どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

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何故、こんなことに?

 

 

 3月8日--最終試験の説明を静かに待つⅮクラス。

 

 その心中は山内春樹(クラスメイト)の退学、その原因である牛井嬰児の異常さ--更に辛くもとは言え嬰児に勝利し、退院した綾小路清隆の不気味さと頼もしさが複雑に入り混じった極めて重いものだった。

 

 誰もが口を開くことない空気は苦痛でしかなく、担任である茶柱が早く来て欲しいと大多数が願っていた。

 

 そしてホームルームの開始を告げる鐘の音と同時に茶柱が登場し……その普段以上に重苦しい雰囲気に、ただ事でない事態は終わっていないと嫌でも悟らされた。

 

 壇上に立ち、いつも通りの仕草で茶柱佐枝は口を開く。

 

「これより一年度の最終試験の発表を行う」

 

 いよいよか--そんな緊張感が走った。暗黙の了解に近い形としてⅮクラスはAクラスと戦うと皆が覚悟を決めている。

 

 それは綾小路と坂柳のずっと前からの約束でありクラスを超えて共有されてきたこと--加えてAクラスのリーダーである彼女が嬰児を迷惑に思い、敵視していることから避けられないと諦めと、それ以上の期待が混じった複雑な心持ちであった。

 

 しかし茶柱から飛び出して来た言葉は、想像の斜め上を行く。

 

「前提としてⅮクラスの保有しているクラスポイントを奪い合う--略奪と防衛をテーマとするものだ」

 

 ……どころではなかった。

 

「え?」

 

 誰が漏らしたのか確かめる気にもならない間抜けなひと言--これは一体何の冗談だと教室に居る全員、例外なく(・・・・)湧いて来た心情を表していた。

 

 時間は確実に過ぎている--それでも内容を吞み込み切れない。

 

 そんな置いてけぼり状態の中、茶柱はチョークで現在の各クラスポイントを書き記していく。

 

 Aクラス--927ポイント。

 Bクラス--560ポイント。

 Cクラス--545ポイント。

 Ⅾクラス--505ポイント。

 

 B、C、Ⅾは横並びと言える--元々立てていた予想では最終試験では100~200のクラスポイントの増減があるとしていた。

 故にポイントが抜き出ているAクラスを倒せば、(上手く行けばだが)その差は100以内になる可能性もあり、二年の内にAクラスになれると言う希望的観測も持っていた。

 

 だが蓋を開けてみれば、自分たちのクラスポイントを奪い合う試験--訳が分からないにも程があった。

 

 そして納得していないのは茶柱も同様の様であり、責めるような目を牛井嬰児に向けて隠そうともしない--最終試験が変則的になった原因は嬰児にあるのは疑いようがなかった。

 

 つまりは何を言った所でどうにもならない--抗議は無駄と諦めさせられ、無言で説明の続きを待つしかなかった。

 

 ……今度は一体何をしたんだ?と言う不満をと憤りをこれ以上なく掻き立てて。

 

 嬰児への不平が蔓延する中で説明は再開される。

 

「この試験は、この世界で実際に起こった領土問題がモデルとなっている」

 

 それは七十年以上に及ぶとある大地を巡っての争い--既に当初の目的も風化し両国の威信のみで継続する不毛なものだった。

 前線の兵士たちは疲弊し、両国の国民たちも戦いの終わりを望んでいた。

 彼らは遥か昔、どちらの国にも属さない小国の末裔でもあり、併合(見方によっては侵略)された祖国復興を旗頭に独立を宣言--争っていた大本の理由が自分たちの制御を離れてしまう事態に戦いの継続は不可能となり、両国は停戦に向けて調整を余儀なくされた。

 

 しかし、両国は彼らの独立を認めず反乱と認定--反乱軍の鎮圧と言う名目で連合を組んで大軍を送り込んだ。平和の為の独立と停戦は脆くも崩れ去り多くが犠牲となり、両国はそれぞれの戦果を基に大地を分け合い再占領したのだった。

 

「Ⅾクラスはこの反乱認定された独立勢力の立ち位置に。そしてAクラスとCクラスは領土を巡って争う両国に。Bクラスは裁定役の立ち位置になる」

 

「つまりBクラスと組んでA、Cクラスと戦うと?」

 

「違う。Bクラスは戦わない--結論を先に言うとお前たちが組むのはAとCのどちらか、もしくはその両方と戦うかになる」

 

