黄金獅子はもういない   作:夜叉五郎

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"破格の人"編

<宇宙暦797年/帝国暦488年8月>

 

 ルグランジュ中将率いる同盟第十一艦隊を破ったヤン艦隊が、同盟首都星ハイネセンのあるバーラト星系の攻略に取り掛かろうとしていた。

 原作ではこのタイミングで救国軍事会議からの宗旨替えを余儀なくされたバグダッシュ中佐がヤンの依頼を受け、クーデターが帝国の使嗾を受けて行われたものである事を証言。

 救国軍事会議の求心力と士気を低下させる挙に及ぶのだが未だにそうはなっていない。

 これは今現在進行形で帝国のトップとなりつつあるヴェルの思惑をヤンが図りかねていた為である。

 

 ヤンが初めてヴェルと戦場で相対したのは、三年前の第六次イゼルローン攻防戦に遡る。

 この時ヴェルは少将として分艦隊を率いており、初めての艦隊運用で自分の出来る事出来ない事を見極めようとしていた。

 士官学校で学んだ様々な作戦や陣形を次々と実践し、同盟軍の分艦隊を撃破しまくるヴェル。

 その被害が次第に無視出来なくなってきた同盟軍は対策に乗り出し、グリーンヒル参謀長がヴェルの分艦隊を討つ為の作戦立案をヤンに命じる。

 ヤンはヴェルのこれまで実践した戦術パターンを全て解析した上で、ヴェルを罠にはめて包囲網を形成する策を具申した。

 しかし作戦決行の当日にピタリとヴェルの分艦隊は前線に出て来なくなる。

 ヤンは盛大に肩透かしを喰らう事になったのだが、この時のヤンにはまだこれも単なる偶然だと思えていた。

 

 次いで第四次ティアマト会戦の前哨戦のレグニッツァでの遭遇戦で第二艦隊のパエッタ中将配下の幕僚として戦場に立っていたヤンは、彼自身が思い描いていた策を初っ端にヴェルにかまされてヴェルの事を効率的で無駄を嫌う性格の将なのかと誤認する。

 続く本戦での敵右翼を率いるヴェルの苛烈な攻勢を見たヤンは、その陣形が古典的な用兵学に基づいたものであると看破。

 ヴェルの堅実で計算高い面を知るに連れ、先のレグニッツァでの指揮の取り方とのギャップに違和感を覚えるようになる。

 大胆にして繊細、勇猛にして臆病、奔放にして堅実、非効率にして効率。

 相反する二面性を内包しつつも一切破綻は見せず、ただただ多大な戦果を挙げていくヴェルの指揮の取り方を見せられ、ヤンは困惑の度合いを深めていった。

 そしてその困惑は、初めて互いに軍の指揮権を握った状態で激突したアスターテ会戦での第三戦でより一層の深まりを見せる。

 

 アスターテ会戦に先立ってヴェルの各個撃破作戦を読んでいたヤンは、第二艦隊が単独でヴェル率いる帝国軍と砲火を交えるシチュエーションに備える。

 ヴェルが取りうる戦術パターンを全て考え、それに対応する幾つもの作戦案を用意し、事前に第二艦隊の艦艇全てのデータベースに配布していた。

 この時ヴェルはヤンが予想していた中で一番確率の低い紡錘陣形での中央突破を選択してくる。

 意外であったが、対処を間違えずに消耗戦に持ち込む事に成功するヤン。

 しかし、皆がヤンの指揮を賞賛する中、ヴェルがあえて消耗戦に持ち込む為にわざと紡錘陣を取ったのではないか、という疑念にヤンは囚われてしまっていた。

 

 そしてアムリッツァである。

 ヴェルが行った既存戦術を一気に破壊して大きく転換させるであろうワイゲルト砲の大量導入を目の当たりにし、ヤンはヴェルを“破格の人”と位置付けてしまうに至る。

 最早その行動原理を理解する事を諦めた。

 元老級の大貴族であるヴェルの立ち位置を考えれば、例えワイゲルト砲という奇策があったとしても丁半博打のような一大決戦では無く、リークされたあの完璧な作戦計画に基づいて確実に勝利をもぎ取れる焦土作戦を採用する方が当然に思えた。

