桜が芽吹く縹の空に   作:楠富 つかさ

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#1

 ―私立星花女子学園―

 

 その学園は、首都圏からは程遠い一地方に存在しながらも、中高一貫の女学園として、その名を広く知られている。

 創立されて約70年という、古くからの名高き名門……とまでは言い切れないものの、その教育方針や理念、学生や教師陣達の質、そして通う生徒たちの人気は数多の著名な学校のそれに引けを取らない。

 文武両道、学問するのが学生の努め、部活動は全国進出が当たり前、語学は二ヶ国語が最低条件――――……などといった、評価や数字を是とする方針は敢えて設けず、生徒や教師の自主性に任せた運営を行い続けている。その、悪く言えば奔放過ぎる校風故か、または何代目かの経営が不味かったか、或いはバブル崩壊の影響か、やはり少子化の影響か、はたまたそれらが複合的に噛み合ってしまったからか、一時期は名門にあるまじき赤字経営に転落し真っ赤な路線をひた走り。学園存続すらも危ぶまれた時期もあったのだった。

 しかしそれも今や昔。むしろそれすら程よい笑い話となっている。自らが通う学園の経済の、それも経営陣にとっては思い出したくないような話までも、一部の生徒たちや教師たちはネタの一つにしてしまう。何なら教師陣は経営学で何が不味かったかを教えたりもしてくる。後ろよりも今と先。転んでもただでは起きない。そんな自由な校風に加え根性気質旺盛な教師陣もまた、根強い人気の一つなのだろう。

 その校風の中でも、【純粋な心と大胆な行動】という校訓は、未知なる世界で青春時代を送ることになるうら若き乙女達、責任のある教師陣を強く大きく後押ししてくれるバックボーンにもなっている。小学時代から大きく変わる環境に戸惑う少女達を、それでいい、そのままでありのままで良いと受け止める。十代という、各々の人生形成に大きく関わる時間の半分以上を指揮する教師達。その行動の本質を最初に認めるこの校訓。この寛容さを入学最初に訓示されることで、多くの生徒達や教師たちは心の何処かで、頭の片隅で、この学園ならもしかしてわたしでも、と、新たな自分に、あるいは今までの自分のままでも暫くは……と、思わせてくれるのだ。

 

 ……尤も、その後押しの影響か、色々な方向に大胆すぎる生徒も教師も事務員も増えているのは、幸か不幸か定かではないが。

 スカートの裾をギリギリまで上げてみたりぱんつを見せてきたりむしろノーパンで登校してみたり、先の赤字時代を祝って定期的に赤ペンだけでノートを取らせる赤字祭りだのを開くバカ教師も居る。そしてこれらの行動はまだ序の口である。最初の入り口からして何故か既に濃ゆいが、それも校訓のせいである。たぶん。

 

 初代理事長や学長はそんな光景を見て天の上で泣いているかもしれないし笑っているかもしれない。指差してわたし達もこうだったねぇなどと駄弁ってるかもしれない。昨日も今日も明日も明後日も、この学園ではそんな日々が続くのだ。そして多少形を変えようとも、それらはあくまで時代の移り変わりで、住まう少女たちを彩り棲まう少女たちが彩る姿そのものでしかなく。自由で純粋で大胆な彼女たちを、根本から否定するような変化ではない。

 この学園ではきっと今日もどこかでうら若き大飯食らいの乙女が大量に飯を平らげ、うら若きうっかり者はやっぱり周りを巻き込んで盛大にすっ転ぶ。あっちのうら若き乙女は教師とイチャつき、こっちのうら若き乙女は事務員おねえさんと仲良しで。吹奏楽に声楽に、ソフトボールに精をだし汗水たらし青春を謳歌する者もいれば、図書館に通いフィールドワークに余念なく、生徒会室に閉じこもり勉学を活動を研究を続ける理知的青春を楽しむ者もいる。絵画、服飾そして庭造りや薄い本づくりに命をかける乙女達もまた、目の下にクマを作って幽鬼の様にフラフラと周囲を彷徨きながらも、そのゾンビ姿はどこかキラキラと輝いている。そして、未だ自らを解放できない、後ろを眺めて下を向き、囚われたままの生徒も、やはりまた存在する。

 

