どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主 作:a0o
まだ薄暗い早朝、妙な気配を察して目が覚めた--直ぐ様に端末が鳴り、朝っぱらから聞きたくもない声が耳に入る。
「おはようございます」
月城の声は嬉々としたものを感じたが、こっちは全く正反対だよ。
「早速ですが、本日は医療施設の方に向かって下さい--事の詳細は現地で説明します」
一方的に言って通話が切れた--これって特例に対する代償か?それとも怪我させたアイツの現状を見に行けってことか?
後者だった場合はまた嫁さんにヒンシュク買うから思いっ切り気が進まないな。
しかし無視する訳にもいかん--難儀なもんだ。
さて、一体何がどうなるやら?
***
高度教育高等学校の医療施設--その入院病棟の中の個室。
陽射しが差し込み、半ば覚めていた意識がハッキリして来た綾小路は包帯がまかれている左手を見ながら考える。
(これでひとし貸しだな--さて、どう使おうか?)
自身が全力を出し、常識からしてありえない流血戦法を用いて得た勝利--嬰児自身の実力もだが、あそこまでしなければ勝てない事をまざまざと見せ且つ平然としていた二人の噂が広まるのは間違いない。
興味本位で挑んでくるのはそうは居ないだろう。
嬰児の生活が崩れる最大の要因は可能な限り小さくした--尤もそれでも挑んでくるのが皆無とも思えない。
(居たとして、どう戦うのかは見てみたいがな)
全力を出し、文字通りに血肉を削ってやっと勝利した--それでも嬰児は全くの余裕であり、同じ手が通じる訳もないだろう。
逃げ切る場合においても難易度は格段に上がったと見ていい--尤も傍から見ていた観戦者たちからすれば、それも綾小路の発破の為だと取られるだろうから、その事も含めて意義はあったと言える。
プロテクトポイントを得たことで退学を免れるのは卒業が目的のひとつである以上、確実にプラスだ--何より嬰児の異能を直に体験できたのは綾小路の心に多大な充実感を齎した。
怪我した左手を目の前に持って触る。傷は痛いが手の機能に問題が無いこと、また医者からの説明で後遺症が残るような心配も一切ないとのこと、寧ろ鋭利なもので骨や動脈の隙間を通した様で神経にしら異常なかったとのこと--あの切っ先がバラバラの折れた棒で刺されてだ。
つまりは嬰児があの一瞬に何かした事に他ならない。
全力を尽くして実力を披露したことで、当初の目的である普通の青春についての想定は大きく崩れてしまったが、それも想定外……それどころか想像もしていなかった形で謳歌
綾小路は治療が終わった後に泣き顔で文句を言って来た坂柳有栖の顔を思い出す--そして
「朝だぞ。起きろ、有栖」
「……う、ううぅ」
坂柳は顔を背けて身を捩じらせながら抱き着いて来る--正直、非力で直ぐに解けそうなのだが、どうしてもそうする気にはなれない。
ので再度、顔に手を当てて起きるように促そうとするが、
「清隆くん。人肌の温もりは決して悪いものではありませんよ」
漏れた言葉に躊躇して、訳の分からない状況に陥ってしまう。
(…………寝言か?それとも起きているのか?)
「有栖。もう朝だぞ」
その所為か、再度かけた声もとても小さく頬に当てている手も起こそうとするには弱々しく揺するだけで、当然ながら全く目を覚ます気配はない。
どうやら本当にまだ寝てる様だ--なら起きるまでこのままにして置くべきかと手を頬から頭に移して優しくそっと髪をなでる。
あどけない寝顔に涙の跡がまだ見え、ここまで泣かせてしまったことは流石に反省すべきかと思いながら、起きたらまた説教を喰らうのかなと憂鬱な気分も込み上げて来ており、なんとも複雑な心境で時間が過ぎて行く。
自然と綾小路の意識もしどろもどろになっていき意識が遠のいていく--不思議と心地いいと感じながら。
「おーい!」
そしてそのまま眠ってしまいそうになった瞬間にぶっきらぼうな声がして一気に目が覚めた。
声の主である嬰児を視界に入れた時、先程まで薄暗かった室内はすっかり明るくなっており、抱き着いていた坂柳有栖の姿も消えていた。
(なんだ。気が付かないうちに寝てたのか?)
