どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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啄んで○○

 

 

 同じ頃、綾小路はカフェで一人の女子と向かい合っていた。

 

「今日はありがとう。付き合って貰えて」

 

 その女子、クラスメイトである王美雨、通称『みーちゃん』はたどたどしくお礼を言う。

 

「いいさ。それで相談って言うのは?」

 

 対する綾小路の対応はあっさりしたものであり、その堂々とした様は何も後ろめたくないぞと周囲(・・)に語っている。

 

 坂柳有栖以外との女子と二人きりで放課後のカフェ--ゴシップネタとしては古典的であり興味をそそられそうだが、綾小路は開き直ることで乗り切るのに最早慣れてしまった。

 

 ただ王の方はそうでもなく絶え間ない注目に緊張が増していき、もっと別の場所が良かったと後ろ向きな思考が回っていた。

 

(そんなことしたら返ってあらぬ疑いが掛かるだろうに)

 

 王の思考を推察しながら、綾小路はもう少し待つべきか、もしくは自分の方から話を進めて行くべきかを思案する。

 

 それは結果として王を待つことになり、緊張感に耐えられなくなった形で王が口を開いた。

 

「あ、あのね。平田くんのことなんだけど……その、色々教えて欲しくて」

 

「軽井沢と今どうなってるかってことか?」

 

「う、うん……こう言っちゃなんだけど、軽井沢さんすっかり嬰児くんの方に夢中みたいだし…………」

 

「もともと本気じゃなかったってことだろ--単に平田が押し切られて付き合ってただけで。と言うか、最早完全に自然消滅してるよな」

 

 綾小路は淡々とした口調で事実を当たり障りのないよう伝えていく--元々が軽い女と言う見掛けであり、本人もそれを通した来たのだから言ったところで含むものはなく、王もそれならばと意を決した表情になり勢いに任せて言った。

 

「じゃ、じゃあさ……平田くんって今、好きな人とか居ないってことだよね?」

 

「少なくともオレは聞いた事は無いな」

 

「そっかぁ」

 

 王の昂った気持ちを落ち着くのを待っていながら綾小路は思案する。

 

(ここで好きになった切っ掛けでも訊いてみたいが……)

 

 そうしたら綾小路と坂柳の馴れ初めに持って行かれる可能性もあり(別にそうしても話は用意しているから問題はないが)余り突っ込んだことを話すのは気が進まない。

 

 かと言ってこのままの状態だと余り会話が進んでいく気がしない--あれこれと考えながら会話の方向性を固めて口を開いた。

 

「えーと、みーちゃん…………いや王は――――」

 

「あ、みーちゃんでいいよ。皆そう呼んでくれてるし…………あ、でも坂柳さんの事があるならそのままでも」

 

「有栖はそんな了見の狭い女じゃない」

 

「あはは、即答しちゃんだ。素直に羨ましいなぁ、二人みたいな関係」

 

 そのニュアンスには自分も平田と同じ様なりたいと言う願望が表れており、綾小路は狙い通りに会話の流れが出来たと続けていく。

 

「みーちゃんも平田とそうなりたいと」

 

「えーと、まぁ……その……」

 

 一気に恥ずかしさが溢れ、もじもじとしてしまう姿は見る者にとっては眼福であったが、綾小路には全く心に来るものは無く今回の話の核心だと当たりを付けた事を切り出す。

 

「嬰児が仕掛けたバレンタイン騒動に乗って平田にチョコを渡したいんじゃないのか?」

 

 ついでに言えば告白に持って行き、あわよくば正式な彼女の座に納まりたいと--ここまでストレートに言うのは避けたが、どこまでの事を望んでいるか測るには十分だと思えた。

 

「い、いや……勿論平田くんが喜んでくれるならだけど……その、軽井沢さんともまだ――――」

 

「繰り返すがもう自然消滅も同然だし、二人が冷え切ってるのは火を見るよりも明らか--遠慮することはない、何の因果か巡ってきたチャンスは有効活用した方が絶対にいい」

 

