どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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ごっこ遊びも侮れない。

 

 

 完全に夜になった--どうにも興奮が抑えきれないな。

 

 ハハハハハ--目の前にある三つの腕章、その刺繍された‶どす黒いキノコ〟のようなイラストは実にシンプルだが何なのかは分かる者は居ない。僅かな例外を除いて……

 

 ……これは毒だ。人間の体内にある胃酸と科学反応を起こして約十二時間で死に至らしめる猛毒結晶『獣石』のイラスト--これを付けて戦うのだから、中々に皮肉(はいりょ)の利いた演出だよ。

 

 ただそこまでやるなら最初は十二人の実力者を揃えて欲しかったな--なんで一対一(サシ)なんだ?

 

 坂柳や月城の目的が奴にあるとして、この拘りは異常とも言える--ともあれ、その手の事情なんて受け継いだ経験の中には吐いて捨てるほどあるし、何より俺自身が異常中の異常な存在だ。

 

 そんな俺とぶつけることでどうにかしようって算段なんだろう--となると余計に気を遣わなきゃいけないか。

 

 ……やはり面倒だな。

 

 端末を取り出して催しの詳細を確認--早急にする必要があるから明日にでも、と踏んでたんだが本日中にやるとは。

 

 綾小路が相手に決まって程なくして、二時間後に開始との通知--可笑しな憶測が飛び交おうのも今更だが、形式的な事まですっ飛ばして来るとは。

 

 これはいよいよ俺の学生って立場も名目だけになるかね--ま、別にいいけど。

 

 腕章を付け、いざ決戦の地へ。

 

 指定されたのは体育館でも柔道場でも無く、だだっ広いグラウンドの真ん中で昼以上に明るく照らされ準備も万端--ついでに言えば暴れても壊す物を少なくする為、とかじゃないよな?

 

 向かう途中もだが、到着した時には見物人が数えるのもバカらしいほどに集まっていた。

 

 そして赤いジャージ姿の綾小路が目を瞑り無言で待っている--さながら武蔵を待つ小次郎って感じだ。

 

「待たせたかね」

 

「お手柔らかに頼むぞ」

 

 おいおい。台詞が丸であってないぞ……物干し竿の如き長い棒を装備して…………いや、腰にも警棒がふたつだから、武蔵と小次郎を足した姿かね。それだけ準備万端、戦闘意欲旺盛みたいなくせに、何を気の抜けたことを。

 

 なんて感想を見物人の殆どが抱いたな--盛り上がりに欠ける、締まらないと囁く声も聞こえる。

 

 なら盛り返す為にも早く始めるとするか。

 

 綾小路の隣に立ってる月城代行の元まで行く--正確にはその足元に置かれてる大きなリュックに。『申』が使ってたのと同じデザインなのは分かり易い意図だ--中身についても予想が付く。

 

「確かめても?」

 

「どうぞ」

 

 許可を取りリュックを開けると消毒液から包帯、縫合用の糸に痛み止めまでしっかりと揃ってる。これなら多少の事なら直ぐにどうにかなりそうだ--少し安心した。

 

「後はこちらが試合用の武器になります」

 

 そう言って細長い袋に包まれた獲物を差し出して来る--まさか本物じゃないよな?

 

 期待と疑念を半分ずつに中身を取り出すと、質素な木刀が出て来た。錆止めもしてない雑で粗末な物でかなり使い古されてるな--柄もザラザラで使い辛いのが素人目でも明らかだ。

 

 まぁ、別にいいけど--袋に収めて左手に。リュックも背負い、これでこっちも準備完了かね。

 

 振り返ると綾小路も近づいて来て向かい合う--その目にはしっかりと殺意が込められてる。そのつもりでなきゃ勝てないのを自覚してるか……こりゃ、またひとつお嫁さんに嫌われちまうな。

 

 ドラマチックに何か、ひと言掛けるのも無粋だ--立会人の月城に早く始めろと促してさえいる。

 

 対して月城は笑みを浮かべながら事務的に言う。

 

「では確認しますが、挑戦者の勝利条件は腕章を奪い取るのひとつだけ--それ以外での終了条件は続行不能が明らかとなるか、時間切れだけです。いいですか?」

 

「承知した」

「ああ」

 

