どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主 作:a0o
一夜明けて、俺が教室のドアを開けて入っていくと、
「あ、おはよー……って嬰児くんか」
「なーんだ」
っと残念そうな声が浴びせられた。
言った奴らをはじめDクラス中がザワザワ、ソワソワしながらドアに注目し〝誰か〟を待っている。
ああ、なんとも分かり易いなと思いながら俺は自分の席に着き耳を澄ませる。
「それで昨日さ――――――」
「―――ああ、俺も見たかったな。その場面」
「ぼんやりした顔して隅に置けないよね―――」
下世話な好奇心丸出しの会話があちこちから聞こえる……ま、あれだけ派手に騒がれたら噂が広まるのも早いわな――これで俺が無関係なら放って置くんだが、アイツが来たら何を言えばいいのか…………。
「いつにも増して不景気な顔ね」
おやおや――珍しく堀北が話しかけてきたではないか。
やっぱり女の子、恋バナには興味があるのか?
それとも数少ない話し相手である男子に彼女がいると知ってショックだったりとか?
「…………あなた今、物凄く失礼なこと考えてない?」
「いや……別に…………それで何か話でも?」
「凄く追及したいけど、精神衛生的にやめた方がよさそうね」
ああ、是非そうしてくれ。
それで一体何の用なんだ――そう思い話の続きを待つと堀北は眉をひそめながら言ってきた。
「単刀直入に言うわ。牛井くんはAクラスを目指すのに協力してくれる気がある?」
ああ、なるほど……手駒に使おうと思っていた綾小路が使えないかも知れないから俺に新たな白羽の矢が立った訳だ。
しかし見る目がないというか視野が狭いというか――堀北が使いやすそうな駒の候補なら分かり易いのが居るだろうに。
「苗字で呼ばないでくれ」
「返答になってないわ。それともアナタの希望通りにすればいい返事が貰えるのかしら?」
どんな論理の飛躍だよ。
っていうか昨日、廊下で綾小路はAクラスになるように尽力するみたいなこと言ってなかったか?
まぁ、綾小路の欲しいものなんて想像に難くないから傍迷惑なだけだけど……。
「何故、俺なんだ?」
「牛井くんには珍しい特技がある――それを有してると示すだけで色々と便利でやり易いでしょ」
とどのつまり、力こそ正義で行く訳か。
勉強会で三バカを黙らせていたので味を占めたか。
あいつ等をはじめ聞き分けのないバカに俺の特技をチラつかせて言うこと聞かせるか、最低でも邪魔する奴を静かにさせて堀北の主導で事を進めたいと。
「須藤を救おうとしていたし、もっと思いやりのあるやり方を模索すると思ったんだがな」
「変な勘違いはやめて。あれはあくまでマイナスが生じるリスクを避けるため……そうじゃなきゃ、あんなに甘い対応はしない――もとより私は甘いやり方なんてするつもりはないわ」
ま、その手の飴を与える役割は平田や櫛田がいるからな――俺をバックに就けて堀北が鞭を振るう役割にでもなるつもりか……俺と言う鞭を振るうDクラスの女王、堀北か。
バタフライマスクにボンテージを着込み台座に網タイツの足をかけて――――。
「……なんか、さっきよりも私に対して、より失礼なことを考えてないかしら?」
おっと、堀北が険しい目つきで睨んできた。
ついつい個人的な妄想が入り混じった解釈をしてしまったが、ここらでお開きにしよう。
「それで私に協力してくれるわね」
おいおい要請から命令になってるぞ。
それが人にお願いする態度かと突っぱねてキッパリと断ったとしても俺の言葉なんかお構いなしに勝手に協力者にするとか言いそうだな。
何より、ただ断るだけでは俺が面白くない。
「Aクラスを目指すとしても――堀北、お前の力など要らん」
「――――――!?」
完全に予想外って顔だな。
そんな面食らった堀北に俺は続けた。
「俺に言わせればお前は須藤と同レベルだ。似た者同士、自分の思い通りにいかないと喚き散らしてる方がお似合いだぞ」
「…………よりにもよって私が須藤くんと同じとか………………言っていい冗談と悪い冗談の区別もつかないのかしら?」
段々と屈辱に目を険しくしている堀北に俺は指さすが全く動じない。
以前、俺が須藤を三秒で眠せると言ったから、やれるものならやってみろと言うのか――その根性はまぁまぁだが、ただのガキの怖いもの知らずに過ぎん。
「本心だ。今の
「随分と大きく出たわね。まずは優しくと思ったけど気が変わったわ」
今まで会話に何処か優しい部分ってあったか?