 純粋な心と大胆な行動

 大胆ならばよいか

 純粋ならばよいか

 否。誰も彼も良いなどと決めていない。何かを良いと決めるのは、あくまで個人個人である。

 校訓は校訓。校風は校風。理念は理念。それらは時に優しく時に厳しく、少女たちを、教師たちを、あるいは学園長や理事長を支えて叱ってくれるのだ。

 

 色即是空。諸行無常。何事も永遠ではない。永遠ではないからこそ新たな事象が始まり既存の事象が終わりを告げる。自分を始めるのも、終わらせるのも、つまる所個々である――――

 

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 星花女学園の茶道部に所属する城咲(じょうさき)紅葉(くれは)(みなもと)沙姫(さき)は、部室がある離れ屋敷の近くの庭園で一人の女生徒の姿を視認する。よくある光景だと普段ならば気にも留めなかったが、紅葉は何か様子がおかしいと、直感で感じ取る。そうしてついっと近くの沙姫を見やれば、彼女は頭をぽんぽんと優しく叩き撫でてきて、そっとしておきましょうと促され、そうして自然と連れられる。紅葉は眉を寄せ、それらの言動全てに少しづつ引っかかったが、沙姫の先見の明と冷静冷徹さは間近で体験し続けており、よく知っていたため、そういうことならばとそのまま後を追う事に。

 

「良いのですか?」

「良い良い~」

「でも、あそこの土って……」

「そこは自己責任の範疇よ」

 

 園芸部を敵に回して良いことなど一つもない。それを二人は解っていた。件の女生徒は、何やら土を堀り返しているようだった。だからこそ紅葉は気に留め、だからこそ(・・・・・)沙姫は気に留めない。

 離れ屋敷近くの庭園は、丁度生徒同士があんなコトやこんなコトやそんなコトをする時やされる時によく使われる人気のスポットの一つである。所謂体育館裏だとなんか殴られそうとかでロマン味が薄く、校舎の屋上だといちいち鍵を借りなければいけないため教師陣に色々モロバレする。校舎から離れるとだだっ広い光景が続くため校舎から丸見えであり知られるのは教師陣どころではない。尤もそういうシチュを狙った大胆告白が好きな生徒は、むしろそちらを選ぶのだが。背水の陣効果は侮りがたし、である。

 

「ですがあの娘中等部ですし」

「情けは人の為ならず。過剰は厳禁だよ」

 

 さて置き、そんなわけで校舎から手近且つ、食堂からも教室からも職員室からも離れていて、和風文化系の部活に入っていなければ人気も少なめな庭園は、図書室や空き部屋と並んでその手の密会、二人きり向きの隠れた人気スポットの一つとなっていた。

 そのスポットで生徒が一人でいるとなれば、通常は相手待ちの状態にあたる。園芸部員が手入れをほとんどしない、自然を上手く残している形の庭園なため、人気スポットでありながら人が基本来ないのだ。待ち相手が誰かはわからないが、待つ相手がいるコト自体が幸せだ、という事を二人共認識しており、また共通もしていた。

 にも拘らず紅葉が引っかかったのは、待ってる相手がなんで好き好んで手を汚す土いじりなどをしに来るのだという事で。土でお互いを汚す謎プレイとかいきなりしだすとも思えない。園芸部員であれば解らなくもないが、これまでその部員として見たこともなければそも園芸部らしいとはとても思えない体躯の持ち主。早々に園芸部員説と待ち人待機中説が脱落した以上、それらとは別の、何か目的があって来たものだと推測したのである。

 ……今まで見たことない中等部の長身生徒が一人で、人気のない庭園の地面を園芸造園以外の何かの用事で掘り返す――字面に起こせばその用事とは犯罪くらいしか思いつかない。星花中等部の制服を着ていなければ、最悪血なまぐさい予想すら射程内に入ってくる。こんなもん紅葉ならずとも引っかかるに決まっている。

 しかし先輩であるお姉さま、源沙姫は気に留めない。面白いもの好きな彼女がそれを含めた一切合切に構わず追わず、すたすたと部室に直行するのだった。

 

(……)

 

 茶道部だけ三学年だけ、いや、これまでの星花生徒合わせてもあらゆる面でトップクラスに位置するであろう源沙姫がそうするのだから、そうするのが筋なのだろう。筋を通す彼女が、少なくとも現時点では構わないでいるコトを選んだのだから。