 大勢の見物人が漸くかと息を飲んだようだが、それ以上に綾小路の戦意(テンション)が既に頂点の様だ。

 

「では、始めてください」

 

 言い終わると同時に長棒を構えて突きに来た--体育祭で見せた速さより更に上がった最速の刺突だ。

 

 しかも寸分違わず眉間を狙ってやがる--マジで殺す気で来てる、面白い。

 

 顔を逸らして避けるのが最も簡単だが、それをしたら横薙ぎに切り替えてるのは予想が付く--ならば、左手にある木刀を袋から出すことも無く斜線上に置いて受け止める。

 

 勢いを殺し切れずに長棒が上に跳ねた--様に見せかけて、更に踏み込んで渾身の振り降ろしが来た。

 

 明らかに想定済みな流れるような連続攻撃--坂柳の言う通り、やるじゃないか綾小路。

 

 これも半身で避けるのがセオリーだが、俺としては『午』モードの『鐙』による最高硬度で受けて戦意を削ぐのが一番良い……んだが、衆人環視(ギャラリー)の目もあるからそれも出来ない。約束もあるしな。

 

 仕方ない、柄部分を上に向けて受け止めて崩す--今度は本当に跳ねたが、綾小路は瞬時の判断で長棒を手放し、腰に装備してた二本の警棒を抜いて間合いを詰めて来た。

 

「ハッ」

 

 小さな掛け声の割には随分と気合が籠った必殺の一撃の連続だ--左頬への突き、右わき腹を狙った横薙ぎ、左ひじの関節を正確に狙った袈裟斬りと、木刀で受ける度に包んでる袋がほつれる、全てにおいて全力にして最速を感じさせる洗練された動き。

 

 傍目に観れば見事な剣舞だろうな、格好は地味だけど--そんな感想を抱いてたら四撃目、今度は右肩を狙った振り抜き…………フェイクだな。

 

 勢いよく来ると見せ掛けて足を止め、肩から腕に狙いを切り替えた--そこに在るのは『腕章』だ。

 

「…………」

 

 この場合は『申』がいいかな--踏み込みを強めて空いている右手から手刀を放ち、警棒を撃退する。

 

 そのまま。すり足で僅かに近づいた瞬間に綾小路は大きき飛び退いて、地面に転がっていた長棒を拾い、力任せに横に振り抜いて仕切り直しを計った。

 

 やはり俺の間合いを読んでるな--それも昨日今日じゃない程により綿密に。

 

 正直、ここまでやるとは思わなかった--嬉しい誤算だ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 笑っている嬰児を見据えながら綾小路の心臓の鼓動は限界まで上がっていた。

 

(意識的か無意識的か知らないが、余裕シャキシャキで羨ましいことだ)

 

 余裕があっての思考ではない--寧ろ逆だ。思考を続けなければ、一瞬で終わってしまう--そんなギリギリの緊張感を持ち続けなければならない。

 

 ただそれでも必殺のつもりで放った技が尽く通じなかったのは精神的にくるものがある。

 

 綾小路清隆にしても戦闘のプロに教育を受け来たし、身に付けた実力に自負もあった。

 

 しかし嬰児は今まで相手にして来たそのプロたちを軽々と超えている--ただ冷静に分析すれば意外ではない。

 

(あの男はあくまで権力を欲する側で、嬰児のバックは権力を有する側(・・・・)だ)

 

 動かせる人材や資金、何もかもに開きがあって当たり前--寧ろだからこそ、その域に自らをと設立したのが‶ホワイトルーム〟なのだろう。

 

 ただそれでもここまで差があるとは予想外だった--嬰児は異能を全く使っていないか、使っていても分からい様に工夫してるか、どちらにせよ相当な制約を受けている。

 

 何も知らない外野からも荷物を背負い、左手も満足に使っていない中で圧倒しているのは明らか。

 

 綾小路がさぞ小さく見えてるだろう--正に綾小路自身に好都合な展開だ。

 

(あそこまで異常な奴が直ぐ側に居ればオレ如き、目に留まる物好きなんて僅かしかいない--我慢の枷(きをつかうの)が緩くなるのは歓迎だ)

 