 そして具体的な説明が始まる。

 

 A、CクラスはⅮクラスに対して独立を承認する代わりに任意のクラスポイントの譲渡とひとつの条件を提示。

 Ⅾクラスは独立を勝ち取る為にどちらかと共闘する対価としての条件を提示。

 それを裁定役であるBクラスがどのクラスの案を採用するかを決める。

 

 採用されたクラスは連合となり、採用されなかったクラスと戦う--その方法はクラス代表による決戦であり、全クラス立会いの下で行われる。

 

 連合側はそれぞれ更に任意のクラスポイントを防衛側に要求し、防衛側は戦いの方法を決められる権利を持つ--勝利したクラスにクラスポイントは移行し、勝者が連合側の場合は裁定役には報酬として120クラスポイントと採用したクラスから勝ち取ったクラスポイントの50%を得る。

 勝者が防衛側の場合は裁定の失敗として逆に提示されたクラスポイントの50%がBクラスから防衛側に移行し、当然ながら報酬も0となり更に責任を取る体裁で一人が退学となる--この結果は一勝一敗の場合も同様。

 

 Ⅾクラスも同様に、戦いに敗北すれば責任として退学者が出る--ここまでの説明でⅮクラスが独立、Bクラスが裁定役の立ち位置に選ばれた経緯は明らかであった。

 

「先生。AとCに退学者は?」

 

「出ない。建前上は独立宣言がきっかけと言う設定だからな--どちらかの主張を裁定役が認めた以上はポイントの支払いと条件を飲む以上の責任は生じない」

 

 突き詰めて議論していけば反論する理屈はいくらでも出てきそうだが、あくまで設定上の建前--それも誰も退学にならない(・・・・)のだから声を上げる者は居ない。

 

 これらが示すは特例によって生じたイレギュラーを清算(しょり)すると言う目的が透けて見え、教師や学校に抗議するのはそもそも筋が違う--と深く考えた者たちは結論付け、予想外への対応に頭を切り替え始める。

 

 よって意欲的に説明の続きを求める視線が増した。

 

「ここまではお前たちが共闘する流れであり、逆にAとCが連合を組みⅮクラスと戦う場合もある--それはBクラスが裁定を放棄する場合だ。これをすればBクラスからは退学者は出ず、支払うポイントも0--だたし受け取れるものも何ひとつ無くなる訳だ。提示した条件も全て白紙になり、クラスポイントのみを巡る戦いになる。ただⅮクラスが連敗したなら退学者は二名出す事になる」

 

 それでも誰も退学にはならない--Ⅾクラスにはプロテクトポイントを持つ者が二名いるのだから。

 

 リスクを取らないこと思えば決して無いとは言い切れない--何よりBクラスのリーダーは牛井嬰児に腹を立ててるのは公然の事実。ここでⅮクラスを潰しに来ても驚くようなことはない。

 

 その手の私情を抜きにしても無人島試験同様に裏で取引を行い、秘かに利益を得るのも十二分に考えられる--いずれにしても可能性の話なので今深く考えることではない。

 

 それよりも重要な事は試験の全容を完全に把握すること--考えを纏めた堀北が率先して手を上げる。

 

「先生。要求されるポイントの上限と提示する条件の範囲はどのようなものでしょうか?」

 

「Ⅾクラスのポイントを巡ると言う建前上、最大は505--Ⅾクラスに関して上限はないと言える。保有する505ポイントを全てよこせと言われるのも相手に言うのも有りだ。連合が確定すれば、事前に両クラスによる話し合いで配分を決めることになる--マイナスはない。」

 

 しかし今の説明が示すのは、

 

「つまり最悪0ポイントで一年を終えると?」

 

「その可能性もあるな」

 

 それは振り出しに戻るどころではない--Aクラスへの道は完全に断たれたと言ってもいい。

 

 ただ前向きに考えれば勝利すれば現行のクラスポイントを倍に出来るチャンスと言える--決してリスクが高いだけのメリットの無い話ではない。

 

 寧ろもっと重要なのは、どれだけの条件が許されているのか?

