黄金獅子はもういない   作:夜叉五郎

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三長官兼任編

<宇宙暦797年/帝国暦488年4月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十六歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は帝国軍三長官(宇宙艦隊司令長官+軍務尚書+帝国軍統帥本部総長)

 爵位は侯爵。

 

 リップシュタット貴族連合軍はガイエスブルク要塞に本陣を敷き、予想通りヴェルの艦隊を待ち受ける構えである。

 ヴェルは六歳の幼帝エルウィン・ヨーゼフ二世より帝国軍最高司令官の称号を得た。

 同時に賊軍成敗の勅令も受けたヴェルは、まずミッターマイヤーとロイエンタールの両将に全軍の三分の一を預け、辺境星域制圧を命じて先発させる。

 このまま原作と同じ話の流れになれば、彼ら帝国正規軍別働艦隊は辺境星域でリッテンハイム候麾下の五万隻の艦艇とぶつかる事になる。

 

 原作ではキルヒアイスが担った役目であったが、腹心のシューマッハにそこまで求めるのは酷なのはヴェルも分かっている。

 ミッターマイヤーとロイエンタールであれば能力的に不足は無いだろう。

 仮にリッテンハイム侯爵を討ち取る事が出来れば巨大な武勲となるが、二人で折半となれば他の提督たちとも折り合いが付くため、オーベルシュタインもこの人事には文句を言っては来なかった。

 

 ただ二人が本隊から抜ける事で、装甲擲弾兵総監のオフレッサー上級大将が籠城するレンテンベルク要塞については別の攻略方法を考える必要となる。

 しかし、ヴェルには既にもう腹案があった為にそこは心配していなかった。

 また原作よりも一提督分抜ける事になる本軍の艦隊の方も、リップシュタットの誓いが結ばれる前にアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト中将を直々にスカウトしており、陣営に不足はない。

 

 尚、どうやって説得したかと言うと、端的に言って金である。

 ファーレンハイト家はかなりの貧乏貴族であり、その親族たちに金をばら撒いてファーレンハイトの逃げ道を塞いだ上で、ヴェルは彼と直接交渉に臨んでいた。

 自分のカリスマ性を全く信用していないヴェルは、ファーレンハイトの将器をどれだけ高く評価しているかを契約金の額で表し、驚愕するファーレンハイトにそのまま判子を押させてしまう事に成功している。

 

 

 

 帝国正規軍本隊の方も、先陣を任されたシューマッハが本陣に先立ってアルテナ星系に向けて発進していく。

 次いでヴェルたち本陣の進発となるが、出征を明日に控え、家族団欒の刻を過ごしていたところに急報が入る。

 

 それはリップシュタット貴族連合軍の動向に関連する報告では無かった。

 自由惑星同盟領にて大規模なクーデターによる内乱が発生したとの驚きの知らせである。

 その知らせはフェザーン駐在帝国高等弁務官からもたらされたものであった。

 

 救国軍事会議を名乗る同盟のクーデター勢力の議長の名は、ドワイト・グリーンヒル大将。

 フレデリカの父である。

 アーサー・リンチは捕虜交換による帰国を拒否し、その身柄は未だ帝国領内にある。

 つまりこの救国軍事会議による今回のクーデターは、誰に唆された訳でも無く、正真正銘ドワイト自らが企画立案して引き起こしたものであった。

 自由惑星同盟軍の中でも特に良識派と知られて人望も厚かったドワイトが、リンチの指嗾も無く何故今回の暴挙に出てしまったのか。

 

 九年前のエル・ファシルで妻と娘が失われたと知ったドワイトは絶望する。

 しかし骨の髄まで軍人なだけに、ドワイトは家族が乗った船だけを助けられなかったヤンを恨むに恨めなかった。

 ドワイトは730年マフィアで同じく家族を失って苦しんだアルフレッド・ローザス大将の様に、軍務にひたすら打ち込む事で精神の均衡を保つ他なかった。

 その結果、必要以上に軍部の腐敗と向き合い過ぎてしまい、今の同盟の体制では帝国を打倒出来ないと痛感。

 体制の転覆を思い描くようになり、同じ思いを抱く者たちを集めるも、ギリギリのところで武力行使までは踏み止まっていたドワイト。

 そんな彼の背を押した最後の一押し。

 それは彼の娘であるフレデリカからの手紙であった。

 