 それ故、今回の救国軍事会議のクーデターについても状況的に見て帝国の介入があったと見るのが自然ではあったが、ヤンもヴェルの意向の有無を断言する事は出来なかったのである。

 

 もしも本当にヴェルが謀略を仕掛けていたとすれば、イゼルローン回廊の帝国領側に出張って来ている帝国の一部艦隊が、ヤン不在のイゼルローン要塞に攻め寄せて来ないのも不可解である。

 或いはその逆で、もしかして自分はヴェルの思惑どおりに泳がされているのではないかとの疑念が頭を離れず、ヤンは言い様の無い不快感を覚えてしまっていた。

 

 救国軍事会議の標榜する大義を砕いてビュコック大将を始めとする人質たちが無事なままハイネセンを早期解放する為にも、帝国の介入を捏造でも良いのでぶち上げるか悩むヤン。

 そんなヤンをサポートする者が意外なところから突如現れる。

 その人物とはハイネセンで囚われの身となっていたドーソン大将を助けだし、遠くフェザーンまでの脱出行を指揮したフォーク准将その人であった。

 

 

 

 クーデター発生当初は救国軍事会議のメンバーであったフォークは、ハイネセンでの武力蜂起の実戦指揮を担当するも、あっさりその無能ぶりを晒してしまう。

 参謀の職を解かれてしまったフォークは、救国軍事会議のメンバー達を強く逆恨みする。

 そして、救国軍事会議の持つ唯一の宇宙戦力であった第十一艦隊がヤン艦隊に敗れてしまって混乱が発生。

 そんは中でフォークは救国軍事会議の隙を突く。

 ビュコックよりは見張りがキツく無かったドーソン大将を救出に成功したのである。

 更に行き掛けの駄賃としてドワイト・グリーンヒル大将の私室を荒らして救国軍事会議に関する資料を片っ端から撮影した後、ハイネセンから脱出する。

 ドーソンは同盟元首のヨブ・トリューニヒトの陣営に与する軍人である。

 その為にヴェルが地球教本部を滅した後にヨブ・トリューニヒトの駒と成り果ててしまっていた地球教同盟支部の助けを借りられたのも、フォークにとっては大きかった。

 

 ヤン艦隊の下に赴くのを嫌ったフォークとドーソンは、救国軍事会議の勢力圏から逃れる為に一路フェザーンを目指す。

 その道中、部下にドワイトの部屋で撮影した資料を確認させていたフォークは、一通の手紙の存在を知って狂喜乱舞する。

 それはフレデリカからドワイトに人伝てに手渡された例の手紙であった。

 

 フェザーンに到着したフォークとドーソンの一行は、自由惑星同盟フェザーン駐留弁務官事務所に匿われる事になる。

 早速フォークは首席駐在武官のヴィオラ大佐に命じて同盟軍のデータベースを照会。

 ドワイト・グリーンヒル大将の娘の名前がフレデリカである事を突き止め、さらにフレデリカが帝国にてどの貴族に囲われているかフェザーンでの伝手を使って調べるようにヴィオラ大佐に命じる。

 帝国貴族と言っても何千人とおり、更に現在帝国が内乱中という事もあって難色を示すヴィオラ大佐であったが、フォークがドーソン大将の意向を持ち出して来た為に従わざるを得なくなってしまう。

 

 ヴィオラ大佐は無理を承知でフェザーン自治領主のアドリアン・ルビンスキーの補佐官であるルパート・ケッセルリンクに協力を依頼したところ、意外な結果となる。

 帝国軍最高司令官まで上り詰めたヴェルの存在は、勿論フェザーン自治領が全力を挙げて監視しなければならない対象であり、そのプライベートもまた然りであった。

 そうで無くともヴェルが侯爵位を継いでからというもの、ヴェルが治めるクロプシュトック領は規制緩和が進んで経済が大幅に改善し、ここ数年で領内で設立された新興企業群は、将来的にフェザーンの脅威に成りかねない勢いで成長を続けていた。

