黄金獅子はもういない   作:夜叉五郎

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“征服者”編

<宇宙暦798年/帝国暦489年11月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十七歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国宰相。

 軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は公爵で、称号は黒竜公。

 

 ミッターマイヤー上級大将率いる“暴竜の尻尾”がバーラト星系に来攻する数日前。

 イゼルローン要塞から命からがら逃亡してきたアッテンボロー中将率いる半個艦隊が、四百万の民間人を引き連れてハイネセンに到着する。

 既にバーラト星系のほぼ全ての航宙兵力はランテマリオに向けて出払っており、同盟政府やトリューニヒト派の軍部高官たちには旧ヤン艦隊を制御する術は無かった。

 

 アッテンボローが艦隊を指揮して衛星軌道から睨みを利かせる中、キャゼルヌ中将の手配による民間人たちのハイネセンへの受け入れ作業に平行して、ムライ中将とシェーンコップ中将がアッテンボロー艦隊の陸戦兵力とローゼンリッターを率いて統合作戦本部ビルに押し掛けた。

 そしてネグロポンティ国防委員長を恫喝。

 ヤン・ウェンリー提督は何処だ!と詰め寄って一触即発となる。

 そのタイミングで統合作戦本部ビルを包囲するローゼンリッターに接触してきた者たちがいた。

 ユリアン・ミンツとオリビエ・ポプラン、それにマシュンゴらの一行である。

 

 二ヶ月前にハイネセンに潜伏していたユリアンらはヤンの副官のメッサースミスとマシュンゴに接触し、半年前の査問会でヤンの警護役(という名目の軟禁担当)を務めた軍人がベイ少将である事を知る。

 ベイ少将の動きを粘り強く監視し続けた彼らは、ポプランの機転で裏切り者のメッサースミスを排除した後、地球教のハイネセン支部にヤンがいる可能性が高い事を突き止め、ヤン救出の機会を探っていたのである。

 ユリアンはシェーンコップらローゼンリッターを引き連れ、ハイネセン郊外にある地球教の支部を強襲。

 支部を守っていた憂国騎士団と戦闘に及ぶ。

 

 敵対する憂国騎士団を圧倒的な戦力で排除し、敷地内のとある施設に乗り込んだユリアンは、ついにヤンの身柄の救出に成功する。

 しかし最早手遅れな状態であり、同盟最後の希望はとうの昔に失われてしまっていた。

 慟哭するユリアン。

 

 折しも地球教のハイネセン支部にはトリューニヒトも匿われていた。

 復讐に燃えるユリアンらから逃れる為に、ベイ少将を囮に使い捨て、命からがらトリューニヒトは逃亡。

 結果としてハイネセンはトリューニヒト派とヤン派の内戦状態に突入してしまう。

 そこにランテマリオから長駆してきたミッターマイヤー艦隊三万隻が来襲してくる。

 

 

 

 ハイネセンの衛星軌道上でミッターマイヤー艦隊三万隻とアッテンボロー艦隊六千隻が対峙。

 圧倒的に不利な状況に覚悟を決めるアッテンボローの許へ、ミッターマイヤー艦隊から特使が派遣されて来る。

 その特使は同盟軍士官の制服を身に纏ったジャン・ロベール・ラップ元少佐であった。

 

 旧知のラップの登場に驚くアッテンボロー。

 ラップはヴェルから同盟政府へ宛てた降伏勧告の親書を預かっており、元婚約者のジェシカ・エドワーズと顔を合わせる事なくハイネセンに降下する。

 ヤン派に占拠された統合作戦本部ビルに赴いたラップは、半ば拘束中のネグロポンティにヴェルの親書を渡す。

 しかし、トリューニヒトと連絡が取れなくなったネグロポンティは、ただオロオロするだけであった。

 

 その頃、ヤン派の追跡を逃れたトリューニヒトは、ロックウェル大将の手引きでハイネセンの宇宙軍港に潜入していた。

 イゼルローン要塞からの大量の民間人の受け入れと初めての帝国軍の襲来への対応で、宇宙軍港は大いに混乱しており、その隙を突いて敵軍である帝国軍に助けを求めようとしていたのである。

 

 ここで誰からも忘れられていたあの男が動き出す。

 その名はアンドリュー・フォーク少将。

 第八次イゼルローン攻防戦の初戦において転換性ヒステリー症で卒倒した後、医務室に叩き込まれてそのままイゼルローン要塞を脱出していた。

 ハイネセン到着後は内戦突入と帝国軍襲来で混乱が続く中、予備役入りの手続きも取られずに軍港で放り出され、誰も彼の事を気にも留めない状態であった。

 

