星は明るく花は尊し   作:登美司 つかさ

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#8

「明梨ちゃん、ちゃんと寝れた?」

 

 急いで二人の部屋に戻ると、まだ赤ら顔を浮かべてうんうん唸ったまま。具合が悪そうなところは何度も見てはいるけれど、いつだって心臓に悪い。走ってばっかで乱れた息を整えてる間に、気だるそうな声が零れる。

 

「……いっぱい寝すぎたから、もう寝れないや」

「まだ、大丈夫じゃなさそうだね……冷えピタ替えよっか?」

「うん、お願い」

 

 ローテーブルに置いておいた二リットルのスポドリも、半分近くは飲んでくれてるのは、ちょっと安心する。でも、治るのはまだまだ先そう。声も気だるげだし、朝に貼った冷えピタはとっくに温んでいて、まだ、おでこも熱い。

 

「じゃあ、なんか消化にいいの買ってくるから」

「待っ、……いいよ、行ってらっしゃい」

 

 まだ、風邪で倒れてるからなのかな、「待って」と言おうとした声は、切なげに聞こえる。別に、やましいことなんてしてないはずなのに、心の中で、何かが引っかかる。抱えてしまったもやもやと、同じところに。

 やましさに、部屋を飛び出すように出る。鍵をかけて、近くのコンビニまでひとっ走りする。どれだけ走っても、はがれてくれない罪悪感。コンビニに着いても、まだ、それは胸の中でずしりと重い。

 おかゆのパックと、ゼリーを何個か買って、また寮までひた走る。何かに、押しつぶされそう。あのとき、事故みたいなものだけど、……キス、しちゃったときから。

 柔らかかった唇の感触も、熱のせいか火照った顔も、潤んだ目も、……思い出しただけで、心臓が弾けそうになる。

 また、帰り道も全力で駆け抜ける。あの時の情動も、今のやましさも、振りほどきたくて。……それなのに、ずっと残って、消えてはくれない。

 

「ただいま、とりあえずおかゆとゼリー買ってきたよ」

「ありがと……、なんか、早かったね」

「まあね、そんなに食べれてなさそうだし、ちょっとでも早く治してほしいもん」

 

 なんて、本当は嘘。息をすぐ整えられるくらいには、走るのには慣れててよかった。走りづめてたとしても、ごまかせるから。

 

「そっか、ありがと、尊っち」

「じゃあ、給湯室でおかゆあっためてくるから」

「……まだ、お腹空いてないからいい」

 

 今は、まともに顔が見れないから、部屋を出ようとしたのに、……気づいてよ、なんて、身勝手すぎるよね。

 

「そ、そう?じゃあ冷蔵庫しまうから、食べたくなったら言ってね?」

「うん、ありがと、……ねえ、お水、注いでくれる?」

 

 ペットボトルやら湿布やらがごちゃごちゃになっている冷蔵庫に無理やりスペースを作って、レジ袋ごと突っ込む。ローテーブルにもう出してたスポドリも、大分ぬるくなって、あんまり飲みたくないのかなと察する。ぬるくなってると、酸っぱくなっちゃうもんね。

 

「お水でいい?スポドリ、まだ残ってるけど」

「あー、もう酸っぱくなっちゃってんだけど、……そっちのほうがいい、よね?」

「いいよ、別にそっちにしないと死ぬわけじゃないし」

「それもそうだけど、早く治さないとだし……、好きにお願い」

 

 よかった、これで、ちょこっとだけ目を離せる。今は、まだ、心の準備ができてない。胸が高鳴ったまま、止まらない。

 ローテーブルに置いてあったコップを持って、流し台に向かう。ついでにスポドリのボトルも持って。確か、薄めたほうが水分取りやすいって聞くし、あの独特な酸っぱさも薄くなるよね。わたしが戻ってきたときには、もう体を起こしていた。

 

「ちょっと薄めたのにしたんだ、そっちのほうが吸収しやすいらしいし」

「そうなんだ、ありがと」

 

 コップの中を一気に飲み干す明梨ちゃんに、ちょっと安心する。それだけ、元気出てきたんだね。

 

「あとね、これ」

 

 ポケットの中から取り出したのは、昨日買ってきた長ネギ型の消しゴム。目を丸くするのが、わたしにも見てとれる。

 

「もー、尊っちなにこれーっ」

「おまもり代わりにはなるかなって、ネギって確か風邪にいいんでしょ?」

「そうだけどさ、あんまりいい思い出ないんだよね」

「えー、そうなの?」

 

 実家が農家っていうし、わたしが苦手な野菜もいっつも食べてくれてるし。だから、野菜は好きだと思ってたのに。嫌な思い出って、何があったんだろう。

 

「昔、私が風邪引いたときさ、いっつもおばあちゃんが畑からネギ引っこ抜いて首に巻いてきたんだよねぇ……」

「え、何それっ!?」

「実際よく効くんだけどね、治ってもしばらくネギの臭いが取れなくてさ……」

「そ、それは大変だったねぇ」

 

 やっぱり、やめたほうがよかったかな。胸の中で、なにかがざわつく。嫌われたくないよ、ルームメイトだからっていうのもあるかもしれないけど、全然、それだけじゃ説明できそうにないくらいに。

 

「でも、ありがと、……私のこと、考えてくれて」

「ううん、こっちも、ありがと」

 

 消しゴムを手にとって、まじまじと眺める。何度もひっくり返して、確かめて、何か引っかかったように声をかけてくる。

 

「ねえ、これネギのにおいするんだけど……」

「ああ、それ香りつきってあったんだよね……」

「そんなんどこで売ってるの!?」

 

 そりゃ、びっくりするよね、見つけたときは、自分でもびっくりしたもん。病人なのも忘れたように声を高くする明梨ちゃんにちょこっとおののきながらも、答え合わせをする。

 

「商店街のとこの雑貨屋さん、正直なんであるんだろうなって思ったよーっ」

「誰が買うんだろうって感じだもん、……あ、尊っちが買ったか」

「そんなこと言えるなら、看病しなくていいくらい治ってるよね?」

「待ってよ、……まだ、治ってないんだから」

 

 冗談なのに、本気みたいにとって慌てる明梨ちゃん。そんなこと、するわけないでしょ。そんなに不安な顔しないでよ、わたしまで、何か黒いものが心に入り込んで、……怖い。

 

「もー、そんなことするわけないでしょ?」

「はぁ、よかった……、本気で心配したんだからね?」

「あはは、ごめんごめん」

 

 明梨ちゃんのほっとした声に、わたしも、安堵が吐息に混じる。

 二人で話してたら、いくらでも話ができちゃう。それが心地いいんだけど、でも、……ときどき、不安になる。明梨ちゃんにとっては、どうなんだろうなって。知らないうちに、傷つけてないかって。知り合ってまだ経ってないし、まだ、わたしは、明梨ちゃんのこと全然知らない。そこら辺の人よりはわかってるだろうけど、それでも、なんか物足りなくて、不安になる。

 