「~~~~~~」

 

 綾小路の積極的に推しに王は顔を赤くして縮こまってしまい、寧ろ逆効果のように思えたが、

 

「すまんな、ちょっと無責任が過ぎた--オレと有栖がバッといってなんとかなった口だからって、二人も同じ様になるとは限らんし今のは聞き流してくれ」

 

 自らの惚気を入れて引いて見せたことで、王の中に恥ずかしさから羨ましさと嫉妬の感情が湧いてそれが顔にも表れた。

 

「もう。自慢話がしたいなら、もっと役に立つのを教えて欲しいんだけどな」

 

「とは言われてもな、オレと平田じゃまるで違うからな--オレはあそこまでモテモテになった事なんて無いからな。どっちかと言うと恋愛話なんて疎い方だし」

 

「今度は嫌味?」

 

「端的な事実だよ。実際に有栖の事もこの学校で会うまでは忘れてたぐらいだし」

 

「むぅ~」

 

 それは正に運命だ--とやっぱり恋愛の自慢話を聞かされてしまい、なんでこんな話になったのかと今更ながらに相談したのは間違えたのかと思い始めてしまった。

 

「ただ事実だけを見て言うなら、焦らずにじっくり行くのがベターだと思うぞ。

 軽井沢の件は例外だとしても、本気で付き合うとなれば真剣に悩むだろうしな」

 

「そ、そうだよねぇ」

 

 唐突に話が戻り、ペースが乱れてしまう。

 

 結局のところ、王はどうしたらいいのか--寧ろそれを教えて欲しかったのだが、会話の主導権は綾小路が完全に取っているのでどう言えばいいのか計りかねてしまう。

 

「平田は真面目な奴だ--決して不義理は働かないだろう」

 

 正に綾小路の狙い通りになり、王の内心を推し測りながら今がその時だと一気に畳み掛ける。

 

「そして今はちょうどいい状況が来てる--嬰児の事に乗っかってチョコを渡しても乗りのひとつってことにも出来るし、いざ本気で告白しようとした時にも良い経験になるんじゃないか」

 

「こ、告白って……」

 

「まず間違いなく軽井沢も嬰児にチョコを渡す--その当たりには流石にハッキリとさせてもいるだろう」

 

 その事は言い含めて置いた方がいいと内心でしっかりと誓い、王の気持ちが後ろ向きに揺れないように更に発破を掛ける。

 

「最終的には平田が決めることだから、みーちゃんが振られたとしても精々愚痴を聞くぐらいしか出来ないが、今年のバレンタインでやってみる分にはリスクは少ない」

 

 綾小路は一度言葉を切り、脳裏に‶誰か〟を思い浮かべて自論を展開する。

 

「ぶっちゃけ言えばオレに相談してくる辺り、相当気持ちが溢れて来てるんだろ--だったら少しでも前向きになった方がオレはいいと思うぞ、絶対に」

 

 この私情100%の意見(のろけ)を聞いた王は複雑ながらも決して嫌ではなく、寧ろ気持ちがさっぱりした感覚に包まれた。

 

 気持ちが通じ合っているお手本とも呼べる相手--それをハッキリと見せられ、やはり自分も‶彼〟と同じ様になりたいと再認識させられた。

 

「うん、ありがとう。綾小路くんのお陰で前を向いてみたいって思えた--相談して良かった」

 

「役に立てたようなら何よりだ」

 

 その時、綾小路の端末に着信があり相手を確認すると、

 

「あ、みーちゃん済まないが―――」

 

「うん。坂柳さんだよね--私の方はいいから行ってあげて」

 

「ありがとう」

 

 綾小路は会計を取り行く--その後ろ姿を見送りながら王は思った。

 

(ごちそうさまでした)

 

 

 

 そんな視線を感じなくなる程度に離れた綾小路は掛かってきた登録されていない電話番号に警戒感を抱きながら出る。

 

「……もしもし」

 

