【完結】真約・桃太郎伝説   作:ふくつのこころ

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来襲

 大和の皇子が鬼ヶ島で温羅を討伐した。

それは風の如き早さで伝達する重要事項だった。

いまや、鬼を纏める王の座は空席となった。

しかも、キビツヒコと名を改めた皇子は鬼の王の娘を嫁に迎え、魔獣を従えていると言う。

 

 大和は自分たち朝廷に従わぬ者をまつろわぬ民と呼び、“皇子にして大将軍キビツヒコがまつろわぬ民を調伏する。穏便に従え”と言う報せを朝廷に従う術師の力で各地にばら撒いた。

大和朝廷の先祖、天照大神の子孫が地上に降りてくる天孫降臨以前より、この地に住まう彼らとしては面白くない。

 

「アラハバキ様に捧げる、鬼の娘はキビツヒコと一緒にいるようですな」

 

「では、キビツヒコと示し合わせていたと?」

 

「その可能性は考えにくい。

あの娘に身寄りはなかったからな」

 

 異形の怪物(・・・・・)を祀る祭壇を前に長らしい女と、その側近達が顔色を悪くしながら、キビツヒコへの対策を講じている。

従える勢力は女一人、魔獣らしいものが一匹と一見すると大したものではない。

 

「いかがなさいますか?アラハバキ(・・・・・)様」

 

 淡い色の装束を身につけた、土蜘蛛の祭祀官の一人が異形の神(アラハバキ)に尋ねる。

一説によれば、アラハバキとは最古の龍神であるという。

しかし、その風貌は見開くように大きな瞳、頭部や身体は横に広がるように大きい。

その身体は土塊(つちくれ)でできているようにも、金属でできているようにも見えた。

大きさは五十センチほどしかないが、神に大きさを変えるなど朝飯前なのは彼らはよく知っている。

 

(わらわ)の意思は変わらぬ。

あの鬼の娘を贄とし、力を得たい。

奴らに遅れをとるわけにもいかぬ、ことヒト(・・)の身にして鬼を討った者には」

 

「しかし、我らが神よ。

キビツヒコはあの(・・)フトニの長子と聞いております。

天津神としての血が濃いためなのでは?」

 

 祭祀官はおずおずとアラハバキに意見すると、アラハバキから強烈な神気が放たれる。

その神気に土蜘蛛たちは立ち上がることすらままならず、地面に這いつくばる。

 

「……たかだか、天から降りてきた(・・・・・・・・・)連中に妾が負けるとでも?」

 

「お、お許しください!!我らが神よ!」

 

 アラハバキは特に気弱な発言をした祭祀官に視線を向けると、その身体は呪詛に蝕まれ、(ヒビ)が走る。

熱して急速に地面に打ちつけたように罅は身体中を走り、一気に鮮血を噴き出して破裂した。

 

「……ふん、この程度、腹の足しにもならんわ」

 

 飛び散った祭祀官だったもの(・・・・・・・・)はアラハバキに赤い線が走ると、飛び散った血はアラハバキの身体に吸収されていく。

取り込まれるたび、アラハバキの身体の表面に浮かんだ赤い線が輝き、吸い上げているようだ。

 

「……では、我らはいかようにすれば?」

 

 土蜘蛛の長である、両頬に赤い龍鱗の刺青を入れた女はアラハバキの前に跪く。

 

「妾が授けた術があろう。その術でかの小僧(・・)をどうにかすれば良い。

ソレをくれてやったのは、児戯に使うためではないぞ?

大和に自らの部族の名を奪われた(・・・・・・)のを取り戻したい、と言う願いを違えたか?」

 

 アラハバキは女を値踏みするように見つめた後、女と同じ姿に変わり、優しく頬に手を這わせる。

 

「妾は天照のように見ているだけ(・・・・・・)ではない。

案ずるな、龍の子よ。

妾は必ず、お前たちに名を取り戻そう」

 

 祭祀官を殺害した上で言えた口か、と言う者は誰もいない。

 この場にいる者、いない者に関わらず、土蜘蛛の彼らにとっては(アラハバキ)の存在は絶対的なもの。

一族の誇りにかけ、大和に奪われた名前を取り戻すべく、縋るような目を向けている彼らをアラハバキは満足げに眺めていた。

 

