黄金獅子はもういない   作:夜叉五郎

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原作二巻
宇宙艦隊司令長官編


<宇宙暦796年/帝国暦487年9月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十五歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は宇宙艦隊司令長官。

 爵位は侯爵。

 

 原作より一月以上早くアムリッツァ星域会戦を終え、オーディンに帰還したヴェルは宮廷工作を開始する。

 宰相代理リヒテンラーデ侯に接近し、ヴェルは皇太子ルードヴィヒの遺児であるエルウィンの擁立に動く。

 盟を結ぶにあたって、リヒテンラーデとはとある約定を取り交わした。

 この約定により、両家の交流を深める名目でリヒテンラーデの姪のエルフリーデ・フォン・コールラウシュがヴェルの側近くに仕える事となった。

 

 ヴェルにはヒルデガルドという婚約者がいる為、あくまで侍女扱いである。

 見え透いた人質ではあったが、ヴェルを油断させたいリヒテンラーデにとっても都合の良い話であった。

 その実、リヒテンラーデはヴェルの事を女好きで私人としては非常に隙の多い男と侮ってしまっており、油断してしまっているのはリヒテンラーデの方である。

 

 ヴェルがエルフリーデの身柄を求めたのは、リヒテンラーデを油断させる為なのは勿論ではあるが、真の目的はエルフリーデを自分の目の届く範囲で隔離し、麾下のロイエンタールとの接触を防ぐ事にあった。

 原作ではエルフリーデとの間に子を成した事がロイエンタール謀叛の端緒となっており、そのフラグを先んじて叩き折ったのである。

 ヴェルはリヒテンラーデの油断を加速させるべく、またロイエンタール謀反のフラグを完全に上書き消去しようと、エルフリーデの色に大いに溺れてみせた。

 また叔父のリヒテンラーデの命を受けたエルフリーデの方も、ヴェルを籠絡してきっちりその証を立てようとしており、二人の思惑は完全に合致する。

 

 リヒテンラーデとヴェルの同盟は、銀河帝国の政界と貴族界に激震を走らせた。

 次期皇帝の座を巡って火花を散らしていた皇室外戚のブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵は、その態度を大いに硬化させる。

 

 

 

 

 

<宇宙暦796年/帝国暦487年10月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十五歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は宇宙艦隊司令長官。

 爵位は侯爵。

 

 原作通りにフリードリヒ四世が心臓発作により崩御。

 動揺する諸侯を差し置いて、リヒテンラーデとヴェルはエルウィン・ヨーゼフ二世を即座に擁立。

 ヴェルは門閥貴族らを挑発し、彼らの暴発を待った。

 

 尚、フリードリヒ四世を送る盛大な葬儀の場にて、ヴェルはシュザンナ・フォン・ベーネミュンデ侯爵夫人(三十一歳)の容姿を初めてその目に収める。

 シュザンナはフリードリヒ四世の子を三度も身籠り、その都度悲しくも流産してしまった幻の皇后である。

 泣き崩れるシュザンナの魅力的な肢体は、黒い喪服のドレスに包まれる事でその色気が三割増しになっており、フリードリヒ四世の晩年の寵愛を独占した美女の称号は伊達では無い事を示していた。

 葬儀そっちのけでシュザンナに気を取られ、リヒテンラーデに小言を言われるヴェル。

 竜の性質は多淫とは良く言ったものである。

 

 

 情勢が急速に不穏に成りつつある中、クロプシュトック侯爵家でも変事が起こる。

 オーディンの屋敷の執事を勤めていたセバスティアンが倒れたのである。

 セバスティアンは祖父ウィルヘルムの代からクロプシュトック家に仕え続けていた古株である

 ヴェルを孤児院からクロプシュトック家に迎える時に、その使者を勤めたのもセバスティアンであった。

 

 ヴェルはセバスティアンの後任として、クロプシュトック侯爵領からフレデリカを呼び寄せる事を決めた。

 またマルガレータについてもオーディンにその身柄を移すよう指示を出す。

 宇宙艦隊司令長官として銀河帝国の軍権を掌握している今、自領よりも帝都の屋敷の方が安全という判断であった。

 

 こうしてヴェルに関係する全ての女たちが、一同にオーディンのクロプシュトック邸で顔を合わせる事になる。

 中々に気まずい雰囲気となってしまい、ヴェルも逃げ出したくなる。

 そんな中、女たちの仲を取り持ったのは意外にも一番最年少のマルガレータであった。

 