状況が今ひとつ吞み込めずに困惑する綾小路--それとなく時計を見るとすっかり朝の八時を過ぎていた。
「良い夢見てたようだな--願ってもないって顔してたぞ」
嬰児が笑みを浮かべならの台詞に綾小路は顔を顰める--さっきまでのが夢だった以上にそんな夢を見ていた自分がなんとも信じられない。
もうすっかりこの学校での生活--もとい坂柳有栖と過ごした時間に染まっているんだと冷めた感想を抱こうとしたが、
(なんだか心地いいと思ってしまうのも何度目か、これはいよいよ認めなきゃいけないか?)
他者が聞いたら何を今更とも思うことに行き着いてしまう。
ただ、そんな感傷に浸るのは今ではない--今は嬰児とその後ろに控えている月城だ。綾小路が完全に目を覚ましたのを確認して前に出て来る--如何にもな営業スマイルを張り付けての様子は、良い夢を見た後の気分を一気に白けさせるには十分だった。
そんな悪くなる空気の中で嬰児は食事と錠剤を載せたお盆を出して早口に言う。
「これ朝飯な、食ったら痛み止め飲んどけ。九時くらいに先生が来て怪我の説明した後で昼過ぎには帰れる予定だ--ちなみに俺この後もやることがあるから、話したいことがあるなら手短に頼む」
事務的に淡々と言う姿からは怪我の心配も罪悪感と言ったものは一切ない--自分も大概だが、改めて牛井嬰児の異常性を認識する。
だからこそ、最初の相手は自分であることは大いに貸しになる筈だ。
嬰児に勝利するには少なくとも手をひとつ犠牲にした自分と同じくらいの覚悟が必要になると思わせるインパクトは大きい--加えて今の嬰児の態度からして興味本位で挑んでくる輩はまず居ない。腕に自信のある者でも、十二分な勝算を練り上げるには時間が掛かる、そんな直ぐには現れないだろう。
「ひとつ貸しだぞ」
そんな思惑を嬰児なら分かるだろと込めて言う。
「何がだ?」と、訊き返してすっとぼけて来るか?戦いが終わったにも関わらず、綾小路の攻めは続く。
「あい、分かった。それじゃ」
あっさりと答えて引き下がると、今度は月城が笑みを浮かべながら来る--それも営業スマイルではなく本当に愉快そうにしており、綾小路は顔には出さないもののどうにも不愉快であった。
「ふふふ。その闘争心に溢れる目、やはり親子ですね」
ただの感想なのか皮肉なのか、兎に角これには流石に綾小路も顔を顰めそうになる--それでもポーカーフェイスは崩さなかったが。
「お父上が上を目指す気持ち、少しはお解りになりましたか?」
「いいえ、全く。オレはあの男が目指すものを明確には知りませんから」
「ではその情報を提供すれば戻りますか?」
「そう言う事なら別にいいです--まずは嬰児の事を優先すべきですから」
「ま、予想通りの返答ですね」
綾小路をして一体何の話をしているのか--分かり切った意思確認など時間の無駄でしかないと話を進めるか、打ち切るか少し思案する。
「心配しなくてもこの場で何かする気はありませんよ--ここに来たのは首謀者として様子を見に来ただけですから」
「建前は済んだんなら、本題に入って貰えませんか?」
「いえいえ、本当に様子を見に来ただけですよ。それではお暇します--また今度」
立ち上がり去って行くのを確認し、包帯が巻かれた左手を見る--痛みはある、でも普通に動かすことが出来るし何も支障を感じない。
切っ先がバラバラの棒で貫かれたにも関わらず、まるで鋭利な刃物で刺されたようだ。
「急所は外してるから後遺症はない--成長期だし安静にしていれば問題なく治る」
「咄嗟に瞬間に異能で何かしたのか?」
