桜が芽吹く縹の空に   作:楠富 つかさ

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茶道部が活動している離れ屋敷の周りには、多種多様な木々が植えられている。お屋敷にある日本庭園と比べても、遜色ない庭である。梅、赤松、櫟、榊......ぱっと見で私が分かるのはそのくらいだけど。紅葉なんかも植えてあって、秋になると色鮮やかになる。

 そんな庭園の飛石通りに進めば、ふわりと茶の湯の香り。その香りにつられるようにして、趣のある部室の戸を引いた。

 

「またメイド服ですか......」

 

「メイド服いいじゃん。可愛いし似合ってるよ」

 

「メイド服は飽きました」

 

「ほほう......プレイ的な意味で?」

 

「はったおしますよ?」

 

「きゃ〜めぐこわ〜い......えいっ」

 

「なに自然にめくろうとしてるんですか!」

 

 戸を引いて靴を脱ぎ、綺麗に揃えていると、いつもの茶道部らしい楽しげなやり取りが、一番手前の障子の向こう側から聞こえてきた。奥の方ではお点前の指導をしているらしく、「お棗を取って」とか「水の時は引き柄杓よ」といった声がする。

 

「お邪魔します」

 

 そっと両手で障子を開けてみると、メイド服を身につけ、座布団の上ですっと背筋を伸ばして正座している二人がいた。

 

「へい、らっしゃい!」

「いらっしゃい、紙居さん」

 

 そう言いながら源先輩は振り返って微笑み、扇子をぱちんと閉じた。メイド服と扇子の組み合わせってインパクト強いなぁ、似合ってるけど......

 四方田先輩がさっと座布団を敷き、ぽんぽんと叩く。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 畳でも良いんだけれど、先輩方は座布団に座っているので、ご厚意に甘えて座らせてもらう。四方田先輩みたいに自然に気を配れるのってかっこいいし、憧れるなぁ。  和風お嬢様然とした容姿に加えて、真面目かつ明るくてノリも良い。人に好かれる要素をいっぱい持っている。きっと初対面の人でも障りなく接する事が出来るんだろうなぁ。

 

 そんなことを思いながら、深呼吸して、空いた障子から見える立派な庭園を眺めたり、漂ってくるお茶の香りを楽しんだりして、この癒し空間を満喫する。人と壁を作ってしまう私でも、程よい距離感を持って接してくれる。やっぱり茶道部の茶室はとても居心地がいい。

 

「そういえば、えと、メロンパンのお裾分けです」

 

 上限一杯に買った数量限定のメロンパンをずいっと差し出す。日々のお礼をちょっぴり込めて。

 

「おー、ありがとうございます。これ限定のメロンパンですか。美味しいそうですね」

 

 あとでいただきますと言ってから、四方田先輩は近くのお盆の上に置いた。

 

「じゃあ、あたしらも始めましょうか」

 

 源先輩がすっくと立ち上がり、お茶菓子と茶器をお盆に乗せて運んできた。濃い茶色のポニーテールが靡いてふわりと芳醇な香りが広がる。

 なんだろ......コーヒーみたいな香りがする......

 

「はい、どうぞ」

 

 右左右。作法と感じさせないくらいに流れる動作で菓子器を置く源先輩。その白魚のような手が優雅に滑る。

 お皿には三切れの羊羹が乗っていた。小倉と、少し黒っぽいのが黒砂糖、緑は抹茶入りだろうか。

 一口食べてみると、ずっしりと餡子の旨み。美味しさで飛んでいってしまいそう。小豆本来の甘さを生かして練り固められた羊羹は、この後点てる抹茶のまろやかな苦味との相性が良いに違いない。

  

 ゆっくりと時間をかけて食べ終わると、先輩方はお茶を点てる準備を始めていた。

 私にも茶器と茶筅が渡ったところで、お茶を淹れ始める。場の雰囲気が変わって、静寂に包まれる。わいわいきゃいきゃい遊んでいても、やる時はとことんしっかりやるのが茶道部だ。メイド服だけど。

 

 少し熱いぐらいに温めた茶器に、茶杓で一、二杯。少しだけ冷ましたお湯を、柄杓で注ぐ。この時少しだけお湯を柄杓に残しておくのが作法らしい。

 いよいよ茶筅をもってお茶を点てる。

初めはダマにならないように、茶筅でお椀の底を軽くこするイメージ。泡が出てきたら茶筅の先を浮かして、泡を細かくするように縦に動かす。仕上げは、のを書くようにに回すだけ。そうすれば誰でも薄茶を美味しく点てることが出来る。

 

 ちらりと先輩方を見てみると、点てる時の姿勢や所作が綺麗で無駄がない。シャワシャワという小気味いい音がリズミカルに聞こえていたので、きっと泡はきめ細かくて、とてもまろやかな抹茶に仕上がっているだろう。

 

 私もいつもより気持ち長めに泡を細かくしていくと、かなり良い感じに点てることができた。三つの茶碗から、ホッとする香りが湯気と一緒に立ちのぼる。

 右手で茶碗を持って、左手に乗せ、キュッキュッと左に回す。場にいる全員が同じ動作をして飲み始めた。美しくみせるための作法なのだなぁと、視界の隅で先輩方の動きを見て思う。三回で飲み干せる量しかないけれど、場の雰囲気やお茶そのものの美味さも合わさって、十二分に満足できるものだった。鼻歌を歌いながら、庭園を見ながら抹茶の余韻に浸る。