 

「洗礼はどんな形であれ必要」

「……」

 

 問われずとも問わずとも、そう呟いた彼女は、とても、とてつもなく綺麗で。ゾクッと、背後に冷たいものを感じるほどに、冷徹。自身もその感情があるだけに思わず軽く頷き、源沙姫の後に続く。構うなら切り捨てる、と言われたわけではなかったが、行為には責任を、という意味が籠もっていたように感じた。しゃなり、しゃなりと揺れる彼女のトレードマークのポニーテールは、何時もの如く陽気に跳ねている。何時も通りに。そう、何時も通り。纏う空気は変われども、その姿は変わらない。変わらないのに圧力がかかる。圧倒する。普段はおちゃらけていて盛り上げて、黒ぱんつだ紫ブラジャーだここは絶対領域死守戦線!! などとよくわからない事まで自らほざいたりしてしばかれたりもされている、楽しいことが大好きな先輩が、だ。

 

(……)

 

 ……貴女が同年代だったならばその洗礼は、と返そうとして、やめた。源沙姫は源沙姫でわたしはわたし。高等部で茶道部だ。じゃああの娘は? 中等部で他学年で部活も異なる。なれば手を出す段階じゃない。首を突っ込む案件でもない。だからといって、迷っていれば手助けは出来るだろう。迷っていれば、だ。だからこそ、今ではない。野次馬根性で突っ込むなど愚かこの上ない。その判断を、わたしへの誘いと促し含めて瞬時にやってのけるからこそ、この先輩の底が知れない。見知って四年以上も経つというのに未だに分からない事が多い、奇才の才人。

 

「どんな道を歩みますかね」

「あの娘次第よ……ね」

 

 源沙姫と城咲紅葉、二人は茶道の部室にするりと溶け込み消えていき、他の部員たちを交え、彼女たちの生活は今日もまた平穏に始まるのである。

 

 

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「めろんぱんがひとつ……めろんぱんがふたつ……」

 

 星花学園高等部二学年二組、所謂(いわゆる)清楚系と言われている紙居(かみい)(はなだ)が机の上でにらめっこしている。普段はマイペースで読書を嗜み、理知的な雰囲気を醸し出す物静かな彼女だが、今日は本ではなくパンを目の前にして唸っている。オレンジ色の、香ばしい美味しそうなメロンパンの匂いが充満する放課後の教室。清楚系お嬢様も時々突飛な行動を取るのである。というのも本日は購買で数量限定の夕張メロンパンが販売される日だった。年頃の娘よろしくメロンパン大好きっ子な縹もやはり購買戦線に突入、そして今日の戦果がはかばかしくなかったのが至極残念だったのだ。僅か五つしか買えなかった。

 

「うう、五個で打ち止めなんて」

 

 否。僅かではなく上限一杯買えたのだ。しかし彼女はそんな情報を持っていなかったためこんなにやさぐれている。こんな時は五つも買えた! と前向きに考えたいところであり、上限がそもそも五個なのだからこれが精一杯の戦果で最高の数。それは判っているし、何回数えても五個しかない。数えた所で増えもしないし当たり前である。近眼のその目を更に細めたり、トレードマークの一つであるメガネを外してみたり、何か挙動不審に陥りつつある。本人としては余程ショックだったのだろう。食べ物の恨みとは恐ろしいのである。まだ一つも食べていないのに恨まれる筋合いはメロンパン側に一切ないのだが。

 

「さっきから何してるっす?」

「有里紗ちゃん」

 

 不意に声を掛けられ、ピクリと反応すると、隣にクラスメイトの長木屋(ながきや)有里紗(ありさ)がいた。快活な少女で力強いその声に、疲れ知らずの体力おばけ。ちらっと聞いた話では、陸上部でトップクラスの成績を収めたのだとか。しかし縹自身は、歌って踊れるお姫様とも称されている、彼女の歌う姿も好きだった。可愛い系の自身の声質とは違う、力強さを兼ね備える、美しくも制圧するようなその音。キラキラ眩しい存在な彼女は見ていて元気になるもので。知らずと私の声も上ずっていく。

 

「今日の限定品っすか」

「うん。でも、一人頭の個数決められちゃってて」

 

