どうしても叶えたい願いの為にその気になる綾小路と、別にどうでもいい願いでなんとなくいるオリ主   作:a0o

80 / 82
ただ○○

 

 

 

「どちら様で?」

 

「牛井嬰児氏の後見人の様な者と思って下されば」

 

 坂柳の疑問に即答するドゥデキャプル--そして内容から綾小路が背後に隠すように前に出た。

 

「ような、か」

 

「はい」

 

 意味深な笑み--牛井嬰児をして異常なのは知っているが、それに輪をかけて不気味且つ不快な印象を受ける。

 

「それで用件は?」

 

 兎に角、早くこの場を去ろうと会話を進めに行く--意図を察したと言わんばかりに笑みを深めた相手に警戒感が上がった。

 

「では手短に。もしこれが本当の戦場でしたら、アナタ方は同じ結果を望みましたか?」

 

 意味のない質問--そう一蹴するのは簡単。そう答えればドゥデキャプルは直ぐに居なくなる筈だ。

 

(ただそれはそれで不味いことになるか)

 

 この試験は下敷きになった過去がある--それも牛井嬰児にとって悪い思い出の。

 

 浅はかな答えを出したなら、嬰児の信頼を失う。

 

 だから考えた。

 

「この独立の根底は戦争状態を終わらせること--降ることで両国の和平は成立しない。なら勝利してこっちの要望を通すしかない」

 

 それだけ敗戦の事実は重く--どれだけ理不尽であろうと耐えなければならない。だからこそ戦わないことが重要であり、戦うとなったら勝たなければならない。

 

(どれだけ死んだか、どれ程の悲劇かなんて数字や文字でしか知らないオレの感情論なんて薄っぺらすぎる)

 

 故に整然とした論理が最適--同時にこれは綾小路の得意分野や経験にも繋がり、相手が百戦錬磨でも遣り合える自信がある。

 

「フフフ。流石は綾小路氏のご子息--聡明ですね」

 

 このドゥデキャプルのひと言に坂柳は即座に反応--自分を庇っている腕を強く握り訴えた。

 

「清隆くん。人は触れ合うことで温もりを知ることが出来る--これはとても大切なものです。私はかの戦士を知りませんが、彼女が守りたかったのは、そう言うものだと思っています」

 

 情への訴え--自分らしくもないと思うが、今言わなければならないと心が叫ぶ。

 

「ほほう。成程、流石は牛井嬰児氏の目に適っただけの事はありますな--確かの『彼女の戦友』たる彼女に通じるものがあります」

 

「何をどう思おうが自由だが、有栖はそいつじゃない--変な思入れを持ち出すのは止めてくれ」

 

「きゃっ」

 

 綾小路は握られた手を解いて坂柳を強く抱き寄せた--自分のものに手を出すなと言わんばかりに。

 

「ふふふ。初々しいですな--ご心配なく、過去をどうこうする気もなければ、代わりを求めるようなことは致しません」

 

「……雑談がしたかったなら、もういいか?」

 

「そうですか。いやお引止めして申し訳ありません--どうぞ、ごゆるりと」

 

 最初から自分たちの事など、どうでもいい。

 

 そんな心情が透けて見る態度は綾小路をしても不快--もし、こんなのとずっと付き合わなければ相当なストレスなのは間違いない。

 

(オレでこれなら嬰児も--これはこれで使えるか?)

 

 それならば会話を続けるのもメリットがあるかと思い直すが、

 

「駄目です--呑まれてはいけません」

 

 坂柳が抱き寄せられながらも服を引っ張ってこの場を終わりにしろと訴えて来た。

 

(う~ん)

 

 心情的に悩ましい--板挟みとも言える状態。傍で見ている分には面白い光景にドゥデキャプルは堂々と意味深な笑みで言う。

 

「ふふふ。やはり初々しい青春、結構な事です--お邪魔するのは無粋、ここは私が退散しましょう」

 

 帽子を取り深々とお辞儀する老紳士--ただ敬意ではなく不快さがどうしても心に付く。

 

