黄金獅子はもういない   作:夜叉五郎

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“天下人”編

<宇宙暦797年/帝国暦488年8月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十六歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は侯爵。

 

 ブラウンシュヴァイク公の領地のヴェスターラントで反乱が発生し、領主代行のシェイド男爵が殺害される。

 迫り来るヴェルの軍勢に気が高ぶっていたブラウンシュヴァイク公は、親族に刃向かった下賎な民衆達を焼き殺すべくヴェスターラントへの核攻撃を決定。

 決戦前の血祭りの儀式にちょうど良いと、フレーゲル男爵ら若手門閥貴族もその決定を称揚し、ブラウンシュヴァイク公を後押しした。

 反対するアンスバッハ准将を拘禁し、ブラウンシュヴァイク公は復讐を実行に移してしまう。

 

 手元に保護している元ヘルクスハイマー伯爵令嬢のマルガレーテの伝手で、ヴェルは密かにヘルクスハイマー伯の親族であったとある貴族を懐柔し、ガイエスブルク要塞内に潜ませている。

 その埋伏貴族からの密使により、ヴェルは事前にヴェスターラント核攻撃作戦の情報を受け取る事が出来た。

 参謀長を務めるオーベルシュタインがこの作戦を見逃すように進言してくる。

 オーベルシュタインは、ここで二百万の民を見捨てなければ戦役は更に長引いて一千万人死ぬ、という論理でヴェルを説得しようとしてきた。

 僅か二百万人の犠牲で速やかに天下を取る事が出来る、そう進言したのだ。

 

 ここでヴェルは突如天下人の怒りを示す。

 なめられたものだなラインハルト!!なめられたものだな天下!!と激発するヴェル。

 オーベルシュタインは理解の及ばぬその憤怒に慄然とし、更になぜここでヴェルの息子のラインハルトの名前が出てくるのかと困惑する。

 

 

 

 オーベルシュタインの進言を退けたヴェルは、麾下のフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトをその場に呼び出した。

 そして黒色槍騎兵艦隊を率いてブラウンシュヴァイク公の放ったヴェスターラント核攻撃部隊を捕捉し、必ずその指揮官を捕らえて引っ立ててくるよう命じる。

 まずブラウンシュヴァイク公の非道さに驚き、次いでそれを阻止しようとするヴェルの覇気に感じ入ったビッテンフェルトは大いにその忠誠心を刺激され、気炎万丈の面持ちでヴェスターラントへ出立していく。

 

 残されたオーベルシュタインは一つ深く息を吐く。

 これで同盟の帝国領侵攻作戦時の焦土作戦と、リップシュタット戦役に先立つ同盟の亀裂工作に引き続き、三度ヴェルに進言を退けられてしまった。

 どうやらクロプシュトック侯には私のような存在は不要なようですな、とその場を立ち去ろうとする。

 そのオーベルシュタインに対して、もし他に行くのであればリヒテンラーデの下は避けた方が良いと一言忠告するヴェル。

 その言葉にオーベルシュタインは瞠目せざるを得なかった。

 

 三ヶ月前に側女のエルフリーデの妊娠が発覚してから、ヴェルはリップシュタット戦役での麾下の軍の指揮と平行し、密かにエルフリーデの実家のコールラウシュ家の取り込みを開始していた。

 リヒテンラーデの家門を自分とエルフリーデの間に産まれた子供に継がせたい旨を、それとなくコールラウシュ家に匂わせ、その為の工作を依頼。

 その結果として帝国宰相のクラウス・フォン・リヒテンラーデ公爵は、いつのまにか一族の過半をヴェルに巻き取られていたのである。

 

 リッテンハイム侯爵は既に亡く、ガイエスブルク要塞でブラウンシュヴァイク公を討てば、帝国内で残る巨頭はリヒテンラーデ公のみであった。

 既に戦役後を睨んだ行動を密かに開始していたヴェルに対して、オーベルシュタインは敬意を評して首を垂れる。

「智謀を持って貴方に仕える者は無残なものだ」

 オーベルシュタインはそう述べながらも、今しばらくクロプシュトック陣営にその身を置いたままにする事にした。

 

 

 

 ミッターマイヤーらと合流してガイエスブルク要塞に到達したヴェルは、要塞のみならず帝国全土に向けて演説の中継を行った。

 まずヴェルはブラウンシュヴァイク公がヴェスターラントを核の火で焼こうとした事を全臣民に告げ、その非を鳴らす。

 ビッテンフェルトによって捕らえられたヴェスターラント核攻撃部隊の指揮官が引きずり出され、ブラウンシュヴァイク公から受けた命令の内容を証言。

 その将校は後に核攻撃に関する責任を追及される事を恐れ、保身の為に作戦指示内容を記録していた。

 勿論そのデータも合わせて公開される。

 

