ。

 

 それに呼応するように発表する声にも重苦しさが乗ってきた。

 

「えー、非常に残念ではありますがボーダーを下回る小グループがひとつ存在します」

 

 それはつまり最低一人、道連れを含めて二人の退学が決定してしまったと言う事--この状況を唯一愉快そうにしている南雲に堀北学がひと際険しい目を向けている。

 

「まずは最下位のグループですが、三年Bクラスの猪狩桃子さんの所属するグループです」

 

 女子からは悲鳴が上がる……かに思えたが、悲痛な表情をする者こそ居れども声を上げる者は居らず不気味なほどに静まり返っていた。

 

 この訳の分からない展開に男子たちから置いてきぼり感が増す--かと言って何を言うべき状況でもなく無言で発表の続きを待つ。

 

「そしてボーダーを割ってしまった小グループは―――――」

 

 コンマ一秒が途方もなく長く感じる間に座禅以上に静かになる体育館--読み上げられる瞬間は正に一瞬が永遠とも思える緊張感が走った。

 

「同じく三年生--責任者、猪狩桃子さんの所属するグループです」

 

 発表された瞬間に嬉しそうにする南雲と無念を滲ませて目を閉じる堀北学--そして全く自体が把握できない男子(・・)たちから声が上がる。

 

「ど、どういうことだ……なんなんだ一体?」

 

「Bクラスから退学者が出たってことですよ--まだ終わってないし静かにした方が」

 

 南雲がせせら笑いながらの説明--それはこの事態の首謀者であるとアピールしていた。

 

 当然、藤巻を始めAクラスの男子たちは詰め寄ろうとしたが、

 

「その通りです、騒ぐのは終わってからで」

 

 壇上からの制止の声に一旦、押し留まった。

 

「誠に残念ですが、責任者猪狩さんは退学が決定致しました--連帯責任を命じられますので後ほど私の所に」

 

 最後に女子たちの順位が発表されていくが完全な些事であった。

 

「以上で今特別試験の結果発表を終わります。それでは解散して下さい」

 

 そう宣言されたと同時に藤巻が南雲に詰め寄ろうとした--それとほぼ同時に大きく声を上げた女子があった。

 

「待ってください。猪狩先輩、もしかして橘先輩を道連れにするおつもりですか?」

 

 その女子生徒、坂柳有栖に注目が集まる--これには余裕で居た南雲も驚いていた。

 

 堂々と近づき真剣な顔で目を合わせて来るのに猪狩は冷や汗をかきながら肯く。

 

「そ、そうよ……私たちのグループの平穏を壊したのは彼女よ」

 

 しかしその弱々しいニュアンスは全く説得力を持つものでは無かった--そして無意識なのか南雲に助けを求めるような視線を向けている。

 

「だとしたら私は異議を申し上げます--橘先輩はその主張に当て嵌まりません。寧ろそれは他の三年方のグループメンバー全員です」

 

「な、なによ!あんた、他のグループ……それも一年でしょ…………なんで私たちのことにとやかく言う訳?」

 

「猪狩先輩たちのグループは橘先輩を殊更に追い詰めるよう……ハッキリ言ってイジメとしか思われないことしてました--この事は私以外の大勢が見てますよ」

 

 イジメと言うどんな学校でも見過ごすことの出来ない問題を立ち上げられ、成り行きを見ていた教師陣も流石に顔色が変わった。

 

 そして坂柳の主張通りに他の女子生徒が同調していく。

 

「坂柳さんの言う通りです--私もどんな些細な事であろうと常に橘先輩を悪者にしようとそうした主張を何度も耳にしました」

 

「……鈴音」

 

 堀北鈴音が前に出て前生徒会長(ほりきたまなぶ)が漏らした言葉により、見えない説得力が加わった。

 

 これにより一年だけでなく、三年の女子たちも主張し始めた。

 

「それに関しては私も証言します--結果が出なかったのは橘さんが夜中に騒いだかだとか、そんなことを何度か愚痴ってました。それもかなりあからさまに」

 

「な、あんた!?」

 

 同学年、それもAクラスでない者が橘を庇うようにするのが信じられないのか絶句する猪狩--それは南雲も同様であり若干であるが目が驚いていた。

 

 ただそれも一瞬であり、持ち直して落ち着いた様子で話に入って行く。

 

「……先輩、Cクラスですよね--AとBの問題に割って入って来るなんて、ポイントでも渡されたんですか?」

 

「この時期にAもBも無いでしょ--ただその質問に関してはイエスよ。アンタたちの勝負に女子を巻き込んで無いか、様子を見ていて欲しいって頼まれてもいたわ。そうでしょ、みんな」

 

 これに一年と三年の半数以上、ほぼ間違いなくA・C・Ⅾの女子たちが頷いた--普通なら数の暴力に慄きそうだが、南雲は返って余裕を取り戻した顔になり言った。

 

