どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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仕えて○○

 

 

 

 週末の土曜日の朝、牛井嬰児の部屋に訪ねようとした女子が居た。坂柳有栖の側近と認知されている神室真澄だ--神室はチャイムを押し、暫らく待つも反応がなく数度を押してそれでも無反応であり、ドアを大きくノックするがやはり中からの反応はない。

 

「朝っぱらうるさいぞ」

 

「あ、ごめんなさい--あのそれで牛井くん、今居ないんですか?」

 

 隣の部屋の男子が眠そうな不満を込めた目で出て来て抗議する--対して謝罪し丁寧語で訊くも図々しいさを感じ、男子は更に不満を抱きながらぶっきらぼうに答える。

 

「知らねぇよ。こっちはアイツみたいな超人じゃないんだから、出てったか返って来たかなんて分かる訳ねぇだろ--ってか、そんだけノックして出てこないなら居ないんじゃねぇの」

 

「あ、そう。朝っぱらごめんね、じゃ」

 

 形だけの謝罪をして去って行く神室に目を細めながらも引き留めるのは更にストレスになると飲み込んで男子も部屋に戻った。

 

 

 寮の一階ロビーまで戻った女子は端末を取り出して電話を掛ける--相手は直ぐに出たので単刀直入に切り出した。

 

「あ、もしもし。なんか牛井くん、居ないみたい--隣の人も何処行ったか知らないって」

 

『そうですか、ありがとうございます。真澄さん』

 

 電話の相手、坂柳有栖はそこから考え込んでいる様で無言になる--報告した神室はポケットに入れていた缶チューハイに手を置きながら訊く。

 

「ねぇ、なんでこんなことしなきゃいけない訳?一之瀬の昔の事なんて伝えてどうするつもりだったの?」

 

『いえ、これは言うなればただのアリバイ作りのようなものです』

 

「……なんだか物騒そうだから、これ以上は聞かないことにするわ」

 

 神室の脳裏に年末の騒動がよぎり関わるべきでないと本能が警告した--同時に理事長の娘と言う立場も思いのほか面倒で窮屈な物と僅かばかりの同情も。

 

『ふふ、そう言う賢明な判断が出来る所は好きですよ--ともあれ義理は果たしたと言う体裁は整いましたし、もう戻って貰って結構です』

 

「あ、そう。言っとくけど、あんまりヤバすぎる事に巻き込むのは止めてよね」

 

『勿論ですとも』

 

 愉快なニュアンスで即答されて通話が切られる--いつもながらの釈然としない気持ちになりつつもそれ以上は無く、神室は寮を出て休日をどう過ごそうかと思い直した。

 

 

 

 一方、通話相手であった坂柳は自室のカーテンを開けて朝日を感じながら一度頭を空っぽにして気持ちを一新する。

 

「ふう。まったく人の事を何だと思ってるんでしょうね?と、真澄さんもこんな気持ちだったんですかね」

 

 昨日の夕方、突然学校の上役(・・)から指示された事--牛井嬰児に一之瀬帆波の過去を話せ。内容から吟味すると嬰児自身は既に知っている可能性も高いが、どうやって知ったかは公に出来ないと、また見えない所で動きがあったようだ。

 

 今回の件は初めから嬰児から意図を聞いているから含むものはないが、それでも気持ちの良いものでは無い。

 

 お陰で休日にも関わらず南雲の元を訪ねて行かなければならなくなった--本当なら自分も彼の為にチョコやお菓子作りに時間を使いたかったのに。

 

 そう考えると沸々と怒りも湧いてきてしまう。

 

 されどその彼も嬰児のやることを邪魔する気は無く、不測の事態には手を貸すつもりで、寧ろそれを望んでいる………………気持ちを一新した筈なのにどんどんと不愉快さが増していき眉間に皺がよるのを自覚してしまう。

 

(いけませんね。こんな顔、清隆くんじゃなくても誰かに見せる訳には)

 

