どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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ふろしきが広がった、予期せぬ形で。

 

 

 

「私の家って母子家庭でね。お母さんと二つ下の妹との三人暮らしで、余裕のある経済環境じゃなくてさ。いつもお母さんは大変そうだった」

 

「ありふれた話だな」

 

「その通りだよ--よくある話。私だって特別不幸だと思ったことは一度もない」

 

 だからこそ自分を許すことが出来ないか--俺は冷めた目で向けて無言のまま続きを待つ。

 

「小学校の頃は中学卒業したら就職するつもりだった--勿論、妹にはちゃんと大学まで行かせるんだって。姉として」

 

 でも現実にはこうして進学してる--金が掛からない学校を選んだって言うのもあるんだろうが、一番の理由は万引き犯であることを知られたくなかったからか?

 

 なんとなくだが違う気がする--そう思いながら続きを聞く。

 

「中三の夏にさ。お母さんが倒れちゃって……妹の誕生日プレゼントの為に無理してシフト増やして……でも結局入院しちゃって全部おじゃんになっちゃてさ。

 今でも覚えてる。病院のベッドで泣きながら謝るお母さんにありったけの罵倒を浴びせる妹の姿が」

 

「妹は普段は良い子だったか」

 

「そうだよ。甘えていい筈の年頃なのにお母さんにも私にも何ひとつ我が儘を言わず、色んな事を我慢して我慢して--そんな妹が始めて欲しいって言ったヘアクリップ。妹の好きな芸能人が付けてた物で、相場は数万円」

 

「そんな物を欲しがるってことは余程その芸能人のファンなんだな」

 

「それはもう筋金入り、姉である私が嫉妬しちゃうぐらいにね--だからこそ、そのたった一度だけ願ったヘアクリップをプレゼントして笑顔を取り戻さなきゃって思った」

 

「姉としてのプライドか--で、意地の張り方を間違えた訳か」

 

「そうだよ。誕生日当日の放課後にデパートに行って……都合のいい訳を並べ立てて…………そして明確な意思を持って盗んだ」

 

 罪を告白したことで一之瀬の心拍が上がった--ここは落ち着くのを待つのがいいだろうが、

 

「で、妹は喜んでくれたか?」

 

 俺は敢えて追い詰めるように言い放った--当たり前ながら一之瀬の鼓動は更に上がり、このままじゃ過呼吸を起こすかも知れない。

 

 でも容赦はしない--そんな事を一之瀬は望んでいない。

 

「凄く喜んでくれたよ--当然だよね。万引きしたなんて考えてもいなかったんだから、その笑顔に罪悪感は一瞬晴れるかと思ったけど」

 

 出来る訳ないよな。一之瀬帆波は良心も罪の意識もある普通の女の子だ--今だって心が悲鳴を上げてるのは分かる。

 

「母親はどうしたんだ?」

 

「勿論、怒られたよ。引っ叩かれてヘアクリップも取り上げて、まだ入院してなきゃいけないのにお店まで行って土下座して謝った--その時に初めて実感した。どんな言い訳があろうと犯罪が肯定される事なんて絶対にないって」

 

 俺はどう思う--そんな目を向けながら一之瀬は事の顛末を語る。

 

「結局お店の人は警察沙汰にはしなかった--けど騒動は広がって、半年間はずっと引き籠ってた。

 でもこの学校の事を教えて貰って、もう一度前を向こうと思ったの--頑張って卒業して一からやり直そうって」

 

 全てを話し終えた一之瀬--ただ過去の話をしたのは前振りに過ぎない。

 

 一之瀬が本当に言いたかったことはこれから、まだ黙るつもりは無い、話し足りない--俺に対して答えじゃなくて、凄まじく挑むような目がそう語っている………………有り体に言えば恨みをぶつけようとしてると感じる。

 

 そしてそれは直ぐに現実になった。

 

「ただ最近は思うんだよね。もしも中学の時に嬰児くんが居たらってさ」

 

 目を座らせながら今日まで散々苦労させられながら思ってたか……例えそれが無意味で道理に反してると分かっていても。

 

「特にさっきの話を聞くと余計にそう思ったなぁ--嬰児くん、芸能人とも簡単に会えるんでしょ。きっと妹の好きな人にもアポ獲るのも出来たならって」

 

「そんな好き勝手出来る身分じゃないぞ--会ったのだって仕事のついでみたいなものだし」

 

