<宇宙暦796年/帝国暦487年5月>
ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十五歳。
ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は宇宙艦隊副司令長官。
爵位は侯爵。
同盟のヤン・ウェンリー率いる第十三艦隊によってイゼルローン要塞攻略が為されてしまう。
原作と異なりフレデリカはヤンの副官に収まっていなかったが、影響は無かったらしい。
ヤンの先輩であるアレックス・キャゼルヌ少将が代わりに手配した人材は、グリーンヒル大将門下のメッサースミスという名の若手男性士官だったが、如才なくヤン陣営にはまっていた。
流石はロジスティックのスペシャリストのキャゼルヌである。
イゼルローン防衛はミュッケンベルガー元帥ら帝国軍三長官の領分の為、ヴェルの出番は無く、手の出しようも無かった。
この頃のヴェルは、その先の同盟軍の帝国領侵攻作戦を見越してのワイゲルト砲増産計画の前倒しに忙しかった。
そこにイゼルローンから逃れてきたパウル・フォン・オーベルシュタイン大佐(三十五歳)が現れ、ヴェルに助けを求めてくる。
最早ラインハルト同様に覇道を歩まねば、己と己に近しい者たちは守れない。
そう悟っていたヴェルは、ドライアイスの剣を今後を見越して手元に置いておくべきものと認識する。
オーベルシュタインとの取引に応じるヴェル。
ちなみにナンバー2不要論を唱えるオーベルシュタインであったが、己と同年代のシューマッハの事は特に問題視しなかった。
苦労性のシューマッハはナンバー2というよりも、ヴェルのパシリ的なポジションであるのが明らかだったからであろう。
イゼルローン要塞失陥の責を負い、エーレンベルグ、シュタインホフ、ミュッケンベルガーの三長官が皇帝に辞任を申し入れる。
ヴェルはフリードリヒ四世の御前に呼び出され、長官職のどれが欲しいか聞かれるが、ヴェルは全て辞退。
その代わりにワイゲルト砲増産計画の決済と、オーベルシュタインの幕僚入りと、今は皇帝の直轄領になっているテラ星系の代官任命の三つを申し出た。
不思議なものをねだるものよ、と呆れたフリードリヒ四世はあっさり許可を下してしまう。
あまりに急な事態となり、地球教オーディン支部の地球教徒たちにとっては、寝耳に水な話であった。
ちょうどその頃、イゼルローン要塞失陥に揺れる銀河帝国を見透かし、カストロプ公爵家のマクシミリアンが反乱を起こす。
ヴェルの婚約者のヒルデガルドの父、マリーンドルフ伯がカストロプ星系に囚われの身となっていた。
討伐隊のシュムーデ艦隊はアルテミスの首飾りと同タイプの戦闘惑星の前に敗退。
ヴェルの元帥府にお鉢が回ってくる。
ヴェルは腹心のシューマッハに指向性ゼッフル粒子を使う策を授け、カストロプ動乱鎮圧を任せる。
そしてワイゲルト砲の増産の指揮はロイエンタールらに任せ、自分はクロプシュトック侯爵家の私兵艦隊と帝国軍の一軍を率いて地球を目指した。
ヴェルが地球行きを決した表向きの理由は、クロプシュトック家が代官となったテラ星系の視察となる。
真の目的は地球教本部の制圧であった。
作戦概要は同行する将官以上のメンバーにのみ開示される。
クロプシュトック侯爵領の私兵艦隊の構成員については、以前から綿密な身辺調査が行われており、地球教徒は徹底的に排除されていた。
また、率いる帝国軍は信頼出来るアウグスト・ザムエル・ワーレン中将に任せており、問題が生じる余地は無い。
一応念の為、ナイフを持った刺客が入り込まないよう、ヴェルはワーレンに対して艦橋の警備を厳重にするように警告はしていた。
ヴェル率いる地球遠征軍の航路上に、救難信号を発する商船が現れる。
そのフェザーン船籍の船はエンジンの不調を訴えており、積荷は地球への巡礼の客であると申告してくる。
ヴェルは地球教徒の罠を警戒し、ワーレンに命じて臨検を行わせた。
巡礼客に不審な者はいなかったが、ヴェルの指示で地球制圧作戦が完了するまで乗員全ての拘束が決せられる。
念のためサイオキシン麻薬の常習者がいないかのチェックをワーレンに命じるも、そこでヴェルはワーレンから奇妙な申告を受ける。