 才だけでなく容姿にも自信を持っている身として、してはならないと改めて深呼吸して気持ちを落ち着かせる--そしてこんな不本意な事をさせた原因に文句を言いたくなり、

 

(……ああ、そうか。こんな気分だったんですね)

 

 と共感と同情の念を抱くのだった。

 

 ***

 

 

 やれやれ最近は立て続けに背中に妙な悪寒が走るな--今度は一体誰の恨みでも買ったんだかね。

 

 それとも単純に冷えて来ただけか。

 

 久しぶりに『天の抑留』で上空に留まり、朝の済んだ空気を肺一杯に吸い込んでたんだが、久しぶり過ぎて身体がビックリしたのかな?

 

 休日とあって生徒たちの大多数はまだ寝てるが、そうでない輩が朝のジョギングやら部活の練習なんかで出て来てる--そろそろ下に降りた方がいいかとも思った時に神室が何故か男子寮から出て来た。

 

 出来れば一之瀬が良かったなと、ある意味失礼な感想を思いながら人気のないエリアに着地点を定める。

 

 念のために『蠍』で気配を断ち、カムフラージュ用の外套を纏って視覚的にも目立たないようにしてる--大した手間じゃなくてもやっぱり面倒だな。

 

 降りた後で背中を伸ばしながら、これからどうしようか考える。

 

 昨日言われた件--俺の予想以上に一之瀬に気苦労だけでなく心労を強いてしまったなら、なんとかした方がいいだろうな。

 

 幸いと言っていいのかは微妙だが、一之瀬の元に大勢が押しかけてるのは耳にしてるから会いに行く口実はある--それはそれで配慮が欠けると責められそうだが、既にそんなレベルじゃないとなれば早い方がいいだろうな。

 

 さっき上から見た限りでは外に出てはないし、まだ寝てるとなれば会いに行くのはもう少し時間が経ってからの方がいいか--となるとそれまで何してようかね。

 

 ただここで待ってるのも芸がないし、情報を総合するとリラックス効果のあるお茶か何かを持って行くは逆効果だよな……。

 

 となると誰かに頼むのがベターか--それも下種の勘繰りをしない輩に。さっき丁度、外に出てるのも見かけたしな。

 

 考えを纏めて俺は目的の人物の所へと足を進める。

 

 早朝だし人が居ないルートもさっき見たばかりだから大した警戒もせずにスムーズに目的地のテニスコートに着いた--アイツ、橋本は結構真面目にコートで素振りしている。フォームや風切り音から練習を積んでるのは分かる。

 

 見掛けに反して真面目な奴か、外面取り繕うのに手を抜かないってことなのかは定かじゃないが、こいつになら頼んでもいいと思わせてくれるな。

 

 『蠍』モードを解いて堂々と視線を送ると橋本は直ぐに気が付いてこっちに来た--他の朝練に出てた部員たちも気付いたが相手が俺だと認識すると無言でこっちを見ている。

 

「おはよう。なんか用があるなら場所を変えようか?」

 

 それは橋本も同様で気遣うように言って来た--これは素直に有難いと思っておこう。

 

「気遣いには感謝するが、直ぐにすむ。お前に頼みたいことがあってな」

 

「いつかの言葉を覚えてたか--へへ、嬰児ほどの奴に頼られるのは嬉しいぜ」

 

「そうか。じゃ、単刀直入に言うと一之瀬が今、予想以上に大変な事になってヘトヘトになってるって耳にしてな。後で滋養強壮効果のある物でも差し入れようと思ってるんだが」

 

「嬰児が直接行くと逆効果になるな--なるほど、それで俺に届けて欲しい訳か。お安い御用だ」

 

 察しが良く快く引き受けてくれる--しかも俺へのアピールって下心も隠して無いから返って気が楽だ。

 

 いや、その方が好印象だって計算があるのかね--それはそれで愉快な気もするがな。

 

「それで物はもう用意してるのか、見てる限り手ぶらだけど?」

 