「でも何も出来ない訳じゃないでしょ。じゃなきゃ、私はこんな目にあってないし」

 

 良からぬ方向に行かないようにと思ったが、どうやら通じないかね。しかも迷惑したのを前面に出して黙って聴けとは…………これは相当来てるな。

 

「今みたいにプレゼントのお返しにとか、貸しをひとつって感じなら--私が欲しかった物ぐらい簡単に手に入った。家族には付き合ってる彼氏がお節介やいてくれたって言えば納得させられたかもしれないし」

 

 いやいや、それって俺がお前に貢いでるだけなんじゃ--またはお前が俺に集ってるだけじゃ。

 

「もしも、そんなことになってたら私は絶対にAクラスで入学だったよね--それに嬰児くんと近いなら色んなのが融通できてもっと我儘になってて、そうだったら坂柳さんともいい友達になれたよね」

 

 更に無意味な妄想を垂れ流して……こんな話をBクラスの連中に訊かれたら袋叩きに遭うかも知れんぞ。

 

「ああ、なんだか今なら櫛田さんや軽井沢さん--それに綾小路くんの気持ちも分かるなぁ。きっとさぞかし甘美で気持ちいい毎日なんだろうね」

 

「いや、そう言うのにはそう言うのの苦労があるし--何度でも言うがそんな好き勝手出来るようなものじゃないし」

 

「もう無粋だよ--ただの夢物語を語ってるだけなのに。

 それも嬰児くんの所為で思い浮かんだんだよ--まだ付き合ってくれたっていいじゃん」

 

「それを望んでるんなら、お前も奴ら同様に上を目指すか?そうすれば俺の事を好き勝手に出来るぞ」

 

「にゃはは。期待に沿えなくて悪いけど、私はまずクラスの皆でAクラスになることを優先したいの--私情で裏切るような真似は出来ないよ、少なくとも私の方からは」

 

 つまり誰かの所為でならと逃げ道が欲しい訳か--いや一之瀬の目はまだ妄想の中だ。

 

「もしやるならそれこそ最初からにしたい--さっきの過去を無かったことにしたいの。

 そうなった私は今とは違う、嬰児くんが生き返らせたい英雄とは似ても似つかない私になっちゃうけど、そんな私に嬰児くんは興味持ってくれる?」

 

 な!?一体、どうしてこんな話に?

 

 一之瀬は慄く俺に構うことなくジッと見て来る--その魅力的過ぎるあどけなさには嘘は駄目、正直に言って欲しいと迫ってきているようであり、柄にもなく背中に冷や汗が流れた。

 

 安易に肯定すれば、間違いなく一之瀬は語った夢物語を現実にすると直感が言っている--そうなった一之瀬も興味があるのは事実なのだが、その後のBクラスで起こることは全部俺の責任にされるのも想像に難くない。

 

 

 されど、ここで否定してこれまで通りの一之瀬を望むと言うのは俺的には何かが違うと、これもまた心に引っ掛かるものがある。

 

「ねぇ、どうなの?」

 

 一之瀬は静かに答えを急かして来る--玉虫色の解答や何故そんな事を思ったのかを聞いてお茶を濁して何も答えないのもセオリーではあるが、

 

「私、ここんとこ色々と考え過ぎちゃって疲れちゃった--罪を悔やんで、皆に尽くして、それでも消えることのない過去が頭ン中をグルグル回って、いい加減どうしたらいいのか教えて欲しくなった」

 

 逃げることは絶対に許さない--そんな意図しか感じさせない心情を吐き出した。

 

「これ嬰児くんの所為だよ--だから答えてよ。どんな私で居たらいいの?」

 

 流石に無視できない--だから少しだけ考えて。

 

「俺は――――」

 

 

 

 ***

 

 

 

 週末が明けた月曜日の朝。

 

 バレンタインに色めき立ってる男子たち--と言うありふれた光景以上に盛り上がる話題に学校中がひしめき合っていた。

 

「なぁ、結局誰が選ばれるんだろうな」

「いや、それはどうでもいい--肝心なのは」

「そうだよ。どれだけのものが要求されるかだな」

「嬰児の性格からすれば、有り金全部使いきったって〝うん〟って言うよな」

 

 どんな豪華景品が飛び出して来るのか--何かと娯楽の乏しいこの学校においては美味しいネタであり、その規模の膨れ具合は当然ながら女子たちは更に上だった。

 