 軍港で彷徨っていたフォークは、ロックウェル大将らを引き連れたトリューニヒト一行を偶然発見。

 素早く身を隠してクククと笑みを漏らすフォーク。

 少将の権限が停止されていなかった為、そしてまだ軍の末端までフォークのイゼルローンでの失態が伝わっていなかった為、宇宙軍港の管制室に乗り込むフォークを止められる者はいなかった。

 フォークはトリューニヒトらが乗った艦艇に向けて通信を開き、トリューニヒト本人に行き先を尋ねる。

 持ち前のよく回る舌でフォークを懐柔しようとするトリューニヒトであったが、半ば脳みそが逝ってるフォークにはその得意の七色の舌も通用しなかった。

 

 フォークは気味の悪い狂笑と共に宇宙軍港の防衛機能を稼働させる。

 慌てて浮上しようとするトリューニヒトの乗った艦艇に対し、フォークは集中砲火を浴びせた。

 ロックウェル大将ら取り巻き共々爆死するトリューニヒト。

 ヴェルの下で立憲君主制神聖銀河帝国の初代首相となる彼の野望も、ここに爆散してしまった。

 

 フォークは軍港の回線を使って全周波帯に割り込み、ハイネセン全土にトリューニヒトの数々の利敵行為とその死を喧伝。

 先ほどのトリューニヒトとの会話の映像と共に、ヤンを薬漬けにして再起不能にしたトリューニヒトの非道を責め、己のトリューニヒト殺害行為の正当性を訴えた。

 そして自分は民主主義の精神を守った高潔な軍人であるとして最後までアピールしながら、ローゼンリッターに拘束される。

 

 この悪夢の放送によってトリューニヒト政権下の報道管制の箍は完全に外れてしまい、民衆たちによる暴動がハイネセンで多発。

 ローゼンリッターを始めとするアッテンボロー艦隊の陸戦隊は暴動鎮圧に駆り出され、最早帝国軍との戦争どころではなくなる。

 ヴェルの降伏勧告の親書への返答を待っていたミッターマイヤーは、同盟のこの期に及んでの内輪揉めを見て大いに呆れてしまった。

 

 

 

 曲がりなりにも国家元首であった男が死亡してしまった為、戦うにせよ降伏するにせよ、次の国家元首を選出する臨時の最高評議会の開催が必要である。

 回答期日の延期を求めるラップに対して、「よろしい。ただし急がねばランテマリオで戦っている貴軍の将兵たちが、全て我が主に討ち果たされてしまうぞ」と脅しを掛けるミッターマイヤー。

 ジョアン・レベロが議員たちからの要請によって同盟最期の最高評議会議長に選任され、無条件降伏を採択。

 同時に同盟政府による正式な停戦命令が、ランテマリオで奮闘中のビュコックのもとへも送られた。

 

 この時まさにランテマリオの同盟軍は瓦解寸前で、その数は戦闘開始時の一割近くまで撃ち減らされており、継戦能力を維持する艦艇の数は四千隻を切っている。

 後背のポレヴィト星系を完全に制圧し、フェザーンからの補給路も万全の状態にあった帝国軍が、ヴェルの指揮の下で自軍の損耗を極力抑える為に我攻を避けたのもあった。

 しかし、幾度となくハイネセンを救援しようとランテマリオの恒星流の渡河を試み、その都度帝国軍にはじき返されながらも、自軍の四倍もの大軍と強力な宇宙要塞相手に二週間近く粘り強く戦い続けたビュコックの手腕は、同盟軍最後の宇宙艦隊司令長官として決して恥ずかしくないものであったと言える。

 

 政府の指示に従ってついに白旗を上げたビュコックは、ヴェルと僅かながら通信経由で会話を交わす機会を得る。

 降伏に先立ってすでにビュコックは参謀のチュンの進言によって自殺は思い止まっており、また三十歳以下の未成年もピクニックに参加していた事から、民主主義に乾杯は成されなかった。

 何を言っても負け犬の遠吠えとなる為、敢えて口を噤んだビュコックの心情を察し、ヴェルの方から「もしヤン・ウェンリーが指揮を執れる状態にあったならば、違った結末になっていたはず」と述べ、同盟の自滅に付け込んで己が勝利を拾った経緯を同盟の宿将に陳謝。

 不見識な政府の下で戦わなければならなかった敵軍の将兵の労苦を(おもんばか)る黒竜公ヴェレファングの姿に、ビュコックらは自由惑星同盟は負けるべくして負けたと悟らざるを得なかった。

 この黒竜公が生きている間は帝国の統治は万全であろうと、民主主義の未来を思って暗澹たる気持ちとなるビュコックであった。

 