 ヴェル本人とクロプシュトック領の内政に関するやり取りは、ヴェルの愛妾のフレデリカという女性が一手に握って差配している事がフェザーンの調査で明らかになっていた。

 更にそのヴェルの寵愛の厚いフレデリカという愛妾は、どうやら同盟からの亡命者らしいという情報までルパートは掴んでいたのである。

 ヴィオラ大佐とルパート補佐官は互いの情報を持ち寄り、整合を取ってそのフレデリカという女がドワイト・グリーンヒルの娘でまず間違い無い事が確認された。

 

 

 

 救国軍事会議の議長であるドワイト・グリーンヒル大将の令嬢が、なんと帝国の最高権力者の妾になっており、更には自分の父親と手紙のやり取りまで行なっていた。

 

 超弩級のスキャンダルを入手したフォークは笑いが止まらない。

 自分を無能と罵ったグリーンヒル一党への復讐を果たすべく、その事実を自由惑星同盟フェザーン駐留弁務官事務所から同盟領の全星系に向かって公表し、得意の弁舌をもって救国軍事会議の非を鳴らした。

 

「今回の救国軍事会議のクーデターは、帝国の内乱に介入させないよう、ヴェレファング・フォン・クロプシュトックが己の妾にしたドワイト・グリーンヒル大将の娘を使って仕組んだものであり、正義など何処にも無いのです!」

 

「この私アンドリュー・フォークは、スパイとして救国軍事会議に潜入し、味方の為にクーデター側の指揮を混乱させ、我が手で救出したドーソン大将を遠くこのフェザーンまで護衛し、更に今ここに潜入捜査によって得た驚愕の事実を公表するものである!!」

 

 そのフォークの演説の後半はスルーされるが、前半部分はイナズマのように同盟領全土を駆け巡って多大な衝撃を与えてしまう。

 演説と共に公開された証拠の手紙の画像と、フェザーンの密偵が望遠で撮影したフレデリカ・グリーンヒル(二十三歳)の写真も一気に拡散した。

 

 ハイネセンを囲むアルテミスの首飾りの攻略に取り掛かろうとしていたヤン・ウェンリーは、今年一月の帝国との捕虜交換式の際に帝国のレオポルド・シューマッハ上級大将から預かった手紙の事を思い出し、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 自分はもちろん読んではいないが、手紙の内容は検閲で問題無しとされたはずであった。

 あの手紙もまたクロプシュトック侯の仕掛けた一手だったのかもしれないとネガティブな思考に入りそうになるヤン。

 しかし、必要以上にクロプシュトック侯を恐れても仕方が無いと気持ちを切り替え、フォークの告発を効果的に利用する方法の考察に思考の舵を切った。

 

 なお、フォークが公開した手紙の画像は、最後の結びの言葉の部分が見切れてしまっていた。

 そして望遠で画素が粗く、またあれから九年も経って本人が美しく成長していた事もあって、その写真の中のフレデリカ嬢がエルファシルでコーヒーを差し入れしてくれたあの少女の成長した姿とは、ヤンには見抜けなかった。

 ジェシカと結ばれたとは言え、ヤンはまだまだ朴念仁なままであった。

 もし気付いていたら、ヤンは運命のいたずらを呪わずにはいられなかったであろう。

 

 一方、救国軍事会議の面々は疑心暗鬼に駆られ、議長のドワイト・グリーンヒル大将を囲んで口汚く問い詰めようとしていた。

 しかし当のドワイトはそれどころではない。

 娘を妾として囲っている貴族が、アスターテやアムリッツァで同盟軍に壊滅的な打撃を与えた現帝国軍最高司令官のヴェレファング・フォン・クロプシュトックであったと知り、衝撃を通り越して放心状態となってしまう。

 

 そこにアルテミスの首飾りへのヤン艦隊の攻撃開始を告げるオペレーターの叫びが響く。

 

 ハイネセンが解放される日は近い。

 


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