(見下してるのが分かる--そしてそれも当然だって言う納得感も)

 

 嬰児ほどの者がどうして己の意に沿わないのに従っているのか、その理由の一端を見た--そんな気分に坂柳を抱き寄せていた力が増す。

 

「!!?」

 

 流石に痛みで声が出てしまう。そして表情からは読み切れない綾小路の心情を察し、余計に不愉快が募り抱き寄せてる腕を抓った。

 

「有栖痛いぞ」

「お互い様です」

 

 見る者が見たら苦笑か呆れるかだが、そんな者は居ない--僅かな時間に居なくなったドゥデキャプルに綾小路は努めて冷静に思案する。

 

(目を離したのは僅かと言えない時間--煙のように消えた?とでも言えばいいのか)

 

 それで訳が分からない--自分の知らない世界の猛者。忘れたことのない嬰児の台詞を思い出し、

 

「だから痛い」

 

 坂柳が抓った手を余計に強く捩じった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 負けたか……しかしなんだか釈然としない。そんな気分で歩いてたら見知った顔(ドゥデキャプル)が、

 

「どうも。ご機嫌麗しゅうとはいかないようで」

 

 何を嬉しそうに……口調だけは無駄に丁寧で相変わらず腹が立つ。

 

「ふふふ。あのお二人をお探しなら食堂の方に行きましたよ」

 

 接触済みか--態々教えて来たってことは、俺の知りたい情報も持ってるってことか。

 

「いよいよ持って世界と敵対する気なのか?」

 

「まだ大雑把ですが、そのようです--尤もキチンと正攻法で行くようですのでご学友を手に掛ける心配は必要ありません」

 

 あくまで今のところはだろ--仮にそうなったとして俺としては躊躇することも無いけど。

 

「しかし中々に面白い事になって来ました--こちらとしても迷惑をかけるつもりは無かったのですが」

 

 建前上はだろ--と断じるのもちょっと、あれか。国の手が入ってるとは言え、学校自身の裁量でと言うのは間違いない--俺一人の為にって、形式上は仕方ないとしても波風立たないのが理想的。

 

 ただ俺としても、この学校には合わせたつもりだ--問題だとするなら公正にしてくれなきゃと言いたいぞ。

 

 無言のまま、そんなことを考えてるとドゥデキャプルは相変わらずの不敵な笑みを深めた--何度見ても嫌な感じ、その顔を歪ませたいぜ、一度でいいから。

 

「私たちは決して嘘を付くつもりはありませんよ--取り決めは守ります、例えそれがどんなものだろうと」

 

「俺がここに居るのもその一環だしな」

 

「はい。しかしこれ以上、予期せぬ事態はこちらとしても望むところではありません--互いの為に少し考えを改める必要も出てきました」

 

 流れが不穏な感じに変わった--俺の不利益なんてどうでもいいが、ちょっとでいいから意を酌む形になって欲しい。

 

 と有りえないと分かってるが、それでもそんな期待を抱かずにはいられない。

 

「その為にお聞きしたいことがありまず。牛井嬰児、貴方は今現在生きている〝誰の為〟なら全てが惜しくないですか?」

 

「質問の意図が分からんが、それは関係ないよな」

 

「残念ながら開示許可は出ていませんので」

 

 それって教えちゃいけない訳でも無いとも取れるが。ま、そんな揚げ足取りはしても仕方ない--だから、ちょっと考えて見るか。

 

 誰になら、俺の全てをやってもいいか?

 

 綾小路は論外だな--私利私欲に使うのはいいが、人の道に外れることも平気でしそうで怖い。

 じゃ、アイツを止める意味で坂柳か、悪くない気もするが相手側に立ってイメージすると猛烈に拒否反応を起こしそうで、それは望むところじゃないな。

 

 櫛田、平田、軽井沢も世を混乱させるようなことはしないだろうが、力に溺れて良からぬ方向に行きそうな気も拭えないか。

 そう言う観点から行けば一之瀬が妥当な気も--『申』の代わりになってくれって頼んだら喜んで引き受けてくれそうだが、どうにも脆そうなのもあるからな。想定外の副作用がでたら、どんなことになるか?