「結構手間かけたけど大丈夫だよね?」

「取り敢えず食べて貰えれば」

「一之瀬さんの協力があれば絶対なのに」

 

 正々堂々と味で勝負するのも居れば、徒党を組んで商品を分け合おうする者たち、手っ取り早くコネを使い確実性を高めたい者たちと、本来の趣旨とはかけ離れた(とも言い切れない)光景は純粋に楽しみにしていたカップルたちからすれば辟易する。

 

 その筆頭とも言える二人は朝も早くから学生寮のロビーで向かい合い。

 

「はい、どうぞ。清隆くん」

 

「ありがとう、有栖。開けてみても?」

 

「はい--そこそこ自信はありますので」

 

 仲睦まじい会話を繰り広げていた--取り巻きたちは何度見ても〝飽きないよな〟と半ば呆れた感想を抱きながら無言で成り行きを見守る。

 

 そして最早慣れてしまったのか、綾小路も気にしないで渡された箱を開けるとシンプルな小さなチョコレートケーキが出て来た。

 

「本の通りのレシピですのでそこまで豪勢には出来ませんでしたが、味も確認してますから--あとは清隆くんの好みに合うかどうかで――――」

 

「有栖が手作りしてくれただけで、オレは十分に―――――」

 

「駄目です、それは。贔屓目抜きにキチンと美味しいと思って貰えなくては」

 

「こんな日までプライド高いな」

 

 お互いを立て合いかと思いきや、(傍から見て恥ずかしい)意地の張り合いに移りそうになるも。

 

「ちょっとちょっと--イチャつくのは放課後にしなよ」

「もう時間がないぞ」

「こんなので遅刻なんてバカらしいぞ」

 

 周りから制止され、二人はそれもそうだと口を閉じる--そしてこれ以上はと言葉を交わすことなく、それぞれの教室に向かった。

 

 それを更に外野から見ていた野次馬たちも自分たちも時間が無いと足を進めるも--羨ましいか恥かしいのか複雑の気分であり、それでも彼氏彼女がと思いながら今日と言う日(バレンタイン)に思いをはせた。

 

 

 ***

 

 

 世間的には大きなイベントでも祝日な訳も無く授業は通常通り、更には学生には気の思い通達もある。

 

「明日の十五日には仮テストだ--成績には関係ないが、その先の学年末テストの予習とも言えるものだ。心して掛かるように」

 

 茶柱先生の説明を持って今日の授業は終わった--ひと息つくか、気を引き締めるかしなきゃだがクラス……いや、学校中の生徒の頭の中を占めてるのは別のことだ。

 

「ねぇ、嬰児くん。これ作ったんだけど」

「あたしの先に食べて見ない--料理に得意だし、味に自信あるし」

 

 櫛田と軽井沢が同時にラッピングされた箱を差しだして来た--放課後までは受け付けないとのらりくらりと交わしたが、律義に守って来るあたり色んな意味で熱の入りようが違う。

 

 他の女子たち、他クラスや他学年からもアピール付きでやって来られたが二人が全部遮断してくれて今まで無事に過ごせた--その借りをある分、無碍には出来ないよな。

 

「済まないが、先約が会ってな--お前たちのをどうするかはその後だ」

 

「ええー」

「それって、やっぱり……」

 

 二人の……いや聞いてた連中の頭の中に誰が浮かんだのかは、それこそ手に取るように分かる。

 

 ならこんな茶番を最初からするなと、目で言って来ている連中も居て--特に堀北なんかは途轍もなく鋭い視線を向けて来た。

 

 各々が何を思おうが自由だけど、ただの想像で非難されるのは正直気持ちの良い物じゃない。

 

 何より実際には違うことを思えば尚更にな--このタイミングで彼女が来てくれるのが良かったんだが、やはりそう都合よくは行かないよな。

 

 それとなく窓の外を見ても鳥は居ないから『未』モードになり『地の善導』を使ったが近くに居ないのを確信しただけ。

 

 仕方ないから、こっちから行くしかないかね。

 

「じゃ、用件が済んだら貰ってくれる?二人まではOKなんでしょ?」

「ちょっと、それならあたしのを今貰ってよ!」

 

 櫛田が喰らいついたので軽井沢も意地になって来た--そりゃ確かに言ったけど、今受けるのは都合が悪いんだよ。

 

 クラス中から注目されてるから逃げられない--とか普通なら思うが、俺にとってはこの程度の事は造作もない。

 

