黄金獅子はもういない   作:夜叉五郎

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元帥編

<宇宙暦796年/帝国暦487年8月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十五歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は宇宙艦隊副司令長官。

 爵位は侯爵。

 

 自由惑星同盟軍が八個艦隊二十万隻三千万人体制で帝国領への侵攻を企図している。

 驚愕の情報がフェザーンからオーディンへともたらされた。

 フリードリヒ四世は勅令をもって宇宙艦隊副司令長官であるヴェルに迎撃を命ずる。

 

 オーベルシュタインが原作通り焦土作戦を進言してくるも、論ずるに及ばずとヴェルはその案を却下。

 三千万人を倒すのに辺境星域の五千万人の民間人を犠牲にするのは、ヴェルにはどうしても非効率に見えてしまっていた為である。

 帝国臣民に同盟を恨ませる効果もある事をオーベルシュタインは言い募るも、ヴェルの心には響かず、その必要性を認める事は無かった。

 防衛戦の総指揮官がヴェルであり、自分達が飢えさせられたのもその作戦の内だったと彼らが知れば、その恨みの矛先がこちら側にも向けられるだけの話である。

 門閥貴族連中と違って、クロプシュトック派の生命線は騎士層以下の一般兵や民衆たちの支持にあるのだ。

 それでも焦土作戦を推し進めたラインハルトの果断さには賞賛を送るものの、凡才たるヴェルには到底選べない道であった。

 

 献策を退けられて不満そうなオーベルシュタインに対して、ヴェルは帝国領内に潜む地球教徒の残党狩りに専念するよう命令を下す。

 そしてヴェルは敵対する門閥貴族を利用し、オーベルシュタインのその作戦案をわざとフェザーン経由で同盟にリークする。

 焦土作戦を実行した場合に同盟軍が消費する羽目になる補給物資の推定総額を添え、同盟軍首脳部に短期決戦を選択させるよう誘導。

 その上でロイエンタールとミッターマイヤーの両将に対し、同盟艦隊をアムリッツァ星域までおびき寄せる作戦の立案を指示した。

 

 この短期間で九万艇用意したワイゲルト砲のガンボートによる三方向からの三連射にて、一気に蹴りを付ける事を宣言するヴェル。

 ワイゲルト砲はあまりの威力に発砲した戦艦自体が破損してしまう為、いつからか戦艦への搭載自体が見送られるようになっていった遥か昔のレールガン兵器である。

 その設計図を復活させたヴェルは、ワイゲルト砲に対してその射線の調整分の出力しかない安価な小型艇を接合し、一撃限りの使い捨て兵器としての運用を試みようとしていた。

 

 

 

 ヴェルの意図通り、麾下の帝国軍はイゼルローン回廊出口での戦闘を負け戦に擬態し、撤収を開始する。

 ヴェルは偽情報をリークする事で、アムリッツァ星系が帝国軍の焦土作戦の反攻拠点であると同盟軍首脳部に誤認させる事に成功していた。

 同盟艦隊の最前線の将官たちは帝国軍の脆弱さを訝しんで追撃を躊躇うも、イゼルローン要塞の遠征総司令部からの矢のような追撃命令の連打には従わざるを得ない。

 同盟艦隊がアムリッツァ星系に向けて突出していく。

 

 アムリッツァまで誘き寄せた自由惑星同盟の大軍を、更なる擬態行動で予め配置してあったワイゲルト砲の三面陣の前まで引きつけていく優秀なヴェル麾下の提督たち。

 味方の艦隊が全て安地にその身を寄せた事を確認し、ヴェルは一言ファイエルと滅びの呪文を唱えた。

 

 クロスファイアでのワイゲルト砲の三段撃ちが同盟艦隊に襲い掛かる。

 射撃と同時に自壊していく九万の砲口と九万隻の小型ガンボート。

 射出された弾丸は生半可なバリアなど通用しない貫通力であった。

 

 ルフェーブル中将の第三艦隊とホーウッド中将の第七艦隊、ボロディン中将の第十二艦隊は全滅。

 アル・サレム中将の第九艦隊とウランフ中将の第十艦隊は司令官を失って半壊。

 無事だったのは警戒して突出を控えていたビュコック中将の第五、アップルトン中将の第八、ヤン中将の第十三艦隊のみ。

 

 ヴェルはたったの数分で同盟軍に壊滅的な損害を与える事に成功する。

 この銀河での戦さの形が変わった瞬間であった。

 

 

 

