どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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無言で○○

 

 

 

 翌日、クラス代表の話し合いの結果を伝えたⅮクラスは何とも言えない空気に包まれていた。

 

「全会一致は結局無し、か」

 

 誰が言ったか、ただ最も無難な展開にならなかったことは誰もが残念であった。

 

「けどさ、考えようによっちゃ上のクラスとの差を埋めるチャンスだよ--ペナルティが大き過ぎてすっかり失念してたけど」

 

 櫛田が場の空気を払拭させるように……とは全然違うニュアンスでの発言に、流石に非難の目が集まった。

 

 クラスポイントによる入札--これを勝ち取ったクラスは選択肢の権利を得ると同時に相応のクラスポイントを失う。

 

 Aクラスになるだけを思えば悪くない展開だ--ただ、それが示す者は自クラスから退学者を出すことの容認。

 

 素直に歓迎できるものでは無いし、もし自分になったならと言う不安は齎される恩恵と吊り合うものでは無い。

 

「その場合は宣言通りに嬰児くんを指名して、相手の出方を見るしかないわね」

 

 堀北は当初通りの方針で退学回避か、撤回させるなどの打開策を見出す可能性を示す。

 

「ん~。でも堀北さん、退学には嬰児くんは含まれない(・・・・・)って特例が付いちゃったら誰にするの?ひょっとして私?」

 

 櫛田は方針を真っ向から否定し、継いで自分もその気はないと戦う姿勢を見せた--これにはクラスメイト達は自分たちも選ばれない為には、なりふり構わず戦わなければならないと言う思いを抱いた。

 

 それは堀北も例外ではなかったが、雰囲気に呑まれることなく冷静さを保つ。

 

「まだ起こっても居ない可能性を論じても意味は無いわ--その場合は学校側で既に決まっている公算が高い。理由の開示とそれに納得がいかなきゃ、可能な限り異議を持って撤回に努める--それしかないわ」

 

「玉虫色だけど妥当なとこだね--それで結局、Ⅾクラスは1の選択肢で決まりってことでいいんだよね」

 

「ええ、坂柳さんの勘を信じ切る訳じゃないけど、嬰児くんの状況が余計に悪くなるのは、どう考えてもマイナスにしかならないわ」

 

「だよね。と言う事だけど、皆は何かあるかな?」

 

 話を振られたものの、聞いていたクラスメイトたちは困惑して直ぐに何かが出る事は無かった。

 

 もし入札を勝ち取ってプロテクトポイントを得てもそれは一人だけの恩恵、クラスポイントは大きく失う--そうでない場合は誰かが退学になり、クラスの利益は無い。

 

 かと言って試験そのものに異議を唱えた所で、ここまで話が進んでいる状況で覆るとは思えない。

 

 全てに関して、この試験は異常だ。

 

 殆どが不安を抱き弱気になるのも無理もない--そんな状況を見定めながら平田が立ち上がり言った。

 

「皆、心配する必要はない--忘れてないかい、退学者は僕になるって言ったのを?」

 

「いやいや、あれって場を収める為の方便だったんじゃ?」

 

 何でもない風に言う姿に透かさず否定を示す軽井沢--それに王も続いた、彼女の方はより真剣に。

 

「そうだよ。平田くんが居なくなっちゃうなんて駄目!」

 

「心遣いは感謝するけど、僕だって進んで退学したい訳じゃない--1を選んで入札になったなら勝ち取れば済む話だ」

 

「平田……それはAクラスが遠のくのを意味してるのが分かってるのか?」

 

「委細承知の上だよ、幸村くん--代わりにプロテクトポイントで今後、一人を合法的に救われる権利を得られるんだ。Aクラスにはこれまで通りの姿勢で挑めば良いだけさ」

 

 何ひとつ迷いなく言い切る姿はこれまでの平田とは違う何かを感じさせた--それには数人が気付き、声も上げる者も居た。

 

「フフフフ。成程、それが平田ボーイの願いと言う訳か--最終的な勝利よりも一時の仲間を、なんとも甘い話だ」

 