 相手からの返事はなく無言の状態が続く--その中で相手が誰か推察を始める。学校指定の端末の特性上、外部からの連絡が入ることはまずない。

 となると学校の敷地内に居る何者かと言う事になるが、十中八九‶あの男〟からの差し金だと言う直感が働いた。

 

(ただそうなると嬰児のアプリ影響もまだ捨てきれないか)

 

 綾小路の端末には嬰児が入れた特注のアプリがあるが、それで基本設定が変化したとするのはまず考え辛い、嬰児とてその程度の些事で追及を受けるのはよしとしないだろうから。

 されど嬰児のバックに居る者達の協力でも得たなら話は分からない--とは言え、そこまで論理を飛躍してしまうと纏まる考えも纏まらないので一旦は保留にするしかない。

 

 まずは相手の出方を待つ、が30秒経っても何も言ってこない。

 

「何もないなら切るぞ」

 

「綾小路清隆」

 

 やっと相手の声を確認したが、全く聞き覚えの無い声だ--ただ声のトーンからして大人とは思えず、生徒からと思い聞き返す。

 

「あんたは?」

 

 再び数秒の沈黙の後に通話は切られた--単に名前を呼ばれただけで一体何がしたかったのか?

 

(嬰児が騒動を起こすのに便乗してオレを退学させる腹積もりなのか?)

 

 意図が全く分からず、現状と照らし合わせてみるも無理矢理感は否めないものの、綾小路の方でも嫌な状況が本格的に動き出したと認めざるえない。

 

(ただどうせなら嬰児と手を組めるような展開が理想的なんだが)

 

 

 

 

 ***

 

 

 さて日付が変わり金曜日となり今日もバレンタインの話題がと思ったが、意外な形でクラスは盛り上がっていた。

 

「平田くん。ハッキリさせとかなきゃ不味そうだからさせるね--私たちの関係、白紙にしよう」

 

 俺が入って来たのを見計らって軽井沢が堂々と別れ話をし出した--周りの様子から類推すると‶大事な話があり、俺が来たら話す〟みたいな感じで引っ張ってたみたいだな。

 

 内容も慄いてはいても意外に思う者は皆無だ。

 

 しかし最早終わってるって感じだったのに何で態々……って決まってるか。

 

「うん、そうだね--元々お試し期間って話がズルズルと行っただけだったし、何より」

 

 平田の方もあっさりとした感じで、さり気なく俺に視線を送る--台詞といい少しは意趣返しみたいなのも含まれてるのかね、演出か本気かは知らないけど。

 

「そっか、そうだよね。分からない訳ないもんね」

 

 軽井沢の方も淡々としたもので俺の方に顔を向ける--俺をダシにしての芝居は別にいいけど、勝手な解釈での修羅場はちょっと考え物だぞ。

 

 ただ軽井沢はお構いなしに俺に近づいて来た。

 

「嬰児くん。一之瀬さんはあくまで知り合いにてるだけなんだよね?」

 

「ああ、そうだが」

 

「だったら彼女の席は空いてるよね--あたしも櫛田さん同様にその席に座りたいんだけど?」

 

「尻が軽いにも程があるんじゃないか?」

 

「それ位言わせるのを見せてくれたんじゃない--だったら、もうまどろっこしいのは無しで行きたい」

 

 真正面からの宣言か--演出としては面白いな。しかしだからと言って受けるかどうかは話が別だぞ。

 

「上を目指す覚悟決めたのは分かったが、何も色恋まで混ぜなくてもいいんじゃないか?」

 

「あれもこれも欲しがって手に入るほど甘くないでしょ--丁度いい機会が来たから、あたしも本格参戦することにしたの。実際問題、嬰児くんって色恋どころじゃないんでしょ?」

 

「悪いが答えられない--それしてこれ以上の会話は遠慮願いたいんだが」

 

「うん。それでいいよ--ただチョコは楽しみにしててね。思いっ切り腕を掛けるから」

 