 龍園ならそれでも楽しめそうだとかになりそうだが『辰巳』兄弟がやって来た事の再現になりそうで気が進まない--戯れにした施しの後で尽く胸糞悪い事態になって終わったからな。

 

 そうなると無難なのは椎名ぐらいか--姿勢は消極的だが理知的で芯が強そうな面があるから最低でもプラマイゼロな結果に落ち着きそうな気もする。

 

 いや同学年に限らず上級生で言えば『丑』に通じる堀北学も候補に上がるか--自らの考えを持って、正しいことをする。それをやり続けられる意思もしっかりと見受けられた--まだ若いから流石にあの天才の域まで昇華するかは未知数だが、託すだけの価値は持っている。

 いやいや肝心なのを忘れていたな--妹であり最近『寅』だけでなく『申』の面影も現れ始めた堀北。出会った当初なら絶対に駄目だったが、今のアイツなら--まだまだ発展途上だが、より良き方向を模索し歩んで行こうとしている。そして綺麗事だけでなく現実を見据えて苦みを呑み込む度量も垣間見えた。

 

 ああ、なんだか知らぬ間に一番よく考えてるな……俺もどうしちまったのか?

 

「そうだな。やっぱり一番迷惑をかけてるんだし坂柳に託すのが妥当かね」

 

「おやおや、心にも無いことは言うものではありませんよ」

 

「それなら惜しいと思えるのなんて居ないだね--中々に魅力的な奴らが多いが、全てをとなれば決められない」

 

「ふふふ。なら聞き直しましょう--誰に殺されたなら貴方は綺麗に消えて貰えますか?」

 

 そう来たか--無くして惜しい命じゃないし、仮に文字通りの意味で殺されたとしてもそいつが罪になる訳もない。心の傷(トラウマ)もどうにでもなる術も有るから、純粋に俺個人の気持ちで答えなきゃだな。

 

 それなら真っ先に思い付くのは坂柳だが、綾小路が許さんだろうな--そして綾小路の手に掛かるのは、その前に殺し返してしまうと確信があるな。

 そう言う意味では龍園や南雲なんかも殺されてやる気にはなれんな--仮に俺を負かす方策を仕掛けて嵌ったとしてもリベンジしてやるって気に駆られそうだ。

 正々堂々と言う意味では堀北学なんかなら、素直に負けを認めて受け入れられそうだが、俺の全力を出し切れたらの話--そうなると現実に可能かどうかは疑問。

 

 なら無抵抗でそうしてってパターンか。

 

 そうなると一之瀬か、堀北くらいだけど……迷う余地があるよな、やっぱり。

 

 こうして考えて見ると俺って生への執着が生じてるのか?

 それとも託せるものがなきゃ、って欲?

 はたまた戦って死にたいって言う誇り?

 

 なんだかどれもそうな気もするし、違う気もする--生きた証、未来への望み、紛い物の身でそんな贅沢な願いを持つつもりは最初からない。

 

 ないのに、なんだろうな心に引っ掛かるものは?

 

「ふむ、どうやら少し時間が必要なようですね--この場は外しますのでじっくりとお考えを」

 

 ぎょえぇ……気を使われた。最もして欲しくない奴に。

 

 そして振り向く間もなく消えた--意識から外さないようにしてたのに毎度、気味の悪い奴--と何時までも気に留めとくのも嫌だし俺も昼飯にするか。

 

「おーい、嬰児くん」

 

 見計らったようにお呼びがかかったし--天使の様な笑顔と声。ただその裏にあるのは一番乗りしたって愉悦か?と勘繰ってしまうな。

 

 いや午後からの気分転換には素直に癒しに使わせて貰おう。

 

「今行く」

 

 二人分のお弁当を持っている櫛田の下に足を向けると笑顔が一段と深まった--やっぱり今の気分にはピッタリだな。

 

 

 ***

 

 

 午後となり、正真正銘最後の試験が開始直前--必然的に全生徒の顔が強張り合図を待つ。

 