 改めて綾小路は周囲の目や雑音を消し去り、牛井嬰児を見据える--地面を粉砕した一撃や体育祭で見せた体術を幾度も脳内で再生し、時には図に描いて徹底的に嬰児の間合いを検証して来た。

 

 その成果は確実に実を結んでいる……今現在は。

 

 嬰児は余裕を見せて一歩も動かない、等と言う真似をするつもりではない--綾小路に対して確実に倒せる間合いに持ち込もうと気を窺っている。

 

 素手での間合いは把握しているが、それもひとつの体術だけだ--他の戦い方や武器を使用した場合の間合いは全く分からない。

 

 それをされたら成す術なく倒されても不思議ではない--だからその傾向が見えたら、即座に降参する気なのだが、

 

(嬰児もそれは読んでるか)

 

 その気になれば直ぐに終わらせられる事を丸でやる気がない--少しでも長く戦いたいと言うことか、上からの指示で手の内を見せることを禁止されているのか?

 

(どっちにしても長い三十分になるな)

 

 お互いに相手を見ながら自分の距離に持ち込もうと神経を尖らせての探り合いが始まる--それは外から見たら睨めっこをしているだけで素人目には退屈であった。

 

「何やってんだよ!もっと攻めろよ!!」

 

 更に言えば退学が懸かっている山内を含めたA、C、Ⅾの三名は焦りも混じって、綾小路に業を煮やし叫んだ。

 

 それに呼応して、他からも声が上がる。

 

「そうだ!」

「こっちを差し置いて挑んだんだろうが!」

「怖気づいたなら、代わりやがれ!!」

 

 しかしそんな野次馬の雑音など当人たちには一切届くことはなく、距離の測り合いは緊迫の度合いを増していく--それは玄人目には見応えのある見えない攻防であった。

 

(あれが牛井嬰児の間合いか--但し、素手の場合。剣を抜いたならどうなる?)

 

 前生徒会長、堀北学は食い入る様に二人の戦いを観ながら、自分ならどう戦うかを考察する--綾小路の見せた攻撃は有段者である堀北学からしても文句のつけようのない洗練された必殺のものだった。

 

 それを牛井嬰児は余裕で見切り完璧に凌いだ--しかもあからさまなハンデを背負った状態でだ。

 

 もしも考えなしに突っ込んで行ったなら、一撃のもとに終わってしまうのは想像に難くない--技を組み立てて、状況を活かし、最大限に相手の力を封じる等、多岐にわたる戦術を思い浮かべては却下する。

 

(見切りだけじゃない、瞬時の判断も的確で群を抜いている--どう攻撃しても届く気がしないな)

 

 内容はかなり悲観的な物だが、内心は途方もなく楽しかった--同時に今直ぐにでも、割って入って…………否、綾小路に成り代わって自らが挑みたかった。

 

 そして持てる全てを尽くしてみたい--人生で初めて出会った大きな山に高揚感(こうふん)が高まるばかりだ。

 

 

 

(一対一でやるのは駄目だよな--となると勝つ方法はひとつ、逃げ切るしかねぇよな)

 

 現生徒会長である南雲雅は改めて規格外の一年、その二人の攻防を見ながら、より現実的にルールに則った上での勝利と、例え試合に負けても勝負に勝つにはどうすべきかを模索する。

 

 戦闘、身体能力では圧倒的に上をいかれているのは一目瞭然。そんな相手に立ち向かって行くなど愚の骨頂--人数を増やした所で変わるものではないのも嫌でも分かる。

 

 ルール上では逃げ切る方法も提示されており、例え名目上でも勝利を得るにはそれしかない--動かせる手駒や統率力、学校の敷地に関しての把握と有利持っていける材料を活かしても勝てるイメージが湧いてこないが、

 

(例え名目上は負けたとしても、アイツの心に土を付ける手段はある筈だ)

 

 牛井嬰児は異常性を隠すことも無く、自分が圧倒的に格上だと自覚している--だから、どれ程のハンデを背負おうと不利なルールを課されようと余裕を崩さない。

 

 どんな手を使われようとも完全な勝利で終わると自負している--その自負を砕くことが出来れば、ハンデさえなければと等の言い訳を嬰児自身に抱かせることが出来たなら。

 

(寧ろ、ただ勝つよりそっちの方が痛快だな--上手く行けばAクラスの特権以上のものも手に入るかも知れないな)