「どんな名目であれ、国を追われた小僧など取るに足らぬわ」

 

 一方、キビツヒコたちは土蜘蛛たちの集落に足を踏み入れていた。

ここまで、鬼の王を討ったキビツヒコの(クビ)を狙って現れた鬼たちに遭遇した。

温羅が討たれ、空白になった鬼の王を狙うものは少なくない。

しかし、それにはキビツヒコの命を奪ってこそと言う考え方になった。

 

 大和を狙うために鬼ヶ島が作り上げた、火を放つ大筒。

 鬼の秘宝たる小槌の力で放出された、ソレを打ち返して破壊する御業を以て破壊したことはキビツヒコの“格”を引き上げた。

 

 大和の皇子というだけでなく、鬼ヶ島の首領を軍勢もなく潰した逸材。

 クロガネ、マシラ、キジガルと言った魔獣はキビツヒコ個人に惚れ込んでついてきたものとするなら、魔獣をもたらしこむカリスマを持つと言っていい。

しかし、クロガネやシラは国を追われた形になったキビツヒコを案じていた。

 

「愛おしいあなた様。

全てのまつろわぬ者共を調伏なさった後はどうされるの?」

 

 裾を摘むイブキを気遣うように視線で様子を見ている、キビツヒコを愛しむ表情を向けながら、シラはキビツヒコに身を寄せる。

 

「その後?」

 

 戦地の真ん中にいるにも関わらず、鉄塊を担ぎながら、“これから”を問う言葉にキビツヒコは笑顔を見せる。

 

未来(ユメ)の話か?

なら、第一にお前たちにおれは死んでほしくない、だな」

 

 キビツヒコの答えはかつてのように大王になることではなかった。

クロガネは複雑な面持ちで「……そうですか」と何かを考える様子を見せる。

一方、シラは自分を選び、大和を飛び出してきたことには喜びさえも覚えていた。

これは配下と愛する人()の関係による違いだろうか。

 

キビツヒコの裾を掴んでいたイブキはキビツヒコを見上げながら尋ねる。

イブキはキビツヒコとの関係を“まだ”表すものはない。

 

よって、キビツヒコに尋ねることができた。

 

「ないの?」

 

「ない。いや、正しくはそれ以上に優先するものができたのさ」

 

 未だ窺えない、イブキの表情。

しかし、キビツヒコの優しい笑顔を忘れることはできないだろう。

後年、彼女はキビツヒコの語る理由(・・)を知るためにヒトの紡ぐ社会(いとなみ)を知っていくことになるのだから。

 

 愛する人とともに生きていく。

それは、単純なことでいてキビツヒコには難題でもあった。

鬼の王の娘である、シラと夫婦でいるには大和を出なければならない。

それでも、キビツヒコはシラと生きることを選んだ。

 

「お前にもわかる、イブキ。いずれ、な?」

 

 キビツヒコはその大きな手でイブキの頭を撫でる。

その時、南東よりキビツヒコたちに向かってギチギチと鋏を鳴らす音が聞こえた。

 

 蜘蛛の一団だった。

それも、ただの蜘蛛ではない。

額、脚の関節、背中……、身体の至るところに人間の顔が浮かび上がった、異形の蜘蛛の怪物だった。

黒い何か(・・)を眼球のない眼窩(あな)から垂れ流している。

その異様さにクロガネはただならぬ思念(おもい)を感じた。

 

 

「大和の皇子、いや、()皇子か?

キビツヒコ!!鬼の王を討ち倒した、お前のその命を貰い受ける!」

 

「待て、お前たち!それは外道の力ではないか!?いかようにしてその力を得るに至った!?」

 

 一匹の蜘蛛がキビツヒコらに宣戦布告する。

その蜘蛛はしわがれた声をした、男性の声だった。

キビツヒコが鉄塊を振るい、シラは術を行使する傍ら、クロガネは叫ぶ。

蜘蛛らはギチギチ、と鋏を鳴らす。

まるで、嘲笑うかのように。

 

「それは、お前の飼い主(・・・)に聞け。

我らが大和に従わなかった、というだけで。

大和は我らの祖の名を奪い、土蜘蛛と呼び、貶めたのだからなァ!!なんという屈辱!なんという恥辱!