 午後の競技は『けいどろ』--午前中に一人を出したⅮクラス(・・・・)とCクラスから一人抜けた三十八名同士の対決。

 ⅮとCは色違いの腕章を付け、警察役が体に触れたら逮捕--泥棒役は牢屋エリアに。

 牢屋エリアはグラウンド中央、逃亡エリアは全クラスの監視内の区域--外れた場合はペナルティとして失格。試験から除外され相手クラスのカウントになる。

泥棒役がエリアに捕まった仲間にタッチしたら解放。

 双方とも相手に怪我をさせる行為は禁止--違反した場合は即座に失格、クラスの敗北。

 制限時間は三時間--クラスの半数以上が捕まれば警察側、逃げ切れば泥棒側の勝利。

 

 

「泥棒役は私たちⅮ。警察役はCでいいかしら?」

 

 堀北は防衛側として戦いの選び、ルールを確認。

 

「ああ、それで問題ねぇ」

 

 龍園もCの代表として了承--それとなく参加している嬰児に目を向ける。

 

 --ここで更に特別ルール。牛井嬰児は捕まった後の復活は無し。

 

「今から終わった後が楽しみだな--牛野郎の生殺与奪を握ってると思うと」

 

「余り卑しい言い方をしないで貰えるかしら。私は嬰児くんの為も思ってしてるのよ、一応はね」

 

 最後に余計なひと言を付け加えるあたり、決して本意でも率先したい訳でも無いのを強調する--当然、嬰児も耳に入る位置に居るが、どこ吹く風と言った表情。

 

 不満を持つ者たちの苛立ちが募るが、時間の無駄なのは分かり切っているので何も言わない。

 

 持ち場に付き、開始の合図を待つ--程なくして、その時が来た。

 

『それじゃ、試験開始』

 

 一之瀬のスピーカー越しの声にⅮの面子は一斉に駆け出す--Cは十分間待機。

 

 ただ無言のままではなく龍園の下に集まり話す。

 

「龍園氏。フィールドがモニターの範囲内なら上の方々もご覧になってると思いますが、勝算の程は?」

 

「気張るな。これはただの遊びだ--俺の言う通りに動けば、問題なく勝つ」

 

 自信満々の態度に頼もしさと自信が伝わり士気を上げる--傍から見れば、ただの演出だが効果的なのは変わらず、実際に胸が熱くなる高揚感が高まっていく。

 

 その中で比較的冷静な椎名は、

 

(本当の戦いはこの後ですが)

 

 と心の中で言いたいのを呑み込み、龍園に渋々従ってる面子--その代表格とも言える時任も、

 

(やるからには勝たなきゃな)

 

 珍しくのフェアな勝負に今回は一切の雑念がなく、端的に言って良い状態でクラスは纏まっていた。

 

『Cクラスもスタート』

 

 合図と同時に走り出す--二人、三人で行く者が多い中でアルベルトや伊吹と言った運動に優れた者は一人で駆け出す。

 

 龍園は牢屋エリアで陣取り、フィールドマップを見る。

 

(さて、触れたら逮捕なら牛野郎も早々と言いたいとこだが、そんな常識は捨てた方がいいに決まってる--定石から考えて放って置くのがベターだが、それじゃ面白くねぇし、上へのアピールにもならねぇ)

 

 クラスの進退が掛かっているとは思えない思考--龍園らしいと言えばそれまでだが。

 

 元より龍園の楽しみは先にある。

 

(その為にも今はゲームに集中だな)

 

 散って行った際、嬰児や堀北と言ったⅮの主力とされるのは北東に行った--序盤は放って置き雑魚を優先するのが定石。

 

 ただルール上、牢屋エリアでのタッチで復活が可能なら嬰児の常識外れの能力やそれを囮に須藤や平田などを使って逆転する戦略も今の堀北なら思い付いている筈。

 

 となると先に潰し置くべきだが、そんな簡単に行く訳もない--普通に考えれば、

 

「まずは小手調べだ--楽しませろよ」

 