 

「縹さん幸せそうですねぇ」

 

 全身で幸せを表現している四方田さんが言う。和風お嬢様がふわふわしている姿は、先輩に失礼かもしれないけれど、とても可愛らしい。

 とりあえず私も幸せを表現するのににこっとしてみる。話すより表情の方が確実に伝わるだろう。

 

 その後は、今日の抹茶は何処産だとか、茶碗は金継ぎの方がかっこいいとか、茶道についてのお話をした。

 

「あ、もう茶道具片付けてしまいましょうか」

 

 源先輩がテキパキとお盆に飲み終わった茶碗を乗せていく。さらりふわりとポーニーテールが靡く。あ、やっぱり先輩からコーヒーの香りがしている。

 

「せ、先輩、それってシャンプーの香りですか?」

 

お盆を持って今にも立ち上がろうとしている時に声をかけてしまった。なんてタイミングの悪さ......反省。

 

「え、そうよ、コーヒーの香りのシャンプーだけど......縹さん使ってみる?」

 

お盆を置き、すぐさま綺麗な姿勢に戻る。

 

「いえ、少し気になっただけです」

 

 茶室にコーヒーの香り。これもよく言ってる一種の崩し......? で良いのかなぁ。ちょっとした悪戯心というか、遊び心というか......

 

「縹さん、多分そこに深い理由とかはないですよ。ただ楽しんでるだけなので」

 

「なにぉぅ!? 洋物に和物とかめっちゃ相性いいのよ!」

 

「絶対そんな理由でそのシャンプー使ってませんよね......」

 

 淡々とする四方田先輩に対して、心外だと言わんばかりに、コミカルな表情で抗議する源先輩。

 

「あ、緑茶にチョコとか、餡子にコーヒーって合うんですよね〜〜」

 

 かなり前にテレビでやってたから試してみたんだよね。こだわる人はお茶の種類とチョコの組み合わせを試しているとか。

 

「そうなのよ!」

 

 ほんのちょっぴり食い気味に源先輩が話す。

 

「緑茶にメロンパンも意外と合いますよ」

 

「縹さんはメロンパン本当に好きですねぇ」

 

 そう言ってにこりと四方田先輩が微笑む。

 

 その後、コーヒーと餡子を試してみようという話になって、源先輩がコーヒーを入れてきたり、「しゅーくりーむに濃いお茶......」と四方田先輩が考え出したりした。入れたコーヒーを泡立てるか立てないで悩み、泡立てもただのマキアートじゃん! と言う風に、軽口を言いあえる先輩達を見て少しだけ羨ましく思ったりしていると、時間はあっという間に過ぎた。ふと時計を見てみれば、ちょうど長い針が二周するところだった。そろそろ図書館に行く方がいいかな......?

 

「そろそろ図書館の方に行きますね」

 

「あらら、もうそんな時間ですか。気をつけていってくるのですよー」

 

「もう帰っちゃうのかー。明日も来る?」

 

「あ、はい!」

 

「準備して待ってるね!」

 

 足が痺れないようにゆっくりと立ち上がると、ひらひらと手を振る先輩方に、ぺこりとお辞儀をして茶室を後にした。

 

 あー、美味しかったなぁ、とお茶と羊羹の余韻に浸りながら、来た道......ではなく庭を軽く一周できるルートを歩く。

 自分のカバンにはメロンパンが入ってい

る。ふわふわかりかりの限定品。以前食べたその味と香りと食感を思い出すと、すぐにでも味わいたくなる。しかし残念ながら図書室は飲食禁止。本を読みながら食べられるのはお家に帰ってからなのだ。

 早く食べたいから今日はちょっとだけ早めに帰ろうかな? そんなことをほわほわと考えながら庭を巡っていると、ちょうど通ろうと思っていたルートに人影が見えた。

 あぁ、そういえばここってそんな噂があったような......その、相手待ちスポットだとかなんとか。目の前の人影はかなり体格が良く、しゃがんでいても大きい。そしてなにやら土を、いや草をむしっている。

 なんで草をむしってるんだろ、園芸部の人かな? と、思ってそのまま通り過ぎようとした時だった。

 

「......く......なまにく......食べたい......」

 

 なまにくなまにくと、草をぷちぷちするリズムに合わせてぼそりぼそりと呟くその異様さに身が硬くなる。気づかれないように通り過ぎるのが一番なのは分かっているけど、下手に音を立てて気づかれて、会話することになったら大変だ。自分の内気さの度合いは十分に分かっている。茶道部の先輩方のように、初対面でも気兼ねなく話せるような特殊なものを持っているなら別なんだけどね......。

 

 図書館に寄って早めに帰り、メロンパンを堪能したいのに。でも気づかれて走って逃げるのは印象悪いし、話すのはそもそもできないし、本当にどうしよう。

 

 「まぁ、なるようになるよね......」

 

 多少ぎこちない動きだけれど、一歩一歩と図書館へ歩を進めるのだった。

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