 だからね、これだけしかないの、と言って手を添え机を見せれば、そりゃそうっすよー、とほわほわ笑顔で返してくれた。それはそうだ。幾らでも買えたら限定でも何でもなくなってしまう。頭では判っていても、事前に個数上限は把握しておくべきだった。前回は十個だったため今回も十個は最低確保などと思いこんでいて完全に油断した。よくよく考え直せば当然で、パンの種類に職人のその日の出来なども含めれば変わるのがむしろ当たり前だ。落ち度は自身にこそあれ、誰も悪くないのであり、自身でも解っていた通り、気の持ちようなのである。

 

「……ふ、ふわふわかりかりで美味しいから、もっと欲しかったの」

「あー、甘い物は別腹っすもんね。特に本のお供に合うんじゃないっすか?」

「そう。そうなんだよね~……」

 

 はぁっと小さなため息一つをお供にへにゃんと縹が格好を崩し、縹も有里紗も周囲もほっとからりと一息つく。物静かで大人しい彼女が感情を顕にするのはそうない事。その一つが甘い菓子パンという事はほっこりするお話だった。縹自身も、驚くほどメロンパンに執着していたのだなと独りごちる。机にパンを並べて一体何がしたかったのか。

 

「……流石に増えないっすよ?」

「う……わ、わかってるっ」

 

 まだ後ろ髪引かれそうになるのを追撃され、ひょいひょいと慌ててカバンに詰めて、そそくさと退出する。ふう。なんだか今更ながらに子供っぽい姿を見せて恥ずかしさがこみ上げてきた。うう、今日は大人しく図書館に籠もって読みかけの本でも読みふけよう。メロンパン女とか名付けられてもいやだなぁ……メロンどころかレモン程度だし。何がとは言わないけど。呟いてたまるもんか。いいもんいいもん。レモン一個にはレモン四個分のレモンがあるんだもん。あるのはレモンであって胸はないという冷静な脳内のツッコミは聞かなかったことにした。

 

「あ、でももしかしたらそれでメロンパンもらえたりするかも……」

 

 少しだけメロンパンが好きで緑茶が好きなだけの普通の高校生。現実には起こりえないような突飛な体験などは、私自身には起こりようもなかった。なのでそんな下らない考えをぽわんぽわんと浮かせて、呟いたりもしてみるのだ。

 

「っと、その前に今日は茶道部さんとこ寄ってからにしよっと」

 

 緑茶好きな点を買われて時折茶道部からは誘われたりもしたのだが、図書委員所属では部活に力を入れる事が出来ないので辞退している。しかし誘われても辞退しっぱなしというのは何なので、こうして時折遊びに行く。こんな時は真面目気質が働くが、嫌とも苦とも思わないし、実際有意義な時間を過ごせるので、今となってはお誘いに感謝もしていた。

 

「ふざけてるけど、真面目な部活……? だよね……」

 

 時折魔法少女のコスプレだったり魔女の姿だったりナース姿だったり、凡そ茶道不向きで真面目から程遠い姿で出迎えてくれるのだが、その内容は至って真面目。幾らでも休んでいいし幾らでも訪ねていいけれど、一度部室に入ったら全部しっかり熟すこと。それが茶道部の方針だ。……それがためかどんなに変な格好でもそれで押し通すという謎の精神修行ルールが生まれている。羞恥地獄な服装だろうとそのまま茶道をやる。これでよく不満が起きないなぁと不思議に思っていたけれど、隣のクラスの茶道部員、(いずみ)美晴(みはる)によれば、むしろ楽しいからみんなもっと増やして欲しいとの事だそうで、苦笑い気味に話してくれたっけ。そしてその活動自体が真面目だからこそ、この私も誘われたのだろうなと思い返す。

 

「……うん。お茶を頂いてから、図書館に行きましょうか」

 

 放課後は図書館へ直行するか、茶道部経由で向かうか、そのまま帰宅するか、茶道部経由で帰宅するか、大体の行動パターンはこの四つだ。家も徒歩圏内なので遅くまで図書館に籠もれたり、茶道部で、ひいてはそこに連なる日本文化系ののんびりした部活の空気にあてられてから帰宅するのも楽しい。あの空間はのんびりしていて好きだ。特にそれらの部室がまとまって存在している離れ屋敷に通じる庭園は自然あふれるちょっとした日本庭園と林の空間になっており、一休みなんかにもってこいの場所でもある。