「それで、ご飯どうする?」

「うーん……、割とお腹空いてきたからかも、……うどんとか、簡単なのだったら」

「そう?おかゆ買ってきたんだけど、それでもいい?」

 

 時間を見ると、まだ七時前。これから混む時間に、具合が悪い子を食堂に連れて行くわけにもいかないし。わたしも、そんなに料理上手じゃないから、それで済むなら、助かるんだけどな。

「じゃあ、おかゆでいいよ、ゼリーもあるみたいだけど、さすがに今は入らないかな」

 

 そう言って、わたしのことを気にかけてくれるのが、たまらなく嬉しい。いくらだってわがまま言ってもいいのに、それだけ、わたしのこと、大事なのかな、なんて、夢を見過ぎてるのかもしれない。ずっと眠ってて夢を見てたのは、明梨ちゃんのほうなのに。

 

「じゃあ、そうするね、ちょっと待ってて」

「うん、わかった」

  

 寂しげに聞こえたのは、わたしの思い込みすぎなのかな。ほっとするような、何か心の中が抜け落ちたような気分のまま、給湯室まで向かう。ポットのお湯を出そうとして、湯せんするための器がないと、自分の部屋まで一往復、おかゆをよそうお茶碗を取るためにもう一往復。

 

「どうしたの、そそっかしいなぁ、今日の尊っちは」

「べ、別にいいでしょ? あんまり、こういうのしたことないんだし」

 

 どたばたと部屋に駆けこむと、ちょっと力の抜けた笑い声。ぶっきらぼうに返して、廊下を走り抜ける。

 わたし、何してるんだろう。何でもないことなのに、手がつかない。近くにいると、ドキドキしてしまうせいで見てたくないのに、遠くにいると、なぜか、明梨ちゃんの顔が、どうしたって浮かんでしまう。

 もう茹だりきったおかゆをお椀に移すときも、指をやけどしそうになって、……わたし、だめになっちゃったみたい、明梨ちゃんのせいで。

 

「ただいま……」

「お疲れ、どうしたの、今日は」

「ううん、なんでもない」

 

 何でもないわけないよ、でも、明梨ちゃんのせいなんて言えない。それを、もし言ってしまったら、……わたし達の関係が、全部壊れてしまいそうな気がする。

 

「ちょっといい?給湯室片してくるから」

「うん、その間、ちょっと冷ましてるね」

 

 やっぱり、落ち着かないや。二人きりの空間を出て、思わず漏れたため息。給湯室に戻って、湯せんするために持ってきたティーポットを取りに行く。胸のざわめきも、鼓動の高鳴りも、理由なんてもうとっくに分かってる。……ただ、明梨ちゃんのこと、見てたくないだけ。

 そのまんま、友達として好きなだけでいられたらよかったのにね。こんなに熱い気持ちを抱えていなかったら、今みたいにくすぶって、ふと触れたくなる衝動に駆られなくて済んだのに。

 

「ただいま……、わたしも、ご飯食べてきていい?」

「えー?……、食べさせてほしいな、なんて」

 

 わたしの気も知らないで、明梨ちゃんのいじわる。今だってドキドキしてるのに、そんなことしたら、どうなるかわかんないよ?

 でも、嫌なんて言えない。胸の中で持ってしまった感情は、まるで呪いかなんかみたいにわたしを縛り付ける。

 

「もう、とっくに元気でしょ?」

「いいじゃん、ちょっとくらい」

 

 わたしが明梨ちゃんへの恋心に踊らされてるの、本当は分かってるんじゃないかってくらいの口ぶりに、どうしたって逆らえない。だから、顔、見せたくなかったのに。

 

「全く、しょうがないなぁ」

「へへ、ありがとー」

 

 気の抜けた声で、よっこらしょといった感じでゆっくり起き上がる明梨ちゃん。……やっぱり、まだ、治ってなかったのかな。わたしをちょっとでも安心させようとしてたのかな。こんな風に、明梨ちゃんが寝込んでるのなんてよくあることなのに、まだ、わかんないや。

 本当に、いじわるなんだから、明梨ちゃんは。そうやって簡単に、わたしの心を狂わせて。わざとらしい口ぶりにも、妙に緩んだ顔にも、反発する気持ちが膨れ上がって、……それでも、しょうがなくお椀と匙を取ってしまう。……『好き』なんだから、もう、どうしようもないよ。

 

「はいはい、じゃあ、口開けて?」

「ちゃんとふーふーしてね?やけどしちゃうでしょ?」

「……わかってるよ、そんなの」

 

 何かが溢れそうになるのを押し殺して、ベッドの端っこに座る。髪からか肌からか漂うにおいが届くような距離。明梨ちゃんの熱がわたしにもうつったように、頭の奥がくらくらする。

 ただ、息を吹きかけて、それを食べさせるだけなのに。胸の中が、どうしたって痛いくらい跳ねる。

 こんなことずっとやってたら、いつか心臓が止まっちゃいそう。

 

「それじゃあ、いくよ?」

「……うん」

 

 おかゆを掬って、軽く息を吹きかけて、それを明梨ちゃんの口元に運ぶ。大したことでもないのに、匙を持つ手が震える、食べるとこをまともに見れなくて、目を閉じてしまう。

 

「……みことっち?」

 

 不思議そうな声で、わたしを呼ぶ声。ベッドが沈む音に目を開けて見ると、近づこうとしたのか、太ももの近くに乗った手。匙の中を見ると、目を閉じる前と変わらない。

 

「何?」

「今日の尊っち、何か変だよ?もしかして、風邪うつしちゃった?」

「そうじゃないよ、ただ考え事」

「そう、……私でいいなら、話聞くよ?」

 

 そんなこと言われても、無理だよ、明梨ちゃんにそれを言ったら、それはもう、告白するのと変わらないよ。

 

「ありがと、でもいいよ、わたしで何とかするから」

「ならいいんだけど、……いっつも看病してくれてるから、そのお返しにって」

「べ、別にいいから、ほら、口開けて?」

 

 それでも、早まる鼓動が、乱れてく気持ちが、治まるわけなくて。むしろ、もっともっと増していく。責任取ってよ、なんて、言えたらよかったのにね。

 時間が経って、大分ぬるまったおかゆを、ひと匙ずつ掬って、明梨ちゃんの口に運んでいく。こうしてるだけで、胸の中がどうにかなっちゃいそうで、気持ち多めになってしまう。

 

「んむ、……もうちょっとだけ、待って……?」

「うん、わかったよ」

 

 相変わらず、明梨ちゃんが食べてるとこはまともに見れなくて、匙から伝わる感覚に頼りきりになってしまう。

 

「もう、食べたよ?」

「あ、……ごめん」

「やっぱり、尊っちも風邪引いたんじゃないの?全然、大丈夫じゃないじゃん」

「そんなんじゃないよ、大丈夫」

 

 体の奥が熱いのは、明梨ちゃんの風邪がうつったせいじゃないはず。むしろ、そのほうが良かったかもしれない。こんな風に、揺れ動く気持ちに、悩まなくたって済むから。

 