「今日の昼休みか放課後にでも私と勝負して――それで負けたら私の指示に従ってちょうだい。私が負けたら牛井くんの方針に従ってAクラスを目指すわ」
「俺がお前に望むことは何ひとつない。その申し出を受けるメリットは感じんな」
「そう言えばアナタはBクラスの一之瀬さんが好みだったわね……綾小路くんと言い、どうして他クラスに目が行っちゃうのかしら?」
やっぱり綾小路を坂柳に取られて寂しいのか?
話が教室……いや学年中の話題と重なってドアを見てみるが開く気配はない――そうそうドラマみたいな展開はないか。
そんな展開になれば話を打ち切れたのに……。
「……これ以上話してもお互いの精神衛生上良くなさそうだから、今はここまでにしておくけど――色香に迷って裏切るような真似をしたら絶対に許さないわ。それだけは憶えておいて」
席に戻っていく堀北を見ながら、そんなことは無いからと心の中で答える。
***
ホームルームまで一分を切った時――ガラッ――と教室のドアが開き、皆が待ちわびていた綾小路清隆が入ってきた。
「おー、綾小路。随分と遅かったな――彼女と何かしてたのか?」
「ヒュー、ヒュー。羨ましいぞ、この色ボケ野郎―」
山内と池が囃し立てて大半の生徒が続きたかったがチャイムが鳴り、一旦は大人しくなる。
もしこれが四月だったなら、ホームルームなど関係なく綾小路に詰め寄って質問の嵐が訪れていただろう。
しかし、これも一時しのぎに過ぎずホームルームから一時間目までの空き時間に昨夜の坂柳有栖とのキスの詳細を聞きに来る生徒が押し寄せた。
「いやぁ~、憎いね~。あんな可愛い彼女がいるなんてさ」
「って言うかさ、綾小路くんって軽井沢さんに気があったんじゃなかったの?」
「そうそう、あの時は三角関係勃発かと冷や冷やしたのに」
「だけど他クラスの女子って……騙されてスパイにされてんじゃ」
「おお、それは一大事だ」
「もしそうなら相談乗るぞ、どんな感じでそうなったんだ?」
当人に構わず言いたいこと言いまくるのに内心で辟易しながら、ゴホンと咳を鳴らして綾小路清隆は言った。
「結論から言うと昨日の〝アレ〟はただの事故だ。
転びそうになった有栖を支えてたらオレも足を滑らして〝ああ〟なっただけだ」
偽りなく淡々と事実を口にしたのだが、そんなので満足などするわけもなく、
「えー、相手の娘は身体が不自由みたいだから分かるけど……」
「あんな何もない所で足を滑らせるって」
「私たち、あの場に居たけど坂柳さん――すごく幸せそうな顔してたよねぇ。それに有栖って?」
篠原、佐藤、松下の三人が息を合わせて真っ向から否定的意見を示し、特に最後の松下の指摘に集まった者もそうでないのも含めたクラスメイト全員が綾小路に納得のいく答えを求めていた。
「はぁ~」
綾小路は仕方ないと言うような溜息を吐き出し、目を泳がせながら答えた。
「実は有栖とはこの学校であったのが初めてじゃない……八年ぶりに再会した幼馴染なんだ」
「「「「えー!!!」」」
「なんだよ、そのラブコメみたいな展開」
「現実にそんなことあるの?」
「確率、物凄く小さそうよね」
再び言いたい放題であったが内容的には妥当なものである。
「もしかして綾小路くんが春先に悩んでたのって……」
平田が遠慮がちに聞くと綾小路が頷いた。
「ああ、有栖と再会したんだが久しぶりすぎて、どんな奴だったか覚えて無くてな……なんて顔して会ったらいいのとか、ちょっとな」
「うわ~、純情だね~。綾小路くん」
佐藤の感想に女子たちは同意するように笑いを忍ばせ、男子からは嫉妬と羨望が混じった視線を向けられた。
「それ、櫛田にも言われたな」
「え、櫛田さん?」
「ああ、クラス内であと知っているのは嬰児ぐらいだ」
クラスの目が櫛田と嬰児に向くと櫛田は困ったような顔で、
「あははは……いや、実は綾小路くんにこっそり相談されて――」
「俺はその櫛田から聞いた」
嬰児は何も気負わずにあっさりと言った。
櫛田のバツの悪そうな顔と綾小路を交互に見た松下が、
「もしかして櫛田さんと喧嘩したのって?」
「ああ、ここだけの話としたのを漏らしたからだ。それにこんな再会、神の思し召しかと思っていたのを否定されて……オレも思わず腹が立ってな」
「だから悪かったって!」
泣きそうな顔で叫ぶ櫛田に自然と同情の念が沸き起こり、櫛田と仲が良かった王が近づいて肩に手を置き、冷めた目の綾小路に向き直る。
「綾小路くん。不快なのは分かるけど、櫛田さんだって人間なんだし、ついうっかりとかもあるよ。謝ってるし反省もしてるし許してやってくれないかな?」
櫛田をかばう王の姿はまさに友情に熱い親友であった。
「……いや、とっくに許してたよ」
このまま悪者になってしまう空気に言わされたのかと邪推する者もいたが、櫛田は涙目で感謝し寄り添っていた王も同じく涙目で喜んでいた。
ほのぼのとした空気にほだされ、和やかな雰囲気に一石が投じられた。