 

「メロンパン一個差し入れして、何かと交換してもらおっと♪」

 

 既に縹の頭の中は、好きなものA(メロンパン)から好きなものB(緑茶)に変わっていた。このBには甘味と淹れたてのお茶と畳のお部屋、窓から眺められ縁側からは入ることも出来る静かな庭園に、気のおけない茶道部員たちがついてくるセットメニューになっている。内気で話術が得意でない自分でも、マイペースで落ち着ける、あの畳の空間場所を思い、縹の歩みは少し楽しそうに、離れ屋敷の方に向かうのだった。

 

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「うん、やはりこの野草はさっぱりしていて大変良い。こっからだと街の野草は遠すぎて授業間に合わないからな」

 

 件の女子中学生、星花女学園中等部二学年の(たちばな)桜芽(おうが)は、人気のない庭園で歓喜していた。この野草は食べられる草というやつで、しっかり洗って干したものをそのまま食べるか天ぷらにすることで非常に美味しく食べられるのだ。草むしりという名目なら問題どころか感謝もされて良いことづく目。うんうん、良いことをすると気持ちいいな!! などと豪快に笑うその姿は、およそ中等部には見えない、たくましい姿を誇っていた。

 そも、元より西洋風味あふれるおしとやかな女学園に通うような性格でも気質でもない。未だ若くて世間知らずだったため、小学の延長、住んでいる屋敷の延長程度に中学高校を考えていたツケは重かった。自身の常識が非常識だという実感はあったが、ここまで生食や生活をダメ出しされては大っぴらに行動に移るわけにもいかない。桜芽はバカだが根は優しいので、人に迷惑だと気づけば態度は改めるのである。そこはちゃんとしっかりお嬢様である。しかしちゃんとしっかりお嬢さましてない箇所が多すぎるため相殺しきれていないのが現状であり、色々ともどかしい日々を送っているのも事実だったりする。

 

「うー、やっぱり肉たべたいな」

 

 放課後、部活がない時は鍛錬しに外へ向かうので、お外で懇意にしている焼肉屋とか肉屋からとか、そのあたりは融通が効くので良いが、学園内で全ての時間を使って門限が終わってしまっては買い出しや肉の受け取りが出来ない。ただでさえ十四歳の少女が夜出歩いては問題になる。その上目的が厳禁とされている生肉食べ歩きで事を荒立てては即座に学園から追い出されるだろう。まぁ確かにその通りだ。裸で歩いて良いなどというルールは国内にはないのだし。それと同じで加熱調理して食事を出さないといけないルールが国にはある。ユッケ事件も馬肉事件も度々あった。出した側が悪くなくても料理人が追い出されてしまう。最悪刑事責任で懲役であり殺人未遂罪だ。その責任を私が負えるかと言えばそんな事できっこない。なのでしょうがないのだ。学食で生食を強要して料理人に衛生法安全法を破らせました、てへっ♪♪ で済む話ではないのである。そもそも法律もよくわからない十三歳当時の桜芽には、自身の何が駄目なのかを理解するにはかなり重い話だった。とは言え身体を鍛える事ばかり考えていたツケがここ一年二年でどっしりと山積みになったのも事実。現在中等部二学年に無事進級出来た橘桜芽十四歳、逃げるわけにはいかないのである。

 とは言え事情はどうあれ桜芽的には、学園内で大好きな肉がしっかり加熱された状態でしか食べられないのもまた死活問題。本来問題があるのは、自分が生を食べることで周囲にどういう悪影響を及ぼすのか知らない桜芽と、そんなあんまりな育て方を容認してしまったお屋敷連中と小学校なのだが、桜芽自身が近いからここ(星花)に入学したという事実がある以上これもどうしようもないのである。自分で選んだ道なので、生食出来ないから学園変えたいなどというあんまりな我儘までは桜芽は起こさない。バカだけどやっぱり根っこは優しいのである。素直でいい子で優しいのに、壊滅的なところがお嬢様といったレベルではなく人間を疑うくらい壊滅的に駄目なお嬢様。それが、橘桜芽という少女だった。常識は駄目でも柔道の腕は体躯の良さも手伝い中等部でも既に敵なし状態で高等部と対等に渡り合えるほど。やっぱりこっちもある意味非常識だった。あまりにどっちにも極端である。当人は気づいてはいないが、ある意味では自由で大胆な校風の星花以外受け入れ先がないような娘でもあった。