巡礼客の中の一人の女性が自分は地球教徒では無く、行方不明の婚約者を探しに地球へ向かっていると主張し、帝国軍に協力を求めてきたという話であった。
その女性が話を聞いて欲しいと訴えた相手は臨検を行った帝国一般兵であり、普通なら与太話として捨て置かれただろう。
だがその女性が妙齢のかなりな美女であった為に、ワーレンのところにまでその話がトントン拍子に上がって来てしまっていた。
美女に甘くなるのは男のサガとは言え、いやはや全く美人とは得なものですな、とは当のワーレンの弁であった。
興味を惹かれたヴェルはワーレンにその女性の名前を訪ねる。
ミリアム・ローザスという名前がワーレンの口から飛び出てくる。
意外な名前を意外な場所で聞く事になり、驚くヴェル。
ミリアム・ローザスは自由惑星同盟軍の英雄「730年マフィア」の一人のアルフレッド・ローザス総参謀長の孫である。
劇中ではあのヤン・ウェンリーに「単語の女神さま」と称されたほどの聡明でポニーテールが似合う美少女であった。
確かローザス大将が自殺した後は、婚約者である十五歳年上の機関士の許へ身を寄せた設定であったがと訝しがるヴェル。
ヴェルはとにかく会ってみようと、ミリアム嬢を自分の御座船であるバハムートに連れて来るよう、ワーレンに命じる。
ヴェルの前に姿を表したミリアム・ローザスの歳の頃はヴェルと同じく二十五歳。
ヴェルの寵姫であるアンネローゼやフレデリカに匹敵する美貌であり、巡礼に紛れるにあたって余計なトラブルを招かないよう、常にケープが必須であったと言う。
その美貌に驚きつつも、ヴェルはミリアムから彼女の事情を聞き出していく。
流石に単語の女神さまだけあってミリアムの話振りは要点を抑えており、余計な脱線も無く理解しやすいものであった。
ローザス大将が亡くなった後、ミリアムはフェザーンに出稼ぎしている婚約者の許へ身を寄せ、フェザーンの有名な商科大学に進学する。
ミリアムが持ち寄ったローザス家の遺産分も含め、あと数年の稼ぎで自分たちの商船を用意出来る。
ミリアムが大学で経理を学んで卒業したら、二人で商船を購入して商社を立ち上げ、晴れて挙式しようと決めていた。
それから四年後、ミリアムは大学を無事卒業し、予定通り資金も貯まって自分たちの商船が購入可能となる。
ただ購入した船をフェザーン船籍として登録するには、購入から数年の間はフェザーン自治領からの依頼を定期的にこなす必要があった。
そしてフェザーン自治領から割り振られた最初の依頼は、フェザーンから地球教の巡礼者を地球まで運ぶという仕事であった。
この仕事が終わったら結婚しようと約束し、ミリアムをフェザーンに残して婚約者は地球に向けて意気揚々と出航する。
初仕事は無事成功する。
喜ぶミリアムであったが、地球から戻ってからというもの婚約者の様子がどこかおかしい。
約束であった結婚の話を持ち出しても、次の仕事が既に入ってしまっている事を理由に延期されてしまう。
その次の仕事もまた地球教の巡礼者の運送であった。
結局フェザーン自治領からの依頼を受けないとならない期間中ずっと結婚の延期は続き、二人の関係はどんどんおかしくなる。
婚約者はミリアムへの興味を全て失ってしまっていたのである。
そして一年前、ミリアムの婚約者は二人の財産であるはずの商船と共に忽然と姿を消してしまった。
身寄りも無く、ローザス家の遺産のほとんどを失ってしまったミリアムであったが、フェザーンに残って婚約者の行方を追い続けた。
そしてフェザーン自治領から斡旋を受けた仕事の殆どがダミーであり、ほぼ全て地球教の巡礼者の移送であった事を突き止める。
婚約者はきっと地球にいるはずと信じ、ミリアムはなけなしの貯蓄を全て放出して地球行きのチケットを買い、今に至る。
聡明そうなミリアムが無一文になってしまっている事を知り、これではローザス大将も浮かばれまいと頭を抱えるヴェル。
しばし迷った後、ヴェルは地球教がサイオキシン麻薬の製造元である事実を包み隠さずミリアムに伝える事にした。
ヴェルの話を聞き進めるうちに、ミリアムの顔は真っ青になっていく。
聡いミリアムだけあって、これまで地球に赴いていた回数と行方不明になってからの期間を鑑みると、婚約者が今どうなっているのか容易に想像出来てしまっていた。
