19年内に投稿出来ればと思っていましたが、どうやらそれはできなかったようです。
月100時間もの残業と疲労、書きたいものはたくさんあるんですけどね
「踏み込みが甘いですぞ、その御力だけでどうにかなると思われるな!」
兵たちの修練場、そこでイサセリヒコとイヌカイタケルは銅剣を用いた模擬戦を行っていた。
イサセリヒコはその武器に自分の力を載せ、叩きつける戦法を取るのに対し、イヌカイタケルはその動作が大きいことから事前に予測し、ひらりとかわす。
イヌカイタケルがいた場所に叩きつけられた銅剣がイサセリヒコの膂力に耐えられず、砕け散れば、感じ取った気配からすぐに振り返ると銅剣の切っ先がイヌカイタケルから向けられていた。
「まだまだ詰めが甘いですな。武器が砕けた段階で次にされようとした行動についてお聞きしても?」
見物に集まった兵士たちの様子を見れば、イヌカイタケルは銅剣を鞘に収める。
「お前が敵であると想定した上では、
「それは対人戦での想定でしょう。貴方は皇子だ、イサセリヒコ様。そして、大和の軍を率いる資格をお持ちだ。貴方の後ろには何人もの兵士の命、そして大和の民がかかっていることをゆめお忘れなさるな。あと、もう少し力の加減を考えられよ」
イサセリヒコは逞しい青年に成長していた。
優しいシラと武芸の師となったイヌカイタケルに見守られ、真っ直ぐに夢を追いかけている。
「それは、分かっている。おれの肩にかかっているのは、大和の民の命だ。
「お気づきならば宜しい。今日の稽古はここまでとします。ゆっくり休まれよ」
イヌカイタケルが小さく頭を下げた後、観衆と化していた兵士たちに持ち場に戻るように告げていったのを見ると、まだまだイヌカイタケルは体力が余っているらしい。
フトニ大王の家臣として鬼の討伐に出向いた、その一人である彼は大和の兵士たちの中でも伝説的存在だった。
「イヌカイの奴は凄いな」
自分から稽古をつけてほしいと頼んではいるものの、まだまだイヌカイタケルと自分の間にある実力差を埋められない。
イサセリヒコとイヌカイタケルの間にあるのは、イサセリヒコが生来持つ膂力である。
イヌカイタケルとイサセリヒコの間にあるのは、イヌカイタケルの持つ前線の経験である。
成長し、他の皇子達と同様に軍を率いて隣国と戦を行ったことがあるが、その戦働きはあまり満足のいくものではなかった。
盗賊退治にも駈り出されることのあったイサセリヒコだが、自分の想像通りにできているという自信がない。
恵まれた頑丈な肉体、その肉体から生まれる膂力は何の力も持たない隣国の兵士や盗賊を簡単に圧倒できるが、イサセリヒコの中に残るのは達成感よりも空しさであった。
「皇子、お疲れ様でした。……いかがなさいましたか?」
「シラ」
桃の香りがする方向を振り返ると、笑顔を浮かべるシラの姿がある。
手にしている籠の中には汗を拭う為の布と喉の渇きを癒すために彼女が持ってきてくれたのだろう、桃の果実がある。
「そのお顔ですと、またイヌカイ様に?」
「力の使い方がなっていないそうなんだ。膂力でできることなんて制圧くらいしかないんじゃないかって考えているんだが、お前はそう思わないか?」
青年に成長してもなお、シラの美しさは損なわれることはない。
その場から離れようとすると、シラが大きく伸びをするようにしてイサセリヒコの汗を拭う。
身長もとっくの昔に追い抜かしてしまってもなお、シラにとってのイサセリヒコは心配でたまらない存在のようで、イヌカイタケルとの訓練では終わった時間を見計らったようにやってくる。
肉体だけでなく、精神面でも強くなりたい。
大好きなシラを守れる男になりたい。
だからこそ、イサセリヒコは身近で最も強い男と噂されるイヌカイタケルに教えを請うたのだ。
そんなイサセリヒコの淡い恋心に気づいていないはずもなく、イヌカイタケルは、大王の信頼の足る兵士長は快く引き受けた。
しかし、大和の民は人間離れした膂力と肉体を持っているイサセリヒコを恐れている。