「用意はこれからする。二時間ぐらいにまた連絡したいんだが」

 

「いや俺の方から取りに行くよ--ついでに先に聞いておきたいんだが、一之瀬への言伝でもあるか?」

 

「う~ん……」

 

 奇しくも妙な形でトラウマに触っちまったみたいだからな--何かしら言った方がいい気もするが、デリケートな問題だけに何がどうなるのか分からん。

 

 場合によっては悪化させてしまう可能性もあるし、それを他人にやらせるのは流石に図々しいしな。

 

「……いや、その手のはバレンタインが過ぎてから直接言う」

 

「分かった。じゃ、またあとで」

 

 橋本はあっさりと引いて部活に戻って行く--引き際を見誤らない観察眼も大したものだな。

 

 あれなら興味津々の部活仲間たちへの対処も気にする必要は無いかね。

 

 

 ***

 

 

 

 コートに戻った橋本は予想通りに好奇の目に晒されながら、それでも何事も無かったように言う。

 

「すみません。中断させてみたいで」

 

 そしてそのまま朝練に戻ろうとするが、

 

「あのさ、橋本くんって牛井くんと仲良かったの?」

 

 同じクラスの元土肥千佳子が落ち着きのない様子で尋ねて来た--対する橋本の態度は至って普通であった。

 

「ちょっとした知り合って程度だよ。今の(・・)俺のボスとの関係上、少し話す機会があってな--その際に困ったことがあったら手を貸すって約束してな」

 

「え、そうなんだ……じゃ、牛井くんって今困ってんの?」

 

「ああ、なんだか一之瀬の事を気に掛けてるみたいだ」

 

「おいおい、いいのかよ……そんなことベラベラ喋って」

 

 余りの口の軽さにテニス部の先輩が焦りながら入って来た--その言葉は他の部員たちも同様であり不味い空気が蔓延する。

 

「別に口止めされてる訳じゃないしな--ちゃんと説明しないと皆納得しないでしょ。あらぬ噂が立ったら俺が困るし、何よりいずれはバレることだろうし」

 

「ああ……そう。でもそうなるとやっぱりバレンタインの本命は一之瀬さんってことなのかな?」

 

 元土肥が意を決したように更に訊いて来た--この言葉にある裏を橋本は瞬時に読み解く。

 

(牛井にかこつけて、俺の方の本命って風に持ってくつもりだな--はぐらかしてもいいけど……)

 

「……う~ん。そこはなんとも言えないな。ただ普通の奴より気に掛けてるのは間違いないな。そしてこれ以上は訊いてくれるなよ」

 

「ハハハハ。分かってるって、そこまで無神経じゃないし」

 

 如才なく濁して話を切りに来た--ように見せかけて、

 

「元土肥の方もやっぱり嬰児に欲しいものを貰いたかった口か?」

 

「え、あ……ち、違うよ!私は…………」

 

「私は?」

 

 本命は別に居ると簡単に予想が付く答えを橋本は敢えて待つようにした--これがバレンタイン間近でないなら、勢いでこの場で告白されていたかと想像するも、

 

(ま、こいつの性格じゃないかな)

 

 と自らに向けられた好意に対して冷めた考察をしながら、しどろもどろに口ごもる元土肥に優しく言う。

 

「ああ、悪かった。あんまり突っ込んだこと訊いちまったな--別に言いたくないなら無理に言わなくていいから」

 

 再びお茶を濁して、それとなく先輩に目配せすると意図を汲み取ったようで--

 

「さ、いつまでもお喋りしてないで練習を再開するぞ」

 

 手を叩きながら自然な形で場を収めていき、橋本は元土肥に見えないように小さく会釈し、先輩は気にすると言う様な顔で一緒に練習に戻った。

 

 

 

 ***

 

 

 さて、話は付けたし戻って買い出しに行こうかな--ただそれだけでいいのか?

