黄金獅子はもういない   作:夜叉五郎

22 / 25
“ヨルムンガンド”編

<宇宙暦798年/帝国暦489年8月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十七歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国宰相。

 軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は公爵で、称号は黒竜公。

 

 同盟領に攻め込むと決めた以上、ヤン・ウェンリー不在の好機を最大限に活かさねばならない。

 またヤンが復帰した場合に備え、イゼルローン要塞のヤン子飼いの元同盟第十三艦隊の兵力は、可能な限り削れるうちに削り取っておくべきである。

 同盟への宣戦布告後、ヴェルは早急に具体的な戦略と人員配置を立案し、麾下の提督達を集めて作戦名を公表する。

 オペレーション・ヨルムンガンド。

 ヴェルは世界をぐるりと囲い込む巨大な蛇の名を冠する作戦名で、二つの回廊を攻略して同盟領を征服する意図を明らかにする。

 

 作戦名については、原作と同じく北欧神話の神々の最終決戦を意味する「神々の黄昏」とすべきか正直迷ったが、その名前は次の機会に取っておいた。

 最終決戦のはずなのに、後になって第二次とか名付けるのは正直ダサいのでは、という彼特有の美意識に寄るものである。

 

 ロイエンタール上級大将を主将、ルッツ大将とレンネンカンプ大将を副将とした三個艦隊四万二千隻のイゼルローン征討軍が進発する。

 この時ヴェルは出征の挨拶に訪れたロイエンタールに対し、初戦でわざと負けてイゼルローン駐留艦隊を引きずり出す作戦を授けた。

 ヤンに代わってイゼルローン要塞を守る同盟の五虎少将。

 そのうちの三名の考えなしのフォーク少将、粗暴なアラルコン少将、戦闘狂のグエン少将らの性格を原作知識で知っているヴェルにしか出来ないの助言であった。

 じゃがいも士官のドーソン大将では問題児だらけの彼らを御せるわけがない。

 ヴェルのこの読みは見事に的中する。

 

 

 

 帝国と同盟で攻守所を変えて初めて行われたイゼルローン回廊の戦いは、八月末日に火蓋を切った。

 同盟側は要塞司令のドーソンが駐留艦隊三万二千隻の全体指揮をフォークに丸投げ。

 その為、同盟の五つの半個艦隊は全軍で要塞を出て帝国軍と一戦し、頃合いを見てトールハンマーの射程範囲に帝国軍を誘き寄せる作戦を取る。

 結果としてこの第八次イゼルローン要塞攻防戦は、ヴェルの授けた作戦を実際の艦隊運用に見事に落とし込んだロイエンタールの、卓越した指揮能力の見事さばかりが目立つ戦いとなる。

 

 緒戦でしばらく砲火を交えた末にレンネンカンプ艦隊は偽装撤退を開始し、フォーク、アラルコン、グエンらの猛追を誘引する。

 ロイエンタールはレンネンカンプの後方で盾艦隊とワイゲルト砲を慌てて展開中と見せかけ、無人のそれらの囮をフォークらにわざと蹂躙させる事で、同盟軍をより深みに引き摺り込む。

 気付いた時にはロイエンタールが回廊内に築いた縦深陣にはまり込んでしまっていた同盟軍は、連携もままならずに各個に戦い続け、アラルコンとグエンの艦隊がほぼ壊滅して両将は討ち死。

 率いる艦隊を半ば近くまで討たれたフォークはヒステリーを発症し、代わって指揮を取ったパトリチェフの手腕によって命からがらイゼルローン要塞に逃げ込むに至る。

 翻って帝国軍の消耗は二千隻程度であり、ロイエンタールの完勝であった。

 以降のイゼルローン要塞を巡る攻防戦は、同盟側はモートン少将とアッテンボロー少将が連携して奮闘し、なんとか帝国側のロイエンタールの攻撃を凌ぎ続ける展開が続く。

 イゼルローンの要塞司令室ではハイネセンへのSOSの打電と返信の有無の確認を求めるドーソン大将の命令が日々延々と繰り返され、シェーンコップらの士官達の士気はだだ下がりで、低空飛行どころか墜落して反乱に及びそうな気配まで帯び始めた。

 

 

 

 

 

<宇宙暦798年/帝国暦489年9月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十七歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国宰相。

 軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は公爵で、称号は黒竜公。

 

 イゼルローン要塞からの悲痛な援軍要請を受け取ったハイネセンの統合作戦本部であったが、その動きは鈍い。

 イゼルローン回廊失陥の危機はもちろん同盟にとって大ピンチだが、それ以上に予想外な事態が発生しており、同盟は上を下やの大騒ぎで要人が皆右往左往していたのである。

 その混乱はフェザーンのヘンスロー弁務官からの緊急の打電によってもたらされたものであった。

 

 帝国宰相のヴェルがオーディンにてフェザーンの弁務官であるボルテックを拘束。

 廃帝エルウィン・ヨーゼフ二世の誘拐にフェザーン自治領主のアドリアン・ルビンスキーが関わっていた事を司法取引でボルテックに証言させ、フェザーンの非を鳴らす。

 その上でルビンスキーの自治領主の権限を停止し、帝国軍がフェザーン自治領を占領するまでの間、フェザーンの統治を自治領主補佐官のルパート・ケッセルリンクに一時的に代行させる旨を一方的に宣言。

