星は明るく花は尊し   作:楠富 つかさ

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「うわぁ、もうくたくただよ……」

 

 弓道というスポーツは弓をつがえて矢を射るだけのスポーツだと思っている人が一定数いるんじゃなかろうか。実際、そう見えるかもしれないけど違うのだ。姿勢や所作は厳しいし、それをチェックする先輩達もけっこう厳しい。常に集中しなきゃいけない極度の緊張状態にもなるし、そうでなくても正しい姿勢や長時間の集中に耐えられる体力をつけるために筋トレをすることもある。こんな春先とはいえ汗をかくほどだ。

 

「あ、明梨ちゃん戻ってたんだ」

「おぉ、尊っち」

 

 部屋に入ってきたのは私のルームメイトでクラスメイトの新崎尊。お互いこの4月に星花に入ったばかりだけどそこそこ打ち解けてきた。

 

「まだ辛いのに部活行ってきたの?」

「昨日ほどじゃなかったし」

 

 声をかけてきつつ尊っちは制服を脱ぐ。私も着替えなきゃと思いつつベッドに背中を預けたままだ。そんな私を心配そうに見ながらも、尊はブレザーもスカートもブラウスもためらいなく脱いでシンプルな下着&キャミ姿をさらす。平均的な胸の大きさが小柄なせいでちょっと大きく見えるのは平べったい自分と見比べて羨ましく思う時がたまにある。

 

「そうは言ってもまだだるそうだよ。わたしは軽い方だけど重い人は立ってるのも辛いらしいし。無理しちゃダメだって」

 

 月の障りが重いからって部活を連日休むわけにはいかない。別に先輩たちが怖いわけでも部の雰囲気がブラックなわけでもないけど、自分が納得できない。

 

「まだお風呂行けないでしょ? 背中拭いてあげる。お湯持ってくるから待ってて」

「え、いやいい。出来るから。尊っちが拭くと力強いから痛いんだって」

「そうなの? 言ってくれればいいのに」

「昨日はそれを言う元気もなかったの」

 

 小柄な身体とぴょこぴょこ揺れるポニーテールが愛らしい尊っちだけど、ちょっとずぼらだったりがさつな一面がある。まぁ、そこが気楽に付き合ってられる理由でもあるんだけど。

 

「じゃあお湯だけ持ってくるね。そしたらわたし、お風呂行ってくるよ」

 

 星花女子学園には二種類の寮がそれぞれ中等部と高等部に設置されている。なにかと優秀な人がいる一人部屋の菊花寮と、一般生徒が二人部屋で過ごす桜花寮だ。もちろん、桜花にも学業や部活、課外活動で優秀な成績を修めているひともいるのだが。そんな桜花寮には各階に給湯室がある。洗面器にお湯を張ってタオルと一緒に持ってきてくれた尊っちはお風呂へ行った。一階にある大浴場は開いている時間がけっこう長い。だからか分からないけど、開いたばかりはなかなか熱い。一応、銭湯みたいに熱いのとそうでもないのと、浴槽が二つあるものの尊っちは熱いお風呂が好みらしくて部活終わってすぐ行ってしまう。

 

「このお湯も熱いや……」

 

 行こうと思えばシャワーくらい行けるんだけど、動くのも億劫だったしここはありがたく拭きますか。尊っちはしばらく戻らないだろうから身に着けているものを全部脱ぐ。もうそろそろ5月、部屋もクラスも一緒で何だかんだ一番仲の良い同級生だと思ってるけど……よくよく考えると尊っちのことあんまり知らないような。私もこれまでの話とか……まぁ、姉の話は何度かしてるけどそこまで深く家族のこととか小中学校の頃の話はしてないな。子供の頃の話はあまりしたくない部分もあるけど。ただ、尊っちも私と似たような子供時代を過ごしていそうな気がする。

 

「尊っち、意外と考えてることが顔に出ないよなぁ。どんなことを思って生活してるんだろう?」


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