孤児編
<宇宙暦776年/帝国暦467年>
孤児のヴェル五歳。
彼の物心がついた頃には、もうすでに周りは銀河英雄伝説の世界だった。
彼が居住する星の名は神聖銀河帝国の首都星オーディン。
銀河系のオリオン腕のヴァルハラ星系に位置する。
そして世はゴールデンバウム朝第三十六代皇帝のフリードリヒ四世の時代である。
片親の母を亡くし施設に預けられて日々を過ごす中、五歳になった彼の許へ貴族の使いが迎えに来る。
なんでも彼はとある貴族の御落胤だったらしい。
帝都のやたら広い古びた屋敷に案内されるヴェル。
屋敷の正面玄関前には神聖銀河帝国初代皇帝のルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの銅像が立っていた。
そして屋敷の中にはルドルフ大帝の馬鹿デカい肖像画が飾られていた。
その肖像画を見た瞬間に彼は理解する。
ここは銀河帝国のかつての名家、クロプシュトック侯爵家の屋敷だと。
クロプシュトック侯爵家は文字通り「過去の大物」である。
始祖のアルブレヒト・フォン・クロプシュトックはルドルフの最側近であった。
共和派を「血のローラー」で粛清して名を上げ、ルドルフより侯爵位を賜っている。
神聖銀河帝国建国以来の名家と言える。
しかし現当主のウィルヘルムの代になってクロプシュトック侯爵家は一気に凋落する。
先の皇帝オトフリート五世の後継争いにおいて、ウィルヘルムは時流を見誤って三男のクレメンツ派に属してしまったのである。
クレメンツは第一皇子リヒャルトに弑逆の罪を被せて殺した咎で追われ、首都星オーディンから逃亡。
自由惑星同盟への亡命を図るも、その道中で事故死してしまう。
結果として次期皇帝の座に着いたのは、後継者争いから早々に脱落していた次男のフリードリヒとなり、クレメンツ派は失脚。
ウィルヘルムもまた彼がその放蕩ぶりを馬鹿にしていたフリードリヒ四世の廷臣たちに大いに嫌われ、帝国の中枢からつまはじきにされるに至る。
以来三十年に渡り、クロプシュトック侯爵家は銀河帝国の宮廷から遠ざけられていた。
全てはフリードリヒ四世の娘婿で、帝国第一の大身であるオットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公の意向の為であった。
ウィルヘルムが将来を嘱望していた息子のヨハンも、家門が災いして他の門閥貴族から婚姻を断られ続ける悲哀を味わう事になる。
ヨハンは憂さ晴らしに平民相手に放蕩三昧を繰り広げ、そして趣味の狩りの途中の事故であっさりと夭折。
今では家督を継ぐ者もいない有様で、つくづくお先真っ暗な家である。
そしてその若くして亡くなったヨハン・フォン・クロプシュトックが、この世界での彼の実の父だったらしい。
東洋人の血を引いていた母の影響で、祖父や父に似つかぬ黒髪の幼子だ。
しかし数多の美姫を妻として受け入れてきた父方の名家の血と、平民ながらも貴族のお手が付く程度には整っていた母の血のお陰か、容姿は悪くない。
それが彼、ヴェルことヴェレファング・フォン・クロプシュトックという存在であった。