 

 愉悦に欲得が混じり始めて来たが、そんな都合のいい妄想に酔うほど愚かでもないので、改めて目の前の戦いを観察する。

 

 

 

(全力を出させなきゃと思ってたが、とんでもねぇな)

 

 龍園翔は予想以上の戦いに驚きながら、同じ年に入学した運命ともいうべきものに感謝していた。

 

 耳に挟み、自らも目指すと誓った世界の頂点--その信憑性が増したことは嬉しい限りであった。

 その上、嬰児に圧倒されて目立たなくなっているが、挑戦者(あやのこうじ)の実力もまた嬉しい誤算であり学校生活だけでない、その先においての人生も充実したものになると溢れるほどの熱いものが込み上がるのを我慢するのが大変だった。

 

(くくく。牛野郎もそうだが、綾小路も中々に美味そうだ--もっとも今戦うのは諦めるっきゃねぇが)

 

 しかし挑む機会はまだ二年ある--場合によってはそれ以下かも知れないが、例えそうなったとしても自分の心にはしっかりと刻まれた。

 

 自分の人生を、命を懸けてでも挑み勝って見せる--そう己の中で改めて誓い、その為に必要な物は何か、それを得る為にも今は目を見開いて些細な物でも見逃してはならない。

 

 これまでになく高まった闘争心を抑えながら、もっと力を見せろと戦いを見る。

 

 

 

 

(これって現実よね?)

 

 堀北鈴音は目の前の光景が信じられず慄いていた。

 

 牛井嬰児と綾小路清隆--二人とも相当な実力者であることは知っていたが、その力は彼女の想像を遥かに超える高みにある。

 

 彼女も努力は積んで来たと自負していたが、二人を見るとそれはただの自惚れでしかなかったと思わざるえない--何をどうすれば、これほどの力を手に入れることが出来るのか?

 同クラスのリーダーの立ち位置に居る自分が率いる資格があるのか?--と心が揺らいだが、それも直ぐに持ち直した。

 

(櫛田さんには改めて感謝しないとね)

 

 堀北は一番前で誰よりものめり込んで見ている見ている櫛田を視界に収めながら、体育祭の時に叱咤された時の事を思い出す--あの時にそれまでのプライドを粉々に打ち砕いてくれなかったなら、自信を喪失してリーダーを降りるべきかと強く思っていたのは間違いない。

 

 自分一人でクラスを背負う事など到底できないのは、とっくに分かっている--共に戦ってくれる仲間(クラスメイト)たちとAクラスを目指すのはこれからも変わらない。

 

 その為には最も隣に居て欲しい彼女と最強の戦力である二人の事をしっかりと見なければならない--凄まじい重責(プレッシャー)だが、一人じゃないと言うだけで精神的にここまで強くなれる事実に嬉しさを感じる。

 

(例えあの二人が居なくなっても、願いが叶わなかったとしても)

 

 この学校に来た経験は絶対に無駄ではない--その確信と共に堀北は更に前に出て櫛田の隣に立った。

 

 しかし当の櫛田は近づいてきた堀北の全く気付くことなく……綾小路と同じくらいに集中して戦いを観ていた。

 

(勝敗はどうでもいい--ならここは綾小路くんを応援すべきか…………)

 

 プロテクトポイントがあっても嬰児にとっては些事であり、面倒な立ち位置が変わることなどない--ならば嬰児の弱点か、どんな瞬間に喜びを見出すかを見定めて自分に有利になる情報を得るのがいい。

 

 と打算全開な思考を持って持ち前の観察眼を総動員する--嬰児の気を引く何かを見つけ、どんな願いでも叶えられる大物へ近づく。

 

 とことんブレない欲望は嬰児の力を再認識して更に大きくなった。

 

 

 

 それは意味合いが違うものの軽井沢にしても一之瀬にしても同様だった。

 

(あんな凄いのが一緒なら、もう誰も何にも一生怯えなくてもいい--それどころか)

 

 圧倒的力に臆して、これまで軽井沢恵を侮って来た者共の方が一生怯える日々が--そんな期待に胸が高鳴る。

 

(にゃはは。私、とんでもない申し出しちゃったかな……だとしても取り消す気もないけど)