「それで、まさか幼馴染がいるからAクラスを諦めるなんて言わないわよね」
堀北は刺すような視線を綾小路に向け、クラス中が一気に緊張の渦に呑まれた。
「ああ、出来るなら有栖とは戦いたくないしクラス争いからも手を引きたい」
そんな中で綾小路は何でもないように答えるが内容は流せるようなものでなく堀北の目の険しさが増す。
「だが、最近思い出したんだが有栖は好戦的な娘でな――オレにその気がなくても仕掛けてくる、正々堂々とな。
勿論、ワザと足を引っ張ったり、Dクラスを裏切るような真似は絶対にしないと約束する」
「当り前よ。そんなふざけた真似したら絶対に許さないわ」
堀北は憮然としながら席に戻り、クラスの緊張も抜けていき安堵の息をつく者も少なくはなかった。
その時、ちょうど一時間目が始まる時間となり皆が自分の席に戻っていった。
***
「綾小路、ちょっといいか?」
「ああ、別にいいぞ。嬰児」
俺から声を掛けられ綾小路は待ってましたと言わんばかりに即答してきた。
大方、坂柳と話をする段取りを取りに来たとでも思ってるんだろうな。
俺たちは一緒に食堂に向かい安い定食を頼んでテーブルに向かい合った。
食堂に向かうまで道から定食を取りに並び、席についても綾小路に好奇の視線が集まっている。
本人は平然としているようだが内心はどう思っているのか?
こんなはずじゃなかったと嘆いているのか、もう完全に開き直って新たな道を探しているのか――その新たな道に俺が含まれてなければいいんだが、こいつ、俺の異能に興味津々だし無い物ねだりに近いかな。
何より、こんなことになってしまった責任は俺にもあるので邪険にも出来ない……困ったものだ。
「実は折り入って綾小路に頼みたいことがあるんだが」
「ああ」
ポーカーフェイスは相変わらずだが、来たかとか心では思ってそうだ。
「同じクラスに佐倉愛里って娘いるだろ?」
「……………………ああ、居たような気がするな…………すまんな、名前と顔を思い出すのに時間がかかった」
嘘ではないだろうがホントは坂柳に関する話をすると思っていたのに肩透かしを食らったってとこかな。
「実は昨日の夜、彼女が自撮りしてるのを隠れて見てる男がいてな」
「嬰児がそれか、犯罪紛いなことはやめろと堀北に――――」
「そう、正にそれだ。佐倉はひょっとしたらストーカーにあってるかも知れない」
綾小路の言葉にかぶせて一気に本題に入った。
「――それをオレと一緒に捜査しろと?」
「いいや、変なレッテルを張られた俺が出ても悪い方向に行きそうだから、綾小路の方で解決して欲しい」
綾小路は目を細めて強い口調で言った。
「意趣返しか?」
うん、当然の帰結だ。
美少女を視姦したなんて不愉快なレッテルを嵌めてくれたのだから、そんな気持ちも全くないと言えば嘘になる。
だが本心でもない。
「佐倉ってさ地味で目立たないけど、スタイル抜群でクラスでも1、2を争うぐらい可愛い娘なんだよ。そんな娘が危ない目にあってるかも知れないなら助けてやりたいじゃん」
「お前の言ってることの方が、よっぽど危ないと思うぞ」
仰る通り、何も知らないやつが訊いたら典型的なストーカーの理屈だ。
見守っているとか言いながら本人が迷惑そのものになっている。佐倉のような娘からしたら迷惑を通り越して恐ろしいだろう。
だからこそ確証もなく動く訳にはいかない。俺としても遠くから見ただけで確信がある訳じゃない。そんな〝かも知れない〟で事を起こして実は違いましたじゃ洒落にならないからな。
「第一にこの手のことは警察の領分だ。学校の試験やいざこざとは訳が違う――オレじゃなくて然るべきところに話を持って行くのが筋だろう」
「それを簡単に出来ないからお前に頼んでるんだ。どうやって知ったかを追及されて誤魔化してもそれで終わりにはならないからな、俺の場合」
「つまり公に出来ない方法で知ったと」
その言い方だと違法な手段みたいで、ちょっと気に食わないな。
でも綾小路が食い付くには妥当であろう――ただし今回は絶対に後払いだ、更に。
「この依頼を達成したらその情報の開示ともうひとつ……綾小路の願いをひとつだけ叶えてやる」
「オレの願い…………」
綾小路の声に僅かな揺らぎが混じった。
「ああ、流石に
「俺では……か?」
「その情報の開示には友情が足りないから、今は無理だな」
今回の成功報酬として希望するなら、それも良しだし安いものだが。
尤も折角のチャンスをそんな小さなことに使うような玉じゃないだろうし、個人の口約束程度の報酬に願いを百個に増やせとか、家来になれとか常識やモラルを弁えない願いをするほど節操無しじゃないだろう。
俺は答えを急かさずに箸を動かしていき、綾小路も昼食を静かに食べ始める。
尤も互いに味なんて楽しむ気分じゃないが。
さてはて今、綾小路の頭の中ではどんな思考が展開されているのかな?