 アンネローゼとフレデリカとは既にそれぞれ良好な関係を築いているマルガレータ。

 ヴァレリーとは二倍以上も年が離れており、互いに隔意を抱きようが無い関係性にある。

 また、ミリアムとは屋敷に来てから直ぐに打ち解け、同盟の歴史談義に花を咲かせていた。

 かつて一家で自由惑星同盟に亡命しようとしていたマルガレータは、同盟の歴史に大いに興味を持っていたのである。

 一番新参のエルフリーデに対しては元伯爵令嬢の威厳を持って接する事で親睦を深めていく。

 マルガレータが潤滑剤となる事で、女性陣はある程度打ち解け合い、互いの関係性を構築し始めた。

 

 後にこの六人にヒルデガルドと後一人が加わって「皇妃と黒竜の泉の七妾妃」と呼称されるようになるが、ゴールデンバウム王朝から続く伝統に則った一番貴族の妃らしい妃は、元ヘルクスハイマー伯爵令嬢のマルガレータであったと伝わるようになる。

 マリーンドルフ伯爵令嬢であったヒルデガルトは父フランツによって開明的に育てられ、伝統よりも進取の気風が強い。

 エルフリーデは権門の出ではあるがあくまで一門の生まれであり、家門を背負って立つ気概は育んでいなかった。

 アンネローゼは貴族とは名ばかりの騎士階級の出であり、マルガレータを除く他の四人はすべて自由惑星同盟の生まれであった。

 

 黒竜帝の寵愛の度合いはひとまず置くとして、初期のクロプシュトック朝の宮廷にて皇妃ヒルデガルトに次いで権勢を誇ったのは、マルガレータ妃であった事は衆目の一致するところとなる。

 

 

 

 

 

<宇宙暦797年/帝国暦488年1月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十六歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は宇宙艦隊司令長官。

 爵位は侯爵。

 

 銀河帝国にて新帝即位に伴う恩赦が行われる。

 またヴェルの指図により、自由惑星同盟に囚われた帝国兵士たちも、捕虜交換の形で帝国に戻される運びとなる。

 同盟との交渉はシューマッハ上級大将がイゼルローンまで赴いて実施した。

 

 この時、オーベルシュタインはヴェルに対して同盟内でクーデターを発生させる策を進言する。

 来るべき門閥貴族たちとの内乱に備え、自由惑星同盟に手出しをさせない為の策であった。

 ヴェルは不要の一言で却下し、重ねてオーベルシュタインには地球教徒の残党狩りに専念するよう命じる。

 ヴェルは烏合の衆の貴族連合など短期で撃破できる事を知っており、更にその時間を短縮させる為の策も用意してあった。

 覇気漲るヴェルの反応を受けて、引き下げるをえないオーベルシュタイン。

 

 もちろんヴェルは言葉には出さなかったが、これらは公私共に良く仕えてくれているフレデリカ・グリーンヒルを慮っての措置である。

 オーベルシュタインの策のターゲットはフレデリカの父のドワイト・グリーンヒル大将であり、許可出来るはずも無かった。

 

 尚、自由惑星同盟との捕虜交換に先立ち、ヴェルはフレデリカとヴァレリーに頭を下げる。

 二人はヴェルの差配で亡命者扱いとなってしまっている為、今回の捕虜交換にて祖国に帰る資格を失っていた。

 ただ親族や知人への手紙は預かる事は可能な旨を二人に伝えるヴェル。

 

 ヴァレリーはそのヴェルの申し出を丁重に断り、誰宛にも手紙を出さない選択をする。

 あいつは今頃他の女を抱いてるんでしょうねと淡く微笑んで、膨らみかけの己の下腹を撫で摩りながら、感傷に浸るのみである。

 実際その通りであった。

 

 一方のフレデリカは父ドワイトへの手紙をしたため、ヴェルに託してくる。

 その手紙は開封される事無くヴェルからシューマッハに預けられ、イゼルローンにてヤンに直接手渡された。

 そして検閲された後、エル・ファシルで珈琲を差し入れてくれたあの少女の手紙であるとはつゆ知らず、ヤンの手でドワイトの下へ届けられる事になる。

 ドワイトにとっては非常に残酷な仕打ちとなってしまう。

 

 ヤンがドワイトの心情にまで配慮が及ばなかったのには、ある理由があった。

 捕虜として帰還した第六艦隊の旗艦ペルガモンの生き残りの艦橋士官から、もう一通の手紙を受け取って動揺していたからである。

 手紙の主はジャン・ロベール・ラップ少佐。

 ヤンの親友からの手紙であった。

 

 手紙はシンプルに三つの事を伝えていた。

 上官殺しの汚名を被った今、同盟に戻れば銃殺刑は避けられず、戻る事は出来ない。

 ジェシカには婚約破棄を伝えてある。

 すまないが自分の代わりにジェシカを支えてやって欲しい。

 

 その手紙を読んだヤンはしばらくの間立ち尽くすのみとなる。

 またヤンの酒量が増えて、ヤンがユリアン・ミンツに小言を言われてしまうのは確実であった。

 

 


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