 悪いが囮になって貰うぞ、山内。

 

 ずっとこっちを睨んでる山内の目に映るように数度指を回して、久しぶりに『牡羊』を発動--直ぐ様にバタンと眠ってしまい一瞬だけ注目がそっちに行った。ホントにやり易い奴、その間に『蠍』に切り替えて速攻で教室を出た。

 

「あ!?」

「ちょ、ちょっと!」

 

 既には背後にある教室から二人の女の大声が響いたが気にしてられない、早く行こう。

 

 

 

 改めて『地の善導』を使って目的の人物の足音やテンポを探す--この場合は『鵜の目鷹の目』や『天の抑留』がベストなんだが、全く不便になってしまったものだ。

 

 少しばかりストレスを感じなら、漸くと見つけたが何故かだだっ広い通りのベンチにふんぞり返っていた。

 

 一体何のつもりなんだ、鬼龍院楓花先輩?

 

「遅い。やっと来たか--レディを待たせるとは紳士のすることか?」

 

 『蠍』を解き近づいたら開口一番に文句か--そもそもここで落ち合うなんて約束はしてないでしょ。

 

 ただ既に人目が集まってしまったから下手な事は言えない--狙ってやったか?それとも盛り上げる演出だとか有難迷惑な気遣いか?

 

「おいおい。来て早々にそんな不景気な顔を見せるとは更に減点物だぞ--折角、丹精込めて作った菓子を不味くしてどうする」

 

「別に俺を思ってじゃないでしょうに」

 

「ふっ、それもそうだ。私が想うは大スター様たちだ--来年の今頃が楽しみで仕方ないぞ」

 

 欲望に正直な人だ--分かり易い程に興奮している様は清々しいくらいだ。それは周りに居る野次馬たちも同様だろう--とことん手抜かりがなくて助かるよ。

 

「あの、それで」

 

「だからもう少しムードと言うものをだな―――」

 

「無駄は省略したいんで--お互いに義理であるのは分かり切ってるでしょ」

 

「詰まらんな。折角、盛り上がる土台が出来上がってると言うのに」

 

 今、彼女の心中では鮮烈な舞台の上に立っているんだろう--古典的な演出だが、嵌り切ってて壮大で美しさすらある。

 

 観ていた野次馬(ギャラリー)もすっかり俺から鬼龍院楓花に引き込まれた--表情には出さないが、きっと満足感一杯だろうな、声の弾みが上がった。

 

「しかしお前の言うことも尤もだ--この気持ちを向けるべき時は来年だ、その為にさっさと済ませてしまおう。受け取れ」

 

 なんとも偉そうだし投げて渡すかと思いきや立ち上がり、俺の真正面まで来て綺麗にラッピングされた箱を渡して来た。

 

「どうも。ここで開けますよ」

 

「いいぞ。ついでに全部食べて感想も言ってくれると嬉しい」

 

「では遠慮なく」

 

 箱を開け出て来たのはチョコチップクッキー、少し捻りを利かしたのかな--食べてみると味も口当たりも申し分なく自然と口に入って直ぐに全部なくなってしまった。

 

「ふふふ。そんなに美味しそうに食べてくれると作った甲斐もあったな」

 

「ええ。掛け値なしに美味しかったです」

 

 素直にそう言うとより機嫌の良くしてメインを口にした。

 

「では来年の劇団SSチケットを頼むぞ--私にここまでさせたんだ。どんなことがあろうと出来ませんでしたは通じんからな」

 

「要望は承りました--儀礼的な事に報いるなら文句は出ないでしょうから心配は要りませんよ」

 

 

 ***

 

 

 

「え……」

 

 嬰児の発言に成り行きを見ていた生徒の一人が声を漏らす--それはその場に居た全員の心情も同様だった。

 

「ちょっと待ってよ!?何、最初から相手は鬼龍院さんで決まってたってこと!そんなの出来レースじゃん!!」

 

 二年の女子が声を上げる--豪勢に包まれた箱を持っていた手にも力が入り、箱が僅かに歪む。

 

「その通りだ。私の卒業後の楽しみに頼んだのが一連の騒動の始まりだ--ただの頼み事では通りにくいから何かしらのお返しと言う形を取った方がやり易いとな。それでバレンタインが近かったから丁度いいと思ってな」

 

「それを盗み聞きしてた誰か(・・)が尾ひれを付けて噂をばら撒いたんだろ」

 