 

 もうちょっと気の利いた物でも送った方が……いや、今そんなことしたら逆効果になるのは目に見えてる。

 

 最低限度に留めて置くべきだ。

 

 と理屈では解ってるんだが、なんだろうな--この心に引っ掛かるものは?

 

 客観的に見れば本当に恋煩いでもしちまったのかと思うんだろうが、俺に恋だの愛だのを想う余裕はない--これも客観的意見からすれば、そんな理屈じゃないと言われそうだが、俺はあくまで人に似せた作り物だ。

 

 元になった連中の感情に沿わない気持ちは……無い訳ではないだろうが、そこまで大きくかけ離れて物はない…………はずだ。

 

 ああ、変な方向にこんがらがり始めて来た--深呼吸して頭の中をクリアにしないと。

 

 そして改めて自分の気持ちを整理する--俺は一之瀬の何が一体気になってるんだ?

 

 何度も繰り返すがアイツは『申』に似てるから目が行った--それが始まりであり、今現在も全てだ。

 

 ああ、そうか。

 

 こういう時は作り物の身が役立つな--結構すんなりと気持ちの源泉が特定できた。

 

 ドゥデキャプルの奴もこれを見越して俺に情報を与えやがったな--個人的なのか、上からの指示による判断なのかは知らないが、あまり趣味のいい気遣いとは言えないかね。

 

 ただ、そうなると今朝の神室の行動も大凡の察しが付くな--上から既に動くようにとお達しがあるなら直接アイツに――――

 

 いや機嫌がいい訳じゃないのは想像に難くないし、ここは気持ちを尊重するべきか。

 

 空を見上げるが鳥の姿はなく『鵜の目鷹の目』は駄目、となると『地の善導』を展開しながら神室の向かった先に足を進める--ただこの方法じゃ、やはり手間と言うか時間が掛かる。

 

 見つけるのに思っていた以上に時間が掛かり、これなら先に一之瀬の方の用件を片付けた方が良かったな。

 

「あ」

 

 されど折角見つけたんだし、こっちもとっとと片付けてしまおう--呆けてる神室に自然を意識しながら言う。

 

「何か用か?」

 

「え、あ、いや……」

 

 調子が掴めない様子にいつもなら落ち着くのを待つが、約束があるから余り時間は掛けれない。

 

「何もないなら別にいいが」

 

「ああ、ちょっと待って--用はあるから!」

 

 慌てて引き留めて来るのに振り向き聴く姿勢を取る--それを認識して少しホッとした様子だ。

 

 神室の方も早く済ませたいのは同じだろうから、これなら然して時間は掛かるまい。

 

「それで?」

 

「一之瀬の事なんだけど、ちょっと耳に入れて置きたい話があってさ」

 

「坂柳の差し金か?」

 

「……なんだ、もう全部しってんじゃん。でも茶番はしっかりしなきゃいけないでいい?」

 

 ある程度は察したようだが、深いところまでは知ろうとしないか--橋本同様に周りに置く人選に抜かりはないか。

 

「そうしなきゃ困ることになるしな--時間も惜しいから早く済ませてしまおう」

 

「同感ね」

 

 お互いに同意したことで神室も心の準備が出来たようで、落ち着いた仕草でポケットから缶を取り出し差し出して来た--高校生が持っているのは不自然な缶チューハイ、こいつも飲酒するのか?

 

「酒を酌み交わそうってか、こんな朝っぱらから?」

 

「んな訳ないでしょ。私、お酒なんて飲まないし」

 

「じゃ、俺へのプレゼントか--それともバレンタインのチョコ替わりなら猛烈に味気ないし寧ろ迷惑だぞ」

 

 どうせならブランデーチョコにするくらいはして欲しいな--唐突に酒を出せれて『寅』の嗅覚が刺激されてしまい、ちょっと抑えるのに苦労してしまう。

 

「なんか、言葉と顔が一致してないようだけど--ひょっとしてお酒好きだったりするの?」

 

「身内がな--その辺は俺とも繋がってるみたいでな、目が行っちまうのは時々ある」

 