 

 今年の初めにイゼルローンで行われた捕虜交換式に参加したドワイトは、ヤンから一通の手紙を受け取る。

 手紙を開けて娘のフレデリカからのものである事に驚愕し、そして更にその内容に衝撃を受けるドワイト。

 その手紙は病弱だった妻は大分前に亡くなっており、またフレデリカが今現在とある帝国貴族の側近くに仕えている事実を彼に伝えるものであった。

 

 確かにフレデリカの筆跡であったその文面は、まず同盟に戻れなくなった事をドワイトに詫び、次に母の死の経緯を詳細に報告。

 そして、名は記していないが、現在自分が側に仕えている主人からは、精神的肉体的に無体な扱いは受けてはいない為、安心して欲しい旨が記されていた。

 手紙の文言は簡潔ながらも、端々にその帝国貴族へのフレデリカの信愛の情が滲んでおり、ドワイトは安心どころか逆に激しく不安になる。

 フレデリカの手紙はエル・ファシルで脱出行の指揮を取った中尉を責めないで欲しいと結ばれていたが、それもまたドワイトを追い込む言葉となっていた。

 

 早くフレデリカを帝国から取り戻さなければならない。

 その為にはこの国の体制を抜本的に変えないとダメだ。

 自分がやらねばならないのだ!!

 

 強迫観念に駆られたドワイトはかねてから温めていた計画を実行に移すべく、同志たちに連絡を取る。

 同志の中にはアンドリュー・フォーク准将も加わっており、ドワイトの立てた作戦の指揮を買って出た。

 フォークの指揮の下、ドワイト派は帝国の内戦突入を見計らって一斉にクーデターを開始したのである。

 

 

 

 フォークが救国軍事会議に正式に加入していた為、クーデターに先立つクブルスリー大将襲撃事件は発生していない。

 その為、ネプティス、カッファー、パルメレンド、シャンプールらの辺境惑星での暴動発生後、ハイネセンでの決起ではドワイト派と正規軍の間で大規模な武力衝突が発生してしまう。

 

 高度な柔軟性を維持しつつも臨機応変なフォークの指揮にクーデターの実働部隊が付いていけず、戦線はむやみに拡大。

 地上戦による被害が激しくなり、多くの市民がハイネセンからの脱出を余儀無くされる。

 それらの脱出船の多くは近くの星系に逃れようとするが、今後暫くは同盟領内が戦乱で荒れてしまうのを見越し、そのままフェザーンに向かおうとする者達も少なくなかった。

 その中にはローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェルとその娘カーテローゼ(十三歳)の姿もあった。

 

 尚、ムーア中将殺害犯のラップ少佐の婚約者であったジェシカ・エドワーズは、反戦運動に身を投じる事もなく、補欠選挙にも出馬していない。

 救国軍事会議のクーデターに先立つこと半月前、帝国からの帰還兵二百万を連れてハイネセンを訪れたヤンからラップの婚約破棄を告げる手紙を渡されて泣き崩れたジェシカ。

 その後のヤンとの“おとなのはなしあい”を経て、ジェシカはヤンと共にイゼルローンに向う事を決め、ハイネセンを離れていた。

 音頭を取る者が居ない為、ハイネセンスタジアムの悲劇は回避される事になる。

 

 

 

 ドワイト率いる救国軍事会議がハイネセンの占領を完了したのは、原作に遅れる事三日。

 その報告が帝国の主星オーディンのクロプシュトック邸に届く頃には、フォークは無能者としてドワイトの参謀の座から引きずり下ろされ、放逐されていた。

 

 救国軍事会議の議長が父ドワイト・グリーンヒル大将である事を知って動揺を隠せないフレデリカ。

 自分の出した手紙が原因ではないかと激しく後悔する。

 ヴェルはそんなフレデリカを慰めようと、出征前の最後の貴重な一夜はフレデリカの為に使う事を決めた。

 

 


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