 事情説明する二人に周囲からは拍子抜けと憤りの感情を持つ二組のグループに分かれた。

 

「だったら最初からそう言えば」

 

「いや、豪華なホワイトデーが待ってるのは事実だし、何より面白そうだったんでな」

 

 前者、主に男子からの突っ込みに鬼龍院は不敵な顔で答える--それに対して後者、主に女子からは不満の声が上がった。

 

「冗談じゃないわよ!だったらこれまでの事が全部徒労だったってことじゃない!私たちの時間返してよ!!」

 

「それは言うべき相手が違う--だろ、南雲」

 

 鬼龍院が不敵な顔で野次馬の中に居た仏頂面の南雲を指した--その後ろには委縮している立花の姿も。

 

 大物の登場に一瞬、場の空気が緊迫したが南雲は仏頂面のまま口を開き更に緊張を高めた。

 

「今回の騒動はこいつ、立花が二人の会話を耳にしたのを変な解釈淹れて掲示板に上げたのが始まりだ--ただ、キチンと否定して修正することなんて出来たのに何故しなかった?」

 

「おいおい。お前が監視によこしたんだろ--だったらその責任はお前が取るのが上に立つ者の務めだ。じゃなきゃ、なんの為の生徒会長なんだ?」

 

「正論っぽい事で煙に巻こうとしてもそうはいかんぞ--そっちがこいつを抱き込んで、学校中を巻き込もうとしてたのは立花が白状したぞ」

 

 引き合いに出された立花は縮こまったまま肯いた--これにより形成は南雲側に傾き、再び鬼龍院と嬰児に糾弾の目が向く。

 

 そして周りを味方に付けた南雲は更に続けた。

 

「大方、生徒会を巻き込んで学校と戦うなんてことを企んでたんだろうが--この学校を潰す気だったのか?」

 

「その心配は不要ですよ--そんな事は絶対にならないと断言出来ます」

 

 南雲の物騒な推論を嬰児が速攻で切った--根拠もその背景も一切説明してないにも関わらず奇妙な説得力があり、改めて騒動の中心は嬰児だと言う認識が広まった。

 

「そうか--それでも学生の域を超えた金額を動かして無用な騒動を起こしてくれたのは迷惑千万だ。特に一之瀬なんか無理してるのが明らかで、見てて痛々しかったぞ」

 

「だったら同じ生徒会メンバーとしてって口実で動けたんじゃ--そのまま放って置けば一之瀬へのポイントになると下心でも湧きましたか?」

 

「話をすり替えようとするな--実際にこっちも迷惑を被ったんだ。特別扱いされてるからって調子に乗り過ぎだぞ。大金を使うにしてももっと真っ当な方法もあるだろ」

 

 南雲はストレートに騒動の本質を突き、嬰児を糾弾する--これには不満があるにしても節度は守れ、ついでに詫びにかこつけて学外ポイントを吐き出してしまえと言う含みを感じ取る物も居り、欲を刺激されて更に南雲側に付く者が増えた。

 

 その一人が前に出て声を上げた。

 

「南雲会長の言う通り--やり方が下品だよ、嬰児くん」

 

「って居たのか、一之瀬」

 

 話題にも上った一之瀬帆波の登場--今回、一番迷惑を被ったと言う見識は学校中が持っているので、この場での嬰児の糾弾は流石に苛烈な物となると誰もが思った。

 

 実際に一之瀬の目は普段の彼女では考えられない程に鋭く据わっている。

 

「嬰児くん、鬼龍院先輩、これって本来なら二人の間だけのささやか遣り取りで済んだ話ですよね--それをここまで大騒ぎにさせといて何も感じるものはないんですか?」

 

「一之瀬には気の毒だと思う--なんだか予想もしてなかった事態にも見舞われたようだしな」

 

「……そうだね。思いがけずに思い出したくないのを思い出して、もう私の頭ン中ぐちゃぐちゃになっちゃったよ」

 

 吐き捨てるように言う仕草は全く持って一之瀬らしくなく、普段は他人に興味を持たない鬼龍院をしても目が引くものがあった。

 

「そうか、不快な思いをさせてしまったのは謝罪しよう--ただ求めるなら対価を払うのは当然のことだ。そこまで文句を言われる事か?」

 

 しかし一方的に非を認めるつもりはなく、正論を交えて一之瀬の出方を見る--鬼龍院の予想では一之瀬も正論で返して来ると思っていたが、その顔には暗い影が差した。

 