「うわ、意外。んな堂々と未成年にあるまじきこと言うなんて」

 

 素で驚いてる様で口に手を当てて呆けた顔してやがる……って言うかそんな話はどうだっていいだろ。

 

 そう突っ込みたかったが、変に引きずるのも不本意だから触れないで置こう。

 

「話を先に進めてくれんか」

 

「これさ、実はお金払ってないから私のじゃないんだよね」

 

「盗んだのか。それを俺に渡そうなんてのは性質が悪いぞ」

 

「誰もそんなこと言ってないでしょ--そっちが勝手に勘違いしただけで」

 

「ってことは一緒に謝って欲しいってことか?」

 

 とてもそんな事を望んでる様には見えない--寧ろ堂々とした様子は捕まったって構わないとも言ってる様だ。

 

 ああ、そう言う事か。

 

「坂柳に従う理由か--もっとちゃんと説明して欲しかったが」

 

「それを考えたけど、あんた一応は公権に属してるんでしょ--それも坂柳よりもずっと上の」

 

「試したくなった訳か--俺がどうするかも含めて」

 

 そう言うと神室の目にギラギラした物が宿って俺を見て来た。

 

「で、どうする逮捕する、学校側に突き出す--それとも坂柳同様に私を駒にするつもり?」

 

「スリルを求めてるところ悪いが後で店側と示談する準備を整えてやる--土下座して、後でもしませんと誓約書を出せばお咎めなしになるだろう」

 

「碌に話したことも無いのに優しいのね」

 

 少し意外、いや拍子抜けしたように言って来たが、

 

「二度目は容赦しないがな--そんなにブタ箱に入りたいって言うなら、そうなるように手配するけど?」

 

「……ははは、その権利は他に譲るよ」

 

 最後には意味深なニュアンスになった--やっと話が戻るようだな。

 

「その相手ってのは一之瀬でいいのか?」

 

「やっぱ知ってんだ--プライバシーの侵害じゃん」

 

「軽口叩いてねぇで、とっとと結論を述べて貰いたいんだが」

 

 そもそも俺だって意図して知った訳でもないし、正確に何をしたのかも知らいなんだ--この場での事は半分本当なら少なからず体裁は取り繕う。

 

「じゃ、そうさせて貰うわ。一之瀬の罪は私と同じ--過去に万引きしたことがあるんだって。で、今回アンタが高価な返礼を用意してるって話でその事がぶり返して感傷と罪悪感に苛まれてるんじゃないかって」

 

「あの一之瀬が」

 

「私も話を聞いた時は驚いたけど、あっちは未だに自分のした事が許せないみたいね--今も苦しんでる。このままじゃ心が死ぬかも知れないってさ」

 

「俺が殺そうとしてるって言ってるみたいだな」

 

「半ばそうでしょう--知ってたって言うなら、寧ろそうしようとしてるって勘繰りたくもなるし」

 

 気に掛けてる女に何故そんなことをするのか?

 

 責めるようなニュアンスの中に知りたいと言う好奇心も見えて来る--同じ穴の狢みたいな共感でも覚えてるのか、やたら一之瀬に肩入れしてるように見えるな。

 

 それとも見えるだけであって、本当に怒ってるのは裏に居る坂柳だったりするのかね?

 

「確かにそう思われても仕方ないな--言い訳になるだろうが、俺が一之瀬の事を知ったのは本当につい最近の事で噂が流れた後の事だ。

 一之瀬を傷つけるつもりなんて無い--故意じゃないにしてもそうなってしまったんなら、ちゃんと責任は取るから安心しろ。坂柳にもそう伝えてくれ」

 

 坂柳の立場を俺の方から悪くするつもりは無い--気休め程度にしかならないだろうが、やらないよりマシだ。

 

 そんなつもりで言ったんだが、神室には別の捉え方をしたようだ--胡乱な目で俺を見て口を開いた。

 