「そうですか。ならその証言は信用できませんね--現物と引き換えに橘先輩に有利になるよう頼まれたって見なされますよ」

 

 至極真っ当な意見に猪狩もひと安心といった様子だが、それを見せた瞬間に再び坂柳が前に出た。

 

「南雲先輩こそ、随分と猪狩先輩に肩入れしてるように見えますね」

 

「橘先輩にこれだけ有利な状況になってるんだ--それに同調して貶めるのはフェアじゃないだろ」

 

「なるほど、正論ですね」

 

 坂柳の肯定的発言にこの件はこれで流れる……かに見えた。

 

「ただそれなら私たちの証言と猪狩先輩たちの意見をしっかりと検証することが必要だと思いますが」

 

 食い下がり正論を返して来ており引き下がる気は無いとアピールする--最早、有耶無耶にするのは不可能だと悟った南雲はひとつ溜息を付き改めて気を引き締めた。

 

「どうやって検証する--ここには監視カメラがある訳でもないし、試験結果が振るわなかったのも覆しようもなく、責任者が道連れにする権利を行使するのもルールにしっかりと定められてるんだぞ。猪狩先輩の行為にはなんら咎められるものはない」

 

「そうでしょうか。道連れに出来るのはボーダーを下回った『要因』だと認められた生徒であると最初に説明されましたし、それもしっかりと明記されてます--私たちの証言と猪狩先輩たちのグループの成績を照らし合わせれば、橘先輩に落ち度があるのは怪しくなります」

 

「状況証拠でしかない--お前たちの見えない所でプレッシャーをかけていたことも考えられるだろ」

 

「つまり南雲先輩はその瞬間を見ていたと?」

 

 今度は坂柳が攻勢に出て南雲に主張の証明を求める、それも挑発的に--ここまで来ると完全に橘と猪狩の代理戦の様相となり、南雲は完全に猪狩側に肩入れしていると先の坂柳の主張の通りだと見なされてもおかしくない状況に持って行かれてしまった。

 

 そして何故、南雲が三年である猪狩を庇い助けるようなことをするのか?

 

 坂柳同様に密約を交わしているのか--返答次第ではそう持って行かれ、南雲自身も火の粉を被ると読んだ。

 

(まぁ、それならそれで悪くない気もするけどな)

 

 本当の当事者は坂柳ではなく橘だ--本格的やり合うなら同じクラスのリーダーである堀北学が出て来るのは間違いない。

 今までどんなに望んでも実現できなかった、それも白黒はっきりつける勝負が出来るなら、この挑発に乗るも決して悪くはない。

 ただそれは対象が堀北学だけならばだ--よくて顔見知り程度でしかない坂柳を引っ張り出せたのは裏にもう一人いることは想像に難くない。

 

 そう思い今の状況を仕組んだと思われる男、綾小路清隆に一瞬視線を送るとすっとぼけた顔しながら目を逸らし、ほぼ確定だった。

 

 いくら何でも二対一で戦うのは勝ち目が薄くなり、どうしたものかと躊躇してしまう。

 

 そんな一瞬の間が置かれた時に更に別の女子が入って来た。

 

「南雲先輩。もしこれが正式な審議に持って行かれたなら生徒会長として公正な判断が求められます」

 

 同じ生徒会メンバーである一之瀬帆波が出て坂柳の隣に立つ。

 

「何より先輩は女子の事には干渉しないと約束したと聞きます--ならば猪狩先輩を庇う理由もありませんよね?」

 

「その通りだ。勝負に女子は巻き込まない--これは男子全員が証人だ」

 

 一之瀬は南雲だけでなく男子全体を見渡しながらの問いに藤巻が真っ先に同意した。

 

 その主張は端的な事実であるだけに言葉通り男子全員が肯定を示し、必然的に二年を除く男子も橘の側に引き込んだ。

 

(やってくれるな)

 

 南雲は形勢が圧倒的に不利になった事に内心で舌打ちする。

 

 もとより、これまで積み上げて来た自身の信用を捨てて仕掛けた策だ--暗に(・・)肯定し開き直るのも想定はしていた。

 

 ただそれは教師が居なくなってからであり、引き留められ更に生徒会長としての立場まで持ち出されては迂闊な言質を取られるのは予想を遥かに超えた大損害であり流石に割に合わない。

 

 そんな打算が展開されてるのを見越して一之瀬は更に畳み掛けて来た。

 

「もし私たちの証言も無視して、猪狩先輩を秘かに助ける根回しをしてるなら、生徒会長としての資質も問う事態です--事と次第によっては生徒会長の辞任かそれ以上を求めることにもなりますよ」

 

「おいおい、脅迫するとはらしくないな」

 