 強制的に切ってみたがあっさり引いて、しかもウィンクしながらのアピール--櫛田とは違うあざとさがあり、ちょっと色っぽくも感じられた。

 

 その気に当てられた奴なんかは〝権力の犬め〟みたいな嫉妬の目を向けられる--ま、実際にそうなんだから何も言う事は無いけど。

 

 そして出来ればこれで終わって欲しかったんだが、黙ってられないと前に出て来るのが一人。

 

「ねぇ、軽井沢さん。嬰児くんに助けて貰ったからって調子に乗ってない?目先の欲に釣られて、あんまり軽率な事言うのはどうかと思うけど」

 

「なぁに、櫛田さん--あたしが誰とどんな関係になろうが別にいいでしょ」

 

「えー、私の気持ち知らない訳ないよね?流石に後から出て来て酷いんじゃない?」

 

 おやおや、櫛田も気に入らないのを隠さず一触即発の空気--俗に言う修羅場が展開され始めた。

 

 全く朝っぱらから。

 

 ここはやはり俺が間に入って仲裁するのがベターか--と思ってたら、更に第三者のしかも女子が出て来た。

 

「二人ともいい加減しなさい--もう直ぐホームルームよ」

 

「なに、堀北さんもやっぱり参戦する気?」

 

 女三人による女々しい戦いになるのかと奇妙な緊張感が入るが、堀北は冷静なようだ。

 

「生憎とバレンタインそのものに興味ないわ--それに人の恋路を邪魔する趣味もないけど、周りの迷惑になる様なことは感心しないわ。やるなら誰も居ない所でやってくれないかしら」

 

 ど真ん中の正論に教室中から同意だと言う空気になった--かく言う俺もいい加減に終わって欲しかったから少しホッとした。

 

 そしていつの間にか時間もホームルーム直前になっていて……長かったんだか短かったんだか分からない遣り取りは漸くと終わった。

 

 しかし、ある程度のバカ騒ぎは想定内だが思わぬ形で修羅場が展開されるとは--まったく世の中は何が起こるのか分からないものだな。

 

 

 

 ***

 

 

 騒々しくも緊迫した朝を迎えているⅮクラスに対して、Bクラスもまた騒々しい朝となっていた。

 

「ねぇ、一之瀬さん大丈夫?」

 

 クラスメイトの網倉麻子がぐったりとして机に突っ伏している一之瀬を気に掛ける--いつもなら苦笑しながらも返事があるのだが、今朝ばかりはある意味無視に近く何も反応がない。

 

「…………一之瀬さん?」

 

 様子からして心配になり身体を摩ろうかとした時に緩慢としながら顔を上げた一之瀬--その顔は見るからに疲れていた。

 

「あ、ごめん。聴こえてなかった--何かあった?」

 

「………………」

 

 最早、珍しいを通り越した姿に心配する者たちは増えていき、また原因も容易に想像が付く為に〝元凶〟に対して含むものが込み上げても来た。

 

「一之瀬さん、調子悪いなら休んだ方がよかったんじゃ?」

 

「にゃははは--それもちょっと考えたけど、そうしたらしたで部屋にどんどん押し寄せて来そうな気がしてさ」

 

 疲れたニュアンスで心情を語る姿に、それもそうだと納得してしまう面々はこうなっては原因をきっぱりと断ち切るしかないんじゃないかと共通の解決策が浮かぶ。

 

 それを代表するように神崎が言う。

 

「一之瀬。もうハッキリと牛井にチョコ渡す気は無いと宣言したらどうだ--この調子なら土日はもっとひっきりなしに押し寄せて来るぞ。それじゃ、いくら何でも身が持たないだろ」

 

 そう。牛井嬰児のバレンタインによる豪華返礼--それを確実にしようと本命と称される一之瀬帆波に取り入ろうとする女子たちによる誘い。

 それは日を追うごとに増えて、内容も一之瀬本人の意思を無視して迫って来ており、ここ数日の一之瀬は文字通りの意味で休む間がない状態になっていた--口にはしてないがストレスも当然溜まっている様でよく眠れていないのも分かる顔色であった。