 それから数時間後にはシューマッハ上級大将とロイエンタール上級大将が率いる五万五千隻の別働隊がハイネセンに到達。

 ミッターマイヤー艦隊と合わせて総計九万隻以上の帝国軍がハイネセン上空を占拠し、アッテンボロー艦隊六千隻はその武装を解除される。

 帝国の誇る三矢の指揮の下で、ヴェルをハイネセンに迎い入れる為の準備が急ピッチで進められていく。

 特に地球教徒は徹底して排除され、ヤン派の将校やローゼンリッターもそれには進んで協力するところとなる。

 

 

 

 ガンダルヴァ星系までガイエスブルク要塞を移動させ、第二惑星ウルヴァシーを新領土における帝国軍の恒久的な策源地とする事を定めたヴェルは、ケンプとミュラーに軍事拠点の建造を命じた後、六万隻余の大軍と武装解除した同盟軍の航行可能な四千隻の艦艇を引き連れ、バーラト星系に到達する。

 

 約十五万隻の艦艇に守られつつ、ハイネセンに初めて降り立った全銀河の征服者ヴェル。

 固唾を飲んでその動向を見守る同盟市民は、その傍らに寄り添う妙齢の美女の正体と、ヴェルが真っ先に訪れた場所を知って驚愕する事になる。

 このオペレーション・ヨルムンガンドの作戦行動中、ヴェルは身の回りの世話をさせる為に愛妾を一人同行させていた。

 正妻のヒルデガルドと未成年であるマルガレータを除いて、作戦開始の時点で唯一子供がいなかったミリアム・ローザスがその役目を担う。

 ミリアムは同盟の輝かしき英雄「730年マフィア」のアルフレッド・ローザス大将の孫娘である。

 ハイネセンに降り立ったヴェルは、まず真っ先にミリアムと共に墓参りに赴き、ローザス大将が愛した孫娘が無事懐妊を果たした旨をその霊前に報告する。

 

 同盟の領土に先駆け、同盟の英霊の美貌の孫娘が既にヴェルに征服されていた事実が漏れ伝えられ、同盟市民は憤激して涙した。

 ヴェルに(おもね)るミリアムの生き様が自分たちの未来を暗示しているかのようで、同盟市民にとってミリアムの存在は“単語の女神”どころではなく“屈服の女神”であった。

 ミリアム自身の預かり知らぬところで、彼女は帝国への完全隷従の象徴という客観的評価を得てしまったのである。

 

 それから同盟軍の共同墓地に移動したヴェルは、次にハイネセンを訪れる時にフレデリカを案内する為に、救国軍事同盟に参加して戦死し無縁仏となった者たちの鎮魂碑を探し終えた後、全銀河に向けての中継を行う。

 自由惑星同盟は解体され傘下の星々は全て帝国領に併呑される事。

 これに伴い自由惑星同盟を公称として認める事。

 旧自由惑星同盟軍の戦死者遺族及び傷病兵への手当ては帝国軍に準ずるものとする事。

 その三点を勅令として発布。

 その上でオーディンへの帰還後に自身が帝位に就く旨を明らかにする。

 周辺を固めていた帝国軍将兵たちから「皇帝ヴェレファング万歳!」と「黒竜帝万歳!」の熱烈なコールが自然と湧き上がった。

 

 

 

 同時刻のハイネセン市内の病院の一角で、赤子の産声が上がる。

 母親の名はジェシカで、父親のヤンはお産に立ち会える状態になかった為、駆けつけたラップが父代わりを務めた。

 数奇な運命を経て再会を果たしたラップとジェシカ。

 二人はいずれ元鞘に収まり、力を合わせてヤンとヤンの子の面倒を共に見て行く事となる。

 

 ユリアンを始めとするアッテンボローやシェーンコップらヤン派の将校にとって、ヤンの実子の存在はヤン復活に向けての淡い期待の材料ではあったが、終ぞその希望も叶わずに終わってしまう。

 黒竜帝ヴェレファングの治世の間、旧同盟領ではよく反乱が発生していたが、それさえも“狡兎死して走狗烹らる”を避けるべく、麾下の将兵たちの活躍する余地を残しておきたいヴェルの計算の内な節があった。

 その為、シャーウッドの森もイゼルローン要塞への合言葉も用意していない状況下では、ヤンが復活しない方がヤン一派にとっては幸いであったのかもしれない。

 

 とにかく神々の黄昏は訪れず、地球教徒は根絶やしにされ、ヤンは復活の目処が立たず、ルビンスキーは火祭りも出来ず、トリューニヒトは獅子身中の毒虫になる機会を永遠に失った。

 ヴェルを阻むものは何も無くなり、ヴェル主導で人類は再び人口が爆発的に増加する為の準備期間、揺籃期に突入する。

 率先して美しい妻や愛妾たちと愛を育むべく、オーディンへの帰路を急ぐヴェルであった。

 

 

 


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