「大丈夫じゃないから言ってるの」

「明梨ちゃんのほうが全然大丈夫じゃないじゃん、大人しく看病されてよ」

「……はいはい」

 

 何で、そんな寂しそうな顔するの。わたしが、声を荒げたから?胸の中に入ったヒビを、なぞられるような感触。

 勝手に傷つけて、その事に傷つく。一体、何がしたいんだろう、わたし。何度も繰り返して、その度に心臓が破裂しそうになる。

 お椀の中も、見れなくなってて、いつの間にか、空っぽになっていた。こんなにふらふらしてるのに、食欲はあるんだな。それとも、さっきの、ごまかすための言葉をまだ貫いてるのかな。

 

「……ありがとね」

「ううん、いいよ、……じゃあ、わたしもご飯食べてきていい?」

「あ、……うん、ゼリーはあとにするから、とりあえず、寝かしてほしいな」

 

 抱きついてくる腕は、なんだか弱々しい。力、全然入ってないじゃん。汗もいっぱいかいてるし。ずっと元気に見せかけて、わたしに心配させないようにするつもりなの?

 

「だめだよ、汗だくじゃん、一杯くらいは水飲まなきゃ」

「うん、そうかも、もう喉からから……」

「こういうときはスポーツドリンクがいいんだけど、冷たいと胃に悪いんだよねぇ、だから、ちょっとずつにしてね」

 

 冷蔵庫に入れてある五百ミリのペットボトルを渡すと、それを受け取ってくれるけど、今にも落っことしてしまいそうなくらいに弱々しい。こんなんじゃ、フタも開けられないだろうからと、キャップも取ってしまう。しばらくは、こうしていてもらおうかな。明梨ちゃんの喉が乾く度に口移しなんてしてたら、きっとわたしの心臓が持たないから。

 

「ありがと、……尊っちもご飯食べにいっていいよ?」

「駄目、ちゃんと飲めるか見てからにする」

 

 さっきから、ペットボトルを両手で持ったまま今にも取り落としそうだし、明梨ちゃんの頭が、うつらうつらとしてる。

 

「あれ?飲まないの?」

「今、飲むから……っ」

 

 急かしたせいなのか、大きくむせたのと同時に、力の抜けた手からペットボトルが落っこちて、寝間着中に中身をぶちまける。全部零れるまえにペットボトルは拾えたけど、もう四分の一も残ってるか怪しいくらい。

 

「こほっ、けふっ、ご、ごめ……っ」

「ごめん、焦らせたわたしのせいだよね」

「いいの、心配してくれただけでしょ?」

 

 優しいような、どこか冷たいような、明梨ちゃんの言葉、全然つかめない。でも、今はそんなこと考える場合じゃないと、首を何度も横に振る。

 寝間着びちゃびちゃだし、布団にもかかってるかも。今の明梨ちゃんだと着替えることもままならないし。……シャワーでも浴びさせたいくらい汗だくになってるけど、お風呂場に連れていくこともできなさそう。

 

「……それにしても、着替えなきゃだね、汗もいっぱいかいてるし」

「えー?」

「えー、じゃないの、ほら、起こすよ、立てそう?」

「うぅ……、ちょっと待って……」

 

 抱き起こすのも明梨ちゃんの頭がふらふらしてて危なっかしいし、軽く手で引っ張ってあげるだけ。起きてからもふらつく体を、抱きとめて支える。わたしより頭半分高い体は、全部わたしに預けてくれるくらいに、あまりにも無防備で、……ふと、唇を重ねたくなる衝動。それと一緒に熱くなる体。

 

「明梨ちゃん、やっぱりすっごく熱いや」

「だから……、寝かせてって、言ってるでしょ……?」

「駄目だよ、着替えないとだし、わたしのベッド座って?」

「うん、わかった……っ」

 

 それでも、全然動かない体を、そのまま引っ張る。ふらふらした体は、強引に動かせば倒れてしまいそう。ローテーブルをぐるりとまわって、わたしのベッドまでのいつもの数歩が、今はマラソンのコースみたいに思える。一歩一歩進む度に漏らすうめくような声が、なんだか、かわいくて、切なく耳をくすぐる。

 ようやくたどり着いたわたしのベッドに、ゆっくりと座らせる。もしマットレスにもかかってたら、そのままわたしのベッドで寝かすしかないだろうし、そうであってほしいような、そうじゃないほうがいいような。わたしの中で、ゆらゆらと揺れる感情。

 さっきと同じ距離とは思えないくらい一瞬で、明梨ちゃんのベッドを撫でるように触れていく。まだあたたかいマットレスが、一か所だけ大きく冷たく濡れている。

 

「あっちゃー、ベッドも駄目みたい」

「そうなんだ、ごめんね……」

 

 謝る声が、妙に胸に刺さる。明梨ちゃんの声から、力が抜けたせいだって信じ込ませようとして、でも、そうじゃないのかもってざわめく。

 

「いいよ、洗濯は今からだと混んでるから無理だし、とりあえず着替えしなきゃね」

「やだ、もう、動きたくない……」

「気持ちはわかるけど、汗だくでパジャマまでぐしょぐしょのまま寝たら、風邪なんてずっと治んないよ?」

「そうだけどさ、体重いの……」

 

 もともとめんどくさがりなとこがあったけど、今の明梨ちゃんはわたしがいなきゃ何もできなさそうなくらい。

 

「元はと言えば明梨ちゃんが裸で寝てたからでしょ?」

「そーだけどさー……」

 

 本当だったら、一回シャワーでも浴びさせたほうがいいんだろうけど。さっきみたく、亀にだって抜かされるんじゃないかってくらいの遅さだと、お風呂に着くまでに消灯の時間になっちゃいそう。だとしたら、……わたしが、体を拭いてあげるしかないんだ。

 どくん、どくん、心臓が、体に熱を帯びさせる。ただでさえ熱いのに、きっと、今の明梨ちゃんと同じくらいになっちゃってる。

 真っ赤な顔を見せたくなくて、クローゼットに逃げ込む。昨日のおかげで、明梨ちゃんのものの中身は知ってしまってる。湧き上がる罪悪感は、昨日よりは少し薄れた。その代わりに、恥ずかしさが爆発しそうなくらいに溢れる。一通り揃えると、今度はわたしのところからスポーツタオルを一枚取り出して、あんまり顔を見ないようにわたしのベッドまで戻る。

 

「着替え取ってきたよ、本当ならシャワー浴びさせたいけど、下まで降りれないでしょ?」

「ありがと、……うん、今日はもう寝たい……」

「駄目だよ、明日治っても汗の臭いまき散らしたまま学校行くつもり?」

「うー、それはやだ……」

 

 やっぱり、そういうとこは明梨ちゃんも女の子なんだな。ほっとするような、なんか寂しいような。わたしよりずっと大人っぽいし、背も高いし、……絶対、今よりもっときれいになれそうなのに。こんなかわいいとこは、わたしにしか見せてほしくないような。

