<宇宙暦791年/帝国暦482年7月>
ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十歳。
ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は少尉。
二十歳となって士官学校を卒業したヴェルは銀河帝国軍に入り、少尉に任官する。
在学中は用兵学への理解を更に深め、艦隊指揮能力の研鑽に努めた。
幸いにして三次元チェスの才能はあったようで、逆に成績を目立たせぬようコントロールする方が大変であった。
ラインハルトには幼年学校からキルヒアイスという最高レベルに有能な副官がいた。
しかしヴェルにはそれがいない。
アンネローゼと関係を持ってしまった以上、そのキルヒアイス本人を勧誘するわけにもいかなかった。
士官学校時代のヴェルは極力他の門閥貴族らを刺激しないように努め、孤立無援のまま影の薄い貴族子弟を演じきる。
任官後のカプチェランカのBIII基地への赴任も、結局ヴェル一人で行く事になった。
特に暗殺指令なども無く、フーゲンベルヒと組んで機動装甲車による敵情視察に赴くヴェル。
哨戒中の同盟軍の装甲車三両を襲撃して、電池ならびに同盟軍の車両の操作コードデータを奪う事に成功。
帰還したヴェルは、BIII基地攻撃中の同盟軍装甲車部隊を停止コードで足止し、味方の基地を救う。
そして、入手したばかりの同盟軍戦闘車両の停止コードを活用した同盟基地攻略を基地司令官のヘルダー大佐に具申して認められ、続く基地攻略で更なる武勲を上げる。
本国への栄転帰国が決まってウキウキなヘルダー大佐の推薦により、ヴェルの中尉昇進と艦隊勤務が決定した。
イゼルローン要塞への赴任前に、ヴェルはクロプシュトック星系に立ち寄る。
十年ぶりのクロプシュトック侯爵家の邸宅を懐かしむ中、ヴェルは滞在中の身の回りの世話役として宛てがわれた、ひとりの年若い侍女に目を惹かれてしまう。
その侍女の名前がフレデリカ・グリーンヒルと知って驚くヴェル。
彼女の身柄を安全に確保しておいて欲しい旨は伝えていたが、どの様に扱うかまでは任せていたため、祖父のウィルヘルムがまた先走っていたのである。
意外な事に、この年十八歳になったばかりのフレデリカ本人も、自分の今の立場に納得しているようであった。
三年前にクロプシュトック領に到着した際、フレデリカは当主のウィルヘルム直々に言い含められ、母の病気の治療と引き換えに、クロプシュトック侯爵家の侍女として行儀見習いに励む事になる。
クロプシュトック侯爵家の邸宅で働く間、フレデリカは周囲の人間たちから、自身と母の特別扱いは全て次期当主の好意によるものと常々言い聞かされていた。
そのためエル・ファシルで珈琲を差し入れた中尉さんの事を時折思い出しつつも、まだ見ぬヴェルに対しても恩義を強く感じるようになる。
残念ながら彼女の母は昨年亡くなってしまったが、最後まで治療に最善を尽くすように指示をしてくれたヴェルには、フレデリカも深く感謝せざるを得なかった。
帝国内に身寄りの無いフレデリカには、母を亡くした後もそのままクロプシュトック侯爵家に仕え続ける他に道は無い。
クロップシュトック侯爵家に正式に奉公に入った際、フレデリカは改めて周りの大人たちからヴェルの侍女となる意味を色々と言い含められる。
年若い女の自分が帝国で一人で生きて行く為には、これも必要な事であると割り切ってしまうフレデリカ。
そうでなくてもフレデリカは、ヴェルに己の感謝の意を伝えるつもりだったのだ。
その日からフレデリカは、ヴェルに仕えるにあたって必要となるあらゆる方面の能力を持ち前の勤勉さで磨きつつ、己の主人となるヴェルへの拝謁を待ち続けていたのである。
フレデリカの優秀さを知っているヴェルに否やは無い。
それに同盟側における美女キャラの第一人者であるフレデリカの人となりを、根掘り葉掘り知る絶好の機会を逃すはずがなかった。
アンネローゼとディープな関係を結んだ段階で、原作ブレイクの葛藤なんてものは既に捨て去っている。
用意された極上の据え膳を、米粒一つも残さないで容赦なく味わい尽くしてしまうヴェルであった。