「その通りだよ、高円寺くん。僕は仲間が犠牲になるくらいならAクラスに上がれなくても良い。その考えが気に入らないなら、切ってくれて構わない--これでこの話題は終わりだ」

 

 平田は強引に話を打ち切り席に座る--見方によれば我儘を通そうとしているだけだが、自らの退学と言う大きな対価を提示しただけに安易な反対は出来なかった。

 

「覚悟は伝わったわ……納得は出来ないけど」

 

 堀北が重くなった教室の中でそれでも話を進めようと言う--いつまでもこの議論だけを続けて行く訳にはいかない、更に決めなければならないことがある。それを全員に周知させる必要があると自身の心中に発破を掛けて。

 

「Ⅾクラスの選択肢は1。そして昨日の話し合いで入札になることは、ほぼ確実と言っていいわ。なら出せるクラスポイントをいくらにするか、この後の最終試験で大量のポイントを得られるなら、幾分か融通できるけど--それも勝てればの話、最悪は0ポイントで二年生を迎えなきゃいけない」

 

 この説明に空気は更に重くなった--ただそれでも考えない訳には、今決めない訳にはいかないのは誰もが分かっている。

 

「0ポイントか。もしAクラスが入札も捨てて、後の方も勝ち上がったなら--完全に絶望的だな。例え嬰児の全力があったとしても」

 

 ならば勝てばいい--そんな楽観を述べれる訳もない。各クラス目的は同じ、それぞれが全力を出してきているのだ。増してや倒すべきAクラスのことも奇妙な形で、それなり知ることが出来ていた--何も犠牲せずに勝てるなどとメルヘンは通じない。

 

「これらを踏まえて考えると出せるクラスポイントは100までが限度だけど--正直に言って勝てる可能性は低いわね」

 

 堀北は最悪を想定し、この次の試験を負けたとしても300は残したい--出来るなら、まだ煮詰めていきたいが如何せん時間がない。

 

 担任である茶柱が来れば否応なしに選択肢と入札額を提示しなければならない--やはり全会一致に持って行けるように粘るべきだったか。

 

(いいえ、口約束なんて信じられるレベルじゃない--柄じゃないけど、奇跡が起こって誰も退学しない結果を祈るしかないわね)

 

 結局、なるようにしかならない--最早、それで腹を括るしかない。

 

「Ⅾクラスの選択肢は1。入札額は100--退学者が出た時は皆で戦う。これでいいかしら?」

 

 最後の確認に皆が肯いた--程なくして茶柱が来てクラスの選択を聞き、彼女の端末に打ち込む。

 

 投票と入札と言ってもたった四つ、結果は直ぐに出て各自の端末に表示された。

 

 

 Aクラス、選択肢1--入札額、 0。

 Bクラス、選択肢1--入札額 120。

 Cクラス、選択肢3--入札額、343。

 Dクラス、選択肢1--入札額、100。

 

「ああ……一之瀬さん、心変わりしたのかぁ」

 

「結果だけを見ると、勝ち目がある選択肢を選んだだけとも取れるわね」

 

 櫛田と堀北が昨日の話し合いでの様子を思い出しながら、拍子抜けしたように言う。

 

 目に見えてやさぐれ、嬰児に腹を立てていることからして、2の選択肢を選んでくる可能性も視野に入れていた--そうなればⅮクラスが入札を勝ち取り、プロテクトポイントを得て退学者を出さずに済んだ。

 

 しかしBクラスの選択と入札額からして一之瀬は退学者を出さない、かつギリギリでBクラスを保てる可能性を選んだ--普段の一之瀬らしく、意外でも何でもないが話を大きくした割にはあっけない展開であった。

 

「ただこれで最終試験前に三クラスほぼ並んだ--結果次第じゃ、来年は俺たちがBクラスだ」

 

 幸村が前向きに言った--確かに現実味のある可能性だが素直に喜べない。

 

 何よりも入札により決着した以上、今気にしなければならないのはペナルティだ--誰もが息を飲み、茶柱を見る。

 