 そんな事考えちゃだめだ、そう言い聞かせて、首を思いっきり振る。おかしいよね、勝手に傷ついて、嫉妬みたいなことして。明梨ちゃんの着替えをベッドに叩きつけそうになるのを、慌ててこらえる。

 

「じゃあ、わたしが体拭くくらいならするから」

「……いいって、こんなんなら明日になってもどうせ治んないし」

「そういう問題じゃないの、着替えなきゃなのは変わらないんだから、そのついでだよ」

 

 どうして、急にそんなに嫌がるんだろう。わたしだって、……考えただけで頭が爆発しそうで、そんなこと実際にやったら、どうなるかなんてわかったものじゃないのに。

 

「そ、そう、だね……、なら、お願い」

「はいはい、じゃあ、手、上げられる?」

「わ、わかった……これでいい?」

「あ、……うん、いいよ?」

 

 そう言っても、腕が上がったのは、ほんのちょっとだけ。どんだけ我慢してたの、もう。

 一つ一つボタンを脱がせると、その度にむんわりと漂っていく、汗と、肌のにおい。昨日の夜よりも、ずっと色っぽさを増したような雰囲気に、流されてしまいそうな。そんなはずもないし、そんなこと考えてる場合でもないのに。

 

「……ねぇ、みことっち?」

「うわっ、ご、ごめん、今やるからっ」

 

 あんまり明梨ちゃんの体を動かせないから、ゆっくりと、服を手首のほうまで下ろしていく。真っ白な肌が露わになっていけばいくほど、甘酸っぱい、色っぽい匂いが濃くなっていく。昨日の夜、ブラなんて恥ずかしくて付けられなかったせいで、一緒に微かな膨らみも露わになる。思わずまじまじと見てしまいそうになるのを、慌てて抑える。

 できるだけ何も考えないように、ベッドに乗って、背中に回って手首にかかった袖を引っこ抜く。汗でしっとりと濡れたパジャマからも、どれだけ具合が悪いかが見て取れる。これじゃ、動けなくたって仕方ないか。そんなことでも考えてなきゃ、わたしの頭が桃色に染まってしまいそうになる。

 ベッドから降りて、できるだけ顔を見合わせる。無意識に目線を落としてしまったら、きっと、真っ白な肌に、心ごと奪われてしまう。

 

「今度は下脱がすけど、立てる?」

「うーん、どうだろ、……多分、無理かも」

「じゃあ、わたしがやるから、掴まってくれる?」

「うん、わかった……」 

 

 ゆっくりと、明梨ちゃんの腕が背中に回される。肩を掴んでくれてたら、楽だったのにな。そしたら、こんなに密着しなくたっていいのに。やめてよ、明梨ちゃんのにおいを顔中に浴びて、頭のなかがぐちゃぐちゃになりそうだから。

 明梨ちゃんを抱えて、抱き合ったみたいになる。汗で濡れてるせいか、明梨ちゃんの肌は、触れると吸い付くような感触。でも、もっと触りたいなんて不埒な考えが浮かんでしまうのは、そのせいじゃない。熱のせいなのか赤くなって、蕩けたような目の前の顔を見ていると、恋人同士じゃないとできないような事、してしまってる気分になる。……そんなわけ、ないのに。頭の中だけで思いっきり首を振って、吹き飛ばそうとしたって叶わない。

 

「じゃあ、脱がすよ」

「……うん」

 

 少し腰が浮いたのはわかったから、背中に回してた手を腰に下ろして、手探りでズボンの縁を探す。ねえ、そんなんで息を呑まないでよ、勘違いしそうになるから。息遣いすら聞こえるような、キスしようと思えば、すぐにだってできちゃうような距離。頭の中にいる、勘違いしかかったわたしに、わたしを飲み込まれてしまいそう。

 

「手、離すから、自分でつかまってね」

「うん、でも、あんまり持たないかもだから、早めにお願いね?」

「わかってるよぉ……」

 

 ゆるいゴムに手をかけて、ズボンを一気に引き下ろす。そうすると、真っ白なショーツが顔を覗かせる。昨日、わたしが穿かせたときとおんなじ。昨日わたしがつけたそのままで。……わかってたけど、無いはずの罪に、押し潰されていまいそう。結局、ふとももの真ん中あたりまで下ろして、そのまま手が止まってしまう。

 頭の中の妄想を振り払おうとして、全然、消えてくれない。手から伝わる、ピクリと明梨ちゃんの脚が震えたのは、何のせいだろう。

 

「ねぇ、もう座ってもいい?」

「……うん、いいよ」

 

 もう力が抜けちゃったせいなんだ、やましいことなんてしてないんだって言い聞かせて、ゆっくりと明梨ちゃんの体を下ろす。そうじゃなかったら、きっと、わたしが壊れてしまうから。急に落っことしたら駄目だから、しっかりと体を抱き留めて、……わたし、何してるんだろう。今、急にドアなんか開けられたら、言い逃れできるかもわからないような状況。鍵、閉めたっけ。ごちゃごちゃになりかけた気持ちが、見当違いな心配をしてしまう。よこしまな考えが頭にちらついて、……そのせいで胸が押しつぶされそうになる。

 

「じゃあ、全部脱がせるから、じっとしててね」

「あ、うん、……わかった、よ……っ」

 

 その声で、明梨ちゃんも緊張してるのがわかる。平静を保ってるふりなんてできなくなりそうなくらいに、心臓が、激しく鳴る。体の奥から、溢れそうなくらいの熱が生まれる。

 そのままかがんで、膝に引っかかったズボンをもっと下ろす。やっぱり、脚も細いな、白くて、汗のせいで艶っぽくなって、……綺麗。ずっと触れてたいような、見てはいけないものを見てしまったような。

 

「ちょっと、足上げるから」

「待って、心の準備、できてないから……っ」

「もう、何言ってるのさ、……体拭くだけなんだし」

「そ、そうだけどさ……っ、ちょっと待ってて」

 

 そう言いたいのは、わたしの方なのに。……もしかしたら、明梨ちゃんも、同じことを想ってるのかな。知りたい、けど、知りたくない。わたしと同じ気持ちを抱えてると聞いたら、きっと、抱えてる気持ちを包んだものが壊れて、とめどなく溢れてしまいそう。

 今、まともに明梨ちゃんの顔なんて見れない。用意してたタオルを持って、洗面台に向かう。お湯でしっかりと濡らしてから、何かを頭から追い出すように固くしぼる。何度も何度も、水滴がこぼれなくなるくらい。

 

「はい、体拭くから、大人しくしててね」

「……わかった、早くしてね?」

「わかってるよ、真っ裸なまま置いてけるわけないでしょ?それこそ風邪こじらせちゃう」

 

 本当は、触ることすら躊躇しちゃう。このまま、戻れなくなりそうだから。視線すら痛くなるせいで、もう一度ベッドに乗っかって、重なりかけた視線を逸らす。

 熱っぽい肌に、タオルを当てる、最初は、背中から。髪からかずかに見えるうなじが、やっぱり、羨ましいくらいきれいで、……そんな風に、見るんじゃなかった。わたしの中で、何かがはち切れそうになる。