 不敵に笑うと伝令役の女子が高円寺を伴って走って来た--その一部始終を見てる鳩は飛び去る。

 

 

 ***

 

 

 全く予想通りの展開--しかしこれで余計なことを考えずに済む。

 

 しかしCクラスは全く持ってよく統率されてる。流石と言うべきだろうな--俺の所に来る八名は見えない様に様子を窺い攻めてくる気配はない。

 

 配置からして直ぐに知らせに走る役が三人、となると五人で俺の相手をするつもり……なんてある訳もないか。

 

 いくら触れるだけでいいとは言え、その程度なら簡単に抜けられる--やるならもっと大勢で取り囲んで来るべきだが、それをやれば他が疎かになって負け。

 

 直ぐに片付くのを取っても、俺ともう数人居れば簡単に取り返せる--堀北もその方針だが、その程度の事は相手も織り込み済み。

 

 どう出し抜くか--正に遊びを装った試験、それも俺の命も懸かってるんだから笑うべきか?

 

 ともうちょっと浸っていたいが、戦況把握しないとな--『鵜の目鷹の目』で方々見て回るが、佐倉や外村と言った運動が苦手なのはもう早々に捕まって牢屋ゾーンに歩いてる。

 

 一方で須藤や平田、女子では堀北や櫛田に小野寺と言った逃げに定評があるのは追い掛け回されてる事はなく気にする必要はない。現時点ではな。

 

 俺たちが防衛側である以上、デッドラインは十九名。Cの勝利には二十名が必要な訳だが既に八名--五分の二のノルマを達成した訳か。

 

 打ち合わせでは五分の三、十二名が捕まったら動けってことだが、時間は半分も過ぎてない。まだ待つべき……なんて考えてると『戌』が連想してしまい、連鎖して大戦の最後も浮かぶ。

 

 ……なんだか、この試験における嫌がらせ要素も含めて不快感がぶり返して来た。

 

「ひ!」

 

 いかんいかん、思わず殺気が漏れた--深呼吸、深呼吸。

 

 すぅはぁ。よし少し落ち着けた。

 

 改めて状況確認--おや、堀北がターゲットになったか。それは想定内だが狙いは別だな、須藤がそこに誘導されてる。

 

 

 ***

 

 

「へっ、ちょろいぜ」

 

 須藤は自分を見つけて追って来るCの面子を軽々と交わしながら余裕を見せる--バスケで鍛えているスタミナや相手のマークを外すテクニックの応用はこの競技では大に行かせた。

 

 この分なら制限時間まで捕まることはない--贅沢を言えば警察役となり相手を捕まえる方が良かったが、取り決めがそうなってしまった以上、文句は言えない。

 

(癪だが俺でも龍園と同じ選択するしな)

 

 全ては嬰児が居るから--警察役となれば一人で全て片付けられる確信は否応なく抱かせる。

 

 ……分かってはいるが面白くない事実。

 

 訳が分からないほどの実力と背景を持つ男--ただ何故自分たちが振り回されなければならないのか?

 

 沸々と不満が募り苦い物を噛みしめたような感覚が頭を巡る--そうして逃げた先には囲まれている堀北の姿が。

 

「鈴音!」

 

 反射的に叫び、助けようと突っ込もうとしたが、

 

「来ちゃ駄目!逃げなさい!」

 

 堀北は制止を促すと同時にもう何度目になるか、夏の初めの暴行未遂を思い出す--あの時も須藤を罠に嵌めようとしたのを止めたが、シチュエーションが違い怒りではない助けたいと言う善意を利用した来た。

 

 どちらにしても喜ばしくないが。

 

(成長してるのは相手も同じ……いえ、まだ私たちが甘いのかしらね)

 

 このままでは二人とも捕まるのは目に見えている--負けの一助になるのは御免だった。

 

 自力で包囲を抜けるか、須藤が行ってくれるかが現実的--二人とも逃げ切る贅沢は望める状況じゃなく、より可能性のあるのは明らか。

 

「チームの勝利を忘れちゃ駄目!」

 