 

 寧ろ歯応えのある相手にやり甲斐すら感じさせる--そして戦いにしか、平和主義者にしか興味がないと言う価値観を粉々に粉砕する。

 

 振り回されて、ヤキモキさせられた分を何倍にもして降すのだ。

 

(だから負けちゃ駄目だよ--嬰児くん)

 

 

 

 この様に圧倒されている観客の中で、ただ一人だけ完全に違う思考で見ている坂柳有栖は、

 

(清隆くん……戦いに呑まれちゃいけませんよ)

 

 想い人への心配で頭が一杯だった--しかもそれを綾小路清隆(ほんにん)が全く気付かないのも悟っているので、時間が経つにつれてどんどん大きくなっていく。

 

 

 

 

 間合いを探り合いに神経を尖らせ、時間が狂ったほどに長く感じている綾小路は、脳内で勝負に出るイメージを何度も検証し、ギリギリまで待って勝算をあげようと全力を費やす。

 

 そして遂に嬰児が動き均衡状態が崩れた--その間合いに変化はない、瞬時に判断した綾小路は刺突を放ち牽制する。

 

 避けるのか、叩き落すのか--どちらにせよ接近戦に切り替えて来ると読むのだが、タイミングは刹那ほど違う。

 

 それは致命的な隙だ--読み違えれば終わる。

 

 その覚悟で研ぎ澄ました感覚は刺突を中断し飛び退いた--ほぼ同時に突きが届くギリギリの所で嬰児は足を止めていた。

 

(やっぱり止まるつもりだったか)

 

 あのまま突きを放っていたら、瞬く間に長棒を掴まれ引っ張り込まれた--意表を突いたことで長棒を手放すにしても判断が一瞬鈍り、更に踏み込まれて嬰児の間合いに入っていた。

 

 その瞬間に体のどこかに必殺の一撃……じゃなくても決定打を打ち込まれていたら…………

 

(……本当に死に物狂いだな)

 

 これまでの人生で経験したことない程の恐怖に冷や汗が噴き出て来る--綾小路清隆の知らない外の世界の猛者--かつて嬰児が言っていた台詞が脳裏に再生され、一切の偽りがないと再認識する。

 

 ただ恐怖と同時に闘争心も掻き立てられ武者震いしたくなる--もっとも嬰児はお構いなしに攻めて来てるので浸る暇はない。

 

 踏み込んで来ての正拳突き、斜線上に長棒を横に置き防御--した瞬間に真っ二つにへし折られた。

 

 いよいよ本気になって来たか--右胴を狙った中段蹴りが迫り身体を捻り避けるのがセオリーだが、

 

(こっちは囮だな)

 

 蹴りに続いて持っている木刀での逆手斬りに繋げる--狙いを読んで更に後ろに大きく飛び退いた。

 

「!?」

 

 流石にバランスを崩したのか嬰児の動きが完全に止まった--またとない隙だ。

 

(誘いの隙だな--抜け目ない)

 

 防御に自信があるのか、防御を捨てて喰らうつもりなのか--どちらにせよ今接近戦を仕掛けたら終わりだ。

 

 綾小路は二つに割れた棒を投げて間合いの外(あんぜんけん)から出ることはしない。

 

 壊れて尖った部分が飛来してくる棒を嬰児は苦も無く木刀で防御して追撃を続ける--綾小路は目を見開いて嬰児の狙いを読む。

 

 いや違う。

 

(オレに教えてる--いや、分かるかどうかを楽しんでやがる)

 

 嬰児が完全に興に乗っていると、半信半疑に近い結論は屈辱であり、頭に血が上る--普通ならば、

 

(この状態を狙ってのものか、本当にそうか--ただ足を止める訳にも思考を止める訳にもいかないな)

 

 攻め手に回っている嬰児は右拳を基本にしている。その初動や動作の気配を観察しつつも、いつ何時に蹴りや防御に回している左手の木刀を抜くかも知れないと警戒を怠らない--綾小路をして脳がすり減る作業だ。

 

 そして所々に綻びを見せる連続攻撃を続けて来る--玄人目には攻めたくなる隙だが、綾小路は決して乗らない。

 