 

「ねえ、どうしたの?」

「何でもない、あっそうだ、痛かったらちゃんと言ってね?」

「はいはい、……変な尊っち」

 

 できるだけ無心で、何も考えないように、……そう心に念じれば念じるほど、頭の奥から明梨ちゃんのことが捻じ込まれてくるような。おかしいよね、こんなの。

 おかしくなってるのは、誰のせいなの。なんて言おうとして、口をつぐむ。明梨ちゃんが悪いことなんて、全然無い。全部、好きになりすぎたわたしのせい。

 肌が赤くならないように、優しく撫で下ろして。それでも、罪悪感も、恋心も、消えてはくれない。もやもやを、何かにぶつけることもできない。

 一番、悩まされるとこがないだろうと思って、背中からにしてたのに。今でだって、ドキドキに胸を支配されてしまいそう。まだ背中しかやってないのに、わたしの中で熱が増していく。明梨ちゃんの視線を感じながらじゃ、何もできなくなりそうなくらいに。

 一回だけじゃ、半分くらいしか拭けてない。もう一回にいくのにも、しばらく躊躇して、ようやく終わる。早くしなきゃいけないのはわかってるのに。風邪っ引きを裸にさせてるわけだし、……こんな状況も、風邪も、長引かせればそれだけ、わたしの心も持ちそうにない。

 

「次、腕やるから、ちょっとでも上げられる?」

「あー、無理……、ていうかそんなことしてる時点でわかるでしょ……?」

「それもそっか、じゃあ、右手上げるから、じっとしてて」

「わかってる、どうせ動かせないし」

 

 一通り背中を拭き終わって、今度は体をずらして、右手のあたりを掴んで、軽く持ち上げる。左手だけで支えられるのを確認してから、右手に持ってたタオルを腕に当てる。手首のほうから、肘のほうへ滑らせる。腕の内側に手を回して、おんなじように、二の腕のほうも。ピクリと跳ねるような感触が伝わる度に、何かが、胸の中によぎる。

 

「ねぇ、もうちょっと優しくしてよ……」

「もう充分優しくしてるって、次脇のほうやるから」

 

 もうだめ、わたしの心が、欲望に呑まれそう、ムダ毛なんて一本も無いような脇の下にタオルを当てると、明梨ちゃんの体が、大きく跳ねるように動く。

 

「ひゃぅ、みことっち、くすぐったいってぇっ」

「もう、すぐ終わるから、じっとしててよ」

 

 そうしたって、何もよくならないのに。思わず荒れる口調も、抑えようと腕を強く握ってしまうのも。

 もやもやをぶつけるみたいに乱暴に脇を拭いて、瞬間、体の奥が冷たくなる。丁寧にしてもだめ、乱暴にやってもだめ、なら、わたし、どうしたらいいんだろう。答えなんて、どこにも見当たらない。

 

「じゃあ、腕、下ろすからね」

「あ……うん」

 

 急に離して、明梨ちゃんに何かあったら、きっと、わたしは、何もできなくなるくらいに落ち込むだろうし、……好きになる資格も、きっとなくなってしまう。

 そっと、脇腹に触れるまで右手を下ろして、脇腹に私の手が当たった途端、心臓に悪い悲鳴のような声が響く。

 

「ひゃあっ!?お、脅かさないでよ……」

「ごめ……ってか今のはちょっと敏感すぎない?」

「後ろからだもん、しょうがないでしょ」

「あー、はいはい、今度、左のほうやるから」

 

 普段クールな明梨ちゃんから出たと、疑いたくなるような高い声。そんなかわいい声出さないでよ、しちゃいけないような、わたしの中のどこかがしたいと疼いてるような事、してしまってるような気分になるから。

 もう一回、今度は左側。さっきとおんなじことを、反対側の手で。ぎこちなくなるのは、利き手じゃない左手でやってるせい、ドキドキしてるのは関係ない。そう言うには、体の熱が高くなりすぎている。わかってたよ、最初から。ただ、ごまかしたかっただけ。

 これ以上してたら、体がどうにかなりそう。左腕も済ませて、また悲鳴を上げさせてしまってから、一抹の期待に賭ける。

 

「ねえ、前のほう、自分でできたりしない?」

「……ううん、できそうにないや、ごめんね?」

「いいよ、そうだと思ってたし」

 

 知ってたけど、それも叶うはずがなく、……飛び出そうな心臓を何度も何度も飲み込みながら、ベッドから降りて、明梨ちゃんと向き合う。

 

「とりあえず、お水飲んでおきなよ、喉乾いてるでしょ?」

 

 ローテーブルに置いてあった、さっき明梨ちゃんがこぼしたけれど、まだちょっとは残ってるペットボトルを差し出す。見下ろすのは、今日はよく見たけれど、やっぱり新鮮な感じ。

 

「あ、ありがと……」

「今度はわたしも支えるから、ちゃんと飲んでね?」

「……うん、わかってるよ」

 

 さっきみたいに零されるのも、ベッドが使えなくなっちゃうし、お昼のときみたいに口移しなんてしたらきっと、わたしは体中の熱で爆発して死んでしまいそう。

 初めて見たもののように、ぼうっと受け取ったペットボトルを持ったまま。底を支えてあげると、ゆっくりと持ち上げたのが、まっすぐ口まで届いたのを見て、ようやくほっとする。中身が大きく揺れながら無くなっていくのと、喉が大きく動くので、どれだけ喉が渇いてたかもわかる。

 

「ふぅ……、もう一本、ある?」

「あるよ、でも、とりあえず真っ裸のままでずっといさせられないし、我慢して?」

「もう、しょうがないなぁ……、早くしてね?」

「……わかってるよ」

 

 苛立ちが零れて、空いたペットボトルを叩きつけるように置いてしまう。なんで、こんな気持ちなんて抱えてしまったのか、もう分からない。

 『友達』だったときに、戻れたらいいのに。そしたら、こんなに明梨ちゃんのこと、意識しなくても済んだから。

 

「……ごめん」

「別に、明梨ちゃんは悪くないよ、とりあえず、大人しくしてて、前拭くんだから」

「ん……うん」

 

 明梨ちゃんに当たる必要もないのに、つっけんどんな態度をとってしまう。それでびくつく明梨ちゃんが、かわいいなんて思ってしまう自分を殴りたくなってくる。

 わたしが怖がらせて、どうするんだろう。傷つけたいわけじゃないのに、どうしても空回り。

 膝立ちになって、見下ろされる角度になる。その視線が、今は胸に刺さる。痛いのも、苦しいのも、全部、わたしのせいなんだから。

 

「じゃあ、いくから、ね?」

「わ、わかった、……よ」

 

 そっと、タオルを首元に当てる。微かに零れたような声が、心の中のスイッチを押しそうになる。駄目になっちゃいそうなわたしを、抑えなきゃ、わかってるけれど、……無理かも。だって、こんなに近くに、真っ白な肌も、甘いにおいも。全部すぐ手が届くところにあるんだから。