 ヴェルの合図で麾下の帝国軍の艦艇約八万隻が満を持して一斉に攻め寄せていく。

 自由惑星同盟は第八、第十三艦隊が殿軍を務め、第五艦隊が残兵をまとめて撤収に掛かる。

 第八艦隊は最後まで旗艦クリシュナが先頭に立って帝国軍の攻勢を凌ぎ続け、主将のアップルトンは玉砕する。

 その間、ヤン・ウェンリー率いる第十三艦隊は鬼神の如き戦さぶりを見せていた。

 

 帝国軍の提督たちが幾人もヤンの前に痛い目を見させられる。

 彼らがヤンには勝てないのはヴェルも良く理解していた為、叱責には及ばず被害を最小限に留めた事を称揚する。

 しかし、ビュッテンフェルトを初めとするヤンに煮え湯を飲まされた将たち自身は、ヤンに対して忸怩たる思いを抱き続ける事になる。

 

 尚、先行して撤退を開始していた同盟の第五艦隊に対しては、シューマッハ率いる帝国軍の別働隊二万隻が襲いかかっていた。

 ビュコックは頑強に抵抗を続け、逃げてきたヤン艦隊と連携してイゼルローンへの退路を確保。

 帝国軍十万隻の追撃を振り切り、残存兵力のイゼルローン回廊への逃亡を成功させた。

 

 

 

 ミラクル・ヤンの魔術により完勝を逃してしまった事を悔い、シューマッハを初めとする提督たちが旗艦バハムートの艦橋に脚を運び、ヴェルに詫びを入れに来る。

 だが当のヴェルは怒るどころか上機嫌であった。

 

 もし焦土作戦を取っていたら、五千万の罪もない民草を苦しめる事となり、戦費も十倍以上掛かっていたはず。

 それにあれだけの数のワイゲルト砲とガンボードを揃えても、建造費は一個艦隊を揃えるに及ばない。

 僅か一個艦隊分の損耗で五個艦隊分の敵を撃ち果たすことが出来たとなれば、帝国臣民の血税も来年度は幾分軽く出来よう。

 これほど人道的な作戦は他に無いではないか、と遠ざかっていく同盟艦隊の光を見つめながら満足げに独り言ちるヴェル。

 

 その場にいたヴェルの麾下の提督たちは皆、目の前に広がる七万隻の同盟軍艦艇の残骸を見つめながら、人道的という単語の使い方を間違えている旨を誰が進言するか、互いに牽制し合うはめになる。

 

 巨大な武勲を打ち立ててオーディンに帰還したヴェルは、ミュッケンベルガーの引退もあって宇宙艦隊司令長官に就任する。

 麾下の将官たちもその勇戦を讃えられ、一律に位階を一つ進めた。

 帝国軍におけるヴェルの軍権は更に強化され、門閥貴族たちもヴェルの勢威を無視出来なくなる。

 帝国貴族の非主流派の中では、もしもの時はクロプシュトック侯爵家を頼るべしとの声も上がり始めた。

 ヴェルとの繋がりを求めて、その婚約者であるヒルデガルド嬢のご機嫌を取ろうと、同じく非主流派のマリーンドルフ伯の邸宅を訪ねようとする者の数も多くなる。

 

 

 

 帝国の勝利に終わったアムリッツァ星域会戦にて、自由惑星同盟は動員した兵力の三分の二を失った。

 イゼルローン回廊に逃げ込む事の出来た艦艇の数は三万余。

 第五、第十三艦隊以外はほぼ壊滅であった。

 自由惑星同盟軍全体の約四割がこの一戦で失われた事になる。

 

 以降の同盟政府はその穴埋めに奔走し続けなければいけなくなる。

 一つ無理をすれば次の無理が生じる。

 そう簡単に回復出来るようなレベルの傷では無かった。

 長きに渡る銀河帝国と自由惑星同盟の戦いが、ここに決したと言っても過言ではないであろう。

 

 文字通りにお通夜状態になってしまったイゼルローン要塞の遠征総司令部を一人離れるアンドリュー・フォーク准将。

 彼は今回の帝国領大侵攻作戦の企画立案者である。

 ヴェル率いる帝国軍は焦土作戦を取らずに同盟の大艦隊を撃退してみせた。

 その為、自由惑星同盟にとっては不幸で、フォーク個人にとっては幸いな事に、補給を軽視する彼の無能ぶりは表沙汰にはならず、発作も起こらずに済んでいたのである。

 

 ヤンを始め無能な実働部隊のせいで手柄を立て損ねたと憤るフォーク。

 その彼の許へ、一人の同盟軍将官が近付いていった。

 

 

 


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