子々孫々を辱めるとは、大王の長子たる、お前を殺してもおさまらぬ!

我ら、『○○(一族)』の威信にかけて!同じ辱めを与えても止まらぬわ!」

 

 興奮し、捲し立てたのはしわがれた男の声をした者とは異なっていた。

大和への恨みは消えないようだが、彼らが自らを示す名を口にしようとすれば、その“名”はキビツヒコらには届かない。

それが大和のまつろわぬ民に対して行ってきた、“調伏”であった。

従わぬ者を討ち、彼ら本来の名前を奪うことで力を削ぐ大和の支配。

 

「……いまなんと?おっしゃいましたの?」

 

「この場に及んで、まだ我々を煽るか!?女!やれェ!者共ォ!」

 

 シラが首を傾げると、土蜘蛛たちはキビツヒコらにかかった。

シラは土蜘蛛たちの足止めのため、術を発動するための時間稼ぎにと煽ったが、効果は想定以上だった。

そんな様子は純真にして実直である、キビツヒコは鉄塊を振るって聞こえなかった。

 クロガネは鉄塊を振るい、イブキを守るためとはいえ、無我夢中に土蜘蛛を叩き潰すキビツヒコを一瞥する。

幼いイブキに血飛沫が降りかからないよう、潰れた土蜘蛛たちの返り血を浴び、白衣を紅に染め上げている。

キビツヒコの叩きつけた鉄塊で肉体が破裂し、肉体は肉片となり、バラバラに散る。

 

血に染まった肉片は破裂した赤い果実のようだが、キビツヒコが一人(・・)、また一人(・・)と叩き潰すごとに土蜘蛛の身体に浮かぶ人間の顔が叫び声を上げる。

キビツヒコに組みついた者がいれば、その膂力で土蜘蛛を無理やり引き剥がす。

ジタバタもがく土蜘蛛にキビツヒコは頭突きを入れ、失神した土蜘蛛を掴んで同士討ちをさせる。

 

さながら、武神タケミカヅチの如き豪傑ぶりを見せた。

 

「我ら、『○○(一族)』の恨みを思いしれェ!」

 

「大和に滅びを!我らの子孫に繁栄を!」

 

「よくも、よくもォォォォ!」

 

「我らの神が他所者(・・・)の末裔たる、お前たちに裁きをもたらすだろう!」

 

 顔が潰れ、黒い思念を浮かび上がらせながらも、未だ息を切らす様子がない土蜘蛛たちはキビツヒコらに向かってくる。

シラは術を発動させ、秘めた魔力で周囲の砂利を集め、巨大な防壁を作り出す。

その防壁に土蜘蛛たちが登れば、シラはぱんっと手を合わせる。

 

「登らせません」

 

 防壁から生やした棘らしいものが伸び、土蜘蛛にその身体を串刺しにする。

ピンポイントにシラは急所を狙ったことで土蜘蛛たちは身体を破裂させながら、絶命する。

怨嗟の声をあげさせもしなかった。

 

シラがそんな蹂躙を見せつつも、クロガネは鬼ヶ島で温羅に噛みついたキビツヒコを思う。

鬼の王・温羅と“その瞬間”まで盃を交わし、語り合っていた彼のことだ。

自らの“セイギ”を揺るがす、土蜘蛛の言葉は刺さったことだろう。

 

「お前たちの事情はわかった」

 

 顔についた返り血を拭い、鉄塊を握っている方とは正反対の握りしめた拳。

情け容赦なく振るわれている、それは震えている。

異形の彼らに勇猛果敢に向かう彼だが、その瞳は悲しみがあった。

 

 大和の外には、大和によって幸せに暮らす民草があるものと思っていた。

 

しかし、土蜘蛛も“民草の暮らしを守る・失った誇りを取り戻す”情念があった。

 

生まれながらに持っていた、膂力でやっかまれたキビツヒコ。

 

ただ、自分たちの暮らしを守りたかったのに、名前(誇り)を奪われた土蜘蛛。

 

どちらが正しいか、いうまでもない。

 

されど、キビツヒコが立つには十分な理由がある。

 

「しかし、それで幼子を贄にしようなど見過ごせない。

大和の大将軍として、お前たちを調伏する」

 

 彼らに贄にされたという、イブキの存在だった。

 

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