 

「じろじろ見ないでよ、えっち」

「うぅ……、ごめん」

 

 心の中、全部見透かされたような、尖った声。心が冷えていくけれど、くすぶった熱が、消えてくれるわけじゃない。

 胸元はデリケートなところだから、丁寧に拭いていく。別に、他の意味なんてない、そう思わないと、いつわたしの中にある糸が切れてしまうかわからない。

 ゆっくりと下のほうにタオルを下ろしていく。布一枚向こうから伝わる感触。全然、膨らんでないのに、今まで触ったことのない柔らかさを感じる。スポンジみたいにすぐ跳ね返ってくるわけでもなくて、でも、クッションみたいにそのまま沈んでくわけでもなくて、ふにふにって感じ。……それも全部、明梨ちゃんのものなんだ。……そんな事思ってしまうと、すぐに頭がフリーズする。タオルすら、邪魔に思えるくらい。

 

「ん、……もう終わったの?」

「まだだよ、脚なんてちっともやってないでしょ」

「あー、そっか」

 

 ようやく胴体のほうを済ませて、大きな山の一つは超えられた。……でも、脚のほうにいくと、もう一つ。女の子の、一番大事なところ。よっぽどのことが無ければ、一番深い仲にでもならなければ、触らせないような。

 

「足、上げるからね」

「わかった、……ひゃっ」

 

 足の裏にタオルを当てた途端、ピクリと体が跳ねる。くすぐったいせい、だよね。かかとから指の間まで、ただタオルで軽くこすってるだけなのに。かわいいなんて思わせないで。

 

「ひゃっ、みことっち、やめ……っ」

「もうちょっとだけだから、待ってて?」

「あっ、むり、だってっ」

 

 ピクピクと跳ねる足を強引に抑えこんで、足の裏を済ませて。そうすると、ただでさえぐんにゃりしてた明梨ちゃんが、ますますふにゃふにゃになってて。……わたしが、明梨ちゃんのこと、襲ってるみたいな。何も悪いことはしてないはずなのに、背徳感が、背中をぞくぞくと走り抜ける。

 

「はい、じゃあ、反対も、ね?」

「ねえ、もっと優しく……、あっ」

「そんな動かさないでよ、終わんないよ?」

「でも、くすぐったいんだもん……っ」

 

 また、ピクンと明梨ちゃんの足が震える。力が抜けきってるからどうにか抑えられるけど、それだから、かわいいなんて思える余裕みたいなのができてしまう。手早く済ませて、今度は足の甲をゆっくりと。何かをこらえるように身を震わすのも、わたしに泣きつくような視線も、どうしようもなく、心の奥を衝き動かそうとする。

 

「はやく、終わらせてよ……」

「明梨ちゃんが変に動くからでしょ?」

「うぅ……、わかってるけどさ……っ」

「ちょっと、タオル濡らし直すから」

 

 終わらせたいのはわかってる。わたしも、このままだとどうにかなりそう。大分冷たくなってきた濡れタオルの感触で、ようやく明梨ちゃんから離れる言い訳を思いつく。

 洗面台に水が叩きつけられる音でごまかして、ふぅ、と大きなため息をこぼす。あれだけで、何回心臓が止まりそうになったんだろう。数えるのもめんどくさいほどに、明梨ちゃんにときめかされて。

 苦いほどに、溢れそうなほどに、好きになってしまったんだな、わたし。こんな気持ち、出会ったことないのに。今すぐ吐き出せば、楽になれるかな、……いや、きっと、もっと苦しくなるだけ。

 

「ふぅ、……じゃあ、続き、しなきゃだね」

「そ、そうだね」

 

 もう一回座り直して、真っ白な肌をまじまじと見てしまいそうになる。あたしと違って、まるで生まれてから一度も外に出てないと思わされるほどに真っ白な肌は、わたしのこんがりと焼けた肌とは大違い。明梨ちゃんだって外に出ないわけじゃないのに、……日焼け止めとか、何使ってるんだろうって訊きたくなるほど。

 

「もー、なにしてるの?」

「ううん、なんでもない」

 

 意識が飛びそうになってたのを、思いきり首を振って戻す。イライラする、すぐに意識が変なとこにむかうわたしに。足先から、ゆっくりと膝まで拭いて、そこで手が止まってしまう。これから上は、見ちゃいけないような、見たいような。

 やんなきゃいけないのも、別にやましいこともしてないのも、わかってるつもり。でも、頭の中で、周りには言えそうにないくらいのピンク色の妄想が浮かんでしまう。

 

「なんでもないなら、早くやってよ、ちょっと寒い……っ」

「わかってるよ、ちょっと待って」

 

 心の準備ができないって言えば一言で済むけれど、そんな言葉じゃ表せないくらいに、胸の奥が激しく鳴る。そういえば、半脱ぎのままになったままのショーツも脱がせなきゃだし、……脱がすときに後回しにしてしまったことに、後悔が胸によぎる。

 ごくり、と息を呑んでから、そっとタオルを左の太ももに掛ける。それを両手で包んでから、肌に引っかかりすぎないようにゆっくりと前に進ませていく。肌よりも白いショーツに突っかかって、……もう少し先まで行けたら、これからどうするかも悩まなくていいのに。……でも、脱がしたら、最初から女の子の大事なとこ、見えちゃうんだよね、……最初から、こんな状況になってしまったら、ドキドキしなくてもいい選択肢なんてなかったんだろうな。わたしが、明梨ちゃんのこと、好きになってしまったせいで。

 反対もおんなじとこまで進めて、言わなきゃいけないことなのに、それでも、喉に引っかかった言葉は、なかなか出てくれない。

 

「体動かすから、きつかったら言ってね」

「うん、わかった、けど……っ」

 

 ほんの少しだけ、そう心に言い聞かせなきゃわたしが壊れてしまう。この後、全部脱がせなきゃいけないことは、気づきたくなかった、できるなら、ずっと忘れていたかったのにな。ああ、もう、頭の中が爆発しそう。太ももの裏を拭くのに片足ずつ上げるのも大変だし、そこまでまで進めてしまえば、否応なく二つの脚の付け根に隠された花のつぼみに、どうしても目がいってしまう。

 見ちゃだめだよ、そんなとこ、わかってるけど、体は、思っているより衝動に素直になってしまっている。

 

「くすぐったいかもしれないけど、我慢して?」

「いいよ、……どうせ、今はろくに体動かせないし」

 

 これも、……仕方ないよね、うん。タオル越しでも、触れることを躊躇う。……好きな人を触り放題って言えば聞こえはいいかもしれないけど、よこしまな心とか、溢れそうな衝動とか、こらえなきゃいけない事なんていっぱいある。そもそもあんな言葉を考えてしまってる時点で、わたしはヘンタイさんなのかもしれない。

 わかってるよ、……でも、幸か不幸か、その先のことなんて、全然わからない。知ってしまいたいような、知りたくないような。でも、今から触れる場所が、特別なものなのはわかってる。