「ご想像にお任せするよ」
「煩わしいのを遠ざけたつもりだったが、どんどん挑んで貰った方が良かったか?」
「ノーコメントだ。って言うか俺よりも気にしなきゃいけないのが居るだろうが」
嬰児の呆れたような視線を受けて、坂柳有栖の顔が直ぐに頭に浮かぶ--なんとも言えない複雑な感情が湧いて目を逸らす仕草に嬰児は更に呆れた調子で伝えた。
「もう直ぐ面会時間だ。たっぷりとお説教されろ--昨晩は宥めるの本当に大変だったんだからな」
「……そんなにか?」
「まぁね。俺や取り巻きだけじゃなく、担任たちも苦労させられた」
「…………」
担架で運ばれる時に取り乱していた姿を思い出し、何を言われるのか……珍しく考えたくない状況に気分が沈んでいく。
尤もそんなことはお構いなしに時間は流れて行く--嬰児も用件は済んだと立ち上がり、時計を見ながら言う。
「怒ったり泣いたりしてくれるのが居るんだ、大事にしろよ」
「嬰児が泣くのは平和主義者だけか?」
「プラス十一人な。本当に残念な限りだったよ」
去って行く背を見ながら、その言葉に嘘はないと感じた--出来るなら更に突詰めて思案して行きたかったが、
正に入れ替わりのタイミングで戸が開き、坂柳有栖が入って来た--ベージュのカーディガンにダークグレイのキャミソールワンピースと一見すれば目の保養にもなりそうだが、その表情は一切そんな気を感じさせることはないかった。
ひと言で言えば、目が据わっていた。
「ご機嫌斜めだな……可愛い顔が台無しだぞ」
「そちらはハツラツとしてるみたいですね--大怪我したと言うのに」
「………………」
簡潔で分かり易い返しに綾小路は返す言葉が無かった--そんな無言状態に更に追い打ちが掛かって来る。
「怪我は安静にして居れば全く問題ないとのことですが、気持ち的には満足してたりはしますか、私の方が先に約束してましたよね?」
「……勿論、忘れてないぞ」
「それは良かった。では逆に気分は高揚してる訳ですか?」
(おいおい、どう答えろと?)
肯定すれば嫉妬が高まるのは明らか、否定かそれに近い返答でも後回しにされたと拗ねられるのは想像に難くない--玉虫色の答えが無難だが坂柳有栖の性格からして、それでも機嫌が直る訳がない。
しかし綾小路には他に取れる選択肢が無かった。
「勝てたのは嬉しく思うが、満足はしてない--内容的には圧倒されっぱなしだったからな。次はより完璧に勝つ--尤もそれは当分先になるがな」
「き~よ~た~か~く~~ん」
全くキャラに合ってない仕草は、とても貴重でもう少し見てみたいと言う衝動も湧いたが、
「無論、お前との約束も違える気は無い--そうだ。終わったら春の
本人は宥める為に言ったのだろうが、入っていた台詞のひとつに坂柳の目尻はより鋭くなってしまう。
「ごっこ遊びはもう飽きました--あの方の掌の上で踊るのは出来れば無しにして欲しいですね」
当然、語気も荒くなり不機嫌なオーラがより鮮明になる結果になった。
失敗した--と思って直ぐに先程まで見ていた夢の中の坂柳有栖の台詞が思い出された。
「そっか。じゃ、こう言うのはどうだ」
綾小路はそう言って起き上がり、坂柳に近づいて行く--ただならぬ気配に坂柳は引く。
「ちょ……まだ寝てなくては―――――」
「問題ない」
そう言って目の前まで近づいて坂柳の顔を真正面から見る--その表情は、先程まで眉間に寄っていた皺がすっかりなくなり、得体の知れない恐れに強張っていた。
ただ、同時に妙な期待感みたいなものもあった。
(一体、私に何を……!?)