 

「提示する条件に関してだが、こちらは相手クラスの利益になることが基本条件だ--例えば100クラスポイントを要求する代わりに要求したクラスが卒業までⅮクラスの全員に相応のプライベートポイントを支給する。または二年以降の試験を徹底掉尾、Ⅾクラスに有利になる様に動くようにする等、考えられるあらゆるメリットを提示できる」

 

 ここで茶柱は嬰児に目を向ける。

 

「ただ例外として牛井の持つ特例について弄るのは無しだ」

 

 これについては何も言うものはない--ただ提示される条件が無制限に近いと言うのは(上手く擦り合わせれば)これもまた大きな利益を得られると言える。

 

 しかしそれは逆もあり得る--何より条件を認めるのはBクラスであるなら、彼らが不利になるものを認めるのはありえない。

 

 ならば、ありえない条件を提示して意図的に裁定を放棄させると言う戦略も有りだ--どちらにせよ決定権が他にあるのはもどかしい。

 仮にBクラスが不利にならない条件をⅮクラスが提示して採用されたとしても、勝ち取ったポイントの半分を譲渡しなければならないのもネックだ。

 加えて言うならⅮクラスが連合を組み、組んだクラスの案が採用された場合には結局ポイントを組んだクラスに支払わなければならない以上、慎重に行かなければ損失しかない。

 

「先生。要求出来るポイントの最低値は?」

 

「0だ。ちなみにマイナス、Ⅾクラスに譲渡すると言ったことは出来ない」

 

 これもまた状況を複雑にさせる--突き詰めれば、どのクラスもポイントを求めず、当たり障りのない条件を出して認められれば、何も変わることなく一年を終えることも可能。

 

 もっとリスクの低い試験まで現状維持は決して悪い話ではない--これが葛城辺りなら率先して選びそうな方針なので読みやすいが、坂柳や龍園が実行するとは思えない。

 

 一之瀬に関しても今の彼女では考えられない--何かしら利益を引き出すように持って行くだろう。

 

「クラスの利益が前提とのことですが、ポイントや試験に関することだけじゃなく人をどうにかすることも可能ですか?」

 

「すまないがもう少し噛み砕いてくれ」

 

「例えば、特定の誰かを今後一切試験に参加させない--逆に協力型試験の場合は指名する権利を。または欲しがっている生徒が居るなら差し出す代わりに不可侵条約を結ぶと言うのは?」

 

「ほう。クラスメイトを売ると?」

 

「美しくない言い方ですが、その通りです」

 

「可能だ。但しその場合は移動資金をどうするかのプランも添えて貰う」

 

 この返答にクラスの心はざわつく--他クラスに売られると言うシンプルな嫌悪もあるが、移動先がAクラスであるならと言う欲得も生じ…………そうなったら‶一人しか居ない〟と直ぐに思い至り、質問した堀北の意図が分からない。

 

「ありがとうございます」

 

 しかし堀北はあっさりと引き、それ以上は訊くつもりは無い様だ--代わりに手を上げたのは意外な人物だった。

 

「先生。この試験は一体何を試すものなんですか?」

 

「国家が運営する学校の生徒としての心構えだ。試験名称は『疑似大戦シミュレーション』だ」

 

 発言した牛井嬰児の声には静かな怒りが込められている--誰もが嫌でも実感させられる空気の中で茶柱は即答した。

 

 そして続ける。

 

「最初に言ったがこれは実際に起きた地域紛争をベースにしている--今のこの世界に大きな戦争は早々起こらないが、それでも絶対と言う訳ではない。危機が訪れた時、何を考えどう行動するべきか--しっかりと考えて答えを出す為の予行演習とでも思え」

 

「一介の学生が考えるシミュレーションとしちゃ重すぎませんか?」

 

「それだけこの学校には政府が期待を寄せていると言う事だ--事実として創設者の一人は現総理大臣であり、この国をより良くする為にそれまでになかった多くを注ぎ込んで創設したんだ。決して遊ばせて楽に未来を保証する為ではない」

 

「絵に描いたようなお題目ですが、所詮はただのシミュレーションですよ--そこまで益になりますか?」

 

「そう。これはただのシミュレーションだ--どんな結果になろうと誰かが死ぬことも無ければ、人生が終わるほどの不幸など起きない」

 

 スラスラと語る茶柱は一度言葉を切り、改めて仕切り直す様に力を込めて言った。

 

「しかし実際には多くが犠牲となり死んだ--そうだな、牛井嬰児?」

 

「……ええ」

 

 嬰児は短く答える--ただその僅かな言葉には言い表せない程の切実さがあった。

 

 誰もが無言のまま、同じ結論に至る--牛井嬰児はその紛争の当事者なのだと。

 