「生徒会の一員として公正さを蔑ろにする人の下に付くことは出来ませんから」

 

 一之瀬らしい正論は毅然として美しさすら醸し出す--そして釣られるように二年の男子からも動揺が生まれ始めた。

 

 南雲雅が生徒会長を下ろされる--それだけに留まらなくなるならば、残り一年でまだ何か(・・)が出来るんじゃないか。

 

 一部ではそんな期待感を抱く者、単純に南雲の支配体制が気に食わない者と盤石だと思われた二年生からの離反もありえなく無くなって来た。

 

 形勢は圧倒的から完全な不利になって行き、その空気に猪狩も冷や汗が出て動揺を隠しきれない目で南雲を見る。

 

 話が違う?と無言で訴えていると見える者には見え、いよいよ持ってのっぴきならない状況になってしまった。

 

 もしも南雲がここで裏切っ(とぼけ)ても既に渡しているプライベートポイントで退学は免れるだろうが、橘を道連れにしてAクラスに打撃を与えると言うのは不可能に近い--それでも強引にしようものなら、ポイント譲渡の記録も徹底的に調べられて意図的に試験で手を抜き他クラスの生徒を退学させようとしたとして、結局退学を掛けての審議に突入しかねない。

 

 そうなったら猪狩は全て南雲の指示だったと全てを暴露するだろう。

 

 いくら生徒会長でも否、生徒会長だからこそ学校全体を敵に回すような真似は出来ない--そんな事になれば一之瀬が言っていたように生徒会長を降ろされるどころでは済まない。

 

 堀北学に敗北を与えるつもりが自身の進退に関わる事態に発展してしまい、更に全く勝ち目がなくては取れる選択肢はひとつしかなかった。

 

「一之瀬の言う通りだな--猪狩先輩の言うことも他の女子の言うことも立証できない以上、生徒会長としてはこれ以上出しゃばるのはフェアじゃない」

 

 尤もらしく語る南雲に猪狩は見捨てるのかと視線を訴えて来る--無論、分かり切っている反応に対して冷静に対応する。

 

「猪狩先輩も退学の憂き目にあってイラついてしまうのも無理ない事です--話を聞いて頭も冷えたでしょうから、今なら冷静な判断も出来ますよね?」

 

 周りの圧力と依頼者(なぐも)が引く姿勢を見せたことで猪狩も安堵した顔となり口を開く。

 

「ええ、不甲斐ない結果を出してしまったのはグループの責任者である私の落ち度--誰かを道連れにするなんて筋違いでした。よって道連れの件は無しで、石倉君もそれでいいよね?」

 

「あ、ああ」

 

 名指しされた三年Bクラス男子、石倉は弱々しく肯いた--そして余裕を崩さない猪狩の態度は退学が決まったものでは無く、2000万ポイントによる救済がある事を確信していると多くが悟った。

 

「あー、話は終わりましたね。では今度こそ解散と言う事で--改めて猪狩さんは後ほど私の所に」

 

 設けられた自由時間、橘は緊張が切れたのか涙を流して膝をついた--そして堀北学がそっと肩に手を置いた。

 

「ありがとう……堀北くん」

 

「まったく……心配をかけるな。何故、相談しなかった?」

 

「それは……負担になることが分かってたから…………それに気付いた時にはもうどうにもならないって……」

 

「バカ者--と言いきれないのが不甲斐ないな。確かに俺一人ではクラスの身を削るしか方法がなかっただろうしな」

 

 堀北学はクラスメイトたちを見ながら申し訳なさそうに言うが不満を抱く者は誰も居らず、寧ろそうなったら別に構わないと言う様だった--堀北学のリーダーとしての高いカリスマと統率、何よりも信頼があることを優に物語っており、この場に居た誰もが感心する。

 

 それは南雲も例外ではなく、だからこそか悔し顔で言う。

 

「本当に見事です、先輩--そんな貴方だからこそ俺は何を捨てても勝ちたかったし、それ故のこの試験でした」

 

「賞賛と受け取るが、それでも認めがたいな--こんなやり方は」

 

 堀北は敵意丸出しに返すが、やり方そのものは巧妙であると認めざるえなかった。

 

 実際に橘の小グループのAは彼女一人で、残りの主要メンバーは南雲の息のかかったBとⅮで構成されいた。

 この時点で本来なら詰みと言える--グループ総出で橘を追い詰め、試験期間中に足を引っ張り続けたと主張すれば橘個人の成績が平凡でも道連れを認めさせられる。

 異議があり審議に持ち込んでもグループ全員が見えない所で妨害されたと口裏を合わせればどうしようもない。

 

 南雲の思惑通りに事が済めば、三年のAとBはクラスポイントを300失うが、Aに関しては2000万のプライベートポイントを失い大打撃となるのは必至だった--三年の三学期がまだ終わっていないこの時期にそんなことになれば最悪Aクラスの卒業すら危ぶまれる。

