私には、嫌いなものが二つある。
一つはオバケ。特に真夜中にふわふわ浮いてるような、よく分からないのが一番怖い。………………実は一回だけホンモノっぽいのを見ちゃったことがあって、その後一週間ぐらいは夜に寮の廊下を出歩けなかった………………
二つ目は、お水。………………いや、飲むほうじゃなくて、入る方。特に顔が水で濡れるのがほんとに嫌で、そのせいでお風呂もざっと洗うだけ。………………なのに、
「なんで林間学校なんてあるのぉ………………?」
「ふっ、沙弥には地獄かもな」
横でアップをしていた夏芽ちゃんが他人事のように笑う。
「もう、夏芽ちゃんは薄情なんだからぁ」
「薄情ぅ? あたしがが?」
「薄情だよぉ。………………あーあ、夏芽ちゃんはいいなぁ。私よりちょこっと大きいし、それにすいすい泳げそうだし………………」
「ちょこっとって………………沙弥とそんなに変わんないはず、だろ………………」
夏芽ちゃんが自分の胸を押さえる。
「いや、身長のお話だから」
「あ、そっちか」
夏芽ちゃんが「んぅっ」と背伸びをする。
「………………こうやると、身長にいいんだって」
「あ、それ私もやろっと」
んー、と思いっきり背伸びをしてみる。………………む、むむ? ちょこっとだけ伸びたかも?
「どうよ、なんだか伸びた気がするだろ? 」
夏芽ちゃんは自慢げに胸を張………………ってるつもりなんだろうけど、腰の体操にしか見えなくて、
「お、背伸ばし? それなら背中合わせでやった方がいいんじゃないか?」
先にアップを終えていた有里紗先輩が、ひょこっと首を突っ込んでくる。
「背中合わせ………………こう、ですか?」
夏芽ちゃんと手の甲を合わせて指を絡めて、そのまま、よっ、と背負う。
「うわぁっ!? ちょっ、沙弥っ、いきなりはやめろって!?」
「んぅぅ………………夏芽ちゃん、おも」
「重くねぇよっ!?」
深く背負いすぎたせいで、足がぷるぷる震えて今にも夏芽ちゃんをおっことしそうになる。
「せ、せんぱっ、たすけてっ」
「あーもう、しょうがないなぁ………………」
有里紗先輩に引っ張ってもらって、なんとか夏芽ちゃんを下ろす。
「お、重かったぁ………………夏芽ちゃん、これさぁ………………逆にやってあげる人の身長に悪いんじゃない………………?」
「………………………………あ、確かに」
「なーんだ、やっぱり二人共身長のこと気にしてたのか。心配しなくたってそのうち伸びるから安心しなって」
「元からおっきい有里紗先輩に言われても………………」
「ん、そうか? でも夏芽は心配ないと思うぞ? あたしだって座右の銘は焼肉定食だーって宣言するぐらい肉好きだけどここまで伸びたし」
「じゃ、じゃあ私はどうなるんですかっ!?」
「んー………………………………沙弥はもうそのまんまでいいよ、マスコットに丁度いいから」
「それが嫌なんですよぉ………………」
「………………わかったよ、それなら伸ばしてやるから、向こう向いて?」
言われた通りにすると、手首を掴まれてそのまま背中に背負われる。
「よし今だ夏芽っ、くすぐってやれっ」
「ええっ!?」
「沙弥ごめんな、有里紗先輩の命令だから」
「なんか嬉しそうなんだけどっ!? う、うひゃっ、そこはくすぐったいっ」
「いいぞもっとやれーっ、沙弥のことほぐしてやれー」
「あ、有里紗先輩っ、下ろしてぇ………………」
じたばたともがくけれど、有里紗先輩は一向に下ろしてくれない。
「夏芽ー、今度は足引っ張ってやれ」
「ええー、じたばたしてるから無理ですよー」
「ちぇっ、ならいいか」
そう言うと、すとんと私のことを地面に下ろす。
「もうっ!! 何するんですか先輩っ!?」
「ごめんごめん。でも、少し身体がほぐれた気がしない? 」
「………………あ、ほんとだ………………」
それに、身長がちょこっと伸びたような気もする。
「だろ? 大体夏芽も沙弥も力入りすぎなんだよ、もっと自然な身体の使い方しないとケガするよ?」
「………………わかりました………………」
力が入りすぎ、か。確かに私はみんなよりもちっちゃい分頑張らないとって、空回りしてるとこもあるかもしれないなぁ………………
「………………沙弥? 」
「………………あぁっ、ごめん………………なぁに、夏芽ちゃん?」
「いや、ボーッとしてたから………………それより、バレー部の人がグラウンド使いに来たから、いっそ合同練習にするってさ」
「う、うん………………分かった」
「あ゛ー、づかれたー」
夏芽ちゃんと二人して、部屋のベッドにぐでーっと転がる。
「………………由輝先輩はバレー部のおっきな人と追いかけっこし始めるし、志乃先輩は向こうの部長さんのことじーっと見てて有里紗先輩が拗ねるし………………」
「こっちはこっちでクラスメイトに鼻で笑われたし………………瀬良のやつ明日覚えとけよ………………」
ぐでーっとしたまま夏芽ちゃんが吠える。
「どうする? お風呂行く?」
「んー………………まだいい………………」
「そっか……………」
夏芽ちゃんの答えにちょこっと不満を覚えつつ、私はりんりん学校のプリントを眺める。
(海………………水がたくさん………………お、泳ぎのテストとかはないよね? )
「………………なーに沙弥、まだ悩んでんの? そんなに嫌なら行かなくてもいいのに。どうせ自由参加なんだし」
「んー、でも、どうせなら言ってみたいかなーって感じ………………泳ぎたくないけど」
「いやどっちだよ………………」
ふうっと一つ息を吐いて、
「………………行かないって言い張ってるやつは周りにいないのか?」
「んー………………茉莉花、っても分からないか。獅子倉さんは猛反対してたと思ったよ」
「ほー、あのチャラいあいつか。………………あいつがなぁ………………」
「え、知ってるの? 」
「時々うちのクラスに来ては汐音にこてんぱんにされてっからな………………」
「………………?」
なんだかよく分かんないけど、大変そう………………
「………………さて、とっ。沙弥、そろそろ風呂行こっか。なんだか腹減ってきたけど、この時間だと食堂混んでそうだし………………」
「あ、待って、お風呂の用意するからっ」
もやもやを抱っこしたままお風呂の準備をする。………………水が怖い私にとっては、お風呂もけっこう勇気が要るんだけど………………少なくともプールよりはマシだからってガマンしてる。
「沙弥、早くしろよっ」
「あ、待ってよぉっ」
お風呂セットを抱っこして、慌てて夏芽ちゃんのあとを追いかけた。