 フェザーンへの派兵を大々的に喧伝したのである。

 

 その直後、不意打ちでフェザーン回廊の帝国領土側に質量四十兆トンがワープアウト。

 ケンプの指揮の下、ガイエスブルク要塞からミュラー率いる駐留艦隊一万六千隻が出撃し、瞬く間にフェザーンを即日無血占領してしまう。

 皮肉な事にフェザーンは自らが帝国に提供したワープ新技術によって、百年守り続けていたその自治権を奪われるに至った。

 

 事前の打ち合わせどおりフェザーン自治領主代行のケッセルリンクは帝国軍の進駐を丁重に受け入れ、ミュラーに協力してフェザーンの治安を維持しつつ、ヴェルの帝国軍本隊の到着を待った。

 尚、この時すでにルビンスキーはドミニク・サン・ピエールの裏切りで精密検査結果をリークされ、ケッセルリンクの手で病院に押し込められてしまっている。

 術後の容体が芳しくなく身動きが取れない状態であったルビンスキーは、そのまま帝国軍の監視下に置かれた。

 また、フェザーンの航路局と共に同盟の弁務官事務所は真っ先に占領され、逃げ遅れたヘンスロー弁務官の身柄と併せ、事務所のデータベースに格納されていた同盟領の詳細な航路図情報と補給基地の位置情報は帝国の手に渡る。

 ユリアン・ミンツが駐在武官としてフェザーンに赴任していなかった事が同盟にとっては不幸と言えた。

 二年前のアムリッツァ星域会戦の時点で既に勝敗は決してしまっていたが、これがダメ押しとなる。

 

 ちなみにヤン失脚時にイゼルローン要塞を脱出したユリアン一行はフェザーンで戸籍を偽装し、この時既にボリス・コーネフの手配でマリネスクのベリョースカ号でバーラト星系まで航海。

 ハイネセンに潜入済みでヤンの身柄の捜索に当たっていた。

 なお、ドミニクのクラブで母子共に働いていたカーテローゼ・フォン・クロイツェルは、フェザーンを訪れたユリアンと街角でニアミスしている。

 だが結局面識を得る機会も無く、二人の間の運命の赤い糸は完全に断ち切れてしまっていた。

 

 

 

 それから一週間後、ミッターマイヤーを先陣とした帝国軍本隊十五万隻余がフェザーンに到達。

 フェザーンの地に降り立ったヴェルは、その場で自治領主代行のケッセルリンクの謁見を受ける。

 ケッセルリンクによりフェザーンの自治権が帝国宰相のヴェルに正式に返納され、ケッセルリンクは代理総督の地位を得る。

 黒竜の呪いの経緯もあってケッセルリンクはヴェルを大いに恐れ、しばらくはヴェルの望むものを惜しみなく捧げ続け、面従腹背して隙を伺おうと決意。

 ヴェルはヴェルでケッセルリンクの性格を理解した上で、その才覚を使えるだけ使って新領土の統治に利用しようと考えていた。

 その後ケッセルリンクに屈服してその妻の座に収まらざるを得なくなったドミニクの運営するクラブで、ヴェルが求めたとおり帝国宰相と代理総督の間の会合が秘密裏に行われ、ヴェルはドミニクの歌声を朝まで堪能する。

 

 瞬く間にフェザーンを手中に収めたヴェルは、入手したばかりの航路データを用いてそのまま同盟領への侵攻を開始。

 オペレーション・ヨルムンガンドの作戦計画に従い、シューマッハ首席上級大将がハウサー大将を引き連れ二個艦隊三万隻を率いて同盟領に踏み入り、フェザーン回廊出口での敵軍の迎撃が無い事を確かめた後、一路イゼルローン回廊に向けて進路を取る。

 ヴェル自身はミッターマイヤー上級大将を先陣とし、約十万隻の艦艇と共に同盟の首都星ハイネセンのあるバーラト星系を目指した。

 

 ヴェルがここまで奔放に大兵力を振り回し、兵力分散の愚を平気で犯せたのにはきちんとした理由がある。

 二年前の同盟軍の帝国領侵攻作戦時に焦土作戦を採用せず、膨大な戦費とその後の辺境星域の回復に必要であったはずの復興費用を圧縮出来た事。

 一年前のリップシュタット戦役時に氷塊質量爆弾やワイゲルト砲を用い、更に敵方のカイザーリンク上級大将らのオウンゴールが続いた為に、原作のラインハルトよりも楽に勝利を掴めていた事。

 今年に入ってのガイエスブルク要塞を使ってのイゼルローン回廊攻略を回避しており、ケンプとミュラーの艦隊に被害は無く、またガイエスブルク要塞に補給物資を満載させての移動が可能となっていた事。

 そして何より、この時点での同盟側戦力はイゼルローン駐留艦隊とハイネセンの第一艦隊の他に存在しないと、原作知識で把握済みであった事。

 

 特に四点目が大きく、敵地に踏み入っても想定外の敵兵力の出現を心配しなくて済むのは、まさにチートであった。

 後世の戦史家たちは、この黒竜公の大胆不敵な用兵ぶりを無謀と評しながらも、たまたま上手くはまっただけなのか、黒竜の魔眼とも称される慧眼だったのかで二派に別れ、不毛な激論を交わすところとなる。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。