 それは漠然とだが、牛井嬰児と言う存在の異常に対して納得させられるものだった--嬰児は文字通りの意味で命懸けの思いをして生きて来たのだろう。死が当たり前の地獄を経験して来た--そして見て来たのだろう、そんな地獄の中で戦う猛者と呼べる戦士たちを。

 

「試験は二段階に分けられる。一週間後の三月十五日に各クラスの条件を提出し裁定に入る--更に一週間後の三月二十二日に三クラスによる決戦を行う。最後に決戦に関する説明を始める」

 

 戦うべき種目は実技や学科や勝敗がはっきりした遊戯(ただし誰もが知るメジャーな競技であること)--その種目は各クラスが任意で二つを予め用意して学校に提出する。

 四クラス、八つの種目が揃い、連合と防衛が確定すれば公開--防衛側の種目は破棄され、他の三クラスの用意した種目から決戦当日に防衛側が任意で選ぶ。

 試験は午前と午後に分けられ、その時間内で終わらせられるルールである事--引き分けの場合は防衛側の勝利としてカウントされる。

 参加人数は、同数対同数であるが両方に同じ生徒が参加するのは不可能--よって一対一の種目がある時は、もうひとつの種目に残る全員が参加するものも可能。

 

「すみません……難しくなってきて俺、頭がパンクしそうなんですけど」

 

「兎に角、最大で二回戦わなくてはならない。連敗したらクラスポイントは0になるかも知れない--取り敢えずこの二つだけ頭に入れておけ」

 

 最悪の事態を簡潔に述べ、質問した池を始め付いてこれなくなりそうだった者たちに大きな危機感と緊張感を与える。

 

 それが行き渡ったのを見て茶柱は締めに入る。

 

「この試験は自分たちだけでなく相手や仲介役への利益の調整--目先の利益だけでなく、先々の展望を見据えた極めて政治的な要素を含んでいる。また自分たちの思惑が通るのか、通ったとしても良い結果になるかは分からない難しい判断を強いる」

 

 正に政治の縮図とも言える--普通の高校生が考えるようなものでは無い。

 

「しかしお前たちはそうした難しい状況の中で、最善を尽くせるようにならなくてはならない--先にも言ったがこれはシミュレーションだ。他人の生命(いのち)を左右することにはならないが、Aクラス卒業での特権と言う人生の岐路には大きく関わる--心して掛かれ」

 

 最後に気休めと学校のコンセプトを再認識させて発破を掛けた--茶柱なりの慰めなのか、目的を忘れるなと言う釘刺しなのか?

 

 

 ***

 

 

 茶柱が去った後、試験の概要が記されたデータを端末から呼び出し改めて見るが……これは一体なんの皮肉なんだ?

 

 嫌がらせにしても……いや最大最悪の嫌がらせだな。

 

 俺の心は猛烈に搔き乱されてるぞ--ぶっちゃければ、首謀者の下に乗り込んで皆殺しにしてやりたい。

 

 ついこの間まで抜けてた気が一気に戻って来た--猛烈な怒りを内在して。

 

 あの『申』の失敗の中で一、二を争う案件……かつ、和平をぶっ壊したのに『亥』が関わった俺にとって最も思い出したくなく触れたくないもの。

 

 しかも一之瀬が『申』に坂柳が『亥』、俺が救えなかった奴らに据えられてる--正月に世間話のつもりで話したのは失敗だったかね?

 

 クソ……こういう時は『子』の能力で別の分岐に出来ればと思いたくなる。

 

 いや無意味だし、時間的な事も考えても無かったことには出来ない--しかし学校が了承したと言うのは月城も手を貸したと言うこと。

 

 それともこれは利害の一致か?

 

 単純に考えて綾小路のプロテクトポイントを吐き出させるのと、俺が戦う回数を減らそうとか?

 

 いや、何が本命なのかは考えて分かるものじゃない--少し頭を冷やそう。

 

「ねぇ、嬰児くん。大丈夫、酷い顔してるよ?」

 

「櫛田。気遣いはありがたいが、今は構わんでくれ」

 

 今はまともな受け答えが出来る気がしない--だからかニュアンスが最大に無礼になった。

 

 しかし反省する気も起きないから、出来ればこれ以上は止して欲しいんだが、

 

「おい、桔梗ちゃんが折角心配してくれてんのに、その態度はないだろう」

 

「寛治の言う通りだぜ--何ムカついてんのか知んねぇけど、被害者面なんて出来る立場かよ」

 

 池と須藤が突っかかって来る--なんとも懐かしいね。春を思い出す、あの時は山内も居たのに。

 

 ちなみにその時は……久しぶりにやってみるか?