 

「もうさ、ここまで来たなら先生たちに直談判するのも有りなんじゃない?みんな勝手すぎるよ、一之瀬さんの都合も無視してさ」

 

「それは牛井に関してもそうだよな--こんな事になることぐらい、アイツなら予想が付きそうなものだ。何を考えてるのかは知らないが、ちょっと配慮がなさすぎる」

 

 学生同士の苦い青春--もうそんな言葉では流せないと、Bクラスの殆どは憤りを感じており、出る所に出て騒動の収束をと盛り上がりを見せて来た。

 

「ちょっと、みんな……そんなことしたら返って騒ぎが大きくなりかねないよ。私は大丈夫だから」

 

「いや、その顔で言っても説得力がないぞ」

 

 神崎の突っ込みに皆が同意して肯き、一之瀬もどうしたものかと別の意味で面倒事に益々気分が下がっていく。

 

 そんな中で解せないと言ったニュアンスで姫野が声を上げた。

 

「って言うかさ、こんなの誰がどう見ても迷惑じゃん--なんでそこまでされて笑える訳?もうお人好しが過ぎるってレベルじゃないじゃん」

 

「にゃははは……そうなんだけどさ…………いいものが欲しいって気持ち、私にもちょっと分かるからねぇ」

 

 少し黄昏ながらの無難な返答--誤魔化されてると言う気もしたが、それ以上に一之瀬帆波の口から〝欲しい〟と言う単語が出て来たことが少し以外でもあった。

 

「ふ~ん。一之瀬さんもやっぱり人間なんだね」

 

「なぁに言ってるの。当たり前でしょ」

 

「じゃあさ、一之瀬さんも欲しいものってあるの--勿論、抽象的なやつじゃなくて文字通りの意味での物で?」

 

 少し興味が湧いたのか姫野の問いに熱が籠っている--それにつられてか、好奇心が刺激された面々も注目する。

 

 ただ一之瀬本人は一変して微妙な顔に影が差して無言になってしまう。

 

「え、あの……そんなに不味いこと訊いた?」

 

 姫野としては困らせる意図はなく、改めて言った内容を振り返ってみるが問題があったと思うのは少し無理があるような気がして謝罪の言葉を出す気にもなれない。

 

 これを見た一之瀬は重苦しく首を横に振りながら口を開く。

 

「ううん。そんなことないよ--ユキちゃんは何も悪くない。私の個人的な感傷って言うのかな。ちょっとそんなのに浸ってただけだから」

 

「え、ってことはやっぱり一之瀬さんにも欲しいものってあるんだ--だったらさ、牛井くんに頼んでみればいいじゃん。個人でそうするってなれば寄って来てる人たちだって何人かは大人しく―――――」

 

「あー、今はそう言うのは無いから。それに嬰児くんにはお願いしたのは、物とかバレンタインとかに関係なく教えてくれるって約束してるから」

 

 姫野が言い終わる前に勢いよく話を遮った--これにはちょっと不満が湧き、姫野の表情にも出そうになるが我慢して抑え込む。

 

「結局、誰にも渡す気ないってことじゃん。じゃ、やっぱりハッキリ言っちゃえばいいじゃん」

 

 最初に話していた結論に戻し、姫野もこれ以上は話す気は無いと引き下がる--ただそれでも湧き出た好奇心は完全に消えた訳ではなく〝一之瀬の欲しいもの〟と言う珍しいものは残った。

 

 機会があれば聞いてみたい--そんな雰囲気を感じ取り、一之瀬は益々疲れた顔をしながら思った。

 

(やれやれ、余計な事言っちゃったな--これに関しては恨んでもいいかな、嬰児くん?)

 

 

 

 ***

 

 

 

 はて?

 

 なにやら妙な悪寒みたいなものが背中に来たがなんだろうかね?