「やっぱ本命ってこと?だったら、そもそもこんな騒動起こさなくても良かったんじゃない……誰かさんたちみたいに堂々とイチャつくのもどうかだけど、普通に付き合えばいいじゃない?」

 

 これは素直な疑問と感想だな--ならば俺の方も正直に答えよう。

 

「知り合いに似てると思ってた(・・・・)だけだ。そんな事には絶対にならないよ」

 

 そう今の事で『申』とは決定的に違うと確信した--もう一之瀬の事で何かすることは無い。

 

 よってこれは最後のケジメだ。

 

 そんな思いを込めてきっぱりと言い切ったからか神室も目を丸くした。

 

「へぇ~。じゃあさ、結局バレンタインのイベントは当日に決めるってこと?」

 

 そこまで詳しくは坂柳から聞いてないか--なら俺が言うのも興醒めになるな。

 

「そう言うことになるな--お前も参加するのは構わんが、ブランデーチョコとかは止してくれよ」

 

「そもそも誰にもあげないし、心配しなくていい」

 

 話は終わったからと背を向けて行ってしまった--これで情報源は坂柳によるものだと言う体裁はなったか。

 

 この学校の特性上、この手の情報を集めておくことは上を目指す意味では必須とも言える--ただ単に相手を陥れるのも利用して優位に立つのも正確な情報が土台となって成立するものだ。

 

 それでもルールはある--俺みたいに運営よりも更に大きなバックから情報を得るのは反則どころじゃないだろう。

 

 例え俺自身が望んだ訳じゃないにしてもそう言う立場である以上は気を付けなきゃいけない--ああ、全く持って気に食わない。こんな物がなくったって、その気になれば幾らでも情報を集める手段なんてあるのに…………。

 

 まぁ、だからこそ、むやみやたらに使うなってお達しなんだろうが感情は納得しきれない。

 

 この学校のルールを逸脱した訳じゃないし、暗黙の流儀にも従っているつもりだ--なにも普通に扱えとは言わないが、もうちょっと気楽に暮らしていけるようにはして欲しいものだ。

 

 ハァ。

 

 ひと通り愚痴ったら少しはスッキリしたか--ともあれ今は目の前の出て来た事への対処だな。

 

 ついでって感じになってしまうが、長いこと放置になってしまった〝約束〟もこの機会に果たしてしまおうかね。

 

 

 

 ***

 

 

 早朝から朝と呼べる時間となり、休日の土曜を満喫しようと多くの生徒が外に繰り出した--ただ女子の大半は週明けのバレンタインへのイベントに夢中になっている様でチョコの材料やトッピングを話し合い、どうやって景品を手に入れるかに熱を入れていた。

 

 それを傍目で見ていた男子たちも面白くないと思いつつ--誰が選ばれるのか、どんな物が要求されて牛井嬰児はそれに応えるのかと賭けが成立しそうな程に盛り上がっていた。

 

「順当に考えればやっぱ一之瀬かな」

「いやいや、一人とは限らない--噂じゃもう一人二人もあり得るんじゃないかって」

「そうなのか、だとしたら俺たちの方も上手く取り入れば分け前が――――」

 

 提示された金額が金額だけに自分たちもあやかりたいと言う輩も当然出て来ており、そうでない者達からすれば辟易するような状況だった。

 

 その筆頭とも言える全生徒会長、堀北学はカフェの席で小さく溜息を付いていた。

 

「全く牛井にも困ったものだ」

 

「ハハハ……ホント、何を考えてるんでしょうね」

 

 向かいに座る橘茜も渇いた笑いでぎこちなく答えた--そもそも遡った発端は自分を救う為と言うのもあるとも思えたから強く非難できない。

 

「面白い事が出来るからって味を占めちゃったんですかね?」

 

 無難な予想を口にしてお茶を濁そうとするも当然通じる相手ではなく、普段通りのすまし顔でコーヒーを口にする。

 

「責任の一端は俺にもあるが、本来の首謀者は動くつもりもないか--全く、本当に今年は面白い生徒が集まる年だ」

 