 須藤に最も響くシンプルな言葉--バスケの試合感覚が混ざっていた為、向かおうとした足が止まった。

 

 この心理状態まで見越し制御して見せた堀北鈴音も成長している。それは須藤も同じ。

 

(鈴音に恨まれる訳にはいかねぇ……)

 

 助けに行きたい衝動を無理矢理抑え込む--ましてや嬰児(アイツ)に助けられでもしたらと、気に喰わない場面を思い堀北の意を酌んだ。

 

 全速力で離れて行く姿にひと安心する堀北--ただ自身の危機は変わらない。潔く捕まる気は無かったが。

 

「ハッ、格好つけないで素直に助けて貰えば良かったんじゃ?」

 

 囲っているCの一人、伊吹澪が挑発的に言う--同じく石崎や小宮と言った強面も優位な状況に酔い楽しそうだ。

 

「それはもう少し後で嬰児くんに任せてあるわ--そっちが楽しいのは今の内だけだから、私も精一杯おもてなししなくちゃね」

 

 最後には勝つ--ただではやられない。

 

 返すべき挑発としては上々--嬰児の名前を出され、体育祭の棒倒しを思い出した男子は喉に猛烈な苦みが湧き脳にまで達していく不快感に頭に血が上る。

 

「今度は負けねぇ!勝つのは俺たちだ!!」

 

 誰が叫んだか、それが合図となって一斉に襲い掛かる。

 

 回避に専念し一秒でも長く時間を稼ぐと全力を尽くす--しかし、

 

(流石に嬰児くんみたいにはいかないわね)

 

 体育祭で見せた嬰児の体捌きを思い出し、自分じゃなくても無理--出来たとしても触れることすら許さないと言った芸当は嬰児にも出来るか?

 

(聞いてみたら、あっさり出来るとか言いそうな気もするわね)

 

 等と思いながら直ぐに追い詰められる--多勢に無勢、しかも相手には伊吹や石崎と言ったCの主力が居る。

 

 二分も掛からずタッチされた--相手は西野武子。背後からのなりふり構わず出した右手が当たった形。

 

 正面から挑んでいた伊吹は不満そうな目を向け委縮した--だからと言う訳でないが、

 

「やられたわね。気を張ってたのに見事に隙を付かれたわ」

 

 堀北が賞賛を贈り、彼女の手柄であることを引き立たせた--結果、文句など言える訳も無くなり、伊吹は無言で次に行く。

 

「あ、その―――」

 

「私も行かなくちゃね」

 

 遠回しに庇ってくれたのは分かるが、何故そんな事をしてくれるか分からない--単純に考えれば情けをかけてくれただが、そこまで甘いことをするイメージが無いだけに困惑している。

 

 そんな心情を測ってか、

 

「ただの気まぐれよ。気にすることはないわ」

 

 無難な説明をして去った--腑に落ちない訳でも無いが、釈然としないものが残る。しかし堀北の言う通り、ずっと気にする類でもないと整理を付けて西野も次に向かった。

 

 残り時間は半分を切り、捕まったⅮの生徒は十二名--順当とも言えるが誰一人助けに来ないのは不気味であり、否応なしに彼の存在を意識させる。

 

 いつ来るのか、いつ現れるのか、そんな緊張感に牢屋エリアに集まったCの主力たちの精神は削られていく--余裕を見せているのは龍園一人。従って不安の行き場になるのは必然--冷や汗を浮かべた一人が声を掛けた。

 

「龍園さん。あとどのくらいで来ますかね?」

 

「んなもん分かるかきゃねぇだろ--俺は神様じゃねぇんだからな」

 

 龍園には余りにも似合わない、皮肉めいた単語にエリア内の堀北が反応する。

 

「アナタみたいな神様が居たら、さぞかし忌み嫌われてるでしょうね」

 

「おいおい、了見が狭いぞ。世の中には邪神や祟り神を祭ってるのだってあるんだからな」

 

「あら、意外と博識ね」

 

「単なる聞きかじりだ--しかしそう思うと牛野郎は何の神を信仰してんだろうな?」

 

「そう言われると気になるわね」

 

 宗教や信仰には興味がなかった為に深く考えたことが無かった--少なくとも唯一神を崇めてるようには見えない。正確には神でなく仏を信じてるのかもしれないが、それもしっくりこない--となると日本の八百万の神々か?