 ごめん、……この先に行ける関係になるまでは、もう触らないから、だから。

 そっと触れるだけで、ピクピクと震える体。明梨ちゃんも意識してるんじゃないかって自惚れさせるような、熱い吐息。

 

「やめ、ねぇ、みことっち……っ」

「……ごめん、今終わらせるから」

 

 軽く一撫でするだけで、罪悪感に頭がガンガンと痛む。ふと、タオルを拭いた面を見ると、ほんのりと赤い点が見える。ショーツも、元が白かったから気づかなかっただけで、引き下ろすと、付けた覚えのないナプキンに、赤黒いものがべっとりと付いている。脚を浮かせて、痙攣したように震えるせいで、自然と床に落ちる。

 

「終わったよ、……そういえば、昨日わたしナプキン敷かせてなかったけど、自分でやったの?」

「あ、……うん、あと、薬飲むの忘れてた……っ」

「そういえばそうだね、……とりあえず、着替えるのが先だけどね」

「うん、わかってるよ……」

 

 自分から、体を抱き寄せてくる明梨ちゃん、汗のむんわりとしたにおいは薄れて、その代わりに感じるのは、甘い、肌からか漂う香り。ちょうど倒れてた明梨ちゃんを着替えさせてたときに、感じたのと同じもの。

 

「とりあえず、下のほう先にしたいよね、……ナプキンってどこに置いてるの?」

「あー……、クローゼットの上の段なんだけど、届くっけ?」

「さすがに届くよっ!ちっちゃいからってからかわないでっ!?」

「うぅ……、それはごめんだけど耳に響くよぉ……っ」

 

 力の抜けた腕からするりと抜け出して、クローゼットを見ると、確かにナプキンの袋が上の段に置かれている。それに手を伸ばして、……若干背伸びして、手が届く。

 

「ほら、わたしだって届くんだよ?」

「……はいはい、すごいね」

「とりあえず、出てきちゃってるなら下から脱がせないとまずいでしょ?」

「わかってるから、急かさないでよ……っ」

 

 ちょっと脚が震えたのも、背伸びしたのも、気づかれてないかな、そんなことを考えた一瞬後に、明梨ちゃんの腕が、わたしの体に吸い付くような感覚。伝わる熱気が、あっという間に頭にまでかけ昇ってくるような。

 ナプキンをちゃんと合わせてから、ショーツを足元に引っ掛ける。さっきタオルを拭いたように、ゆっくりと上に。すらりと伸びていく白は、相変わらず、吸い込まれそうなくらい綺麗。パジャマのズボンで隠してしまうのが、もったいないくらいに。

 空色の地に、白い水玉のベールで、それを包む。膝の少し上くらいで止まって、ほっとしたような、寂しいような。足元が見えるくらいまでたくしあげて、軽く声を掛ける。

 

「ほら、早く立って、わたしのシーツまで汚れたら寝る場所なくなっちゃうでしょ?」

「うん……、分かってるから……っ」 

 

 最初から、汚れてもいい明梨ちゃんのベットでやるべきだったかな。そうしたら、わざわざわたしのベッドに移す必要もなかったし、……後悔ばかりが、頭によぎってしまう。

 

「ねえ、早く立たせてよ」

「言われなくたって、そのつもりだよ……」

 

 熱に溶かされそうなのを知ってか知らずか焦らしてくるのは、わたしが今までしてたののお返しなのか、それとも、明梨ちゃんなりに焦ってるからなのか、それすらもまともに考えられないくらいに。

 

「はい、起こすよ、だから、自分でも踏ん張って……っ」

「う、うん……っ」

 

 何度触れたって、明梨ちゃんの肌の感触には慣れてくれない。それどころか、触れるたびに、どう扱っていいのかすらわからなくなっていく。

 わたしより大きい体は、相変わらずわたしが支えないとすぐに崩れ落ちそうなくらいにふらふらになったまま。

 

「んん……しょ、っと……、下上げるだけだから、ちょっとだけ一人で我慢して?」

「わかった、けど、……早くして、ね?」

「わかってるから、急かさないで?」

 

 それでも、急がなきゃと思って、心だけ空回り。体の横に回ろうとしても、明梨ちゃんの腕が背中に回されている。弱弱しいのに、どうしたってほどけない。まだ上は何も着せてないせいで、甘ったるいような香りが鼻を襲って、わたしまで力が抜けてしまいそう。しょうがなく、片っぽの手だけ背中の方に回す。

 ぴったりとナプキンを付けさせてあげないと、次の朝に大惨事になっちゃうし。決して、もっとすべすべな脚を見てたいわけじゃない。やましさを強引に引きはがして、ショーツを、明梨ちゃんの体にぴったりくっつくまで丁寧に引き上げる。

 このまま一気にズボンもひっぱり上げると、思わず零れたため息。今のでも、ずっと長い時間が過ぎていたような。

 

「ゆっくり下ろすから、ちゃんとつかまってて?」

「うん、わかってるよ」

 

 これももう、今日だけで何度かしてるのに。ドキドキは、収まるどころか、数を重ねる度に増していく。

 明梨ちゃんの体が、ベッドに沈み込む重い音に、ようやく胸をなで下ろす。どっと力が抜ける。そのままベッドにへたり込むと、妙に温かい。

 

「上は、着させてくれないの?」

「あーもう、わかってるよっ」

 

 ちょっと、頭がくらくらするだけだもん、明梨ちゃんのせいで。このせいで風邪を長引かせたら、わたしの体のほうが熱くなって、そのうち爆発しそうだもん。ようやく気力が戻ってきて、立ちあがる。今度は、ブラもつけてあげないと、そのせいでお昼はちょっとだけからかわれたわけだし、明梨ちゃんの何かを、思いっきり傷つけてしまいそうな気もするし。

 

「ほら、手ぇ上げて?」

「あ、……うん」

 

 真っ直ぐに腕を上げさせてから、ちょっと子供っぽいデザインのキャミソールを着させる。その後は、替えのパジャマも。昨日、正体のなくなったときにパジャマを着せたのに比べたら、まだ楽かもしれない。でも、衣擦れの音の一緒に聞こえる、微かな甘い吐息も。……逆に、やりづらいよ。胸の奥に、どろどろとした何かがしたたり落ちてくる。

 

「とりあえず、終わったけど……、薬飲むんでしょ?ついでに水分も取ってほしいし」

「そうだね、……私の机にある鎮痛剤、出してくれる?『就寝前』ってあるやつの」

「うん、いいけど……」

 

 冷蔵庫には、まだスポーツドリンクのペットボトルは残ってる。冷たいものを飲ますのはあんまりよくないし先に出しておけばよかったんだろうけど。そんなの、考える余裕すらなかったな。

 ……全部、明梨ちゃんに、意識を吸い込まれてたせい。机の上に置かれていた、見たことのないラベルの痛み止めの薬を手に取る。

 

「それで、どれくらい飲むの?」

「えっと……一錠でお願い」

「そう、わかったから」

 