 閑話休題、一学年の早い段階から生肉食を禁止されたため、肉が駄目なら生魚と目をつける。何故か生から離れる選択肢は存在していなかったものの、桜芽は切り替えが早いのだ。勝負は一分一秒、コンマセコンド以下で決まる。うだうだとこの先六年間食べられない生肉に括っていては埒が明かない。勝負は明快に一本以外価値なし!! というわけで、毎日毎日学食で刺し身ばかり食べていたら、部活でとうとうあんた生臭いから乱取りやだ!! ちゃんと身体洗えとこっぴどく怒られたのだった。なんだようしょうがないじゃん。好きなものは好きなんだし嫌いなものは嫌いなんだから!! しかしそう返せば、そんな我儘は常識範囲内でだこの馬鹿野郎!! と巴投げでぶん投げられる。全くじゃじゃ馬を部員に持つと苦労するなぁと桜芽自身は思っているが、それもこれまで培われてしまった、自分が食べるだけだから迷惑かけてないしいいじゃないかという、桜芽の身勝手さが招いたことなので、仕方なく今日も明日も明後日も、生食はお預けの日々を送ることになる。今日もお豆腐明日も煮豆明後日も卵焼きと目玉焼きと炒り卵。なんてことだ。肉の血の味が足りない。豆は畑の肉とか言われているがあれはただの豆でありヤサイであり植物である。偽物の肉である。謎肉ならぬ偽肉祭りなんぞ食べ飽きた。いいから肉をよこせ肉祭りだ肉はまだか生肉を持てー!! 十三歳当時の橘桜芽は憤慨していた。憤慨したいのは勝手に肉扱いされた上に偽物呼ばわりされた豆の方ではあるが。生肉。生食べたい。生だ。生を食わせろ生が良いんだ私は生を求めるんだなどと呟いても、女の子を生で食べたいとかエロい痴女めとか野獣オーガなどと勝手に痴女い勘違いでからかわれたりするので、幸い生肉とか生魚とか思われないのは桜芽の、バレたら即退学という危険な立場的には好都合だった。憤慨している桜芽本人としては生肉を全然味わえず湯で肉や揚げ肉や炒め肉といった加熱調理済みの偽肉ばかりを食べるしかない悲しみを誰かと共有したかったが、それらを食べて悲しくなる生徒は誰もいない上に偽物ではなく本物の肉なのでそもそも分かるはずもなかった。一人で生肉ゲットのチャンスを伺っていた十三歳お嬢様JCに、世界はかくも冷たく悲しみに満ちていたのである――――もうだめだ……もはやこの学園内で生を手に入れるのは不可能だろう……生肉を食べるためには学園内で牛や豚を飼うしかない……そして、それを実行に移さないくらいまでは桜芽にも常識はあった。流石に自分の屋敷内ですらしたことないのに学園でそんな事をすれば即座に叩き出される自覚くらいはあったのである。もはやこうなれば外部調達するしかない。そして思い立ったが吉なのが桜芽なので、昨年秋には早々に外交任務を遂行し、牛の商人と直に接触、取引を完了して新鮮な生肉を定期的に最寄りのコンビニに送って貰うことに成功したのである。生肉ゲットだぜ。しかし自分の部屋に直に送って貰うと用途が速攻でバレて問い詰められてあっさりバラされ退学させられてしまう。そう、いざツテを手に入れても油断しないのがお嬢様としての努めである。……牛の生肉を食べる以外で用途があればそれはそれで危険人物だろうから恐らく退学になるのだが。そして個人の趣向で拘れば、桜芽としては豚の商人の方が良かったが豚の商人と生の取引、という字面の響きが何故かいやらしく感じたので、やめた。こんな単語検索でもしたらどうせいやらしい画像が一杯出てくるに違いない。同級生(腐)から貰った、いんたーねっとちしきってやつで既に愛した豚の価値観が歪んでいた。豚に対する熱い風評被害である。愛する豚肉を自身の中で勝手に上げたり下げたりする忙しい桜芽は、そんな一年生時代を思い出していた。ちなみに学園のパソコンで実際に豚の商人と検索したところ、その手のえっちな画像は一個も出てこないどころか美味しそうなとんこつラーメンの画像がこれでもかと大量に出てきたためエロ画像テロではなく飯テロ犯人として濡れ衣が着せられることとなった。当然ながら生肉マニアな桜芽にはこの魅惑的な小麦製品でも響きにくかったが、お昼に豚骨ほかほかチャーシュー大盛りラーメン画像とか、ころすきか! とか一部の生徒から怒られたりもした。まったく世界は理不尽だな!! 桜芽はそんな事を思い出して静かな庭園で一人雑草を握りしめて憤慨していた。憤慨したいのは肉どころかたんぱく質に全く関係ない雑草の方ではあるのだが。このお嬢様はあっちもこっちも色々極端なのだった。