「この証言、映像を捏造と思う者はブラウンシュヴァイク公に聞いてみるがよい。真の貴族ならば、己の発した言葉を翻す事はよもやあるまい。いや、最早オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクはゴールデンバウム朝の貴族にあらず。ルドルフ大帝から預かった大切な臣民を自ら焼き殺そうとするなど、貴族としての責務を投げ捨てたに等しい」

 

 そう述べて演説を見ていたブラウンシュヴァイク公のプライドをズタズタにしたヴェルは、撃ってよいのは撃たれる覚悟があるものだけだ!と告げてズラリとならんだ氷塊質量爆弾の映像を見せ付ける。

 その数およそ二百機。

 

「今からこの氷の塊を一斉にガイエスブルク要塞にぶつける。それが嫌なら要塞から出てきて勝負せよ」

 

 ヴェルからのリップシュタット貴族連合への挑戦状であった。

 

 質量四十兆トンのガイエスブルク要塞に、亜光速で二千億トン強の質量となる氷塊をいくつ当てたら効果があるかは正直未知数である。

 だがしかし、氷塊を次々にぶち当てられて大惨事となった先のレンテンベルグ要塞の衝撃的な映像を見せられていた事もあり、ブラウンシュヴァイク公を初めとする門閥貴族たちは動揺を隠せない。

 総大将であったカイザーリングは職を解かれ、懐刀であったアンスバッハはブラウンシュヴァイク公自らが拘禁を指示してしまっている。

 最早誰も止める者もおらず、ブラウンシュバイク公らはガイエスブルグ要塞を出て、ヴェルと決戦に及ぶ事を決定してしまった。

 

 

 

 ガイエスブルク要塞の主砲ガイエスハーケンの射程外で行われた決戦は、呆気なく勝敗が決する。

 ミッターマイヤーの巧みな用兵に惑わされ、リップシュタット貴族連合軍はヴェルの敷いた縦深陣に引きずり込まれていく。

 原作と異なるのは、本来であれば旗艦の周りにのみ配置される盾艦が、縦深陣の一番深い部分に大量に配備されていた点にある。

 その盾艦隊の後ろに隠れるように、例のワイゲルト砲がこれまた大量にその砲口を揃えていた。

 

 後退を続け、盾艦隊の前で急激に艦隊を旋回させる疾風ウォルフ。

 その盾艦隊を率いるのは、原作では後に鉄壁と謳われることになるナイトハルト・ミュラーであった。

 ヴェルの抜擢に感謝しつつ、リップシュタット貴族連合軍をギリギリまで引きつけ、ワイゲルト砲の一斉射を浴びせるミュラー。

 リップシュタット貴族連合軍に甚大な被害を与える事に成功する。

 そこに退避したばかりのミッターマイヤーを始めとする、綺羅星の如きクロプシュトック派の提督たちの率いる艦隊が襲い掛かっていった。

 

 ブラウンシュヴァイク公の直衛艦隊も大いに砲火に曝されるところとなる。

 原作ではメルカッツ艦隊が助けに入るところであったが、メルカッツはこの戦場におらず、代わりのカイザーリングには既に指揮権も兵も無い。

 周囲の艦艇を僅か数隻まで討ち減らされて、ブラウンシュヴァイク公は命からがらガイエスブルク要塞に逃げ込む事になる。

 ガイエスブルク要塞を出撃した艦艇の内、無事に要塞に戻れた艦艇の数は三分の一にも満たなかった。

 尚、フレーゲル男爵は最初のミュラーの放ったワイゲルト砲の一斉射で乗艦を撃ち抜かれ、その屍を真空の宇宙に晒してしまっていた。

 

 決戦から数日後、ヴェルの下へガイエスブルク要塞から無条件降伏を申し入れる通信が入る。

 降伏はアンスバッハ准将の名前で申し入れされ、合わせてブラウンシュヴァイク公が服毒自殺した事も告げてきた。

 実際は往生際が悪いブラウンシュヴァイク公に対して無理やりアンスバッハが毒を飲ませた格好になっていたが、ヴェルの関知するところでは無かった。

 

 

 

 ゴールデンバウム王朝の貴族政治の成れの果て。

 その集大成の忌み子とも言えるブラウンシュヴァイク公がここに倒れた。

 同時にコールラウシュ家から帝都オーディンにてリヒテンラーデ公を拘束した旨の超高速光通信も入っていた。

 もはや帝国内にヴェル以上の武力を持つものは誰一人存在しない。

 

 シューマッハらを引き連れ、敵の本拠地であったガイエスブルク要塞に乗り込んでいくヴェル。

 それはあくまで帝国領内に限った話ではあったが、ヴェルの天下布武が成った瞬間であった。

 

 

 


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