 茶柱はいつも以上に難しい顔をして懐から一枚の封筒を取り出す。

 

「退学者の話をする前に伝えるべきことがある、牛井--新しい特例だ。内容を読み上げる--これは全生徒(・・・)に関わることだから皆も心して聞け」

 

 一段と緊張が高まる中、茶柱の口から説明される--その内容に誰もが驚愕する。

 

 時を同じくして、それは他の()クラスも同様だった。

 

「試験結果1となり、その恩恵がひとクラスのみとなった--よって残り三クラスにも与えられ可能性のあった‶三人分のプロテクトポイント〟を与える」

 

「ちょ、ちょっと待ってくだ―――――」

 

「この前提の上で、特例として‶他者への譲渡〟を認めるものとする」

 

 抗議の声を遮り続けられた説明に一応の落ち着きを見せる--つまりこれが意味するところは、

 

「先生。人が悪いですよ--結局この試験?……で退学者は誰も出ることは無いってことじゃないですか」

 

 平田が疲れたような言う--そのニュアンスは安心しきったもので、誰もが共感するもので一同の気が抜ける。

 

 ただそんな上手い話ではないと気を抜けない者たちも居た--その懸念は直ぐに現実になった。

 

 茶柱は反応を無視して淡々と説明の続きを読み上げる。

 

「譲渡方法は牛井嬰児から奪い取ることだ」

 

「え、奪い取る?」

 

 物騒な単語にまた緊張が入り始めた--茶柱はタブレットを操作し、生徒たちにある画像を送る。

 

 そこには『どす黒いキノコの様なイラスト』の刺繡が入った腕章があった。

 

「牛井が持つプロテクトポイントの証明書の様なものだ--譲渡を望む者はこれを牛井から奪い取る。もしくは挑戦者が奪った腕章を付けて牛井から逃げ切る--どちらかは挑戦者が決める」

 

「あの先生……詰まらない事なんですが、もう少しソフトな言い方でお願いできませんか」

 

「済まないが、これも指示されててな--書いてあることをそのまま読めと」

 

 茶柱も不本意であると引き下がり説明が続けられる。

 

「その手順はまず希望者が申請し、理事長クラス(・・・)の承認を得る。次に承認者の立会いの下で牛井と腕章を取り合う勝負--シンプルに表現するなら格闘技の試合又は鬼ごっこのようなゲームをして貰う。制限時間は三十分だ」

 

「……鬼ごっこって」

 

 ここに来ての拍子抜けな例えに緊張は一気に抜けた--と同時にこの条件ならと欲が刺激され、獲物を見る狩人のような視線が嬰児に集中する。

 

「しかし当然、真面目にやって貰う--牛井が無抵抗、八百長が明らかな場合はその勝負は無効だ。また勝負に際して不慮の事態が起こる可能性も頭に入れておくように」

 

「先生、不慮の事態って……まさか?」

 

「怪我をさせないように相手を制圧するなど至難の業だからな--牛井が強いのは今更だろう」

 

 全員の脳裏に体育祭で異常だったCクラスの男子全員を圧倒していた嬰児の姿が蘇った--端的に嬰児と戦えと言われ、さっきまでとは比じゃない緊張感が全員に走った。

 

「……先生。試合形式の方は兎も角として鬼ごっこなんですよね、なんで怪我するなんてことが?」

 

「それはあくまで分かり易く説明する為の比喩だ。基本は腕章を牛井から奪い取ることで、牛井も全力で抵抗する--追いかける場合も全力でな。シンプルに考えれば倒してから奪い取るのがてっとり早い」

 

「で、でもそれじゃ、運動が苦手な生徒は――――」

 

「説明は最後まで聞け。更に挑戦者には十人までの助っ人を用意する権利もある--都合、最大十二人で戦うと言うコンセプトだ」

 

「いや、十一対一でも嬰児に勝てる気しねぇって」

 