そう思ったのと同時に引き寄せられ、抱きしめられた--それも息が詰まるほどに強く、綾小路の胸元に顔をうずめる形になってしまう。
「うー、むーーーー」
お陰で坂柳は呻くだけでまともに喋ることが出来ない--そんな状態をしっかりと確認しながら綾小路は白々しい声で言う。
「あー、これも体育祭の時の焼き直しでインパクトは弱いか--ただ以前言われた通り、人肌の温もりも良いものだし、もうちょっとこうしてようか」
「――――――!!!」
そう言って更に力を込めて、坂柳の顔は益々埋まっていき、喋るどころか声を出すことすら覚束なくなってしまう。
腕の中でジタバタする様子をしっかりと肌で実感しながら、綾小路は呆けた顔になっていく--ずっと張り詰めていた心がじっくりと解れ、当初求めていた普通の学生としての青春を謳歌しているんだと思い浸る。
ただ一方の坂柳は動けないどころか、息も苦しくなり状況に対して一刻も早く抜け出したいと切実さに駆られていた。
首や体を動かすだけでなく手で綾小路の背中を叩いて早く放してくれと訴える--しかしそうして藻掻く姿を綾小路はもう少し見てみたいと言う衝動に駆られてしまい、坂柳にとっては最悪の方向へと事態は流れてしまう。
その時間は一分にも満たなかったが、二人にとっては途轍もなく長く感じる一分間であり、心の栄養補給が完了した綾小路は漸くと力を緩めた--その瞬間に坂柳は勢いよく離れて大きく呼吸したかったが、腕の中から逃れることは叶わずじまいであった。
「ケホッ、ケホッ……むぅ~」
綾小路の顔を間近で顔を上げながら‶何をするんだ〟と抗議を込めた非難の目を向ける--対して綾小路は訳の分からない言葉を発する。
「やっぱり夢と現実は違うな」
「何の話ですか?」
「いやな、さっきまでお前に抱き着かれてる夢を見ててな」
だから現実でも抱きしめたくなった--文脈からそう読み取れる意図に坂柳の思考は一瞬停止してしまう。
「…………言い訳にしては――――」
「本当だぞ。人の温もりも悪いものじゃないって言ってくれたのから来たんだろうな。いや懐かしいな--あの後は確か」
「うぅ~」
自分たちが冷やかしの対象になった出来事が脳内に再生される--特に坂柳有栖には初めてだったこともあり、より深く印象に残っている。
それこそ片時も忘れることがない、どんな時でも直ぐの思いだせるほど。
と、そんな事を考えさせられて坂柳有栖の頬は自然と朱色になっていってしまう--文字通りの意味で間近で見ていた綾小路は、
(まだもう少し見ていたいな)
そんな衝動が湧き、それを快いと思っている自分に同じく内心で苦笑する。
一年前、いや入学して直ぐの頃では信じられないと。
その時、ふと入学前に綾小路と話したいと願っていた少女を思い出す--自分とは関わらない方がいいと冷たく突き放したが、同じ選択をするにしてももう少し相手を見て話すべきだったかと、快いの中に雑念が混じって来る。
「あ!今、女の人の事を考えてましたね--こんな事をしてる最中に」
一瞬にして綾小路の心境を言い当てた坂柳の頬の朱色に怒りに切り替わった--嫉妬と独占欲を向けられ、これはこれで良いと思ってしまうことを何故だか負けたと感じてしまう。
だからか、
「何、ホワイトルームの同期のことをちょっとな」
火に油を注いででも、からかいたくなってしまった。
「む~」
その程度の意図くらい察せられない坂柳ではない--ただそれでも、どうにもならない感情が顔に出てしまう。
普段ならば感情を制御し、心の中でどうするかをじっくりと考える--しかし大掛かりな事が連続して起こり、相手も相手だけに流石に精神的疲労が溜まっていた。
いくら気を許してもいい相手だとしても不覚と言わざるえない態度を見せてしまい、増してやそれを相手が望んでることも分かってるなど屈辱以外の何物でもない。
「闘争心ぐつぐつで結構な事だ--これなら次の試験も問題ないな」
それを見定めての絶妙な先手--普通に怒ることも憚られてしまい、綾小路の言う通り試験でぶつけるしかない。
ただ不本意な事に変わりなく、黙って引き下がる気にはならず噛みついてしまう。
「そんな風にイジメて楽しいですか?」
「お前の願いに沿ったことしてるつもりなんだがな--有栖はモチベーションを上げて、オレは疲れた分を癒すための栄養補給」
「何の栄養ですか?」
「心の、に決まってるだろ」
そう言って綾小路は右手で懐の中に居る坂柳の顎に触れて自分の顔を触れる寸前まで近づけて来た。
されど今更動揺する素振りは見せない--と完全に意地になり、寧ろ‶来るなら来い〟と目を瞑る。
***
さてさて、一体二人は何してるかね?