何故、俺が赤の他人である佐倉の問題に関わろうとしたのか。
引き受けるメリットは足るかどうか。
自分を試そうとしているとか何かしらの思惑があるのか。
色々考えられるが……まさか昨夜の騒動を引き起こしたお詫びの印だなんて解にはたどり着かないだろう――たどり着くとしたら『辰』の能力を開示したとき、事が終わった後だ。
正直に全てを話してこの場で謝るのが誠実だが、付け込まれて面倒くさいのを吹っ掛けられるのも嫌だし、更に調子に乗って綾小路のペースに引き込もうと仕掛けられるのはもっと嫌だ。
佐倉を引き合いに出したことぐらいなら話してもいいが、その相手はもうひとり居るから二度手間になるし、やっぱり全部終わってからだな。
そんなこんなでお互いに食べ終わり箸を置くと綾小路はいつものぼんやりとした表情のまま、いつもの覇気のない声で応えた。
「分かった。引き受けた」
ま、予想通りのだな……勘繰りすぎて受けない可能性も無きにしも非ずだったが、その場合は匿名で告発とか考えていたが、必要はなくなったな。
「それで佐倉を付け回している男の素性は?」
「格好からして教師じゃなくてケヤキモールの職員だった。顔をハッキリと見えなかったが冴えない中年のおっさんだったのは間違いない。佐倉が自撮りしてのを考慮するとカメラ屋の店員じゃないか」
「そこまで分かってるなら、確かめるのは容易だな……と言うか佐倉に確認を取って被害届を出させるか警告すればお終いだろ?」
綾小路である必然性がなく、同性である櫛田に頼んだ方がもっとスムーズに話が済みそうだ――何かしらの思惑があるのかと深読みでも始めるのか?
「理屈はそうだが、言うほど簡単じゃないと思うぞ。
佐倉は引っ込み思案の娘だったし、既に被害を受けていたとしても相手にされなかったり、相手が逆上したらどうしようとか考えてブレーキがかかってるだろうからな。
素直に話してくれるのは例え櫛田でも手こずるだろうし、相手のおっさんにしても現時点ではどこまで気が違っちゃってるのか分からない――最悪、刃傷沙汰にでも発展したら被害が拡大する」
そうならない、事が穏便に収まる、一番いいのは俺の取り越し苦労であるのが、危険はこちらの都合に合わせてくれない。
綾小路なら己も相手の身も守れるだけの戦闘能力を有しているのは確認している。
「櫛田でも手こずるならオレには高すぎるハードルだが……それを差し引いてもオレが適役であることは理解した。その最悪を念頭に置いて動くとしよう……それにしても随分と見ているんだな佐倉のこと」
「色々と警戒しなきゃいけない身分なんでね――最初の方はずっと目を光らせていた。
目立つ奴、目立たない奴、他人を前に立てて後ろでほくそ笑んでる奴と、まあ個性豊かではあったが、少なくともクラス内ではその必要はないと四月の段階では結論付けた」
綾小路の望む答えじゃないだろうが、少なからず腹は見せた。結果としてはそこまで悪いものではないだろう……と言うか、ここで適当なこと言うと俺から佐倉に好意を伝えてくれることを頼まれたとか言って接触と情報開示を進めようとしかねんからな。
そうなってしまえば俺は節操無しか、最悪は女の敵に貶められてしまう……この心境を見越して一之瀬のことを堀北に伝えたのなら、やっぱり侮れない奴だ――だからこそ信じて任せられる。
「だからこそ綾小路のことも少なからず信用している」
ダメ押しにもならないと思ったが、言うだけ言っておく。
綾小路の表情は変わらないままだが、何か言おうと口を開こうとした時――
「あ、お前、坂柳の彼氏か?」
突然、見ず知らずの男子が割って入ってきた。すぐ横にはガタイのいいスキンヘッドの男子が居て同じく綾小路を見ていた。
「知り合いか?」