「そこはお前たちの創意工夫だな--逃げる側を選んだとしてもフィールドは指定されてないから学校の敷地内なら何処だろうと構わない。罠を仕掛けるなりして制限時間を凌ぎ切るのも有りだし、戦う側を選んだとしても牛井には治療道具も装備させるから最悪死ぬことは無い筈だ--もし破った場合は解っているな?」

 

「はい」

 

 茶柱は嬰児に強く念押しし、嬰児は短いながらハッキリと肯いた--ただそれは気休めにもならない。本気じゃないにしても嬰児と戦い、無傷で済むイメージなど湧かないのだから。

 

「更に特例であるから勝者には獲得したプロテクトポイントを譲渡する権利もある--ただその場限り、指定した相手に無償譲渡するか有償にて競りにかけるかのどちらかだ。後者の場合は最低1000万prポイント、そこからの上限はない」

 

 この追加説明に誰もが心揺さぶれたのは言うまでもない--通常、退学回避に必要とされる2000万prポイントが半額で手に入る。

 

 そうでなくとも最低1000万を獲得できる手段が転がり込んんだのだ--もう話は今試験だけで収まる規模ではない。

 

 欲がさらに刺激されたが、ここまで旨い話に警戒感を抱く者も出て来る。

 

「先生。失敗……嬰児が勝った場合は挑戦者には、どんなリスクが?」

 

「何もない。クラスポイントもプライベートポイントも減る事は無いし、内申や評価にも影響されることもな--強いて言えば、先に上げた不慮の事態が起きるかもしれないのが挑戦者のリスクだな。尤もこれも最大限の配慮は用意されているが」

 

 挑戦者には何のリスクも無く、嬰児だけがデメリットを被る--と一見思えるが、嬰児のこれまでを振り返れば全くそうではない。

 

(中々に太っ腹なことするな--理事長代理とやらは)

 

 嬰児に公然と戦う場を与える--これは今まで通りを選択した生徒たちへの落とし前と言う面もあるのだろう。

 いや、もしかしたらどの選択肢になっても嬰児にはプロテクトポイントを複数与えられ、公式に奪取することになっていたかも知れない--もっともこれは今更確かめようもない。

 

 どちらにしてもこれで嬰児の自由は更に削られる--勝ち目のない低いリスクであっても退学を回避できる権利とそれを基に大金を獲得できるのは魅力的過ぎる。

 

 実際に既にクラスメイトの何人かは嬰児に視線が釘付け状態になっており、出来るなら今直ぐにでも戦いたいと言う顔だ。

 

(オレだったっら迷惑千万なんだがな。嬰児なら―――――)

 

 綾小路は嬰児の心境を推察しながら自分(・・)にとって、どう持って行くかが最良なのかを思案し始める。

 

 それぞれが浮かれ気分になる中で話は続く。

 

「この特例は牛井がプロテクトポイントを全て失うまで終わる事は無い--ただし牛井や立会人にも都合があるから、いつでも何処でもと言う訳にはいかない。当たり前だが挑めるのには限りが出るから漏れたとしても異議は認められない」

 

 つまりは早い者勝ちとクジ運的な要素も関わって来る--いや挑戦権を買うことも可能なのではないか?と呑まれずに思考する者も居り、今肝心な事が誰の脳裏からも忘れられていた。

 

「特例に関しては以上だ。続いて、今試験での退学者を発表する」

 

 教室の空気が一変する--絶大なる恩恵を齎す話に意識が言っていたが、今気にしなければならないのはそれだ。

 

 ただもし退学を宣告されても嬰児に堂々と挑むことが出来ると楽観視する者--それをダシにして優先的に挑み、土壇場で大きな利益を独占できるかも知れないと考えをめぐらす者も居り、余り重要視されてはいない。

 

「退学者は山内春樹--詳細な理由は最後に表示されている『OAA』と言う項目にある」

 

 全員が一斉に項目を押すとover all abilityと題された画面に切り替わる。

 

「本来なら新年度から導入予定だった、お前たちの個人成績表だ--今回はブラウザで自クラスのみだが、新年度からアプリが正式にリリースされ全学年の生徒の成績が閲覧できるようになる」