野暮な真似する気は無いが、気になるものは気になる--最も簡単に『鵜の目鷹の目』で窓から見たり、『地の善導』での振動で二人の動きを直接肌から感じ取るなんてのも考え付くが、それ以上は駄目だ。
でもやっぱり気になるな。
「あ、おはよう。嬰児くん」
と、気を取られてたら櫛田が朗らかにやって来た--堀北や綾小路グループの面々、平田に軽井沢も。
「何やってんだ?」
「見ての通り、フロアの清掃だよ」
モップを持ってるんだし何に見えたんだ。
「さながら苦学生ね--この学校じゃ最も縁遠い光景だわ」
「優遇されてる分、働かなきゃいけないんでな」
そう言うと透かさず軽井沢が前に出て来た。
「大変だよね--あ、終わったら一緒にご飯食べに行かない?」
「軽井沢さん、何しに来たのか忘れたの?」
「……んな訳ないでしょ。平田くんこそ、そんな顔でお見舞いに行く訳?」
確かになんとも不景気な顔だ--尤も誰に対してのものかは定かじゃないがな。
「元カノの言う通り、そんな顔じゃ逆に具合が悪くなるな--だから言いたいことがあるなら今言っといた方がいいぞ」
「嬰児くん。なんだか喧嘩腰に聴こえるんだけど?」
堀北よ。そんな風に言ってるんだよ--じゃなきゃ平田だってぶちまけれないだろうが。
「それじゃ、遠慮なく。今朝がた早々に山内くんが学校を去って行った--それこそ逃げるようにしてね。お陰で僕も考えを改めざるえないよ」
「もっとハッキリ言え」
「金輪際、皆を怖がらせたり困らせたりするのは止めてくれ--いや、当初の通り何もしないで欲しい」
「悪いがもう手遅れだ」
これで切るつもりだったが、平田は引く気は無いようだ--目を険しくさせて更に何か言おうとしてくる。
「すまないが、ここでの長話はよしてくれないか。見ての通り仕事中なんでな」
言い訳でも無くマジで後にして欲しい--遊んでる訳には行かないんだから。
「嬰児の言うことが尤もだな」
「って言うか、私らきよぽんのお見舞いに来たんだし」
「う、うん。邪魔しちゃ悪いよ」
「って言うか、時と場所を弁えないなんて平田らしくないぞ」
綾小路グループからは総スカンだな--普段なら聞き分けるんだが、今回は事情が違うようだ。
「だったら、話す時間を作ってくれないかな--それもなるべく早くに」
「……午前中いっぱいまでだから、昼飯食った後なら」
「分かった」
取り敢えずは収まってひと安心かね--と、それじゃ綾小路の元へとってなる前に。
「ああ、そうそう。綾小路は今お嫁さんと二人っきりだから野暮な真似はしない方がいいぞ」
「え、坂柳さんと」
「連絡が取れなかったが、もう来てたのか」
「予想はしてたけど、本当に泊ってたのか?」
「はわわわ」
この場に居る全員が二人でイチャイチャしてる光景を思い浮かべたのは想像に難くない--故にか当てられたのも出て来る。
「もう~。何時でも何処でもなんだからね~。嬰児くんもやっぱり興味ある?」
「櫛田さん。顔がやらしいわよ」
「堀北さんこそ空気読もうよ。恋バナは女子高生の醍醐味だよ」
などと言ってさり気なく俺に近づいて来ようとする--しかし、
「だよね。嬰児くんも働いてばっかじゃストレスだし、一緒に気晴らししない?」
軽井沢が割って入り、より積極的な姿を見せて来た--俺だけじゃなくて周りへの牽制もあるんだろうが、仮にも元カレが居るのに。
現に収めていた不機嫌がぶり返してるぞ。
「軽井沢さん。僕が先約なんだ、後にして欲しい」
「えー、やっぱ固いなぁ、平田くんって」
「そんなのはどうでもいい。大事な話なんだ」
口調は静かだが鬼気迫るものがあるな。それにしても怒るポイントはそこか?