 しょうがないな、お水を汲んで、錠剤を取り出す。最初から、わかってたよ、できないってことくらい。

 

「はいはい、じゃあ口開けて?」

「ん、……」

 

 ほんのちょっとしか開かないのは、本当に弱ってるのかわざとなのか。前者なのはわかりきってるけど、明梨ちゃんに、今日は狂わされてばかり。薬を押し込むときに、指が軽く、唇に触れてしまう。……やっぱり、やわらかい。あのとき、キスしちゃったときも、おんなじものに触れたんだよね、……わたしの、唇で。

 

「ほら、早く水飲んで?苦くなっちゃうでしょ?」

「ん、わかってるってぇ……」

 

 まくしたてるように言って、何とか衝動をこらえる。強引にコップを押し当てて、……そこまでやって、心の奥が、首に氷を押し当てられたように冷える。また、明梨ちゃんが逆らえないのをいいことに、自分の都合ばっか押し付けて。嫌になっちゃいそう。わたしのことも、抱えてしまった気持ちも。

 

「じゃあ、ご飯行くけど……誰かいたほうがいいよね?」

「あ、……うん、そうだね」

 

 できれば、しばらくは明梨ちゃんとは離れてたい。でも、こんなポンコツになってるのを、一人で置いてくわけにもいかないし。

 

「明梨ちゃん、お姉さんいるんだよね?今呼べる?」

「だ、駄目、文姉だけは……っ、もっと、熱くさせてくる、から……っ」

「んー……、他に誰かいる?知り合いはそこそこいるけどさ……」

「えっと、じゃあ、雪乃さん、とか?」

 

 その名前が出た途端、物怖じしてしまう。バレー部のエースで、背も高くて、体もたくましくて、目つきも鋭いし、……走り込みして並んでるときに見てても、看病する姿なんて想像もできないんだけど。

 

「えっ、……白峰先輩って、大丈夫?怖くない?」

「え?あの人、ああ見えてけっこう優しいよ?」

「そ、そう?ならいいけど……」

 

 明梨さんのお姉さんも、バレー部って言ってたっけ。それで関わりがあるっていっても、優しい姿なんて想像できないや。

 

「大丈夫だから、……携帯取ってくれる?」

「いいけど……、操作できそう?」

「あー、それは大丈夫なはず」

「う、うん……じゃあ、はいこれ」

 

 受け取ると、一人で着替えもできなかったなんて信じられないくらいにさっくりと指が動く。やっぱり、わざとなんじゃない。わたしのこと惑わせて、何がしたかったの。訊く時間は、今はなさそうな。

 

「明梨ちゃん、先にご飯食べたほうがいいと思うよ?もう食堂閉まっちゃうし」

「え?……うわぁ、もうこんな時間じゃんっ」

 

 壁掛け時計に目をやると、もうそろそろ、食堂が閉まっちゃうような時間。洗濯もしてあげなきゃだし、お風呂の準備もしなきゃいけないし……、ああ、もう、それどころじゃないよ。

 明梨ちゃんの着替えてた服もレジ袋に突っ込んで、わたしの着替えとタオルは今は使いどころのないプールバックに詰め込んで、部屋を飛び出す。廊下に出ると、涼しい空気が肌に当たる。部屋の中が熱かったのって、換気してなかったからなのか、明梨ちゃんが熱かったせいなのか、……それとも、わたしが明梨ちゃんのせいで熱くなってたからなのか。

 息を切らせて食堂に駆け込むと、もう人はまばらになっている。それもそうか、今からご飯を食べる人なんて、わたしくらいだろうし。

 メニューなんて選んでる暇もなくて、目に飛んできたので食べれそうなものを買う。早く食べなきゃ、色々やることもいっぱいあるし、考える暇さえあればすぐ、明梨ちゃんの顔が頭をよぎってしまう、

 空いている席に座って、急いでご飯をかき込む。どうせ、今は味なんてわかりっこないんだ。何もかも、明梨ちゃんに乱されてしまったせいで。

 食器を返してから、お風呂に駆けこむ。……よく考えたら、なんでこんなに焦ってるんだろうな。洗濯機が使えなくなる時間までだって大分残ってるし、看病だって白峰先輩が部屋に来てるし、別に焦る必要なんてないだろうに。それでも、胸にはびこる焦燥は消せない。

 服を一気にひっぺがしてから、洗濯物を入れた袋に強引に押し込む、それなりに人の多い脱衣所を突っ切ろうとして。

 

「どうしたんだ尊、そんなに急かして」

「わ、みみ、宮出先輩!?」

 

 よりにもよって、部長に会ってしまうなんて。優しいけれど、サバサバしてて、痛いとこをすぐ突いてくるから苦手だ。

 

「どうしたんだよ、今日はずっとぼうっとしてさ」

「べ、別に、何でもないですよ」

「こらこら、そんな隠さなくてもいいだろ?」

 

 しかも、声質がいいのか、周りにもよく声が聞こえる。部活のときには助かるけど、こんな話しをしているときにはそれが憎らしい。わたしの中のもやもやも全部、筒抜けになっちゃうから。

 

「嫌ですよ、……いくら先輩にだって、言えないことくらいあるんです」

「そっか、……そういやあの時の有里紗も、似たようなこと言ってたなぁ」

 

 思い返すように目を瞑る先輩。長木屋先輩にも同じこと訊いてたのかな。優しいのか、干渉したがりなのか、わかんなくなってきちゃったや。

 

「先輩……、さすがにデリカシー無いって言われますよ?」

「そうかもしれないけどさ、心配なんだよ、……今の尊もあの時の有里紗も、魂がどっか行ったみたいな感じだったし」

「そ、そんなんですか?」

「まあね、特に去年の有里紗なんてひどかったなぁ、ずっと志乃のことで頭いっぱいでさ、普段の半分も力出せてなくてさ」

 

 志乃って確か、犬飼先輩のこと、だよね。長木屋先輩のルームメイト……だったよね。それって、長木屋先輩も、恋してたってこと、なのかな?

 

「わあー、由輝先輩何言ってるんすか!?」

「へぇー、そうだったんだぁ」

「な、なんだ、二人もいたのか」

 

 噂をすれば、じゃないけど、その二人がやってくる。もう寝間着ってことは、二人ともお風呂上がりなんだろうな。それに、ちゃっかり手が繋がって。……恋が叶うって、どういう感じなんだろう。それを訊くには、恥ずかしさのほうが勝るし、この場にとどまってたら、しばらく3人の話に聞き入ってしまいそうで。そもそも、相手がそんな関係になりたいって、思ってくれてるかもわからないのに。

 

「じゃ、じゃあ、わたしお風呂入ってきますから」

「そうだな、悪い、裸のまま引き留めて」

「いいですよ、……それじゃあ」

 

 浴場に入るなり、ふとため息が零れる。……わたしは、今の長木屋先輩みたいに、幸せになれるのかな。

 もやもやは、シャワーのお湯と一緒に流れてはくれない。


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