気丈にも泣く事はなく、せめて地球で婚約者がどうなったかだけでも調べて欲しいとヴェルに頼み込むミリアム。
ヴェルは地球教本部の攻略の難しさを具体例を交えてミリアムに説明し、部下たちの危険を増やすわけにはいかないと突っぱねる。
どうしてもと頼み込むミリアムに対して、ヴェルは諦めさせる意図を持って対価を要求する。
だがミリアムは引かず、「対価としては不足に過ぎるでしょうけど、一生貴方に仕えて身を粉にして働くわ」と粘ってくる。
結局ヴェルは折れ、その条件でミリアムの婚約者の捜索も部下たちに命じる事になる。
あくまで部下たちの安全が最優先であったが、それはミリアムも納得して受け入れていた。
進軍を再開する地球侵攻軍。
ヴェルの想定通り、地球教の幹部連中が今から策を講じようにもとにかく時間が無さすぎた。
ここ数年で帝国内で一気に勢力を伸ばしたクロプシュトック家については、地球教徒たちも注視しており、いずれは利用しようと策謀の準備は進めていた。
しかし、まさかヴェルが地球をターゲットにしていたなど想像の範囲外であり、そこはヴェルの作戦勝ちであった。
地球に到達したヴェルは、ヒマラヤの地下に存在する地球教本部の出入り口を封鎖し、ドローンや装甲車を多数投入して占領作戦を開始するようワーレンらに指示を出す。
もちろん原作知識でヴェルには地球教徒がサイオキシン麻薬常習者を使った自爆攻撃や、天井の岩盤を崩落させる作戦に出てくる事は分かっていたので、部下たちにはレーダーを使っての敵や爆発物の探知作業を徹底させた。
また地球教徒のこれまでの活動履歴などの歴史的に重要な情報についてヴェルは全く頓着せず、兵の安全を第一に考えての作戦立案を徹底させる。
捕縛も不要とされ、抵抗する者は即時鏖殺するよう厳命する。
占領が進むに連れて地球教徒の実態の酷さが明らかになっていき、部下たちもヴェルの命令の正しさを理解する。
地球教徒たちは自爆攻撃を繰り返し、遂にはヒマラヤの地下深くに存在していた地球教本部の核シェルターの自爆崩壊に至る。
地球教の総大主教は脱出出来ずに生き埋めになってしまった。
尚、ミリアムと婚約者の名義となっていた商船は、ナム・ツォ湖に着水されているのは発見されたが、婚約者本人の姿は遂に発見される事は無かった。
ただテラ星系の代官となったクロプシュトック侯爵家の私設軍隊の手により、ヒマラヤの旧地球教本部の探索をこれからかなりの長期に渡って続ける方針がヴェルによって定められた。
これを受けてミリアム・ローザス嬢はヴェルの下に留まり続け、宣誓通りヴェルにその身も心も捧げながら、その探索結果の分析作業に従事する事になる。
しかし差し当たって彼女の任務は、オーディンへの帰路のヴェルの無聊を慰める為のお相手であった。
いずれミリアムがヴェルの寵姫に収まっていた事が自由惑星同盟にも漏れ伝わる事になるのだが、同盟領に走った衝撃はかなりのものとなる。
それほどまでに同盟領では「730年マフィア」は英雄視されており、その一翼を担ったローザス総参謀長の孫娘の変節など到底認められるものでは無かったのである。
その事を知ったミリアムは己の生き様に関する客観的評価がどのようなものになるのかを考え、その次いでに祖父の葬儀でヤン・ウェンリーと交わした会話を思い起こすのだが、それはまたかなり先の話となる。
地球教徒の排除に成功したヴェルは、前世で過ごしたはずの街を訪ねた。
当然廃墟となっており、地形も様変わりし、西暦時代の生活の跡など何処にも無い。
それでもヴェルは自分の家があったであろう場所に寝転び、ただいまと一言呟いた。
何か肩の荷が降りたかのような安堵感がそこにはあった。
ヴェルが地球からオーディンに戻る頃には、シューマッハはカストロプ星系の反乱を鎮圧し、その後始末も全て終えていた。
マリーンドルフ伯も無事に救出されており、クロプシュトック家はマリーンドルフ伯に貸しを一つ作る事になる。
ヴェルはこの貸しも使って、一年後に迫ったヒルデガルド嬢との結婚において、愛妾の存在をマリーンドルフ伯爵家に認めさせるつもりであった。
皇帝の勅令を受けてカストロプ動乱を鎮圧した事で、シューマッハの武勲に箔がつく。
シューマッハは大将に昇進し、実態は異なり本人もやれやれと否定するも、周囲からはクロプシュトック陣営のナンバー2と目されるようになる。