軽井沢もそう感じてるのか引き気味だ--そんな感じのまま自然と俺に擦り寄って来た。
したたかになったな--もう一人と同じ様に。
「平田くん。女の子を怖がらせるもんじゃないよ」
櫛田が割って入るに見せかけて軽井沢を遮断、ついでに俺との距離を物理的に縮めた--それが気に入らないのか、不満が連鎖する。
「ちょっと待ちなさい。喧嘩しに来た訳じゃないし、此処は騒いだらいけない場所よ」
堀北も前に出て、より堂々と仕切り始めた--自クラスのリーダーの正論に平田も顔を立てる程度の理性はまだあるようだ。よかった、よかった。
なら後は任せて、俺は仕事するかね。
「ま、そう言う事だな。じゃ」
軽井沢と櫛田から離れたかったが、
「嬰児くん。仕事何時に終わるの?」
「お見舞いには行けそうもないし、無駄足はヤダなぁ」
しつこく引き留めて来るな--お~い、リーダー。とそれとなく堀北に目をやると複雑そうな顔してる。
「櫛田さんの言う通り無駄足は考え物ね」
おい、なんで便乗するんだよ。俺の希望とは正反対にいきそうな流れに口を挟もうとしたが、
「なら皆でお昼ってことにしよう--それなら問題ないだろ」
平田がより早く締めに来た--出来れば全力でお断りしたい。
「決まりね。正午になったら連絡するから、ちゃんと来てちょうだい」
堀北め、なんて強引な--そう文句を言ってやろうとしたが、
「じゃ、仕事の邪魔しちゃ悪いからお暇しましょう」
「うん。そうだね」
その前に去って行きやがった--そして櫛田と軽井沢は笑顔で振り向きアピールも。
「うん。バイバイ、嬰児くん」
「良いお店探しとくから期待しといて」
俺、行くなんて言ってないんだが。
っとに、無視してやろうか……いや、どう逃げても月曜には捕まるか。
「な~に不景気な顔してるんだか」
今度は一之瀬か--振り返ると白の無地のTシャツに黒のショートパンツ、水色のカーディガンと本当に何を着ても似合うな。
「ふふふ。気に入って貰えたかなぁ」
満面の笑みは目の保養になりそうだが、今の俺は全く持って気分が沈んでる--そうでなくても色目に酔う訳には行かない。
「悪いが仕事中なんで」
「もう~。真面目なんだから、そんなんじゃ詰まんないよ」
「ワザとらしいぶりっ子だな」
それでも似合ってるのが余計に性質が悪い。
って言うか無茶苦茶に魅力的過ぎる--そしてそれは加速していく。
具体的には両手を広げお披露目するようにクルリと回って見せる--見たことも無いと言うか、これまでの一之瀬からは想像もつかない仕草はギャップ萌えを誘うな。
「にゃはは。気に入ってくれたかな--今どきの流行りみたいなのを意識してみたんだけど?」
「別に何を着ても似合うと思うぞ」
「ちょっと、力一杯コーデしたんだから、気の利いた感想ぐらいしてよ!」
「今度はツンデレかい」
ってかギャーギャー騒ぐなよ--怒られるの俺なんだから。
「むぅ!」
なんて雑なこと考えてたら怒った顔のまま迫って、足を踏もうとしてきた--当然、避けたけど。当然、一之瀬の機嫌も余計悪くなった。
「あのさ、折角嬰児くんの為に仕立てたんだから、もっと喜ぶくらいしてよ」
俺の為って……綾小路の見舞いに来たんじゃないのか?