 

 全員が、特に山内が食い入るように自分の評価を見る。

 

 1-D 山内春樹

 

    学力 E-(22)

  身体能力 D-(38)

 機転思考力 D+(44)

 社会貢献性 E+(30)

   総合力 E (34)

 

 項目の詳細、評価の算出は、

 

 学力--主に年間を通じての筆記試験より。

 身体能力--体育の授業、部活動の活躍、特別試験の等の評価より。

 機転応用力--友人の多さ、その立ち位置を始めとしたコミュニケーション能力や、機転応用が利くかどうかなど、求められる社会への適応力より。

 社会貢献性--授業態度、遅刻欠席を始め、問題行動の有無、生徒会所属による学校への貢献など、様々な要素より。

 総合力--上記四つ(社会貢献性のみ影響は半減)より導き出される生徒の能力。

 

 計算方法--(学力+身体能力+機転応用力+社会貢献性×0.5)÷350×100で四捨五入算出。

 

 納得する者も居れば不満に思う者も居る中で、案の定と言うべきか--牛井嬰児の項目だけが‶特例適応により無効〟とあった。

 

「先に言って置くが、この特例は入学当初からあるものだ--牛井に関してはあらゆる記録を残すことを禁じられている」

 

「それって2の選択が成れば表示されてたってことですか?」

 

「建前上はそうなるだろうな」

 

 茶柱は懐疑的な目で嬰児を見る--無言のまま、何も答える事ない様子に話を進める。

 

「もう言うまでもないだろうが、退学理由はOAA最下位だ--今回に関しては特例としてプライベートポイントも通常より半額の1000万を払うことで退学回避も受理される」

 

 正に特例のオンパレード--何より、この説明が意味するところは。

 

「嬰児!今直ぐに俺と勝負しろ!!」

 

 山内が立ち上がって嬰児に詰め寄る。

 

「全部、お前の所為でこうなったんだ--俺に対して償いやがれ!!」

 

「……あのさ、八百長は駄目って聞いてなかった?」

 

「うるさいぞ、軽井沢!そこも上手に負ければいいだろ……クラスメイトの危機なんだ。お前だって自分がそうなったら、なりふり構ってられるのかよ!!」

 

「醜いね」

 

 高円寺の静かなひと言が興奮していた山内の意識を引き付けた。

 

「僅か数秒で嬰児ボーイに眠らされたのをもう忘れたのかい--どんな奇跡が起ころうと君が勝つことなどありえないさ。無意味な事は止したまえ」

 

「!!」

 

 嫌な思い出が甦り益々顔を歪める山内--そんな様相に構わず高円寺の煽りは続く。

 

「そもそも彼に何を言おうとすること自体無意味さ--彼は何も答えられないし、決められない。直訴すべき相手がそもそも違う事すら分からない無能など、消えた方が身の為だよ」

 

 山内の怒りは頂点に達し、今にも高円寺に襲い掛かりそうだが、

 

「そこまでだ」

 

 茶柱が制止した。

 

「お前たちが何を言おうが決定は変わらん。状況に文句があるなら然るべき手続きをしてからにしろ」

 

 然るべき手続き--この台詞に再び嬰児への注目が増す、茶柱自身も。

 

「牛井。特例に対する詳細な説明と手続きがあるから、今直ぐに理事長室に迎え」

 

「分かりました」

 

 嬰児は何事も無い仕草で立ち上がり教室を去る--直後の数秒間、無音で静かになった後、茶柱が更に説明を続ける。

 

「本来なら退学者は直ぐに退室となるところだが、特例の手続きで今日夕方までシステムが止まる--折角できた猶予だ、有効に使え」

 

 茶柱も教室を出た--次の瞬間に騒ぎが再開される。

 

「皆。色々と思うところはあると思うけど、クラスメイトの危機を前提に――――」

 

「甘いことを言うべきではないよ、平田ボーイ。たかだか十一人で嬰児ボーイに勝てると本気で思っているのかい?」

 