 

「嬰児くん、短気を起さないで。そっちの二人にしても気持ちは察するけど、今は仲間同士で争ってる場合じゃないでしょ」

 

「けど鈴音。俺らダチを」

 

「そうだぜ。コイツが居なけりゃ、今回の事だって」

 

 いつもなら平田もここで混ざって来るが、二人と同じなだけに無言で味方してるように見える--まぁ、此間のもなし崩しに了承しただけで、全く納得してないもんな。

 

 それが分かってるからか、堀北も場を収めるのは期待できないと早々に見切りを付けてる。

 

 触れることなく俺の手を抑えるポーズをして『牡羊座』を使うなと圧を掛けて来る--ならお前が何とかしろ。

 

 俺が目を逸らすと、改めて須藤と池に向かい合う。

 

「どんな言葉を尽くしても二人は……いえ誰も納得なんてしないでしょうし、時間も勿体ないから言うのはひとつだけにするわ」

 

 絶妙な間を持たせて期待感を高めて来る--これで詰まんないダジャレでも出て来た盛大なボケでもかまそうものなら面白いが、そんなのは縁遠いし素直にどんな御大層なのが飛び出すのか期待するかね。

 

「Ⅾクラスが提示する条件に嬰児くんの自由を更にひとつ削るものを提案する--内容に関しては改めて時間を掛けて詰めていきたいから、この場は抑えてくれないかしら」

 

 俺に罰を与えて償わせるか--それも今度は自分たちの手によって。

 

 ほほう。その場しのぎの咄嗟の言い訳かとも思ったが、中々によく考えられてる--試験の説明を聞きながら、ずっと考えてたんだろうな。

 

 ここは素直に感心だな--なんだか益々『申』に通じて来たな。

 

 そんな事を思ったからか櫛田も俺を擁護する気は失せたようだ--不満を顔に浮かべて席に戻った。

 

 

 ***

 

 

 昼休みになり『ほぼ』全員で話し合いをする為、弁当を持たない者たちは買い出しに出る--牛井嬰児もその一人で、その直ぐ後ろには平田が付いていく。

 

「嬰児くん。最短で戻るから、一番近い購買に行くよ」

 

 平田は目を離すことなく命令も同然に言う。

 

 嬰児からの返事はない--しかしそんな事は問題ではなく、もし僅かでも道に逸れようものなら肩を掴んで無理矢理にでも従わせるつもりだった。

 

 そしてその瞬間が来た。

 

 校外に出る方向に足が向いたのを即座に見て勢いよく手を伸ばし……透かされた。

 

 更に次の瞬間には煙のように消えた。手が届かないのは予想範囲であり、目は決して離さなかったにも関わらず見失った--周囲を見渡しても影も形もない。

 

「!?」

 

 怒り心頭、鬼の形相とも言うべき顔となる平田--それは偶々いた通行人達を怯えさせ逃げ出させた。

 

 それを上空(・・)から見ていた嬰児もまた平田を視界から消す。

 

 

 ***

 

 

 上手く行ったな--『蠍』の『気配立ち』と『辰』の『天の抑留』を同時並行で使うのは少々神経を削るが、お陰でやっと一人になれた。

 

 これでようやく静かに気持ちを落ち着けられる。

 

 ただ腹も減ってるし、適当な売店で飯を買うか--まだ人が集まってない店を。

 

 お、あった。

 

 分からないように注意を払って着地し、堂々と歩いて行く--メニューを見て少し考えて、よし決めた。

 

「「唐揚げ弁当をひとつ」」

 

 毎度のことながらいつから隣に居たんだ……ドゥデキャプル?

 

 弁当が用意できるまで立ちつくし会話は無い--やって来た弁当を受け取り一緒に買った緑茶を互いに口に付ける。

 

「学校に迷惑を掛けないようにって話じゃなかったか?」

 

 そう訊くとドゥデキャプルは背中を向けたまま答えた。

 

「その通りですが、これはあちら側の責任者からのご要望ですので」

 

 世話を掛けてる以上は誠意を持って対応しなきゃいけない……って理屈か?