 

 バレンタイン騒動とは関係なく普通に行われている授業を受けながら、ふと窓の外の鳩が目に入った--随分と久しぶりに『鵜の目鷹の目』を使い、敷地内を周回させてみるが何の変哲もない日常があり、そのまま放課後まで過ぎる。

 

 こんな光景を戦士たち、特に『申』は守りたかったと何気なく思う一方--俺へのアピールしてくる女子たちは後を絶たず『子』が見てたなら、どんな感想を抱くのかと考えてしまう。

 

 やっぱ〝取り敢えず死ね〟とか捻くれたことでも思うかね--どう思う、ドゥデキャプル?

 

「もう、こんばんはですね--健やかにお過ごししている様で何よりです」

 

 言うほど時間は経ってないだろうに、それに俺の状態なんて逐一知ってるくせに。

 

 心の中でついた悪態はそのまま顔に出てると自覚するが、相変わらずの不敵な笑みを浮かべるだけ、気に食わない。

 

「それで、こんな人気のない所に呼びだしてまで何の御用で?」

 

「俺はただ散歩してただけだ」

 

「ほう。態々、鳥を使いルートの下見までしておいて?」

 

 やっぱり知ってるじゃねぇか、ただこの程度で根負けする気は無いぞ。

 

「最近は騒がしかったから念を入れる必要があってな」

 

「それならばあの噂を取り下げるなりしたらいいだけではないですか?」

 

 よし、ここだ--俺は少し間を開けてから口を開く。

 

「なんだ。文句でも言いに来たのか--基本的には俺の好きに使っていい金だったろ?」

 

「はい。犯罪を犯している訳ではありませんし、突き詰めれば問題はありません--しかし、この学校に迷惑を掛けるようなことは慎むようにとも申し上げたはずですが」

 

 疑問形じゃなくて追及してるのに込められた感情はいつもと変わらない--すっげぇ不気味だが、突っ込む気にはなれない。

 

 これはあくまで事務的にしてるだけだと淡々とした態度が既に言ってるから。

 

 ならばこちらも事務的に返すまで。

 

「この学校か--だとしたら尚更問題ないんじゃないか。

 Aクラスになる為に試験外での揺さぶりや攻撃なんかは珍しくないだろう」

 

「つまりこれも場外乱闘の一環だと?」

 

「正確にはそれを防ぐための予防策かね--先んじて騒ぎを起こして置けば、良からぬ考えをする奴を牽制できる」

 

「どうにも言い訳にしか聞こえませんね。それもかなり苦しい」

 

「このままでは帰れないか--宮仕えも大変だな」

 

「お気遣い痛み入ります--ので返礼(・・)として見落としをひとつ指摘しますと、この騒動に紛れて何かを企むのも出て来るのでは?」

 

 それこそこの学校の醍醐味だと思うが、問題は俺と言う存在によって許容範囲を超えないかどうか--それに今はその辺を調整する上の方もごたついてるだろうしな、余計な事を起こして欲しくないって直訴でもあったのかね?

 

「それとなく気を配ってるが、それらしい兆しは見えない--もっとも可能性があるのは生徒会長殿なんだが今の時点で何かして来るって情報もない」

 

「ふふふ、しっかりと配慮は行ってると--そして不測の事態が起きた際には貴方自身で対処すると取っても?」

 

「それで結構だよ。ただその一環としてひとつ訊いてもいいか?」

 

「どうぞ。しかし答えられるかは内容によりますが」

 

 よし、ここからが本番だ。

 

「――――この前のチケット、また来年も同じ物をって話があるんだが前金って形で払うことは可能か?」

 

 ひと呼吸おいて、この騒動の前に起こっていたことに対して考えてたことを訊く。

 

 この手の事で先んじて……出来れば使い切る形になれば、俺への関心は幾分か薄くなる。

 

 バレンタインの事も半分はもう既に決まっているが、もう半分はこの問いの返答次第で変わる--無論、俺の意図ぐらい既に悟ってるし曖昧なことで誤魔化されるかも知れないが、学校への配慮って建前がある以上は答えない訳にも行くまい。