以後、ヴェルはクロプシュトック侯爵領滞在中、昼夜の身の回りの世話を全てフレデリカに任せるようになる。
年若いフレデリカであったが、持ち前の人間的魅力と副官としての適正の高さを発揮して、ヴェルのハードな仕事を何とかサポートし続ける。
閨房での諸々の管理業務を通じてヴェルと親密度が深まっていくに従い、フレデリカのクロプシュトック侯爵家内でのポジションはトントン拍子に上がっていった。
ヴェル専用の侍女兼秘書として公私共にヴェルの領地経営をサポートし、最終的にはクロプシュトック侯爵領の家宰に相当する役割を果たすまでに至ってしまう。
<宇宙暦791年/帝国暦482年8月>
ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十歳。
ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は中尉。
イゼルローン要塞第237駆逐隊の駆逐艦ハーメルンIIの航海長に赴任するヴェル。
偶然ながら祖父ウィルヘルムは昔ハーメルンⅡの艦長のアデナウアー少佐を世話した事があった。
ヴェルはその伝手でイゼルローン回廊哨戒任務への出撃に先立ち、アデナウアー少佐にプレゼンする機会を得る。
ヴェルはアルトミュール恒星系の小惑星帯での同盟軍の奇襲を示唆。
その場合の予想される敵軍の伏兵の配置も説明する。
平民上がりのベルトラム大尉が反駁するも、アデナウアー少佐の注意は十分に喚起出来ていた。
ハーメルンIIは小惑星帯に入る前に警戒を厳にし、結果として同盟の奇襲を察知。
同盟艦艇の砲撃による被弾を避ける事に成功する。
アデナウアー少佐に反撃策を聞かれ、ヴェルは伏兵を逆に撃つプランをその場で提示した。
プランに沿った操艦で見事に同盟軍の奇襲を撃退するハーメルンII。
艦内で反乱が発生する事も無く、ハーメルンIIはそのままイゼルローン要塞に逃げ込んで敵軍の動きを味方に伝え、哨戒任務を見事達成する。
アデナウアー少佐はヴェルの才幹を激賞し、ヴェルは大尉に昇進する。
<宇宙暦792年/帝国暦483年1月>
ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十一歳。
ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は大尉。
鉱山の利権絡みでシャフハウゼン子爵家とヘルクスハイマー伯爵家の間で決闘騒動が勃発する。
貴族社会から爪弾きにされているクロプシュトック家には関係無い話で、ヴェルは決闘には不参加であった。
この世界ではアンネローゼがフリードリヒ四世の寵姫の地位に収まっていない。
その為、鬼女化していないシュザンナ・フォン・ベーネミュンデ侯爵夫人(二十七歳)の取り成しで騒動は決着。
鉱山利権は折半となる。
その頃ヴェルはカイザーリング艦隊に属し、駆逐艦の副長としてアルレスハイム星域の会戦に参戦していた。
己が非常にヤバい艦隊に配置された事に気付いたヴェルは、焦って打てるだけの手を打ちまくる。
赴任してすぐに副長権限で乗組員の素行を調査。
艦の乗員がサイオキシン麻薬に汚染されている事に気付いて艦長のハウサー少佐に報告を上げ、上官を巻き込む事に成功する。
全軍の砲門をデータリンクによって旗艦でコントロールするよう、ハウサーと図って主将のカイザーリングに働きかけるヴェル。
この機転によってカイザーリング艦隊の作戦行動中の暴走は阻止され、同盟軍への奇襲は見事成功する。
寡兵で同盟の艦隊を撃ち破ったカイザーリング中将。
その威名は帝国軍内に鳴り響き、カイザーリングは大将へと昇進する。
奇襲が決まってからのカイザーリング艦隊の荒ぶる暴走の如き攻撃は、瀑布の如くと評された。
それがサイオキシン麻薬のせいであると知っていたヴェルは、憲兵隊にその件を秘密にする事を誓う代価として少佐への昇進を果たすのであった。
この時のヴェルは、己とカイザーリングが帝国を二分する戦いでそれぞれの軍勢を率い、宇宙の覇権を巡って激突する未来が訪れる事など予想だにしていなかった。