 堀北学は冷静さを装っているがニュアンスには苛立ちが混じっているのを長い付き合いである橘は感じ取った--これが生徒会での遣り取りならば何かしら動こうともするが、既に引退した身であり、自身も間接的に関わっているとも言える状況では身動きが出来ず結局こうして愚痴に付き合うくらいしか出来なかった。

 

「やはりあの時退学して置けばよかった--なんて馬鹿な事を考えては無いだろうな?」

 

「!?い、いや、そんなことは……」

 

 全く考えなかった訳ではない--そんな心情をズバリと指摘されて狼狽えてしまう。

 

 その様子に再び小さく溜息を付く。

 

「あの時、牛井によるカードがなくても俺は……俺たちはお前が退学になることを良しとはしなかった。今こうしてのんびりとお茶を飲むことすら出来なくなっていた可能性が高い」

 

 寧ろ絶対にそうなっていただろうと二人は無言のまま理解した。

 

 牛井嬰児の特例と言う強力な威光を持った条件でなければ南雲の策を打破するのはクラスポイントを吐き出す以外に手は無かった--そうなれば今の時期はBクラスとの最後の決戦に備えて緊迫した状況になっていたのは想像に難くない。

 

 自分一人の所為で積み上げてしまったものを危うく無に帰してしまったかも知れない--そんな自責の念を感じ入る橘の姿に、この程度の済んだのは行幸だったと改めて堀北学は己の心中を納得させて気持ちの整理を付けた。

 

(今回の余興がその副産物だとするなら個人的な心情は目を瞑るのが筋だろうが…………)

 

 ……ただそうとも言い切れない疑念が払拭できない。

 

 多くの特例を与えられ目に見えての特別扱いを容認されている--傍から見れば羨ましくもあるだろうがその実、一般生徒には許されることも自由に出来ないのはストレスにもなる。

 

 これも傍から見れば贅沢と言えるだろうが、牛井嬰児の場合は明らかに不自由になることを前提に特例を付加されているとしか考えられない--本人はその立場を理解していても納得してないのは、これまでの行動から考えて一目瞭然だ。

 

 今は学生間で騒ぎになる程度に済んでいるが、これがもしエスカレートしていったなら……

 

(……あまり想像したくない。いや、俺の想像を超えるような事態もなりかねないか)

 

「いつになく眉間に皺がよっているな--堀北学」

 

 横方向からの突然の呼び掛けに目を向けると珍しいと思わされる人物が居た。

 

「……先輩に対して相変わらずの物言いだな。鬼龍院楓花」

 

 私服姿で手には買い物袋を持ち、僅かに覗き見える品からチョコの材料だと判別できた。

 

「意外だな。お前が物欲しさにチョコを贈ろうとは--それとも別の意図があってのものか?」

 

「前者だよ--私にだって欲しい物くらいあるさ」

 

 堀北学の皮肉なのか好奇心から来る問いに鬼龍院は僅かに肩をすくめ無難に答える。

 

 そしてそのままでは面白くないと言わんばかりの態度で続けて来た。

 

「ここであったのも何かの縁だ。相席させて貰ってもいいか?」

 

「俺は構わないが」

「あ、私も大丈夫です」

 

 二人の許可を取り席に着いて適当に注文する--その間に二人を見定めて言う。

 

「ただのクラスメイト、生徒会仲間だと思っていたが一体いつからそういう関係になったんだ?」

 

「偶々予定が空いていたから一服しているだけだ--下世話な好奇心はほどほどにして置け」

 

「おや、今はそう言うような場面だと思ったが」

 

「そうか。ならば問い返すが、牛井には何を要望するつもりだ」

 

「君たちと同じだ--来年の卒業時にもっとグレードの高い席を要して貰う」

 

 意図を汲み、現在進行形の話題を出して来るのに対し鬼龍院は面白そうな顔で即答した--そしてきっぱりと言い切った様子に堀北学の目が鋭くなり何かを悟った。

 

 

 

 

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