って言うか、それなら時と場所を選べよな--なんて言ったら益々面倒な事になるよな。
押して駄目なら引いてみるか。
「そうなのか。なら仕事が終わったら気分転換に付き合って貰えるか?」
「うん、いいよ。ただし今度は坂柳さんと綾小路くんは抜きでね」
ちっ、先を読みやがったか。そう思いながら奴らの居る部屋の方に視線を向けると、
「にゃははは。一体どんなイチャイチャが展開されてるんだろうね?」
「さてね。興味があるからって無粋な事は無しだぞ」
「嬰児くんもあの二人をダシにして話題を逸らそうしちゃ駄目だよ」
言いながらさり気なく俺との距離を縮めて来る--浮かべてるのは笑顔だが、同時に逃がさないと顔に書いてある。
ホント、余計なスイッチ入れちまったかね--と後ろ向きな思考してる顔を覗き込まれると笑みが深まっていった。
「暴れられて少しは気が晴れたかな?なら私にもお裾分けしてよ、いいでしょ~」
しかも超絶にエロイ声で迫って来る--まるで『亥』の様だな。
「あ、また他の女の人のこと考えてたな!」
「安心しろ、平和主義者じゃない」
「そう言う問題じゃないでしょ!今は私と話してんでしょうが!!」
つまりは私だけを見ろか--意味は違うだろうが、坂柳も同じ様なこと感じてるんだかね?
「……だからぁ」
「ああ、すまんすまん。言い出しといてなんだが先約があってな」
「聞いてた。けど乗り気じゃないよね--行ったってストレスが増すのは想像し易いし」
「だからって無視する訳にも――――」
「だから真面目だし固い。行きたくないって言っちゃえばいいじゃん--それより私と楽しいことしてるのがいいでしょ」
なんとも一之瀬帆波らしくない台詞だ--ぶっちゃけ言えば我儘で困った奴になってしまった。
「ちなみに~こんなこと言うのは嬰児くんだけだよ~♫」
だろうな--コロコロと見たことない仕草をしてくる辺り、この前の宣言を本気で実行しようとしてるのは分かる。けどそれは、
「最終的に捨てるんだろ--結局は時間の無駄じゃねぇか」
「な~に言ってんの--そんな無駄な時間こそ青春の醍醐味でしょうが~、折角こんな可愛い娘がせまってるんだから‶俺のものにしてやる〟って気概はないの?」
これには流石に一瞬考えさせられるな。
「う~ん。ガツガツ行くのも悪くないし考えないことも無いが、根本的にはピュアな関係に憧れるな~。アイツらみたいに」
腕を組みながら再び部屋の方に目を向ける。
「むぅ、あの二人を引き合いに出されると恋愛なんて出来ないよ」
「やっぱり、らしくもなく無粋だな」
「だってぇ~」
ったく、俺がイエスと言うまで諦めてくれないか--もうそろそろホントに困るんだけどな。
だからと言って突き放すようにするのも後ろめたさがある。
そしてそれは一之瀬も分かってるから性質が悪い--しかし根負けする訳にもいかない。
主導権を渡すつもりは無いが‶殺す〟と宣言された以上……戦いの体裁を取られた以上は勝ちに行かなきゃ戦士じゃない。
ならば、この学校の流儀に則るのがいいか。
「それじゃ、俺たちも戦うか?」
「いや、プロテクトポイントはもう持ってるから」
「そうじゃなくて学校の試験でだ--次のは先約があるから、来年になってからだが」
「だからぁ、二人をダシにするのは無し!嬰児くん自身は結局どうしたいの?」
「俺は何も決められないよ」
「でも思うことぐらいはあるよね--それを放棄しちゃうようなら、こんな事になってないでしょ。私を含めてね」
絶対に逃がさない--そんな狂気にも似たものを感じさせる。
同時にそうさせたのは俺だってことをとことん突きつけて来られると、どうにも邪険に出来ない--ただ『申』に通じるものがあるから気になってただけなのに、ここまでややこしい事になってしまうととはな。
思春期の心情……いや乙女心か、もっとよく見て行動するべきだった…………俺もまだまだだな。
ただそれでも責任取るようなことを一切できないのはジレンマ……いや、俺も高校生でこの学校の生徒であるんだ。なら、
「分かった。お試しってことでいいなら受ける」
「やった!」
「ただし、最終試験が終わってからだ--もしもそれで戦うことになっても恨みっこなしだぞ」
「当たり前でしょ。でも戦わなかったら、何も気にしないで思いっきり楽しもうね」
これまでにない元気一杯な笑顔だ--向けられて悪い気はしない、いや素直に嬉しいかね。