 

 大人だなと感心すべきか、それとも素直にかこつけて嫌味なことするなと言ってやるべきか?

 

 茶柱が俺の問いにスラスラ答えたのは明らかにそう言えって台本が渡されてたとしか思えない--既に迷惑かけてるのは違いないから報いを受けろとか?

 

 なんて少し思案してたら、もう消えて居なくなった--これは余計な事をするなって注意なのかね?

 

 

 ***

 

 

 教室のドアが開き、牛井嬰児が戻って来た--それを見て教室に居た者たちは安堵し、特に心配だった軽井沢が声を出した。

 

「良かったぁ。戻って来なかと思ったよ」

 

「その方がいいなら直ぐに出てくが」

 

「いや、違うって!」

 

 されど機嫌が悪いのは悪化したようで、言葉にはハッキリとした棘があった--ただ嬰児は何も言うことなく席に戻り弁当に手を付ける。

 

 どうにも近づき難い雰囲気に各々のグループは怯え混じりに昼食を進める--透かさずに堀北が立ち上がり言った。

 

「まだ少し時間を置いた方が良さそうだから、話し合いは放課後にしましょう--条件の前提は私が提案したのにして欲しいけど、それ以外にアイディアがあるなら全然構わないから考えて置いて」

 

 重い空気を払拭させるとまではいかないまでも、お茶を濁す程度の効果はあったようで、教室に留まらなくてもいい理由が出来たことにより他所で食事をしに行く者や大急ぎで食べて教室を出る者が続いた。

 

 簡単に数えられる程度の人数が残った教室の中で黙々とご飯を口に運ぶ嬰児--それとなく残った面子は気にしがならも声を掛けることはしない。

 

 堀北は自前の弁当はもう食べ終わり、改めて端末から試験概要のデータを呼び出す。

 

(一対一を二つと思ってたのに、まさか二対一……いえ最悪は三対一の様相で戦うことになるなんて)

 

 先日に話した方針がいきなり崩れ去ってしまうほどの危機的状況になんとか頭を落ち着ける。

 綾小路と坂柳の対決(やくそく)を尊重しつつ、嬰児の力も当てにしないで戦い、クラス自身に自信を持って一年を締めくくる--そうして二年からAクラスになり卒業への道を見出すつもりが、下手を打てば再び0ポイントになり全てが終わってしまう。

 

 いや最早、Aクラス昇格は諦め卒業時にAクラスに移動できる方法を模索する方向になるなら、クラスは集団としての体を成さない寄せ集め以下になってしまう。

 

 この試験で一番試されているのは踏ん張らなければならないのは自分だと言い聞かせる度に過度のプレッシャーに眩暈がしそうにもなる--今朝は須藤たちを窘めるように動いたが、嬰児を非難したくなる気持ちは今の方がよく分かる。

 

 元凶であろう嬰児に目を向けると丁度食事を終えて片付けており、自然と席まで足を運んでいた。

 

「なんて不景気な顔かしら--ストレスを溜め込むのは良くないわよ」

 

「その顔で言うな」

 

「そうね。性質は違うでしょうけど精神的にまいってるのは同じ--だから出来るなら話をしてくれないかしら?」

 

 いつもの嬰児なら何も話せないと一蹴して終わる--そんな返しを予想してただけに悩むような仕草を見せたのは意外だった。

 

(どういう心境の変化かしら?)

 

 それともこれは制限を掛けられておらず、話ができる稀有な類か--指し示す所は本当に話がしたかったのか?

 

 想像もしていなかった手応えに妙な期待感が堀北鈴音の中で湧いて来る。

 

(もしかしたら、意外に行けるかしら?)

 

 それはストレスを吐き出したい衝動も相俟って直ぐに行動に表れた。

 

「この前はあんなことを言ったけど、状況は完全に変わった--本当に未来(さき)の事は分からない……貴方風に言うなら‶神のみぞ知る〟ことかしら?」

 

「神は時に理不尽だからな」

 

 嬰児が会話に乗った--しかもこちらの言いたいことを汲むだけの冷静さはあると確信させるニュアンスだ。

 

 流れを断ち切ってはいけない--堀北は即断して会話を続けるよう試みる。

 

「一之瀬さんの心境を想像するに……いえ、それがなくてもこの前の綾小路くんとん戦いを見れば、Ⅾクラスは他から狙われると見た方がいいわ」

 

「力を付ける前に早めに潰して置くのは合理的だな」

 