大王の子、皇子と言う立場でなければ、その生命が脅かされるのではないかという懸念をイヌカイタケルがしているほどに。
それでも、遠目から見たイサセリヒコとシラのやり取りはイヌカイタケルの望む光景の一つだった。
「わたしは武芸に詳しくありませんが、イヌカイタケル様の仰ることなら間違いないのでしょう。皇子は、イサセリヒコ様は、武芸を学ぶにあたって理由がおありのはず。もう少し考えてみてはいかがでしょうか?シラも知恵を貸します」
汗や泥を拭い、笑顔を浮かべて自分を見上げるシラがとても眩しかった。
本当は、誰でもないシラを守りたい。
簡単に言葉が出てくればいいが、自分は皇族で彼女はその侍女。
そんな身分関係がイサセリヒコを躊躇わせる。
「ああ、頼りにしている」
「承知しました。……ふふ、イサセリヒコ様もすっかり頼もしくなられて。移動しましょう、イサセリヒコ様の好物の桃もございます」
きょろきょろと周囲を見渡すシラにイサセリヒコが首を傾げると、急かすようにシラはイサセリヒコを連れて行った。
シラが気にしていたのは、イサセリヒコに対して向けられる兵士や出入りしている民の疑念の視線だった。
人も少ない中庭へとやって来れば、シラは二人分の席を見つけ、そこに座って隣をぽんぽんと示す。
通常、王の血族であるイサセリヒコの許しなくして座ることは言語道断だが、姉弟のような間柄である二人の前では無礼講であった。
「お前は変わらないな。ずっと美しいままだ」
「ふふ、褒め言葉もお上手になられましたね。いえ、それだけは昔とお変わりないのでしょうか?よくイサセリヒコ様はわたしのことを呼んでいましたね、それこそ、貴方の姉上であるかのように」
僭越である反面、恐縮ですと微笑むシラはとても嬉しそうだった。
彼女も侍女たちの中で浮いてしまっていることを思うと、自分にとっての彼女がそうであるように彼女にとっての自分が支えであることはとても喜ばしかった。
それも好意を寄せている相手であるから、尚更である。
彼女が持ってきてくれた桃は既に皮が剥かれており、イサセリヒコはそれにかぶりついた。
桃の季節でない時は他に梨などを好むが、特に桃がお気に入りでシラが剥いてくれたことが好物になるきっかけだったのだろう。
食事の席は重苦しく、あまりイサセリヒコは好まないが、シラとする食事はとても気楽にいられるから好きだった。
「お前が姉上であれば、と考えなかったことはない。しかし、姉上であれば、この見事な皮むきを披露することはなかっただろうな」
「そうですね。今の身分だからこそ、わたしは貴方にお会いできたと思えば、悪くないかもしれません」
「おれもだ、シラ。シラと出会えたことが何よりの幸運だと思う」
お互いに想い合っているようで、とシラが言うとイサセリヒコの頬が緩んだ。
そんな二人の甘い雰囲気、イサセリヒコの姿を見つけて声を掛ける人影が一つある。
「兄上、父上がお呼びです。まつろわぬ者の頭領、温羅の討伐を兄上に任せたいと」
「おれがまつろわぬ者の頭領の討伐を?ソレは確かか?他に適任がいるんじゃあないか?それこそ、イヌカイや他の精鋭たちに任せておけば済むことだろう」
「どうやら、そうではないようです。兄上の力を父上は試したいとのことで……」
弟の知らせを受けたことでイサセリヒコはついに“伝説”に挑むこととなる。
鬼ヶ島の鬼退治に――-――
年月を飛ばし、青年期へ。
いよいよ、鬼退治、まつろわぬ者の頭領の討伐に出向きます。
登場人物
イサセリヒコ
のちに桃太郎と呼ばれる、皇子。
作中では膂力と頑丈な肉体を持ち、手にした武器は壊れてしまうほどであるとか。
桃が好物。
シラ
イサセリヒコの侍女。
変わらぬ美貌を持ち、イサセリヒコとは姉弟でもあり、恋人関係のようでもある。
イメージは大人びた間桐桜とも六道玲霞とも。
イヌカイタケル
大和の兵士長。
イサセリヒコの武芸の師であり、フトニ大王の信頼を受ける兵士
フトニ大王
かつて、鬼退治をやり遂げた大和の大王。
イサセリヒコの父。イサセリヒコを冷遇気味だが……?