 拳を振り抜いた際にガラ空きになった脇腹--警棒や蹴りを入れられそうな隙であり実際に攻撃は当たるだろうが、嬰児は(『鐙』で)耐えて攻撃した部分を掴んでくるつもりだ。攻撃はしない。

 二度目の逆手斬りを放とうと見せる--避ける方向を読んで一撃を喰らわせるつもりだ。避けずに警棒を構え受けと見せて反対側で威嚇の意味も込めて振り切る。

 このカウンターに対して嬰児は振り上げた拳を開き、手刀を持って叩き落す--双方とも両腕が塞がった状態となり、嬰児は頭突きを食らわそうとしてくるが、

 

(警棒を放って、左フックで撃退したくなるな……オレの拳の方が悲鳴を上げるだけだが)

 

 『鐙』による防御力強化ではない、嬰児も木刀を手放して綾小路よりも早く左拳を掴んで来るつもりだ--綾小路は後ろに倒れ込むようにしながら足を蹴り上げて土煙を嬰児の顔面に浴びせる。

 

「!?」

 

 土煙に紛れて先程へし折った長棒の半分が迫り、嬰児は右手で掴んで本当に両手が塞がれた。

 

(ここだ!)

 

 綾小路は勝負に出た--地面に背を付け転がりながら体制を立て直して渾身の刺突を打ち込む。

 

 対する嬰児は全くの余裕で、興が乗っていることも相俟って掴んだ長棒の半分(その尖った部分)を合わせて防御しようとする。

 

 まだまだ終わらせるには惜しい--そんな遊び感覚にも似た驕りだ。

 

 しかし、

 

「!!?」

 

 棒同士がぶつかる瞬間に綾小路は警棒を手放して、自らの左手を刺されに来た。

 

 誰もが驚きに固まる中で、綾小路は身体を回転させ嬰児の懐に入り背負い投げの体制に入る--最初からそうするつもりだったとしか思えない流れるような動きだ。

 

 ただ、その相手もただ者ではない--を遥かに通り越した異常だ。

 

「!!!」

 

 嬰児はいつの間にか木刀を逆手から順手に持ち替えて、綾小路の足を払った--完全に体制が崩されていく中で掴まれた右腕を半ば引き抜いていき振り下ろした。

 

 バン!!

 

 と大きな受け身(おと)と共に綾小路はうつ伏せに倒された--完全に決着はついた。

 

「やれやれ、ここまでやるかね…………」

 

 嬰児は関心と呆れが混じった感情で自分の右腕を見る--無傷の素肌が露出し、破かれた長袖と一緒に引っ張られた『腕章』が綺麗に無くなっていた。

 

 綾小路清隆の勝利だ。

 

「お前に勝つ為には必要な犠牲だ」

 

 綾小路は身体を仰向けにして左手に刺さった棒に引っ掛けて破り取ったボロボロの『腕章』を掲げる。

 

「肉を切らせて骨を断つ--なんてよく言うが、肉も骨も断たれながら皮一枚を取りに来るなんて、どんだけなんだか」

 

 嬰児は皮肉めいた口調で言いながら、リュックを降ろし……

 

「清隆くん!!」

 

 た瞬間に響いた大声に目を向けると、顔を真っ青にした坂柳が今に転びそうになるのを葛城が支えていた。

 

 もっともそれでも坂柳の顔色は悪くなるばかりで、綾小路に向かって手を伸ばしている--葛城は何とも言えない表情で言う。

 

「今直ぐ連れて行くから、少しだけ大人しくしてくれ」

 

 そのまま荷物でも抱えるようにして早足で近づいて来る--間の抜けた光景だが、それ以上に美しいと感じさせるものがあり、見ていた者たちはさっきまでの戦い以上の感動が胸に込み上げる。

 

 ただ、そのまま見守ると言う訳には行かなかった。

 

「傷口に触るんじゃないぞ--細菌感染でもしたらいかん」

 

 リュックから消毒液を取り出した嬰児が、まず自身の手を後に綾小路の左手に消毒液をかける--その様子を親の仇を見るような目で坂柳に見られながらも嬰児は手を止める訳には行かず、淡々と次の作業に移る。

 

 包帯を取り出して傷口の周りを丁寧にまいて止血を更に確実なものにする--手際よく応急処置を終わらせ、理事長代行(たちあいにん)に続きを促す。

 