 

「それ位の強敵なんですよ、先輩は。ただ俺の誤算は敵が先輩一人じゃなかったことを想定できなかったことですね--まさか孤高を貫いてきた人が他人に頼るなんて思いませんでしたよ」

 

 南雲は目線を綾小路、そして嬰児へと移すが二人は何も言わない--その様子に『ふぅ』と小さく息を吐いて思い返す。

 

 合宿終盤に坂柳が橘を囲っていたことに違和感があり、策に気付いた可能性は頭にあったが既に手遅れであり最終的な結果は変わらないと思っていた--ただ蓋を開けてみれば、自分が抱き込んだ以外の全ての女子たちを結集させ橘を守るよう動いていた(・・)と言う状況を作り上げた。

 

 しかもそれは自らがした約束を守らせる為の買収によるものと、本来なら信用性を低下させる情報を開示することで逆に必然性を補強させた--報酬にしても単純なポイントで動くとは思えず、卒業して行く女子たちの心をくすぐる物を用意したの想像に難くない。

 

 そんな事が可能なのは、ひとつしかない--それを裏付けるように坂柳は猪狩に笑顔で言う。

 

「その様子からするに猪狩先輩も退学する気は無さそうですね--なら春のイベントにも出席できますね」

 

「……そうね。卒業記念に歌劇団のチケットくれるんだっけ?」

 

「はい。素晴らしさは私が保証します--きっとお楽しみいただますよ」

 

 様子を見ていた南雲はやはりかと一応の納得感を得た。

 

 自らは興味がなくさして注目していなかった有名劇団の鑑賞券--在学生には無縁の物でも春に卒業する者にとっては別だ。

 

 無論、全ての女子が好んでいる訳ではなかっただろうが、そこは坂柳の布教(巧みな話術)により‶観てみたい〟と思わされる方向に持って行った。

 

 何より誰もが知っている100年の伝統を誇る大劇団のブランドは大きい。

 

 そして坂柳有栖はいいとこのお嬢様であり、実際に舞台を鑑賞した事実もあるので説得力は段違いであり、増してや三年間も閉鎖的な学校で苦い思いをしていたCやⅮの女子などは自分達には関係ないクラス争いよりも魅力的報酬に思えた。

 

 初日にした女子を巻き込まない問い約束、外部の力を持って来られる牛井嬰児の特例--現行ある条件を最大限に使って自分の仕掛けた策を潰しに来た。

 

 南雲は堀北学から対策の大本を考えただろう綾小路(くろまく)に目を移し嬉しそうなニュアンスで言う。

 

「いやはや、お前がここまで介入してくるとは思わなかったな--そんなに牛井の移動が気に入らなかったか?」

 

「有栖と戦うのに戦力ダウンされるのは困りますから」

 

 これに対して綾小路は冷めた口調で即答した--そして出た理由は相応に納得のいくものであり、綾小路だけでなく愉しそうに談笑している坂柳も視界に入れる。

 

「そっか--堀北先輩より分かり易い分、遊び甲斐がありそうだ―――!?」

 

 その台詞が出た瞬間に綾小路は最速で南雲の胸ぐらを掴み上げた--余りの唐突な展開は一斉に注目を集め、普通なら暴力は駄目だと止めようとするような者たちも綾小路の放つ圧倒的な怒気に固まってしまう。

 

 綾小路は最早殺気とも言える物を籠めてはっきりと言った。

 

「有栖に何かするのは絶対に許さん」

 

「OK、よく分かった。お前の女に手を出すのは止めておこう--と言っても信じないよな」

 

「当たり前だ。ただしっかりと覚えておけ」

 

 綾小路は手を放して坂柳に近づいて行く--その姿に周りは無言で道を譲り、野次馬の一人である嬰児は心底面白そうだった。

 

(まったく、何をさせるんだよ)

 

 それとなく視線を送った綾小路はベタで臭い事をやらされたのを心の中で愚痴る。

 

 嬰児に報酬を女子たちへの用意して貰う際に出された条件--もう散々弄られてるとは言え、いいように使われてる感じは拭えず大なり小なり不満が募る。

 

(ただそれもいつまでもじゃないぞ)

 

 最後には自分が勝つ--その事を強く再認識し綾小路は坂柳を伴って去って行く。

 

 見送る周りからは良いものが見られたと好意的な冷やかしの目、そして隣を歩く坂柳は……

 

(いずれは貴方の一番の椅子を取りますから)

 

 全てを理解しながらも誰よりも面白そうに綾小路の心中を思っていた。

 

 しかし、この事はこれで終わりにはならず高度教育高等学校に戻って新たな火種へと続くのだった。

 

 

 

 

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