「高円寺くん。今日はやけに饒舌だね--ただ言ってることは尤もだ。まともにやって嬰児くんに勝てるヴィジョンは僕も浮かばない--だから取るべきは嬰児くんから逃げ切る方法しかない。協力者全員で足止めして、時間切れになれば、僕たちだけじゃなく二クラスの退学阻止……いや上手に調整すれば誰も(・・)退学せずに済むはずだ」

 

 平田もまた饒舌に語った--彼の言いたいことを理解出来ない者たちも複数いた為、堀北が噛み砕いて補足を始める。

 

「つまりバレない様に八百長して、プロテクトポイントを2000万で売却--半分を他クラスに譲渡すると。

 確かにそれなら今回に限って誰も退学せずに済むけど……そう上手く行くかしら?」

 

「だよね。立会人がワザとだ無効だって言ったら覆しようがないんじゃ」

「って言うか、嬰児くん。あたしたちより指示されたことを守らなきゃ不味いんじゃないの?」

 

 櫛田と軽井沢も懐疑的だ。何より嬰児の事は向う側の方が知っているはず--仮に負けたとして何故そうなったと尋問されたとして、相手を納得させらるのか?それも何とかしたとしても更なる特例(ばっそく)が追加される可能性は高い。

 

 嬰児は絶対に嫌だろう--何より、

 

「全て上手く行ったとしても2000万もの大金を目の前にして、気が変わったりしないかしら、私たちも含めて?」

 

 堀北の指摘に静寂が訪れる。

 

 2000万あればクラス移動が可能になる。退学回避にだけしか使えないプロテクトポイントよりも選択の幅が広がり、有事の際や最終的に得られる見込めるポイントを計算すれば残りの学校生活も上がりだと言っても過言ではない。

 

 そんな私利私欲に駆られないと、どうして言い切れようか。

 

「もしさ手にしたポイントをネコババしたりしようとしたら平田くん、どうするの?」

 

「そんなことをしたらクラス中を敵に回すだけだよ--直ぐにクラス移動をしたって居場所なんてある訳がない。例外は居るだろうけど、その場合は一生許さないよ。僕は」

 

 平田は二人の男子生徒をワザとらしく見ながら、見たことも無い荒んだ目で睨みつける。

 

「フフフ。なんとも醜いじゃないか、平田ボーイ。安心したまえ、そもそも私は戦う気は無い。真に戦うべき相手は彼じゃないし、それは今でもないと悟ったからね」

 

「それってつまり卒業後に嬰児のバックに挑むって意味か?」

 

「それは好きに解釈したまえ、綾小路ボーイ」

 

「そうか。なら最終的には敵になるかも知れないか」

 

 綾小路もまたらしくもなく好戦的ニュアンスで周りが引いたが、直ぐにそれは収まった--そして平田に言う。

 

「平田、そして皆。ポイントをどうするかは決めてはいないが、オレは直ぐにでも嬰児と戦うつもりだ。無論負ける気も無い」

 

「え、綾小路くん。前に嬰児くんに負けたんじゃ……リベンジマッチってこと?」

 

 これに櫛田が真っ先に反応した--そして大半が初めて聞くことと、出された結論に男の子だなと一定の理解を見せるも、それでも無謀だと思った。

 

 ただそれでも誰かが戦わなければ、そして勝たなければ状況は良くならない--これは確かであり、自ら名乗りを上げたことに異議はなかった。

 

「あ、綾小路、俺も協力するよ。だからポイントは俺の為に」

「ダチの為だ。俺もやるぜ」

「僕も手を貸すよ。綾小路くん」

「清隆がやるなら俺も」

 

 退学の危機にある山内は勿論、須藤、平田、三宅と続々と名乗りを上げる--この流れに良くも悪くも皆が呑まれていく。

 

「嬰児と真正面から戦っても勝ち目がないなら、選択肢は当然逃げる側だよな--フィールドが指定されてないし時間制限も有るなら戦略次第で」

「他のクラスからもさ、助っ人頼んでみる?」

「有りだよね。ある意味で運命共同体だもんね、今は」

 