「いいや、初対面だ」
だろうな……それにしても無礼な奴だな。と思いながら俺はテーブルにテンポよく指を叩く。
「はっ、坂柳の男っていうからどんな奴かと思えば、こんな無気力な野郎とは。やっぱり不良品のDクラス、そんなのにうつつを抜かしてるんじゃ坂柳も高が知れてますね、葛城さん」
「よせ、弥彦。他人の交友関係にケチをつけるなどAクラスの生徒にあるまじき行為だぞ」
「す、すみません」
弥彦とやらは葛城と呼んだ奴に謝ったが、相手が違うだろう。
「君たちも突然済まなかった。俺はAクラスの葛城康平、こっちは戸塚弥彦……坂柳とは少々ギクシャクしていてな、つい感情的になってしまった許してほしい」
「葛城――お前が」
「俺のことは知っているのか?」
「有栖から聞いた…………なんか馬が合わないらしいな」
こいつが『午』……どことなく似てなくはないかなぁ――ともう時間はいいかな。
「はん、あんな女!ただの高慢ちきだ!葛城さんの敵じゃ――――――」
戸塚は突然席に座り込んでテーブルに突っ伏し、俺は指を叩くのを止める。
「弥彦、どうした?!」
「すかー……」
葛城が慌てるが寝てるだけで取りあえず安心し、今度は俺に目を向けてきた。
「Dクラスには変わった特技を持つ男がいると噂になっていたが、お前がそうか?」
若干の怒りが込められているが、どうにも物足りんと言うか慣れてないというか。
「牛井嬰児だ。初対面で悪いが俺のことは―――――」
「苗字で呼ばれたくないのも話に聞いている。が、こっちも非があるとは言え名前で呼ぶ気にもなれんのでな。悪いが牛井で通させて貰うぞ」
ま、仕方ないかな。
「それで、オレに何か用か?」
絶妙なタイミングで綾小路が割って入る。
そもそも何し来たのかは俺も気になるところ……仲の悪い坂柳を大人しくさせるために綾小路を買収でもするのかな?
「いや、偶々見かけただけで特に用はない」
葛城は綾小路に目を戻し答え、その後で少しだけ思案するポーズをして訊いてきた。
「しかし、この際だから聞きたい――坂柳と幼馴染だそうだがアイツは昔から、あんな感じだったのか?」
出たとしても不思議じゃない質問だよな。
だが実際は坂柳が一方的に知っているだけで綾小路は彼女の昔を知らないはず。幼馴染で通したのは単なる辻褄合わせ……さてどう答える。
責任の一端がある身としては冷や汗が浮かんでくる。
「ああ、昔はよくチェスの相手をせがまれた。やたら攻撃的な手を好む傾向だったな」
「お前もチェスを」
「ああ、今はお互いプロ級だと自負している……なんなら手解きしようか?」
「いや遠慮しておく。邪魔して悪かったな、そろそろ弥彦を起こしてほしいんだが」
また目を向けられたので俺は無言でうなずき――パンッ――と手を叩く。
戸塚は起き上がりこぼしの如く立ち上がり、何があったのか分からいとばかりに当たりを見回す。
「えっと……葛城さん、俺は一体?」
「後で説明してやる、行くぞ」
葛城が歩いていくと怪訝顔のまま戸塚も続いていった。
俺たちも食い終わってるし、いい加減戻ろうと席を立った。
「さっきのチェスの話、坂柳と打ち合わせでもしてたのか?」
クラスに戻る途中、なんとなく訊いてみた。
「ああ、昨日の帰り道に色々話してな。機会があれば一局指そうと約束した」
如才なく答えるか……綾小路が人を道具としてしか見れず、関りや繋がりを造れないのは接していて分かったが、坂柳に関してはちょっと違う感情があるのかも知れないな。
無自覚なのかもしれないし俺の思い過ごしかも知れないが、そうであったなら俺にも少なからず変化が…………なんて、益体のないことはやめよう。俺はただ与えられた役割を果たすだけの存在なのだから――――。