 

(そう言えば、お正月に神社で働いてたって言ってたわね)

 

 本人の意思とは無関係な上からの指示かも知れないが、嫌々と言った感じはしなかった--それともあまり知らないマイナーな宗教か?

 

 振り回されてばかりだからか、嬰児について考えることが増えた--他人の事をここまで思うのは人生初。

 なんとも妙な感じだと自嘲すると、龍園がしたり顔で言った。

 

「なんとも楽しそうだな」

 

「否定はしないわね--誰かの事を思うなんて、少し前なら考えられなかったもの」

 

「違いねぇ。大物ぶってる雑魚だったのが遥か昔に感じるぜ」

 

「それも否定できないわね--この短い間に揉まれたのは本当に堪えることばかりだもの。ちなみにそっちはどうなのかしら?」

 

「歯応えのありそうなのが居るのは喜ばしいが、本当に世の中の頂点に出くわせたのは驚きだな--人生、ホントに何が起こるのか分からねぇもんだ」

 

「なんか年寄り臭いわね」

 

「まだまだ若造だぜ、俺は。その若造に取って代わられる上とやらの面が今から楽しみだ」

 

 傍から見たら息の合った会話--相手が龍園と堀北でなければ仲のいい友達に見えただろう。当然、二人を知っている面々からは違和感しかなく、話している内容から全く入りたくもない--他所でやって欲しいと居心地の悪さを感じさせる。

 

 そんな状態から更に捕まったのが半数の十九人になり終了まで十分を切った--このまま時間が過ぎればⅮの勝利、あと一人捕まればCの勝利と言う状況に双方とも緊張感が高まり焦りも生まれる。

 

 客観的にはギリギリだが、捕まった泥棒役を開放と言うルール--救助に嬰児が来たらと言うプレッシャーがCにはあり、攻めに全開できず守りも固めなければならない。

 

 そして、その時が来た。

 

「来たぞ!」

 

 龍園の叫び声に皆が注目。張り詰めていた気が更に高まり、牛井嬰児の姿は直ぐに目に入った。

 

 

 

 ***

 

 やれやれ、盛り上げる演出も楽じゃないな--なんてことを言ってみたいぜ。正直すり抜けられないことも無い。

 『蠍』で気配を消し、『酉』で鳥を使って隙を作って『寅』や『未』の変則的な動きを駆使すれば、気が付いた時には全員解放して完全勝利--ただ勝つだけなら一番の方法だが、締め括りがそれじゃ詰まらない。

 

 この後の事を考えると、ここは少し派手に締めた方がいいよな--断じて俺が暴れたいからじゃないぞ。

 

 姿を現した瞬間に包囲体勢に移行しつつ、俺から見ての牢屋エリア正面には守りも固めている--堅実な判断だが、面白味が無いな。もっと意表を突くような作戦を仕掛けて来るかと期待してたんだが。

 

「いいか、野郎ども!触れれば終わりなんだ!死ぬ気で突っ込むなんてバカな真似は済んじゃねぇぞ!!」

 

 龍園の指揮も実に真っ当……お陰で俺のテンションはダダ下がり…………しかし真面目にはやらないとな。

 

 建前とは言えあの紛争の模倣なら『申』に顔向けできなくなる。

 

 徒党を組んで包囲を崩さず迫って来た--抜ける為の隙は一見無い様だが、完全な包囲なんて机上の空論。脆そうなのが目に付くぞ--踏み込んで少々の殺意を浴びせる。

 

「ひ!」

 

 包囲を形成していた一人が怯ませて隙間が。なんともチョロい気も……と思ったのも束の間、狙い澄ましたように背後から攻撃。

 

 屈むのは逆効果--バク転の要領で飛び上がって、また包囲の中に逆戻り。

 