「あー、喧嘩になるのは勘弁だし、一応ここで手打ちにしないか--牛井もここまで話を大きくしたんだから鬼龍院の他にも一人二人の要望を聞いてやればどうだ?」

 

 南雲が面倒そうに無難に収めようとするが、鬼龍院が茶化すように言う。

 

「お前もまたらしくないな、南雲。庇うのは一之瀬がそんなにお気に入りだからか?」

 

「そんなんじゃないですよ。南雲先輩は私の心の傷に配慮してくれてるだけです」

 

「おい、一之瀬!」

 

 話の流れが嫌な方向に向かい南雲が止めさせようとしたが、肝心の一之瀬は首を振って投げやりに言った。

 

「すみません。もう全部吐き出しちゃわないと本当にどうにかなりそうなんです」

 

 一之瀬の言葉は南雲を気遣う様で、その座った目は嬰児を捉えており、これもまた嬰児の招いたことだと非難しているようにしか見えない。

 

 そして嬰児は無言でそれを受け止める覚悟の様で、とても外野が止めていい空気ではなかった。

 

「……鬼龍院先輩の言う通り欲しい物には対価を払うのは当然の事です--でも私はそんな当然の事を破った人間……ぶっちゃければ万引き犯なんですよ」

 

 誰もが予想してなかった告白に周りの空気が一気に持って行かれ、特に野次馬に混じっていた一年たちには衝撃的だった。

 そのまま一之瀬は中学の時に犯した罪の経緯を話していき、聴いていく内に大半の者たちは糾弾する気は失せていた。

 

 勿論、全てではない--その一人である鬼龍院が何も感情の無い乾いたニュアンスで南雲と嬰児を見ながら言う。

 

「流石に驚いたな。もっともそうでない者共もいるようだが」

 

「俺は生徒会入りする際に全部聞いたからな--実際に店側も訴えなかったって言うし、公式に事件にもなってないなら言いふらす必要もないだろ」

 

「正論だな、だから止めようとしたのか。牛井の場合はどうなんだ?」

 

 今度のニュアンスには若干の興味が含まれていた--特権を用いたのか、噂通り一之瀬に肩入れして彼女自身から聞いたのか。

 そうでも考えなければ、態々話したくもない過去をぶちまける必然性が分からない--秘密を知られているのに怯えるのに疲れた。

 

 さっきの一之瀬の言葉にはそんな意図があったんじゃないかと察してしまい、事と次第によっては嬰児の側に立つことが出来ない。

 

「答えられません」

 

「おい、それは許されないことを肯定してるものだぞ」

 

「じゃあ、言い直します。どう答えたら満足してくれますか?」

 

「聞く相手を間違えたか--で、どうなんだ一之瀬、牛井が知っているのはお前が?」

 

 この問いに一之瀬は嬰児から目を離すことなく、

 

「経緯は知りませんが知ってたみたいですよ--とは言っても憶測で抗議するのは出来ませんが」

 

「言い訳は既に用意されてる訳か--ならこれ以上の問答は無意味だな。ただ余り気分の良い締めとは言えないな」

 

「なら、こうしたらどうですか」

 

 鬼龍院の不愉快な態度に同意するように一之瀬が即座に声を上げた。

 

「そもそもにおいて嬰児くんの特別扱いが過ぎてるのが問題なんです--背景を知ることは出来ないとしても、実際に迷惑千万の事態が起きた訳ですから」

 

 淡々と理路整然に語っているが、鬼龍院と同等かそれ以上の不快感を隠すことも無い様はどれだけのストレスが溜まったかを表しており、聴いていた面々には冷や汗がひとつ流れた。

 

「だから、嬰児くんの持っているポイントを全部使いきって()でパーティーを開きませんか。名目上は少し早いホワイトデーで、チョコを贈った皆の友達も参加OKってことにして」

 

「いや、それをすると春先のイベントが」

 

「別にそっちは盛大にしなくてもいいでしょ。もう二回もやってるんだし、坂柳さんや綾小路くんだって文句は言わないでしょ」

 

 嬰児の異議も全く聞く耳を持たず、一切を自分の意見だけで事を終わらせようとしてくる。

 

「おいおい、迷惑したのは分かるがあくまで牛井の金だろ--お前の意向で決めていい範囲を超えてると思うが」

 