 

「牛の肉もやっぱり加熱しないとだし……ううんどうにかして生で食べられないものか……」

 

 さて、今日も今日とて頭の中は次回の山ごもり修行日程と肉で埋まっている。野草が学園内で、しかも教室から歩いて五分の距離にあるのには狂喜乱舞したが、庭園での雑草量などたかが知れている。そうなると人間欲深いもので、サラダ(雑草)も肉ももっと食べたいという事になる。サラダは山ごもりすれば食べられるしなんとでもなるが、牛刺しがあるから生で大丈夫だと思ったが……そこもツメが甘かった。豚だろうと鳥だろうと牛だろうと、肉は加熱しろというお達しである。鳥インフルやら狂牛病やら豚インフルやらでそれは常識ではあるのだが、桜芽的にはやっぱり手厳しいのである。大胆な行動と純粋な心を全面に押し出して純粋に大胆に生肉を食べたら、一学年時代を真似ることになる。学園内で他生徒に食中毒を起こされたらその全責任負えるはずもないのは流石に桜芽も一年生時代で学習してきたので、豚でも鳥でもない牛ならセーフだとか生姜とわさびに漬け込めばセーフだとかくんせいだからセーフだとか理由をつけて強行突破はしなかった。しかし、いざ生肉が定期的に手に入りサラダも比較的近場にあることが判明すると、どうにも諦めきれない女であるのも事実。そんなトコは年頃に純粋乙女なのだった。うんうんとああでもないこうでもないと、にく、にく、血の味、なまにくがたべたいなどと唸りながら、食べられる雑草をぶちぶち採取し続ける大柄な制服少女姿。なかなか狂気に満ちていた。写真部が通りかかったならば被写体にすること間違いなしである。しかし今日の写真部エースは恋人とイチャつくのに忙しかった。桜芽さんギリギリセーフである。

 そもそも、流石の自由な校風の星花女子学園でも、基本他の学園よりも厳しいお嬢様学園なのである。生肉食べる習慣を身につけよう! などといった、炎の発明を全力で捨て去る文明消滅修行などを蝶よ花よと育てられた大事な人様のお嬢様に、よりにもよって大事な大事な青春時代真っ盛りに行うはずもない。アラスカやシベリアでは生肉を食べる習慣は未だに僅かにあるにはあるが、ここは残念(?)ながら暖かめな日本であり、例え北海道最北端でもそんな教育枠を設ける必要自体はなかったのだ。文明あふれる星花学園にこのまま通えば、こんな愉快な桜芽も少しづつ文明人として生きてくれるだろう。

 

「あ、今日は生卵飲みたい気分」

 

 文明人に進化するのはもう少し時間がかかりそうである。

 

「牛乳入れてコーラ入れて、お砂糖で味付けしたいな」

 

 と同時に、甘いもの好きな、やっぱりちゃんとした年頃の乙女でもあった。




どうも、第一回以来のリレー小説を書かせて頂きました、坂津眞矢子です。はじめましての方ははじめましてです。読んで下さりありがとうございました!
 さて、一発目ということで、舞台となる星花学園についての全史と現在の簡単な紹介と、そこに通う他の生徒の一例に学園内部の少しの描写、加えて主軸二人の簡単な現在環境とご紹介。これらをまとめて出来る限り文量を減らして書いてみました。四分割ですので丁度三千文字づつ程度の読みやすい文章としてあります。桜芽さん編が濃ゆい気がしますが気のせいです()
 ではでは、スタートは大事ということで割と元気よく書けたかと思いますので、ここらで第二の方にバトンタッチです!
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