 

「来年度への前金ですか--それも珍しい話ではありませんが、その来年に卒業する生徒が何人いるのか。下手すればお金をドブに捨てる行為にもなりえないのは考え物ですね」

 

 二年が史上最高の退学者を出してるのは有名だからな--南雲の気まぐれでどうなるかも分からないのが現状だ。

 

 独裁者の気まぐれで消されるなんてザラだしな。

 

「いやいや、卒業後にご褒美が待ってるとなれば自棄を起こして変な行動を取るのも止める連中だって出て来るだろう--学校側だって積極的に退学者を出したい訳でもあるまいし」

 

「物は言い様ですね--しかし学校経営への干渉まで含まれてきますと直ぐに肯くことは出来ませんね。この学校の母体はこの国ですので」

 

 ひいては有力者の許可を得なきゃいけないか--ハハ、最悪面倒になって俺を消せって言って来るかね?

 

 いずれにしても今の状態じゃ異能も満足に使えないし、そうなったらなったで遠慮なく使い切ってから消えるつもりだ。

 

 俺と話してるドゥデキャプルの表情がいつも以上の不敵な笑みを浮かべてる--俺の考えてることでも読みやがったのか。

 

 別に不思議じゃないし、それなら態々言葉にする必要もない--普段は忌々しい優秀さだが使えるなら、こっちだって使わせて貰う。

 

「思春期の反抗期ですか?なんだかんだと青春してるようですね」

 

「願いの趣旨には適ってると思うが」

 

 そっちの意図とは違ってるかね--ただこっちにだって不満はある、人権なんてものがない道具だとしても、それを扱う者が適当に使って来るなら拗ねたくもなるぞ。

 

「ふふふ、それも尤もですね。ならば老人から小言をひとつ--若い内に経験を積むのは大切ですが、それには苦いものも含まれます」

 

 なんだ、珍しくまともな説教でもするか?

 

「特に思春期は心も体も未成熟な分、とても強く残るもの--貴方が気に掛けていると噂の彼女への配慮をもう少しあった方が良かったのでは」

 

 間違いなく一之瀬の事だが、アイツが今苦しんでるってか?

 

 もっと詳しく訊いてみたい気もするが、それは完全にプライバシーの侵害と職権乱用になってしまうしな……とは言うものの、このままでは何も出来ないし、何か具体的な情報がひとつでいいから欲しい。

 

 それをどう引き出すべきか?

 

「今回の事で何か無礼を働いたなら、確かに詫びは必要だな--ただお詫びの品に何を持って行ったらいいか、事のついでにアドバイスが欲しいんだが?」

 

「さて、個人の好みまでは……しかしそうですね、ヘアクリップやそれを連想させる類を送るのは止して置いた方がいいでしょう。では」

 

 いつも通りに消えるのを見届け、さっき言ってたのを思い出す--意図せずして一之瀬のトラウマでも触っちまったのか?

 

 俺の知っている一之瀬の性格から考えると、誰かの為にした事が裏目に出たってことぐらいだが、寧ろそれが原因で今の様になったとも考えられる。

 

 いずれにしても何があったかはここで考えてても分かる訳がない。

 

 明日からの土日、訪ねてみるのは……余計な面倒が起こりそうな気もするし、少し鳥に様子見でもさせる…………いやいや、それじゃストーカーじゃん。じゃ、誰かに頼むか、そしてそんな相手は一人しか思い付かない。

 

 綾小路なら俺の事を暴く機会だとか、貸しだとかで引き受けるだろうが、問題は坂柳が何を思うかだな--あれは『亥』に通じるから一之瀬の事も気に掛けてくれたらと願望が湧くが、『あの二人』とは違うんだから、妙な気を起こすとも限らない。

 

 特に俺からの頼みとなると反駁して来ても可笑しくないし…………むぅ~、ちょっと手詰まり感が出て来てしまったな。

 

 マジでどうしようかね?

 

 

 

 

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