 しかし全員ではない。

 

「ちょっと雰囲気に呑まれちゃ駄目よ」

 

「堀北さんの言う通りだよ--最悪、大怪我じゃ済まないよ。冷静になって!」

 

「……いや櫛田さんの方こそ落ち着こうよ」

「そうだよ。必死過ぎて逆に引いちゃうよ」

「なんだかんだ言っても結局はゲームなんだから」

 

「分かってないのはそっちだよ。嬰児くん、傷つけることを躊躇しないから!命令だって言い訳があるなら何するか分からないよ!!」

 

 櫛田の魂の叫びとも思える姿に堀北は惚れ込んだ瞬間を思い出し、一瞬見惚れてしまう--そして考える。同じ意見を述べ、ここまで必死になるなら自分も続かなければ女が廃ると。

 

「嬰児くんの親御さんの言葉を思えば、たかだかゲームでそこまでするとは考え辛いけど--嬰児くん自身も学生でタカが外れてしまうことも考慮しなきゃ危険ね。その上で尋ねるわ--綾小路くん、命を懸けてでも勝ちに行く気があるの?」

 

「嬰児に勝つにはそれ位じゃなきゃダメだ。アイツの恐ろしさはオレの方がよく知ってる。ハッキリ言えば素手の一撃で人を殺せる凄まじいのをこの目で見たからな--あれを喰らってたらと思うと今でもゾッとするよ」

 

「……そこまで分かってるのによく戦おうなんて言えるわね…………気が狂ったの?」

 

 堀北の問いはクラス全員の代弁だった--高円寺ですら何と答えるのかと注目している。

 

「そうかもな。あの圧倒的な力を目にすれば誰であろうとも正気で居られないだろう--増してや更に上があるとも言い切ってたんだ。龍園の言葉を借りるなら、人生で巡ってきた奇跡の様なチャンスなんだ--命を懸けるに値する」

 

 粛々と語る綾小路の姿に再び戦うと言う流れに呑まれそうになるが、

 

「例えそうだとしても皆を巻き込むのは賛同しないわ--下手したら周りを巻き込んじゃうかもしれないなら、やっぱり自重しなきゃ駄目よ」

 

「堀北。オレがいつ皆と一緒に戦うって言ったんだ」

 

 綾小路の静かなひと言は一斉に場を静寂にさせた。

 

「嬰児とは一対一で戦う--無論、逃げる側じゃなくて嬰児に挑む方でな」

 

「……たった今、ゾッとするって言ったんじゃ」

 

「倒すか倒されるかならだが、腕章を取るだけなら僅かだが勝つ見込みはある--嬰児も気を付けるだろうがヤバいと感じたら直ぐに降参するさ」

 

「そう。なら仮に勝てたとしてプロテクトポイントは、Aクラスに売却してCクラスと折半するのが順当だけど、それに対して言いたいことは?」

 

「さっきも言ったが考えてない。ぶっちゃけて言えば殆どついでだしな」

 

 あくまで嬰児と戦うことが目的であり、その他の事はどうでもいい--そんなニュアンスは薄情極まりないが、それでも退学の憂き目にあってる当事者やそれを望まない者からすれば希望ではあった。

 

「あ~……ついででもいいから勝ってくれねぇかな…………感謝はいくらでもするから」

 

「僕からも頼むよ。君が勝つことが誰も不幸にならない一番確実な方法なんだ」

 

「悪いが何も約束は出来ん。本当に勝てる見込みは少ししかないからな--それが不服ならオレがやられた後で自分らでやってくれ。ただし何も保証はしないがな」

 

 静かなれど凄みを感じさせる様相に多くが引いてしまうが、堀北は窘めるように言う。

 

「最後に脅しって……たちが悪いにも程があるわよ」

 

「どうとでも」

 

 短く答えた綾小路はこれ以上の問答は無用と立ち上がり教室を出て行った。

 

 

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