「南雲会長--嬰児くんが特別扱いされるだけの理由があるにしてもこの学校の一生徒であることには変わりないです。生徒間に迷惑が掛かるようなら上手く調整するのも生徒会の役目じゃないですか?」

 

「ここでそれを言うか--いつになく過激だが、そんなに牛井が憎くなったのか?」

 

「当たり前です」

 

「即答か……まぁ、無理もないが…………牛井はどうなんだ?」

 

「俺としても一之瀬がそれで気が済むなら構いません」

 

「済む訳ないでしょ--出来るなら、今この場でハッ倒したいくらいだよ」

 

 強引なれど何とか話が纏まりそうになったと思いきや、再び一之瀬の恨み節が事態はまた悪い流れに戻す。

 

「でも私情でそんなことする程、私は気が違ってない--出来るなら正式な勝負でやりたいな」

 

「いや、それこそちょっとな……そればっかりは俺じゃない方の先約があるし、特に坂柳が聞いてたら全力で異議を唱えるぞ」

 

「だよね~。でも私もこのままじゃ気が収まらないんだけど?」

 

 一之瀬が言葉を発すほどに悪い流れが加速していき観ていた者たちは関わりたくない、自分たちの手には負えないと必然的に生徒会長(なぐも)に視線が集まる。

 

(はぁ~、この前と言い、なんでこうなるんだ)

 

 南雲もこの状況は不味いと思うと同時にこれまでになく攻撃的になっている一之瀬帆波の姿に含むものを感じる。

 

 容姿、性格、能力とどれをとっても高く、一年女子の中で一番のお気に入りであり、いずれは自らの女とも思っていたのが横から掻っ攫われると危惧もしたが、その対象である牛井嬰児は完全に嫌われており心配はなくなった。

 

 生徒会長としての周りの目も然ることながら、一個人としても一之瀬に付きたい……ただもう少し穏便に事を持って行きたいとジレンマに近い物も生じてしまう。

 

(ここで一之瀬を贔屓するようなことすれば、今度は他から顰蹙を買うのは目に見えてる--となると着地点は必然的に限られるか)

 

 僅かな時間で纏めた結論にまた心の中で溜息を付きたくなる--いくら何でもここまでを予測していた訳ではないだろうが、うまく乗せられた感もして気分が沈むが目の前の状況はそれを許してくれない。

 

「生徒会としてもこんな騒動が度々起っちゃ堪らん--牛井一人の所為で学校全体を巻き込んでの騒動を起こした責任の一端と事態の収拾の為に一年にはもうひとつ特別試験を設けるよう上に申請しよう」

 

 南雲の提案に息を飲むも異を唱えるどころか、それで収まるならと期待の念が騒動の中心たちに集まる。

 

「この場はこれで収めてくれないか?」

 

 その周りの援護を受けて南雲が毅然とした態度で今度こそ終わらせろと圧を掛ける。

 

「分かりました--この場は南雲先輩の顔を立てます」

「異例中の異例でしょうが、俺の責任である以上は言う事はありません」

 

 当事者たちの合意を受けて、どうにか場は収まり皆の緊張の糸が切れて安堵の息を吐き、これ以上はこの場に居たくないと即座に解散した。

 

 そして申請の手続きをしなければと生徒会室に向かう南雲と一之瀬は今までになく緊迫した空気で話を続けていた。

 

「なんだかいつになく過激になったな?」

 

「色々と捨てさせられましたから……だからこそ、この気持ちをぶつけて勝たなきゃいけません。試験の方、本当に頼みましたよ」

 

「全力は尽くす--結果が出るまでは大人しくしてろよ」

 

 不用意な言質を取らせない曖昧な答え--異例を自ら作り出すことには乗りだそうとしていたが、まさか他人それも尤も縁遠いと思っていた相手に急かされてやることになるとは思ってもみなかった。

 

 されど学生同士の諍いの延長線上で特別試験を実施するなど、いくら嬰児が絡んでいても通るとは思えない--そうなったらまた面倒が起こると思いながら要望書を作成していく。

 

(もしもこれで通るなら……牛井嬰児のバックってはどんな奴らなんだ?)

 

 一生徒の行動に国家運営の学校が振り回されるなど南雲からしても異常である--流石にそこまではならないか、と自嘲しながら提出を済ませた。

 

 そしてその日の内に〝特例〟として一年に特別試験が、もうひとつ追加されると通知されるのだった。

 

 

 

 




 9巻相当は終わりましたが、まだネタは引っ張ります。
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