 明らかに打ち合わせてたな--時間も無かったのに。素直に見事だと褒めるべきかね。

 

 一瞬にしてテンションが上がり切った--そうこなきゃな。

 

 今度は隙なく包囲して伊吹や石田、アルベルトだけでなく運動部の木下やら時任と言った確実な戦力で攻めて来た--俺にとっては役不足だけどな。

 喧嘩や格闘技、単純に速さや確実なタイミングを狙ったのが繰り返されるが、繰り出された手も体当たりも俺から言わせれば欠伸が出る--躱した瞬間を狙った背後から来たりもしたが、そんなセオリー通りのなんて油断してたって当たりはしない。

 

……ま、実際は『鵜の目鷹の目』で包囲の外も見てるだけだが。

 

 ただ余裕ぶっこいて悠長に遊んでもいられん。何せもう五分切っちまってるんだから……俺に見えない様にしながら二十人目が捕まっちまった。

 

 遊び感覚で回避に専念してたら負けてしまう--徹底掉尾、直接対決を避けて俺を封じ込める作戦だった訳か。

 

 普段の龍園からして見れば意外で手堅いが、勝つ為に全力を注ぐ姿勢はブレてない--だからこそか、囲ってる連中もよく言うこと聞いて包囲に穴を作らず外側が見えない。

 

 俺も攻撃できるなら。

 

 なんてことを考えて焦ってる--そんな想像でもしてほくそ笑んでるかと思いきや龍園の表情に油断なし。

 

 何が起こるか分からないと気を張ってやがる--なら俺も敬意を持ってやらなきゃかね。

 

 前方に突撃。研ぎ澄ました殺意をぶつけて穴をあけと、さっきと同じ展開にまた背後から来る--しかも今度は複数。ただ予想範囲内なのは俺も同じ--何より狙い通りだ。

 

 パン!と手を叩いた瞬間、攻撃して来た内の数人が倒れ込んで残りを邪魔する障害物と化した--『牡羊座』の催眠。随分と久しぶりな気がする--選定し複数同時は少々骨だったが、これで前後共に気にする必要が無くなった。

 

 そして抜けた正面には龍園が。

 

「やっぱり来やがったか。だが勝ちは譲らないぜ!」

 

 一対一の様相は締めには相応しい--お誂え向きにあと一分ちょっとだしな。

 

 問答してる時間も掛けられないから無言で行かせて貰う。

 

 そうしてフェイントを混ぜて抜こうとしたら、龍園の蹴り--ただ狙いは俺じゃなく地面、土煙が目に迫る。

 

 おいおい、綾小路の真似かよ。

 

 アイツも見てるだろうから、光栄だとかの感想でも抱いてるかね。

 

 ただ時間稼ぎも仕切り直しも付き合ってやる時間も気もない--漫画みたいな真似はやりたくはないが仕方ない。

 

 『申』モードとなり仙術込めた腕を振り抜く--俺に向かって来た砂粒が逆に龍園の方に。

 

「!?」

 

 逆に視界を潰されて、これ以上ない隙になった--これも戦いだ。悪く思う……だけに留めてくれよ。

 

 龍園を抜いてエリア内に居るのに手を伸ばす。

 

「「嬰児くん!!」」

 

 ドワッ……櫛田と軽井沢が自分を一番にしろと圧が凄い。直ぐ近くに居るのもドン引きして引いてしまった。

 

 図らずも足を引っ張ってどうする……なんて呆れたくもあったが…………なんで貴様が居る、ドゥデキャプル。

 

 相変わらずの気に喰わない不遜な笑みを浮かべながら、俺が誰を助けるのか興味津々と眺めてやがる。

 

 ただの個人の気まぐれかと思いたいが、何故かそうじゃないと心が言う……本当になんだって言うんだか?

 

「何してるの!急いで!!」

 

 僅かに愚図ついてたら堀北から叱咤。

 

 ……完全に不覚。

 

 今は目の前の事に集中--そして手を伸ばして、まず俺は。

 

 

 

 




……あと2話ほどで1年生は終わりになります。同時にこの作品も一旦切ります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。