「そうね。その後で戦力を回収して再び仕切り直す方がAクラス卒業を目指す上でも、更にその先を見ても理に適ってる--私なら間違いなくそうするわ」

 

 教室に残った面々は危機感をとことん煽っていく内容に冷や汗が出始めている--自分たちも出て行けばよかった、今からでもと思ったが内容が気になり過ぎて動くことが出来ない。

 

 ただ二人の会話はお構いなしに続く。

 

「やっぱり俺を使うか?」

 

「使える武器は使わなきゃ生き残れない--何の意図があるのかは知らないけど、貴方にも責任の一端があるなら文句は無いでしょ」

 

「俺の自由を削ろうとしてる奴が言う台詞か」

 

「とっくに分かってたけど牛井嬰児に普通なんて一切当て嵌まらない--どんな過去を生きて来たかは知らないけど、自分本位の思い入れに付き合わされちゃ堪らないわ」

 

「くどい様だが俺の意志じゃないし、俺にはどうすることも出来ない」

 

「だとしても私たちのペースで事を進めて行けるようにして貰わなきゃ、身が持たないわ」

 

 堀北の言いたいこと要望がハッキリした--それは何ひとつ反対する要素の無いものであり必然的に皆を味方に付けた。

 

 嬰児一人に教室中の視線が集まる--全員ではないのでそこまでの圧は無いが、ひとまずは堀北鈴音が完全に主導権を取ったと言える状態になった。

 

 この場に居ない者たちからも反対が出るのは考え難いので、勢いのまま一気に最上の結果が得られるかもしれないと期待感が高まる。

 

「こんなに早くに前言撤回は格好悪いけど、次の試験--Ⅾクラスの為に全力で臨んでくれないかしら?」

 

 牛井嬰児の自由を削ると言いながら牛井嬰児の力を求める--堀北自身、言っていることが矛盾を通り越してるのは解っている。

 

 しかし突然の崖っぷちな状況になりふり構ってはいられない。

 

「出会った当初じゃ考えられないな。あの時のお前ならプライドを優先して他人に頼るのも言葉を曲げるなんてしなかっただろうに」

 

「Aクラスになるにはまず生き残らなきゃならない--私個人のプライドや意地にこだわってられないわ。クラスの為を第一に考えなきゃ、嬰児くんもそうしてくれないかしら?」

 

 嬰児は無言で堀北を見る--見ている面々の緊張感は高まっていく。そうして出てきた言葉は想像だにしないものだった。

 

「綺麗事と理想--内容に差異はあれど、追及し続ける姿勢はやっぱり彼女を彷彿とさせるな」

 

 そうして堀北の顔に手を伸ばそうとする。

 

「待てよ!オメェ、一之瀬に気があるんじゃねぇのかよ!?」

 

 透かさずに須藤が怒鳴り込んでくる--軽井沢と櫛田は初見でない為、幾分か冷静であるがそれでも心中は穏やかではない。

 

「ただ知り合いに通じるってだけだ--今の堀北もちょっとそう思えて来たな」

 

「ふざけた事―――」

 

「嬰児くん。その人も髪が長かったりするの?」

 

 須藤を押しのけて櫛田が割って入る--その顔は至極真剣だった。

 

「いいや。ロングじゃなくてショートだよ--と言うか当然ながら外見は全く違うぞ」

 

「一之瀬さんも堀北さんもその人じゃないよ」

 

「分かってる--口説こうとか、そんな気は無いから安心しろ」

 

 このひと言で修羅場はなんとか回避された--そんな安堵の空気の中で堀北は自分の髪の先を弄る。

 

「どうした?」

 

「いや、その、別に……」

 

「なんだ。ハッキリ言え」

 

「今の私が髪を短くしたら、嬰児くんは嬉しいかしら?」

 

「……え?」

 

 余りに意外な台詞に嬰児の声も間が抜けたものになった--聞いていた須藤と櫛田、軽井沢などの他の面々も目を丸くする。

 

「いえ、ごめんなさい。忘れてちょうだい」

 

 そのまま席に戻る堀北--しかしそんなことが出来る訳もなく、この場に居た全員の心に妙なしこりが残るのであった。

 

 

 

 




 本当の11巻相当は、ここから始まります。





 *私は電子書籍派なので最新刊は今から読みます。
  ・・・事と次第によっては、この作品は早く終わらせるかも知れませんかね。
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