「遅ればせながら勝者、綾小路清隆くん--早く処置室に。プロテクトポイントの処遇については今回に限りその後で―――――」

 

「いや、悪いが競りに出すつもりは無い--プロテクトポイントはオレが貰う」

 

 綾小路は嬰児に視線を向けながら続ける。

 

「お前とはまた戦いたいからな。退学回避の術は手元に置いておきたい--そして次はより完璧に勝つから、負けるのは一回だけにしろ。それ以上は許さん」

 

 

 

 ***

 

 

 

 おいおい……そんな台詞を俺に言うなよ。

 

 お嫁さんの目の色が完全に心配から嫉妬に変わっちまったじゃねぇか--折角、戦意を高めるようにとの要望を聞き入れたのに。これじゃ、働き損に近いぞ。

 

 綾小路は別段、返答を求めてる訳じゃない--今の宣言を聞いて、これにて決着と担架に運ばれて行く。

 

 さて、あとは観てたギャラリーたちだな。

 

「聞いての通り。プロテクトポイントは綾小路の物になった--不服があるなら、今直ぐにもう一戦しても構わないが?」

 

 実際問題、全員で掛かってきて貰っても構わないくらいだ--手続き上は無理だろうが、新しい挑戦者を決めとくのは悪くないはずだ。

 

 名乗り出るのが居ればだが。

 

 そう思いながら退学が掛かってる連中に目を向ける。

 

「どうする、山内?」

 

「…………ああ……いや……その…………」

 

 特に何もプレッシャーをかけないように意識したつもりなんだが、完全にビビってるよ。

 

「戸塚と真鍋は?」

 

「……遠慮しとく」

「私もいい!」

 

 AとC(こっち)は殆ど即答か--ま、あれだけインパクトのある勝ち方を見せつけられりゃ衝撃だよな。

 

 もし自分も‶ああなったら〟なんて思えば、遊び感覚はおろか真剣な心持ちでも吹き飛ぶよな。

 

 何より民間人、それも一般学生目線でなら人を刺しといて平然としてる俺は完全に異常者だろう--自ら刺されに来た綾小路もな。

 

 普通に考えて関わりたくないよな--そう。異常者が二人もいるようなヤバい学校なら、普通は、

 

「…………俺も退学でいい……こんな奴らと一緒なんて冗談じゃない!」

 

 山内は完全にビビって逃げるように行っちまった--誰もが無言で見送るが、それ以上はない。

 やはり坂柳の狂った様子を見たからか、ギリギリで正気を保てたんだろう--流石にこれは計算付くじゃなくて、愛の力だと思っておく。うん、そうに違いない。

 

 そんな美しい感動に浸りたかったんだが--理事長代行の‶パンパン〟と手を叩く音がして、あっさりと終わらされた。

 

「どうやら完全に決着は付いたようですので、これにて本当に終幕とさせて頂きます。夜も更けるので直ぐに解散して下さい。

 退学者の方々も手続きは明日の朝に。他の生徒さんたちも次週からの最終試験に向けて、しっかりとお休みください--では良い休日を」

 

 何を綺麗に纏めようと……とツッコんでみたい場面だが、この場から立ち去りたいのは皆の総意でもあったか、無言で帰路についていく。残ったのは三人(・・)

 

「いやはや、なんとも鮮やかな勝利でしたね」

 

 皮肉か、ドゥデキャプル。それとも負けたことに言い訳でもしろってか?

 

「いえいえ。そこは綾小路先生が伊達に手塩にかけてなかったとするべきですよ」

 

 フォローか?それとも主人(いらいにん)の顔を立てたのか?--なんのつもりにしろ、全然有難くもないな。

 

「……俺の事はいい。それより綾小路は?」

 

「ご心配なく。実に適切(・・)な処置でしたので、試験開始までには問題ない状態になるでしょう」

 

「それは何よりだ。それで俺はもう行っていいか?」

 

「ええ。もうどなたとも鉢合わせすることもありません--どうぞお帰りになって、お休みください」

 

 あっそ。じゃ、遠慮なくそうさせて貰うよ--全く、どんな休日になるんだか。

 

 ……出来れば、寛ぎたいのだがね。

 

 

 

 

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